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「僕の存在が乃生くんのご両親にとって不本意なものであることは承知しています」ふるえだしそうな足にしっかりしろ、と言い聞かせる。「でも、これを読んでください。乃生くんが、アフリカにいたあいだ僕にくれた手紙と、大学進学直前に書き残してくれた手紙です」これ以上はないだろうという渋面をした遠木の父親と不安そうな表情の母親は、不承不承といったていで読みはじめる。隣で遠木はじっとしている。どれくらいの時間が流...
ニースで楽しんだ後はシンガポールで下ろして貰える。そう思っていたら、中国まで飛ばしてくれた。「別に、シンガポールでも良かったのに」「いいから、いいから」「お墓さん参ったら日本に帰って、パースに戻るからな」「ああ、ゆっくりしておいで」母親の家の墓参りをして、屋敷に向かう。あぁ、中国での暮らしが懐かしい。中国の空港近くで過ごし、日本行きの飛行機に乗るようにチケットを取る。今日の便でなくてもいいや、明日...
思い返せば、遠木と大きな喧嘩をした記憶がない。僕が我慢することもないし、遠木もおなじだと思いたい。呼吸をするように、お互いがお互いの酸素であるかのように互いを必要としている。言葉に出さずとも考えや思いが的確に伝わることがあるし、12年も離れていたのに不思議なくらいだ。 * * *遠木が浮かない顔で僕の部屋にやってきたのは、帰国から一年半が過ぎようとする夏のはじめごろのことだった。「どうした?しょん...
それからしばらく経っても、遠木の両親からは特になにを言ってくる様子でもなかったので「しぶしぶ黙認ってことなのかな」と遠木は言った。僕はそう甘くはないんじゃないかと思ったけれど、遠木を不安にさせる必要もないのでそっと黙っていた。「極はいいの?結婚しろとか言われない?」「基本的に父さんも母さんもそこは放任主義というか、したかったらすればいいっていうスタンスだと思う」そっか、という遠木の横顔が淡くやわら...
月夜の猫-BL小説です 春立つ風に(工藤×良太)190までアップしました BL小説 春立つ風に(工藤×良太)190までアップしました恋ってウソだろ?!75までアップしました。 また感染増えてます。 でも動きたいですよね。 感染対策万全に!
解放されたのは夕方の陽がまもなく落ちようというころだった。オレンジ色の陽がすべてをあまねく照らしだし、遠木と僕の影も長く伸びている。長時間の緊張のあまりに背骨がぎしぎしと軋んでいた。「遠木、僕、うまくやれてた?」「うん、極はよくやったと思うよ。俺より緊張したろ。わかってるんだ。ありがとな」遠木は微笑んで、僕のほうを見た。茄子色の髪がやわらかに風に揺れる。「どうなんだろう。遠木のお父さん、苦虫を10...
「それで、乃生」遠木の父親は息子を見据えるようにして苦々しげに言う。「お前たちはその、最近テレビでときどき見る同性愛者ってやつなのか」問いかけに、遠木も僕もしばらく考えこんだ。どうなんだろう。僕は、小さなころからあんまりにも遠木の上にばかり関心があったものだから、遠木以外には考えられなかったのだけれど。「わからないんだ。俺は極しか好きになったことがないから、改めて訊かれると……どうなんだろう」どうや...
「楠原極と申します。乃生くんとおつきあいさせていただいています」名乗り、僕にできうる限り丁寧に頭を下げた。大事なのは第一印象だ。傍らに立っている遠木がたじろぐのがわかった。僕が『乃生くん』と彼を呼んだせいだろう。遠木を『乃生くん』と呼ぶと、無性に泣きたくなるのはなぜだろう。「あぁ、えーっと、つまり……それじゃあ、君が乃生の恋人だというわけだな」「そうです」「そうか……そういうわけだったのか、いつまでた...
月夜の猫-BL小説です 春立つ風に188 BL小説 「バイトですけど、森村繁久くんです。こちら俳優の中川アスカさん、マネージャーの秋山さん」 良太は二人に森村を紹介した。 「よかったじゃない、良太! バイトでも何でもやっと子分ができて!」 アスカは満面の笑みで良太を振り返った。 みんな勝手なこと言いやがっ
ひさしぶりに訪れる遠木の家は相変わらず瀟洒だった。けれど、玄関先の階段に手すりがとりつけられていて、遠木の両親が年齢を重ねていることが垣間見える。門柱のところのインターフォンで「母さん?俺だけど」と話しかける遠木のふるえる声を聞いた瞬間、手のひらにどっと汗をかいた。玄関の扉を開けて、家のなかに入る。キッチンから出てきた遠木の母親は遠木を見て、それから僕を見た瞬間、怪訝そうな顔になった。「乃生?あな...
なんだかんだで楽しかったスイス旅行。ボスは3日後、クマ野郎と共に戻ってきた。「どこ行ってたの?」「ちょっと、な」「別にいいけど、ユタカとマサが慌てふためいて叫んでいたぞ」「大変だったか?」「そりゃ、もう。マサなんてインターポールに連絡するって言ってたし、止めたけど。ユタカなんてイタリアに連絡して捜索させるだなんて息巻いていたぞ。こっちの方が止めるのに労力いったわ」「そっか」「で、何か言うことは?」...
月夜の猫-BL小説です 春立つ風に187 BL小説 「あ、でも、直ちゃんにも声かけてたよって、直ちゃん追加でもええ?」 佐々木の要望に良太は、「もちろんです!」と大きく頷いた。 「鈴木さんも、今夜いかがです?」 工藤の問いかけに、鈴木さんは小首を傾げた。 「あらでも……」 「森村のちゃんとした歓迎会ですから、遠
僕の顔色を見て取るなり、「ちがうんだ、極、ちがうんだって」と遠木は慌てたように言う。「好きなやつはいるけど、結婚するつもりはないって言ったら……連れてくるだけ連れてきなさいって言われてさ。親にもさんざん心配かけたから、俺も強く出られなくて」繰りかえしなぞっていたカップの持ち手から指を離した遠木は僕をまっすぐ見て言った。「俺の実家にいっしょに来てくれないか」一瞬、時が止まった。こういうときってほんとう...
遠木のことをなにひとつ忘れていなかったと突きつけられるたび、自分の恋心に戸惑う。こんなに一途な性格だったっけと自己認識を改めかけるものの、遠木以外のことにはてんで無頓着なのでやはり遠木だけが特別なのだろう。僕を呼ぶ声、本をめくるときほんの一瞬ためらう指の動き、ときどきシャツのボタンを段違いに留めるうっかりしたところ。覚えている、覚えていた、なにひとつ損なうことなく。それがとてもうれしくて、誇らしか...
遠木が波打ち際に視線をやったまま、あたたかい声で言う。「極のところに帰れると思って、それだけが、若干の失意の帰国時、心を支えてくれた」「僕は、生きているあいだにまた遠木に会えるなんて夢みたいだと思った」えっ?と遠木が目をしばたたいた。なんで?と疑問が転がり落ちた。「遠木があの国に行って、もう帰ってこないと思っていたから」「それなのに、だれともつきあわないでいてくれたんだ?」「遠木と過ごした時間が僕...
月夜の猫-BL小説です 春立つ風に(工藤×良太)183までアップしました BL小説 春立つ風に(工藤×良太)183までアップしました。恋ってウソだろ?!51 までアップしました。
遠木が「海に行こうか」と言い出したのは季節がすこし巡り、春になろうとしているころのことだった。日差しは日に日にやわらかく優しく、そんな土曜日の朝、僕らは連れ立って電車に乗り、海岸線を走った。遠木は僕の隣でつり革につかまって口をつぐんだまま、遠くに視線を投げている。なにを考えているのだろうか。やがて海辺の駅に着き、電車を降りて海へと向かった。護岸ブロックを降りるあいだ、だれもいないのをいいことに優し...
遠木の勤務がはじめると、やはりなかなか会えなくなった。それでも遠木はまめに連絡をくれたし、帰り際に僕のアパートに顔を出してくれる。僕のほうからも遠木をタッパー片手に訪ねたり、もらった合鍵で遠木の部屋に行き、本を読みながら彼の帰りを待ったりした。いつまでたっても互いの顔を見られることがあたりまえにならず、いつ会っても遠木の声に新しくどきどきした。遠木も僕が訪ねるたびに、ほんとうにうれしそうに笑ってく...
ふたりの記憶を改めてすり合わせるように、思い出話もよく語りあった。遠木がはっきり覚えているシーンを僕が忘れていたり、僕の大事な記憶が遠木のなかになかったりして、思い出が二倍三倍に増えていくようだった。遠木がコンビニの駐車場で変質者に声をかけられたことを覚えていなかったことにほっとした僕は、あの瞬間、僕の心に深く重く沈んだ遠木への想いの錨をあらためていとおしく思う。「極、いつだったか、久しぶりに話し...
月夜の猫-BL小説です 春立つ風に(工藤×良太)180までアップしました BL小説 春立つ風に(工藤×良太)180までアップしました。恋ってウソだろ?!42まで。 寒くなって参りました。第8波とか嵐の前の静けさのようで不気味ですコロナ、インフルお気を付けください。
遠木は帰国のひと月後から、隣の市の総合病院で働くことになった。せわしない遠木のスケジューリングに、もうちょっとのんびりすればいいのに、と僕が言うと、のんびりするのは性に合わなくてな、と目を糸のように細めて笑う。僕のアパートの近くの新築アパートに遠木は居を構えたので、遠木の仕事がはじまるまでは僕の終業後や週末なんかにはふたりで過ごすことかできる。信じられないくらい近くに、遠木がいる。そのしあわせに酔...
僕はすこし考えて、そしてちいさな声で遠木にささやいた。「寂しいっていうか、遠木がこっそり僕の部屋に置いていった手紙を読んでから、ずっと声が聴きたかった」あ、あの手紙見つけたんだ、と遠木がちいさく笑った。問いが優しく降ってくる。「声って?どうして声なの?」えっ、とちいさく声が洩れる。「遠木、声がきれいだって言われたことないの?」「ないない、なにを言っているのやら」苦笑の気配に本当にそうなんだろう、と...
遠木が?これからどこへも行かずに僕のそばにいる?実はもう眠っていて都合のいい夢を見ているんだな、とまず思った。あれだけたくさんの努力を重ねて夢をかなえた遠木が、そう簡単にいまの仕事を手放すとは思えなかったから。けれど、まばたきをしても夢から目覚める気配はいっこうになく、遠木にそっと抱き寄せられる感覚がちゃんとリアルで、遠木の言葉が現実に追いついてきた。極といっしょにいたい、と僕の髪を撫ぜながら繰り...
「遠木、人が見るよ」抱きしめられたままちいさく抗うと、ますます背中に回された腕に力がこめられる。優しい力と温かさに衆目がどうでもよくなってきて、僕も遠木の背中に腕をまわして身をゆだねた。こんなふうに触れ合うのは12年ぶりなのに、磁石の両極が引き合うように遠木の腕は僕の背中にぴったりと添った。僕の腕もそうだといい。「おかえり、遠木」「……うん、ただいま」うちに来る?と訊ねると、行く、と返事があって遠木...
月夜の猫-BL小説です 春立つ風に(工藤×良太)177までアップしました BL小説 春立つ風に(工藤×良太)177までアップしました。恋ってウソだろ?!36までアップしました。またまたまた、恋ってウソだろ?!30 のアドレスが間違っていました。修正しましたので、よろしくお願いいたします
翌日、遠木から28日の夜の便で帰る旨の連絡があり、その最後に『迎え、ありがとう。俺も楽しみにしてる』という一文があるのを読んで単純に胸が躍った。「会いたい」が双方向に伸びているということは、こんなに幸せなことなのか。引き寄せあう、強い力。遠木と離れて、ことさらにつらいと思ったことはなかったけれど、寂しくないわけではなかったんだなと自分の心を改めて嚙みしめなおした。そして、ひょっとしたら、遠木も多忙...