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その風変わりな同級会の開催を知らせるはがきを見つけたのは、たまたまのことだった。 仕事先でもらってきたラングドシャを食べようと紅茶を淹れてカップをソファーテーブルに置いた。その拍子に、郵便受けから抜き出してきてそのままテーブルの端に置いてあった郵便物の小山がばらっと崩れた。 ダイレクトメールやチラシ、公共料金の引き落としの連絡票にまざって妙に目を引いたのは、そのなかに一枚だけあったなんの変哲もな...
さよなら、優しかった日々 #8 性描写有ります。抵抗ある方はスルーしてください。
お湯張りすると、すぐに入る。服を脱ごうとすると、何か固いモノに触れる。さっき俊平から貰ったクリスマスプレゼントだ。「俊平」「なんだ?」「プレゼントありがとうね」「治と一緒だったからな。驚いたよ」「俺も。何かいいのないかなあと悩んでいたんだ。まさか同じモノだとは思ってもなかったよ。でもさ、ペアルックだね」「だな」お互いのイニシャルが彫ってあるペンダント。「風呂に入るときは外しとこ」「それもそうだな」...
ときどき見る夢がある。真っ白で、真っ黒な凍りついた悪夢。 夢の景色はこうだ。 小雪のちらつくなか、広い雪原にたたずんでいる。すこし離れたところから、ブレザーを着た端正な顔立ちの男子高校生が黙ってこちらを見返している。表情に浮かんでいるものを読み取ろうとするけれど、うまくいかない。 上着を着ていないのが寒そうで、上履きを履いた足がとてもつめたそうで、歩み寄り手を取ってこちらに引き寄せようとする。あ...
「それでいいの?」と小窪がすこし笑った。緊張がゆるんだのか、おさない笑顔だった。すこしだけ、と僕は言う。「すこしだけなら、怖くない?」小窪がうなずく。あらためて向き合うかたちで座りなおして、その唇に唇を重ねた。ただ重ねるだけのキスだったのに、とても気持ちがよかった。これ以上のあれやこれやはもっともっと気持ちいいんだろうなぁという煩悩がよぎりはしたものの、実行には至らなかった。ただ、小窪をこわがらせ...
からめた指先でゆるく手をつないだまま玄関ドアをくぐる。背後のドアの閉まる音がいつになく大きく聞こえた。指を離して施錠し、上がり框で小窪を抱きしめた。指先まで心臓になったみたいに鼓動がうるさい。小窪がそろそろと僕の背に腕を回す。なにも言わずに抱きしめあったままで、お互いのにぎやかな鼓動をそっと交換した。ほんとうのところ、女の子じゃない身体を感じたら、小窪も僕も淡い夢から目覚めるように「これじゃないな...
僕の手をそっと離すと、小窪は「僕にはいま、榎並くんしかいない」とまっすぐな目で言った。ちょっと怖いくらい、直線的なまなざしだった。「夏休み、毎日ピアノを聴いてくれて……しかも、わざわざ聴きにきてくれた日もいくつもあって、話を聞いてくれて、じいちゃんが倒れて混乱しているときに優しくて。言葉が足りない僕のことをちゃんとわかってくれる榎並くんが、僕には必要だよ。榎並くんがくれる気持ちにこたえたいし、僕だっ...
さあ、待望のデザートだ!デザートはケーキ!あたり前なんだけど、俺が頼んだのはホールではないんだよね。紅茶を淹れ、イチゴたっぷりのショートケーキ。俊平は一口サイズのケーキ14種類を1つずつ選ぶ。「俊平。はい、ここにも入れて🖤」「お前は、そのデカいのを食ってるだろ」「1つくらいいいじゃん」あーん、と口を開けて待つ。俊平は笑っている。「間抜けな顔をして」「ほら、早く」もう一度、あーんと口を開ける。「本当に...
そのピアノの旋律が耳に入ってきたのは、駅のロータリーに差し掛かったときだった。スピッツの『スターゲイザー』だ。あっ、と思いふわふわとした足取りのまま駆け出す。躓きそうになりながらも駅前広場に辿りつけば、案の定、小窪がピアノに向かっている。両手の指がいっさい迷うことなく鍵を押し、メロディを奏でている。「小窪!」名を呼ぶと、旋律がやんだ。榎並くん、と振り返った小窪はただにこにこ笑っていて、しあわせそう...
はじめてLINEの小窪とのトークルームにふきだしが浮かんだのがその一週間後の金曜日の夜だった。驚いたことにトークはじめてのメッセージは小窪からだった。漫画雑誌を読んでいた僕の頭から、おもしろいと思っていたはずのストーリーが瞬時に吹き飛んでいく。『あした、12時に駅ピアノのところで待ってる』急に走り出したせいでひっくり返りそうな心臓をもてあましながら、みじかいメッセージをなんども読み返す。これは、返事をさ...
食事しながら、俺は話していた。12月に入ったものの、一人暮らしも快適になったので、そろそろ俊平とどっか行きたいな。クリスマスもあるので、クリスマスプレゼントを買いに新宿をブラついていた。何が良いかなあ。今までだって、ずっと買ってプレゼントしていたので色々と持っているのは分かっている。旅行にしようかな。春は京都だったから、今回は沖縄か?とりあえず食材を買い、毎年のように商店街の福引きをする。今まで一度...
翌日からも小窪は屈託なく僕に笑いかけ、話しかけてくれた。昼食の弁当を一緒に開くようにもなった。僕のとなりでひろげられる小窪の弁当は彩りがきれいで、大事につくられているのがよくわかる。こんなふうに育てられたんだろうなぁと、勝手に弁当から生い立ちを思った。天高く馬肥ゆる、という感じの秋晴れの昼休みだった。あいかわらずきれいな色彩の弁当を食べながら小窪が言った。「そうだ。高校卒業したら弟子入りする人が決...
高校の最寄り駅まで並んで歩き、改札を抜けて電車に乗ると小窪はちいさく息をついた。「どうなっちゃうのかな」うん、とうなずく。小窪の祖父が師として彼を導けなくなったあと、小窪はだれを頼りに箱庭の木を植え、花を咲かせ、うつくしい庭を保てばいいのだろう。「じいちゃんの伝手で、弟子入りさせてくれそうな人をあたってみてはいるんだけど」えっ、と小さくつぶやく。この地域にそうそう調律師を生業としている人はいそうに...
言葉を尽くして伝えながら、強く思った。花が盛りを終えて散って、若葉が芽生えて生い茂り、花が咲いていたことすら忘れるまえに、やがてすべてが失われるまえに、小窪に想いを伝えられてよかった。ほんとうによかった。どきどきと速い脈を心臓に隠して、意識して口角を持ち上げる。気持ち悪かったらごめんな、と小窪に視線を合わせて笑ってみせると、まなざしは意外にも逸らされなかった。「榎並くん」生真面目な声で小窪が言った...
「混乱しているときに、いきなりごめんな。でも、伝えたかったんだ。小窪が将来、どうしたらいいか考えたかったら、僕がいっしょに考える。ほんとうに逃げたいんだったら、どこへでも連れて行く。小窪のことが、好きだからだよ」重ねて言うと、血の気の失せた小窪の表情にようやく徐々に赤みがさしていく。ゆらゆらと所在なげに視線がぶれる。「榎並くん」とつぶやいて、恥ずかしそうに僕のシャツから手を離す。離した手は膝の上に...
ゆるゆると髪を撫ぜてやりながら、僕は小窪の壊れてしまった箱庭に想いを馳せる。きっと居心地のいい、日当たりのいい、やさしい場所だったんだろう。その居心地の良さや日当たり、やさしさが小窪には窮屈に思えたにちがいない。ちがうものを見てみたくて、あたたかな場所ばかりじゃない現実の厳しい側面も目にしたくて、大学に行きたいとか、この町を出たいとか、口にしていたのだろう。小窪の生真面目さをこんなときなのにいとお...
ほんとうにこのまま小窪とどこかに逃げてしまいたい熱情のような衝動は、でもほんの一瞬だった。小窪の声が、しずかに揺れていたから。小窪にゆっくりゆっくり歩み寄ると「どうした?」と顔を覗き込む。うつむいた小窪の眼からぽたん、ぽたんと涙が落ちる。涙腺ではなくて、心が直接泣いているみたいな痛ましい泣きかただった。「じいちゃんが、入院したんだ。もう家には帰ってこられないかもしれない」「……そう、なんだ」「どうし...
残暑がひさしぶりにぶり返した放課後だった。小窪のピアノを聴きたいなぁと思いながら、地学室に置き忘れたノートを取りに第三校舎までむかった。座っていた席から無事にノートを回収して教室の外に出る。ぽろぽろと三階にある音楽室から旋律が聞こえた。メロディを聴きながらついにまぼろしを聴けるほどになったかと思っていたけれど、旋律がスピッツのあの曲になったとたん、ノート片手に階段を駆け上っていた。小窪が、僕を呼ん...
二学期の滑り出しは上々だった。将来をしっかり見定めている小窪の影響で夏休みのあいだになんとなく勉強に熱が入っていたので、実力テストで思った以上の点数がとれた。それよりなにより、小窪の顔を見て「おはよう」と言えるのがうれしかった。小窪にとってそれが何ら特別ではない言葉にしても。新学期初日、おそるおそる「おはよう」と小窪に声をかけると、それはそれはうれしそうに挨拶が返ってきて、不毛な片想いが勝手にとき...
夏の終わり、小窪の言葉がしずかに、余すことなく心の隅々までいきわたる。小窪にとってもかけがえのない時間だったのだと思うと、僕の独りよがりじゃなくて本当によかったと胸を撫ぜ下ろしたい気分だった。たとえ最後に芽生えたものが、不毛な片想いだったにせよ。連れ立って帰り道を歩きながら、小窪も僕もなんとなく言葉少なだった。分かれ道に辿りつくと、小窪はちょっと笑って「じゃあね、またあした」と言った。ひらりと手が...
こんな時間にベルが鳴るなんて、誰なのだろう。不思議に思ったが、もしかして……と恐る恐るセキュリティミラーを覗くと治だったので安心した。だけど、ベルを慣らすだなんてどうしたのだろう。しかも、入ってこようとしない。だから言っていた。「どうした?」そしたら、元気よく返事があった。「Merry Christmas! トリック or トリート!!」はははっと笑っていた。クリスマスとハロウィーンが同様になっているので、どうして...
僕に、大人びているのに子どもっぽい、ふしぎなまなざしを向けながら小窪が言う。「こうやって演奏するのも、榎並くんが聴きに来てくれるのも、きょうが最後だから」小窪がふっと目を伏せて「楽しかったよ」とつづけた。榎並くんが好きそうな曲を探して、ここで弾くのがすごく楽しかった。そんな、そんな些細な(僕にとっては些細ではないのだけれど)夏休みの日々をとても大事なことのように言う小窪のつむじをじっと見つめた。あ...
それからも、部活帰りに小窪の演奏を聴いて一緒に帰ったり、わざわざ駅前広場まで聴きに行ったりして夏休みを過ごした。小窪の演奏曲のなかにスピッツの曲をちらほら耳にするたびに、胸が高鳴った。小窪の指先の奏でる音楽に、どんな形であれ、少なからず影響を及ぼしている自分が誇らしかった。そして、これは僕のために弾いてくれているのかな、と思うともうどうしようもなく、心を内側からごく弱い力で引っかかれているようなく...
それだけ、と言う小窪は、でも何かほかのことを言いかけたのではないかと思ったけれど、深追いするのはよくなさそうだったので「彼女なんかいないよ」と事実を述べた。疑わしそうに小窪がこちらを見てくるので「ほんとだって。小窪こそピアノっていう大技があるんだし、見た目も整っているし、彼女のひとりやふたり、あっという間だって」と言い聞かせた。言い聞かせながら、そんな日が来たら、たったいま登録されたばかりの僕のLI...
月夜の猫-BL小説です たまにはクリスマスを1 BL小説 ただただ慌ただしい師走の半ばのことだ。 キャンパスにもびゅうびゅうと冷たい北風が吹きすさんでいた。 「おい、来週末、空けとけよ」 急に上から降ってきた科白に、ここ数年来なかった寒さに震えながら、学食で熱いうどんをすすっていた小林千雪は、ああ? と胡乱気に
僕は首をかしげる。明るい、と言われたことはあまりないのだけれど。「そんなに陽キャじゃないよ、僕。小窪とそう変わらないって」「そんなことない。クラスで自分がどう思われているかくらい、よくわかってる」小窪はうつむいて、「あんまり取り柄がなくて、ぼうっとしていて、静かでなに考えてんのかわかんないって思われてることくらいはわかってる」とむしろおだやかな声で言った。あきらめているのだろうか、もうそれを軌道修...
翌日、部活が終わるのももどかしく急いで駅に向かった。小窪の奏でるピアノの旋律が聴こえてくると小走りになる。駅前広場のグランドピアノのまえで小窪は初日に弾いていたのとおなじ曲を楽しげに演奏していた。ラストのサビまで弾きおわり曲の余韻が消えると、小窪はきょろきょろして僕に目をとめてかすかに笑った。改めて鍵盤にむきなおった小窪が手をなめらかに動かすと、僕がきのう好きだと言った曲が流れだす。うつくしい、演...
結局、僕のほうはなんとなくそわそわしつつ、夕方になるまでとりとめのない話をしながら過ごした。スターバックスを出て駅の反対側に回り、三日連続で同じ道を歩く。もう日が沈むというのに、まだ身体にまとわりつくような暑さで、小窪に訊いてみた。「暑いの得意?」「好きではないけど、寒いよりましだと思うな……」あぁ、なんとなくそんな感じ、と言葉に出さずに胸のうちだけで思う。小窪はどこか、寒いとすぐ風邪をひいてしまい...
「小窪がこのあたり一帯を箱庭だって言い切っただろ。あれからずっと考えていたけどたしかにそうだな」僕がそう切り出すと、小窪の目が揺れた。実は、と言っていったん言葉を切り、話し出す。「実は、きのう、じいちゃんに大学の話をしてみたんだ。ここは閉鎖的すぎて僕には息が苦しいから、外に出てちがうものをみたいって。そうするのも調律の糧になるんじゃないかって」「そしたら?」「うーん、若気の至りって言われて、それだ...
つぎの日。部活の練習は休みだったけれど、なんとなく家を出て駅のほうにむかってしまった。猛暑のなか、ばかみたいに外に出たのは、ひとえに小窪に会いたかったからだ。歩を進めながら小窪が演奏しているといいなぁと思っていたら、しっとりとしたピアノのバラードが聴こえてきて思わず足を速めた。駅前広場のピアノに静かに目を落とし、きのうまでとは違う雰囲気の流行りの歌を奏でる小窪がいた。ギャラリーはきのうとおなじくら...
きのうのコピーみたいな日差しのなかを、ふたり連れ立って歩く。「じいちゃんに、高校卒業したら弟子入りしろって言われててさ」小窪はぽつりと言葉を落とした。「ほんとは大学に行きたいんだけど、言い出せなくて」それは相当、圧が重い。小窪の横顔をちらっと見た。「なぁ、小窪はどうして進学したいの?」「すこしでいいんだ、箱庭から外に出たい」箱庭?と僕が問うと、小窪はすこしうなって言葉をたぐり寄せるように言う。「こ...