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国境を越え、いくつかの都市を抜けて。アウトバーンからの景色を楽しみながら、ウィーンからミュンヘンまでのおよそ4時間30分の道程をたっぷりと堪能して。美しいオレンジ色の屋根が建ち並ぶ中に聳え立つ近代的な高層がビルが見えてきた頃には、すっかり陽が暮れていた。ミュンヘンの空が夕日に染まる頃には帰り着いている予定だったが、つい寄り道を繰り返してしまったな、とフルアは口端をそっと緩めた。助手席には、先ほどから...
身体に染み込んだ習慣から呼吸のように自然に後部座席のドアを開ければ、不思議そうな眼差しを向けられる。ドアを開けられることなど初めてではないだろうにどうしたのだろう、とフルアも疑問を滲ませた視線をアルフレードに向けた。「アル君?」「えっと、前じゃダメですか?」「はい?」助手席に、とおずおずと指を差され、そこでようやく合点がいく。彼を乗せるときはプライベートな感情が優先されるとはいえ、上司であるハイン...
ヒュッと、息を飲む引き攣った音は悲鳴に似ていて。ハインリヒは足を止め、その音の先を見た。瞳は見開かれているが、その焦点は虚ろで。頭で考えよりも先にハインリヒは呼吸を忘れて微動だにしないアルフレードの肩を抱き寄せた。搭乗ゲートへ急ぐ者、次の目的地に向かう者、長旅を終えて帰って来た者たちが入り混じる国際空港のコンコースは鉄道の最終便が迫る時刻であっても賑わっている。大きなキャリーを引く者たちが訝しそう...
堪らない。雄吾の、その手つきは今までとは違う。そうか、雄吾は告ってきたからか。私は日本に未練あるのだろうか。そんなことを思っていると、背中から息を吹きかけられているのか、耳元を噛まれる。「め・・・・・・」「ねぇ、朝巳。彼は2年後どうなるの?」「くぅ・・・・・・。来年、決算を1人で」雄吾の手が、手が・・・・・・。「決算を1人でやらせるの?」「やらせて、みないと、何も、分からない」「彼は頑張り屋なんだな」「ゆ、ご・・・・・・...
部屋に入っても黙っている雄吾に朝巳は声を掛ける。「雄吾、どうしたの?」「消毒してやる」「なんか、今の雄吾って怖いよ」「お前は、今日のニールを見て何も思わないのか?」「何を?」「朝巳・・・・・・」この鈍い奴め。ベールを被っていたら、本当に女性に見えた。何も言わず、朝巳を押し倒す。「ったいなぁ」朝巳の服を破る。「おい、やめ。雄吾、どうしたんだよ」「消毒だって言ってるだろ」そう言って乳首を口に含む。「いっ・・・・...
『 FRAGILE(フラジール)な関係 42話act 42 ~ 季節 ~唐沢さんが起こした事件は北条さんが暴力でカタを付けたことでセンター始まって以来の不祥事として北条SVの解雇という形で幕を閉じた。かん口令が敷かれ、一般のオペレーターは唐沢さんと北条さんが同時期にやめたことを不思議に思う人もほとんどいなかった、コールセンターというところは人の出入りが激しい、そういう意味でも気にする風潮がないのだ。一部...
腹が立つ。無生に腹が立つ。あの②で借りたコテージで朝巳は早々と寝てしまったし、俺は何も聞いてない。ただ、想像するだけ。あのストーカー野郎の言葉も腹が立つ。「記憶を失っている時に二度。喘ぎ声を聞きたいから起きるまで待っていた」冗談じゃない。誰が、あんな奴に朝巳の喘ぎ声を聞かせるもんか。しかも衛に仕返しをされて、それを黙って受け入れた。ベールを被ったままだったし。よく似合っていたけど、口に出すと怒られ...
大人が抱えても腕が回りきらないサイズの大きなテディベア。ふわふわと柔らかな毛並みは蜂蜜色、真ん丸の瞳はチョコレート色。あれはいつだったか、お前に似ていると思ったら買っていた、と言ってそれを脇に抱えて帰って来たその人は、今。ぐったりとソファに沈んで大きな溜め息を吐き出している。オートクチュールの上等なスーツが皺になることも構わずに横に脱ぎ捨て、首元でだらしなく緩めたネクタイを乱暴に抜き取って放り投げ...
ルーティンというものは破られたときのほうが、守られたときより「そこにある」ことを主張しはじめる。 由糸(ゆいと)の場合、ウィークデーならこんな感じだ。決まった時間に起きて、毎朝飲むサプリメントを服用し、軽く胃に食べものをいれて出勤。帰ってきたら食事のまえに簡単に風呂をすませ、休日に作り置いた数品やスーパーの半額シールの貼られた惣菜で夕食をとって、本や新聞をめくり、だいたい日付が変わるころにベッド...
『 FRAGILE(フラジール)な関係 42話act 42 ~ 夢 ~あの後は大騒ぎになった。「遠野くん!!」トイレの片隅の壁にうずくまっていたいた僕に声をかけたのはなんと、坂本さんだった。「う、、、」まだ気分が悪くて立ち上がれない僕の傍にひざまずくとてきぱきと処置を始めた。「うわ。これ、あれ?うわ~気持ち悪っ!上着とりあえず脱いで。そう、そっとでいいのよ。」とそっと精液だらけになった僕のシャツを脱がし...
その朝巳は戻ってくると、なにやらご機嫌だ。「外はね、暑くても風が吹いていたよ。もっと開けようよ」その言葉に、窓という窓を全開にする。「おー」「涼しいー」「で、これね」と言って、テーブルの上に置く。箱からケーキだと分かる。「ウェディングケーキだよ。ニールとネイサンで切り分けて」ペーパーナイフが付いており、それを2人に渡す。ニールは嬉しそうな表情と声だ。反対にネイサンは苦笑している。そのネイサンに向か...
何故、彼ばかりが。何故、と繰り返し溢れてくる言葉をハインリヒは奥歯で噛み殺した。骨が軋む嫌な音が頭に響いたが、それには構わずにベッドの縁に腰を下ろして拳を握りしめる。いっそ感情のまま喚き散らかし、壁か床に叩きつけてしまおうか、とその拳を振り上げた。歯痒さやもどかしさは焦燥と苛立ちを伴い、すでに冷静ではない。引き結んだ唇を解けば、そこから怒りや憎しみが止め処なく溢れそうになる。水が沸くようにふつふつ...
果たして危惧は危惧で終わったのか。いつもの夜が過ぎ、いつもの朝を迎え、いつもの日常が過ぎて行く。すでに2週間。アルフレードが「憂鬱なニュースを見てしまった」と引き攣った苦笑を見せたあの日から、2週間が経った。あの日、彼を1人にしてしまうことに不安が拭えずにダイトの医院に出向くように仕向けて。違和感に気付いたフルアに問い詰められ、彼から状況を聞いたグラースが慌てて執務室に飛び込んできて。自分たちもアル...
ペーパーレスの時代とは一体なんなのか。積み重なっていく書類の山を前にうんざりした顔で溜め息を吐きながらも、黙々とそれを崩していた上司の手が止まったことに気付いたフルアはボトルグリーンの瞳を探るように細めた。淹れたてのコーヒーを彼の手元に置き、その端整な顔を窺い見る。世界的な大企業の最高執行責任者。実質のトップというその肩書きは誰もが羨む。白を黒にすることも容易い力を持ち、名声と金も思うまま…と、他...
肌にシーツが触れる。ミュンヘンの街が深い雪に覆われていようともセントラルヒーティングによって全ての部屋は1年中適温に保たれており、寝室の空気も穏やかで。しかし、深夜特有の独特な凛とした静かさにアルフレードの肩が小さく跳ねた。それに気付いたハインリヒが毛布を引き上げ、2人でその中に入り込む。「寒くないか?」「うん、大丈夫だよ。こんなにもあったかい」子供のようにぎゅうと抱き着いてくるアルフレードにハイン...
ほのかに甘く、日向のような優しい香りが鼻孔を擽る。ネクタイを首から引き抜き、ソファの背に身体を預けたハインリヒは大きく息を吐き出した。両肩に圧し掛かっていた息が詰まるほどの重たさは、大仰な肩書きに伴う責任と覚悟の質量。用意されたたった1つの椅子が置かれているのは、目が眩むほど高い場所で。そこで味わう孤独は、まるで上下さえ分からなくなるほどの闇の中に取り残される感覚に似ている。どこに進むべきか、そも...
『 FRAGILE(フラジール)な関係 41話act 41 ~ 暴力 ~そのまま、僕は気持ち悪さで半ば意識を失くしてしまっていた。ただ。気分の悪さとどこかにずるずると運ばれている事だけはわかったけどただ自分の腰に当てられる高ぶりに気持ちの悪さが増してどんどん、前かがみになっていった。ふと「あら、どうしたの?具合悪いの?」と誰か女性の声がかけられたけどすぐさま唐沢さんが「吐きたいそうなのでトイレに連れて行...
小説サンプル・『驟雨の導き・Un do(憂の傾斜)』 【久遠の本丸日記・刀ミュの話】&診断テスト
投稿サイト、エブリスタの下書きに入れたまま、長~いこと忘れていたと言う作品サークル在籍時、『逢魔が時シリーズ』として発表して行こうと計画していた作品の一つで、…
こんなことでもなければ、20代でふるさとの地をもう一度踏むことはなかっただろう。 視線をめぐらせ見あげる空から、気まぐれに三月の雪が降ってくる。そういえば、この地では死んでいく冬が最期の力を振り絞るように、こんな雪が降ることがあるのだった。襟足から容赦なく冷気が忍び込んでくる。薄手のコート一枚でやってきたことを後悔した。音もなく降る雪に、無沙汰を咎められている気がして、柚希(ゆずき)はちいさく肩を...
『 FRAGILE(フラジール)な関係 40話act 40 ~ オペレーターの資質 ~「はい、お電話、ありがとうございます。NHTV 東京コールセンター、お客様窓口、担当、田中でござ」『ちょっとあんた!テレビが映んないのよ!どうしてくれるの、5時からのドラマ楽しみにしてたのにいいいいいい』キーっと聞こえるは10番に座っている田中さんの受電。4メートルほど距離が離れているはずなのに、漏れ聞こえてきた。僕はさっと...
『 FRAGILE(フラジール)な関係 39話act 39 ~ もう一人のリーダー ~その日、僕は寝坊した。ぺらぺらな布団の感触でさえも北条さんの胸の中にいるような気がしてうとうととまどろんでいた。それはとても幸せなまどろみだった。しかしぼくの間借りしているボロアパートは4階でさえ、外の音が結構聞こえてくる。ふと「え~、ご不要になったパソコン、テレビ、その日他なんでもかまいません。ご不要なものを回収させ...
小説サンプル・『子犬の歓迎 グロリア・嫉妬の女神』【久遠の本丸日記・他愛もない戯言】
2023年12月、めでたく連載完結まで、エブリスタに投稿させて頂いたお話ジャンルをヒューマンドラマに設定させて頂いて、高校生の女の子軸で書き上げた、60000…
『 FRAGILE(フラジール)な関係 38話act 38 ~ Guilty ~翌日僕は熱を出して一日寝込んだ。以前に北条さんに抱かれたときも次の日使い物にならなくなった喉と腰くだけ、、、っていうのかな、、、腰が立たなくて冷蔵庫のスポーツドリンクを取りに行くにも四つん這いになってへれへれとようやく動けたくらいだ。それくらい、北条さんとの行為は僕の身体に負担をかける。でも、それ以上に脳まで溶けそうなくらいの快楽...
もうなにも出ないから、もういいから、と訴えても、やめてもらえなかった。なかの刺激がよくてよくて、無意識にまだ、とかもっと、と口走ってしまうたびになんども奥に射精された。なにも出ないままでいかされたとき、脳髄ごとけいれんを起こすような快感に絶叫した。溺れそうで苦しくて、苦しいことがしあわせだった。 果てのない交合が終わったのは、夜明けちかかった。あちこち痛む身体をなだめすかして起き上がると、響生が...
窓の向こうに広がるのは、白銀の世界。木々も家々も雪に覆われ、そこにあるはずの色を覆い隠している。動物の気配もなく、シンと静寂に包まれた夜はどこかもの哀しい。だが、星の明りに照らされて淡く輝いているその光景にアルフレードは瞳を煌めかせた。美しい、と思う。凛と静謐な空気と頭上に広がる満天の星空、そして、暖炉の中で薪がパチパチと爆ぜる音。そのどれもが完璧な芸術作品のように存在している。心が、弾む。自然と...
だから、何のためらいもなく響生の指が後孔をうかがってきたとき、興奮よりも恐怖を覚えた。肌はほてっているのに血の気の引くような、ふしぎな感覚。「ねぇ、ひびきさ……っ!あの、ねぇ、その、……ほんとにできる、の?」 響生が無言で陽詩の手を掴む。そのまま導かれた先の熱に反射的に指先がびくっとした。「陽詩にあれだけしといて、俺のが無反応とかそっちのほうが変態くさいだろ」 軽く笑った響生の指が体内にもぐりこんで...
「すごくいまさらなこと訊くけど」 ベッドサイドのあかりだけが生きた仄暗い部屋、ベッドの上で陽詩がせがむままのキスをしながら、響生が問う。「陽詩くんって、ゲイなの?」 陽詩は答えないまま、自分にのしかかっている男に口づけをねだる。スプリングをきしませながら、なかばもう自暴自棄なのか、響生が熱心にそれに応じた。「こういうキス、したことある?」 響生は舌先だけを陽詩の舌にからめ、誘い出した。ふたつの唇の...
数日後、響生が住むアパートの最寄り駅の改札で、陽詩は姉の恋人の帰りを待っていた。 ここで、姉といっしょに響生を待ったことがある。あの夜は、三人でたこやきパーティーをした。姉はとても楽しそうにはしゃいで、そんな姉を響生がやさしい目で見ていた。 そして今夜は。陽詩は、墨を流したように暗い空を見上げた。 ――……今夜は、後戻りのできない取り引きをする。「陽詩くん?」 背中に、聴きたがえようのない響生の声が...