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差別と歴史上の人物 http://eichi862.blog.fc2.com/

歴史の人物エッセイ集です。歴史と基本的人権を融合し、人間の生き方の指針を探していきます。

上から目線でなく、一般民衆の立場から、自由・平等を中心とする基本的人権の獲得を中心テーマにしました。歴史を見る視点を変えることによって、自由で心豊かに生き、差別意識から解放される人が一人でも増えることを願って書きました。

大川原英智(おおかわらえいち)
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住所
新発田市
出身
南区
ブログ村参加

2013/10/20

1件〜100件

  • 第2章 昭和後期  6 学歴差別(6) 藤原頼長

    ~「追いつけ、追い越せ」 「私が勤めていた○○高校」~ 口ぐせのように何度も聞かされた言葉です。僕が高校1年生のときの教科担当の先生のお一人でした。 授業は上手とは言えませんが、結構楽しくて人気もありました。彼は前任校である○○高校から、僕たちが在学していた第一高校(仮称)に赴任してきたのです。 つまり、君たちの多くは第2、第3希望として入学してきたので第1希望の学校の生徒より学力が劣る。だから 「追...

  • 第2章 昭和後期  5 学歴差別(5) ヨハン・ベートーヴェン

    ~第1、第2希望校だった高校の教科書~ 当時は違いましたが、今は逆転しました。母校の高校に心から感謝します。 自分自身の性格や学力実態に最も合った適切な進路であり、現在も生活や仕事で生かされていることがいくつもあります。   15歳当時の僕はそうではありませんでした。進学した第一高校(仮称)は僕の第3希望だったからです。 結論を先に言えば、この15歳の僕は学歴差別の意識から解放されていなかったため...

  • 第2章 昭和後期  4 学歴差別(4) 夏目漱石

    ~聞きもしないのに 「おかげさまでS大に合格」~ 僕が高校2年生の時だったでしょうか。全校集会の話はほとんど忘れているのに、数少なく覚えている一言があります。 「おかげさまでS大に合格しましたけれども・・・」  S大学というのはいわゆる受験の難関校の一つです。当時の同級生や同学年の生徒の中で、ここに合格できる学力のありそうな人は極めて少数でした。 もちろん、僕も問題外でした。話をしていたのは田辺さ...

  • 第2章 昭和後期  3 学歴差別(3) フリードリヒ・ヴィーク

    ~キセル乗車を学校名から許した~ 僕が通っていた中学校は、当時の自宅からバスを乗り継いで1時間。電車とバスを乗り継ぐルートだと1時間半もかかってしまいました。普段は前者で通学していましたが、後者の方は遠回りになるけれど名古屋の繁華街を通るため、たまに利用することがありました。同窓生の松田さん(仮名)は比較的自宅が僕と近い生徒の一人です。通学ルートが似ているため、よく一緒にバスや電車に乗りました。 ...

  • 第2章 昭和後期  2 学歴差別(2) 田中角栄

    ~大学合格者氏名を新聞が発表~ 今では皆無になりました。大学合格者の氏名を全員新聞記事で発表していたのです。 僕が中学生、高校生だった昭和時代後期のことです。当時は当たり前のように、3月になると大学名、学部学科名、氏名が新聞記事を賑わしていました。 同じ氏名の人が何か所も出ていることも珍しくありませんでした。でも21世紀になった今は、そのようなことをやる新聞社は見当たりません。 この事実の背景には...

  • 第2章 昭和後期  1 学歴差別(1) ニュートン

    ~制服の色が違う特別な中学校~ 自分から進んで受けたわけではありませんが、僕は中学受験をしたことがあります。親が勧めるままに2つの特色ある中学校を受験することになりました。 今から思えば、その手続きに小学校の担任は大変だったことでしょう。学区内の中学校に普通に進学していれば、しなくてもよい仕事を作ってしまったからです。 2校とも自宅からバスを乗り継いで、通学に約1時間かかるところにありました。中学...

  • 第1章 昭和中期  11 学歴差別 北里柴三郎

    ~小学校卒業後大学までの進学先を公開~ 小学校6年生のときでした。担任から突然声がかかりました。「大きな船に乗って名古屋から神戸まで行く体験学習に参加しないか」 当時の僕は、飛行機には興味をもっていましたが船はそれほどでもなかったのです。だから難色を示しながら即座にOKの返事は出せませんでした。 東海海洋体験学習(仮名)という催し物でした。結局家庭での父の強い勧めもあり、翌日になって参加の意思を担...

  • 第1章 昭和中期  10 いじめ 野口英世

    ~僕につけられた嫌なあだ名~ 「ウマ」と「エッチ」僕が小学校のときにつけられた2つのあだ名です。どちらもあまり格好よくないですね。今だからこそ笑って蹴とばせるけれど、小学生だった当時の僕は真剣に悩みました。 テレビの影響でしょう。「てなもんや三度笠」というおもしろい番組の主演俳優が藤田まことでした。彼は顔が少し長く、馬ずらが笑いの種になっていたのです。僕も人よりは少しだけ顔が長かったようです。だか...

  • 第1章 昭和中期  8 地域差別(2) ワシントン

    ~大都市に住む優越感~ 僕はこれまでの間、東京や名古屋などの大都市、地方の中小都市、そして人口わずか数千人の農村などに、進学や就職に伴って次々に移り住んできました。その中で出会った知人の一人に白川さん(仮名)がいます。 彼は北海道から、大学進学のために上京していたのです。埼玉県に住む叔父に下宿を紹介してもらったりしながら、他にもいろいろお世話になっていたそうです。 ところが、彼の口からはこんなボヤ...

  • 第1章 昭和中期  8 地域差別(1) 謝花昇(じゃはなのぼる)

    ~名古屋弁はいかんで~ 僕は名古屋生まれなので、小さいときからごく普通に使ってきた言葉です。だから親しみを感じます。 ところが他県出身の知人、大原さん(仮名)の言葉です。 「・・・・だがや」 「がや、はいかんで」 名古屋弁という一つの方言を悪い言葉と決めつけた発言です。 そういう彼自身もかなりなまった方言を使っていました。その方言は良いというのです。  自分の価値観に凝り固まった偏見がなせる業です...

  • 第1章 昭和中期  7 在日韓国人差別  柳宗悦(むねよし)

    ~○○町はいかんで、あいつら朝鮮だ~ 「弥生町(仮名)の子とは遊ぶな、弥生町の方へは行くな」「一緒に仕事をしたが、あいつら飯の時間になると真っ先に走っていく」「そんな辛いものばっかり食べてると朝鮮と同じだ」 差別意識が言葉になって現れてきていますね。残念ながら、僕の小学校時代はこのような言葉が、日常茶飯事のように飛び交っていました。 この差別的な環境の中で、僕は自然に 「そうなのかな」 と思ってしま...

  • 第1章 昭和中期  6 女性差別 J Sミル

    ~女は運動も勉強も劣る?~ 「女はだめなんだ、勉強も運動も男より劣る」 今こんなことを言えば、即座にバッシングの嵐になります。明らかな差別者の言葉ですね。 僕が小学生のときにお世話になった学級担任の一人、前田さん(仮名)の言葉です。何の時間だったか思い出せませんが、授業中だったと思います。 当時の同級生の女子生徒たちは、どんな思いでこの言葉を聞いていたのでしょうか。 男子生徒だった僕は「ふーん、そ...

  • 第1章 昭和中期  4 社会的身分差別(2) 司馬遷

    ~小学校時代に横行していた体罰~ 僕は小学生のときの6年間、5人の学級担任と出会うことができました。みんなそれぞれ個性のある熱心な先生方だったと思います。 ただ、この中で体罰の記憶がないのはお一人だけ。あとの4人は、みんな体罰をしていたのをよく覚えています。今から思えば信じられないような教育環境ですね。 たぶん、僕が在学していた学校だけでなく、全国的にこの傾向があったのだと思います。生徒にゲンコツ...

  • 第1章 昭和中期  4 社会的身分差別(1) 山県有朋

    ~なぜ学級委員バッジがあったのか~ 直径2センチくらいの桜の形をした金属製のバッジでした。僕が在学していた名古屋市立高山小学校(仮名)では、各学級の学級委員男女に、日ごろから常にバッジをつけさせていました。学級委員とは、各クラスの選挙で選ばれた代表です。学校によっては級長、代議員など、さまざまな呼び方がありました。僕は小学校6年間の在学のうち、5回もこの学級委員バッジをつけていたのです。 これって...

  • 第1章 昭和中期  3 人種差別 キング牧師

    ~土人とだっこちゃん~ 「土人」 (どじん) という言葉をご存知でしょうか。今ではほとんど使われなくなりましたが、僕が小学生のときは当たり前のように使われていました。 本来は土着の人、先住民などという意味の言葉です。しかしそこから転じて、特に黒人に対して野蛮人、未開の人、無礼者などのマイナスのイメージが色濃く反映していたことも事実です。  こうなると差別用語ですね。マスコミも使用を控えています。日...

  • 第1章 昭和中期 1外国人差別 (2)アインシュタイン

    ~日本はほとんど戦争に負けたことがない~ 小学生の時でした。同級生の一人で山崎君(仮名)という生徒がいました。 彼は歴史が大好きな少年で、よく歴史年表を見ていました。 教室には長くて大きな、常に掲示されている歴史年表があったのです。 まだ歴史を学んだことがなかった僕は、不思議そうに眺めていたのでした。「これはいったい、何だろう」 この無知な僕に、初めて歴史の講義をしてくれたのは彼でした。「日本は、ほと...

  • 第1章 昭和中期 1外国人差別 (1)ペテロ

    ~道で偶然出会った白人~ 「わっ!白い人形がしゃべりながら歩いている。気持ち悪いなあ」僕が幼年時代に、初めて白人に遭遇した時の正直な気持ちです。 当時住んでいたところは名古屋。自宅のすぐ近くの道端でのでき事でした。「こんな人間がいるわけがない」 とも思いました。 あまりの驚きに、僕はしばらくの間声も出ず、じっと彼女らを観察していました。金髪の若い女性2人です。その時の結論です。  「やっぱり人形じ...

  • 第5集 差別意識からの解放「現代編」 目 次

    第5集 差別意識からの解放「現代編」                        目  次はじめに第1章 昭和中期1 外国人差別(1)  ペテロ           ~道で偶然出会った白人~2 外国人差別(2)  アインシュタイン      ~日本はほとんど戦争に負けたことがない?~3 人種差別      キング牧師         ~土人とだっこちゃん~4 社会的身分差別(1)山県有朋    ...

  • 第5集 差別意識からの解放「現代編」 はじめに

    第5集 差別意識からの解放「現代編」はじめに 差別意識とは、一言でいうと 「人を見下す意識」 です。見下す側もされる側もどちらも不幸になる事例は、日本史、世界史上を問わずあまりにもたくさんあります。 不幸になることに気づいていれば、わざわざ差別をしないでしょう。ところが多くの場合、たとえ悪気はなくても気づいていないのです。僕自身の前半生の生き方は、まさにその典型だと思います。 人間なら差別をしたり...

  • 第5集への中間報告17

    第5集への中間報告17   3uwl1b こんにちは。 第5集への準備は予定全体の約9割がまとまった状態まできました。残りはあと少しです。来月には公開できそうです。最後の場つなぎになりそうですが、今回も短い記事でご容赦願います。 17回目の中間報告になりました。歴史や人権などに関するできごとで、最近僕が感じた雑感などを 「場つなぎのためのミニ記事」 として簡単に紹介していきます。 ...

  • 第5集への中間報告16

    第5集への中間報告16   3uwl1b こんにちは。 第5集への準備は予定全体の約7割がまとまった状態まできました。残りはあと3割です。今回も短い場つなぎ記事でご容赦願います。 16回目の中間報告になりました。歴史や人権などに関するできごとで、最近僕が感じた雑感などを 「場つなぎのためのミニ記事」 として簡単に紹介していきます。                場つなぎのためのミニ記事16 今回も、基本的人権の...

  • 第5集への中間報告15

    第5集への中間報告15   3uwl1b こんにちは。 第5集への準備が、やっと進んできました。予定全体の約2分の1がまとまった状態です。残りはあと半分です。今回も短い場つなぎ記事でご容赦願います。 15回目の中間報告になりました。歴史や人権などに関するできごとで、最近僕が感じた雑感などを 「場つなぎのためのミニ記事」 として簡単に紹介していきます。              場つなぎのためのミニ記事15 今回...

  • 第5集への中間報告14

    第5集への中間報告14   3uwl1b こんにちは。 先月に引き続き、わずかながら一歩進歩してきました。でも、第5集への準備は、まだ予定全体の約5分の1から抜け出せない状態です。今回も短い場つなぎ記事でご容赦願います。 14回目の中間報告になりました。歴史や人権などに関するできごとで、最近僕が感じた雑感などを 「場つなぎのためのミニ記事」 として簡単に紹介していきます。              場つなぎの...

  • 第5集への中間報告13

    第5集への中間報告13   3uwl1b こんにちは。 わずかながら、一歩進歩してきました。でも、引き続き第5集への準備は、まだ予定全体の約5分の1から抜け出せない状態です。今回も短い場つなぎ記事でご容赦願います。 13回目の中間報告になりました。歴史や人権などに関するできごとで、最近僕が感じた雑感などを 「場つなぎのためのミニ記事」 として簡単に紹介していきます。              場つなぎのための...

  • 第5集への中間報告12

    第5集への中間報告12   3uwl1b こんにちは。  今月も先月と同じ状態で進展していません。引き続き第5集への準備は、まだ予定全体の約5分の1の状態です。今回も短い場つなぎ記事でご容赦願います。 12回目の中間報告になりました。歴史や人権などに関するできごとで、最近僕が感じた雑感などを 「場つなぎのためのミニ記事」 として簡単に紹介していきます。              場つなぎのためのミニ記事12 「...

  • 第5集への中間報告11

    第5集への中間報告11   3uwl1b こんにちは。  今月も相変わらず先月と同じ状態が延々と続いています。引き続き第5集への準備は、まだ予定全体の約5分の1の状態です。今回も短い場つなぎ記事でご容赦願います。 11回目の中間報告になりました。歴史や人権などに関するできごとで、最近僕が感じた雑感などを 「場つなぎのためのミニ記事」 として簡単に紹介していきます。              場つなぎのためのミ...

  • 第5集への中間報告10

    第5集への中間報告10   3uwl1b こんにちは。  先月と同じ状態が延々と続いています。引き続き第5集への準備は、まだ予定全体の約5分の1の状態です。今回も短い場つなぎ記事でご容赦願います。 10回目の中間報告になりました。歴史や人権などに関するできごとで、最近僕が感じた雑感などを 「場つなぎのためのミニ記事」 として簡単に紹介していきます。              場つなぎのためのミニ記事10 今回は...

  • 第5集への中間報告9

    第5集への中間報告9   3uwl1b こんにちは。  相変わらず足踏み状態が続いています。引き続き第5集への準備は、予定全体の約5分の1からなかなか抜け出せない状態です。今回も短い場つなぎ記事でご容赦願います。 9回目の中間報告になりました。歴史や人権などに関するできごとで、最近僕が感じた雑感などを 「場つなぎのためのミニ記事」 として簡単に紹介していきます。              場つなぎのための...

  • 第5集への中間報告8

    第5集への中間報告8   3uwl1b こんにちは。  この1か月、またしても足踏み状態が続いています。第5集への準備は、予定全体の約5分の1からなかなか抜け出せません。今回も短い場つなぎ記事でご容赦願います。 8回目の中間報告になりました。歴史や人権などに関するできごとで、最近僕が感じた雑感などを 「場つなぎのためのミニ記事」 として簡単に紹介していきます。              場つなぎのためのミ...

  • 第5集への中間報告7

    第5集への中間報告7   3uwl1b こんにちは。  1か月経つのは本当に早いですね。第5集への準備は、前回から足踏み状態が続いています。相変わらずのナメクジペース。来月こそは少し進歩したいです。 7回目の中間報告になりました。今回も歴史や人権などに関するできごとで、最近僕が感じた雑感などを 「場つなぎのためのミニ記事」 として簡単に紹介していきます。              場つなぎのためのミニ記事...

  • 第5集への中間報告6

    第5集への中間報告6   3uwl1b こんにちは。  第5集への準備は、まだ予定全体の約5分の1ほど進んでいるところです。相変わらずのナメクジペース。まだまだですね。 のんびりとゆっくり引き続き取り組んでいきます。 6回目の中間報告になりました。今回も歴史や人権などに関するできごとで、最近僕が感じた雑感などを 「場つなぎのためのミニ記事」 として簡単に紹介していきます。              場つなぎ...

  • 第5集への中間報告5

    第5集への中間報告5   3uwl1b こんにちは。  第5集への準備は、前回からほんの1ページ分くらい進んだだけです。カメどころか、まるでナメクジのようなスピードになってしまいました。 引き続き焦らずにじっくりと取り組もうと思います。 5回目の中間報告になりました。併せて歴史や人権などに関するできごとで、最近僕が感じた雑感などを 「場つなぎのためのミニ記事」 として簡単に紹介していきます。        ...

  • 第5集への中間報告4

    第5集への中間報告4   3uwl1b こんにちは。 第5集への準備は足踏み状態が続いています。まるでカメのようになってしまいました。 僕のブログを読んでくださる方々には申し訳ありません。スピードよりも質を大切にしたいので、引き続き焦らずにじっくりと取り組もうと思います。4回目の中間報告になりました。併せて歴史や人権などに関するできごとで、最近僕が感じた雑感などを 「場つなぎのためのミニ記事」 として簡単...

  • 第5集への中間報告3

    第5集への中間報告3   3uwl1b こんにちは。 前回から1か月経ちましたが、準備は予定の約5分の1から全く進んでいません。この1か月は公私ともに多忙でした。 焦らずにじっくりと取り組もうと思います。3回目の中間報告になりました。併せて歴史や人権などに関するできごとで、最近僕が感じた雑感などを 「場つなぎのためのミニ記事」 として簡単に紹介していきます。              場つなぎのためのミニ記...

  • 第5集への中間報告2 

    第5集への中間報告2   3uwl1b こんにちは。 ブログ 「差別と歴史上の人物」 は第4集の記事公開が終了してから、現在第5集の公開に向けての準備中です。 すでに3か月以上も経っていますが、準備は予定の約5分の1がやっとできたところです。 まだまだ長い時間がかかりそうなので、2回目の中間報告をして、併せて歴史や人権などに関するできごとで、最近僕が感じた雑感などを 「場つなぎのためのミニ記事」 として簡単...

  • 第5集への中間報告1

    第5集への中間報告1   3uwl1bこんにちは。ブログ 「差別と歴史上の人物」 は第4集の記事公開が終了してから、現在第5集の公開に向けての準備中です。すでに2か月以上も経っていますが、準備は予定の約6分の1がやっとできたところです。まだまだ長い時間がかかりそうなので、中間報告を数回して、併せて歴史や人権などに関するできごとで、最近僕が感じた雑感などを 「場つなぎのためのミニ記事」 として簡単に紹介し...

  • おわりに

    第4集 権力と心労に揺れた人々「日本史編」3uwl1b                  おわりに権力者には、常に問われていることがあります。それは誰にために権力という名の「強制力」 を行使しているかということです。一般民衆のために行使されるべきことであることは言うまでもありません。人を強制する力は、社会全体には必要であると思います。というのは、これがないと何でもかんでも自分勝手が横行し、収拾がつかなく...

  • 第8章 明治以後 12 田中角栄

    12 田中角栄 (1918 ~ 1993)3uwl1b~実行力と金の力で出世して裁判で自滅した農家の二男~ 「小卒でも首相になれる。人間は学歴じゃない」「約束したら、必ず果たせ。できない約束はするな」「借りた金は忘れるな。貸した金は忘れろ」戦後を代表する総理大臣、田中角栄の言葉です。「戦後最大の首相」 とまで言われ、日中平和友好条約を締結しました。自分の学歴に自信のない人に夢と希望を与えた人物でもあります...

  • 第8章 明治以後 11 東条英機

    11 東条英機 (1884 ~ 1948)3uwl1b~権威・権力を手にして敗戦で絞首刑にされた軍人~ 「カミソリ東条」 という言葉があります。抜群の記憶力をもつ優秀なエリート軍人でした。昭和天皇からも厚い信頼を獲得し、感謝の勅語も贈られています。内閣総理大臣も経験し、戦前の日本を代表する政治家でもありました。しかし、彼は太平洋戦争の敗戦後、極東国際軍事裁判に被告人として立たされてしまいました。A級戦犯と...

  • 第8章 明治以後 10 松岡洋右 (まつおかようすけ)

    10 松岡洋右 (まつおかようすけ) (1880 ~ 1946)3uwl1b~国民的英雄として歓迎され日米開戦に号泣した外務大臣~ 「連盟よさらば」 1933年の新聞記事の見出しです。連盟とは国際連盟のことです。さらに記事は「連盟、報告書を採択。我が代表堂々退場す」 と報じました。報告書とは、リットン報告書のことであり、この代表というのが、松岡洋右を指しています。太平洋戦争前夜の数々の外交で活躍し、日本代...

  • 第8章 明治以後 9 清浦奎吾 (きようらけいご) 

    9 清浦奎吾(きようらけいご) (1850 ~ 1942)3uwl1b~第二次護憲運動で総辞職に追い込まれた短命内閣の首相~ 「私は坊さんになるつもりはありません。将来、国のためになる立派な人になりたい」大正末期の総理大臣、清浦奎吾の若き日の言葉です。92歳の天寿を全うし、江戸時代から昭和まで生き抜きました。貴族院議員や首相を経験し、歴史上にその名を残しています。幼いころから学問の才能があり、山県有朋の...

  • 第8章 明治以後 8 野口英世

    8 野口英世 (1876 ~ 1928)3uwl1b~努力で成果を発揮し晩年に権威と心労に悩まされた医師~1,000円札の肖像でおなじみの超有名人ですね。僕も小学生のころから、絵本などで何度も読み、顔も名前も知っていました。超人的な努力で逆境を克服して大成した「医学界の巨人」 として、多くの人々から尊敬されています。ノーベル生理学・医学賞の候補に、三度も名前が挙がりました。しかし、彼の晩年は強烈な心労に...

  • 第8章 明治以後 7 山県有朋 

    7 山県有朋 (1838 ~ 1922)3uwl1b~権力にこだわって国民と皇室を敵に回した日本軍閥の祖~ 「人間は権力から離れてはならない。 それ故、自分も権力の維持に力を尽くしている」明治・大正を代表する政治家の一人、山県有朋(やまがたありとも) の言葉です。2度にわたって総理大臣を経験し、その後も元老として、大きな政治的権力をもち続けた人物です。しかし、彼の葬式は「国葬」 であったにもかかわらず、...

  • 第8章 明治以後 6 桂 太郎

    6 桂 太郎 (1848 ~ 1913)3uwl1b~総理大臣最長記録をつくり半年で病死したニコポン宰相~ 在職2886日。3度にわたり内閣を組織し、西園寺公望(さいおんじきんもち) とともに、交互に明治末期の「桂園時代」(けいえんじだい) とよばれる黄金時代を築いた人です。ニコニコ笑って肩をポンとたたき、政治家や財界人を手懐けたので「ニコポン宰相」 と呼ばれました。日本史上に残る、総理在位最長記録の保...

  • 第8章 明治以後 5 伊藤博文

    5 伊藤博文 (1841 ~ 1909)3uwl1b~行政の頂点で国政を動かし海外で暗殺された長州の貧農~ 日本初の内閣総理大臣です。過去の千円札の肖像にもなった人物で、明治を代表する日本を動かした大物政治家としてあまりにも有名です。陽気で開放的な性格で人気が高く、明治天皇からも信頼されていました。お世辞を言わない無骨な正直者で、金銭にきれいなことがその理由でした。アジア最初の立憲議会政治家として、現在...

  • 第8章 明治以後 4 勝 民子

    4 勝 民子 (1821 ~ 1905)3uwl1b~良妻賢母を演じ続け最期になって心労でキレた幕臣の妻~ 「オレにはもったいないくらい出来た女房なんだ」夫にこう言わせたほどの良妻民子は、幕末維新の有名人、勝海舟の正妻です。海舟といえば、海軍の創設や江戸城の無血開城などで知られる、開明的で極めて優秀な幕臣です。民子は海舟の門下生や女中たちからも「おたみさま」 と呼ばれて尊敬されていました。しかし、彼女は...

  • 第8章 明治以後 3 陸奥宗光 

    3 陸奥宗光 (1844 ~ 1897)3uwl1b~日本を列強諸国に加え外交で苦悩した和歌山の家出少年~ 条約改正で、中学校や高校の歴史教科書で必ず登場する有名人ですね。第二次伊藤博文内閣の外務大臣として活躍し、その鋭い辣腕は「カミソリ大臣」 とあだ名されました。幕末に結ばされた不平等条約の一つである領事裁判権の撤廃に成功しました。関税自主権の一部も獲得した功績は、国民全体に大きく貢献した日本史上の偉...

  • 第8章 明治以後 2 三条実美 (さねとみ)

    2 三条実美(さねとみ) (1837 ~ 1891)3uwl1b~政争に巻き込まれ心労を重ねて倒れた京都の名門貴族~ その華々しい経歴。 正一位大勲位公爵、右大臣、太政大臣、内大臣、内閣総理大臣兼任など、まだまだあります。幕末維新を生き抜いた元勲の一人として、歴史上にその名を残しました。そもそも三条家は、摂関家藤原北家の嫡流で、公家の中でも名門中の名門といえる家柄です。華やかな貴族らしい生活が想像されま...

  • 第8章 明治以後 1 岩崎弥太郎

    1 岩崎弥太郎 (1834 ~ 1885)3uwl1b~努力で裕福になり心労で病に倒れた土佐の下級武士~ 「日本一の大金持ちになる」少年時代の貧しさから抜け出そうと懸命に努力を重ねました。大会社の社長になった明治を代表する経済界の大人物として有名ですね。三菱財閥の創始者であり、弥太郎が創設した三菱商船学校は、現在の東京海洋大学海洋工学部です。負けず嫌いで向学心が旺盛。幕末から明治以後の日本の経済界に大き...

  • 第7章 江戸時代後期 12 斎藤きち

    12 斎藤きち (1841 ~ 1891)3uwl1b~外国人差別と鎖国政策の犠牲になった若き美貌の芸者~ 「死んでもいやだ」17歳の若き美貌の芸者の言葉です。下田奉行所の伊佐新次郎から 「きち、頼みがある。玉泉寺へ通って、アメリカ領事殿を慰めてやってくれぬか」 と言われた時の返事でした。言い方を変えれば、これはハリスの妾になれということです。彼女には鶴松という、将来を誓い合った恋人がいました。断るのは当...

  • 第7章 江戸時代後期 11 土方歳三

    11 土方歳三 (1835 ~ 1869)3uwl1b~武士に出世して時代の流れに翻弄された農家の末っ子~ 歴史上の人物で、これほど多くの女性にもてる男性が他にいたでしょうか。現在でも、さまざまな時代劇やドラマで登場する人気者です。もともと色白で引き締まった顔立ち、長身で剣の達人です。鬼のような勇敢さと、気配りのできる心優しさをあわせ持った人物といわれています。和歌や俳諧も好む風流さもありました。しかし、...

  • 第7章 江戸時代後期 10 孝明天皇

    10 孝明天皇 (1831 ~ 1867)3uwl1b~鎖国にこだわり新時代を前に犠牲になった若き天皇~ 江戸時代で歴史上に登場したといえる天皇は2人だと思います。一人は初期の後水尾天皇(ごみずのおてんのう) で、もう一人が孝明天皇です。15歳で即位した、江戸時代最後の天皇です。学問好きな性格で、公家の学問所である学習院を創設したほどです。和歌にも優れ、歌集も出しています。影が薄い江戸時代の歴代の天皇の中...

  • 第7章 江戸時代後期 9 徳川家茂 (いえもち)

    9 徳川家茂 (いえもち) (1846 ~ 1866)3uwl1b~開国と攘夷の狭間で犠牲になった幕末の若き将軍~ 13歳で将軍。現在でいえば中学校の1年生ですね。一国のリーダーになれということ自体無理があります。14代将軍徳川家茂は、鼻筋の通った現代的な顔つきであり、妻とは相思相愛でした。彼が亡くなったときは、誰もが死を惜しむような人柄だったと伝えられています。多くの人々から親しまれ、幕末のむずかしい...

  • 第7章 江戸時代後期 8 武市半平太

    8 武市半平太 (1829 ~ 1865)3uwl1b~尊王攘夷運動と大名の権力の狭間で揺れた土佐の志士~ 武市半平太(たけちはんぺいた) は人格者として人気が高い幕末の志士です。言説さわやかで、誠実な人柄が長く語り伝えられています。剣の腕も一流で教養もあり、指導者としての資質を十二分に持ち合わせていた人物でした。土佐勤王党を結成して尊王攘夷運動にまい進し、一時は土佐藩全体を動かすリーダーにもなりました...

  • 第7章 江戸時代後期 7 井伊直弼

    7 井伊直弼 (1815 ~ 1860)3uwl1b~開国の犠牲になって暗殺された幕末の大老~ もっと高く評価されてもよい人物ではないでしょうか。井伊直弼(いいなおすけ) は日米修好通商条約で知られる日本史上の有名人ですね。当時の世界情勢からも、開国はいつか誰かがやらなければならなかったことです。日本の近代化の第一歩を踏み出した、勇気ある決断と考えられます。しかし、直弼の最期は働き盛りの44歳、予告され...

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ハンドル名
大川原英智(おおかわらえいち)さん
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差別と歴史上の人物
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