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夏休みの中盤、二曲が完成した。最初の一曲は歌詞を先に書いてその後にメロディをつけた。二曲目はその反対でメロディを先に歌詞を後に創作した。どちらがやりやすかったといえば、前者のほうである。しかし、歌詞にメロディを合わせようとするために数箇所は窮屈を強いられるハメになって、変更を余儀なくされた。あまり好みのリズムとは言いがたいが、完成にこぎつけた。かたや二曲目は、歌詞の変更は言い直すことが可能なので少ない語彙力でも歌詞の意味を変えることなく作り上げたと自負している。でも、やはりどちらもインパクトにはかける。一長一短でいいとこ取りとはいかないようだ。次は同時に創作してみようと思っていた八月の第二週で…
倉庫内の暗さにしぶしぶ立ち上がり、アルミ製の棚からランタン風の明かりを掴んで点灯させた。閉めきった室内だから、蛍光灯の紫外線に誘われる虫達に気をそがれることもない。しかし、さすが昼食を食べていなかった私の腹は待っていたかのように鳴り出したのでギターから一旦離れた。夕食後に再度取り組むつもり。 食卓に着いて十分で食事が終了、母親がよく噛んで食べなさいというがCDを買ってきた私に配慮してか、それ以上は強く言わない。だってもう食べてしまったのだから、それは食べる前に言うべきなのだ。次の機会のために助言しているかもれないけれど、これまでこのペースで食べてきた、体は健康そのもの。 一番風呂で汗を流して、…
帰宅後、玄関まで入って頼まれたCDを靴箱の上においた。ギターを弾いている時に声をかけられないための処置。 ギターを倉庫に置いてアランの散歩に出た。 散歩から戻ると倉庫に直行。 弦の張り具合いだろうか、昨日よりも反発が強い。けれど、若干の緩みを持たせているようだ。指先から伝わる。アルペジオで視界を遮断、なめらかに動くようにと思ってしまうと指先が硬くなってしまうので考えないように体に任せてウォーミングアップ。 任せ、時間の観念も取り去って。 目を開ける。 これからのことを無機質で冷たい天井を眺めて考察する。 どうやって曲を作ろうか、コンセプトが重要。何を持って内に秘めたマテリアルを魅せるのか?まっ…
「ああ、今日は気分が良いから。それにお得意さんだからたまにはサービスも必要でしょう。またのご来店のために」やっぱり、態度にずれが生じている。これまでの店員ではない。なんだろうか、これが本来の性質なのかもしれない、それとも気を許した人間に見せて市市まうのか。どうだって構わないけど。しかない、私はここで人物像を書き換えた。 帰りはひと駅手前で駅を降りる。 無人駅の南口。降車の客は私だけ。改札に定期をかざして、三人がけの待合室に人の姿、一瞬だけ目が合うが挨拶は皆無。もっとも相手だって私を景色の一部だと認識、お互い様だから挨拶のあったなかったは抜きにしてほしい。 快調な天気が昨日から継続、雲がゆったり…
「できましたか?」 「調整のために軽く弾いてみて」軽い言葉遣いも慣れたもので軽いや重いの概念を乗り越えると相手の真意を汲み取りさえすれば、目的は果たせる。 人の好意を受け入れられたもの鈍感の証。手にしたギターは弾けてなおかつ細かな粒子を帯びた官能たる泰然で居座って、でも見せつけるのはなく気づいてくれなくてもと謙遜も聞き取れる。 店員が苦い表情で口を歪ませていた。 「なにか不都合でも?」レジの正面を避けて床に近い、背の低い椅子に腰を下ろした私は撫でるように弦を紡ぐ。レジを出てきた店員にそう言った。 「……ギターを返さないんだな、と思って」 「は?」言っていることが矛盾をはらんでいたので疑問を呈し…
「私なにか変な質問しましたか?」話題を戻して質問を続ける。 「いいや、うん。あのギターに選ばれる奴ってのは感度が良いんだ。こうアンテナがぴーんと張っている」店員は額から斜め上に指先を伸ばした。ラジオのアンテナを伸ばすように。「弦を張り替えるのは何度目?」ギター受け取った店員が聞いた。 「……六回目、だと思います」正確な回数は忘れていた。聞かれるとは思いもよらなかった。 「普通は二、三ヶ月で切れるんだけど、相当弾いてる。なんで?」 「あなたはなぜ食事を摂るのでしょうか、それと同じぐらいに答えのない質問。弾きたいから、ただそれだけです」 「太い弦に変えてみるか?」 「お願いします」 張替えを頼んで…
電車が警笛を鳴らす。私への危険の合図ではない。電車の標識があるから、そういう規則なんだろう。 早朝は夏とはいえ、肌寒い。海風の影響もたぶんにある。アランが暇そうにへたり込んでしまったので帰ることにした。サーファーの男はまだ夢中で波と戯れていた。橋を慎重に渡って、坂道を戻る。ガードレールで囲われた駐車スペースに車が一台止まっていた、おそらくはあの人の車。 家に到着、アランにご飯を食べさせた。元気がなかったのは単に空腹だったからで、食べ終えると今度は遊んでくれとせがんできた。朝食の席に母親からあるアーティストのCDを買ってきて、と頼まれた。ネットで買えば半日で届き、行き帰りの交通費も節約できるが、…
サーファーは波を待って海面に揺られる。何を考えているんだろうか、考えてみた。ただ単に彼らが言う良い波に乗りたいのか、それとも長く板に乗りたいのか、あるいはもっと上手に試したい新技術があるんだろうか。しかし、それらも波が来ないと始まらない。相手を待って受け入れて利用する。 私はインスピレーションを受ける物や人がいるのか。言葉にならない思いを消化するためにギターを弾いているのではないと思うのだが、どうだろうか。腕を組んでシャッターを下ろす。 ギターを演奏するのは私でありたかったから。これが最大の理由。弾いていないとワタシではなり得ないから、こうして音楽についてあれこれと議論?討論?こねくり回して答…
橋は、川を渡し錆びた赤がさらに風化よってピンクにまで変色していた。私の記憶ではまだ橋は赤に近かったように思う。アランが男のお尻を追うようにずんずんと踵を返して私を引っ張る。男は私がついてこうよとも、自身の目的が果たされれば満足なんだろうと推察。 再度足が濡れて、川を戻った。下水処理場には車が三台駐車されていて人の存在を主張し無人ではないんだと誇示してるようにも思えた。男は既に橋の真ん中辺りを通過。アランが求めるように上目遣いで甘えるように鳴く。 仕方なく要求に従うか。私は橋に恐る恐る近づいて、川までの高さを確かめた。落ちたとしても最悪、骨を折る程度の怪我、水面までの高さは三メートルぐらい。渡り…
まずもって、異なる生物であることを認識すべきなのだ。批判しているのではない、再検討を望んでいるの。 アランが川の反対側へ行きたがっているので、仕方なく水に足を差し入れて渡ってみた。渡るのは小学生ぶりだろうか。たしか、この辺りに小さなお地蔵さんがいたと、記憶を巡らせていると道を遮る幅二メートル半、高さ三メートルほどの板が登場した。こんなものがあったなんて、いつから設置されたのだろう。私の小学生時代にはなかったシロモノである。アランは先に行きたい仕草で板に隙間がないか隈なく鼻で探っているが、とうとう諦めて私の隣に寄り添う。道の横から抜けようにも川の斜面が迫っていて忍者でもない限りは川に落ちてしまう…
これまでの理論と成功のアプローチを真似たとすれば、それなりの成果が待ちわびているが、ありきたりの音で人は惹きつけられるんだろうかと、反対の意見に傾いている私がいる。出だしは好調でも、いずれはパターンの繰り返しにこちらが飽きてしまうはずだ。広告の一環で映像やコンテンツに付属される感度の鈍った音楽を作っても仕方ない。わかりやすさは諸刃の剣でその切っ先がいずれ牙をむく。代わりはいくらでもいるのである。 大学は先週から夏休み期間に突入し類まれな感性を磨くにはもってこいの時間を与えられたと私の気分が高揚する。かといって、四六時中ウキウキしてる、おかしなやつではなくて、床から二センチほど常に浮いている程度…
ここから家までは人に会わなかった。 バッグを部屋において、洗面所で顔を洗う。化粧はしていない、大学に行くためには不必要だと思っている。身だしなみだからと口々に言っても結局は好意的に見られたいがための体の良い口実。礼儀の一つだよと、窘められたこともあったっけ、懐かしい。鏡に向かってニンマリと微笑む。そう言ってくれた人は、学食で髪の毛の入った定食を持って怒鳴り散らしていたっけ。 麦茶を一杯飲み干して、さらにもう一杯をグラスに注ぎ、それを持って倉庫に移動した。ドアに繋がれたアランが切れそうなぐらい左右に尻尾をふりふり。私はいつも帰宅すると散歩に連れて行くので、反射で連れて行ってもらえると勘違いしてい…
電車を降りてからの徒歩で確信に迫った気がする。私が取り込まれた曲は世界を斜めに観察する思考が組み込んでいたように思う。ただの怨みや妬みではなくって、もっと研ぎ澄まされて感度が良くて孤独で凛としている。ある一点からの忠実で絶対的な強振。 急勾配の坂、汗が出てこないように一定のスピードで足を前に出す。途中、道路を横断、さらに急な坂を選択。 他人の体験や想像なのに私がありありと情景をうかべられるのはなんでなんだろう。おそらく、作詞家と私が思う状態はかけ離れているはず。コンサートのお客だってそれぞれ違うはずなのに感動を湧き起こさせてしまう。 坂を登り切るとどっと汗が噴き出してきた。公園では、子供がサッ…
ギターを弾いていると、たまに曲に取り込まれる時がある。その正体を何なのかは、はっきりとしていない。歌詞もコードもお構いなしだけど闇雲に弾いているのではなくて流れるように音が連なる。一、二回。正確には二回だ。視界がシャットアウトされて別の空間に誘われたように想像の風景がプレハブの倉庫に広がったんだ。 でも、ここしばらくは出会えていない。会おうとすると気分を害して出てこないらしい。歌手というのは常にあの感触を体現しているのだろう。 気がつくと降車駅に到着して、危うく乗り過ごすところだった。ホームへ降りる階段は前方にしかないために自分のペースで歩ける。講義まではあと十分もある。数分前には教室に入れる…
学校までにこの半年を振り返えってもまだ、入学の真意には辿り着けない。なんでこんな場所に通い始めたんだろうかとも思い始めていたが、手遅れで他校へ編入する目的も気力も親の説得も私には到底叶わないので、とぼとぼと一歩でも一限目の授業に間に合わせようとする。 前を歩く人の足元と隙間の床を見つつ、目をつぶってでも歩けそうなルート。ただ、考え事にはもってこいの時間である。褐色のキラーを手にしてから半年が過ぎて、まだ前任者があのギターを手放す意味を見いだせずいた。とは言っても、そこまで深くは考えていなくて、どっぷりとただギターにのめり込んでいた私である。 月刊の教則本を買い、コードを覚えて押さえるボジション…
「買うの?」 「……欲しいですけど」値札には十一万五千の文字。「これ結構高いし、どうしよう」 「いくらなら払えるの、お金?」店員が聞いた。 「えっ?うんと、持ち合わせは……二千円です」言った傍から無鉄砲な行動を呪った。財布の中身も確かめないでギターを買おうとしていた私を疑いもしなかったことを悔やんだ。しかし、これは衝動に従っただけ。端から買えないと決め付けるよりかはマシだろう。 眉を上げて店員は言う。「じゃあ千円でいいよ。それで売ってやるよ」馬鹿にすることも、考えこむこともなく、すんなりとあっけなく店員はタダ同然の低価格を提示してきた。 「冗談ですよね?だってこれ二桁分違いますよ。駄目ですよそ…
「ギターをお探しなら、手にとって感触を確かめてごらんよ」風貌から私が想像するミュージシャンのそれと寸分の狂いもない店員が黒の前掛けに赤い店名で音もなく私の横に現れた。髪は艷やかで後ろで一つに束ねてある。細面、スッキリとした切れ長の目元、身長は百五十代の私が見上げる程度。 「……ギター弾いたことがないんですけど、どれがお勧めですか?」 「弾くのはあなたでしょう?」酷くがっかりとしたトーンで長髪の店員が言う。「キラキラして見ていたさっきのように好きなギターを選んでみれば」この人の言うとおりだ。何をためらって何に気を使っているだろう。まだ、まだ何も始めてもいないのに決め付けるなんて馬鹿らしいではない…
S駅で降車、車内とは打って変わってホームと駅構内は蒸した暑さが充満、改札までの階段を降りたらじんわりと首元に汗を掻いていた。 嫌いな人混みを歩く。 駅は商業施設との一体化で改札を抜ければ複数の百貨店が隣接、私はそのうちの一つに足を踏み入れた。エスカレーターはひっきりなしに人を運び続ける。ベルトコンベアで運ばれる商品みたいだ。店側からはそう見えても仕方ないか。入店の先を見通せる天井までのガラスを抜けると最初に目に付く花屋に複雑な香りをかがされて、エレベーターを待った。私の他にも二人の待ち人、壁に刻まれた各階の案内表示で楽器店を探した、四階である。美術館で絵画を鑑賞する時みたいに首を長く伸ばし、電…
波風が立たないのは気分が良いだろうが、別角度から観察すると現状維持で変化がないさまを表しているとも言えた。 隠してきた私がそこで鳴き声をあげた。 覆い隠された情動は扇動に耐えかねて本来の姿を取り戻そうと反力を退ける。 抗うな。任せればいいんだ。 言い聞かせるというよりかは元々の私に戻るために脱力を試みたまで。 とどめを刺して糸を切った、風船は宙を舞い、緩やかに高度を上げていく。 どんどん小さく影がなくなっていった。持っていたら、ずっと糸を手にしていたら真っ赤な楕円は私の近くにいたのに。でも、離れて見えなくなると、より身近に感じたのはなぜだろうか。もしかするともともと持っていなかったのかもしれな…
大学は可もなく不可もなくの生活を、入学から一年過ごしていた。慣れ始めた夏ごろ、知り合いの知り合い、顔を知っている程度の人が急に大学を辞めてしまったのだ。将来を見据えた選択ではないなと、思っていた私はあえて聞いてみることにした。すると彼女は平然と言ってのけた。ここにいても、何も身にはならない。就職を有利に進めるための資格は得られるだろうけど、その道だけが全てではない。わたしでいられる場所で生きていたと、そう言っていた。 無謀、突発的、集中力の無さ、海外に行くに決まっている、世界を旅する、などの周囲の意見に私も同感で間違った選択だと思っていた。しかし、それから二ヶ月後、ふらりと立ち寄ったこぢんまり…
「そうじゃない。生徒一人ひとりから学費をいただいて授業を教える機会を設けられているのはむしろ先生のほうだという自覚を持たないのにあれこれと言ったってわかってもらうのは難しいと思うの」 「私立の学校しか当てはまらない?」 「先生の給料も基準を設けて変動すれば、世の中も変わるんじゃないかな。それか、完全に無償化にしてしまうか」 「費用は国が負担するのか?」 「そうよ。あとは寄付」走りだした車は緩やかな坂を登りきり、突き当りを今度は下がっていく。養われている身分の私が言っても説得力も得られない。 「疲れてる?」運転手に聞いてみた、それが事実だとしても私には何もできない。私じゃないから。 「いいや、疲…
「五分待って」私は答えた。 「車で待ってる、時間を過ぎたら発車するからな」ソファに置いたカバンを掴んで父親が言う。 「はい、はーい」リビングのドアが閉まった。 「ロサ、あんた早く起きてるんだったら、歩いて駅に行きなさいよ」母親がやっと腰を落ち着けてご飯を食べる。 「同意見だね。姉ちゃんばかり優遇されてさっ」影流が不平を述べる。 「毎回じゃないからいいでしょう」一言、言い返して食パンを頬張る。すでに半分が口内に押し込まれていた。牛乳で流し込み、液体に近いヨーグルトを一気にかきこんだ。「ふーん」 「もっと行儀良く食べられないのかしらね」母親が斜めに首を傾げる。 「無理だろうね。外野がいくら言ったっ…
かき鳴らす音色の数々はどれもこれも覚えたてのフレーズ、オリジナルだとは自分でも思っていないのは重々承知だけれど、もっと先、私の理想に近づくには通らなければならない現在地。付き合いはじめたギターの音色はだんだんと本体の色が濃くなったようでそれは私の汗や垢が染み付いたための風合いなのかも。でも、味が出た、これは変わりがない事実であるし、短期間で汚れたか長期間でのそれかの違い。 朝の演奏を、一曲を通してやり終えた。義務感でやっているのではない。時間を決めてアラームを鳴らさないと学校に遅れてしまうから、あえてこうして浸っていたい時間から切り離すの。 こちらの三月は関東や西日本とは比べものにならないほど…
「……白米を使おうかな」 「ただで頂いた食品ですよ、よろしいのですか?」 「明日からライスをメニューに復帰させる。小麦も大豆もとうもろこしも同等に扱いを開始する」 「価格は落ち始めたとはいっても、以前の価格より、一・五倍ほど高額です」 「お客の需要が回復傾向の価格に反映する、僕はそう読んでいる」 「楽観的な推測、”+マルチ十二”の勢力は完全に衰えた様子には思えません。早計な判断ではないでしょうか」鋭く国見の視線に厚みが生まれた。 「栄養食品に飛びついた理由は、目新しさと食費の節約。食費の節約を願うお客は離れてくれないが、前者は常に揺れ動く」 「店長の論理に反します」 「僕はお客が食べたいと思う…
「そうだとしても、私、番号は教えてない」 「本当に?」 「なによ」 「いいえ、言いたくないのなら。秘密は堅守ですから」 「あんたの軽い口がばら撒いた可能性のほうがよっぽど高い」 「蘭さんの番号をそらで言えるほど、賢くありません」 「ああーあ。もう、やめよう。くらくらしてきた」 「大丈夫ですか」 「……着替えてくる」 「お大事に」 小川は店主を見上げた。 「なに?」 「いいえ、その、店長の感想を聞きたいなあと、思いまして」 「業者の反省じゃないかな」 「反省ですか?」小川が鸚鵡返し。 「うん。ほら、新商品の提案や新規顧客の獲得に、業者手持ちの商品をまずは僕ら店側に食べてもらう、味を確かめてもらう…
「蘭さん、真に受けたんですか?」小川が尋ねる。 「まあ、八割はいたずらだとは思った。けど、店の名前と、何より私の番号を知っているのが、どうも説明がつかなくって、どこからか漏れたにしてもだよ、回りくどく、コンビニ受け取りにするより、店に直接配送ができたはず、送料だって支払っていた。一応、お金下ろしてきたのに、まったく!」 「怒ってますねえ。店長、私開けましょうか、はい、あけましょうね」間髪いれず、小川が嬉々としてダンボールに飛びつく。方や重い荷物を運んだ国見は傍観。年齢と立場、性格の正確な把握が行動でわかってしまう。 中身は、米三キロ、小麦三キロ(薄力粉が六つ)、大豆一キロ、とうもろこし粉五百グ…
木曜の仕込みに店主は取り掛かる。第二の出勤時間に定着してしまいそうな午前八時過ぎ。店の前の雪かきを済ませたので、体がほのかに温かい。暖房を入れてから外に出て、スコップを操ったので、発熱した体だと店内は暑く感じた。水分を取ったために、汗もしっとり額ににじむ。 「店長、雪かきは一人で?」小川が帽子を取るなり、目を丸く、訴えるような表情だ。 「僕は双子ではない」 「一足遅かったかぁ」行進を踏むように小川は床を蹴った。 「雪かきは仕事に換算していない。除雪のための早い出勤は望んでいないよ」 「少しでも、助けになればって思ったんです」 「助けてほしいとき、僕は素直に求めるよ。この周辺の飲食店の様子を見て…
理由は、明確にはならない。 店主の予測もあいまいであった。だから、火がついたら消えるように消火器を取り付けた。 必要や心配は、取り越し苦労。いいや、最初から気になどはしていなかった。 嘘はいけない。 そう教えられた。どうしてか、理由は聞くのをためらった私だ。 聞けば、相手の立場がなくなってしまうから。 昔の話だ。 そして、とうとう、栄養価が高くて、栄養素の吸収が数日間も持続する夢の商品は、すっかり世間の広範囲な居場所を追いやられたらしい。一部、食事にわずらわしさを感じる、時間に追われる人物たちの絶大な支持は、その一定の層にのみ定着を余儀なくされた。未知数の副作用が害を及ぼすのではないのか、とい…
小説の置き場所の「カクコム」に、自作小説を書いてアップしてみました。 興味のある方に、訪問してもらえると嬉しいです^^ 1.趣味で小説を書いて、カクコムに投稿してみました 2.実際にAIに怖い小説を書かせてみました NEW! <注意>ここからは、カクコムの頁に飛びます。 ◆...
三月下旬。巷をにぎわす究極栄養食品の販売開始から数えて約二週間。春めいた北国の目印、日中のプラスを越える気温と夜間の路面凍結、ところどころに顔を出す除雪車の削り痕が刻まれるアスファルト、それらが日をおいて、数日間の雪を経て、またまた日差しとまぐわって春を思わせる。 二月の下旬に比済ちあみの指摘にあった他企業の栄養食品が販売され、爆発的なヒットを飛ばした。これらはお客の忘れた新聞、従業員、お客が話す内容が情報源である。「エナジー・セル」という呼称の商品は、地下鉄の車内や店までの地下道ですれ違う人々の口から、店主は日一回は耳をそばだてなくても聞こえていた。このような反響は街角、街頭に場所を定め、試…
「店長は、敵にならないと思って許可を出したんですよね」 「うーんと、どうだろか」 「ええっつ」小川が大げさに驚く。「だって契約済ませたんですよ」 「十億円がそれほど大切かな」店主はつぶやく。カレー用のたまねぎの色がやっと黒ずんできた。 「もしかして、店長の実家は相当なお金持ちでした?お屋敷とか、それこそ執事とか、ばあやとかと暮らしていた」 「執事はばあやにはいらないの?」 「そこは取り上げなくていいんです。お金持ちかどうかを聞いてます」 「車は二台あったけど、それは両親が共働きだったからで、お手伝いも両親の働きに見合った報酬を鑑み、自宅の滞在時間が極端に少ない事実に基づいて考えれば、人を雇うこ…
「はあ、それでは、同乗させていただきます」半ば強制的に弁護士が税理士を車に乗せる許可、いいや同意の返答を引き出した。会話は弁護士が上手。 「私もお暇します」二人に遅れて、荷物をまとめると比済は引いた椅子をそのままに店を出た。知り合いの館山にも挨拶はなかった。 憶測が飛び交う厨房の二人の質問に、答えをあいまいに濁した店主である。各自にまとまった意見を確定させる狙い。そのほうが、意見の食い違いがもたらす質問が少ないため、返答がたやすく行えるというもの。ランチの片付けに目途がつき、一人目が休憩に入る間際の数分を契約内容の情報公開の場にあてた。 主に、資金の流用への質問が集中したと思う。どういった経緯…
「何か紙の契約書と代わりがあるのですか?」店主は、顔を傾けて二人に聞いた。代表して弁護士が応える。 「いいえ、まったく同等に扱われます。しいて、デメリットをあげると、そうですね、改ざんの恐れと契約の捺印を味わえないこと、ぐらいなものでして、紛失の恐れもありません」 「では、その契約書でお願いします」 比済は顎を引く。テーブルの改変された文書部分を書き直し、数分の時間を待たされる。店主はまた一本タバコに火をつけた。 「……こちら、ご確認を」ラップトップを画面が店主側に、見えるように回転。引き寄せて弁護士が画面を注視、税理士も眺める。今度は改変箇所のみであるから、確認に要する時間はタバコが灰に消え…
始業の二時間前に、こうして店主が到着。その五分後に小川、国見、館山の従業員三名が出勤。続いて、比済ちあみがその十分後にやってきた。そのまた十分後に店主の弁護士が、さらにさらに五分後に税理士が遅れて到着、契約の運びとなった。 比済ちあみが持参する書類を店主の弁護士と税理士が、細かにチェックを敢行、文書の記載は読解力を要する難解さを際立たせている。店主は理解の面では問題はないが、それらから派生する様々な制約に関しての知識は皆無。二人を呼んだのはそのため。彼らが読み終えた書類は店主、従業員へと手渡された。 一時間半ほどが書類の内容把握に費やされる。一時間が経過した時点でランチは、ピザの一品に決め、店…
数時間の睡眠、早朝に起きる。目覚ましはいつも僕が止めていた。ほとんど時計の機能。それならば、壁にかかった時計や端末で用が足りる。引火しそうな火の元に消火器のホースを向けているみたいだ。 昨夜は自宅への長い道のりの休憩に終夜営業のレストランで休憩をした。仕事をいつも頼む弁護士と税理士へそれぞれ同様の文面のメールをそこで送った。足元がおぼつかなく、立ち止まり、かじかんだ指先を動かす効率の悪さを避けた屋内への退避。 コーヒーを頼んだら、ドリンクバーを勧められた。誰でも頼むらしい、それほど水分に飢えているようにみえたのか。 滞在時間は十分ほどであった。コーヒーは煮詰まった味。淹れたて、とは程遠い。早々…
「もしもの為に、お金は受け取ることにする。私的な流用ができないように、受け取る際の契約を弁護士に頼むつもり、税理士だったかこういった場合は。とにかく、心配は要らない。それにだ、栄養素が詰まった食品ばかりを館山さんだったら食べ続けるだろうか。これまでも食事に代わる食品は数多く世に出回った。だけど、飲食店もスーパーもなくならないのは、つまりはそういうことなのさ」 「……」 「感傷的な場面に浸っているところに水を差すようですが」レジにいたはずの国見が帰り支度を整え、腕時計を指す。「終電の時間が迫っています」 「ううああっと、まずい。私タクシーで帰るお金なんか一銭もありませんので。じゃあ、これで。おつ…
「いいえ、私は彼女のチョコを受け取った側と、渡した側とでの会話のみ。興奮状態であなたが重要視する栄養素の有無や彼女が作ったチョコの形、それに包装紙や箱の特徴は一切、未確認のまま彼女を連れ立って店を後にしたのです。不注意だったのはそちら。強引な約束も私は飲み込んだ、不本意です。これでまた、契約は不履行と言い立てるのはいかがなものでしょうか?」時計が刻々と時間を刻む。 「……わかりました、あなたの要求は受け入れます」 「私の権限で製造を中止できるのですね?」店主が聞き返す。 「しかし、残りのチョコは今日持ち帰らせていただきます」 「イニシアチブはこちらにあるのですよ、それをお忘れなく」店主は、目を…
「もう、いいかげんにしてよ。あなたの要求は満たされたじゃないの」着替えを済ませた館山が再度の訪問をきつく咎めた。店主は、視線が離れたのをいいことに吊り戸棚の食材を古いものを前に、倉庫から持ち出したあたらしい物を奥に置き換えた。空の籠は、着替えに向かう小川が微笑を浮かべて、店主の手元から抜き取った。彼女はほころんでいた、人のぶつかり合いを愉しむ精神を彼女は有する。自分に危害が及ばないという前提が、展開の知れないドラマに高揚するのか、それもこれは現実。 「あの方が作ったのはただのチョコレートだったわ。最初から騙していたように私は捉えています。それがこの態度だと汲み取ってくれれば、半日を無駄に潰した…
「何かに縋るほどに疲弊はしていない。すべてが想像であると理解ができたなら、得体の知れないものを不安視する労力は他へまわせる」 「戻りました」国見が戻ってきた。館山は、店主に仕込みの状況を説明、休憩に入る。もも肉を叩き終えたところで彼女は休憩を時間を五分ほど費やす献身を見せて、作業を終えた。彼女らしい、対応である。 その三十分後に小川が戻ってくるなり、ランチ後の出来事の続きを尋ねたが、盗聴器の件は、無駄な討論を招きかねないとして、店主は黙っていた。 それからディナーの時間帯。お客の入りは上々。忙しさは通常の一・五倍。雪祭りの効果らしい、休憩時間に店から数分の会場へ雪像を見てきた小川が、作られた芸…
館山が仕込みを続ける背後を通って、釜、出窓に向かう。それでも、やはりラジオは快適に今度はゲストを紹介していた。 「コンセントなら、店長、ホールの左端の二人用のテーブルの下に一つありますよ」館山が顔を横に向けて言った。手元は地鳴りのよう音と振動を奏で、肉を平たく伸ばす。 館山の指示は的確に店主の要望に答えた。真四角のテーブルの下に、不必要に三つの出口の、正確には六つの穴が確認できた。ラジオをかざす。捉えた周波数がはずれた音を奏でてる。プラスドライバーを手に、ねじを回すと、数十分前と同様の光景に店主は出くわした。内容物は立山に見せたのちに、足元で踏み潰した。コンセントもゴミ箱に投げ入れた。この店に…
そういった風景に見とれて、足を進めた先に、ひびの入った壁に入り口を守る黒ずんだ幌とかすかに読めるタカオ無線の店名。記憶は二分の一を勝ち取った。店主は、躊躇うことなくドアを引き開けた。 外観からは想像がつかないほど、店内は明るく、埃っぽさや息苦しさという印象は払拭された。ショーケースが狭い店内の、通路を作り出している。入り口から向かって左右に二つ置かれている。また、取り囲む壁に沿っては、低く宝石や時計を眺めるケースに用途不明のほぼ黒色の塊が、かなりの高額な値をつけて陳列されていた。 入り口をまっすぐに進み、レジに座る男に店主は尋ねた。 「すいません、盗聴器を探す機械というものは、こちらにおいてい…
時はすぎ、9月半ば。 ゆた子はブラスバンド部。レイジは槍部の練習で夏休みは明けてしまった。 あれ以来レイジはゆた子と会話していない。 というか、会話してくれ…
【自作小説】〘理念樹高ストリート〙第八話 白雪姫 第四部 [レイジとゆた子とそして。]
そこへ、隣の国の王子さまお供を伴い、 馬にのって通り掛かりました。「王子、あそこをごらんください。」 「美しい娘さんが」 「悲しそうに葬式が行われています」 …
番組放送終了から約1年で早くもPerfect Gradeでroll-outされたのが『GAT-X105 STRIKE GUNDAM』だった。PG作製としては4体目になるが、過去作製したものの中で一番各関節の稼働域が広く今まで以上に思うような姿勢を取らせることができた。 最後のこの写真撮影前に残念なことに、上半身と下半身を繋ぐ腰骨が折れてしまう不幸に見舞われた。Air brushの塗装は綺麗に仕上がるが、部品に亀裂などがあると溶剤の浸透により破損してしまう恐れがあるという危険性が潜んでいる。 しかしなぜだろうか、完成後はどこかの部分が壊れてしまう不運がずっと続いている。BANDAIよ、もっと破損…
「取り立てて特殊な調理法は採用していないし、味に関しても守秘義務は行っていない。それに、僕はあまりしゃべらない、館山さんたちは多少の迷惑を聞いている者に知られるかもしれないが、それほど普段と、仕事における態度に僕は違いを感じていない」 「気持ち悪いです、私は」めずらしく館山が主張を通す。他の従業員が出払っているため、という状況は大いに彼女の真理に影響していたのだろう。多数ではなく、一人に対して向けられるベクトルにこそ彼女の真意が込められる。反対に、大勢において彼女はほとんど真意を押し殺してる、店主は館山の性格付けを反証した。 「アーケード街に無線機を売る個人商店があったように記憶している。話を…
<血盟ニュルンベルグの本城にて>「何事じゃ!」窓下の騒がしさに、沙羅夜(サラヤ)がゆっくりと降りて来た。顔を上げると大きな獣に跨ったモノトーンの鎧の男が城…
【自作小説】〘理念樹高ストリート〙第七話 白雪姫 第三部 [ゆた子とヒルテ]
「そのころ、お城では白雪姫が死んだと思っているお妃が鏡に訪ねました。「鏡よ、鏡、世界で一番美しいのはだぁれ?」 「それは白雪姫です!」 ビシッ! 「いたたた!…
【自作小説】〘理念樹高ストリート〙第五話 白雪姫 第一部 [のもちょとヒルテ]
7月も中旬。今日は以前から予定されていた学芸祭。理念樹高校は私立学園であるため珍しく体育館にも冷房が設置されている。それでも蒸し暑い中体育館に理念樹学園の全生…
「どこであれをつくったの?」 「……自宅です、正確には半分母親に手伝ってもらいました」 「そう、あなたのお母さんが優秀なのね」比済の頬が上がる。「自宅まで案内して。あなたのお母さんに、ご自宅に今いらっしゃる?」比済は彼女の両肩を掴んだ。 「……ええ、はい。たぶん、今日パートは休みのはずですから」 「いきましょう。お母さん、チョコの作り方覚えているかしら?」 「古いノートを見て、作ったので……。あの、その、私まだ……」 「わかっています。お金の話ね、車の中で話します。一刻も早く、作り方を知りたいのよ」 「待って下さい。あの方に気持ちを伝えていない、私は、そのために近づいたんだから」 「盗聴してい…