メインカテゴリーを選択しなおす
「本来凶器を想像する場合、頭部の打撃は、振り下ろすスイングが思い浮かぶ。体の上部に位置する頭部が狙われた。一般の人間でも創造された小説や映像でも似たようなものです。高い後頭部へはどうやっても振り上げる、あるいは平行に凶器を当てる。ただし、真島さんはそれほどの大柄な人物ではありません、標準的な体格で、私が引きとめた四名の誰よりも低い身長です、まあこれは大まかな観測ですから、正確な誤差は控えますが、殴られた社長さんはそれほど大きくないのだ、ということをわかっていただければと思います。つまり、振り回したのではなく、振りかざしたと表現が可能です」 「デスクの傍に倒れていた、椅子も動いた形跡がある、立ち…
「だからって、私が犯人を殺したことにはならない。実際に凶器は見つかっていないもの」 「階段においてあるのでしょう?」玉井は口をあけて、動きをなくした。日井田美弥都の心理が読み取れた、彼女はしゃべりならが言葉を、展開を選ぶのか、熊田は解説を続けた。 「最初、私は武本さんか安藤さんの二人で社長を殺害したと思いました。二人は初対面を装って共同で殺したのだとね。しかし、凶器の存在がネックでした。どこにも凶器がないのですよ、見つからない、痕跡もまったく消えていた。持ち去ったにしては、エレベーターの逃走の謎もあります、直前まで社長と話をしていた、とも言われてました。さらに、社さんは、彼らの前にトイレに潜ん…
「いい加減に芝居はよしてください。吐き気がします、どうぞはっきりと私は姉のように気分を害したり、暴れたり、卒倒にも内部で耐えられます」 「ではお言葉に甘えて。まず、フロアにはあなた降りてないというのが私の本音です。解除するには、このフロアに降り立つには、あなたに頼まなくてはならかなかった。つまりですね、私が駆けつけたときにどうしてエレベーターが止まり、ドアが開いたのか、という疑問に戻る。遡って考えた末の答えが、ええ、私はあらかじめどこかで登録をされていた。私は地下の駐車場から六階に上がってくるまでの短時間にエレベーター内でフロアに下りる権限を与えられた。後に、あなたに乗降の永久的な権限を与えら…
熊田が言う。「会議室のドアは見ての通り、椅子をかませて、閉まらないようにしてます。また、廊下から会議室に通じるドアには、出入りを許された人物のみが出入り。こちらのフロアにあなた方が来られるためには、ええ、出入り口のドアの入室許可が必要。ここで、社長にその権限は付与されていのか、という疑問が浮上します。もちろん彼女はどちらの部屋へも入室が許可されていた、入れなくては会議室の経路を作った意味が通じません。また、廊下のドアから直接入れるのですから、わざわざ二枚のドアをくぐらなかったでしょう。社長室に入れる者は退出の権限を持ち合わせています。だが、廊下の会議室のドアから社長が入るという権限は彼女、真島…
「まったくの言いがかり。電源は切られていた、さらに言うとあのノートPCはロックがかかっていない大変無防備な状態であった。これで私への疑いは晴れる」 「そうでしょうか」熊田は半身になって玉井に返答する。そして社に素早く顔を向けた。「社さん、あなたはフロアにどうやって降り立ちました、事前認証がなければフロアのエレベーターは開きませんよね?」 「……私は十分前にトイレに入っていました。それから遅れて社長室のドアを開けた」 「そう。彼女も十分前にはフロアに到達していた。遅れて姿を見せた重役、取締りのお二人は元々入室の権限を持っていますので、フロアにも入れます。ただ、玉井さんは入室の権限を持っていない、…
「PCにロックがかかってはいなかったわ」玉井は答える、音声は平坦で抑揚がない。 「ええ、私が解除しましたから」 「言ってる言葉の矛盾を理解してますか、刑事さん?」眉をひそめて彼女は言う。 「当然ですよ。ロックなんてかかってなかった。しかし、シャットダウンの設定時間と緊急時の権限譲渡の発令がどうにも腑に落ちない。考えてもみてくださいよ、緊急時にそういった処置が施されているのならば、PCの操作に詳しい人物、社長かもしくは他の誰かが設定をしたと考えます、すなわち、権限譲渡までにシャットダウンが断行されることに気がつかないはずがないのです。シャットダウンはあくまでも初期の設定、もちろん、社長が変えたの…
ドアがノックされて、熊田は返答。玉井タマキが姿を見せる、彼女は熊田と社サエの組み合わせに瞬きを高速で繰り返した。ゆっくりと、おずおずと席に着いた。やはり一つ席を置いて座る。飲食店のカウンターの座り方である。 「お呼び立てして申し訳ありませんけど、少しお付き合いください」 「なんですか?」 「お二人は姉妹でいらっしゃると、あなたは話しましたが、それは事実でしょうか?」 「嘘はいわない。しかし、同席だと知っていたら、私は来ませんでした」 「質問はもう一つあります」熊田は妙に姿勢のいい玉井に言う。「あなたは遅れてここへ姿を見せた際に、どなたかに連絡を頂いた、あるいは社長の死によって身体や環境の異常を…
「知らないそんなことは。私は私のために、今日は早く帰らなくてはいけないのよ。そのために私は最善を尽くしたの。だから、もういいかしら、時間なの、夫が電話に出ないの。代わってくれなくちゃ、私を待っているの子どもが」 「正直に話してください」熊田はゆっくりと言う。「なにがあったのでしょうか?」 「……別にたいした事じゃないのよ。私にしたって、それはそう、社長を殺したのかもしれないけど、それはだって、私がやったって思われるじゃない。悪いけど、他の二人に擦り付けるのが妥当な選択って。わかるかな。うんと、大変な悲劇が目の前にやってきたら、あなたは対処に追われるでしょう。でもね、それでもね、抗えないことって…
「仮にといいました。その事を忘れている、あなたは」 「私ばっかり、追求するからですよ」 「トイレには入ったのですね?そして、エレベーターには遅れてでもフロアに出られた」熊田はわざとらしくこめかみに指を当てて記憶にとどめる、業者への確認である。「しかしですね、それは無理な事なんですよ」 「なにがよ」 「フロアへの乗り降りの解除が施されると、エレベーターの起動は一斉に止まる仕組みなんですよ、安全を考慮して。これもエレベーターの作業員に聞きました。なので、一基ずつを手動で、内部の電源の止めてからではないと作業はできない。もちろん、作業においては電源を落とすのが通常なのですが、このビルではフロアの乗り…
引き続き六F 「ありのままを言いましょうか。そうしたら、私を帰すって、約束してくれます」投げやりに言って、社サヤは交渉に出た。 「ええっと、まあ、発言内容によります」ためらいを表現した熊田、もちろんわざとである。 「私は、エレベーターに乗りましたよ。もちろん、点検を待つ二基のうちの一つにね。十分前には正直言って、乗っていなかったの。ちょっと作業で手間取って、しかも、エレベーターがいくら待って上ってこない、ようやく上ってきたのに乗ると、時間は十二時を過ぎてた。間違いはないわ。二人もだって、会議室で待機してたんだから、私の言い分は合っているでしょう?フロアに着いた。降りられるとは思ってなかったけど…
「だから話したじゃないの、誰も会っていないって、見事に」社は細い肩を竦めた。武本は眉を上げて、社の発言を同意する表情。 熊田は、残りのカップを傾ける、一口を少なく、口をつけた。 「ええ、私が言ったように見事に、誰もに会わずにエレベーターは十分の間に三人の人間を運びました。しかし、矛盾点が見つかっています」 「言いがかりに聞こえますけど」 「ではお聞きしましょうか。社さんはなぜ、安藤さんが乗ったエレベーター乗らなかったのでしょうか?」 「タイミングがずれただけ、十分前になってすぐ席を立ったわけでもありませんから」 「でしたら、なおさら、あなたは安藤さんと会っていなくてはなりません。一階に一基が下…
「エレベーターは一基、メンテナンスのために直していますね。残る二機に別れて十分前に乗り込んだとします、別々のエレベーターに。両方が同じ方向へ向かうということをエレベーターは好むでしょうか。一基へ先に一人が乗り込んで、上に向かいます、するともう一基は上に向かうよりも下に向かう、乗車した階数にもよりますが、社員数の多いビルですから反対の移動が二基のエレベーターで分かれることが予測される、あるいは、もう一人が乗り込んだ場所から上に向かう場合が考えられる。武本さんのフロアは四階、そして社さんは五階です。武本さんが乗ったとすると、一基は上に向かう。そして、もう一基の居場所はここでは不明です。ただし、武本…
「ご両親のために社長が何かをあなたに頼んでいたということはありませんでしたか、例えば、遺品などを欲しがったとか」 「いいえ、それはありえない。私は知らなかった。社長の遺産を親族が引き継ぐ場合において、社内に親族関係者を雇ったのは自身の後継者を故意に作り出している、という取締役会の指摘に答えるために社長は私へ連絡をしました。そして会議に徴収された私が、そこで戸籍上の血縁関係を社長から聞かされたのです。連絡先は会社の端末ですから、自分で調べたのでしょう」彼女の妹、玉井タマリと同様の聴取である。ただ疑問が一つ、姉妹同士で突如現れた妹の存在を話し合わなかったのか、熊田は首をかしげた。 「確かに血縁関係…
「ええ、まあ、そういうことにはなりますね」 「だったら、悠長に構えてないで、犯人を捕まえるか、私の無実を証明してほしいです」 「この人に意見を言っても無駄だ。あまり真剣みを感じない」 「ふざけていても真実にはたどり着きます」熊田は応えた。「誰を愚弄しようと、あなたと社長との秘密を暴露しようと、私は犯人が見つかるのが先決だと考えています」 「ほらね、言ったとおりだ」武本は飽きれて、腕を組み、そして目を閉じた。 「社さんには、そちらの武本さんから、あなたと社長さんとの関係について聞かされたので、真意を確かめるべく二人に揃ってもらったのですよ。社長の端末にあなたの連絡先、履歴が残っていたそうですが、…
「はい、少し仕事が長引きそうだから、そういってました」 「社長の端末には履歴にはあなたへの発信履歴が残されていた。社長さんはあなたに社員として遅れる旨を連絡していた」熊田は社長のバッグから端末の履歴を呼び出して調べていた。 「交わした言葉に違和感はありませんでしたか。つまり、機械的な音声で彼女が話していたとか」熊田は鋭く目を向けて武本に質問する。彼は、幾分たじろぎながらも、早くも気持ちを立て直す。 「いや、それはないと思います。ただし、確信はもてない。少なくとも、私との会話のタイミングにずれは生じてはいなかった」 「そうですか」熊田は安藤に体を向けた。ぎょっと安藤は天板に張り付く手をどけて、席…
「まあ、まあ、合ってます。でも、盗み聞きっていうの少し語弊があるような……」安藤は口ごもる。熊田の発言を訂正するも、思い当たる節、あるいは客観的に状況を捉えて、熊田の指摘も一理ある、と感じたのだろう。ここの人物は誰もが正常な反応だ、熊田は目を細めた。 「人の話しを耳を済ませて聞いたんだ、それ以外の表現がどこにある」武本が追い討ちをかけた。 「もう少し言い方ってもんがあるでしょうに」膨れる安藤。 そして、沈黙。 熊田はコーヒーをすすって、口を開いた。両者は互いにそっぽを向いて磁石のように離れている。 「真島マリさんと、武本さんは以前、お付き合いをされていました」 「刑事さん」真島との関係を暴露さ…
「帰る!」 「待ってください」熊田は引き止めた。「あなたにはまだ訊いておかなくてはならないことが山ほどある。まあ、席に座って気を落ち着けて」 「噂を真実と言い張って警察が流す。だから、いつまで経っても警察が信用されないんだ」悪態をつきながらも武本は席に座り直した。ぐらっと腕をのせたテーブルから振動が伝播する。沸騰した感情の噴出でかろうじて退出は思いとどまったようだ。割合、感情の統制は言葉を吐くことでバランスが取れるものだ。 「私ではない人が起こした不祥事を私が背負うというのは理に適いませんが、まあ、仕方ありませんね。しかし、謝っても許してはくれない。だから、黙るしか方法はない」 「呼び出した理…
引き続き六F 会議室に二人を呼び寄せて、対面の席に座らせる。二人は一つ席を空けて座った。社長室側に安藤が座る。武本は上着を脱いで暑そうにジャケットを隣の席に皺にならないよう几帳面に置いた。 「エレベーターで一緒になりましたか?」冷めたコーヒーを口にする、苦味が増してなんともいえない好みの味。熊田は二人を観察する。 「時間通りに来たので」武本は安藤アキルにわかりやすい威圧を込めていた。顔は熊田を捕捉しているが、攻撃対象は安藤らしい、告げ口が要因。 「僕も息を合わせたつもりはありません」 「午前中、お二人はエレベーターで鉢合わなかった、なぜでしょう?」 「愚問ですね」武本がふっと息を漏らす。「わか…
月が綺麗ねって言われても、天邪鬼で私は認めない。だったら太陽がねって、それでもなびかない。傾倒は拒否、ぶらぶらと揺れるのが好み。そう、いつも離れていたい。だって昼間の月がどの位置あるかなんて考えないだろう。 いつもその大きさだ。 太陽は位置を確かめる、今がどの時間かを。 朝方と夕方は顕著。 昼間だって高さを測る。 月は、それだけで十分。 雲に隠れても、欠けていても、小さくても月は月だ。 真正面から愛情を伝えられると私は避けてしまう。除けたくはないけど、恥ずかしくはないのだけれど、どうにかその直線的な熱意に本心が通っていない、と捉えるのだった。自分を信じていないから、そういった返答も幾つか聞かれ…
「もうよろしいですか?」玉井がきいた。半分体は隣の会議室に出掛かっている。 「また、お呼びします。その時には応じてください」 「次は、帰宅の許可であると信じてます」 「約束はできかねますよ」 熊田の声は虚しく、言い終わらぬうちに彼女は姿を消してしまっPCは点灯したまま、そういえば、ノートPCにパスワードの設定は施されていなかった、デスクのPCはつきっぱなしであったので、内容は見られたのか。うん?熊田は記憶に引っ掛かりを覚えた。発見のとき、デスクのPCは電源が入っていただろうか、画面は暗かったように思う。死体に見とれて、画面の記憶が曖昧だ。一定時間の経過でシャットダウンする設定だったのか、しかし…
「データの種類は、具体的には?」熊田は紙コップのプラスチックの蓋を取り外して、口に到達する瞬間を見極めて、まだ熱さの残るコーヒーを含んだ。 「スケジュールです。画像などのデータ類もありませんね」 「社長室から上の階についての情報はあるでしょうか?」 「上階ですか、待ってください」彼女は小気味良くタッチ。「ビルの全体図があります」 ひそめた眉で玉井は画面をこちらに見えるように向けた、フロアごとの名称がかれているものの、六階以降の上階についての説明はなかった。空白。各階が線で区切られてもない、ビルの最上部まで天井床の仕切りが取っ払われた内部配置である。しかし、七階と八階にはフロアが存在し、エレベー…
熊田はこの時、手前の会議室にもし仮に社長がそこを仕事場として活用し、殺されたのならば、会議室内に入れる権利だけで彼女を殺害できる、と考えたのだ。 推理から方向性を見出すのは限界があるか。熊田は、手袋をはめて、若干広がった血痕を避け、デスクにかかる鞄を手に取った。デスクにおいて中を調べる。 端末と文庫本に地図、眼鏡ケースにノートPC、車のキー。鞄のブランド名は刻印されていても熊田にはわからない。有名なブランドを社長の真島マリが好んで使っていたとは思えない。彼女の性質をトレース、可能性としてはブランドであっても、その耐久性をかった、評価したのだと理解する。もちろん、鞄はこの一つしか持っていないのだ…
六F 四月二日 午後八時。夕方から夜にかけての狭間。O署の鈴木は応援がさらに遅れる状況を端末で伝えた。降り出した雨によって、作業が難航している模様で、今日中の日付までは到着が間に合わない可能性を訴えた。車は動いてはいるようであるが、まだ本調子とはいかないらしい。渋滞回避の高速道路もまた渋滞に陥り、身動きが取れない状況だった。熊田にとって、外部の情報がもたらされない状況というのはむしろ好都合に働いたのかもしれない。 社長室で熊田はPCの情報を調べるために、玉井に同行を願い出た。彼女はやるべき仕事が増える可能性があるとして、熊田が一人だけで上階へ、必ず追いかけることを条件に玉井は三階で降車した。 …
「言いがかりですね。もし仮に、社長と密接な関係性を築いていたとして、妥当性の証明を、納得するような説明を一般的な理解にまで落とし込んで話さなくては。……あなたの感覚、刑事の感や直感が威嚇鋭く、単なる予感でないデータの観測も含めた予知であっても私を拘束する理由にはなりません」 「返す言葉もありません。いやあ、参りましたね」熊田は頭を掻いた。後頭部は掻いてみると意外に痒みが出てきた。 玉井はじっくり熊田の態度と発言を観察。しかし、切り離して息を大げさに吐いた。「何が聞きたいのか、さっぱりわかりません。理解に苦しみます」 「犯人は本当に社長室から逃げ出したんでしょうか?」 「はい?いまさら何を」玉井…
「応援の警察が来られないのが私たちをここへ足止めさせるための要因?」目をぐるりと回して、玉井は結論を導き出す。社長という役職について、考える機能が備わったのだろう。おそらくはそういった素質を社長は見抜いていたに違いない。ただ、社員という枠に囚われてるから、能力発現の機会に恵まれなかっただけ。どこかで自然と足を引っ張る、不必要で、表に出ることを拒んだ彼女がいたはず。優れた頭脳は二種類存在すると、熊田は考える。一人は、種田や喫茶店の日井田美弥都のような外界に問われないまっすぐな指向、そしてもう一つは玉井のようにその能力の高さによって、発現した場合の周囲に与える影響までを行動の範囲に取り入れ予測して…
「時間指定が組み込まれていた、時限装置というか、社長は一定時間何かに触る特定の仕組みをPCにプログラムをしていた、そこから不自然な体調の不良や今回は社長の死亡の事態に対して、私へ連絡が流れ着いた」PCはまだ手付かずである。調べを進めるのは情報処理班と相場が決まり、熊田とってはほとんどなじみのないPCに触るつもりは当初から死体が寝転んだ最も近い場所に彼女が生きていた寸前まで取り組んでいたであろう仕事の断片を手に入れられる事は予測がついてた。しかし、あまりにもその死体が見つかった場面と状況が不可解であるために、余計な情報をさらに取り込むことを拒んだのだろう、だろうと感じたのは直感のレベル、確信はま…
「そういった親族関係が理由を含め、社長が後任にあなた指名した。通常ならば、取締役の一人が経営を引き継ぐでしょうに。後に、財産と後任の争いが起きないように取り計らっていたのかもしれませんね」 玉井は両肩に乗った責任の意味を体感している、単なる適材適所ではなくて、彼女は実力と血縁と会社の混乱すべてのバランスに優れた人材として指名されたのである。おごりに対しては、少々プライドが傷ついたか。そうでもないだろう。起き上がるのも迅速でなければ、社長職は務まるとは思えない。 足を組んで彼女は厳しく表情を変えた。「要するに、刑事さんは、私が社長を殺す動機を遠まわしに示唆したいのですね」 「いいえ、そんな。滅相…
「あなただけですね、犯人について聞いたのは。他の方は皆、また事情を聞きにきたのかと、半ば呆れた態度でした」 「事件に進展、そこで不足した情報を補うためにまた情報を入手しようと私を呼び出した、違いますか?」 「はっきり申し上げて進展はしてません。まだ情報を集めている段階です。ああ、社長さんの遺体は鑑識が回収しました」 「エレベーターを使ったのですか?社員に見られたかもしれませんね」玉井は社長らしく、起こりうる事態の発生と対策を自然に考える。 「まず心配いりませんよ」 「階段を使ったのですか?非常階段は災害時にしか利用できないと聞いてます」 「エレベーターの業者に頼んだのですよ。二つ目の点検に移る…
三F 三階に下りる。エレベーターは次の一基に取り掛かる。左側の一基はまだ点検の段階。使えるようになるのは翌日、連絡の張り紙を各階のエレベーター前に見つけた。熊田は美弥都の思考を加速させる。 玉井タマリと社ヤエ姉妹の事実、さらに二人は社長の真島マリとも戸籍上の姉妹関係を結ぶ。事実は奥深くに眠っているものである。まして、数珠繋ぎに明らかになる真実は、いかにして人が隠して生きている動物であるかを思い知らされる。あれでは、大変で重苦しいだろうに、それだけ人が密集しているという現実か。 熊田は三階に降り立ってトイレを済ませた。そして、玉井タマリの姿を探す。まったく怪しまれずに社内を歩き回れるのは、ある意…
本当に同時だった。穴が開くように見つめた。ドアがどうして開いたのかは、その時に考える余裕があってたまるか。揺れ動いた感情。ようやく、気を取り戻したのは、会議室に移った時。しだいに、全身へ血液が通い、私は現実を見つめられた。ドアに触ったの?社は細かに首を振る。思い出せないや。出産と子育てに奔走していた、この間までの自分を見ているようだ。 目の前に起こる出来事の処理に追われる。 常に時間は過ぎて、休む間もない。 次の出来事が再現なく続くの。 私は振り返る暇なんてなかった。 死を受け入れる、私の許容量は一杯になったのだ。 私が殺した?まさか、ありえない。 午前中はデスクに張り付く。 自分を疑うの? …
五F 席に戻ると、デスクのディスプレイに付箋が貼っていた。連絡ならばPCで行うはずなのに。 一階の食堂、窓際の奥の席、青い上着。 暗号めいた一文。誰だ? 周囲を見渡しても、デスクに近づいた人を見分けられるとは思えない。皆、仕事が忙しく佳境に入った時間帯。 まったくもって、次から次へと難題が押し寄せる。玉井のことを売った私は、浅はかだったろうか。いずれ知られる血縁関係を私の口が紹介してあげた、感謝してほしいぐらいかも。 耳にきつめのイヤフォンを差し込む。まるで、体に機械のプラグを差し込んでるみたいだ。 案件のチェック。文章の間違いを入念に調べる、アイディアをもう一回さらう。全体の構成、バランスを…
「忠告を一つ。情報源の名前は絶対に漏らしてはならない、それを誓えますか?」 「ええ、私は話すべき社員も友人もいません。夫ぐらいでしょうけど、家庭での会話も少ない、私のことはどうだっていいんです、それで誰が私のことをあなたに密告したのですか?」 「社さん、勘違いをされては困ります。情報は私が故意に引き出したので、その方の真意ではありません。その辺を取り違えなく」 「わかってますよ」じっと彼女は正面を意識、覚悟が漲る顔をこちらに向け、じっと見つめる。 瞼を下ろして、上げる。熊田は応えた。「……武本さんです。彼が話したのです。私に、社長の携帯履歴にあなたの名前が載っているのを」 「あの人か」細かな息…
「ドアは開いていました!」歯切れ良く社が答える。 「そうでしょうか。驚いて室内に入って、死体を皆さんで確かめますよね、その時にドアを開けたまま、ロックを気にしてドアが閉まらないように配慮したのでしょうか。いいえ、それはありえない。だって、内側からドアは開くのですからね、自由に」エレベーターに乗る前にS市の鑑識から一方が入り、早急に調べを頼んだ指紋検出結果を熊田は受け取っていたのである。 「二人が会議室を出る時にドアが開いていたからですよ、ドアレバーに触れていないのは」 「それだけではありません。ドアからもあなたの指紋は見つからなかった。通常ドアを閉める際に、気圧差を懸念して、あるいは礼儀として…
五F 社ヤエに連絡を取りつけ滞在フロアの階数を聞く。当然、電話口で用件を伝えられないのか、と彼女に言われたが、直接話すべき内容である旨を伝えて、約束を取り付けた。種田の状況説明から数時間経っているにも関わらず、エレベーター内の社員たちの会話を耳を傾けるに、復旧の見通しが立つにはまだまだ時間を要するだろう。戦時中、物資を運ぶために作られた道路、国道のわき道があったように思う。そちらに順次車を誘導するわけだが、信号と一斜線の道路で渋滞は長い列作っているはずに違いない。 五階。社は目に付く場所に立っていた、ちょうど飲み物の補給に立ったようだ、こちらの視線を受け取り、彼女は一階に降りるか、フロアのラウ…
四F 社長との関係性がばれてしまう。武本タケルは仕事をこなす作業の手を止めた。仕事はとっくに終わり、やり取りの後半はただ闇雲に刑事が発した言葉をタイプしていた。大げさな兆候があったわけではないが、探りを入れる話し方は刑事特有の行動様式とでも言おうか。 安藤が私の噂を漏らしたとは、思いもよらなかった。だが、どうして私が話していた通話相手の事は黙っていたのだろうか。あいつなりに気を使ったのか、それともこれから事件が落ち着いた時期に私をゆすりに来るのかも。いいや、私は社長と話していただけだ。端末の履歴に残っているし、いずれそれは知れ渡る事実。だけど、まだあの刑事は聞いてこない。どうしてだろうかと、想…
「連れ出せない、の間違いでは?」武本が言う。右半分は角度的にかろうじて見えるが、視線は常に顔と上半身遮るディスプレイに覆われていた。 「少しニュアンスは違います。そうだ、定時の退社時刻は何時でしたか?」 「八時です」 「もう時間ですが、何とかできる限り早く、とは思ってます。皆さんをピックアップし、署で話を聞くのは手間ですし、時間的な無駄に思えて、私はどうもねえ」 「……あなたの好みは聞いてませんが」 「そうでした。ええと、お答えください」熊田は言い切る。「あなたは社長の真島マリさんとお付き合いをされてましたか?」 「……」しばらくキーボードを叩く音と、PCの駆動音、武本の床を打ち付ける音がきこ…
四F 三階を後に熊田は四階に上る。エレベーターの故障ではなくて、点検が続いていた。空洞を作業員が覗き込む。下を上を眺めて、振り向く、視線が合った。軽く顎を引いたように見えたが、気のせいかもしれない。路地裏の猫が走り去って、安全な距離から振り返る意味合いと同種のものだろう。 武本タケルの所在を、数あるデスクで入り口に近く、休憩であろう、背伸びをした人物に尋ねた。右手にずらりと続く白壁、六の数字が武本の個室であると丁寧に教えてくれた。先ほどの作業員に返せなかった挨拶を社員に注いで、熊田は武本の個室をノック。 「はい」素早い応答。 「熊田です」 「どうぞ」 意外にもすんなりと室内に招き入れてくれた、…
汗が出てきた。今日は曇り空だったのに。仕方ない、室内は女性用に足元を中心に暖気が送られる空調システムなのだ。 一応、立ち上がって前後を確認。大胆に捕まる覚悟で私の殺害を企てることはありえない。捕まらないために私を殺すのだから、捕まりたいなら私を自由に悠々とを泳がせておけばいいのだから。 クライアントへの送る作業内容の最終チェック。大丈夫か。過ぎる不安は歓迎する、相手へより良いアイディアを送る気概の表れ。わかっているさ。私はそれほどの才能がないことぐらいは。しかし、最低でもない。悲観することはないのだ、私が立つ場所からの景色を相手に届ければそれが最善なのである。最上を求めるのは次の機会に。納得は…
三F 変な行動だった。それは確かにいえる。だけれど、私は黙っていた。それは私にとってもプラスには働かない、かなりマイナスな可能性をはらんでるから。もしかして、これは罪になるのだろうか。黙っているだけ、真実を語らないと罪に問われたりするのか。わからないけれど、でも、社長の死によって僕は多少救われた。今日の楽曲の配布だって、遅れたのはそのためなのだろう、いいや、社長はそれほど前に死んでいたとは思えないな。 一人ずつ配られるCDはコピーではなく、かつて店頭に並んだ商品たちである。中古で買い付けたのか、よくよく思い返すとこれまでのCDは一体どこに消えたのか。ああ、ビルの上階が倉庫なのかも。それはそうだ…
「意味もなにも、わかっているじゃありませんか。引きつけて、だまし、雰囲気を重視、しかしそれにも飽きて信念を透過、謙虚にそして清くを演出、または振り切って刺激的に、あるいは官能的に、私には一様的ではない姿、形を変えることのすべてが他者の影響を与えることにおいて、あなたが言う内部をえぐる行為と類似する」 「傷の深さは比較になりません。私たちはあえて傷つける。大多数は、お構いなしに表面を細かいブラシでつやが出るまで磨く」 「傷を負わせていることに関しては同罪です」 「何の話ですか、事件のことですよね」 「ええ。武本さんと面識がないとおっしゃいました。社長を待つ十分間、それよりもエレベーターに乗って降…