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神輿(ミコシ)の語元は峰越。それは、ココリ姫(菊理姫)が住む白山峰を越す乗り物(峰越)であり、その乗り物は、白山姫の孫アチハセが造ったと記す(ホツマ24章/ https://gejirin.com/hotuma24.html )。 … つまり~越えのネの国(ココリ姫=白山姫...
日本語「ハル.ナツ.アキ.フユ」の造語者は大祭司【ΙΑΩ=八尾のアラヒト】!
◆「IAΩ=ヤオ」(1947年発見の死海文書の断片文字が初出/八尾市の語元文字)の語元に始まる【日本建国・創建史】!! … ◆「IAΩ=ヤオ」(1947年発見の死海文書の断片文字が初出/八尾市の語元文字)の語元に始まる【日本建国・創建史】!! 日本語の季節文言~「ハ3+ル1...
【鬼遣】(オニヤライ)神事は新たな立春正月を迎える為に設定された教義であった!!
今日は節分で、明日は旧暦に言う【立春=正月】です。因みに何故、「年分け」(節分)の夜に【オニヤラヰ】(鬼遣/追儺)神事が行われたのかと言えば、その翌日が【立春=正月】(旧暦の正月)だったからでした。その【オニ】に付いては年内行事の中で1番最後の行事としてホツマツタヱ文書(日...
…散逸書『三笠文』の【嘗事の文】全文… ★…ツキスミ(筑紫…西はツキスミ/ホツマ2章)の、志賀の命が、兄弟(ヱト)のカミ(上)、弟より祝詞の、故を請う。彼に豊受の、嘗事ぞ。兄の嘗はネ(北)に、シモ(霜月)の中(11月中旬)。ヒウ(1鵜)を招けば、日詰カミ、舵を北に引き、陽(...
一昨年の4月から1年間、大阪の高齢者大学の「大阪の史跡探訪科」というコースを受講していたのですが、ここでの講義を聞いて、今の大阪平野は3千年前には海であったというようなことを初めて知って少し驚きました。 大阪湾や淀川・大和川などの歴史的な変遷は次のようなものであったようです。 氷河期の終わりごろの約1万年前には、海水面は今より25mも低く、平地は今の大阪湾にまで拡がっていました。 ところが、氷河期の後、少しずつ気温が上昇し、氷が溶けて海水面も高くなり、6千年前ごろになると、海水面が現在より少し高くなり、海が生駒山系の西麓まで侵入してきて、大阪平野に海ができました。今の東大阪市や八尾市まで海が広…
神社建築様式『日本建築史序説』(太田博太郎.著/神社建築の発生)!!
★神社建築様式~『日本建築史序説』(太田博太郎.著/増補第二版・株式会社彰国社.発行)「神社建築の発生」(50頁)~ … ★我が国固有~神社の屋根の【置・千木】(Χ・形状)の語元(黎明的語意を含む語源の意ではありません)は、八尾市の郷社【タコチ神社】(竹淵神社)の呼称【タ・...
★神武東征は八尾市の郷社【竹淵(タコチ)神社】に関連する~ ⛩【弥彦神社】(祭神は弥彦)。弥彦(高倉下=タグリ彦)とは、瓊々杵尊の兄ホアカリ尊(神代第9代目の王)に嫡男(後継皇子)が生まれなかったので、弟ニニキネ尊の長男ウメヒト(関東地域の支配者)の子供クニテル命(ニギハヤ...