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家から500m程のところに渋田川が流れ、土手の両側に立派なソメイヨシノが2kmほど続く。ここの桜はいつも少し遅い。4/6(土)になってもまだ5分咲きだった。もう少し咲いているだろうと思い、飛谷津の丘に行った。ここは隠れた名所だったのに、ネットにでも載ったのか
今日は寒い。今の時期、大根川はこんな感じだろう。この絵を描いた日は、暖かかった。修正前現場で描いた絵だが、今、あらためて見て、タッチが雑に思えた。修正後現場で描いた絵は、出来はともかく、少なくとも、その時に感じたものは表わされている。その時の雰囲気を大事
12/26は穏やかな良い天気だった。湘南平へスケッチに行こうと、妻に誘われた。湘南平には何度も来ているが、景色が遠く、眺めるだけで、描く気は起らない。展望台からは、海側が逆光で山側が順光になる。山側の遥か遠くに、飛谷津あたりが、長閑で暖かそうに見えた。市の
二人展用修正 2作目この絵はかなり昔に描いた。今頃の寒い時期、妻とイーゼルを並べて、現場で描いたから、記憶は鮮明に残っている。右下部分の丘のもみじの赤が印象的だった。当時は良く描けたと思っていたし、その頃の作品だから、それはそれで直さなくても良かったのか
庭の梅が咲き始めた。このあと寒波が来たりすると、パラパラと花が咲いている期間が長くなる。今日、もしかしたら雪が降るかもしれない。経験からすると、受粉期間が長くなるのか、そんな年には実が多く成る。でも、もう梅の実は大粒が少しなれば十分だ。最近は2人展作品の
「夕暮れの30分は、必要な物しか見えない黄金の時間とも云われる。そんな時間に描いてみたらいい。」偉い先生にそう云われたことがある。全部を描くのではなく、感じた物を描けと云っているのだろう。コロナ散歩の夕景(油彩 F6) 修正後 2人展のために何枚か手直し
来年の二人展に出そうと考えている作品のうち何枚かは、何か足りないものを感じる。後ろ向きの作業のような気がしないでもないが、いま、それを手直ししている。むかしはこれ以上手が入らなかった。誰かに教わった訳でもないが、長い間描いてきて、少しは表現が深くなったの
我が家の菜園の近くに牧場が2つある。街中の乳牛牧場で、四方から住宅街が迫ってきている。この辺りはイトウ姓が多い。伊東牧場と伊藤牧場、もともと一族かもしれない。以前、伊東牧場を描き、今回は伊藤牧場を描いた。真土の伊藤牧場(F4 油彩)この牧場の人と我が家の
6月17日(土)☀️ 去年の5月、大磯鷹取山から平塚方面を歩いた時に平塚に幾つかハイキングコースがあることを知りました。丹沢の山と高原地図ではこの辺りは範囲外。あまり情報を知りません。ほぼ未踏の地なので、ブログ等の情報を得てまた再訪しようと思っていました。 梅雨の合間の貴重な晴れ日。いい探検ができそうです。 秦野駅南口1番のりばから7:31発『上井ノ口・中沢橋経由平塚北口』行に乗車しました 8:04 中沢橋バス停下車。 平塚秘境ハイキングのスタートです 平塚 『吉沢』のマンホール まず、下吉沢の八剱神社に向かいます そよ風が気持ちがいい 出だしからのどかな田園風景に和みます 8:21 吉沢八景…
昨日は、梅雨の晴れ間とは思えないほどすっきりと晴れた。夕方7時少し前、車で15分ほどのところにある小学校の体育館に、定例の夜練に行った。その途中、きれいな田圃を見た。夕陽と山の翳が映っていた。梅雨の時期にめったにない澄んだ空気、夏至の時期に丹沢に沈む夕日
新年早々、友人のグループ展に行って来た。長い付き合いだから、この会の作品は何度も見ている。友人は、自身が先生をやっても十分なのに、先生を呼んで会の世話役をやっている。案内をくれた本人は、手を怪我したとかで会場にいなかった。展示作業も、ほば一人でやっている
我が家の菜園は車で5分のところにある。最近、菜園の少し手前の大きな屋敷が取り壊され、宅地開発が始まった。見通しが良くなり、景色が一変した。その奥に、田舎風の赤い屋根がちらりと見えた。菜園の作業がひと段落したが、妻は花の手入れで、まだやることがあるらしい。
櫻の季節も終盤、このところ天気は不安定だ。28日(火)は、ネットで見つけた桜を描きに行く予定だったが、朝起きたら雨。今年は桜は描かずじまいか、と思っていたら、午後2時頃、あっという間に青空になった。ちょっと時間的には遅いが行ってみた。飛谷津の丘の向かい側
テレビ放送が始まって70年だという。私の子供の頃、テレビは高価で、一般の家庭にはなかった。今年2月の鈴川大人も子供も、八百屋のテレビに群がって、力道山の空手チョップに興奮した。今思うと、「その八百屋はお金持ちだったのか?」と、不思議な気もする。10年前の
最近は、一仕事片が付かないと、次の仕事に移れない。湘南市民美術展が終わってホッと一息。次は春野菜の苗づくりをする。例年より2週間遅れだが、いつも少し焦り気味だったから、丁度いいのかもしれない。遠藤原これを描いたのは、1/末の今冬最強の寒波と云われた日の翌日
冬枯れ大根川週1ペースの投稿が、このごろ停滞ぎみ。ブロ友さんたちも、あちこち引っ越しはじめて寂しくなった。私は、このところ気ぜわしいことが続いているので、しばらくこのまま続ける。ここは我が町の外れ、なんでもない風景にやすらぐ。冬
箱根駅伝も終わり、いつものように、2023年がスタートした。「今年でおしまいにする」という断り書きが添えられた年賀状が増えた。それぞれに事情があるのだろう。年に1度、無事の便りとして続けてきた年賀状には、ブログのアドレスも書いている。しかし、年初にアクセ
このところ、いい天気が続いている。秋冬野菜の準備もほぼ終わり、あと数種類は、苗の成長待ちになった。「おとうさん、今日のご予定は?」、「きた!、お出掛け要求のサインだ。」月曜は磯釣りに付き合わせたから、今度は妻の要望を聞いてやる番だ。「次回の2人展は、平塚
昨日は、午後から雨の予報だった。苗を植えた後の雨は、養生が良いので都合がいい。午前中に急いでタマネギを植えた。ところが雨はなった。週間予報で、今週は寒くなると云っていた。まったく外れ、今日は暖かく、まさに小春日和だった。どちらも予報は外れたが、良い方に外
先週金曜に、遅くなっていたサツマイモの収穫を終えた。土曜には早々と初霜が来た。サツマイモは間に合ってよかったが、秋ジャガは霜げた。11月の初霜は記憶にない。例年より1週間くらい早い。秋ジャガのためには、もう少し遅く来てほしかった。季節の変化が極端だ。岡崎
クーラーを入れた翌日に、コタツを出すなんて、調子狂うなあ。また、気温は高くなるとの予報だったが、そんな気配はない。私の感覚では、シャツ1枚で暑くもなく寒くもなく、といったところが良い陽気なのだが、・・新緑の花水川(油彩F4)この秋は。良い陽気が短かった。
今年は、コロナ対策で人を避け行動しているから、夕暮れの桜を長い期間眺めた。花は静かに終わり、葉が目立ってきた。去年、渋田川で見た夕暮れの桜は、無風の湿った空気に包まれ、夕空と渾然一体となって美しかった。空気までも桜色に滲んでいた。暗くなる寸前で、描く時間
宇宙に行って帰って来る時代なのに、マスクや消毒用アルコールくらい、何とかならないのかと思う。おそらく、手洗い、マスク、ソーシャルディスタンスだけで、コロナは終息しない。治療薬とワクチンが出てくるまで耐えるしかない。外部接触は、妻の週1の食糧買い出しくらい
こんな作品名をつけたら、「どっか聞いたことが・・」と、苦笑いされる。でも、そんな情景だった。夕暮れの風景は刻々変化する。スケッチ時間が限られ、描き切れない。残った印象から描くのは難しかった。夕暮れの玉縄桜(F6油彩)夜景を描く方法として、「昼間のうちに輪
今日は秋晴れ。「お父さん今日のご予定は・・?」。「ん!・・」。何処かに連れていけというサインだ。秋ジャガの養生も、サツマイモの収穫もあるが、今日でなくてもいい。最近は、描きたいという心が動かない。行きたいところも思いつかない。とりあえず、隣町の秦野方面に
次回の妻との二人展は、我が町平塚20景展を予定している。いつやれるかはコロナ次第だが、それまでは、新作をためておこうと思っている。今朝、冬野菜の収穫に行ってきた。伊東牧場と私の畑の間にあるサツマイモ畑は、収穫が終わり、みどりが無くなっていた。真土の伊東牧
調べもので地図を見ることがある。知らぬ間に、当初の目的とは関係ないところまで地図を追い、航空写真からストリートビューまで展開していることも多い。地図を見るのは楽しい。この風景は、ストリートビューで偶然みつけた。地元のことは、知っているつもりだが、まだ、知
先日、ストリートビューで見つけ描いた風景。どうも油彩の完成イメージが浮かばない。何かを感じたから、此処で描こうと思ったはずだ。構図的なことを考えすぎた。何とか画面に収めようと小細工したのが、感動を薄めた。すこし上で妻がスケッチしている前回スケッチの時、目
コロナが新たな局面に入った。エビデンスが、どうのこうの云っていた人達は、ネイチャーの論文で、しぶしぶ黙った。お得感で行動していた人達も一方で、70%の人が、「緊急事態宣言が出るのが遅かった」、と、勝手を云う。バカな人が政治をやっていう訳ではない。人を動か
高校2年の時、同級生に「中学では美術部だった」と、話したら、美術部に誘われた。そこで初めて油絵を描いた。何か特別なことをしているようで、とても新鮮だった。それがなかったら、今日まで、描き続けてこなかった。城島あたり私を美術部に誘った同級生は、サラリーマン
28日は箱根に雪予報が出ていた。東京では雪がちらついたらしい。25日の雪予報の時も大山・丹沢の上の方が白くなった。それを26日に、片浦の海から眺めていた。年に数回のチャンスしかないので、次に雪が降ったら、遠藤原に描きに行こうと決めていた。29日は気温が上
ストリートビューで見つけた風景を、2度スケッチに行った。1枚は油彩にしようと思っていた。大山に背景にすることが多いので、今回は丹沢を背景にした。スケッチした時のイメージは描けた。最近は、小さいサイズを描いている。私の場合、4号でも10号でも、完成に要する
秋に、西の市境の道を車で走った。その時は、葉が落ちたら良さそうな気がした。スケッチポイントを探し、1月の終わりに、もう一度行った。思ったような風景はないので、小高いところにある細い農道に入ってみた。そこには、聖峰(ひじりみね)をバックに、いちめん菜花畑が
菜花(なばな)は蕾で出荷する。遠藤原の菜花は、かなり開花していたから、シーズンは終わりに近い様子だった。一応、下塗りが出来た。まだ間に合うだろうと思い、現場で完成させるために出掛けた。遠藤原(油彩F6 あともう少し)現場に行ってびっくり。菜花は跡形もない
あすは、もう3月夕方散歩で見る日没は遅くなり、方向はどんどん北に移っている。1ヶ月前には、駒ケ岳、神山辺りに沈んでいた。夕陽が、富士山に近づいてきた。彼岸頃には、ダイヤモンド富士になるのかな。コロナ散歩で、真冬の夕焼けが一番きれいだという事が分った。遠藤
緊急事態宣言が続き、屋内公共施設も閉鎖されている。今できる運動はジョギングと散歩。ジョギングは周回コースでも飽きないのが不思議だ。走り過ぎないために、家近くの川沿いの道を散歩する。ジョギングの代わりだから、せっせと1~1.5時間くらい早足で歩く。渋田川、鈴
神奈川県も、まん延防止要請するようだ。ワクチンと変異株の時間的競争の様相になってきた。自分に出来ることは予防と自粛しかない。非常事態宣言下の1月、コロナ散歩で美しい夕景を何度も見た。その頃、夕陽は富士山の南側に沈んで行った。乾燥した空気の中、くっきりと気
スケッチしたのは2/11のことだから、もうシーズンを外れた。現場を引きずってはいけないこともある。気になるところがあって、描きかけのままだった。水神橋からの金目川 (油彩F4)山に雪が降った翌日で、昼近かったせいか、稜線の影が濃かった。それが印象に残ってい
このところ何日も、気持ちいい晴れの日が続いている。去年の今頃は、コロナであったことは確かだが、何をしていたのか思い出せない。ただ、例年、連休前のこの時期、こんなに良い天気が続くことはなかったと思う。少し前までは、外より家の中の方が暖かだった。4,5月頃、
ここは、コロナ散歩で何度も歩いた。前回は、右岸から冬景色を描いた。今回は、左岸から描いた。山も緑の季節になった。2週続けて、知人から、乗っ込みの大型のメジナを頂いた。私も釣り人、釣った魚の大事さは知っている。ありがたく頂いた。伊豆の磯では、釣れているらし
ここは、我が町、平塚市の最北端の大島地区。中央の緑の帯が渋田川の土手で、土手のこちら側は伊勢原市。渋田川が市境になっている。平塚市側のこの辺りには、大島、城島、小鍋島と、島がつく地名が連なる。渋田川は、この近くで3本合流する。ここは、その本流だが、里山か
GW明けに、よく車中泊スケッチに出かけた。ここ数年は、いろいろな事情があって出かけていない。さらに、その事情にコロナが加わった。コロナだからといって、車中泊客を呼んでいるホテルもある。一般的には、車中泊は歓迎されない時代になった。-2℃仕様の羽毛寝袋を、
連休明け、私はスケッチにいきたい。妻は新品種のバラが欲しい。その両方の兼ね、何処にスケッチ行くか、思案した。寒い頃、コロナ散歩で、金目川の下流を海岸まで何度か歩いた。金目川は下流域を花水川という。遊歩道の距離標識は、すべて金目川だったから、どこから花水川
妻が、10年分くらいの絵日記を整理し、自分で製本している。海に釣りに行った時のものだけで、9~10冊目にもなる。その中の1枚。「午前中は畑をやって、午後は海に出かけ、夜はダンスの練習をした。」と、書いてある。10年前は、あきれるくらい動いていた。今は、一
ジャガイモを早植し、トンネル栽培している。すでに、葉が茂っている。週初めは寒の戻りで、遅霜を心配した。幸い、ジャガイモは無事だった。車で菜園の様子を見に行く途中、良い風景を見た。渋田川の桜は、入学式まで散らずに残った。手前に菜の花が咲き、奥の丹沢に雪が見
去年の暮、ガラケーに、「契約が2年更新でポイントが・・」と、メールが来た。今迄、さまざまなポイントには、興味はなかった。しかし、今回は数値が大きいので、パソコンでいろいろ手続きを試した。欲だけの問題ではなく、手続きがうまくいかなかったので、多少熱が入った
自慢話の続きのようで気が引けるが・・。日展入選作品のポストカードを作った。日展事務局が印刷屋さんを紹介し、注文最小単位は400枚だった。かなりの出費だが、「これから、こんないい事はない。記念だ。」、そう思って作った。家族や知り合いに配っても、大量に余
孫娘は、中学は美術部で活躍していた。高校でも美術部に入るものとばかり思っていたら、軽音部に入った。「絵は卒業かな」と、思っていたら、「油絵を教えてくれ」と云う。ちょと、うれしくなった。前回のケッチ サイロの向こう側は鈴川が流れている描く対象は何でもいいら
「孫にも衣装」は、正しくは「馬子にも衣装」だ。どうでもいいことだがが、自分が謙遜の意味で使うのであれば、意味は通じる。孫二人が、初めて油彩画を描いた。自分の部屋に飾れるように、簡易額を作ってやった。まさに、「孫にも衣装」だが、本人達は満足している。私も、