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『碧巌録』より 第十則 睦州問僧甚處 / 睦州掠虛頭漢(その3)
禅は、この世に自我の認識が立ちあがり、それに合わせて対峙する客観的な世界が自我にとって認識され存在する「主客」が分かれた世界、そういった世界のそれより以前の世界、即ち認識する自我もなく、認識される客観的な世界もない時「主客未分」のことを考える。
『碧巌録』より 第十則 睦州問僧甚處 / 睦州掠虛頭漢(その2)
「窮則変、変則通」、これは、禅師の睦州に「おまえさんの喝はなかなかいいぞ。だが、3度でも4度でも喝といったあとはどうする」と問い詰められた僧がついに答えに窮したことに関していった語句である。
『碧巌録』より 第十則 睦州問僧甚處 / 睦州掠虛頭漢(その1)
「お前、どこから来た」は、なんということのなさそうな問いかけだが、禅では禅匠が弟子や修行僧の力量を見るために質問する。「どこから来た」は、実は深い哲学的な問いかけでもある。