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『碧巌録』より 第十九則 俱胝指頭禅 / 俱胝只堅一指(その5)
一つのことを徹底することが、千のところ万のところに通じ徹底すると考えるのが禅である。ゆえに禅は、いま、そこを、足下を徹底的に掘り下げよというのである。
『碧巌録』より 第十九則 俱胝指頭禅 / 俱胝只堅一指(その4)
俱胝が童子の指を断じる。いささか乱暴のようではあるが、禅ではこれがよくある。なぜかと言えば、生死を超えるには、生死のぎりぎりのところに立ち、身命を惜しんではいられないからだ。
『碧巌録』より 第十九則 俱胝指頭禅 / 俱胝只堅一指(その3)
禅では、言葉を「葛藤」、わずらわしいものとして忌避し、「そのもの」をずばり指し示したり、「そのもの」に直に到達することを重んじる一方で、俱胝和尚と実際尼僧との逸話のように、電光石火の如くそこで言い得ることも重んじる。
『碧巌録』より 第十九則 俱胝指頭禅 / 俱胝只堅一指(その2)
禅が重んじることのひとつに「徹底」がある。寒い時は寒さに徹し、暑い時は暑さに徹す。その時に、その時のことを徹底して行うのだ。
『碧巌録』より 第十九則 俱胝指頭禅 / 俱胝只堅一指(その1)
塵のような極小の世界の中に、全宇宙が宿り、ひとつの花がひらく過程は、全世界が展開していく過程を含んでいるのである。そういう世界観がここでは見事に展開している。