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当ブログ読者のアメリさんから日郷師の話題があったので、今回は郷師について書いてみます。郷師は越後国(新潟県)の出身で、富士に登った当初は伊賀阿闍梨日世に弟子入りし、その後日目上人の直弟子になりました。『家中抄』に新六一人として【日豪】と書かれているのが郷師ではないかと言う説もありますが定かではありません。日目上人は郷師のことを、「イガ(伊賀)の中から拾った落ち繰り(栗)」と親しみを込めて書いた史書が残っていて、郷師を可愛がっていたことが分かります。郷師は日尊師と共に日目上人最後の天奏に同行しその途上で御遷化した日目上人の御遺骨を持って大石寺に帰山しました。日目上人の御遷化から2年後の建武二年(…
今回は、富士宮市小泉にある小泉久遠寺のレポです。興門流・富士五山のひとつで、日興上人の弟子の日郷師の開山です。日郷師は日目上人の最後の天奏に日尊師と共に随行しましたが途中で日目上人が御遷化された為、その遺灰を抱いて大石寺に戻りました。日道上人との間で蓮蔵坊及び東坊地を巡り対立し、建武2年(1335)に御影・本尊などを持ち大石寺を退出し弘教拠点だった安房の国に戻り法華堂を建立しました。それが今の保田妙本寺です。そして大石寺の蓮蔵坊の組織を移したのが現在の小泉久遠寺です。ですから上古の時代においては、保田と小泉は「両山一寺」の関係でしたが、江戸時代に身延との通用が始まり昭和の三派合同の時に日蓮宗と…