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東京都知事選挙については、7月7日の投開票日の朝に書いた記事で打ち止めのつもりでした。でもやはり余韻のあるうちに少し書き留めておこうと思います。書くのは石丸さ…
吉田松陰先生をお祀りした、東京都世田谷区に鎮座する松陰神社を探訪しました。↑写真は、松陰先生の墓塔です。由緒は、現地由緒書きを以下に引用させて頂きました。松陰神社 御祭神:吉田寅次郎藤原矩方命(吉田松陰先生)(よしだとらじろう・ふじわらののりかたのみこと) 松陰先生は、幕末の思想家、教育者で私塾松下村塾を主宰し、明治維新を成し遂げた多くの若者を教育しました。 しかし、安政の大獄に連座し江戸の伝馬町...
『春風伝』 葉室麟 「今年も梅の花の香る季節になったなぁ・・・」と、ふと思った二月の中頃に読み始めたのだけど、思いのほか頁が進まず、読み終えるのに随分暇がかかってしまった。 高杉晋作モノはなかなか評伝を超える作品に出合うのが難しい。 「春風伝」・・・春を呼ぶ風。まさに春雷のような晋作の姿に胸わななかせたい・・・と…
自らが創業して以来、長きにわたってワンマン体制で臨んできた初代社長は、 二代目以降の後継社長について、こんな腹積りを持っていたようです。 ~弱肉強食の時代も終わってのだから、ワシのようなワンマン経営はもう必要が なくなった。 だからして、次代以降の社長たちは経営実務を...
清少納言の父親は、三十六歌仙の一人、清原元輔(きよはらのもとすけ)です。清原元輔(狩野安信『三十六歌仙額』)清少納言という名前は、宮中での女房名で、「清」は父親の清原姓に由来するとされています。天延2年(974年)元輔は周防守に任ぜられ、平安京から現在の山口県防府(ほうふ)市に移ってきました。清少納言も父とともにやって来て、少女時代を防府で過ごしたといわれています。防府天満宮は、学問の神様、菅原道真公...
幕末に活躍した人物については、その評価が分かれることも珍しくない。その行動を肯定的に捉えれば、間違いなく一種の「先駆者/功労者」の評価になるものの、一面ではちょっとばかり首を傾げたくもなる行動もある場合などがそうだ。たとえば、幕末尊王攘夷の志士として一般
激動の幕末にあって、数々もの歴史的事件の舞台になった山口県。関門海峡に面した港町・下関(馬関)も例外ではありません。幕末に詳しければ、高杉晋作の名を知らない人はいないでしょう。彼が創設した奇兵隊は、この地に拠点を置きました。のちに長州藩の方針を変えるきっかけになった功山寺挙兵もまた、下関で起きた歴史的事件です。そんな高杉ゆかりの地・下関には、彼の立派な陶像が鎮座しています。高杉の雄姿をこの目で見よ...
某年某月某日 ご近所の誰もが知る名物男の農夫、ジョアキンおじさんが亡くなって3年程になる。朝早くから大声で話す御仁だったのでそのせいもあろうか、この辺りがすっかり静かになって寂しいくらいです。ジョアキンおじさんが元気で野良仕事をしていた頃は、彼の畑は動物愛護協会のボランティアたちから野良猫のコロニーと呼ばれ、わたしもボランティア活動の一環として毎晩の餌時には二皿三皿運ぶこともありました。その野良猫...
高杉晋作といえば、明治維新。日本史の中で、江戸後期から明治初期は好きな時代でした。というより、明治維新は小説・漫画で取り扱われることが多く触れる機会が多かったです。
高杉晋作の157回忌「東行忌」:2023年(令和5年)4月14日(金)、高杉晋作の命日に慰霊祭=東行忌に参列
2023年(令和5年)4月14日(金)は、高杉晋作の命日・東行忌です。晋作を偲ぶ157回東行忌に参列してきました。 (去年に続き雨のため、墓前ではなく東行庵にて開催) 高杉晋作の慰霊祭=東行庵157回忌が開催されたのは、山口県下関市にある東行庵(とうぎょうあん)です。 この東行庵は、1884年(明治17年)に高杉晋作の霊位礼拝堂として創建されました。 ちなみに「東行」というのは高杉晋作の号です。有名な「西行」にちなんで、あっちが「西」なら、俺は「東」だと、晋作が茶目っ気を見せてつけたものです。 157回忌となる2023年(令和5年)4月14日(金)は、山口県下関地方は雨が降りそうだという事で、…
何の予定もない1人のGWになりそう 「面白きこともなき世を面白く…」
今年のGW明けには、コロナも5類になるんですよね。もうインフルエンザと同じ扱いになるってこと。コロナ禍前のGWの賑わいが戻ってきそうな今年。列島大移動の今年のGW 私はリハビリです海外旅行や国内旅行、親元への帰省などで、列島大移動がまた戻り
JUGEMテーマ:歴史大きなクロカネモチの大木がある小さな公園に「品川弥二郎誕生地」はあります! 今回は、山口県萩市にある「品川弥二郎誕生地」をお届けします。品川弥二郎は吉田松陰の門下生で、松下村塾で学び
松陰神社御朱印 参拝日:令和5年(2023年)2月19日 大鳥居 手水舎 御社殿 社務所 松下村塾 吉田松陰先生像 松陰先生他烈士墓所 御朱印受付時間 アクセス 豪徳寺から徒歩10分世田谷区役所、国士舘大学の前を通って松陰神社に着きます。 大鳥居 大鳥居 手水舎 御社殿 社務所 御本殿左手の社務所で御朱印を頂きました。 朱印料は500円でした。(2023年2月現在) 松下村塾 ここに有るのは山口県萩市に有るレプリカですが、20年ほど前に萩市で本物を観た時は「えっ! こんなに小さいの?」って感じでした。 吉田松陰先生像 松陰先生他烈士墓所 吉田松陰先生のご墓所が社務所裏に有ります。 www.sh…
高杉晋作は1839年8月に、長州藩士、高杉小忠太(200石の上級武士)の長男として生まれています。 1852年に藩校の明倫館に入学し、柳生新陰流の剣術も学び免許を皆伝されています。 1857年に幼いころからの知り合いだった久坂玄瑞の勧めで吉田松陰が主宰していた松下村塾に入り、久坂玄瑞と共に松下村塾の四天王と呼ばれた俊才でした。 1858年に藩命で江戸へ遊学し、昌平坂学問所などで学びますが、1859年に師匠の松陰が安政の大獄で伝馬町の牢に投獄されたため、獄中の師の世話をするのですが、藩命で長州へ帰る途中、松陰は処刑されます。 晋作は30歳までは結婚しないと宣言していたそうですが、1860年11月…
U-NEXT!!「大明皇妃」を観るためにっ!契約を結んだわけだが。 やっ!結構いい値段するじゃん?U-NEXXT!!大明皇妃だけではなくて、観まくらないとっ!!ね(笑) ポイントが月々1,000なんぼだったか?付いてくる
幕末を動かした長州藩と藩士たち 楽しい日本史 -近代国家への道-
幕末の歴史は長州藩抜きには語ることができない。長州藩士の吉田松陰、高杉晋作、桂小五郎といった幕末の志士が歴史を
幕末に活躍した人物の一部については、その評価が分かれることも少なくない。その行動を肯定的に捉えれば、間違いなく一種の「先駆者/功労者」という評価になるものの、一面ではちょっとばかり首を傾げたくもなる行動も併せて取っているということだ。たとえば、幕末尊王攘
「城下町 萩」へ行ってきました!! ~ぶらり はぎ散歩~(中編)
(前編より) では、「城下町 萩」で散策しま~す 笑 日本海に面した萩城下町から瀬戸内海の海港・三田尻までを結ぶ、全長約53kmの街道「萩往還」の起点「唐樋札…
【幕末維新 天翔ける恋】高杉晋作 続編 紡ぎ愛エンド&後日談 感想☆
※ネタバレあり。\高杉晋作 続編 紡ぎ愛エンド/読んできました〜!幕天における続編配信第1号となった高杉さん。元々そこまで推してはいなかったので正直、続編もあまり期待していなか
奇兵隊及び諸隊士合同慰霊祭に参加 山口県下関市東行庵(2022年:令和4年11月12日)
2022年(令和4年)11月12日(土)開催の江戸幕府倒幕で活躍した長州藩の奇兵隊やその他の隊士の慰霊祭に参列してきました。 (東行庵) 慰霊祭の会場は、山口県下関市吉田にある東行庵(とうぎょうあん)。ここは幕末に活躍した高杉晋作を偲んで建てられた庵で晋作の墓がある広大な敷地です。 この名前の「東行(とうぎょう)」とは、歌人・西行(さいぎょう)にあやかり、「西」に対抗して反対側の「東」をつけた高杉晋作自作の「号」です。入り口正面には高杉晋作像があります。 (高杉晋作の墓) 下の写真が高杉晋作の墓です。 おっさんも参拝・・。 なお高杉晋作の墓は京都、萩にもあります。 高杉晋作の功績は多数あります…
辞世の句(その19)江戸時代・幕末 吉田松陰・高杉晋作・瀧善三郎・井上井月
団塊世代の私も73歳を過ぎると、同期入社した人や自分より若い人の訃報にたびたび接するようになりました。そのためもあってか、最近は人生の最期である「死」を身近に感じるようになりました。「あと何度桜を見ることができるのだろうか」などと感傷に耽っ
「立石孫一郎の碑」ー第二奇兵隊の幹部であり、藩に処罰された立石孫一郎ー
千歳橋で藩命により暗殺された立石孫一郎 今回は、山口県光市にある「立石孫一郎の碑」をお届けします。 高杉晋作が奇兵隊を創設すると、瀬戸内沿いの地域でも南奇兵隊と称された、農民・神官・僧侶・下級藩士
(維新・海峡ウォーク①より) 6月12日(日)の「第37回維新・海峡ウォーク」に向けて、1日10~15キロくらいを歩いて準備。念のため、一度だけ26キロくらい…
下関ってどんなとこ?? ~長門嚴島神社(10月22日、23日に秋季大祭が開催されます)~
四境戦争に際し高杉晋作が戦勝祈願を行った「長門嚴島神社」で、高杉晋作率いる奇兵隊と報国隊が小倉戦争のさい焼け落ちる小倉城から持ち帰った「大太鼓」が奉納されてい…
幕末恋愛遊戯かぐやの君高杉晋作/相縁奇縁(一部18禁)番外編/高杉晋作異聞奇譚(一部18禁)プロット公開(中)です!高杉くんの個別ページはだいぶ前に公開していたのですが、先ほど投下した乾と同じ形式で再度紹介します♪乾のプロットではあらすじが鬼長く、ネタバ
雨が上がって曇り空。今日はこれから天気が回復し、梅雨の晴れ間となる予報だそう。美弥市の「道の駅みとう」を出発する。「秋吉台」の展望台に立ち寄り。この一帯(面積約6000ha)は国定公園に指定されている。日本最大級のカルスト台地。およそ3億5
高杉晋作の156回忌「東行忌」:2022年(令和4年)4月14日、高杉晋作の命日に高杉晋作の慰霊祭=東行忌に参列
2022年(令和4年)4月14日は、 高杉晋作の命日です。156回忌。 晋作を偲ぶ東行忌が行われたので参列してきました。 (東行庵にて開催) 高杉晋作の慰霊祭=東行庵が開催されたのは、山口県下関市にある東行庵(とうぎょうあん)です。 ここは、1884年(明治17年)に高杉晋作の霊位礼拝堂として創建されました。 この「東行」というのは高杉晋作の号です。有名な「西行」にちなんで、あっちが「西」なら、俺は「東」だと、晋作が茶目っ気を見せてつけたものです。 今回、参列者は70名程度。その顔触れが、明治維新の立役者の1人の高杉晋作にふさわしく大物ばかり。安倍元首相(代理)、衆議院議員、参議院議員、下関市…
維新の志士 「おもしろきこともなき世をおもしろく すまなしものは心なりけり」
明治維新の立役者となった偉人たち 西郷隆盛が認めた志士たち 慶長9年、萩城主毛利氏の時代、江戸への参勤交代の道として開かれた「萩往還」。当時の庶民にとっては山陰と山陽を結ぶ道として重要な役割を果たした。幕末には、あの維
タロットは、英語やフランス語読みでは「タロウ」。らくちゃんがお届けするらくタロウ、ご笑覧ください🙇♀さて、2022年4月17日のらくタロウは『ペンタクルの…
国指定重要文化財「四階楼」は、原発で揺れる山口県の上関町にある擬洋風木造建物です! 今回は、山口県熊毛郡上関町にある「四階楼」をお届けします。 何度か「道の駅上関海峡」に行っては、おいしい海鮮を食
18きっぷケチケチ2泊3日旅行の2日目です。 出雲市駅 江津駅 浜田駅 益田市を散策 レンタサイクル 中華料理の恵比寿軒 益田川沿いの桜 東萩駅へ 松陰神社 松下村塾 萩市へのアクセス 萩・明倫学舎 萩城下町 木戸孝允旧宅 旧佐伯丹下家屋敷 高杉晋作生誕地 萩と夏ミカン 琴引浜 萩城址 常盤大橋と玉江浦 出雲市駅 JR山陰本線の出雲市駅です。これから山陰線で下関を目指します。 出雲市以西の山陰線は乗ったことがないというか、そもそも初めて行くエリアなので楽しみ。 8時2分発の益田行きワンマンカーに乗り込みます。1両です。 けっこうな乗車率。 途中、日本海を望む絶景でしたが写真を撮ることもままなら…
JUGEMテーマ:神社仏閣 「長州男児の肝っ玉をお見せ申す」 高杉晋作 今回は歴史的にも非常に有名な、高杉晋作の回天義挙の場所で明治維新の策源地となった「曹洞宗 功山寺」をお届けします。 功山寺は元
幕末の風雲児が眠る場所「東行庵」 今回は、山口県下関市にある高杉晋作が眠る場所「東行庵(とうぎょうあん)」をお届けします。 東行庵は曹洞宗の寺院で功山寺の末寺になります。 高杉東行(高杉晋作)の側室
高杉晋作・伊藤博文幼年勉学之所「月輪山円政寺」、名探偵コナンの舞台にもなりました!
「円政寺」は、「萩城城下町」の「世界遺産」地域内にある、全国でも珍しい神仏習合 今回は、山口県萩市の「世界遺産」に登録された「萩城城下町」地域内にある「円政寺」とその境内にある「金毘羅社」をお届けします。 こ
歌川広重の『名所江戸百景』の1枚、『蒲田の梅園』 梅屋敷(うめやしき)・・・ロマンチックな響きのある地名が、東京都大田区蒲田にあります。区が管理する公園の名前にもなっています。 この梅屋敷で高杉晋作という歴史上の人物が、刀を抜いた、という話を最近知りました。ファンの多い幕末の勤皇の志士がこんなところに現れていたのかと親しみを覚え、いきさつを調べてみました。 目次 梅屋敷のこと 高杉晋作のこと 梅屋敷事件 梅屋敷のいま・・・ 梅屋敷のこと 梅屋敷の公園の入り口。 梅屋敷は、江戸時代に東海道の品川宿と川崎宿の中間の位置にあった休み茶屋(休憩所)のことで、茶屋の裏手の庭には梅の木がたくさん植えられて…
名は春風、字は暢夫、通称は晋作、1839.8.20日誕生した「高杉晋作誕生地」
生き様を貫き、志を貫いた、長州藩士「高杉晋作」その誕生地 今回は、長州藩士で奇兵隊をつくった高杉晋作の生まれた場所「高杉晋作誕生地」をお届けします。 幕末の風雲児であり、松下村塾では久坂玄瑞と並んで「松門の双
【高杉晋作】と【都々逸】に見る 大人の遊び 充実のアフターコロナライフ 遊びって何だろ?
<大人のアソビが ゲームだけでイイのか 仕事以外 酒以外の 人生の過ごし方 日本の天才たちに学べ> とんちんかん、いきあたりばったり、その場の思い付きでしかないような国の迷走コロナ対策について考え始めますと、何ができるわけでもない一個人でありながら、頭が痛くなってきますので、今回はアフターコロナの生活として、大人のアソビについて考えてみたいと思います。 世界的なアソビの代表といえるテレビゲームは、将来的にオリンピック競技にもなるんだそうですが、日本での環境を考えてみますと、任天堂の「ファミリーコンピュータ」が発売されたのは、1983年7月のことでした。 2021年現在で考えてみますと、ファミコ…
高杉晋作、山縣有朋、伊藤博文らが率いる諸隊の本陣となった「金麗社」は維新発祥の地
保守派と正義派の戦い「大田・絵堂の戦い」 今回は、山口県美祢市にある「金麗社」をお届けします。 金麗社は「大田・絵堂の戦い」で高杉晋作等奇兵隊諸隊が本陣を置いた場所です。 この「大田・絵堂の戦い」が
【木戸孝允】 みなさんおはようございます。今日は維新三傑最後の一人、長州の木戸孝允について書いてみようと思います。 <木戸孝允> 幕末時代までは、桂小五郎と名乗っており、あだ名は逃げの小五郎。藩医の家に生まれるも7歳で桂家へ養子に入る。吉田松陰の弟子で、松下村塾に学び、高杉...
明治維新発祥の戦い「大田・絵堂戦役」の展示品がある「長登銅山文化交流館」(大仏ミュージアム)
「大仏ミュージアム」の愛称で知られる「長登銅山文化交流館」 今回は、山口県美祢市美東町にある「長登銅山文化交流館」(大仏ミュージアム)内に展示してある「大田・絵堂戦役」の遺品をお届けします。 前回、「金麗社」