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中田喜直の随筆集『音楽と人生』の132頁に、クロイツァーが細幅鍵盤を推奨したが挫折したという記述がある。レオニード・クロイツァー(1884~1953)は、ペテルブルク音楽院でラフマニノフの後輩、作曲を習ったグラズノフ先生の弟弟子にショスタコーヴィチがいる、という柾目の通った音楽芸術家。(詳しくは萩谷由貴子著『クロイツァーの肖像』参照のこと。)そのクロイツァーが、前々から狭い幅をもったキー(鍵盤)のことを考えていた、と『芸術としてのピアノ演奏』(音楽之友社)に書いている