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ブログタイトル
細幅鍵盤で弾いてみよう!
ブログURL
https://musil0723.sakura.ne.jp/dufyfan/
ブログ紹介文
細幅鍵盤を普及させたいと思っております。手が小さくてピアノが弾けない人たちの味方です。
更新頻度(1年)

22回 / 365日(平均0.4回/週)

ブログ村参加:2018/08/12

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ハンドル名
kurze fingerさん
ブログタイトル
細幅鍵盤で弾いてみよう!
更新頻度
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細幅鍵盤で弾いてみよう!

kurze fingerさんの新着記事

1件〜30件

  • 鍵盤をアップ、黒鍵間が広くなった

     4月2日のこと。調律師ISAMU. H氏から電話。「白鍵を上げることによって、黒鍵間のスペースを広くするほかないでしょう」とのこと。なるほど、黒鍵の上辺の巾は9㎜ほど。下辺の巾は10㎜ほど。白鍵の位置が上がれば、両サイドで 0,1mmないし 0,2mm ほど間隔が広くなる。この差は大きい。ISAMU. H氏が中音部の鍵盤を外して確認すると、バランスレールのピンには 1,5mm の厚さでパンチが入っていた。これが充分高ければ(ないし、高すぎる

  • 細幅鍵盤をゲットする微(かす)かな可能性

    前回、 Kurze Finger は「可能性はほぼゼロです」と書いたけれども、まったくゼロではない。以下にいくつかの可能性を列記します。1.ヤマハの「教育用グランドピアノ」を捜す。これは高名な調律師ISAMU. H氏の話。昔々、ヤマハがそういうピアノを製造していた。まだ時たま出ることがある、とのこと。これは15/16サイズであるらしい。見つかれば、なんといってもヤマハであるから、オーバーホールも可能だろう。ただしボク、 Kurze Finger が近所の某楽器店、

  • 君はショパンの瞳を見たか。

    練馬美術館でショパン展をやっていると知り、あわてて中村橋へ。始めのうちは、現代の画家による連想画など陳列されていてがっかり。しかし「第3楽章・華開くパリのショパン」で(全体は4楽章構成になっている)、アリ・シェフェールによるショパンの肖像を見られたので、来た甲斐があった。その死の2年前、芸術家サークルのメンバーだったシェフェール邸でショパンは何度もモデルとなったという。ドラクロワのはったりの効いた肖像とは異なり、ショパンはじっとこちらを見ている。そ

  • 両手が「安美錦」になってきた

    左手の小指がバネ指になった。Dr.酒井に見せると「あー、引っかかってますね。」と淡々とした様子。「痛みますか?」「ピアノを弾くと痛いです。」Dr.酒井は無言。ピアノを弾かせながら治す、という保存的治療がDr.酒井の方針だ。「貼る場所が増えてきたので、湿布薬をもう少し増やしてください」と頼んだ。(薬は一週間分しか出してくれない。)その時は小指だけ話題にした。けれども、中指と薬指のあいだ、薬指と小指のあいだも、腫れている。押すと痛い。これも腱鞘炎なのだろうか? 調べるとここは

  • ヨーゼフ・ホフマンとスタインウェイの謎(3)

    しばらく本業に時間を取られて、投稿できずにいました。訪問者の方々には感謝します。グレゴール・B氏のいくつかのメールから紹介してゆきます。「ホフマンは50年以上にわたり、スタインウェイ社の経営陣のトップと、そして家族のメンバーと親友でした。のみならず、スタインウェイの美しい音色を宣伝する、至高の宝と見なされていました。彼は甘やかされ、好き放題にやってよかった、それは今日想像できないほどです(おおよそ1905年から1945年にかけて)。ホフマンはアマチュア発明家でもあって

  • ヨーゼフ・ホフマンとスタインウェイの謎(2) 

    なぜヨーゼフ・ホフマンの死後に、彼の特注のスタインウェイが破壊されなければならなかったのか。それは今もなお謎のままである。ボク( Kurze Finger )の推測するところでは、スタインウェイの技術者がホフマンのためになんらかの特殊な変更を施して、しかも一般化できないものであったために、隠匿する必要があったのでは。あるいは、「ホフマンの手は小さい」という神話と、スタインウェイは彼のために鍵盤巾の狭いピアノを作製した、という噂を信じて「私にも細幅鍵盤ピアノを作って。金はいくら

  • ヨーゼフ・ホフマンとスタインウェイの謎(1)

    「ホフマンは非常に小さい手をしており」(ウィキペディア)と出ているように、ヨーゼフ・ホフマンの手の小ささは「神話」(Gregor Benko)になっている。それはどの程度だったのだろうか? スタインウェイは彼のために鍵盤巾の狭いピアノを特製したという。どんなピアノだったのだろうか? その前にまずはスタインウェイのど派手な写真を見てみよう。(この画像は©フリーで、ポスターなどにも使われているらしい。)「ぼくの衷心からの願いは、ぼくが打鍵する最後の音、最後の和音は、スタインウ

  • 傑作ビデオ「手が小さくてもラフマニノフが弾ける」

    あのラフマニノフ(身長198㎝)の曲を、手が小さくても弾ける、という傑作ビデオがあるので、貼り付けます。これはメリーランド州のグレゴール・B氏のメールにあったもの。よく出来た下駄と、優秀な助手がいれば、ラフマニノフなんか怖くない、という演し物で、なんだか溜飲が下がります。ラフマニノフなんか怖くない 

  • 次の補正は4月になりそう。

    浜松のP技研工業が、しばらく沈黙したのち、「やっぱり出来ません」と返信してきた。黒鍵の両サイドを削って、強い台形にして、指が入るようにしてほしいと依頼したのだが。(もちろん、すでに記したように、黒鍵の先端の面取りとポリッシュ、白鍵の長辺両サイドの面取りとポリッシュなども一緒に依頼した。)黒鍵を均一に削るためには、ジグ(jig)という装置を製作して、それに合わせて削る。そのジグは、ピアノ何百台のために製作するのなら割に合うが・・・ このエイリアン一台のためにわざわざ

  • 左中指も腱鞘炎だった。

    痛いタピオカが、左の中指の第2関節にできた。江古田のDr.酒井は触診して「あー、ごりごりしてますね」と、ほとんど嬉しそう。超音波検査画像を見ながら「この太い白い線が、肥厚した腱鞘です」と。このガングリオンは? と聞くと、「それは関節液が出たものですから」と、大した問題ではないような口ぶり。これまで同様、投薬、湿布、パラフィン浴をやるのだそうだ。おそらく昨年4月に右手親指がバネ指になった時点で、この中指も腱鞘炎になっていた。(右手のあとで左手の親指も腱鞘炎と診断された。

  • 新たな問題が浮上

    自分がジャイアントになってしまった。あれ? オレってこんなに下手だったっけ? と何度も思う。まあ前期高齢者なりに衰えてはいるだろう。バネ指のため親指を曲げて弾くと痛い。でもそれだけではないらしい。うーむ。細幅鍵盤推進派としては黙っていたいくらいだ。でも実験動物としては報告しないわけにいかない。鍵盤の巾が狭くなった分、指の太さが増大してしまった。(女性など、指先の細い人は大丈夫。)標準鍵盤ピアノに左の2,3,4の指を置いたところ。右に一円玉を置いた。直径はぴ

  • 細幅鍵盤をゲットする可能生は?

    すでに一度このHPに書いたように、可能生はゼロに近いです。以下に管見を記します。不正確、認識不足などありましたら、ご教示いただければ幸いです。1.特注を受ける業者がいない。(10年前だったら可能だったかも。)今年1月に届いたSteinbuhler-Walter社のピアノを一目みて、調律師のISAMU. H氏は「〇流ピアノだから、すぐに返品するといいよ」(儀礼上〇としました)と語った。7/8サイズのキーボードはこれしかないので、返品するわけにいかない、と説明すると、IS

  • ピアノ(のようなもの)が弾けるようになりました。

    16日午後1時にISAMU. H氏が到着。6時に退出。つまり5時間かけて調整してくれました。1.まず「戻らない」鍵盤数カ所については、口板(くちいた)つまり鍵盤が沈み込むところの手前にある木製の板が、内側に湾曲したために、キーグリップ(鍵盤の先端の白い小口)が口板に接触して戻らなくなったことが判明。ISAMU. H氏が口板の内側2箇所にゴムを挿入することで解決した。なぜ口板が内側に湾曲したかというと、ピアノ運送会社が養生をしっかりして、緩衝材でピアノを

  • クロイツァーの手

    中田喜直の随筆集『音楽と人生』の132頁に、クロイツァーが細幅鍵盤を推奨したが挫折したという記述がある。レオニード・クロイツァー(1884~1953)は、ペテルブルク音楽院でラフマニノフの後輩、作曲を習ったグラズノフ先生の弟弟子にショスタコーヴィチがいる、という柾目の通った音楽芸術家。(詳しくは萩谷由貴子著『クロイツァーの肖像』参照のこと。)そのクロイツァーが、前々から狭い幅をもったキー(鍵盤)のことを考えていた、と『芸術としてのピアノ演奏』(音楽之友社)に書いている

  • レスキューは16日(月)です。

    昼過ぎにケータイが鳴った。調律師ISAMU. H氏から。スケジュールが詰まっているので、来週月曜日に行くのが精一杯だとのこと。もちろんその日程でお願いした。いくつか技術的な懸念材料を話していたが、ここでは黙ることにする。(とはいえ。浜松工場のN氏が、ピアノを壊したわけではないと説明しておきたい。ベヒシュタインを模範としてピアノ製作を始めたヤマハ、カワイほかの日本の技術者にとって、この、アメリカから来たピアノはエイリアンだった。一例だけあげる。バランスレール(梃子の支点

  • 何の祟りか?(まだ弾けません)

    いつまで呪われているのだろうか? 午後2時にMデリバリーが7/8サイズのピアノを搬入。早速弾こうとしたら。なんと鍵盤が3つ、32番、35番、37番が、沈んだまま戻りません。搬送が原因で変調をきたしたのか。湿度50%のわが家のリビングが合わないのか。鍵盤の手前の小口を指で押し上げると戻るけれども、また弾くと戻らない。2月に工場に出してから10箇月待って、その間別の15/16サイズで無理な練習をしてバネ指になって・・・ほぼ一年を棒に振ってこんな目に遭うとは。前世でよほど呪われ

  • 今月10日に搬入の予定です。

    ピアノ運送のM・デリバリー(八王子)から連絡が来て、今月10日に搬入できるのだとか。ようやく、という感じです。でも、のんびり待っているわけにはいかない。車輪とインシュレータの問題があります。もともとアメリカから届いた状態では、キャスター(ピアノの脚部についている車輪)が、デュアルのゴムでした。それが浜松の工場で、金属製のデュアル・キャスターに付け替えられたとのこと。一瞬、 Kurze Finger は「ブラヴォー!」と喜んでしまった。ピカピカのデュアルは、コンサートホール

  • やっと細幅鍵盤(7/8サイズ)の補正、調整が完了!

    お待たせしました。平成30年2月に浜松の工場に行っていたピアノが、令和元年12月上旬に戻ってくる運びとなりました。ざっと10箇月。シーズニング(日本の気温、湿度になじませる)のほかに、膨大な補正作業がありました。P技研工業のN氏は、粉骨砕身、悪戦苦闘の末に、なんとか、弾けるピアノまでもってきてくれたようです。その諸問題と対応策については、論文が一本書けるほどです。(具体的な事項については、現段階では詳述を避けます。)かなりの費用もかかりました。結局ひっくるめると、中ぐらいのグ

  • 本格再生! ブラザー15/16サイズが鳴りだした。

    油絵にたとえると、これまでベニヤ板に描いていたのが、急に正式のキャンバスに描いている感じ。調律師ISAMU. H氏がついに、ハンマーヘッドのフェルトに針刺し、ファイリング(やすりかけ)を施した。これまでほぼゾンビだったブラザー15/16サイズが、まあ、いわば普通の病人程度には回復したようだ。まず調律師ISAMU. H氏が来る前日、調整してほしい鍵盤にポストイットでマーキング。これで調律師さんは、どこが問題なのか一目でわかる。マーキングは音程だけではない。老朽化したブラザー

  • ブラザー15/16サイズが再生。試弾まもなく。

    ヴィンテージもののブラザー細幅鍵盤(15/16サイズ)が甦りました。調律師ISAMU. H氏が二日かけて、簡易オーバーホール。今日ではおそらくISAMU. H氏しか駆使できない技術でしょう。昭和48年製(1973年製だから、ざっと47年もの)のGU-131。来月には浜松の工場から、修正・調整ずみのSteinbuhler-Walter社の細幅鍵盤(7/8サイズ)が戻ってくるので、2つの細幅鍵盤を試弾することができるようになります。 まず鍵盤の高さをチェック。影の出来方で、0

  • 自宅でパラフィン浴

    https://musil0723.sakura.ne.jp/dufyfan/wp-content/uploads/2019/09/Therabath-klein.jpg江古田のさかい整形外科は遠い。乗り換え4回、往復二時間。帰り道はたいてい帰宅ラッシュの電車。これで行きつけの店で海鮮丼定食なんか食べると、往復4時間になる。それを週に2回とか3回やると、パラフィン浴のために生きているみたいになってしまう。(はたしてパラフィン浴が有効なのか、不安はある。

  • 弾いてはいけない!

    お父さん、お母さん、ごめんなさい。こんな身体(からだ)になってしまいました。身体髪膚これを父母に受く、敢て毀傷せざるは孝の始めなり、というのに。両手の親指の腱鞘炎だけでなく、肘も、肩の筋も痛い。いちおう男子なので、エストロゲンの減少によるものではない。やはり無理に手を拡げてピアノを弾いたのが原因であろうと考えます。Dr.酒井のリハビリ・ステーションで週に2度ほど、パラフィン浴の治療を受ける。55°Cのパラフィン液に腕を浸してから、10分間、じーっと温熱が腱鞘に伝わ

  • Dr.酒井の論文。古い鍵盤楽器のキーボード巾について。

    Dr.酒井の論文があります。「ピアニストの手のスパンと酷使の問題に関連する、古い楽器の鍵盤の巾について」(Article in Medical problems of performing artists 23(4):169-171 · December 2008 with 37 Reads)私なりに日本語訳してみました。「古い鍵盤楽器のキーボードの巾(つまりオクターブ巾)を調査して、現代のピアノのスパンと比較してみた。これはピアニストがしばしば体験する酷使による障害が、

  • 左手も腱鞘炎です。

    左の親指も痛い、とレントゲン、超音波診断を受けたところ、左手も腱鞘炎という診断結果。先週まではパラフィン浴が右手のみだったので、10分間じっとしているあいだに、左手で本を読んだりできたのですが。今度は両手がパラフィン浴なので、10分間固まりっぱなし。残り少ない人生の10分間を、こんな風に過ごしてよいのか。超音波診断の画像を医師と一緒に見たら、左の親指の腱が、あきらかに指先方向で肥大しており、手首の方向では、その3分の1ぐらいにやせ細っていました。このままではプツン

  • Dr.酒井の『ピアニストの手』

    バネ指患者の救世主、らしいDr.酒井、こと 酒井直隆博士の研究成果は、細幅鍵盤推進者の私にとっても興味深いので、ご紹介します。Dr.酒井の、アクセスしやすい業績は著書『ピアニストの手ー障害とピアノ奏法』(ムジカノーヴァ1998年)および『解決! 演奏家の手の悩み』(ショパン2012年)に示されている。ご自身がピアノのレッスンを受け、医師としても一貫してピアニストの障害にとり組んできたDr.酒井は、音楽と医学を結びつける希有な存在だ。たとえばピアニストが

  • バネ指(弾発指)になってしまった。

    4月13日(土)の朝、起きてみると、バネ指になっていた。すぐに近くの整形外科へ。簡単なチラシをもらった。ステロイド注射か、手術しかないという。ガーン!!! 右手の親指が付根の関節のところでガクンと衝撃を受ける。痛くて物が持てない。もちろんピアノも弾けない。細幅鍵盤ピアノ7/8サイズ・キーボードが浜松の工場から戻ってきたら、大いにデモ演奏を録画しようと、難曲の練習を続けてきたのに。むかしレオニード・クロイツァーが細幅鍵盤ピアノを激賞したのに、某音大のピアノ科主任教授

  • 人類の4分の3が排除されています。

    私(kurze finger)の右手は親指から小指まで20,5㎝あります。このスパンは日本人の中でも小さい方でしょう。何らかの統計を捜して見つからないので、日本音楽教育学会に問い合わせました。すると、無いらしいのです。事務局から「ご希望に添えるようなご返答を差し上げることができないとの事でございます」という丁寧な返信をいただきました。「音楽教育学会」ですよ。それが日本人の手のデータをもっていないというのには驚きました。オーストラリアの成人男女のスパンを計測した

  • 細幅鍵盤ピアノが届きました! しかし・・・

    昨年6月に発注した細幅鍵盤ピアノ(シュタインビューラー社のDS5.5のキーボードを装着したWalter社のピアノ)が、やっと今年1月に到着しました。たしかに鍵盤の幅は狭く、これまで弾きにくかった曲を弾くことはできます。このピアノは現在(2019年2月)浜松の某ピアノ工場にあります。補正と調整のためです。(たんなる個人的感想です――ブラタモリ式に)残念ながら、私としてはこのピアノを直輸入することをお勧めしません。(詳細は省略します。興味のある方はお問合せください。)

  • アップライト・ピアノのビビリ音(共鳴ノイズ)が止まりました。

    やっと止まりました。ほぼ40年前から悩んでいた、アップライト・ピアノのビビリ音です。日によって違い、ドであったりソであったり。その都度前屋根にフェルトを噛ませたり、鍵盤蓋に布を挟んだりして、それでもビビリ音は止まりませんでした。中古ピアノだから仕方ないのかな、と諦めていました。それでも数日前にあれこれ調べてみたら、上前板を外すとノイズが出ないことを発見。親板の、上前板と接触する部分に絆創膏(サージカルテープ、メッシュ不織布)を貼ったところ、ピタリとビビリ音(共鳴ノイズ)が止ま

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