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未だに幾つかのネット上の記述では、道元禅師の実父を「源通親(1202年死去)」であるとしたい場合が多いのか、通親の次男である源通具(1227年死去)については、道元禅師の「兄弟」のように書かれる場合がある。だが、道元禅師の実父は「源通具」であると考えている。それは、まず「通親」説の最大の問題は、道元禅師の古伝に於いて、母の死(道元禅師8歳の時)は触れるのに、「父の死(もし、通親であれば道元禅師3歳の時でなくてはならない)」については触れない。なお、15世紀まで下るが、まだ伝記としては古い方である『建撕記』では、道元禅師が出家を願う場面に於いて、親戚筋の良顕法眼が、「親父・猶父が怒るのではないか?」と諭すが、ここで「親父」と出て来てしまうため、「父親」が健在であった印象を抱く。なお、そういう立場の人は、道元...道元禅師の「育父」の話(令和5年度版「父の日」)
令和4年12月23日(金) 【旧 一二月一日 赤口】・冬至・乃東生(なつかれくさしょうず)花はまだつぼむ枝かとほのみえて梅初月《うめはつづき》の心色めく ~顕昭 『蔵玉集』花はまだ咲かぬが蕾のついた枝のようにかすかに見えて梅初月は心がときめくものだ。Photo:年末の雪