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2024年10月26日 ほのぼのとした夢でした。 この夢に出てきた友人とか息子とかは全く知らない人で、夢の中だけの人です。 以前にも書きましたが、私は子供というのがちょっと苦手で、この夢のように子供に接近したり気軽に話しかける・・・なんて事はまずやりません。 子供が嫌い・・・という訳でもないのですが、なぜか子供は避けてしまいます。特に思春期の子供は苦手で、声変わりしている男の子の声を聞いただけで寒気が...
室町時代、会津守護職の葦名盛久が霊泉の沸くこの地に別荘を建てたのが始まりで、江戸幕府直轄や諸藩の薬園があり、どちらもお殿様の薬園ということでおやくえんという呼び名がついたともいわれ、代々の会津松平藩主は、薬草園の整備、朝鮮人参の栽培奨励と海外貿易など、ここ御薬園を舞台に会津文化を花開かせました。1982年昭和天皇の弟 宮秩父宮雍仁親王殿下と、松平恒雄の長女松平節子姫とのご婚約が成立し、節子姫を歓迎する...
鎌倉・室町が舞台のおすすめ時代小説 歴史ドラマや映画の予習にも
武家政権が始まった鎌倉以降の様子を知っていれば、その後の時代を舞台にした小説を読むときに、より面白く感じるはずです。ちょっぴり地味で敬遠されがち(?)な鎌倉・室町時代を面白く学べる、おすすめの小説を紹介します。
時代が進むにつれて忘れがちな日本史の文化は、時代背景と関連付けながら学ぶと忘れにくい!鎌倉・室町・安土桃山時代の文化を年表を見ながら覚えられるようまとめています。
室町時代の初期と後半にあたる南北朝時代・戦国時代について、『期間』『関わった人物』『起こった理由』などのポイントを年表を見ながら押さえていきます。視覚からも情報をインプットすると、時代の流れをしっかりつかめて覚えやすい!
どうにも区切りが悪いのですが、前回筑後川の戦いまで書いてたので、その後をちょろっと書いておきます。 筑後川の戦い以来、九州で菊池氏をはじめとする一勢力を保持していた懐良親王は、1351年に大宰府を攻略。以後、大宰府を征西府とします。観応の擾乱・武蔵野合戦・八幡の戦いで機内と関東以北は一応大人しくなり、南朝の最大勢力は九州にいる彼等たちとなっていました。 京都で北山文化が花開くまでもう少しという1372年。当時14歳の征夷大将軍足利義満は、九州探題として今川貞世、大内義弘を派遣します。(実際は管領として将軍を補佐していた細川頼之の指示らしいですけどね。)早速、九州探題は早速南朝討伐に乗り出し、就…
岡山県勝央町の小池谷〈こいけだに〉遺跡は、黒土〈くろつち〉地区を南に見下ろす標高120mの丘の上にあります。この丘の先端で、長さ10m、幅6mの長方形に土を…
室町時代と安土桃山時代に日本で発生した主な地震についてまとめました。 正平(康安)東海地震、正平(康安)南海地震、明応東海地震といった南海トラフ地震や、天正地震、慶長伏見地震といった内陸直下型地震が大きな被害を与えました。
平成23年9月3日に日本を襲った台風12号は、世界文化遺産に登録されている和歌山県の熊野古道に大きな爪痕を残しました。今から900年前、平安貴族たちがこの道…
今日の京都検定:東山殿(銀閣)を造立した、室町幕府八代将軍は誰?
ペッチー 今日の京都検定の問題について解説するよ! 京都検定3級合格を目指して、京都について勉強をしています。
京都国立博物館で開かれている「雪舟伝説」には行きたいと思っていた。雪舟の国宝に指定されている6点すべて展示されている。これだけでも見たいと思うではないか。いつものように招待券をもらったので喜んで行って来た。京都国立博物館https://www.kyohaku.go.jp/jp/特別展雪舟伝説―「画聖(カリスマ)」の誕生―https://www.kyohaku.go.jp/jp/exhibitions/special/sesshu_2024/会期2024(令和6)年4月13日(土)~5月26日(日)[主な展示替]前期展示:2024年4月13日(土)~5月6日(月・休)後期展示:2024年5月8日(水)~5月26日(日)公式サイトhttps://sesshu2024.exhn.jp/guide/今回、博物館ま...「雪舟伝説」展
勝央町黒土〈くろつち〉と美作市上相〈かみや〉の境を東西に走る道路は、江戸時代、津山藩によって整備された出雲街道にあたります。現在、その脇で発掘調査を行なって…
足利義満がしたことは何?金閣寺建立など知っておきたい5つの重要な事柄
金閣寺の建立をしたのは室町時代の3代将軍・足利義満。室町時代の政治・経済・文化の最盛期を築きあげた人です。義満が室町幕府の実質的な支配者として権勢を振るうために他にしたこととはなんでしょうか。この記事では金閣寺の建立以外にも義満が行った政治の安定、南北朝の統一、明との貿易、建築美術への貢献、そして文学・芸術とのかかわりについて書いています。
岡山県北部の津山市から鳥取県に通じる国道179号線を北上すると、奥津町(現鏡野町)に入ったあたりで濃い山影を水面に映す湖が見えてきます。中国山地を流れる吉井…
スポニチ Sponichi Annex「どうする家康」最終回 難役・語り&春日局 寺島しのぶ“
にほんブログ村にほんブログ村 「どうする家康」見逃し配信では歴代最高視聴数に NHK発表17日に最終回が放送されたNHK大河ドラマ「どうする家康」について…
日本史の「時代区分」をよくよく眺めて見ると、結構入り組んだ構成になっている ことに気が付きます。 考えてみれば、社会の複雑な変遷や経緯をそれなりの根拠に基づいて括りまとめる 作業ですから、そこにデジタル的明確さを求めることは意外に困難なことなのかも しれません。 Wikip...
京都五花街 上七軒を歩く。京都最古、室町時代から続く第一の遊里を歩く。
紋章は五つ団子。歴史古く、格式高い花街 上七軒(かみしちけん)界隈をそぞろ歩き。 上七軒の舞妓さん(上七軒ビアガーデン) 上七軒の舞妓さん 上七軒 案内板 上七軒通(上七軒の街並み/北野天満宮東参道) 上七軒の路地 上七軒の街角 令和5年(2023年)7月18日 村内伸弘撮...
「国立国会図書館デジタルコレクション」のリニューアルを受けて(その4・「鵠沼」の「よみ」⑴)
昨年12月21日にリニューアルされた「国立国会図書館デジタルコレクション」(以下「デジタルコレクション」)の全文検索を使って、「その1」、「その2」と2本記事を書きました。それらに引き続いて、当初は今回の記事を「その3」として公開する予定だったのですが、調査すべき分量の多さから「その3」には先に「箱根の蕎麦」を題材にして出しました。しかしそれでも難航し、他の話題の記事をアップしながらこちらの記事も並行...
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【清和源氏】編『新田一族』章「山名氏」節 07.山名宗全・弐
その後、赤松氏と山名氏による東播磨を巡る、戦いが、続くことになる。 畠山持国には、嫡子がいなかったため、弟の持富を後継者としていたが、1448年(文安五年)…
【清和源氏】編『新田一族』章「山名氏」節 06.山名宗全・壱
山名時熙には、満時、持熙、持豊の三人の息子がいた。 前述の通り、長男の山名満時は、父に先立ち、死去した。 1428年(応永三十五年)、山名時熙は、重病になる…
山名時熙は、山名義時の長男で、父の義時の死後、山名氏の惣領の座に就いた。 しかし、父の山名義時は、山名時氏の五男であったため、長男の師義の息子達、即ち、嫡流…
しかし見事な城跡だったな~! 室町時代でこの敷地面積は凄い。 感動した。 当時としてはかなりの? 大規模な城だったと思う。 城が大きくなったのは、 江戸からですからね。 里見氏は他より100年も前から、 時代を先取りしてたんだな。 今で言ったら何だろう? 政治にいち早くメタバースを導入! みたいな?w 無念な死を遂げた、 正木殿にもご挨拶。 横穴式の墓があるということは、 ここには古墳時代から人がいた? そこを里見氏が整備して城に? それとも室町時代のもの? 城道の竹も見事よ。 風で軋む音が切ない。 若竹に日差しが入り、 幻想的になっていた。 南側のこの風景は、 義豊が居た当時と、 まったく変…
【清和源氏】編『新田一族』章「山名氏」節 03. 続・山名時氏
山名時氏は、出雲国へ進攻し、6月には、南朝方の楠木正儀等と共に足利義詮を追って、京を占領するが、7月には、奪還される。 時氏は、領国に撤退後、尊氏の庶子で、…
【松原市若林】室町時代は畠山家対三好家の戦場だった『若林神社』
前回に引き続き松原市の神社をご紹介します。大和川付近の若林という地域に鎮座しているのが『若林神社』です。前回載せた深居神社からは徒歩5分程のところにあります。若林神社は1331年~35年頃に深居神社から分霊されました。深居神社は当時周辺5地域の氏神様だったようで
~自分は歴史にはとんと疎くて、実は室町時代と鎌倉時代のどちらが 先なのかも、よく分かっていない~詳しいことは忘れてしまったが、昔の小説に、こう語る自称・歴史オンチが登場していたような記憶がある。ままあり得ないことでもないのだろうが、この手に倣った「分から
楽しい日本史 -武士による支配- 17.室町幕府 3代将軍足利義満の南北朝統一と政治の仕組みの整備
室町幕府の3代将軍足利義満が南北朝を統一し、政治の仕組みを整えていく。このころに北山文化が盛んになる。結局、足
遊び、学べる歴史公園「築山跡史跡公園」 今回は、山口県山口市にある西国一の御屋形様、大内氏の築山跡(つきやまあと)を公園にした「築山跡史跡公園」をお届けします。 築山跡は、大内教弘の隠居後の屋敷地
京都左京区の銀閣寺・・・足利義正が造営した東山文化の代表的な銀閣寺室町時代8代将軍足利義正の時代です。比叡山延暦寺の敷地を徴用し、各寺から名石や、世間は疫病が蔓延している中での造営等、政治家・将軍としての責務経過はさて置いといて、この時代の室町文化・東山文化は今の日本の文化の基本的な要素を形作っていると言われています。その中心が銀閣寺・・・その中でも東求堂はとても大事な場所です。
本日、「月刊・歴史チップス」2022年4月号隆景味(通算246号)、「不惜身命!背水一戦! 忠臣・田坂全慶の抵抗!! ~ 元祖三本の矢・毛利元就の小早川家乗っ取り!!」 誤記や乱文の修正やリンクの追加などは追々行います。●歴史チップス●...