地誌のはざまに
住所
神奈川県
出身
東京都
ハンドル名
kanageohis1964さん
ブログタイトル
地誌のはざまに
ブログURL
https://kanageohis1964.blog.fc2.com/
ブログ紹介文
神奈川県を中心に、また江戸時代前後を中心に、その地誌を掘り返して話題を取り上げていく予定です。
自由文
関連する自作、他作の動画なども取り上げます。
更新頻度(1年)

17回 / 356日(平均0.3回/週)

ブログ村参加:2012/08/31

kanageohis1964さんの人気ランキング

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kanageohis1964さんのブログ記事

1件〜30件

  • 「石上の渡し→山本橋の記録:小川泰堂「四歳日録」より」補足

    先日の記事の追記で、服部清道氏が山本橋の橋銭を「3文」と記述している文献を引用しました。その際にはまだ服部氏が何を典拠にしているのかわかっていなかったのですが、その後その典拠が見つかりましたので、補足として改めて記事を起こすことにしました。典拠は「現代の藤沢」(加藤徳右衛門著 昭和8年・1933年)という、昭和初期に藤沢町の町会議員を務めていた人物の手による地誌です。ひとりの著者の手による地誌としては...

  • 小川泰堂「四歳日録」の地名表記の問題:石神(石上)、鵠沼(くゝいぬま)

    前回の記事で、小川泰堂の「四歳日録」(以下「日記」)中に記録された、「石上の渡し」の「山本橋」への切り替えの経緯について、課題と思われる点を幾つか挙げました。その際に泰堂の地名の表記についても挙げようと考えたのですが、文量が多くなりそうなのと、「石上の渡し」の話題からはやや逸れることから、前回の話題からは外しました。今回はこの地名表記の問題に関してまとめてみたいと思います。まず、「日記」の該当箇所...

  • 短信:ついに「ルートラボ」「うごけ!道案内」の終了が発表されてしまいました

    前回の記事の追記で既にお知らせしましたが、「ルートラボ」や「うごけ!道案内」等のサービスを提供していた「LatLongLab」が、来年3月末で終了することが発表されてしまいました。LatLongLab サービス終了のお知らせ「ルートラボ」も「うごけ!道案内」もこのブログでは少なからず地図やプレゼンの作成で活用していましたので、これらのサービスがなくなってしまうのは大変に痛いことです。このうち「ルートラボ」については、2...

  • 石上の渡し→山本橋の記録:小川泰堂「四歳日録」より

    前々回の記事と前回の記事で、石上の渡しにまつわる私の過去の記事を再掲しました。その際、石上の渡しや山本橋についてはその後新たな情報を得ていないということを書いたのですが、その直後に別件で分析を始めた資料の中で、偶然石上の渡しから山本橋に切り替えられた頃の記録を見つけました。今回はその記録についてまとめることにしました。今回調査している資料はこちらです。藤沢市史料集(二十二) 小川泰堂「四歳日録」(...

  • 【過去記事再掲】石上の渡しについて(その2)

    前回に引き続き、今回も閉鎖した以前のブログから、「石上の渡し」について私なりに調べてまとめた記事を再掲します。2011年に5回に分けて公開したもののうち、残りの2回です。当時はGoogleブックスで検索してヒットした文献へのリンクを含んでいましたが、今回確認したところ表示出来なくなっていたため、その箇所は書き改めています。石上の渡しについてはこの記事以降に得た情報が乏しく、現在も当時と私の見解が殆ど変わって...

  • 【過去記事再掲】石上の渡しについて(その1)

    前回の記事を受けて「神奈川県植物誌」の引用をまとめて掲載する予定でしたが、まだ全然作業が進まないまま1ヶ月が過ぎてしまいました。間を繋ぐため、今回は私が閉鎖したブログで公開していた過去の記事を再掲することにしました。江島道の途上にあった「石上の渡し」について、私なりに調べたものをまとめたものです。「地誌のはざまに」で江島道を一通り取り上げた際には、この時の記事の中から一部をダイジェストしました。そ...

  • 「神奈川県植物誌2018 電子版」の発行と、当ブログでの過去の引用箇所との照合(その1)

    かねてより、「神奈川県植物誌」の改訂版の編集が行われていることを、3年ほど前の記事の中で余談の形で紹介したことがありました。2018年度内に発行する目標が当初から掲げられていましたが、ほぼ予定通りに完了し、昨年11月8日からまず電子版から公開が始まりました。『神奈川県植物誌2018 電子版』公開ページ(以下「神植2018」)電子版は1800ページを超える大冊であるにも拘らず、全編が1本のPDFに収められており、ファイル...

  • 松浦武四郎「東海道山すじ日記」から(その2補足)

    昨年の5月の「その1」から11月の「まとめ」まで、松浦武四郎の「東海道山すじ日記」(以下「日記」)の神奈川県域内の区間について、私なりの分析を試みました。その際には冨山房から出版された武四郎の紀行集(吉田武三編、1975 & 77年)に依拠しており、他の翻刻や影印には当たることは出来ませんでした。特に「その2」では「窪田」と表記されている地名が「荏田」の誤記または翻刻ミスではないかと書きましたが、影印を見て...

  • 短信:【江島道】大源太公園付近のストリートビューが一部更新されました

    一昨年の3月頃、大源太公園敷地内に江島弁財天道標が移設されたことを短信で紹介しました。その時点ではまだGoogleマップのストリートビューには反映されていませんでしたので、更新されたのを確認次第追記する旨予告していました。先日久々に同地のストリートビューを確認したところ、一部ですが更新されているのを見つけました。公園の植樹の根元に小さなスペースを確保して、そこに石段を設けているのが確認出来ます。Googleマ...

  • 短信:国立国会図書館のDOI(Digital Object Identifier)対応について

    先日、国立国会図書館よりDOI(Digital Object Identifier)対応についてのプレスリリースが公開されました。国立国会図書館がデジタル化した資料(図書、雑誌、官報、憲政資料、脚本、手稿譜)にDOI(ディ・オー・アイ)を付与しまし た(付・プレスリリース)https://t.co/5musrzLz3s— 国立国会図書館 NDL (@NDLJP) February 4, 2019 「DOI」について、プレスリリース(リンク先PDF)では次の様に説明されています。コン...

  • 【図録紹介】「絵図でめぐる川崎—失われた景観をさぐる」(川崎市市民ミュージアム)

    前回、平塚市博物館で2017年に催された特別展「ひらつかの村絵図を読む」(以下「ひらつか」)の図録を紹介しました。その中で、神奈川県内の村絵図類をまとめた出版物の一例として、川崎市の「絵図でめぐる川崎-失われた景観をさぐる-」(2010年、以下「川崎」)を挙げました。このブログでは主に江戸時代の相模国域のことを取り上げて来ているため、武蔵国(主に橘樹郡)に属していた川崎市域を取り上げる機会は多くありません...

  • 【図録紹介】「ひらつかの村絵図を読む」(平塚市博物館)

    今年も相変わらず思う様に活動出来ない中、最寄りの図書館で入手出来る資料の範囲で記事を書いてきました。県内各地の博物館などで興味深い催し物が色々と行われていることは折に触れて情報を得ていましたが、何れも出掛けることは叶わずにいます。そうした中で、昨年秋に平塚市博物館 で興味深い特別展が催されていたことを、つい最近になって知りました。2017年度秋期特別展 ひらつかの村絵図を読む(2017年10月21日〜12月17日...

  • 松浦武四郎「東海道山すじ日記」から(まとめ)

    前回までで、松浦武四郎の明治2年(1869年)の紀行文「東海道山すじ日記」(以下「日記」)の、足柄峠までの記述を一通り見て来ました。該当記事の一覧を改めて掲げます。その1:多摩川、相模川、酒匂川の渡し場の様子についてその2:道中の継立の利用について/善波での継立について/世田谷〜長津田の継通しについてその3:武州鶴間と相州鶴間での継立についてその4:国分での継立についてその5:厚木〜愛甲間の道筋につい...

  • 【道中記・紀行文】にまつわる記事一覧

    各種の道中記・紀行文に基づいて書いた記事がかなり溜まってきたので、それらの記事を俯瞰してアクセス出来るような一覧を作っておこうと思い立ちました。ここでは、あくまでも個々の道中記・紀行文を軸にして組み立てた記事のみを一覧に含めました。それ以外にも記事中で道中記や紀行文を引用したものは多数あるのですが、煩雑でわかりにくくなりそうなので割愛しました。これら引用が含まれる記事へのアクセスを考え、道中記や紀...

  • 松浦武四郎「東海道山すじ日記」から(その7)

    前回に引き続き、松浦武四郎の明治2年(1869年)の紀行文「東海道山すじ日記」(以下「日記」、引用は何れも「松浦武四郎紀行集 上」 吉田武三編 1975年 冨山房より)を取り上げます。今回で相模国域の解説を終えたいと思います。その1で見た通り、十文字の渡しを渡った先で近道を経由した武四郎一行は、次に関本(現:南足柄市関本)で荷物を継いでいます。前回見た通り「峰通り」という抜け道も存在しましたが、今回は少な...

  • 松浦武四郎「東海道山すじ日記」から(その6)

    前回は以前作成した地図などの修正を行いましたが、それは松浦武四郎の紀行文「東海道山すじ日記」(明治2年・1869年、以下「日記」、引用は何れも「松浦武四郎紀行集 上」 吉田武三編 1975年 冨山房より)の先日の続きを取り上げる際に、これらの修正箇所が影響するからです。今回は善波峠以西の区間を取り上げます。善波峠を越えた武四郎一行は、その先で十日市場(現:秦野市本町・元町等、「本町四ツ角」交差点周辺)と千...

  • 「【史料集】『新編相模国風土記稿』足柄上郡各村の街道上の位置」その他の修正について

    前回に引き続いて、松浦武四郎の明治2年(1869年)の紀行文「東海道山すじ日記」(以下「日記」)を取り上げる予定でしたが、その前に以前まとめた記事の修正を済ませておいた方が良いと思い立ちました。件の記事では「新編相模国風土記稿」(以下「風土記稿」)の各村の街道の記事を一覧にまとめ、それらの街道の位置を推定した地図を添えましたが、その中で矢倉沢往還の足柄上郡の部分に一部修正を加える必要があり、説明が長く...