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現在の曹洞宗の宗典になっている『修証義』の思想構造について考えてみると、いわゆる「四大綱領」を基本にしていることは明らかだが、「四大綱領」を考えた大内青巒居士の見解を参照すると、大事なのは「受戒入位」と「行持報恩」になる。そして、これは以前、別の文章でも書いたことがあるのだが、青巒居士がこの2つを基本に据えたのは、「四恩十善」という考えが元になっているとされる。「四恩十善」については、青巒居士が主体的に関わった明治時代初期の仏教結社であった和敬会や明道協会などで重視された。そして、この記事で見ておきたいのはこの原典であり、本来ならばどういう文脈で語られたものなのか?ということである。然るに、「四恩十善」というのは、伝統的な文脈に存在しているのだろうか?その辺について見ておきたい。ところで、青巒居士は浄土宗...「四恩十善」にかかる雑考
今日3月9日は、語呂合わせで「サンキューの日」、転じて「ありがとうの日」である。「ありがたい」という気持ちがあれば、自ずとそれは我々にとって貴重な想いを抱かせ、感謝や尊敬の念を生むものである。ところで、曹洞宗の『修証義』、つまり「四大綱領」には「行持報恩」という項目がある。行持を行うことで、報恩となることだが、『修証義』では、次のような故事をもって報恩の重要性を明らかにしている。・利行というは貴賎の衆生に於きて利益の善巧を廻らすなり、窮亀を見病雀を見しとき、彼が報謝を求めず、唯単えに利行に催おさるるなり。「第四章・発願利生」・病雀尚お恩を忘れず三府の環能く報謝あり、窮亀尚お恩を忘れず、余不の印能く報謝あり、畜類尚お恩を報ず、人類争か恩を知らざらん。「第五章・行持報恩」これらに共通するのは、「病雀三府環」「...今日3月9日は「ありがとうの日」(令和6年版)
※修証義しゅしょうぎ曹洞宗の信仰指導書の一。1890年(明治23年)成立。道元の「正法眼蔵しようぼうげんぞう」より文章を選び、五章三一節に整理したもの。(大辞林) (修証義 総序)冒頭の言葉を引用させて頂きます。生を明らめ 死を明きらむるは 仏家一大事
我々が檀信徒法要などで主に読誦する場合が多い『修証義』について、以下のような文脈がある。彼の三時の悪業報必ず感ずべしと雖も、懺悔するが如きは重きを転じて軽受せしむ、又滅罪清浄ならしむるなり。「第二章懺悔滅罪」今日問題にしたいのは、この「軽受」の読み方である。我々が習った読み方だとこれは「きょうじゅ」と読むべきだということであった。ところが、近年、同語を「けいじゅ」と読む人が増えてきているように思う。これはどういうことなのだろうか?そこで、何が正しい読み方なのかを、調べてみることにした。まず、宗門の公式見解、要するに、出版部で出している経本の読み方をチェックしてみようと思う。まずは、『曹洞宗日課勤行聖典』や、檀信徒に配布する場合が多い『洋本修証義』では、みな「きょうじゅ」とルビが振られている。流石にこのルビ...「軽受」の読み方について