メインカテゴリーを選択しなおす
これは、以前にアップした【「総相戒」の話】と対をなす記事である。『大智度論』では、「尸羅波羅蜜」を「十善道(十善戒)」だと位置付けているが、その理由を考えると、「総相戒」と「旧戒」が該当するように考えられるためである。そこで、今回は「旧戒」を学んでみたい。十善道、旧戒と為し、余の律儀を客と為す。復た次に、若し仏、好世に出れば、則ち此の戒律無し。釈迦文仏の如きは、悪世に在ると雖も、十二年中、亦た此の戒無し、是を以ての故に、是れ客なるを知る。復た次に、二種戒有り。有仏の時、或いは有、或いは無なり。十善、有仏・無仏、常に有り。復た次に、戒律中の戒、復た細微なりと雖も、懺すれば則ち清浄なり。十善戒を犯せば、復た懺悔すると雖も、三悪道の罪、除かず。比丘の畜生を殺すが如きは、復た悔を得ると雖も、罪報、猶お除かず。『大...「旧戒」の話