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『宝慶記』は、道元禅師が中国で天童如浄禅師から受けた教えをまとめた文献だとされるが、その中に「沙弥」と「比丘」に関する話題が見られる。伝統的には非常に有名な一節なのだが、拙僧自身一度この辺を考えておきたいと思ったので、まとめておきたい。それで、『宝慶記』の問答の数え方は様々だが、とりあえず今回見ておきたいのは「第43問答」である。堂頭和尚慈誨して云く。薬山の高沙弥は、比丘の具足戒を受けざりしも、また、仏祖正伝の仏戒を受けざりしにはあらざるなり。然れども僧伽梨衣を搭け、鉢多羅器を持したり。是れ菩薩沙弥なり。排列の時、菩薩戒の臘に依って、沙弥戒の臘に依らざるなり。これ乃ち正伝の稟受なり。你に求法の志操あること、吾の懽喜する所なり。洞宗の託するところは、你、乃ち是れなり。さて、こちらの内容を素直に読むと、天童如...『宝慶記』に於ける「沙弥」と「比丘」の話題について
7月2日は、道元禅師が本師・天童如浄禅師から学んだことを記録した『宝慶記』と学ぶ日としている。理由は、以下の通りである。宝慶元年七月初二日、方丈に参ず。『宝慶記』つまり、道元禅師が初めて如浄禅師に参じたのがこの日だったといえるため(本当は、暦が新旧で違うので、変換が必要)その一節に、「菩薩戒序」の話が出ているので、今日はそれを見ておきたい。身心悩乱する時は、直に須く菩薩戒の序を黯誦すべし。問うて云く、菩薩戒とは何ぞや。和尚示して曰く、今、隆禅の誦する所の戒の序なり。『宝慶記』第5問答ここで如浄禅師が仰っているのは、坐禅などの時に身心が悩乱した時に、「菩薩戒序」を読むと良いという話をしているのである。そこで、この場合の「菩薩戒」とは何か?という道元禅師の質問に対し、隆禅和尚が誦する「菩薩戒序」のことだと教示...『宝慶記』に見える「菩薩戒序」の話
今日採り上げるのは、道元禅師が本師・如浄禅師から受けた慈誨を集められた『宝慶記』である。同書の冒頭は、道元禅師が如浄禅師に対して質問などをして良いかどうかを確かめるものであり、その後、「宝慶元年七月初二日方丈に参ず」とあって、宝慶元年(1225)7月2日から、如浄禅師に個人的に参学できる立場になったことを意味している。この件について、道元禅師は後に、以下のようにも表現されている。われなにのさいはひありてか、遠方外国の種子なりといへども、掛搭をゆるさるるのみにあらず、ほしきままに堂奥に出入して、尊儀を礼拝し、法道をきく。愚暗なりといへども、むなしかるべからざる結良縁なり。『正法眼蔵』「梅華」巻現地で見聞された様子を伝えて、中国で生まれ、仏道を学んでいる者の中にも、如浄禅師の室内に入って教えを聞くことが出来な...宝慶元年七月初二日方丈に参ず
あぁ、なんか気になる文章があったので、検討してみたい。堂頭和尚―胡―つこと、胡椒のこと、老人になつて、血気のうすうなつたものは、食してよし、若輩なものは、食ふと熱がでる、そうすると、天然と五臓が不和合になる、前の橄欖・茘枝の下につづき走なもの、下書ゆへに前後がある、面山瑞方禅師『宝慶記聞解』坤巻(明治11年版)11丁表、カナをかなにするなど見易く改めるいきなり???となったのだが、面山禅師は『宝慶記』に「胡椒」に関する説示があるとするのだが、最近用いられる懐奘禅師書写本や宝慶寺本由来の翻刻からすれば、一般的な『宝慶記』のテキストには見当たらないことになる。なお、上記一節については、おそらく以下の一節についての提唱だと思われる。堂頭和尚慈誨して曰く、功夫弁道坐禅の時、胡菰を喫すること莫れ。胡菰、発熱するなり...禅僧、胡椒オッケーです