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以前アップした【「三蔵」概念の成立について】の続きのような記事なのだが、その記事を書いた時には調べなかった一節があるので、紹介しつつ、リンク先の記事を補完しておきたい。なお、リンク先の記事では、『大智度論』を引用しつつ、「修多羅」について、『阿含経』と「大乗経典」に加えて、「二百五十戒、是の如き等を、名づけて修多羅と為す」としており、何故か、本来は「律蔵」に係る文献も含めていたことに、違和感を感じていたのである。そうしたら、その辺のことが同じ『大智度論』に書いてあったので、確認しておきたい。先説す、「尽く十方諸仏の説く所の法を聞かんと欲する者は、当に般若波羅蜜を学すべし」と。説く所の法とは、即ち此れ十二部経なり。諸経中、直に説くものは、修多羅と名づく。いわゆる四阿含、諸摩訶衍経、及び二百五十戒経なり。三蔵...『二百五十戒経』の話