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No Room For Squares ! https://blog.goo.ne.jp/6x6_2008

レンズという窓を通じて見えるもの。あるいは見えざるもの。

写真自体そのものよりも、寧ろそこから喚起される「もの」に意味があると考えています。全てのものは消え去っていきます。それでも、この儚い時間を、ほんのひと時だけでも繋ぎ止めてみようと思います。 ※機材紹介ブログではありません。撮影した写真を掲載するブログです。

6X6
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住所
秋田県
出身
静岡県
ブログ村参加

2008/06/13

1件〜100件

  • 小さな紫陽花くらいで良い

    裏庭の紫陽花は何種類かあるようだが、ガクアジサイが咲くのは来月になってからだと思う。この紫陽花は別のもので、種類は分からない。妙に小さいところが良いなと思った。話は変わる。6月は忙しい。予定がギッシリと詰まり、もう嫌になって放棄したものもある。田舎在住なので、各種団体などにも参加せざるを得ず、総会やら懇親会やら会合やらも多い。僕はいつまでたっても成熟した大人になれない。公的な仕事には全く興味はなく、自分の時間が削られるとストレスになる。田舎のオヂサンは皆退屈していて、色々な「会」で用事を作ったり、酒飲みの機会を設けたり、それ自体を楽しみにしている人が多い。僕はといえば、お陰様でやりたいことには事欠かないので、それらを可能な限り退避する。そんなに欲張らないで、この小さな紫陽花くらいで良いではないかと思う。X...小さな紫陽花くらいで良い

  • 季節は急激に変わる

    北東北では大体6月初旬、場合によっては中旬くらいまでは、朝晩は結構冷える。ストーブだって普通に使う。僕が育った静岡県では、暖房機器(主に炬燵、石油ストーブもある)は、12月に入らないと使ってはいけないし、3月に入ったら片付けないといけない。だから4月以降にストーブを使う事に対し、当初は罪悪感が消えなかった。今は良い。6月に入ってもストーブは使う。問題は6月の中旬以降は急激に暑くなることだ。具体例でいえば、6月12日に寒いからストーブを点ける、6月21日には暑いからエアコンを点ける。そういうことだ。6月1日の衣替え時期は寒くて半袖なんか論外で、パーカーとかカーディガン的な上着を羽織らないといけない。それが6月15日からは暑くてTシャツ一枚になる。つまりは中間期(過渡期)がないのである。服装も極論を言えば、真...季節は急激に変わる

  • 本当にあった嘘みたいな話〜かっぱ小路にカフェができた

    秋田川反の「かっぱ小路」。骨の髄まで昭和が染み込んだバラック飲屋街である。ここで閉店する店舗はあれど、新たに開店する店舗など存在しない。誰もがそう思う。ありそうにないことが起こるのは世の常だ。昨年の10月にカフェがオープンした。小路のどんつきの建物(しばらく誰も使っていなかった)を、別の店舗の経営者が譲り受けた。以前は崩壊寸前の建物に見えた。だが実はそこは、かつて料亭だった建物であり、内部は立派な土蔵だったという。それを改装してオープンしたのである。僕が川反に行くのは日曜日なので、カフェの定休日だ。一度だけ営業していたことがあったが、貸し切り営業だった。かっぱ小路にカフェ、何ともいえない違和感だ。そんなわけで、かっぱ小路通の僕としては気になって仕方がない場所だった。今回、店としては休業日だったが、店のメン...本当にあった嘘みたいな話〜かっぱ小路にカフェができた

  • 思いがけぬボツからの復活

    かの森山大道氏いわく、「デジタルだからといって写真を捨てたりしない」。自分でボツだと思っていても、後から「意外と良いじゃない」と思うこともあれば、他の人の眼でみればそんなに悪くない可能性もある、と。それは森山大道さんであれば成り立つ話で、僕レベルの「ボツ」は「ボツ」、正直そう思えてしまう。先週は諸般の事情で外出できなかった。今回の写真はそれ故、ボツから本篇に昇格した。巨大土偶の駅の写真を掲載した「木造(きづくり)町」のものである。こう見ると、そもそものレベルは別にして、他の僕の写真と大して変わらない。同じような写真ばかり続くことに、自分で辟易して没にしたのだろう。X-PRO3/XF23㎜F1.4R思いがけぬボツからの復活

  • 微妙なバランス

    厄年ではないけど、今年は次々に厄難が襲い掛かる。思えば、昨年末に凍結路で転倒し、左肩を痛打した。今だに痛みが残る。そして3月の下駄骨折。ほぼ3ヶ月半が経過し、全治の目処の時期となった。自己リハビリも必死にやったし、スポーツ整体のようなところでトレーニングもした。身体というものは微妙なバランスで成り立っているもので、悪ければ悪いなりのバランスがある。僕は頑張り過ぎた代償として、別の異変が生じた。いわば第三の矢であり、意味当初の骨折より重症となった。愕然としているが、世の中には、もっと大変な病気に直面している方も大勢いる。今回は自分の病気の話題は徹底的に避けて、素知らぬ顔をしようと思う。さて。写真はJR秋田駅前の喫茶店の照明である。近くに行けば毎回撮っている。当面は、こんな写真とストック写真でやりくりしたいと...微妙なバランス

  • 食堂記憶遺産〜妄想する時間

    廃業してしまった食堂。残った建物は撮影することができる。往時の写真を持っている人もいるだろう。だが世の中がどれだけ進歩しても、食べ物の味を記録(アーカイブ)することはできない。師から弟子へ、親から子へ、伝承されていく幸せな味は極めて少ない。大衆食堂の味などは、写真や思い出話から、その味を知る人が思い起こすことしかできない。記録ではなく、記憶の中にしか存在しない味である。青森県つがる市(旧・木造町)で見つけた食堂は、真冬の雪のなかで見たかったと思う。吹雪で凍てつく真冬、この食堂は天国だったに違いない。僕だったら何を食べようか。熱燗も頼もうか。店の前で佇み、妄想に耽ける。X-PRO3/XF23mmF1.4R食堂記憶遺産〜妄想する時間

  • 猫と解像度について悩む

    ブログで写真を表示させると、多かれ少なかれ画質は劣化する。多くのブログサイトで言われている問題だ。それにしてもここ数年、GooBlogの画像の劣化は著しい。理由か分からないが、特にライカのモノクロ画像は激しく劣化する。何故??。元画像はシャープでも、アップロードするとピントが外れたようなモヤっとした写真になる。これではモチベーションが下がりまくりだ。家の猫も不満そうだ。アップロードの際の圧縮率を上げてみようかとも思うが、そういう問題でもないような気がする。最近はスマホでのアプリ閲覧を推奨するGooBlogさん。スマホ閲覧であれば、解像度問題は気にならないとは思う。だがパソコンでブログを書き、写真や画像をアップすることを楽しみにしている人が多いことも理解して欲しい。多分、有料会員(アドバンスとかフォト)の多...猫と解像度について悩む

  • 板柳温泉は消えたけど・・・

    とっくに青森の旅は終わり、僕の身体は戻ってきているが、写真の進行と僕の心はまだ青森にあった。青森市から帰路につく途中の寄り道、最後は板柳町だ。板柳に来るのは3回目。これははっきりしている。初めて来たのは2017年で、帯状疱疹を発症していた。だから激痛に耐えながら町を歩いた。何故そんな馬鹿な真似をしたかといえば、帯状疱疹にかかっているとは知らなかったからだ。それで翌年リベンジに訪れた。今回は、写真一枚目の「板柳温泉」に風呂に入りに来た。残念ながら廃業していた。町歩きを何年もしていると、こういう事がよくある。やはり、「いつか」は「いつか」のままで終わる。思い立ったら、即やらないと後悔することもある。改めて痛感した。青森シリーズの関連編もこれで終わりです。X-PRO3/XF23mmF1.4R板柳温泉は消えたけど・・・

  • 何故か懐かしさすら覚える鶴田の町

    青森県の鶴田町。調べてみたら僕が鶴田で写真を撮るのは、4回目のことだった。①2017年5月、②2018年2月、③2020年8月、そして今回の④2022年6月、である。③の時は体調が悪く、写真らしい写真は撮っていない。すると今回が実質3回目となる。とてもそうは思えないので(もっと来ている筈)、ブログに掲載していなくても、立ち寄って写真を撮ったことは他に1~2回はあると思う。備忘録として、今回のトピックを。1~2枚目の「鶴乃湯」で温泉入浴は断念した。この後に板柳町に寄り、板柳温泉に入る予定でいたからだ。3枚目、毎回この辺りで自転車が背後から「チリンチリン」と通過する。他の場所では全く見ないので不思議だ。4枚目、気になるので中身を見ておけば良かった。5枚目の建物は変わらなかった。6~7枚目、町には人の姿はなかっ...何故か懐かしさすら覚える鶴田の町

  • 青森編最終回・最後の第三振興街(終)〜惜別の刻

    青森の夜が明けた。もしかすると第三振興街は無くなっているのではないか、そんな想いで来た青森だった。僕の行動範囲内ではベストの光景を持つ飲屋街である。かつての栄華を見たことはないが、急速に衰退する姿は見てきた。今回は夕方の姿を撮り、夜の姿も撮った。これで思い残すことは・・・、ある。思い切りある。やはり夕方の光景は、光が強すぎてうまく撮れなかった。第三振興街の持つ、時が停まったような静かな佇まい。それを朝の光の下で撮りたくなった。僕は三度、ここに来た。希望したものが撮れたのかどうかは分からない。次に来たとき、もうこの飲屋街は存在しないかもしれない。それは別にここに限ったことではなく、全ての森羅万象も同様である。そのことに改めて気づいただけでも、三度も撮った価値はある。ここには時と共に消えた名もなき人々、彼らの...青森編最終回・最後の第三振興街(終)〜惜別の刻

  • いつだって青森の夜は・・・

    これは僕の独断なので間違っているかもしれないが、他の街、例えば新潟なんかだと美味しそうな店は地元の人で込み合っている。それがホームタウンの利なので仕方がない。でも青森の場合、いかにも美味しそうな店はガラガラに空いていて、どこにでもありそうな店とか、どうでも良さそうな店に限って地元の人で込んでいるような気がする。それは僕にとっては有り難いことでもあるので文句はない。ただ「あそこは良かった」と思い、数年後に再びそこに行くと、かなりの確率で店は存在していない。競争は厳しいのかもしれない。第三振興街に二度訪れる前後に、僕は二軒の店で食事をした。二軒とも晩酌セット的なものを頼んだ。どちらも判で押したように飲み物付きで1500円だった(飲み物は更に追加するけど)。そしてどちらも客は僕だけだった。安いうえに旨いのだが・...いつだって青森の夜は・・・

  • 最後の第三振興街②〜そこに赤い灯が点る

    まだ空には明るさが残る。時刻は19時30分頃だった。一応20時以降は立ち入らないようにと考えていた。杞憂だったようだ。見た限り営業しているのは、入り口にある赤提灯の店だけである。第三振興街には二つの通路(奥で繋がる)がある。赤提灯の店は大通り側に面し、その横にある狭い通路は通行禁止となっている。事実上の廃墟ゾーンだ。もう一つの通路は比較的状態が良いが、営業している店は見当たらない。誰も通らない通りの入口と出口、そこには「第三振興街」と描かれた看板がある。その看板は煌々と紅い明かりを灯していた。奥側には割と新しいトイレもある。照明も点灯していて使用できる状態にある。一体誰が管理して、誰が費用を分担しているのか疑問にもなる。20時になれば営業する店があるのだろうか。否、そんな気配は感じない。この紅い照明が消え...最後の第三振興街②〜そこに赤い灯が点る

  • 最後の第三振興街①〜斜陽の光

    青森のアイコン的存在である「第三振興街」。異論はあるだろうが、僕にとっては青森の象徴だ。考えてみれば青森新幹線が開通した時に、このバラック飲屋街が解体されても不思議ではなかった。そうならなかったのは、最早この路地がかつてのような毒気を抜かれ、その存在が問題視されなくなったことの証左かもしれない。放って置いて良い。遅かれ早かれ消えていくのだから・・・。そして案の定、他の昭和路地と同様に第三振興街は終焉の時を迎えようとしている。まだ終わってはいないけど、終わったも同然の姿となっている。この後にどういう展開が待っているのかは分からない。確実にいえるのは、元の姿を取り戻すことは100%ないことだ。この路地の最後の姿を記憶する為に青森まで来た。まだまだ続きます。X-PRO3/XF23mmF1.4R最後の第三振興街①〜斜陽の光

  • 思えば遠く(青森)へ来たもんだ

    僕は色々な町が好きだけど、惹かれるという意味合いでは「青森」が最強だと思う。やはり本州の北の果て、最果てという点に魅せられるのだろう。高校生の頃、青春18切符の旅で北海道を目指し、挫折したことがある。その旅の終焉の地も青森市だった。その時の「やり残した感」が僕を青森に誘っているのかもしれない。秋田県に住むようになった今、青森は多少の無理をすればクルマで日帰り出来る場所となった。それでも来るたびに、「遠くに来た」と心の底から思う。そんな青森の写真を、これから何日間に渡り掲載する。今回のテーマは「あれ」。あれと言ったらアレしかない。もう嫌っていうほど、あれの写真を掲載したいと思う。追伸:今まで骨折後の足を労って、温泉旅館に行くことが多かった。コロナ禍で街中に泊まることを避けている面もあった。今回は「労り」より...思えば遠く(青森)へ来たもんだ

  • 巨大土偶が鎮座する駅舎(かなり大きいです)

    青森県つがる市にあるJR五能線の「木造(きづくり)駅」である。「巨大な土偶が出迎える迫力ある駅舎」として、東北の駅百選に選定されている。ふるさと創生事業(1988年、昭和63年〜平成元年)で建築され、駅舎は「木造ふれ愛センター」も兼ねている。もう見た目そのもので、遠目に巨大な土偶が鎮座する駅舎は異彩を放っている。というか、駅前は寂しいことになっているので、ほぼ土偶しか眼に入らない。ちなみに「ふるさと創生事業」は各市町村に1億円を交付し、地域つくり事業を自治体が自由に出来るというものだった。平成の大合併前なので、かなり小さな自治体もあったが、すべてに格差なく1億円が交付された。かなりの「とんでもない企画」を行った自治体もあったと聞くが、木造町(きづくり町)の場合は成功例と言えるのではないか。ちなみに、土偶の...巨大土偶が鎮座する駅舎(かなり大きいです)

  • 大森を歩くと、妄想だらけになる

    秋田県の旧・大森町(現・横手市)。理由はよく分からないけど、この町が結構好きだ。大森というと、学生時代に大森でアルバイトをしたことがあった。この場合の大森は東京都大田区の大森だ。駅まで送迎車が来て勤務先まで通勤したが、最初から最後まで会社がどこにあるのかよく分からなかった。アルバイトは銀行関係の機密情報を扱うので、仕事部屋には私物を一切持ち込めなかった。その代わり、作業自体は一回2時間弱で、それを2回。夜の9時から朝の5時までの拘束だったけど、半分以上の時間は待機。休憩室で備え付けの漫画でも読んでいればよかった。飲み物も軽食も無料で提供された。僕は大学の最終年度にここでバイトをして、休み時間に卒論を書いていた。忙しくなって行く回数が減ると、時給が跳ね上がって驚いた。秋田の大森を歩きながら、そんなことばかり...大森を歩くと、妄想だらけになる

  • 町の魚屋さん健在なり

    今では食品スーパーで魚を買うことが当たり前だけど、思い出して欲しい。ほんの少し前まで、魚は「町の魚屋さんで」買うものだった。別に田舎だけの話ではない。都会だって同様である。サザエさんだって、魚屋さんで買っているではないか。今でも都会の一部商店街では、魚屋さんとか八百屋さんが活況だったりするのかもしれない。これが田舎になるとどうなるか。田舎だから町の魚屋さんが活況とは限らない。皆、郊外のショッピングセンターや食品スーパーに魚を買いに行く。むしろ田舎の方が個人商店は寂しい状況になっている。秋田市某所。ここに昔ながらの魚屋さんがある。目利きの親父が、自分で選んだ魚を仕入れ、捌いて、店頭に並べる。旬の魚で刺身の盛り合わせなんかも作ってくれるのだろう。年末にここで「まぐろを中心とした刺し身盛り合わせ」を買った人から...町の魚屋さん健在なり

  • 盛岡的な時間(終)~路地歩きの作法

    まだまだ歩く場所は残っているが、今回は家人の所用で来ているので、そちらの事情が優先される。最後に盛岡八幡神社手前の路地を歩いた。何日か前に掲載した猫と遭遇した場所だ。この路地で僕は、行きは広角レンズ(今回は24mm)、戻りは標準レンズ(今回は50mm)で一往復することが多い。路地は片道だけ歩くのはでなく、往復するとまた違うものが見えてくる。必ず往復すべし。森山大道氏の教えである。これだけで二倍楽しめる。季節や時間も変えれば、楽しみは無限大になる筈だが、僕はそこまでは達観できていない。今回の驚きの一枚は、最初の一枚。これは画像加工は一切していない、撮ったままの画像である。こういう画像を最近はカメラが出してくれるようになった。これはカメラが持ち主の趣味と傾向を判断し、忖度された画像なのである。多分、カメラの中...盛岡的な時間(終)~路地歩きの作法

  • 盛岡的な時間②〜花街の面影

    盛岡には花街的だった場所が幾つかある。昔の人は清濁をシンプルに考えていたのだと思う。①神様に参拝し、②酒を飲んで、③遊郭に行く。現代では①と②は組み合わさっても、③は別の話だ。実際には③的な場所に行く人がいても、あくまで直接的には関係のない事柄だとされる。昔(どれくらい昔か知らないが)の人は、晴れやかな場なんだから、神様を拝んだ後で、酒呑んで遊郭に行くのは当たり前じゃないか、そんな思想があったのではないか。実際、膨大な町で写真を撮ってきたが、繁華街は神社か寺か役所の近くにあるものと相場は決まっている。そしてかなりの確率で、繁華街の地主は寺や神社そのものだったりする。そんなこんなで、今や普通の繁華街となった地ではあるが、何となく艶っぽいような気がするし、それを探して歩くのは楽しいものである。8のつく日はwe...盛岡的な時間②〜花街の面影

  • 盛岡的な時間①〜ズミルックス50mmで撮る立体感

    盛岡は東北の中では大きな町で、その割には風情もある。写真の撮り甲斐のある町である。撮影すべき町並みは点在しているので、飽きも来ない。こういう町は他にも撮影する方がいるし、別に僕が撮る必要もないのではとも思う。格好つけているわけではない。盛岡は写真を撮ってくれる人が沢山いるから、僕は殆ど誰も写真を撮らない町を撮ってあげないと可愛そうだ、そういう意味である。でも東北地方に住んでいれば、定期的に仙台とか盛岡に出かける用事も出来るものだ。今回は家人の用事の付き添いで来た。僕は特段用事はないので、その間、ぷらぷらと盛岡の町で写真を撮った。ここでは人と町が有機的に絡みあい、流動している。その流動にも関わらず、静かな時間が流れている。やはり良い街だと思った。それにしても今回使ったレンズ、ズミルックスM50mm(ASPH...盛岡的な時間①〜ズミルックス50mmで撮る立体感

  • 猫VS人間 24mmの闘い(惨敗)

    ここは盛岡市某所である。クルマも通行できない細い路地である。僕は24mmレンズ、つまり結構な広角レンズをつけていた。広い範囲は写るけど、アップで撮ることは難しいレンズである。そんな時に限って、猫が通る。一枚目の写真、すっと現れた猫は、僕が素早い動作を出来ないことを見抜いているようだった。僕は前方の猫を認知し、目線を合わすためにしゃがもうとした。しゃがんだ時点で、既に猫は横を通過するところだった。間に合わないので、しゃがむ途中で撮ったわけだ。動作が遅いので、こんな写真しか撮れなかった。「おい、ちょっとまってくれよ」と追いかけたが、猫は僕が速く歩けないことも承知のようだ。余裕たっぷりに路地の奥に消えていった。動作を速くする前に、もっと違うレンズをつけておけばよかった。LEICAM10MONOCHROME/EL...猫VS人間24mmの闘い(惨敗)

  • にわか雨の中庭と骨折経過ご報告

    にわか雨が降る我が家の中庭。・・・。というのは嘘で、昔の商人の邸宅である。こういう邸宅であれば、雨降りを見るのも悪くない。最近はすぐに悲劇的な豪雨被害になるが、楽しめる雨だと良いのにと思う。さて、左足中足骨の骨折からもうすぐ三ヶ月。ギブスを外してから6週間、松葉杖を手放してから4週間が経過した。歩くこと自体は苦労も無くなりつつある。すぐに疲れたり、びっこを引いたり、今だ続く浮腫みと痛み。それも日々改善しつつある。そんなわけで先週、通院してレントゲン撮影と診察を受けた。多分これで一応の完治となるだろうと想像していた。・・・。結果は骨折位の右(内側)半分は、ほぼ骨が接合していた。それに対し左半分(外側)は、まだまだ駄目だった。恐らくだけど、途中で強い負荷が掛かったことで悪化したのではないかと思う(それに関して...にわか雨の中庭と骨折経過ご報告

  • 洋装学院について想う

    古い町並みを歩くと、かなりの確率で「洋装学院」の痕跡を眼にする。それは町内地図看板の中にあったり、広告看板があったり、ということだ。建物自体は数少なくなった。現在でも洋装学院と名乗らなくても、洋服やファッション関係の専門学校は数多くある。その殆どは大きな町や都市部に集中しているだろう。洋装学院は、地方の普通の小さな町にある点が良い。どういう人が、どういう目的で通ったのだろうか。婦女子の嗜みとして重要だったのだろうか。お習い事の人もいれば、花嫁修業の人もいるだろう、手に職をつけようと勉強した人だっているだろう。他にすることがないので通った人もいるかもしれない。それが普通の小さな町にあったのである。一体どんな教室で、どんな授業を受けていたのだろうか。そんなことを想像するだけで楽しい。X-PRO3/XF23mm...洋装学院について想う

  • 摺沢とペコちゃんの意外な関係

    千厩の町を歩いて、足が限界に来ていた。でも目の前に「摺沢」があるのに無視して通過も出来ない。しかも、もしかしたら摺沢に行くかもと思い、それだけの為にライカM10モノクロームを持参してきた。他の場面は全てフジのカメラで撮ったが、摺沢だけは「ずーん」と沈んだモノクロで撮りたい。さて、今回の写真について若干の解説をしたい。一連の写真は駅前にクルマを停めて、食品スーパーまで牛乳を買いに行く、その往復の過程で撮ったものだ。その牛乳とは、「不二家牛乳」。不二家乳業という会社が作る牛乳は、岩手県南部の生乳から作られている。その会社があるのが、このモノクロの地「摺沢」である。ペコちゃんの描かれた牛乳パックは違和感ないデザインだけど、実は他の地域では売っていない(ネットでも購入できるらしい)。摺沢周辺では一般的なスーパーマ...摺沢とペコちゃんの意外な関係

  • 今日は千厩日和(終)~たかが6000歩、されど6000歩

    この日、千厩で歩いたのは約6000歩。前後の町も含めて、一日のトータルでは約9000歩だった。目標であった1万歩には届かなかったが、骨折後では間違いなく最長だ。ちなみにコロナ禍前の最盛期には、2万歩オーバーが大体の目途で、時には3万歩に迫ることもあった。今回の千厩では、6000歩に達する前に足が悲鳴を上げ、びっこを引きながら歩くことになった。それでもクルマに戻り、次の町に行くまでに快復するようになってきた。夜は足がパンパンに浮腫むけど、そのリカバリーも早くなった。こういう町で歩けば、僕のリハビリは進んでいく。ありがとう千厩。また来るまでさようなら。今日は千厩日和(終)~たかが6000歩、されど6000歩

  • 今日は千厩日和②~楽器を演奏するが如く

    僕は楽器を演奏することが出来ない。小学校の時、母方の祖父母から「なんでも好きなものを買ってあげる」と言われ、僕はカメラを選び、妹はピアノを選んだ。カメラはオリンパスのハーフ判で、ピアノは普通のアップライドピアノだった。子供心にも「この格差は何なんだ」と思った。それでも僕が写真を撮り始める契機となった出来事だ。別にそこで僕もピアノを習ったり、使ったりすることもできた筈だ。祖父母もそういうつもりだったと思う。でも僕は頑なにピアノに触れることを拒んだ。嗚呼、勿体ない、今でもそう思う。その後にギターやウクレレなどを買ったこともあるが、全て挫折している。だから僕は、ピアノやギター、サックスなどを演奏できる人を尊敬するし、格好良いと思う。さて、本題の写真の話に戻る。引き続き、千厩の町だ。何回も同じ町を歩き、基本的に殆ど同じ...今日は千厩日和②~楽器を演奏するが如く

  • 今日は千厩日和①~2年越しのミッション完了

    千厩名物、小角食堂の「あんかけカツ丼」。食べるのは2回目で、初めて食べたのは2020年の3月28日のことだった。当時、新型コロナの感染者が全国的に拡大を見せ始めていた。3月13日に新型コロナウイルス対策の特別措置法が成立し、都道府県単位での緊急事態宣言発出が現実的になりつつあった。事実、その後の4月7日には7都道府県で緊急事態宣言が出され、4月17日は対象は全国に拡大されることになる。この時点で岩手県の新型コロナ感染者は0名、つまり一人もいなかった。秋田県でも数名程度しかいなかったと思う。それでも、県外での町歩きは、暫く出来ないだろうなと覚悟はしていた。実際これを最後に「お籠り生活」が続くことになった。その2020年3月に歩いた千厩は、僕の大好きな町の一つだ。その時点では何の規制もなかったが、僕は他所から来た人...今日は千厩日和①~2年越しのミッション完了

  • 感動ふたたび〜昭和遺産にバス停

    岩手県奥州市前沢地区にある岩手県交通のバス停である。前回来たのは2016年のことで、早いものであれから6年近くが経過している。当時の小学1年生は、もう中学生になっている。もしや老朽化から解体なんてこともと危惧したが、バス停はそのままの姿でそこにあった。このバス停を初めて見た時の衝撃は忘れられない。ちなみに初めて見たのは実物ではなく、上原稔師匠の写真だった。待合室の中の広告、その主の殆どは既に存在しないだろう。それでも改めて見ると、昭和のある時期まで地域の経済は、地域の中で循環していたことが分かる。不便なことや不合理なことも沢山あったとは思う。それでも所得と消費のバランスが取れるのであれば(難しいのは承知)、すでに持続可能な社会、SDGsを実現していたと言えるのではないか。バス停自体の価値も当然だけど、小さな町の...感動ふたたび〜昭和遺産にバス停

  • 鉛温泉からの四方山

    おい、お前また温泉に行ったのかよ。骨折で足が痛いとか嘯いて、その実は遊び呆けているんじゃないか。そういう批判が来るかもしれない。まず例によって言い訳から入ると、諸事情により一日家を開けなければならなかった。厳密にいえば、必須ではないけどベターだった。次にギプスが取れてから2回温泉に行ったが、あれは家族旅行という名目だ。今回は僕の一人旅だ。更にいえば、3月〜4月にかけて、僕は頂いたお小遣いに全く手をつけていない。自分の財布からは紙幣を一枚も使っていない。そこで執行されなかった予算が今回の財源だ。皆さんが外に飲みにも行ったり、ゴルフに行ったりする代わりに、僕は月に1回湯治温泉などに一人旅に行くのである。そんなわけで、リハビリも兼ねて、定宿の鉛温泉(花巻市)に行ったのである。実はこれを機に一つのミッションがあったのだ...鉛温泉からの四方山

  • モノクロームの町並み、心と身体のシーソーゲーム

    リハビリを兼ねて、写真を撮りながら町を歩いている。たかが町の写真を撮るだけの作業である。骨折の予後は歩くことに掛かり、写真撮影には関係ないだろうと思っていた。それが、歩く踏ん張りだとか、上下運動だとか、フットワークが、これほどまでに影響があるものだと驚いている。多少、実験的なムーブメントで身体を慣らしている最中だけど、時間が掛かるのはやむを得ない。写真撮りとしての感覚は戻っているのに、身体の感覚が付いてこない、これがもどかしい。この日は1km弱ほど歩いただろうか。飲屋街(繁華街)の写真も撮りたかったけど、これで限界だった。終わり。LEICAM10MONOCHROME/SUMMICRONM35mmASPHモノクロームの町並み、心と身体のシーソーゲーム

  • 飲み屋は私道の奥にある

    山形県新庄市。羽根沢温泉の共同浴場に行った帰りに立ち寄った。温泉効果なのか、最初は快調だったが、徐々に足が重くなる。この間隔を広げていき、歩ける距離を伸ばしていくしかない。今回は水路沿いの道、その先にある飲み屋さんを撮った。その飲み屋さんに行く道は、なんと私道である。人さま(会社)の私有地を横切って行くことになる。反対側からも行けるけど、激しく遠回りになる。もう長い間、通路として開放してきたのだなと思うと、感慨深い。その先にある店も、かなり年季が入っている。LEICAM10MONOCHROME/SUMMICRONM35mmASPH飲み屋は私道の奥にある

  • 幻のとりそば、ついに喰らう

    「思い込み」は実に恐ろしい。「こうだ」と脳が思い込んだら、現にあるものすら見えなくなる。山形県真室川町である。小さな商店街の趣が気に入り、これまでに4~5回は来たことがあると思う。その商店街に「そば屋」さんがある。「とりそばうどん」、「和風とりラーメン」と張り紙がしてある。それでも正直なところ、店の雰囲気として営業しているような気配を感じない。きっと閉店したのだろうと思いつつ、気になって来るたびに様子を見に行った。今にして思えば、思えばというか過去写真で確認してみると、店の暖簾は扉の外に掛けられていることもあれば、扉の内側に仕舞われていることもあった。扉の外に掛けられている??。そうなのである。確かに掛けられている過去写真があった。この日も暖簾が掛けられている。一瞬見落としたが、何かの違和感を覚え、店先を凝視す...幻のとりそば、ついに喰らう

  • 羽根沢温泉を目指す稀有な方へ

    先の記事で述べたように、羽根沢温泉は山形県鮭川村にある小さな温泉街だ。鮭川村は典型的な農村で、人口は4千人を下回る。土地の殆どは出羽山地に属する山間部であり、村名の由来となった鮭川が流れている。村の北部は真室川町、南部は戸沢村、東部は新庄市と接している。西部も一応、酒田市と接する形にはなっている。だが直通の道路は未舗装の狭い林道であり、現実的には迂回するしかないだろう。そんな鮭川村の奥まった所に羽根沢温泉はある。といっても、山形新幹線の新庄駅からクルマで約30分。本数は極めて少ないが、直通バス(なんと200円!)も走っている。決して人里離れた秘境ではない。しかし、である。秘境ではないからといって、わざわざこの温泉を選ぶ人はどれほどいるだろうか。少なくとも大人の休日倶楽部のCMで、吉永小百合が来ることは決してない...羽根沢温泉を目指す稀有な方へ

  • 羽根沢温泉共同浴場に入る

    温泉地にある共同浴場。地元民専用(優先)もあれば、共存タイプもあれば、観光客用もある。どうせ入るのであれば、地元民(優先)のための本物の共同浴場に入りたい。決してピカピカではないし、何の装飾もないけど、漂う雰囲気が本物である共同浴場。そんな共同浴場に山形県の羽根沢温泉で入浴した。羽根沢温泉は山形県の鮭川村の山間にあり、知る人ぞ知る温泉である。大正期に石油の試掘をした際に湧き出した源泉は、不思議なヌルヌル感のある泉質であり、無茶苦茶温まる。そのうえ化粧水のように肌に浸透し、ツルツルになるのである。都会の女性に大人気となっても良いはずなのに、秘湯のまま現在に至っている。温泉街には、食堂が1軒、温泉旅館が3軒がある。かつてあった酒屋や売店は全て廃業している。他には、この共同浴場があり、共同駐車場の隅に飲泉コーナーがあ...羽根沢温泉共同浴場に入る

  • 酒田の昭和、昭和の酒田

    現在、酒田市の駅前では再開発が行われている(それほど大規模ではない)。古いホテルや娯楽施設が解体され、図書館や観光施設などの新しく清潔な建物が建ち始めている。それなりに酒田は大きい町なのに、駅前にはランチを食べる店すら殆どなかった。古くからあった店は典型的な昭和食堂や飲み屋であり、その殆どは営業を辞めてしまっている。そんな状況だから、地元では再開発は概ね好意的に見られているようだ。僕は古くからの町並みに愛着があるけど、地元から好意的に見られているのであれば、再開発もやむを得ないのかなとも思う。それでは酒田が再開発で、一気に現代的な(かつ無個性の)町になるのだろうか。そんなに単純な話ではないかもしれない。何十年もかけて染み付いた「酒田の昭和匂」、それは簡単に拭えるものではない。その残り香を楽しむことが出来るのは至...酒田の昭和、昭和の酒田

  • 場末の飲屋街〜昼間の光

    暫くは一進一退で、歩けると思えば突然足が動かなくなる。とにかく足下に意識を置いて、歩き方も矯正していく。これが骨折後のリハビリであり、そのための町歩きだ。それが、こんな光景を目にすると、全てを忘れて吸い寄せられていく。意識を制御できない時は、身体も制御できない。制御する必要がなくなった時が完治の時なのだろう。まずは、こうやって写真を撮れるようになったことを喜びたい。LEICAM10MONOCHROME/APO-LANTHAR35mmF2VM場末の飲屋街〜昼間の光

  • 黒猫がいる昼下がり

    山形県酒田市。酒田市には、何故か黒猫が多いような気がする。既に色々な所に出かけているように見えるかもしれないけど、実のところクルマの運転は問題ない。あとで多少足が浮腫むくらいだ。そのクルマを停めた場所を起点に歩く。一度に歩けるのは、往復500m圏内である。徐々に距離と回数を増やしていきたい。黒猫がじっとしていたので、しゃがんで撮影してみた。フラフラする僕を黒猫はじっと見ていた。そんな昼下がりである。LEICAM10MONOCHROME/APO-LANTHAR35mmF2VM黒猫がいる昼下がり

  • 横手の路地裏 28mmの視点

    夜の町を撮影したいと思うが、もう少しだけ足の回復を待つことにしている。県内の勝手知る町での撮影が続く。まず大多数の人にとって、どうでも良いことから書こう。横手の狭い路地裏を28mmレンズで撮影したのは、実に久しぶりだ(と思う)。最近買った中華レンズでの撮影だ。写りも及第点だし、画角も丁度良かった。でも変だなとも思った。24mmレンズ(もう少し広角寄り)っぽい写りでもある。それは多分、しゃがんだり、フットワークで寄ったり、逆に引いたり。そういう動作を出来なかったからではないか。別に結果は悪くない。ただ僕のフットワークが戻れば、写り方は変わってくる筈だ。それが果たしてどういう結果になるか、楽しみでもある。果ちなみに28mmの視点とは、平たく言えば「iPhone」と同じ画角の視点である。LEICAM10MONOCHR...横手の路地裏28mmの視点

  • そんなに大きな欠伸をして顎が外れませんか?

    骨折が癒えていくに連れて、愛想が悪かった猫との和解が進んでいる。ちょっとサイズ感がおかしいのではないか、そう思えるほど大きな欠伸をした瞬間を撮った。まあ、ご機嫌が良さそうで結構なことだ。朝のブラッシング、朝のご飯出し、おやつの供給、玩具で遊ぶ。僕も大抵のことは出来るになった。でも猫は満足を知らず、しきりに挑発してくる毎日である。LEICAM10MONOCHROME/SUMMILUXM50mmASPHそんなに大きな欠伸をして顎が外れませんか?

  • 湯田温泉で温泉三昧

    岩手県西和賀町の湯田温泉峡、四季彩の宿「ふる里」。岩手の町への写真遠征の岐路、何度か日帰り入浴でお世話になった宿である。とても感じが良い宿だったので、先週末に泊まりに行ってきた。骨折の影響が残っている。布団で寝ると、まだ立ち上がった際の動作に不安があった。だからツインベッドの部屋で無いと困る。何度も気兼ねなく温泉に入りたいので、部屋に露天風呂(源泉100%)が欲しい。尚且つ、予算が少ないので、リーズナブルな価格でないと困る。そんな我儘に最もマッチしていた宿である。宿泊にあたっては、「北海道+東北6県民割」を利用した。二人で宿泊費が1万円(ひとり5千円)割引になったうえ、4千円(一人2千円)のクーポンが付いた(アルコール代で全部使った)。こんなに抜群の条件なのに、それほど混んではいなかった。食事も美味しいし、静か...湯田温泉で温泉三昧

  • 北上クライシス〜(終)ハッピーエンド

    以前にも当ブログに書いたことがあるが、東北に来た当初、あることを契機に北上市が嫌になり、一切立ち寄らなくなった。色々な場所に北上市経由で向かった(経由しないと行けない場所が多い)。それなのにずっと、北上市には全く立ち寄らなかった。ある飲食店で、とても深いな思いをしたことが原因だった。数年前、やっとそれを忘れることにして、北上の町で写真を撮るようになった。そして今回、久しぶりの北上詣でだった。ズマロン(ライカ)のコピーレンズ、TTartisan28mmF5.6の初撮影の場面でもあった。それが観覧車の中でカメラを落とし、レンズどころかカメラ全損の危険すらあった。続いて歩いた町中では、マンホールで足を捻って、治ったばかりの下駄骨折の再発の危機に瀕した。どちらも奇跡的に無事に切り抜けた。もしどちらか(あるいは両方)が回...北上クライシス〜(終)ハッピーエンド

  • 北上クライシス〜②好事魔多し

    骨折がほぼ治るまでには、あと一月弱掛かるそうだ。だがリハビリは遠慮せずに進めて良いとの許可が出た。歩けるのであれば、どんどんと歩いて下さい、と。ある程度歩かないと痛みも浮腫みも取れないそうだ。でも無理しすぎてもいけないとも言われる。このバランスが難しい。僕にとって、一石二鳥なのは町歩きをしながら写真を撮ること。それをリハビリとすることだ。今はある程度歩くと、足が重くなり動けなくなる。少し休憩してまた歩こう。その航続距離を徐々に伸ばしていきたい。そんなわけで、引き続いて岩手県北上市の繁華街を歩いた。昼間の繁華街は閑散としているが、僕が好んで歩く場所もである。これだったら、多少の痛みにも耐えられる。だが、好事魔多し。僕はマンホールの段差に引っかかり、足を挫きそうになった。そう、骨折した時と全く同じ捻り方だ。本当にや...北上クライシス〜②好事魔多し

  • 北上クライシス〜①観覧車は周る

    週末は、岩手県西和賀町の温泉に行ってきた。それは別の記事として書こうと思う。今回は、その帰りに立ち寄った北上市での出来事だ。そこで僕は久しぶりに観覧車に乗った。北上市には、アメリカンワールドという、ちょっと不思議なショッピングモールがある。飲食店や、スポーツアミューズメント、ゲーム、玩具、書店など様々な店が建ち並んでいる。ショッピングモールの巨大な駐車場には、観覧車が経っている。200円で乗ることが出来る。正直そんなに多くの人が利用している感じはない。家人が買い物をしている間、僕は観覧車で時間を潰した。実は幼少期に、遊園地の観覧車が故障で停まってしまったことがある。母親と二人で乗っていた。詳細は忘れたけど、ゴンドラが風で揺れて本当に怖かった。それが僕の高所恐怖症の原因になったのだと思う。その後は、観覧車に乗る度...北上クライシス〜①観覧車は周る

  • なんちゃってズマロン28mm

    すわっ!、ズマロンM28mmF5.6!。復刻版か、赤ズマロンか。同志の方であれば、そう思うかもしれない。ズマロンM28mmとはライカ純正の広角レンズである。残念ながら僕が買ったのは、中華レンズのTTartisan28mmF5.6という「なんちゃってズマロン」である。レンズ構成は全く別だけど、見た目はまさに「なんちゃってズマロン」。ライカの黒ボディに、極薄のシルバーレンズ、なんちゃっての癖に格好良い。オールドレンズではないので、意外とシャープな写りだという噂である。Amazonのアウトレットで大体3万5千円、本家ズマロンの1/10の価格で買った。。無限遠ロックの操作感だけは安っぽいが、質感自体はとても良い。高級レンズにすら思える。中華レンズを買うことに抵抗はあった。でも現行のM型デジタルライカでは、28mmという...なんちゃってズマロン28mm

  • いつかどこかで見た町~無理は禁物

    GWのことである。僕が行ったのは、横手市の一角。この佇まいが何故か気に入っている。建物はいずれ解体されてしまうかもしれないが、そうなると寂しくなる。さて、多くの諸先輩諸兄姉から、「足の骨折は時間が薬だ。くれぐれも無理するな」と言われている。それは理解しているし、そもそも無茶なこと(走るとか)は不可能だ。それでも、ここで僕の悪い癖が出る。足の浮腫みが今でも抜けない。歩くと足首に痛みがある。徹底的に歩くことで、足が刺激され回復を早めるのではないか。何の根拠もないのに、確信的にそう思えてくる。多少の痛みは度外視して、びっこを引いてでも歩き廻ろう。・・・。それでどうなったかと言えば、当初の痛みは200mほど歩くと嘘のように消えた。写真を撮りながら軽快に歩く(いや軽快とは言い過ぎか。左足の感覚は鈍い)。そして更に数百メー...いつかどこかで見た町~無理は禁物

  • 鳥海山、田んぼに映える

    まだ町を歩けないので、イレギュラーな写真が続く。水を張った田んぼに姿を映す鳥海山。別にこれを狙って撮りに行ったわけではない。前日掲載の「曲沢駅」。道を挟んで反対側を見れば、この光景である。結構贅沢な場所だ。鳥海山の映り込みも、ベストの位置を探れば、もっと良い場所があると思う。でも足下の悪い農道を歩いて、転んだら元も子もない。これで良しとする。X-PRO3/XF16-80mmF4ROISWR鳥海山、田んぼに映える

  • 曲沢駅七変化

    上段の写真は。5月10日の由利高原鉄道・曲沢駅。相変わらず列車と遭遇出来なかったが、駅の前の田んぼには水が張られ、田植えの準備が進んでいる。少し気温は低めだったけど、5月らしい青空だった。さて下段だが、これは3月9日、丁度2ヶ月前の曲沢駅だ。何度も言って悪いけど、僕が左足を骨折した当日朝の写真だ。思い返せば3月に入ると、周囲の雪は殆ど溶けて、春が近いことを感じていた。ところが前日から再び雪が振り、田んぼも白く染まった。この日に僕は足を挫き(別の場所)、翌10日に病院で骨折と診断され、ギプスをつけた。季節の隔たりを超えて、隔世の感すらある。何という長い時間が・・・。診断によれば、全治3ヶ月。つまり医療上のケアが不要になるときは、もう6月になっている。その頃には田んぼは、緑の若い稲穂に覆われているだろう。そして僕も...曲沢駅七変化

  • 県境で通せんぼする鹿島様

    秋田県横手市の黒沢山内地区。岩手県の西和賀町と県境を接する町だ。その県境に人形道祖神(鹿島様)が立っている。県境まで実に数十メートル。別にこれは、秋田側と岩手側の仲が悪いのではない。東北には珍しい町続きの県境で、実際は同じ文化圏にあり、店や人の往来も共有している。人形道祖神は、あくまで集落の守り神である。隣町(隣県)ではなく、他所から疫病や飢饉などの悪しきものが来ないように見張っている。近くに日帰り温泉に行った際に撮影した。大体の場所は知っていたが、冬の積雪時には発見できなかった。ちなみに道祖神は、小高い丘の上に立っていた。砂利道の階段があり、まだ足の自由が利かない僕は、昇るのもやっと。こけそうにもなった。法面の渕まで下がれば、良い構図にはなっただろう。でもそれは不可能だった。ちなみに顔にはマスク。そして巨大な...県境で通せんぼする鹿島様

  • JACK DANIEL'S No.27 GOLD で祝う

    「バーボンではない、テネシーウイスキーと呼んでくれ」。そんな気骨を感じるジャックダニエルの最高峰、No.27GOLDである。僕は長いことバーボン派だったが、ここ十年はすっかりスコッチウイスキー(シングルモルト)派に転身していた。スコッチの森に足を踏み入れると、バーボンが田舎臭い酒に感じてしまうのはやむを得ない(失礼!)。上質のスコッチをストレートのショットグラスに注ぐ。まず鼻腔に香りを馴染ませてから初めて口をつける。ゆっくりと舌の上で液体を転がしてから、喉に流し込む。その瞬間、喉奥からシングルモルトの香りが再び鼻に抜けていく。つまり鼻と舌と喉で三度味わい、更に余韻を鼻で楽しむ。それがスコッチの世界である。無論素晴らしい時間ではあるが、爺むさい趣向でもある。たまにはドカ、ドクドク、ガツン、フッーとシンプルにいきた...JACKDANIEL'SNo.27GOLDで祝う

  • 裏庭からは花が見える

    裏庭の花。裏庭はゴチャゴチャしているし、余計なものばかり映り込む。だから僕の裏庭写真は「ごまかし」の技術を鍛える修練の場となる。柔らかい土の上で、やっとバランスが保てるようになったので、遅まきながら裏庭の花を撮っている。浅川マキ(寺山修司作詞)の「裏窓」を口ずさまみながら・・・。8のつく日はwebにお花を』X-PRO3/XF90mmF2.0LMWR裏庭からは花が見える

  • 待たせたな、相棒

    ギプスが外れてから、骨折のリハビリは順調に進んでいるようだ。医者から「マニュアルミッションの車は暫く無理だね。でも今どきは、みんなオートマ車だから問題ないですよね」と言われたのは、丁度二ヶ月前。愛車はマニュアルミッションなんだよ!と怒れる気持ちを抑え、通勤車(AT)を運転することにしていた。それが昨日、とうとうマニュアルミッションの愛車を運転することにした。前日にクラッチを踏む練習を何回もした。クラッチは既に踏めるけど、びびってしまい力を入れらなかっただけと分かった。そんなわけで、丸二ヶ月振りに愛車を運転したのである。何故か想定以上にスムーズに運転でき、快晴の空の下、気持ちよくドライブした。ちなみに僕は秋田県に住むまで、クルマのことなんて全く興味がなかった。いらないとすら思っていた。でも今はどこに行くにもクルマ...待たせたな、相棒

  • 川反の繁華街で孤独で愉しいリハビリ

    駐車場から川反の繁華街を歩き、かっぱ小路を経由して、また元に戻る。徒歩500m強。人間は現金なもので、歩き始めた当初は痛かった足が、写真を撮る間に痛みを忘れてしまう。この日使ったレンズは24mmレンズ。いつもより広角寄りのレンズだ。広い範囲が写る反面、本当に撮りたいものには足を使って近づかないと散漫な画になってしまう。リハビリにはぴったりのレンズだ。足の痛みから視線を上下動(膝も使って)するムーブが制約されるので、写真は撮り難かった。上下動、意識せずとも使っていたことを改めて知った。まあ課題は数多くあれど、実践的なリハビリは楽しい。街に猫が少なかったことが残念だ。ちなみに歩いている人間は、僕以外には一人もいなかった。LEICAM10MONOCHROME/ELMARM24mmASPH川反の繁華街で孤独で愉しいリハビリ

  • 怒れる猫とライカ最短撮影距離

    課題は多く残るけど、家の中では松葉杖を使わないことにした。目下、気にしているのは、階段を降りる時のことだ。着いた左足(患部)で踏ん張ることが出来ない。右足を踏み出そうとすると、左足首が外側(反時計廻り)にクルッと回転してしまう。この矯正に苦しんでいる。外でも松葉杖なしで歩くようにしているが、少し歩くと足が痛くなる。どこまで無理して良いか分からないし、びっこ歩きを続けると癖がつくのではと心配にもなる。それでもギプスをとって2週間。まずまずは順調に来ているのかもしれない。さて、写真は我が家の猫、銀次郎。松葉杖以来、僕の行動が気に入らなくて仕方がない。最近はやっとギプスも取れたので、執拗に挑発してくる。良い年をしたオヂサンが恥ずかしいが、この猫と鬼ごっこをして遊ぶのが習慣なのだ。猫は鬼ごっこをしたい。走らない(走れな...怒れる猫とライカ最短撮影距離

  • 高畠駅で小さな一歩を刻む

    宮城県の鎌先温泉に行った。冒頭の散歩以外は、部屋と温泉で静かに過ごした。帰り道は、山形の街道経由で自宅に戻った。オートマ車の運転は全く問題ない。途中、高畠町に立ち寄った。まだ町中を歩くのは無理なので、旧・高畠駅の写真を撮った。鎌先温泉では古い旅館を見に行ったが、あれは松葉杖(一本)を持って歩いた。今回は松葉杖無しで、よたよたと歩いた。これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、僕にとっては偉大な飛躍である。まだ写真の善し悪しを語る段階にはないけれど・・・。X-PRO3/XF23mmF2RWR高畠駅で小さな一歩を刻む

  • 大雨の坂道を登った先にある建物

    宮城県に行ってきた。なんと3月9日の骨折以降、僕が秋田県外に出るのは初めてのことだ。ほぼ丸二ヶ月振り・・・。行き先は、鎌先温泉。宿は家人の選択なので、今回は掲載しない。じゃあ、これらの写真は何なのかとなるが、これは「湯主一條」という高級旅館で、600年以上の歴史を持つ。この古い建物は、かつての本館である。宿泊はできないが、食事処として提供されているそうだ。宿泊棟は近代建築となっている。いつか泊まってみたいと思っていたが、足の状態が分からず、予約が定まらなかった。そんなわけで、せめて見学をと歩いて行った。外は生憎の大雨。宿に向かう坂道を途中までしか昇ることが出来なかった。ちなみに下りはもっと辛かった。嗚呼、時を経た建物は美しい。X-PRO3/XF23mmF2RWR大雨の坂道を登った先にある建物

  • ミスターダンディとの再会

    骨折が治ったら、なによりミスターダンディと再会したいと思っていた。廃業した洋装店のショーウィンドーに佇むミスターダンディ氏。言葉は交わさずとも、もはや友情めいたものが生まれている。最後に撮ったのは昨年の12月。4ヶ月振りのミスターは、相変わらずダンディだった。心なしか、いつもより優しい眼をしていた。今回は、少しザラッと粒子を出し、フィルム調にした。しゃがめるようになったら、相棒のウミガメ氏のことも撮影に来るよ。LEICAM10MONOCHROME/SUMMILUXM50mmASPHミスターダンディとの再会

  • 裏庭から何もない空を眺める日

    東北の町を撮り続けた写真家、上原稔さんがお亡くなりなってから2年が経過した。改めてご冥福をお祈り致します。上原さんの命日は、コロナ禍以来3回目のGWが始まる日でもある。3年振りに多くの規制が解除される長期休暇となる。本来であれば4月28日に外す予定だった僕の左足ギプスは、既に先週に外した。室内であれば松葉杖なしでも(何とか)歩けるくらいには回復した。だが、まだまだ完治までには時間は掛かりそうだ。ギプスが外れるまでの時間は、常に歩けることの意味について考えて続けた期間でもあった。GW前日の空には雲もなく、朱に染まっていた。その美しい空を眺めると、色々な想いが巡り、感情が溢れそうになった。X-PRO3/XF16-80mmF4ROISWR裏庭から何もない空を眺める日

  • モノクロの薔薇を見て想うこと

    この薔薇の写真は、我が家の室内で撮った。撮影したのは、まだギプスを装着していた頃だ。室内での接写、花はテーブルの上。その状況でもアングルを変えることが困難で、嫌になった。マクロ域なので電子ビューファインダーを覗くのだけど、体勢的にそれすら苦しい。ギプスなんて歩けないだけ、そう思っていた当初の気持ちが急速に萎み、写真を撮る気も失せたことを思い出す。いまは、基本的には片松葉杖での移動。自分で調べたリハビリを行っているが、「どこまで無理して良いのか」分からないことに最も困惑する。裏庭では幾つかの花が鮮やかに咲いているが、柔らかい土の上を歩く自信がないので、撮影は諦めている。次の「8」が付く日には外で花を撮ることが出来ればよいと思っている。おまけで備忘録として、僕のリハビリ記録も掲載しておく。<第5日目>◯リハビリは淡...モノクロの薔薇を見て想うこと

  • 苦節42日、とうとうギプスが取れた!〜リハビリ一直線

    <現在>もうすぐ田んぼでは代掻きが始まり、水が張られるだろう。汚い脚で恐縮だが、ギプスは取れた。僕が地べたに座れるようになったので、猫もご機嫌だ。<6週間前>骨折したときは、まだ雪が散らついていた。でかいギプスと松葉杖に絶望した。ギプスから出た指先は氷のように冷たくなった。猫はブチギレていた。4月20日(水)にギプスが取れた。3月10日に装着してから(途中、半割れタイプに変更)実に42日、6週間目のことだった。いつか、これまでの経過を纏めようという考えもあるが、いまは過去のことより先のことを考えたい。意外なほど冷静なのは、ギプスが取れたからといって、いきなり元の状態に戻るわけではないからだ。ギプス生活で筋力は衰え、すっかり歩き方も忘れてしまっている。結局、松葉杖に頼っている。しかも僕が行った病院では「リハビリ通...苦節42日、とうとうギプスが取れた!〜リハビリ一直線

  • 骨折生活は終盤(の筈)〜今年の桜は車窓から撮った

    今年は裏庭の河津桜は咲かなかった。昨年、何かの病気で枝が痛み選定した。樹は生きているので来年に期待しよう。といっても、咲いたところで松葉杖では近づくことが出来なかった。僕に合わせてくれたのかもしれない。写真は週末に咲いた桜。梅と椿と桜が一気に開花した。人の来ない静かな場所にクルマを停め、助手席に座ったまま撮影した。iPhone以外のカメラを外で使ったのは、骨折以来初めてのことだ。この際、写真の質なんかどうでも良い。まずは撮ったことに意味がある。桜は僕の骨折治癒を待っていてくれたのかもしれない。それでも完治には間に合いそうにないので、こういう方法を取った。X-PRO3/XF90mmF2.0LMWR骨折生活は終盤(の筈)〜今年の桜は車窓から撮った

  • 隠遁の日々~骨折、その後の経過

    3月10日から松葉杖生活となって、ブログを休止している。長らく更新もしていないのに、閲覧や応援クリックを頂き感謝します。ここで一旦、現状報告をしたいと思う。僕の骨折は、左足の甲、正確には「第5中足骨基部裂離骨折」と診断された。ギブスは4月一杯装着されることになった。その後のリハビリなども考えると、松葉杖を手放すのは早くても5月半ばとなりそうだ。当初、自分の性質を考えると多少無理をしてでも街中に出て、写真撮影をするものと思っていた。でも実際は引きこもり人間になった。仕事場と病院以外、殆ど外出もしなくなった。これまで町も家も、段差さえなければバリアフリーだと思っていた。実際に松葉杖で外出すると、そこら中に危険でが潜んでいる。その割に怪我の程度としては「スキーで怪我した?」くらいの感じに見えるのか、周囲から顧みられる...隠遁の日々~骨折、その後の経過

  • 悲報!骨折でした。当面ブログを休みます

    足を怪我して3月10日に病院に行った。見事に骨折していた。下駄骨折と言われるタイプの骨折だそうだ。手術は回避され、ギブスで固定することになった。多分一ヶ月ほどのギブス生活となりそうだ。慣れないので、松葉杖で移動や生活が出来るのか不安になっている。そのうち家の猫の写真でも撮るかもしれないが、少しの間ブログは休みます。そもそも現状では、自分の部屋(屋根裏部屋)まで上がれず、写真編集などもできない。皆様のブログはタブレットで拝見させて頂きます。充電期間と捉えて、次に備えようと思います。復帰の際は、引き続きお付き合い、よろしくお願いします。追伸:途中で松葉杖生活などの感想を書くかもしれません。悲報!骨折でした。当面ブログを休みます

  • 東日本大震災から11年

    2011年3月11日に発生した東日本大震災。あれから11年が経過した。先月、岩手県の全ての市町村で写真を撮ることが完了した(岩手コンプリート)。その際、広大な海岸線をクルマで走り回った。最北部の洋野町のように防潮堤が機能し、津波の被害から逃れた町もある。一方で、陸前高田市のように、町並み全てが失われた町もある。いまだ復興関連工事も行われている。それでも人々は、海と共に生きている。全ての犠牲者に哀悼の意を表します。2022年3月11日東日本大震災から11年

  • やっちまったなあ、おい

    「やっちまったなあ、おい!」という訳で、またしても怪我をした。今回の「やっちまった」は、玄関で足首を捻ったことである。湿布を張っているが、明らかな捻挫で、とても痛いし、足首が腫れて靴も履けない。朝起きたら、足の甲全体が真っ青に内出血し、尋常ではなく腫れている。朝一旦出社した後、病院に行こうと思う。ここ数年、怪我をすることが多くなってきた。これは自分のイメージと身体の動きに差異(ずれ)が生じてきたことが原因で、もう若くないということだろう。悪いことは重なるもので、家で立ち上がる際に、更なる悲劇が襲った。足が痛いので、左手をついて立ち上がろうとしたら、腕がグギっ!!。昨年末に点灯して痛打した肩の付け根、そこを再び激痛が襲った。七転八倒する僕を、猫は冷ややかに見ていた。さて、写真はファラオ時代を模したボールペン。もう...やっちまったなあ、おい

  • 百光を仕込んだ酒蔵〜楯野川酒造と驚愕の酒

    SAKEHUNDREDという日本酒ブランドがある。最高峰の日本酒を提供する高級ブランドだ。製造は銘柄別に複数の醸造元に委託されている。「百光」はブランドの中核を成す日本酒であり、発売すれば即完売となる人気振りだという。G20サミットで各国首脳に振る舞われたことでも有名になった。昨年のものは初回500本限定の出荷に対し、2万件を超える注文があったそうで、あっという間に売り切れてしまった。4合瓶(720ml)で、27,500円という高級酒である。実際にはプレミアもつくかもしれない。その磨き度は約18%だった。82%は削られてしまうのだから、恐るべし。いずれにしても数量的にも、価格的にも、僕の口には入りそうにない酒である。負け惜しみをいえば、こういう酒は別に欲しいとも思わないのが本音だ。さて、この「百光」を製造してい...百光を仕込んだ酒蔵〜楯野川酒造と驚愕の酒

  • 意外な場所で造花を撮る

    先週末は雪が降った。それほど積もることはなかったが、暴風が吹き荒れた。こちらでは梅さえも咲く気配すらない。いつもの「造花シリーズ」もネタ切れになりつつある。今日の造花は驚くべき場所で撮った。まあ誰も来るわけないから良いか、そう思い撮影していると、一人のお爺ちゃんが入ってきた。お爺ちゃんは、花を撮影する僕を見て、明らかに困惑していた。ちなみにここは公衆トイレで、鏡は手洗いのもの、背後には便器がある。漁港に設置されたトイレで、滅多に人はいないのだが・・・。8のつく日はwebにお花を』X-PRO3/XF35mmF1.4R意外な場所で造花を撮る

  • 微睡みは猫の特権

    週末は、季節外れの暴風雪となった。なんとなく冬が終わったモードに入っていたので、遠出をする気力も失せてしまった。行ったところで、暴風でどうにもならない。猫はストーブの近くで静かに微睡む。こういう時間を過ごさせれば、猫は天才だ。LEICAM10MONOCHROME/SUMMILUXM50mmASPH※K&FライカMエクステンションチューブ10mm使用微睡みは猫の特権

  • ドジンサマの正体

    秋田県大館市にて撮影した。いわゆる「道祖神」人形であり、「ドジン様」と呼ばれる守り神である。ドジン様は地区によっては「ドンジン様」とも呼ばれる。道祖神(どうそしん)が訛ったものと言われるが、あきらかに「土人様」なのだと思う。土人という言葉が差別的な要素を含む(放送禁止用語ではないが、マスコミ等では自主規制される)ので、配慮されたのだと想像している。それにしても豪雪地帯の大館市の外れにある集落である。この違和感はどう表現して良いのか分からない。この明らかに異質といえる像は何故出来たのだろうか。ここからは僕の仮説だが、元々の「土人様」は蝦夷を指すと見て間違いないと思う。村に降りかかる災難から逃れるために住民が頼ったのが、古の蝦夷統治時代だったのである。雪国の貧しい(あくまで当時は)農村。飢饉や疫病に対しても余りに無...ドジンサマの正体

  • 有耶無耶の関という町

    「有耶無耶」という言葉がある。物事がどうであるのか、はっきりさせないことを言う。秋田県にかほ市(旧・象潟町)と山形県遊佐町の間に「有耶無耶の関」という場所がある。ここが有耶無耶の語源となった場所との説がある。実は宮城県の川崎町など同様の場所は他にもある。謂れは同じようなものだ。難所の関に異形の怪物(秋田では手長足長、宮城は山鬼)がいる。人を攫って食べてしまう怪物だ。関の入口には鳥がいて(三本足のカラスともいわれる)、怪物がいるときは「有耶」と鳴き、いないときは「無耶」と鳴く。怪物がいるときに通行すると大変なので、この鳴き声を頼りにするのだが、これが語感が似ているので分かり難くいという話である。僕は言い伝えを初めて聞いたとき、これは朝廷側と蝦夷のやりとりを指しているに違いないと仮説を立てた。朝廷側に与しない非支配...有耶無耶の関という町

  • ネオン玉の世界

    「ネオン玉」とは、「宙玉」に対抗して僕が考案した写真手法である(嘘です。ただ撮っただけです)。所謂キャバレーの電飾看板のネオン球。そのネオン球に写る世界を撮影するものだ。本来であれば、行く先行く先の光景が映し出されるはずである。残念ながら、そういう電飾看板は世の中から姿を消しつつある。だから、いつも同じ場所で撮影している。照明が灯った時間に行くと営業妨害になるので、昼日中に撮影している。接写リングを噛ますことにより、よりアップで撮れるようになった。次はもっと工夫してみよう。LEICAM10MONOCHROME/SUMMILUXM50mmASPH※K&FライカMエクステンションチューブ10mm使用ネオン玉の世界

  • 瞑想する猫、刮目して見よ

    多分、いや絶対に何も考えていない筈だ。ただ単に眠いのと、僕の写真撮影に協力したくないだけだ。分かってはいるのだが、この立ち振舞いを見ると、何か高尚のことを考えているように思えてならない。猫に負けてどうする、その言葉は弱く虚ろに響く。完全に負けている。人生の教えを請いたくなってしまう。ニャンコ先生と言うからな。X-PRO3/XF23mmF2RWR瞑想する猫、刮目して見よ

  • 風呂は最高!風呂は最高!

    昔、西田敏行がジョン・ベルーシみたいな格好をして、屋根の上で「風呂は最高!風呂は最高!」とノリノリで歌うTVCMがあった。朝日ソーラーのTVCMだ。西田敏行以前は、なんと菅原文太が出演していて、あの渋い声で「朝日ソーラーじゃけん」と決めていた。その後、朝日ソーラーは強引営業が社会問題化して、崩壊寸前となった(現在は復活している)。圧倒的な知名度を背景に戸別訪問営業を掛け、無理やり契約を迫る事例が多発した。あのCMを見て、客の方は無警戒に信用してしまったのである。あの危うさと同じ匂いは、現在では仮想通貨(なんとかコインとか)のCMやPRで感じる。スギちゃんとか、出川哲朗とか、松本人志とか、ガクトとか・・・。きちんとした運営元もあるとは思うが、一定数の怪しい運営元があることも疑いようがない。かつて西田敏行を信じて罠...風呂は最高!風呂は最高!

  • 午前十時の温泉街

    時刻は午前十時を少し回った頃。僕は鳴子温泉の町を歩いていた。午前11時に温泉旅館に入る予定だ。日帰り入浴に来た。ここ暫く、毎週のように岩手方面に遠征し、いささか疲れが溜まっていた。鳴子まで来れば余計に疲れるかもしれないが、午後5時まで入浴休憩をするのである(実際には午後3時で撤収した)。早く着いたので、温泉街を少し散策したわけだ。今回は写真撮影は度外視して、ゆっくり温泉に浸かるつもりだ。そうして肩の力が抜けたせいか、町並みはいつも以上に美しく見えるから不思議だ。温泉街における午前十時(を少し回った頃)というのは、宿泊客もチェックアウトし、束の間の日常が訪れる時間なのである。日帰り入浴休憩は、宿泊者の間隙を縫うような役割なので、普段通りの町の顔を見ることが出来る。LEICAM10MONOCHROME/APO-LA...午前十時の温泉街

  • 造花の真実

    造花をモノクロで撮る。シンプルなのか複雑なのか、よく分からないところが良い。絵画の写真を撮る、または写真を絵画にするみたいな。表現的に問題があれば撤回するが、普段は女性として暮らす男性が、男装をしているような。物事の基本的な立ち位置が分からなくなるところが面白い。8のつく日はwebにお花を』LEICAM10MONOCHROME/SUMMILUXM50mmASPH※K&FライカMエクステンションチューブ10mm使用造花の真実

  • M型ライカで接写をしてみた

    下段はライカの50mmレンズの最短撮影距離で撮った。距離にして約70cmである。比較対象がないので分かり難いと思うが、あまり寄ることができないし、アップで撮ることも難しい。レンジファインダーというのはそういうものだ。iPhoneあたりで撮れば、いとも簡単に鼻先をアップで撮影できる。先日、M型ライカ用の「マクロエクステンションチューブ」というものを購入した。ボディとレンズの間に薄いアダプターを付ければ、M型ライカで接写が可能となるものだ。当然レンジファインダーは連動しないので、ライブビュー撮影が必須となる。K&Fコンセプトというメーカーのもので、価格も4400円と格安だった。8mmと10mmと二つの種類(倍率が異なる)があり、10mmの方を買った。こちらの方がよりアップで撮れる。まあ撮れました。こんな面倒なことを...M型ライカで接写をしてみた

  • 岩手コンプリート達成! 感無量。全58市町村の記録

    岩手県には現在33の市町村がある。これが平成の大合併前には58の市町村が存在した。その全58市町村(旧市町村単位)の町並みを撮影し、岩手コンプリートを達成した。これで山形県44市町村、秋田県69市町村に次いで3県目の達成となる。3県で合計171市町村となった。残る青森、宮城、福島の3県については、進捗率は50%強といったところだと思う。向こう2年は地道な活動を続け、一旦コンプリートのことは忘れようと思う(集計は続けます)。さて、岩手県について感想を・・・。それは「コンプリートなんて出来ていない」ということだ。確かに全市町村を訪問し、全ての町で写真を撮った。一回しか行っていない町もあるが、多くの町は複数回行っている。10回以上行った町が、10箇所以上ある。10回以上行った町でも、まだまだと思うのに、一回行っただけ...岩手コンプリート達成!感無量。全58市町村の記録

  • 私的な岩手考察(終)〜限りのない再生へ

    <キーワード⑤:三陸>岩手を語る時、そして岩手を歩く時、三陸を避けて通ることは不可能だ。東日本大震災が発生した時、僕は東北に移住して既に数年が経過していた。三陸方面の町でいえば、殆どの大きな町には行ったことがあった。だがその周辺については、歩いたり写真を撮った町の数は限られていた。それでも宮古の美しい海岸に感動したり、釜石の長屋飲み屋街に驚いたり、行った町々はどこも楽しかった。静岡の海沿いで育ったこともあり、浜の町並みに興味は尽きなかった。そんな三陸の町が津波に襲われたとき、僕はそれを受け止める方法が分からなかった。言葉にならないのだ。あれから十年以上が経った。今では復興を遂げつつある町に脚を伸ばすし、奇跡的に残った古くからの町並みなどを撮影する機会も増えた。それでも心のどこかで後ろめたいような無力感に苛まれて...私的な岩手考察(終)〜限りのない再生へ

  • 私的な岩手考察④〜街道浪漫

    <キーワード④:街道>岩手の内陸部から太平洋側に向かって、東西に幾つもの街道が伸びている。大きく分けると、①久慈ルート、②岩泉ルート、③宮古ルート、④釜石ルート、⑤大船渡ルート、⑥気仙沼ルートである。更に、それぞれを南北に繋ぐ串のような街道が複雑に絡み合う。この街道筋をクルマで走ると面白い。恐ろしいくらいの長い距離、何もない道を走ることもあれば、山間に突然巨大な集落が出現したりする。最後の気仙沼ルートは、一関から気仙沼に伸びている。途中には「千厩」という大好きな町がある。ずっと岩手側を通行し、最終目的地の気仙沼だけ何故か宮城県となる。またJR大船渡線は、街道を跨ぎ走る。興味のある方は一度路線図を見て欲しい。一関の当方で何故か一度北上し、また南下する。線路自体が丁度「凸の字」を描いている。その出っ張りの部分には、...私的な岩手考察④〜街道浪漫

  • スーパー猫の日を無視できない〜20年越しの猫たち

    2022年2月22日。この語呂を超えるには、2222年2月22日を待つしかない。とりあえず2月22日ということで、にゃん、にゃん、にゃんの3連弾とした。初代ボス猫シャー(雌)、初代長男チビ、そして銀次郎。すべて撮影年はランダム。失くなった一番上の猫の生誕からもう四半世紀近い。振り返ると感慨深い。今回の投稿は、猫達へ。スーパー猫の日を無視できない〜20年越しの猫たち

  • 私的な岩手考察③〜続・遠野物語

    <キーワード③:遠野>過去写真から遠野をピックアップした。岩手県の遠野市は、概念としての古き良き東北が残る地だ。もっといえば、概念としての古き良き日本が残る地でもある。それは古い建物とか、レトロな雰囲気とか、そういう泡沫のことではない。精神性そのものの痕跡が残っている。例えば、東京の町と江戸の町は、完全に隔絶している。それは単に時間軸の問題ではない。江戸と東京は全く異なる町になった。遠野は、そこが根本的に異なる。人々の生活の中での民俗、つまりは伝統や信仰、死生観といった昔ながらのシャーマニズムが、そのまま受け継がれている。目を瞑り、耳を澄ませば、遠野物語の時代と何ら変わらない世界がそこにあることを感じる。勿論、姿形も精神性も徐々に平準化されつつあり、やがてその痕跡を辿ることは困難になるだろう。でも、今はまだ「感...私的な岩手考察③〜続・遠野物語

  • 私的な岩手考察②〜定宿・鉛温泉あればこそ

    ※「白猿の湯」は撮影禁止のため、鉛温泉公式HPから画像を拝借しました。僕が撮影したものではなく、著作権は鉛温泉にあります。<キーワード②:鉛温泉>岩手県は広大だ。秋田県から遠征し全ての町を訪問するには、日帰りだけでは無理だ。必ずどこかで宿泊をする場面がある。そのメイン宿が鉛温泉となった。僕は東北に来る前は、湯治宿(自炊宿)には泊まったことがなかった。というより温泉宿に一人で泊まりに行くことも殆どなかった。それが今では自炊宿の魅力にどっぷりと嵌っている。そして全ての温泉宿のなかで唯一、この鉛温泉(一軒宿、藤三旅館)を定宿と呼んでいる。数えたことはないけど、軽く20回以上(多分もっともっと)は泊まっている。岩手の市町村の半分近くは、ここを拠点に行ったのではないだろうか。逆にいえば、ここがなければ岩手全県を巡ることは...私的な岩手考察②〜定宿・鉛温泉あればこそ

  • 私的な岩手考察①〜水沢の町が果たした役割

    <キーワード①:水沢>昨年来、「岩手県の全ての市町村で写真を撮る」ことに精力を傾けてきた。近々、そんな大げさではないが、何らかの発表をする予定でもある。今週は趣向を変えて、僕にとっての「岩手県で写真を撮ること」の意味について考えてみようと思う。岩手県は広大であり、その文化や習慣も多種多様だ。「岩手県」という一つの言葉で集約させることも困難に感じるほどだ。そんな岩手県は、僕にとって「5つ」のキーワードで集約される。これは個人的なキーワードであり、必ずしも一般的なことではない。世界遺産みたいに、実際には「及びその周辺並びに関連する云々」という但し書きが必要かもしれない。でも敢えて言えば上記の5つになる。これに関係する写真を載せていくが、新作もあれば過去記事の再掲載になることもあるだろう。使用機材の掲載も見送ることに...私的な岩手考察①〜水沢の町が果たした役割

  • にっちもさっちもどうにも三陸(終)〜嗚呼、美しい町

    クルマ移動なので、モノクロ用セットのライカと、カラー用セットの富士X-PROのを両方を持参した。どちらを使うかは、その町に着いた瞬間瞬間に決めた。それはすなわち、モノクロで撮るか、カラーで撮るかを意味する。退路はないが、どちらかを決めるだけの確たる理由はない。多少軽薄な表現を使えば、フィーリングということになる。そのフィーリングが意外と馬鹿にできない。ここは宮城県の旧・河北町。もとの石巻市の北に位置している。言うまでもなく、モノクロで撮るべき町だった。最近は陽射しのコントラストが強くてぱさついたモノクロ写真が多かった。でも、この日の光はバッチリだった。どこまでも美しいモノクロの町。三陸の旅の最後を飾るに相応しい町である。昨年11月以来、3回(+1回)の三陸行きを実行した(+1回は釜石大観音だ)。総走行距離は30...にっちもさっちもどうにも三陸(終)〜嗚呼、美しい町

  • 冬の造花は鮮やかだから良いとは限らない

    雪国の秋田県、冬の間は「花」を目にしない。僕が生まれ育った西伊豆では、既に「土肥桜」が満開を迎えているという。何という違い。この冬の時期、町を歩くと普段は眼に入らない造花に気づくことが多い。商店や美容院などのガラス窓に飾られている。冬だから華やかな色合いをという心尽くしだと思う。それを思いっきり鮮やかに撮ることも可能だが、ここは冬の造花らしい哀しさも折り込みたい。そういう屈折した写真なのである。8のつく日はwebにお花を』X-PRO3/XF23mmF2RWR冬の造花は鮮やかだから良いとは限らない

  • にっちもさっちもどうにも三陸④~石巻を歩くと境港を思い出す

    石巻は何度か来ている町である。沿岸部だけでなく、内陸部にも町が点在しているなど見どころも多い。今回は沿岸部の中心地を歩いた。近隣の登米市(旧・中田町石森)出身の漫画家、石ノ森章太郎のキャラクターが町中にディスプレイされている。仮面ライダーとか、サイボーグ009とか。この感じ、何かに似ていると思ったら、鳥取県の境港だった。あそこは、水木しげるさんの縁の地で、町の通りには「ゲゲゲの鬼太郎」のキャラクター像が並んでいた。妖怪ポストもあった。モノクロの使い捨てカメラで撮影したことを覚えている。それも随分前のことで、そのフィルムも失くしてしまった。境港を歩いた時は関西(京都)に住んでいた。まさか自分が関西に住むなんて嘘みたいだと思っていた。その後に東北に住むことになるなんて、夢にも思わなかった。人生は分からないものだ。嗚...にっちもさっちもどうにも三陸④~石巻を歩くと境港を思い出す

  • にっちもさっちもどうにも三陸③〜ここは本吉町、至福の刻

    宮城県の旧・本吉町。気仙沼の南側に位置する町で、平成の大合併で気仙沼市と合併している。宮城県の旧市町村というのは正直、殆ど把握していない。今回は気仙沼から、宿泊地の南三陸町に移動する際に立ち寄った。本吉の海岸部は東日本大震災の津波で甚大な被害を受けた。かつての町並みは、当然残っていないと思っていた。ところが本吉町の中心部は内陸よりにあり、この町並みが出現した時は驚いた。最近は「コンプリート」に固執するあまり、バタバタと町から町へ移動することが続いた。本当は、こういう町をゆっくり歩くことが僕の喜びなのである。町には全く人の姿はなかった。閉めてしまった古い商店跡も多い。それでも、この町は何となく「生きている」感じが強い。生活の営みの濃厚な匂いがする。多分、普通のウィークデイに来れば、また違う姿が見えるのだろう。この...にっちもさっちもどうにも三陸③〜ここは本吉町、至福の刻

  • にっちもさっちもどうにも三陸②~56番目町、驚異の看板3連弾

    今回の三陸入りは、気仙沼ルートを取った。気仙沼に至る街道は岩手県に通っており、最終到達地点の気仙沼市だけが「取ってつけたように」宮城県なのである。その話は色々な方がしているので割愛する。このように行政の区割りと、生活圏の区割りが異なるケースは他にもある。それが人の営みの面白いところでもある。さて、気仙沼の手前(一関=内陸側)に旧・室根村とがある。もう何度も通過した村であり、写真も撮っている筈なのに見つからない。室根村に入り、走行中に写真の看板を見つけた。キリスト、タバコ、スプライトの3連弾。驚異的な破壊力を持つ看板群は、明らかに見覚えがあるものだった。というか、多分3回くらい撮影している。その先のラーメン屋さんに立ち寄ったことも思い出した。確か11時の開店を店の前で待っていた。なかなか開かず、11時15分くらい...にっちもさっちもどうにも三陸②~56番目町、驚異の看板3連弾

  • にっちもさっちもどうにも三陸①〜再び朝日、四变化

    岩手コンプリート(旧市町村単位で59市町村すべての町並写真を撮る)のため、せっせと岩手三陸方面に通っている。昨年の11月に岩手県最北部の旧・種市町から久慈市までの範囲を訪問した。今年に入って2月の第一週に野田村から大槌町までを訪問した。特に2月のツアー(一人企画ですが)では結構疲れてしまい、今週は休もうと思っていた。それでも2度あることは3度ある。この3連休も、まさかの三陸方面に遠征してきた。今回は宮城県側がメインであり、僕の一人旅というより家人へのサービスを兼ねている。それでも2週連続の三陸行き。僕が先週に「あなご天丼」を食べたことが気にいらない家人の要求=「鮑と寿司を食わせろ、生ビールも飲ませろ」、これに対応したものである。結果的に岩手コンプリートにもリーチが掛かった。写真は2週連続で眺めた太平洋の日の出。...にっちもさっちもどうにも三陸①〜再び朝日、四变化

  • もう一つの宮守は神秘の町

    旧・宮守村の達曽部地区。現在では遠野市となっている。宮守とは「神社を守る人」という意味で、それだけでロマン溢れる名前である。加えて「達曽部」という地区名。単なる集落とは思えない。なにかの秘密を守り続ける集落ではないかとすら思える。宮守自体が岩手の内陸深い位置にあるのに、達曽部は宮守の更に奥地にある。岩手三陸遠征の帰りに立ち寄った。というのも釜石道は、花巻から宮守、遠野を経て釜石に向かう道路だからだ。宮守ICから達曽部に向かう街道は、きちんと除雪されていたが、集落に入った途端に雪景色となる。別世界に来たかのような不思議な感覚となる。僕は雪国に育ったわけではない。それにも関わらず、自分の幼少期に見た町の原風景で再会したような気分になった。LEICAM10MONOCHROME/APO-LANTHAR35mmF2VMもう一つの宮守は神秘の町

  • 余談だが、久保田の萬壽を呑んだ

    お正月に備えて、幾つか良い酒を用意していた。今年の正月酒には、「〆張鶴大吟醸銀」を選んだ。正月だからといって、日本酒ばかり呑んだわけでもない。ビールも飲んだし、ワインやシャンパンも飲んだし、スコッチウイスキーも飲んだ。結果的に、日本酒が結構残っている。残って困るものではないが、この「久保田萬壽」だけは扱いに困る。僕にとっては、非日常の贅沢酒である。おいそれと呑むわけにはいかない。そんなわけで、やっと先日封を開けました。漂う耽美的な香りに、猫も引き寄せられた。「おいお前、そんな良い酒、呑むニャよな」。iPhone13PRO余談だが、久保田の萬壽を呑んだ

  • 三陸線を南下せよ(終)~旅の食事を振り返る

    三陸南下の旅は、田野畑村を出たあと、旧・田老町、山田町、大槌町まで続いていく。間に宮古市(既に何度か訪問済み)にも立ち寄った。それぞれで町並みの写真も撮った。もしかしたら番外編で後日載せるかもしれないが、ここでの掲載は止めようと思う。これにて三陸シリーズ終了である。ひたすら三陸縦貫道をクルマで走り続ける旅だった。降り立った地では、疾風のごとく撮影し、あっという間に次の地を目指す。日頃吹聴する「量のない質はない」という言葉の真逆の行為ではないかと不安になる。疾走するなかで何かが見えるかと期待したが、今回はそういうこともなかった。それでも次を目指そう。さて、旅の息抜きは食べもの。普段は適当に済ますし、今回もラーメンで良いと思っていた。二日とも美味しいものを食べたので、最終回は食べ物写真で終わることにする。食べ物写真...三陸線を南下せよ(終)~旅の食事を振り返る

  • 三陸線を南下せよ④〜田野畑村で思案に耽る

    番外の旧・新里村を皮切りに、野田村、普代村、そして田野畑村まで来た。岩手コンプリートは順調に進んでいる。でも本当に進んでいるのだろうか。例えば、同じ岩手県でも旧・水沢市や遠野市、花巻市なんかには、それこそ何度も何度も繰り返し訪れている。それでもコンプリートしたとは思えないし、同じ町の中にも未知の場所は数え知れない。田野畑村も、上3枚の商店(跡)と最下段の防潮堤部分では全く別の場所に思える(最後の1枚は初日に立ち寄り、残りは順当に二日目に撮った)。たった一回行っただけで、コンプリートなど偉そうなことを言えない。ここまで来て、なにか疑問のようなものが生じている。何に対する疑問なのかは分からない。それでも先に行こう。何度も行く町もあれば、一回しか行かない町もある。もっといえば、全国の町で考えれば、一回も行くことのない...三陸線を南下せよ④〜田野畑村で思案に耽る

  • 三陸線を南下せよ③〜普代村の日常

    町や人の暮らしには様々な側面がある。例えば、魚市場に行ったとしよう。そこで昼食を食べるのであれば、僕らは当然「魚」を食べたい。でも市場で毎日魚を扱う人は、昼くらいは「肉」を食べたいと思ったりする。必然的に肉とかカレーとかラーメンの店が多くなる。そういう例は沢山ある。下関に住む人が毎日のようにフクを食べることはないし、宇都宮に住む人の餃子だって同様だ。岩手県の普代村を考えると、やはり海が思い浮かぶ。リアス海岸の断崖絶壁があり、極上の雲丹が手に入る場所、それが僕の持つイメージだった。でも前例からいえば、住民が日がな海に行き、雲丹ばかりを食べる。そんなわけはないのである。普段の生活は町場で過ごすだろうし、普通に商店で食材を買うだろう。そんなわけで、ごく普通の顔を持つ普代村の商店街を歩いた。岩手県の標準的な町並みだった...三陸線を南下せよ③〜普代村の日常

  • 三陸線を南下せよ②~野田村なのだ

    今回のミッションは便宜上、次の通りとした。野田村(久慈市のすぐ下)をスタート地点として、南下しながら町を巡る。行けるところまで行く(最終地点は大槌町となった)。実際には、野田村に行く前に幾つかの町(村)に先に立ち寄ったりおり、北から順番に南下した訳ではない。便宜上ブログでは北から順番に南下したことにした。時系列のずれは勘弁して下さい。さて、野田村は結論からいえば、とても良い場所だった。宿(国民宿舎だった)も取ったが、ご飯も美味しいし、人々の感じも良かった。野田村は「海の町」で、多分夏場では釣り客やウニを求める人で込み合うのだろう。海には立派な防潮堤があった。東日本大震災の津波では、この町も大きな被害を受けた。野田村は久慈市と密接な関係にあり、同じ経済圏にあるようだ。なにしろ野田村に建っている「陸中野田駅」の前に...三陸線を南下せよ②~野田村なのだ

  • 三陸線を南下せよ①〜始まりの村

    東北コンプリートというテーマをライフワークとしている。いわゆる「平成の大合併」以前の旧市町村単位で、全ての市町村の町並写真を撮るというものだ。すでに山形、秋田の2県では達成し、岩手県も佳境に入っている。今回は久慈市の南隣りにある「野田村」から普代村、田野畑村、旧・田老町、山田町、大槌町と6箇所の町村を訪ねてきた(宮古市にも立ち寄ったが、既に撮影済なので除外している)。いよいよカウントダウン状態に突入するが、まずは今回の話をしよう。実はもう一箇所、旧・新里村(宮古市)に立ち寄ることから、旅はスタートしている。宮古市方面には、盛岡から東に横断する形で行くことになる。その過程で旧・川井村、旧・新里村という2つの村を通過する。当然これまでも何度も通過したことがある。でも、新里村で写真を撮るのは今回が初めてだ。正直、特別...三陸線を南下せよ①〜始まりの村

  • 海に抱かれて漢なら〜といきたいものだ

    写真自体は、建物と展望台からパシャっと撮っただけで、撮影意図はない。連日の除雪作業と、諸々の雑事から逃れるために三陸方面に逃亡していた。嗚呼、我が太平洋。青い空と鮮やかな朝日。もっとも僕が生まれ育ったのは、太平洋といっても内海の駿河湾。朝日ではなくて夕日だったけど・・・。いずれにしても三陸を文字とおり縦貫したので、ヘトヘトになった。帰宅すると、秋田県の我が家は想像を絶する積雪で、疲れて帰った夕方にそのまま除雪作業をした。同じ東北といっても、千差万別だ。X-PRO3/XF16-80mmF4ROISWR海に抱かれて漢なら〜といきたいものだ

  • 雪を切り裂く青い相棒

    僕の青い愛車を紹介する。ヤマハYT1070。10馬力エンジンを搭載した頼れる相棒だ。本当はもっと大きいタイプが欲しかったが、この辺りが現実的なラインだ。除雪幅は70cmである。敷地と排雪場所の関係で、除雪機がないと我が家の除雪は成り立たない。ちなみに以前は中古の大型除雪機を使っていた。確か除雪幅120cmで、重量も軽く500kgオーバーだったと思う。パワフルだったけど故障続きで苦労した。しかも万が一雪にハマってしまうと抜け出すのが大変だった。というか、どうしても抜け出せず、そのまま数日放置したことさえある。後に不動となり退役した。その後、農家用のトラクタに除雪オーガを付けたものを借りていたこともある。これは更にパワフルだったけど、パワフル過ぎて危険だし、無駄に大きくて困った(クルマと同じ大きさ)。そこで数年前に...雪を切り裂く青い相棒

  • 雪のかっぱ小路に猫はいなかった

    大雪の秋田川反。夜に飲みにいくことは時節柄できないので、昼間の様子を見にいった。顔見知りの猫の様子も気になっていた。小路ゆえ、機械除雪などできないので、雪が凄いことになっていた。猫小屋は無事だったが、肝心の猫の姿は見えなかった。昼間は別の場所にいるのだと思うが、無事でいて欲しい。LEICAM10MONOCHROME/SUMMICRONM35mmASPH雪のかっぱ小路に猫はいなかった

  • 謎の象形文字の正体

    お昼に家に戻ると、玄関前の雪溜まりに謎の象形文字を発見した。スタンプで押したかのようなキレイな造形だった。家の裏庭に先日現れたキジの足跡に違いない。噂によれば、野生のキジなのに人に慣れているのか、玄関まで入ってくることがあるという。家の玄関にキジが入ってくる。いつかそんな場面に遭遇したいものだ。いずれにせよ、玄関前をキジが通過するだけで、僕には驚きだ。X-PRO3/XF16-80mmF4ROISWR謎の象形文字の正体

  • 矢島町〜最後の最後で名誉回復した町

    秋田県の旧・矢島町(由利本荘市)。鉄道駅があり、一定規模の町並みを持ちながら、全国標準的な店舗は殆どない稀有な町並みである。国道添いにはコンビニ(ローソン)やドラッグストアなどもあるが、町の中心部には古くからの個人商店以外は存在しない。矢島町は、旧矢島藩を擁した城下町である。その成り立ちも面白い。元々は四国の高松藩(17万石)を率いていた生駒氏。その生駒氏一族が跡取りをめぐるお家騒動で、領地を没収される。領主の生駒高俊は現在の旧・矢島町に流罪となった。その際に1万石を与えられ、居を構えた。藩主といってよいのか、微妙な立場だった。ただし、幕末期には新政府軍に協力し功績を上げ、1万5千石の大名に復帰したようである。それも束の間、廃藩置県。そんなわけで、流罪で出来た領地とはいえ、最後の最後で名誉回復を図ったのである。...矢島町〜最後の最後で名誉回復した町

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