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見習い僧侶の食事について(義浄『南海寄帰伝』巻3「十九受戒軌則」の参究・15)
15回目となる連載記事だが、義浄(635~713)による『南海寄帰伝』19番目の項目に「受戒軌則」があり、最近の拙ブログの傾向から、この辺は一度学んでみたいと思っていた。なお、典拠は当方の手元にある江戸時代の版本(皇都書林文昌堂蔵版・永田調兵衛、全4巻・全2冊)を基本に、更に『大正蔵』巻54所収本を参照し、訓読しながら検討してみたい。今回は、見習い僧侶の食事についての話である。若し常住を餐するは、聖教、全く遮る。必ず其れ衆に於いて労有るは、功に准じて亦た餐食に合す。或いは是れ普通の食、或いは施主、心を先んずべきは、復た餐食すと雖も、故に罪無しと成す。夫れ龍河影没し、鷲嶺光り收る。伝法の羅漢、能く余り幾くか在らん。故に論に云く、大師眼閉じれば、証も随て亡す、煩悩増す時、応に勤て逸すること莫れ。理、当に諸徳共...見習い僧侶の食事について(義浄『南海寄帰伝』巻3「十九受戒軌則」の参究・15)