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川越街道 街道を歩く その4 歴史を訪ねる シニアの健康ウォーキング 大井宿(新河岸)→川越宿
最終回は新河岸から川越宿まで12kmの街道ウォーキング。烏頭坂からは、岸町熊野神社、浅間神社、菅原神社、川越八幡と神社が続きます。喜多院からゴールの川越城跡へと向かい、市立博物館では川越の歴史を深く学ぶことが出来ます。蔵の街を散策して帰路に就くこのコース、知らなかった小江戸川越を満喫できますよ。
シニアの健康ウォーク 日本橋スタート 歴史も楽しめる日帰り街道歩きのススメ
高血圧や高脂血症の改善と認知機能維持のため、単調な近所のウォーキングにプラスして2年前から五街道歩きを始めました。関東在住のメリットを活かし、日本橋から出発する5つのコースを設定。春夏秋冬の景観を楽しみ、神社仏閣や名所も巡っています。手軽に始められる健康ウォーキング、あなたもいかがですか?
川越街道 街道を歩く その3 歴史を訪ねる シニアの健康ウォーキング 大和田宿(新座)→大井宿(新河岸)
大和田宿(新座)から川越宿手前の大井宿まで約14kmの街道ウォーク。街道の面影が残るケヤキ並木や松並木は江戸時代の旅人気分が味わえる魅力のコースです。各宿場には由緒ある神社仏閣や旧跡も多く残されており街道の歴史を今に伝えています。
川越街道 街道を歩く その2 歴史を訪ねる シニアの健康ウォーキング 下練馬宿(成増)→大和田宿(新座)
下練馬宿から白子宿、膝折宿を経て大和田宿(新座駅)まで、のんびり街道ウォーク。途中熊野神社には富士塚があり大イチョウも見事。湧水やアップダウンが続く街道、歴史ある神社仏閣、旧家も残っている見どころ満載のコース。
川越街道 街道を歩く その1 歴史を訪ねる シニアの健康ウォーキング 板橋宿→成増(下練馬宿)
川越街道はお江戸日本橋から川越城に至る約43kmの街道。室町時代、太田道灌が川越城と江戸城を築いたころ、二つの城を結ぶ重要な役割を果たした道。五街道のような派手さはありませんが庶民の暮らしを身近に感じられる跡が残っていると思います。板橋宿から上板橋宿、下練馬宿方面へ歩き、本日のゴール成増まで。
今日もクラクラするほど暑かったけど、穏やかな天気だったと思う お昼過ぎまでお互い自室に篭ってゲームをしたり本を読んだり好き勝手にのんびり過ごした後、必需品を買いにホームセンターへ。 …で、昨日は「かっぱ祭りの日だからキュウリも大安売りしているに違いあるまい」と、期待に胸膨らませて牛久へ向かったのだけど、ポケットファームで売っていた大袋はなんと800円。 普通なら298円ぐらいで手に入りそうなのに超高値だったせいで心底ガッカリしてしまい、仕方が無いから約800円分のキュウリじゃないウリ科野菜を色々買うことにした(笑) …あ、キュウリも混じっていたな。黄色い丸いのはインドのキュウリだって。 摘果メ…
ちょっとだけ時間があったので川越の街に寄ってきた。 『時の鐘』。これはあんまりロマンチックさとかは感じない音。 でも、残したい日本の音風景100選の中に入っているみたいね。 この辺りには、お店がいっぱいあって食べ歩きにはもってこい。 『焼き団子』に『味噌ポテト』 『普通の大きさのたこせん』 『巨大なたこせん』 揚げたての『芋けんぴ』 『抹茶プリン』 『あんこの気持ち』 食べ物以外で唯一お金を使った場所。 縁結びの神様で有名な『氷川神社』。 彼氏ほしい娘へのお土産💖 川越に来たら必ず買って帰る『いも恋』。 これもお土産に喜ばれる『豆吉本舗のお豆』。 川越って昔ながらの街並みが風情豊かでホントに魅…
これまで何回かに分けて、川越街道の宿場巡りの旅を投稿してきました。今回は、総集編ということで、これまでの旅の記録をまとめたいと思います。 川越街道は江戸日本橋より中山道を進み、江戸四宿の1つ板橋宿の平尾追分で分岐して川越城下に至る街道です。伊能忠敬「大日本沿海輿地全図」...
圧巻の「知恵伊豆」の菩提寺・平林寺:川越街道の旅番外編(続編)
今回は、川越街道の旅番外編の2回目として、大和田宿で紹介できなかった平林寺です。 境内林は、武蔵野の面影を残す雑木林として、1968年(昭和43年)に国の天然記念物に指定されています。 平林寺は臨済宗妙心寺派の寺院であり、山号は「金鳳山」です。南北朝時代の1375年(...
川越街道の旅では、各宿場を紹介してきましたが、旧川越街道は、起点の板橋宿(平尾宿)では国道17号線を通り、途中から現在の川越街道に当たる国道254号線に移ります。この間、通るのが東武東上線の大山駅周辺の商店街です。 大山は宿場町ではなかったため、以前の板橋宿、上板橋宿の...
小江戸川越城下巡り(中):童謡「とおりゃんせ」の発祥地を訪ねる
川越街道を、板橋から川越まで旅してきましたが、折角なので小江戸川越城下を巡ってきました。今回はその第二話です。 前回に続き、小江戸名所めぐりバスを利用しました。 喜多院の山門の前にある日枝神社です。創建は860年(貞観2年)といわれています。東京赤坂の日枝神社(旧官幣...
小江戸川越城下巡り(上):小江戸名所めぐりバスで喜多院を訪問
川越街道を、板橋から川越まで旅してきましたが、折角なので小江戸川越城下を巡ってきました。見どころが多いので3回に分けて報告します。 川越城下巡りには、東武バスのフリーチケット(大人400円、子供200円)が便利です。このチケットで、 ・小江戸名所めぐりバス(全区間) ...
今回は、川越街道の旅の最終回、終点川越城下です。 大井宿を出ると、旧道は国道254号線から分かれて進みます。その後JR川越線、東武東上線と交錯するあたりで再び国道254号線と合流しますが、すぐに国道254号線は国道16号線とぶつかります。ここは新宿(あらじゅく)交差点と...
川越街道の宿場町⑦大井宿:明治時代の大火から復興したモダンな町
今回は川越街道7番目の宿場町の大井宿です。現在の埼玉県ふじみ野市にあります。最寄り駅は東武東上線ふじみ野駅になります。 新座市の大和田宿を出ると、川越街道は国道254線と合流します。進むと大井宿の入口(下宿)に天台宗徳性寺があります。 徳性寺は江戸時代に隆盛を極め、大...
川越街道の旅の今回は第六の宿場町・大和田宿の報告です。最寄り駅は武蔵野線新座駅になります。 膝折宿をでて進むと、新座市に入ります。新座市でJR武蔵野線よりも東側は野火止(のびとめ)地区と呼ばれています。江戸時代、幕府老中でもあった川越藩主松平信綱が多摩川の水を羽村から武...
川越街道の宿場町⑤膝折宿:室町時代の名馬・鬼鹿毛伝説に由来する宿場町
今回は川越街道五番目の宿場町「膝折宿」で、現在の埼玉県朝霞市にあった宿場町です。東武東上線「朝霞」駅が最寄り駅となります。膝折の名は、室町時代の武将・小栗助重が敗走し、鬼鹿毛という名の馬に乗って当地まで逃れてきたところ、鬼鹿毛がこの地で力尽き、膝を折って死んだことに由来す...
川越街道の宿場町④白子宿:古い家屋が保存され宿場町の雰囲気が残る
現在の埼玉県和光市は、以前も報告した新倉地区と、川越街道の宿場町であった白子地区が合併して1943年に誕生してできた旧大和町を前身としています(旧大和町は1970年の市制を施行する際に和光市に名称変更しています)。今回は、旧白子宿を訪問してみました。 白子は古代朝鮮系の...
川越街道の宿場町③下練馬:江戸時代にはこの地域では富士講が盛んだった
今回は川越街道三番目の宿場町「下練馬宿」で、現在の練馬区北町に当たります。東武東上線[「上板橋」駅と「東武練馬」の間で、線路のすぐ南側に位置するエリアです。 東武練馬については、以前投稿しています。 今の「北一商店街」や「きたまち商店街」に連なるエリアがかつての川越街...
お弁当づくりの修行しています:働くママさんの苦労を実感しました
妻が急病で入院してしまい、先週から息子のお弁当づくりしています。本人は外食で構わないと言っているので任せておいたのですが、昼休みの時間が短く混雑もすごいので、毎日のようにコンビニのおにぎりかサンドイッチで済ませていたようで、みかねて先週より私が作り始めました。 私は通勤...
川越街道の宿場町②上板橋:昭和初期の説教強盗で有名になった宿場町
今回は、川越街道2番目の宿場・上板橋宿です。場所は、現在の東武東上線中板橋駅の南側に当たります。 板橋宿から旧川越街道を進むと、大山駅を経由して、国道254号線(新川越街道)に出ます。ここは、「ハッピーロード大山」と呼ばれる都内でも最大級の商店街の一つになっています。大...
川越街道の宿場町①板橋宿前編:中山道からの分岐点、川越街道の起点だった平尾追分
先日来、成増や和光市の投稿をしてきましたが、その際たびたび川越街道が登場しました。 ふと、新撰組の供養祭で板橋に行ったのも何かの縁と思い、宿場町の今を訪ね歩いてみたくなりました(といっても全部歩くのは面倒なので、公共交通機関利用を併用しました)。 現在の川越街道(新道...
前回は板橋宿で川越街道が中山道から分岐する平尾追分を紹介しました。板橋宿といっても広く分散しており、東から、平尾宿、仲宿、上宿の3つの宿場がありました。このうち、宿場の中心地は仲宿だった模様です。 現在でも板橋宿における旧川越街道の史跡が少なく、表示も十分ではないのに対...
先日、東武東上線および地下鉄有楽町線・副都心線の駅がある成増を訪問しました。 成増より一駅先にあるのが、和光市駅です。 ここからは埼玉県になります。地方に行くと県境は海や大きな川、そして険しい峠で隔てられており、文化も大きく異なります。人の行き来が少なかった廃藩置県前...
統計上正しい数字はどうなっているのかわかりませんが、自動車関連産業全体の就業人口は、549 万人に及び、全就業人口の 8% を占めるそうです。まさに、日本の経済活動に与えるインパクトが大きいことには代わり有りません自動車と言ってもその範疇は広大で、多分自転車を