メインカテゴリーを選択しなおす
最近、認知症の話題が多くなっていましたね。 もちろん訪問看護では、他の疾患の方にも伺っていますし、その中にはがん末期の方もいらっしゃいます。 今回は、その癌末期の方々の最後の場所の選択についてです。
病気、入院、余命宣告、寝たきりと元気だった今年の5月から事態が急激に変化しています。その中で、本当にきついのが、父の再婚相手が完全なテイカーであることです。テイカーとは、ダニエルカーネマン著の「GIVE&TAKE」で出てくるのですが
兄がお世話になった皆様へのお礼とご挨拶…。在宅を支えて下さった皆様へは、私も「この時間に伺うと忙しくないかな?」「こんなものが喜ばれるかな?」なんて考えながら足を運ぶことができました。 そこで悩んだのが、病院の皆様。お礼をするべきか否か…。
これは、退院直前の話です。 部屋を出る前に、室内に忘れ物があってはいけないので看護師さんと一緒に確認していた時のことです。 今まで病棟の何かだと思っていた黒い物体。それが「これは何?誰のもの?」ということになり、ちょっとした騒ぎに…。
これは、退院直前の話です。 部屋を出る前に、室内に忘れ物があってはいけないので看護師さんと一緒に確認していた時のことです。 今まで病棟の何かだと思っていた黒い物体。それが「これは何?誰のもの?」ということになり、ちょっとした騒ぎに…。
兄が乗った葬儀屋さんの車を「病院のひっそり退院する出口」で送り出した後、警備員さんが「いつもの出口」へ案内して下さいました。息子と娘が一緒でしたが、見慣れた風景が目に入って初めてホッとすることができました。 帰り道、三人で「何か食べないとね」という話になりましたが…。
葬儀屋さんへ連絡を入れたのは、病棟の一室からでした。家族が待機する際に使用できる部屋のようで、兄のエンゼルケアが行われている間、私と子供たちはそこで過ごしました。その間に〝素敵な葬儀屋さん〟の社長、Gさんへ電話をしました。 兄をお迎えに来ていただくために。
以前、兄が購入した桜の盆栽。二本の桜の枝がそれぞれ可愛く花を咲かせていましたが…。 そのうちの一本が枯れてしまいました。 ああ。なんでこんな時に…。
兄が無事入院しました。入院のための何枚もの書類に記入し、いろいろな方からの質問に答えていると、気が付けばあっという間に時間が過ぎていました。退院調整看護師のTさん、病棟医のM先生が病室へ足を運んで下さった時は17時を過ぎていました。
兄の入院が決定し、受け入れ準備が進む中、兄と私は車で病院へ向かいました。兄がまだ歩けたので、今回は救急車を要請せずに済みました。入院も自分で決めたこと。 その分、同じ入院ではあっても、前回よりは楽な気がしました。ただ、体調は前回とは違います。
兄の衰弱は誰にも止められず…。いよいよ兄は入院を希望しました。自宅でも点滴を受ける事はできるとY先生は説明して下さいましたが、病院の方がより良い治療を受けられると思ったのか?病院という医療機関に身を置く安心感を望んだのか?ハッキリした本人の話は聞けませんが、それらが入院を希望した要因ではないかと推察します。
ここの所、兄の体調はどんどん悪化しています。いや、悪化というよりは衰弱と言った方があっているような気がします。 もう誰にも止められません。兄の体重はとうとう50㎏台になってしまいました。
兄が病院を退院しました。緩和医療へ移行した時の退院の時よりも、元気に退院しました。 病院の皆様、大変お世話になりました!またお世話になるかと思いますが、その日ができるだけ遠い未来になるように、頑張ります!
兄が入院している緩和病棟へ面会に行くとき。必ず言葉を交わすことになるのが警備員さんです。 日によっていらっしゃる人は違いましたが、通う日数が増えてくると一人ひとり、その人となりがなんとなく伝わってきます。
兄が退院することになりました。病棟内を歩けるようになりました。兄も自宅に帰っても大丈夫と判断しました。 だけど、ただでは退院しません。「余命数日と言われたんだから…」を使って介護サービスを増やして帰ります。
昨日、兄の兄の相続~其の三~でお伝えした「自筆証書遺言書」の作成。手書きで書き残す遺言書です。今回は、司法書士さんが「これを見本に、お兄様に書いてもらって下さい」と私に持たせてくれた見本をご紹介します。
「このまま入院で良いですか?」 これは兄が入院している緩和病棟のM先生から言われた言葉です。その意味は「退院をお考えにはなりませんか?」ということだと思いました。逆に伺いたいです、先生。兄は退院しても大丈夫なのですか?
兄はますます回復に向かっております。面会に行くと、見慣れぬペットボトルの飲み物が…。兄に聞くと「車椅子を押してもらってコンビニに行った」って。凄い!
兄の面会に行ったとき、看護師さんから思いも寄らない一言を言われました。 「少しずつリハビリを始めていきましょう」 緩和病棟でリハビリを始める兄…。こんなこと、あるんですね…。
兄の病状に少し回復の兆しが見られます。会話がちゃんとできるようになりました。食事も少し食べられるようになったそうです。 どこまで回復できるのかは分かりません。多量の下血等があれば急変の可能性は高いままではありますが、少し期待してしまいます。
兄が入院した夜、私は泥のように眠りました。兄の部屋へ泊まり込み、そこから出勤していたので、やはり気を張っていたし体も休まっていなかったのでしょう。兄が入院となり、私は「何かあっても看護師さんが対応してくれる」「何かあれば連絡をくれる」という安心感を得ることができました。
ベッドサイドのソファーへ座ると、制止を振り切って立ち上がった兄。 トイレから戻れなくなって私に引きずられたときの兄よりも、何倍も大きく感じられました。なぜ兄は、ソファーに座りたかったのか?それがわかりました。
兄は救急車で病院へ向かいました。私は窓が開いていないか確認をしたり、湯沸かしポットの電気を抜いたり、思いつくままに動いていました。兄の履物をもって、部屋の鍵を閉めて病院へ向かいました。