メインカテゴリーを選択しなおす
日本国の歴史において天皇が担ってきた国家祭祀の継承については別に議論するとしましても、少なくとも象徴天皇並びに皇族という存在については、その必要性が著しく低下していることは、否めない事実のように思えます。政界では、皇位の安定的な継承や皇族の人数の減少を‘国家的危機’であるかのようにアピールしておりますが、多くの国民は、既に皇族に冷めてしまっているのではないでしょうか。マスメディアの多くが‘皇室推し’をする背景には、トップの権威を利用したい世界権力の思惑が蠢いていることは、容易に推測されます。三角錐型の国家体制であれば、その頂点さえ手中にしていれば、簡単にその国民ごとコントロールできるからです。古来、政治的実権は、天皇以外の万機摂政、関白、上皇、将軍等によって担われ、御所が荒れ果てようとも、天皇は日本国の最...皇族の存在と国民のメンタリティー
フリードリヒ・ニーチェが残した「神は死んだ」という言葉は、過激ではあれ、近代という時代の精神を端的に表しているのかも知れません。共産主義者が祖と崇めるカール・マルクスも、ユダヤ教のラビの家系に生まれたとされながら、宗教に対しては冷ややかな評価を下しています。20世紀に至ると、公然と宗教を弾圧するソ連邦や中国のような共産主義国家も現れる一方で、自由主義諸国にあっても、キリスト教といった伝統宗教に対する信仰心は薄らいできています。あたかも、ニーチェの‘予言’が的中したかのようなのですが、その一方で、数多の新興宗教団体が誕生し、今では政治にまでその影響が浸透するという、奇妙な現象が起きています。それでは、無宗教の人が増える中、新興宗教団体は、神を信じる人々が未だ多く存在していることの証なのでしょうか。何れの新興...新興宗教団体は神や仏から遮断されているのでは?
コメントご意見ありがとうございます。 ご指摘のコマーシャルにつきましては当方も頭を悩ませておりまして、お叱りを受けることもございます。 ただ当方ではスポンサーを選ぶことができませんので、どうしてもこういうことになってしまいます。 要望としてちょっと送ってみようと思います。 まあ確認はしておりますが、贅肉もアタシは気にならないではありませんし、目の下のたるみは怖い、そしてアタシはBL系といったところ...
20年くらい前、 当時のママ友から「子育ての話」と誘われて、 博多駅近くの会場に行きました。 記憶は薄くなっていますが、 ビデオを見せられたことは覚えています。 なんか、この世の階層みたいな話(地獄・天界?)で、 不思議系の話は嫌いじゃない私は、 フンフンという感じで観ていました。 その後、 幹部のような人と対面で話をして、 「あなたはキレイな魂をしていますね。ご先祖があなたを頼っているのです」と言われた時は、 何故かポロッと涙が出てしまいました。 さらに、 「この乱れた世界を正すために尽力されている方がいます」 と言われ、 次のビデオを観せられました。 ビデオの中で、その人物が「文〇明」氏と…
【訃報】幸福の科学・創始者で総裁の大川隆法氏(66)が死去新興宗教団体「幸福の科学」の創始者で総裁の大川隆法氏が死去したことが分かった。66歳だった。関係者によると、大川隆法氏は、おととい、東京・港区の自宅で倒れ、病院に搬送されたものの、き
過日、現役の身延日蓮宗の僧侶がSNSで、「創価学会や顕正会といったカルト教団を生んだ日蓮正宗もまたカルト教団である。」などというドンデモ発言をしていた。創価も顕正会も正宗がとっくに破門した団体である。何故破門したかといえば正宗の教義とは違う事を唱えたからで現在のカルト化した創価や顕正の教義は正宗の教義とは似ても似つかないもので全く無関係なのである。それを言うに事欠いて創価・顕正と正宗を同列に扱うとは言語道断だ。さすがは江戸時代に大石寺を禁制だったキリスト教や不受不施派のように言いふらしいた身延坊主の末裔である。その理論ならば統一教会やエホバを生み出したキリスト教もオウムが教義の基本にしていた原…
適度な飲酒は認められている寛容な「唯一神 真知宇 イエス教会」 関西の同志社卒 増田真知宇 先生
適度な飲酒は認められている寛容な「唯一神 真知宇 イエス教会」 適度な飲酒は認められている寛容な「唯一神 真知宇 イエス教会」イエス・キリストは「最後の晩餐」…
はじめに どこにでも家庭に問題を抱えた人たちはいます。 家庭不和で家族の心がバラバラであったり、それが理由で離婚したり、自殺や事故で家族を亡くす・受験の失敗などで新興宗教にハマってしまったり。 自分で問題を乗り越えるすべがわからない。どうや
ジョージ・オーウェルの作品、『1984年』を以て世に知られるようになった二重思考の起源は、おそらく前近代にまで遡るのでしょう。もしかしますと、人類が、コミュニケーションの手段として言葉を使うようになったその時から、他者を欺く偽りの言葉のみならず、他者に対する言葉による思考の強制は始まっていたのかもしれません。そして、こうした利己的、あるいは、傲慢な行為が多くの人々に不利益や損害をもたらしたり、精神的な苦痛を与えたからこそ、他者を騙す嘘や思考の強要は、道徳律や法律によって禁止されるに至ったのでしょう。『1984年』がディストピアと評されるのも、人類にとりまして、その世界が実現して欲しくないものであったからに他なりません。そして、半世紀以上も前に執筆されながら、オーウェルの作品が今日まで読み継がれてきた理由は...創価学会も二重思考?―平和は戦争なり
世界平和統一家庭連合(元統一教会)との関係が批判を浴びている現状に対応すべく、自民党は、「霊感・悪徳商法等の被害救済に関する小委員会」を設け、霊感商法や多額の献金などが問題視されている同教団から被害を受けた信者やその家族に対する救済措置を設ける方針なそうです。具体的な対策としては、相談体制の充実や再発防止を目的とした法改正が挙げられています。しかしながら、同問題の被害が金銭的なものである以上、最も必要とされているのは、教団側からの被害者への献金等の返還や賠償の支払いではないかと思うのです。今般の救済策から垣間見える自民党の基本戦略は、自党と同教団との関係に触れることなく、新興宗教団体の反社会的行為として片付けてしまう‘他人事作戦’のようです。霊感商法や悪徳商法の取り締まりに特化する、あるいは、矮小化すれば...元統一教会被害者の救済は献金等の返還・賠償支払いで
先日27日に日本武道館で行なわれた安部元首相の国葬については、マスメディア並びに政府は、国民の関心を管前首相の弔辞に向けたいようです。この弔辞、事前の反対多数の世論を覆すほどの‘感動’を呼んだのかどうかは怪しい限りなのですが(私の心が冷たいのでしょうか?)、安部元首相をはじめ、日本の政党・政治家と世界平和統一家庭連合(元統一教会)との関係に関する疑惑解明に向けた機運がしぼむとしますと、弔辞礼賛報道は、国民の感情に訴える世論誘導作戦の一環なのかもしれません。いずれにせよ国葬が終わっても、政治と宗教との癒着が重大な日本国の政治問題であることには変わりはありません。世界平和統一家庭連合であれ、創価学会であれ、これらの団体が内外にあって政治活動を行なっているところに、この問題の根源があります。日本国の伝統を重んじ...世界平和統一家庭連合の‘政治資金’の流れの解明を
政教分離は国家の独立性を護る-蘇る江戸時代の鎖国・禁教の意味
目下、自民党と世界平和統一家庭連合、並びに公明党を介した創価学会との関係が問題視される理由は、政教分離の原則に反するからに他なりません。それでは、政治と宗教とは、何故、相互に距離を置かなければならないのでしょうか。それには、幾つかのれっきとした理由があります。本日の記事では、歴史を踏まえつつ、国家の独立性の観点から同原則の意義を考えてみたいと思います。歴史において政治、経済、宗教の各領域が分離されていない時代には、人類は、どのような状況にあったのでしょうか。これらが一元化されていた時代、あるいは、相互の境界線が曖昧であった時代には、一つの分野での混乱や対立等が他の分野へと波及し、内乱や戦争に至ることも稀ではありませんでした。例えば、宗教改革を期としたキリスト教の分裂により、ヨーロッパ諸国の多くが血で血を洗...政教分離は国家の独立性を護る-蘇る江戸時代の鎖国・禁教の意味
昭和の時代が幕を閉じ年号が平成に代わる頃、即ち、冷戦構造の崩壊期でもある1990年あたりから、日本国の政治も大きく変貌してゆくことになりました。グローバリズムの本格化とも重なるこの時期を境として、上下による「挟み撃ち作戦」のターゲットも、中間層を形成する一般国民へと移り、同作戦は、いよいよ一般の日本国民に対して牙をむくようになるのです。そしてこの流れが、創価学会や世界平和統一家庭連合といった新興宗教団体の政治的台頭と軌を一にするのは、単なる偶然とは思えないのです(もっとも、第一次世界大戦や第二次世界大戦の戦死傷者のほとんどが中間層であったことは、当初より、超国家権力体のターゲットは中間層であったのかもしれません)。冷戦終焉が予め計画されていたのか、それとも、計画失敗によるシナリオの変更であるのかは定かでは...ポスト冷戦時代の‘挟み撃ち作戦’-新興宗教団体の利用