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石ころ https://blog.goo.ne.jp/bachan-no-1

日々の聖書通読から、聖霊のお導きによって気づかせられたことや、 新しく教えられたことなどを書いて居ます。 それは今日を生きるための知恵となり、失敗からの守りとなります。 また、不意な出来事に対して、予め備えてくださる言葉でした。

ムベ
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2016/04/03

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  • イエスの栄光となる(ヨハネの福音書17章)

     わたしが行うようにと、あなたが与えてくださったわざを成し遂げて、わたしは地上であなたの栄光を現しました。(4) 嘲笑と鞭と鋭い棘の茨の冠、強盗と一緒に十字架に曝されているイエスに誰が神の栄光を知るであろう。 まことに、彼は私たちの病を負い、私たちの痛みを担った。それなのに、私たちは思った。神に罰せられ、打たれ、苦しめられたのだと。しかし、彼は私たちの背きのために刺され、私たちの咎のために砕かれたのだ。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、その打ち傷のゆえに、私たちは癒やされた。(イザヤ53:4~5) 人は目の前で見ていることがすべてであり自分に重ねて判断する。イエスは私たちの罪と言う病を負い私たちの痛みを担われた。しかし、十字架を目の前にした群衆が、イエスが成された力ある神のわざ、憐みの御わざを思い出...イエスの栄光となる(ヨハネの福音書17章)

  • 今日も明日もメリークリスマス!

     私の心は年がら年中クリスマスイエスを迎えて驚喜しているニコデモみたいに大騒ぎたまわったいのちが喜び踊る 何の資格もない者が名を呼ばれ御わざの故に生きる者となり御許に在ることをゆるされたから気が狂ったように心が踊る そう、本当に狂ったのかも知れないイエスが狂っていると噂されたようにパウロが狂っていると言われたように魂は一足お先に主に在るようだから 私の心は年がら年中クリスマスこの世にある様な・・御国にある様な・・命といのちはもう区別がつかずすべての時が主を教え続ける今日も明日もメリークリスマス!

  • メリークリスマス(ヨハネの福音書17章)

     これらのことを話してから、イエスは目を天に向けて言われた。「父よ、時が来ました。子があなたの栄光を現すために、子の栄光を現してください。(1) 父のみこころにより、人類の罪を負って十字架で死刑にされるためにイエスは産まれてくださった。これがクリスマスである。御子イエスの誕生を喜ぶのは、神の義を成す完全な聖さを持つお方であり、その聖さのままに人となってくださったイエスは、人類代表としてすべての罪を完全にあがなうことが出来ように、神がつかわしてくださった唯一の救い主。 神の栄光はご自身の作品である人類を、御子によってサタンの持ち込んだ死に勝利させ、創造の初めのご計画の通りに、神の子たちが主をあがめる賛美の中で永遠を共にすることである。 しかし、彼を砕いて病を負わせることは主のみこころであった。彼が自分のいの...メリークリスマス(ヨハネの福音書17章)

  • イエスが備える交わりのとき(ヨハネの福音書16章)

     御霊はわたしの栄光を現されます。わたしのものを受けて、あなたがたに伝えてくださるのです。父が持っておられるものはすべて、わたしのものです。ですからわたしは、御霊がわたしのものを受けて、あなたがたに伝えると言ったのです。(14~15) 三位一体の神は、創造主なる神に反抗して罪の中に留まっている者を、死という永遠の滅びから救って新しいいのちを与えるために、御子イエスの命を身代わりとして罪を清算して神の義を行い、罪人に永遠の愛を示してくださった。人にとって、この事実以上に重要な知識があるだろうか。御霊はこの神の愛を私たちの霊に来て知らせ、イエスを信じる勇気を与えてくださる。 「しばらくすると、あなたがたはもうわたしを見なくなりますが、またしばらくすると、わたしを見ます。」そこで、弟子たちのうちのある者たちは互...イエスが備える交わりのとき(ヨハネの福音書16章)

  • 今日の歌(2024.12.21)

     みことばは主にたまわりし我が望み御顔仰ぐ日切に恋しき 「イエスさま」御名呼びたりてひれ伏すは我にたまわる赦しのゆえに今日の歌(2024.12.21)

  • 真理に導く御霊(ヨハネの福音書16章)

     わたしがこれらのことをあなたがたに話したのは、あなたがたがつまずくことのないためです。(1) 弟子たちが王として世を支配されると期待していたイエス、病人を癒やし死人を生き返らせ、わざをもって神の愛を現しておられた方が、まさか何の罪も犯されないままに十字架で処刑されるのである。それは弟子たちの期待を完全に裏切ることであった。 まして無実を訴えて戦うことも無く、罪人と共に十字架に曝されて死ぬことなど、どうして受け入れることが出来るであろう。イエスは弟子たちが絶望することがないようにと、死を経て再び来られること、また彼らのうちに住まわれるようになることを知らせ、滅びることのないいのちの約束を残された。 疑いから信仰を守るものはみことばの記憶である。聖霊は忘れていたみことばを必要な時に思い起こさせて信仰を守って...真理に導く御霊(ヨハネの福音書16章)

  • 今日の歌(2024.12.17)

     トラクターを追いつ群れたる寒鴉 寒風も帰りは背を押す味方なり 明けやらぬ戸口に立ちて送り出す数十年の守りに感謝今日の歌(2024.12.17)

  • 初めからわたしと一緒にいた(ヨハネの福音書15章)

     しもべは主人にまさるものではない、とわたしがあなたがたに言ったことばを覚えておきなさい。人々がわたしを迫害したのであれば、あなたがたも迫害します。彼らがわたしのことばを守ったのであれば、あなたがたのことばも守ります。(20) キリストを愛する者は神の義を語り、イエスの十字架のあがないに拠らなければ、永遠に滅びる真実を伝えて幾人かでも救おうとする。しかし、創造主を否定する人にはその言葉は愚かに聞え、神に赦しを乞うべき罪の指摘は、自分を信じて生きる者の感情を逆なでする。神が備えられた良心の声にも耳を塞ぎ、目を閉ざしていたい自我は、みことばを語る者を迫害するようになる。 ただそのような時代にあっても、イエスを信じて受け入れる人々が神の初めの選びによって起こされる。それゆえ、時が良くても悪くてもみことばを語り続...初めからわたしと一緒にいた(ヨハネの福音書15章)

  • 今日の歌(2024.12.14)

     冬薔薇(そうび)香り残りて薄明かり 肉眺め魚を眺めて値を量り脳内巡る今日の献立 冷水で菜を洗いたり魚焼きて時を計りつ夕餉整う今日の歌(2024.12.14)

  • みことばを聴いて溢れる喜び(ヨハネの福音書15章)

     わたしがわたしの父の戒めを守って、父の愛にとどまっているのと同じように、あなたがたもわたしの戒めを守るなら、わたしの愛にとどまっているのです。(10) 御父の戒めイエスの戒めとは御愛の中に留まること。主の愛に応答して愛する方に聴き従うことは喜びとなる。その人が「なぜですか」と理由を問うことは無い。すべての疑問を封じるのは無条件の愛をたまわったからである。 わたしの喜びがあなたがたのうちにあり、あなたがたが喜びで満ちあふれるようになるために、わたしはこれらのことをあなたがたに話しました。(11) 命をたまわった主の愛を離れて何処に行けようか。イエスに安息している命は恐れを知らず、大胆にアグレッシブに生きるようになる。そう、父母と居る幼子は、愛の言葉に満たされて勇気凛々なのである。 わたしがあなたがたを愛し...みことばを聴いて溢れる喜び(ヨハネの福音書15章)

  • わたしはぶどうの木あなたがたは枝です(ヨハネの福音書15章)

     わたしはまことのぶどうの木、わたしの父は農夫です。わたしの枝で実を結ばないものはすべて、父がそれを取り除き、実を結ぶものはすべて、もっと多く実を結ぶように、刈り込みをなさいます。(1~2) 神は私たちに対して熱心に働いておられる。実を結ぶ者にも実を結ばない者にも神の熱心は変わらず、誰一人放って置かれることも無視されることもない。すべての人の創造主だからである。実を結ぶ者にはもっと多くの実を結ぶことが出来るように必要を備え、実を結ばない者には、実を結ぶことを妨げているものを取り除き、神の光りの中に留まる者を養ってくださる。 あなたがたは、わたしがあなたがたに話したことばによって、すでにきよいのです。(3) 主に留まって成った実はみな聖い。みことばを食べて成長したからである。食べたものによって人は成長する。...わたしはぶどうの木あなたがたは枝です(ヨハネの福音書15章)

  • みことばの保証 ②(ヨハネの福音書14章)

     わたしはあなたがたに平安を残します。わたしの平安を与えます。わたしは、世が与えるのと同じようには与えません。あなたがたは心を騒がせてはなりません。ひるんではなりません。(27) キリスト者の平安はイエスに拠って約束されている。それは十字架の御わざによって、罪に滅びる死に勝利してくださった永遠のいのちである。必ず万民に訪れる死に勝利している平安である。 死以上に人を脅すものはなく、イエスのみことばを真っ直ぐに受け取った者は、どのような世にもひるむことのない勇気を得る。十字架の恥と苦痛をしのばれほどのイエスの愛に、満たされて生まれる勇気である。 「わたしは去って行くが、あなたがたのところに戻って来る」とわたしが言ったのを、あなたがたは聞きました。わたしを愛しているなら、わたしが父のもとに行くことを、あなたが...みことばの保証②(ヨハネの福音書14章)

  • みことばの保証 ①(ヨハネの福音書14章)

     わたしは、あなたがたを捨てて孤児にはしません。あなたがたのところに戻って来ます。あと少しで、世はもうわたしを見なくなります。しかし、あなたがたはわたしを見ます。わたしが生き、あなたがたも生きることになるからです。(18~19) 十字架の後に残される弟子に、イエスは「捨てて孤児にすることはない」と約束された。イエスと共に地で働いて来た弟子にとって、迫害の日々に必要なものはみことばである。イエスが十字架の死を経て墓に葬られ、三日目によみがえられるとき、弟子もまたイエスと共によみがえりのいのちを得て、御父のもとで永遠に生きる者となる。 その日には、わたしが父のうちに、あなたがたがわたしのうちに、そしてわたしがあなたがたのうちにいることが、あなたがたに分かります。わたしの戒めを保ち、それを守る人は、わたしを愛し...みことばの保証①(ヨハネの福音書14章)

  • キリスト者の奇跡(ヨハネの福音書14章)

     まことに、まことに、あなたがたに言います。わたしを信じる者は、わたしが行うわざを行い、さらに大きなわざを行います。わたしが父のもとに行くからです。(12) 計画を完了して父の右の座に帰られたイエス・キリストを信じる者は、イエスのように神から出たわざを成すようになる。神であるイエスが人となって肉の体を纏って来てくださった。私たちと同じように世で生きても罪を犯されることはないが、限りある体の不自由と弱さを経験してくださった。体の恐れは死である。キリストから永遠のいのちたまわった者は、生きるための遣り繰りから解かれており、イエスの備えてくださった永遠のいのちに安息している。 またわたしは、あなたがたがわたしの名によって求めることは、何でもそれをしてあげます。父が子によって栄光をお受けになるためです。あなたがた...キリスト者の奇跡(ヨハネの福音書14章)

  • 今日の歌(2024.12.04)

     なんだか背中が痛い・・膝がどうかした拍子に痛む・・ちょっと頭が痛い・・そんなのが日替わりで現れたり・・消えたり・・ 歳を取るとあちらこちらが痛むのが当然らしい。なぜ日替わりなのかは知らんけど・・いや、少しは知っているけど・・つまり耐用年数が過ぎているからであり、 「よしよし」と自分をあやしつつ・・「痛いない」と騙しつつ・・「じきに治る」と宥めつつ・・イエスさまに「治してください」お祈りをして、その度癒やされて、 自分のやりたいことは全部やれているから感謝する買い物、料理、掃除、自室の模様替え花の世話、少しの野菜は美味しく食べる ブログは仕事、お金にはならないけれどお金では買えないものを得るそれは今日を喜んで生きる力イエスさま感謝します今日の歌(2024.12.04)

  • イエスによって神を見る(ヨハネの福音書14章)

     「あなたがたは心を騒がせてはなりません。神を信じ、またわたしを信じなさい。(1) 人は良い事にも悪い事にも心騒いでその事柄に釘付けになることがある。主から目を離して見える所には、光りの御使いに変装したサタンが、いよいよ惑わして滅びに引き込もうと待っている。 十字架のキリストは人には嫌悪したくなる御姿である。それゆえ人は十字架を語ることを避けたいのだ。目の前の出来事によってイエス・キリストへの信頼が揺るぐことがある。そのときは聴き続けたみことばを反芻し、十字架で完成してくださった御わざに留まるなら、そう、イエスの完全な赦しの中に留まるときに、たとえ自分の姿がどのようであろうとも、御わざに安息することが出来るのである。 神が備えてくださった救いの十字架の下で、感謝にあふれ喜びの礼拝を捧げ、みこころを行う力を...イエスによって神を見る(ヨハネの福音書14章)

  • 今日の歌(2024.12.02)

     冬の朝夫婦雀の羽光る 冬の薔薇平凡な赤次々と咲き続けたり此処に居るよと今日の歌(2024.12.02)

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