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1週間近くやってきた翻訳ですが、昨日事故がありました。今回の仕事、お客さんと直接やりとりをしているのではなく、間にエージェントが入っています。そのエージェントが、締切日に全部を提出するのではなく、4回に分けで提出して欲しいと言ってきました。 一括納品ではなく、複数回の納品にすることは、作業の量がそれなりに増えます。納品前はかなり集中して間違いがないかをきちんと確認します。自分が建てていたスケジュールも組み直す必要があります。 実は仕事の仕方の変更はこれが初めてではなく、仕事を引き受けて作業を始めた翌日に、和文のファイルを別に作るのではなく、英文との併記の形にして欲しいという変更を行ってきていました。その時も、それまでに自分が行った作業をやり直す必要がありました。 途中で変更をされるのは困るので、これ以上こんなことがあるのなら、ここでやめるとエージェントに伝えました。これまでの作業の費用は請求しないので、やめてほしければそう言ってくれと。 答えは返ってきませんでした。今回の作業は、エージェントが共有してきたグーグルドライブで行ってきたのですが、その共有が切られていました。一言もなく、今ま
薬指を意識することってほとんどないと思います。実際に薬指を常に使う作業って思い浮かびません。薬をつけるのだって、薬指ではなく、少なくとも私は人差し指を使うことが圧倒的に多いです。今日は、そんな薬指が主役になれるかもしれないというお話です。 太極拳をやっていると手のひらを表に裏にと反転させる動きが結構あります。これがなかなかうまくできない人が多いです。ちょうど手のひらを回転させているように見える動きなのですが、回転させながら手首が曲がってしまう人が結構います。手首が硬いことが原因だと思っていました。手首が硬くなる原因は、それまで十分に動かす機会がなかったから、というのもありますが、新しいことを習っている最中なので、それを理解するために頭を使い、それが手首の硬さにつながっていることも理由だと考えてきました。 そんなふうに考えると、手首を動かすときに、手首が曲がってしまうのは仕方がなく、ゆっくりと治すしかないと思ってきました。レッスンの時も、指摘はするけど、無理に治そうとはしない、というふうにしてきました。 最近、自分の手首ももう少し柔らかくしようと思って、手首のストレッチを行うようにしてい
先週から翻訳を引き受けて、毎日時間を割いています。今まで、かなり時間に余裕があると思っていたのですが、仕事が入ってからはかなり予定がタイトになった感じです。 改めて、1日は24時間という限られた時間しかないのだと感じました。朝起きて、その日の予定を眺めて、どの隙間に何を入れるのかを考えるようになりました。今までは、なんとなく決めていただけだったので、実際にその通りにならないことがほとんどでした。予定していたことの半分もできなかった感じです。 今は、どの隙間にどのくらいの時間をかけて何をやるのかを、Googleカレンダーに入れるようにしています。予定をこういう感じで組むのは、良し悪しはあると思います。思った通りにいかないことが圧倒的に多く、時間の無駄だと感じたことは私も過去、何度もありました。失敗する原因は、詰め込みすぎ。あれもやらなきゃ、これもやらなきゃ、って思ってカレンダーに書き込みすぎると、まずできません。不意に予定していなかったことが起きることもありますし。 詰め込みすぎないためのコツは、しっかり優先順位をつけることです。優先順位はその場の思いつきでつけるのではなく、自分の生活の
週末に弟子を対象にした套路の修正レッスンがありました。その時、状態が不必要に前傾していると指摘されました。このところ、基本的なところを何回か指摘されているので、またか、って感じです。自分の能力に不安を感じます。 でも、その時、ふと気づきました。指摘してくれたのが師匠だったからよかったけど、自分の教室で同じことをやってしまったら、指摘するのは生徒さんだろうし、そもそも指摘すらしないで、この先生は大したことないな、って思われて終わりになってしまうかもしれません。 自分の経験では、何か新しいことを学んだ時には、こんな感じで進化していくのではないかと思っています。 まずは、学ぶことの内容がわからない状態から始まります。内容がわかっていたらそもそも学ぶ必要はないです。 次は、内容はわかったけど、実際にはできない、っていう状態になります。頭ではわかっているけど、体が思った通りに動いてくれない状況です。 そして、体は動いてくれるようになったけど、まだ正確にはできない状態、正確にできるようにはなったけど、意識していないと正確性が失われる状態(つまり意識していればできる状態)、意識しなくても常に正確にで
前回からの続きで、「務令沉着」の説明です。気を沈めることに努めなければいけない、ということを前回説明しました。それは、長い間努力をしないとなかなか辿り着けない境地です。ただ、がむしゃらに努力をすれば良い、というわけではありません。 蘇峰珍氏の「行功心解詳解」では、気を沈めるための前提は、「松」だと宣言をしています。今日のブログでは、この「松」とは何かを紹介します。 中国語でこの文字を書く時には、主に中国本土で使われている簡体字では「松」、台湾なので使われている繁体字では「鬆」と書かれます。発音はどちらもsōng(ソン)です。日本語で説明をする時にはどちらの漢字を使ったら良いか、迷います。なぜなら、どちらの文字も日本語に存在するからです。 「松」は日本語では通常は樹木の名称として使いますが、辞書を見ると「粗い(「鬆」の簡体字)」という意味も載っていました。「鬆」はあまり見かけはしませんが、これも常用外漢字として認識されていて、骨粗鬆症の「鬆」として使われます。 どちらの文字も日本語に存在して、どちらも「粗い」と言った意味を表すことができるのですが、「鬆」は「粗い」以外の意味を持たないので
太極拳の行き着く先は心の安定だと思うようになってから、禅や老子に関する本をよく読むようになりました。そんな中むくむくと育ってきた疑問があります。「欲」に関することです。 私自身、元々とても欲深かったと思います。学校にいる間は、少しでもいい成績を取りたい、会社で働き始めてからは、少しでも良い成績を残したい、人よりも良い生活をしたい、人よりも幸せになりたい。なんだか常に人と自分を比べて生きてきました。最近、比べるのをやめようと思うようになれたら随分気分が楽になった気がします。 そんな変化があったので、「欲」はよくないものだ、と言われてもそれほど違和感はありません。なんとなくなければそれに越したことはないものなのだと最近は思います。 先日、澤木興道氏の「禅談」という本を読んでいたら、こんな一節がありました。 「我々の心というものには、しっかりした目標がなければいかん。最も正確に目標をつけて、こうした時にはこう、ああした時にはああと、目標に向かって時々刻々うまくハンドルを回してゆかなければならぬ。それには「願」がなければならぬ。」(60ページ) これがきっかけで、こんな疑問が出てきました。 「
なんだかよくわからないけど、元気にはなりました。なんとなくだるくてなんのやる気もしないあの感じはなんだったんだろうって気分です。でも、根本的に疲れているのかもしれません。毎日自分のトレーニングをして、毎日のように教室で教えて、っていうのはそれなりに体力を使うものです。 自分が習っているだけの頃は、教える人は楽そうでいいなぁ、掛け声をかけて、たまにデモをするだけだし、って思っていました。大きな間違いでした。 まずは掛け声をかけるのはお腹の奥から声を出さなければいけないので、結構疲れます。うちの教室だと準備運動だけで30分以上になるので、その間ずっと、1、2、3といった感じで掛け声をかけ続けます。 私の場合は、デモをやって、ではやってみてください、というのではなく、生徒さんがついてこられるように、結構な回数、生徒さんと一緒に動きます。グループレッスンは、一レッスン90分なのですが、この間ずっと声をかけているか、体を動かしているかのどちらかです。途中で休憩を入れる時でも、生徒さんは座って休みますが、私は座らないようにしています。弱いところを見せたくない、っていうわけではないのですが、昔師匠に
日曜日ぐらいから体調が今ひとつ。どこかが特に悪いというのではなくて、全身が疲れている感じです。あえていうと、喉が少しイガイガするかな。それを解消したくて、咳が出ますが、咳は勝手に出るというよりは意識的に出る感じです。 日曜日は1週間で一番忙しい日。朝から晩までずっとレッスンが続いて、立ちっぱなし、教えっぱなしです。朝からなんとなくだるかったのです。でも、なんとか乗り切りました。 そして月曜日の朝、起きるのがしんどくて二度寝、三度寝をしました。6時半ぐらいまで布団の中でゴロゴロとしました。朝練はお休みです。 午前中に師匠に個人レッスンをつけていただくことと、自分が教えなければいけない個人レッスンが二つあったので、教室には時間通りに行きましたが、やっぱり前向きに進んでいこうっていう気になかなかなりませんでした。 自分が教え始めると、集中しているせいか、調子の悪いことを忘れることができましたが、終わるとやっぱりだるい。これから夜のレッスンに出向かなければいけないのですが、気分はちょっと重たいです。 人間なので調子の悪い時は当然あります。太極理論のように、陽が極まれば、陰になるし、陰が極まれば
今回は、行功心解(ぎょうこうしんかい)の次の部分に進みます。「務令沉着」です。「務めて、沈着せしむ」と訓読することにしましょう。 「務」は、日本語の辞書を引くと、「仕事などの役目を受け持ってそれを果たす」となっています。中国語では、この文字を副詞として用いる場合には、「きっと、必ずや、是非とも」という意味が出てきて、日本語では同じ発音の文字ではありますが「努めて」に近い意味に感じます。 「沈着」は、落ち着くこと。「令」は、古典中国語では使役の助詞で、「〜させる」と言う意味です。 以上から、単純にこの部分を日本語に訳すと、「可能な限り、落ち着かせる」と言うことになります。 何を落ち着かせるのかというと、前の文章からのつながりで、「気」です。前回からの続きで日本語に訳すと、「(落ち着いた)意識を用いて、呼吸を行い、その呼吸(気)を可能な限り、落ち着かせる」ということになります。 さて、「気を落ち着かせる」とか「気を沈める」ってどんな感覚でしょうか。太極拳ではよく聞く話です。でも、多くの人にとって、どんな感覚なのか、どうしたらそんな感覚が得られるのかが疑問に感じられるのではないでしょうか。
先日の個人レッスンの時、站桩功(タントウコウ)で腰を下ろした時の姿勢がおかしいと師匠に注意されました。腰から上が右方向にずれているということでした。 このところ站桩功をやっている時に右足に体重がかかりすぎていて、足が痺れる感じがしていたので、問題の原因がわかってよかったです。これをきっかけに改めて鏡を見ながら自分の姿勢をチェックしていたら、出てくる出てくる、自分の姿勢はこんなに悪かったっけ?って嘆きたくなるほど色々な問題が出てきました。 姿勢がまっすぐになっている、腰が左右にぶれていない、肩の高さが左右揃っている、一方の方が前に出ていることがない、等々、できていると思っていたことなのに、気にし出したら、全てがおかしいような気分になってきました。 鏡を前に一つ一つ確認作業です。師匠に見てもらうのは簡単ですが、もうすぐ独り立ちしなければいけない身です。自分でおかしなところは自分で見つけて自分で直せるようになっていかないといけません。まずはしっかり頭を上げて、前を見ることから始めます。それだけでも随分いい感じになりました。 直すのは自分でやれば良いと思うのですが、基礎に立ち戻るきっかけをどう
前回のブログでご説明した通り、呉式太極拳教室「太極の小径」では、毎週複数回のレッスンを受けることで基礎を築きながら、しっかりと太極拳を学ぶことができます。 今日は、前々回提示した私が通っていた太極拳教室の特徴のうち、三つ目について説明します。 公共の建物を借りて教室を開いていました。一つは体育館、一つは公民館でした 教室は週に一度でした 既に長い間学んでいた人たちの中にいきなり混じって学ばなければいけませんでした 基本からしっかり学ぶ、というよりは、いきなり套路を見様見真似で学びました 楊式あり、陳式あり、套路も色々なものをやっていました 主催の方を中心に割とまとまっていて、定期的にイベントがありました 教える人の都合、教える場所の都合、集まってくれる生徒さんの数、等々いろいろな理由はあると思うのですが、私の通っていた太極拳教室は、初学者がゼロからきちんと学べるような環境であったかというとちょっと疑問が残ります。ずっと長く続けている人から、比較的最近始めた人まで、いろいろなレベルの人が一つの教室で学んでいました。基本的には昔から続けられている練習があって、その横で初学者がちょこちょこと
昨日のブログでアメリカ人の生徒さんからもらったコメントを紹介しました。それを読んだ家内が、日本人以外にもそこまで評価してもらえるのなら、日本在住の外国人の方にも門を開いた方が良いと勧めてくれました。 以前にも、私のブログを見ている方から、英語で教えられるのであれば、シェアハウスなんかに住んでいる外国人に勧めてみたらどうか、っていう話をいただいたことがあります。 その時は、日本にいる外国人が、日本の文化ではなく、中国の伝統文化を学びたいと思うかなぁ、と、あまり前向きに捉えることができなかったのですが、家内に褒められると、猿は木に登るのでしょう。まずは英語のサイトを用意することにしました。 https://mitchsato17.wixsite.com/website 私がホームページを作るために使っているWiXというツールでは、多言語変換の機能がついています。ツールが勝手に日本語でできたページを他の国の言葉に直してくれるのです。自動翻訳の機能は、良くなってきたとはいえ、自分がしっかりとメッセージを発信するためにはかなり無責任だと感じて、別ページを作ることにしました。自動翻訳されたものの中
個人レッスンで教えている生徒さんから、先日のブログにコメントをもらいました。 せっかくいただいたコメントなので、改めてご紹介します。こんなに褒められると照れますね。 For anyone considering trying out Satosan's school: I can vouch for the quality of the teaching. I have been Satosan's student for over two years now, and I am materially stronger and stabler than I was before taking up tai chi. The training is fairly demanding, but enjoyable nevertheless, and Satosan just keeps correcting my (endless) mistakes and re-teaching what I have forgotten without showing impatience or ju
昨日のブログでご説明した通り、呉式太極拳教室「太極の小径」では、私の自宅の一部を使うことで生徒さんにさまざまなメリットを得ていたくことができます。 改めて、私が10年ほど前に東京で通っていた太極拳教室の特徴を並べます。昨日のブログは、一つ目の話題について、呉式太極拳教室「太極の小径」が出した答えをご紹介したものです 公共の建物を借りて教室を開いていました。一つは体育館、一つは公民館でした 教室は週に一度でした 既に長い間学んでいた人たちの中にいきなり混じって学ばなければいけませんでした 基本からしっかり学ぶ、というよりは、いきなり套路を見様見真似で学びました 楊式あり、陳式あり、套路も色々なものをやっていました 主催の方を中心に割とまとまっていて、定期的にイベントがありました 今日のブログでは、二つ目の教室の頻度について説明をしたいと思います。 私が修行をしてきたシンガポールの太極拳教室では、週一回のクラスと週二回のクラスがありうます。週一回のクラスは週末しか来られない人向けのものです。教える人の仕事の都合や施設の空き具合が理由ではないかと思うのですが、日本でも週末一度だけ、という教室
2023年10月から開校を予定している呉式太極拳教室「太極の小径」です。これから何回かにわたって、教室の特徴を紹介していきます。 日本でも太極拳はそれなりに認知されるようになってきて、色々な教室が存在します。10年前に私が太極拳教室を探していた時には、そんなにはなかったように記憶しています。ネットで検索しても、同好会みたいな感じのものが多かった記憶があります。たまたま出会った近所の教室に通うようになったのが始まりです。 その当時通っていた二つの教室の特徴を並べてみます。たまたま私が通った経験のある数少ない教室の特徴なので、他の教室が全てこうだということではありません。これらの教室に通わなけれ、今日の私は存在しないわけで、これらの教室でやっていることを否定するわけでももちろんありません。 公共の建物を借りて教室を開いていました。一つは体育館、一つは公民館でした 教室は週に一度でした 既に長い間学んでいた人たちの中にいきなり混じって学ばなければいけませんでした 基本からしっかり学ぶ、というよりは、いきなり套路を見様見真似で学びました 楊式あり、陳式あり、套路も色々なものをやっていました 主
岩波新書の赤版は、1938年の創刊以来46年まで101点が出版されたそうです。今でも買うことができる本が何冊あるのかは調べられませんでしたが、一番古いものからは90年近く経っていることになります。それだけ長い年月が経っても、需要があって廃盤になっていない本は、名作が揃っていると感じます。 この本、元々は、”Zen Buddhism and its Influence on Japanese Culture"という英文のでした。本書は、北川桃雄氏が翻訳をしたものです。翻訳にあたっては、原作の著者である鈴木大拙氏が内容のチェックを行い、自分の意図が反映されているかどうかを確認したそうです。 これまで鈴木大拙氏の著作は何冊か読んだけど、どれも難解で、とにかく最後までページをめくっただけ、とで終わってしまうことが続いていました。 この本は、翻訳者が単なる言葉の置き換えではなく、自分で消化をしてから訳してくれたからでしょうか、内容が頭の中に今までの本よりも容易に頭の中に入ってきました。 禅が日本の文化にどのような影響を及ぼしたかを、美術、武士、剣道、儒教、茶道、俳句の観点から考察しています。この
手首を柔らかくするための動画を紹介してみたら、足首はどうなんだろう、って思ったので、これも探してみました。今はそれほどでもないのですが、昔は特にふくらはぎの筋肉が硬くて、アキレス腱が引っ張られている感じがしました。 足首も手首同様硬くなりやすいです。手首同様、柔らかくすることでパフォーマンスを上げ、動きがより美しくなります。 足首の方がつながっている筋肉が大きいからでしょうか、大きめな動きになるストレッチが多い印象を受けました。 いくつかみた動画のうち、自分が参考にしようと思ったものを二つ紹介します。 一つ目の動画は、手首でも紹介した方の動画です。最初に「支帯」と呼ばれる筋肉を束ねている帯をほぐしていく、と言うのが新鮮に感じられました。そのあとは、脛やふくらはぎといった足首よりも上の筋肉をストレッチすることでほぐしていくのがこの動画の特徴です。 「支帯」をほぐす動作が、片側だけしか動画では紹介されていないので、動画を見ながら全てを終わりにすることはできません。ある程度覚えて、動画なしでできるようになる必要を感じます。 二つ目は、ストレッチというよりはツボを刺激していく、という感じのもの
大学生の頃から、朝起きると最初にやるのはコーヒー豆を引いて、コーヒーを入れることです。それほど豆にこだわるわけでもなく、入れ方も自己流で30年やってきました。最近、ちょっと変化がありました。 きっかけはYou Tubeでした。コーヒーの淹れ方を説明している動画があって、それを見ていたら今までの淹れ方が本当にいい加減だったことに気がつきました。貧乏性だって言うのが大きな原因ですが、コーヒー豆がヒタヒタになるぐらいお湯を入れて、かなり薄めのコーヒーになっていました。 動画の通りに入れてみると、確かに美味しい。渋みというかエグ味というか、そういうのがなくて甘みを感じました。やっぱりきちんと入れると美味しいんだなぁって感じました。豆の消費量が多少増えたぐらいで、出費がそれほど変わるわけではなく、いい気分になれるのであれば、嬉しいものです。 YouTubeって、見た動画に合わせて、それに関連する動画を紹介してくれるのですね。コーヒーミルの動画が出てきました。自分が使っているコーヒーミルは30年選手です。大学の時に買ったのをそのまま使っています。きちんとコーヒーを入れる人からするとありえない!って
昨日、2月2日は、シンガポールの太極拳教室の仕事始めのイベントがありました。旧正月の間2週間お休みでした。昨日は、師匠、コーチ、生徒さんが集まって、一年の初めを祝いました。 師匠への個別の挨拶は、もっと前に済ませているのですが、昨日は、今日から教室が始まる前のお祝いです。 伝統的な教室では、師匠からコーチに紅包(ホンバオ)と呼ばれるお年玉が配られます。 お祝いは、ライオンダンスから始まります。脇で適当に撮ったビデオなのですが、少なくともどんなものかは感じていただけると思います。ちょっと長いですが、よろしければご覧ください。 ライオンダンスは、旧正月の縁起物です。流れとしては、まず、こちらで用意したレタスとみかんをライオンが食べます。教室の看板(呉家太極拳と書いてある黒いやつです)の下にレタスがかけてあるのをご覧いただけると思います。その後、師匠が感謝を込めて紅包をライオンに渡します。これは、師匠の背中に隠れて見えないです。一通り踊ってくれた後、伏せてモゾモゾしているのは、最後に四桁の数字を示してくれる準備をしています。ライオンが立ち去ると、みかんで作った四桁の数字を見ることができます。
昨日の動画で、手首を柔らかくするためのセルフケアの動画を紹介したました。手首を組んでぐるぐる回るだけだったので、非常に簡単だし、自分もやっていた運動だったので、良いなと思っていました。 あれこれ見ていたら、YouTubeのHomeページに手首に関する別の動画が出てきました。こちらはよりしっかりとストレッチをするって感じです。前回の動画は、この動画で言うところの最初のほぐし運動にしかすぎないのかな、って感じがしました。ほぐした後に、手首を挟んで存在するそれぞれの筋肉をほぐしていくって言うのは理にかなっている気がします。 最初の方で手首をほぐすために紹介しているグーパーの運動は、太極拳をやっている方もやったら良いように思います。太極拳の練習をしているときに指先が縮こまってしまう人は結構多いです。手首を柔らかくすると、手のひらもきちんと開けるようになるのではないかと感じています。 ただ手首を回しているだけだと、どこの筋肉を使っているのかを意識するのが難しいです。この動画のように、手のひらの表裏のそれぞれの筋肉を別に伸ばしていくって言うのは、いい方法です。 個人的には、前回紹介した動画よりも、
太極拳を教えていると手首が硬い人ってよくいます。手首を曲げないで欲しいところで、どうしても曲がってしまう。本人は曲げようと思っているわけではないけど、気がつくと曲がっている、それを直そうとすると、手首がガチガチに固まっている、そんな感じの生徒さん、多いです。 何かの本で読んだのですが、頭を使っている時って、手首とか肘が硬くなりやすいそうです。太極拳を学んでいる時、まさにインストラクターの指示を理解しようと懸命に頭を使っています。それがさらに手首の硬さを助長するのだと思います。 師匠に推手のレッスンをつけていただいている時、もう少し手首を柔らかくする必要がある、と感じて、毎朝、手首をぐるぐる回すことを年明けぐらいからやってきました。推手の時に相手と手首を合わせた時、手首に硬さが残っているとどうしても相手の動きを感じきれなくなります。効果が出てきているかどうかはまだわかりませんが、とりあえず続けています。 偶然、手首を柔らかくするためのセルフケアの動画を見つけました。やっていることは全く同じでした。専門家が説明すると説得力がありますね。 手首が硬いとどんな問題が起きるのか、から始まります。
太極拳理論に関して色々と書いてみようと思って、「行功心解(ぎょうこうしんかい)」を読み解く連載を始めてみました。これまでに本文の説明が3回、付随する説明が2回の合計5回書いてみました。 全体を書き終えた後に小出しにしているのではなく、本を読んでは書き、読んでは書き、という作業をしているため、前後のつながりがおかしかったり、重複があったりしていると思います。書き終えた後に、全部繋げて読んでみて、さらに書き直しをしたいと思います。連載として書き続けることで、毎日少しずつ進められるのと、公表することがモチベーションとなっています。少しでも多くの方に読んでいただけると嬉しいです。 「行功心解」は、二百文字にも満たない文書です。5回のブログでやっと初めの4文字の説明が終わりました。このペースで行ったらいくつ記事を書いたら終わるのかって感じです。でも、焦らずのんびり書いていきたいと思います。 読んでいただく方に理解していただくためには、まず自分が納得して理解した上で書かないといけません。色々な本を参照するので、自分としても非常に良い勉強になります。 表面的な説明だけにとどまらず、自分が腑に落ちるま
昨日のブログにも書いた通り、体験レッスン的な位置付けとして、「基礎作りコース」の募集をします。 最初の募集の内容は、下記の通りです。 呉式太極拳の基本的な動きに触れながら、呉式太極拳を体験していただくためのコースです。10月から本格的に学びたいと思われている方、申込を行う前の体験としてご利用ください。 ちなみに道場の場所は、西武新宿線の鷺ノ宮駅から徒歩5分です。 具体的には、私が太極拳の一丁目1番地1号と考えるスクワットから始まって、前後の移動、左右の移動、腰の左右回転、基本姿勢である七星勢などを行います。スクワットの内容については、下記のボタンから内容をご覧ください。このブログにあるように、どんな動きであるかだけでなく、なぜそのような動きが必要なのかも合わせて説明していきます。 ご興味のある方は、ぜひお問合せください。 多くの方に呉式太極拳がなぜ「100歳まで自分の足で歩ける心と身体を作る」ことにつながるかを経験していただく機会となれば嬉しいです。 呉式太極拳教室「太極の小径」では、2023年10月からの生徒さんを募集しています。詳しくはこちらからご覧ください。 これからもいろいろな
友人に、いきなり3ヶ月間の費用を前払いさせるのは敷居が高すぎると指摘され、体験レッスンをやった方が良いとアドバイスを受けました。それで悩んでいたのはこの間のブログの通りです。 そしてTwitterやアメブロでいろいろな方のフィードバックをいただきました。ご意見をくださった方々、ありがとうございます。 自分で占いもしてみました。結果、のんびりと進むことが良さそうだと確認できました。 体験レッスンをやった方が良いという考えは、友人に言われたからだけでなく、生徒さんの募集がなかなか進まないことに対する焦りも原因の一つでした。改めて考えるまでもなく、自宅でやるのだから、焦る必要なんて何もないわけです。家賃を稼ぎ出すために背伸びをする必要は全くありません。 自宅で教室をやるので、興味本位でしかない人がたくさん来てしまうのも困りもので、家族に迷惑がかかることは避けたいです。 なので、結論の一つ目。「無料」での体験レッスンは提供しません。有料にすれば少なくとも、全く興味のない人は来ることは避けられます。 結論の二つ目。友人の言う通り、どんな先生かも知らず、どんなことも学ぶかも知らないでいきなり3ヶ月
やらかしちゃいました。 まだ三十代半ばの頃、転職をした初日、自宅の鍵をオフィスに忘れたことがあります。たまたまその日、奥さんと子供は実家に帰っていました。鍵を忘れたことは、自宅の玄関について初めて気づきました。家で飲もうと買ってきたビールとおつまみを開けて、家の前で呆然としながら飲み食いしました。転職したばかりなので、時間外にオフィスに入る術も聞いていません。転職したばかりなので、新しい同僚に迷惑をかけたくもないし。結局、この時は比較的近くに住んでいた友人のうちに泊めてもらいました。 同じようなことをまたやってしまいました。 今借りているアパートは、ドアが二つあります。鍵を差し込まないと鍵を閉められない木製のドアと、その外についている鉄製のドアです。鉄製のドアは、閉めるのには鍵は入りません。棒をスライドさせるだけです。 こちらは内側にある木製のドアです。外に出たら、鍵を使わないと、鍵を閉めることができません。出かける時も鍵を使って鍵をかける必要があります。 これが木製のドアの外にある、鉄製の扉です。普段は、鍵を使わないと外にも出られません。鍵を開けると、横になっている棒がスライドしてド
太極拳は何か特別な呼吸法があると思っている方が多いのか、習い始めたばかりの方がよく「呼吸はどうしたら良いのか」と質問されます。 足腰の基盤を作り、動きを覚えるだけでもかなりの作業になるので、初めのうちは呼吸については多くを教えません。うちの師匠は、「鼻で呼吸をしなさい」っていうだけです。一通り動きを覚えて、身体をリラックスさせることを学ぶ段になったら、呼吸についても色々と語ることができますが、初めのうちはこれで十分です。 なぜ鼻で呼吸をしたほうが良いのでしょうか。 齋藤孝氏の「呼吸入門」にヒントが書かれていました。 「最近は口で呼吸する人が増えていますが、呼吸は正しくは、鼻でするものです。」 鼻と口の大きな違いは、鼻毛のようなフィルターが存在するかしないかです。鼻毛があるおかげで、鼻から空気を入れた場合には、埃や塵が体内に入るのを押さえたり、外部の気温と自分の体温との温度差がある時に、温度の調整をしたりすることができます。鼻からの方が綺麗な空気を入れることができるってことですね。 口で呼吸をすると、喉の奥の扁桃器官に直接外気が当たるため、ここが乾燥して免疫力が落ちるそうです。扁桃には身
前回のブログで、「以心行気」は、心を用いて、つまり意識的に呼吸を行う、としました。 意識的に呼吸をすればどんな意識でも良いのか、というとそんなことはありません。まずは、何を意識するかが問題です。通常、呼吸をするときには、勝手に空気が鼻や口を出入りするだけなので、それがどこに行くのか、身体のどの部分を意識するか、なんてことは考えません。 太極拳で行う呼吸は、空気を自分の身体の中に取り込み、取り込んだものを必要なところに溜め込み、それを全身にめぐらせることを意識して行います。でも、そんなことを頑なに意識してしまうと、身体も硬くなるし、呼吸をすること自体が苦痛になりかねません。そもそも何をやっているのかわからなくなることでしょう。 何を意識するのかは、初めのうちは気にしなくても良いと思います。身体と心が落ち着いてきたら徐々にできるようになれば良いです。 もっと重要なのは、どういった「心」「意識」で呼吸を行うようにするのか、って言う質の問題です。誰でもそうだと思いますが、心や意識は、散漫になりがちで、雑念に溢れていることも多いと思います。そういったものをできるだけ取り除いて、落ち着いた、邪念の
前回のブログの説明から、「気」とは「世の中の万物を構成する基本的な最低単位として考えられる概念で、それ自体がエネルギーを有すると考えられている」としておいて良いと思います。こう捉えると、「気」は何か不思議なことを可能にするもの、という神秘主義的なイメージから離れることができます。 齋藤孝氏の「呼吸入門」に「気」についての記載があります。 「私は息の研究を長くしてきましたが、「気」のことについては、意識的にあまり語らないようにしてきました。この本の中でも、そのことに触れずにきました。「気」というのは感じるだけのものです」 「気というものは、あくまでも呼吸の結果として生じるものと考えれば、神秘主義の罠に陥らないで済みます。武道、芸道のあらゆる達人も、呼吸という具体的なものに要を置いているわけですから、奥深さはそこに求めていってほしいと思います」 アントニオ猪木さんのように「ダー」と拳を突き上げたり、アニマル浜口さんのように「気合いだー」と叫ぶ時、なんとなく身体に力がみなぎる感じがしませんか?こういった感じが「気」を感じるということなんだと思います。 「気」は誰の身体の中にもあるもの、そのエ
太極拳をやっていると「気」を感じられるのようになるのでしょうか?と言う感じの質問をたまに聞かれます。太極拳を長くやっているけど、いまだに気を感じることができない、と嘆いていた人もいました。 昨日のブログでは、「行功心解(ぎょうこうしんかい)」の冒頭、「意を以て気を行う」を読み始めました。 そもそも、「気」ってなんなのかを今日は考えてみたいと思います。 YouTubeの映像なんかで、触れただけで数人の人を後ろに飛ばしてしまう映像を見たことはないでしょうか。あれが「気」のなせる技で、「気」は何か特別なことをできるようになる秘訣、のように思っている人もいると思います。実は私もそうでした。 鍛え方によってはそんな不思議な使い方もできるのかもしれません。でも、「気」って言うのは、そんなに特別なものではなくて、「世の中にあるすべてのものの最低単位の構成要素」と定義したいと思います。つまり、万物は「気」によって成り立っている、って言うことです。 ちょっと待って、それって「原子」と違うの?って思いませんか?原子って、「通常の化学的な方法ではそれ以上分割できない物質の基本的な構成単位粒子」と定義されます
前回のブログでご紹介した通り、「行功心解(ぎょうこうしんかい)」をじっくり読みながら、太極拳の基本的な概念についての私なりの理解を示していきたいと思います。 今日から何回かに分けて、一番初めの「以心行気」を説明していきます。 訓読は、「心を以って、気を行う」となります。ここで問題になるのは、「心」「気」「気を行う」が何を意味するかです。 ますは、「心」です。心識、意念だと本書にも書いてあります。でも、「心」を「心識」と置き換えても文字が一つ増えただけで、なんの意味もないように感じます。「意念」って日本語としても存在するのですが、不勉強は私は太極拳以外では聞いたことがありません。ここでは、とりあえず、「意識」としておきます。「心」をきちんと定義するのは非常に難しく、まともに取り組むととんでもないことになりそうなので、将来の課題としておきます。 「気」については、色々と考えたいこともあるので、明日以降のブログでどんなふうに私が考えているか説明します。 「気を行う」は、とりあえず、「呼吸を行う」と理解しておきます。実際には、呼吸だけではなくて、吸った息がどうやって気に変わり、それが体全身に回
教室をやる以上は、生徒さんがたくさん集まって活気があるようにしたい、そう思うのは当然だと思います。少しでも多くの人が健康になるのをお手伝いしたいです。 その目標に辿り着くにはいろいろなやり方があります。宮勤めをしていた時の私は、営業一筋でやってきたので、会社から与えられた目標に向かってお客さんに会って、商品の良さを説明して、目標を達成するためにガツガツと行動を続ける感じでした。時には興味を持ってもらうために、ちょっと説明に装飾を加えたこともありました。嘘ではないけど。。。みたいな感じで。 第二の人生で太極拳教室をやるにあたっては、そんな生徒さんの集め方はしたくないな、って思っています。地道に説明をして、うちの太極拳がいいと思ってくれた生徒さんが集まってくれる。その結果、一緒に長く鍛錬を積むことができる人が多く集まる、っていうのが理想です。でも、それだと経営が苦しいなぁ、って思いはするのですが、幸い自宅で教室を行うため、家賃はかかりません。光熱費と奥さんと自分の生活費が稼げればいいや、って思うとハードルもずっと低くなります。 今日は、旧暦の正月。そこで、そんな考え方で教室を運営したらどう
大学入試で失敗をした時、英語がとにかく苦手で、それが理由で合格できなかったと感じました。大学に行っている間は、英会話学校に通って、それなりに喋れるようにはなりましたが、仕事で本格的に使えるレベルには程遠かったです。 就職してからも英語を使う仕事を続けてきましたが、「英語を喋れる日本人」の域は出られませんでした。ある時、語彙が徹底的に足りないのではないかと思って、語彙力を鍛えるためにこの本を買ってきました。 この本は、単に単語の羅列ではなく、単語の成り立ちや同意語、反意語、正しい文法の説明なんかも加えてあって、非常に役に立ちました。 最も役になったのは、語彙力を増やしたかったら、とにかくたくさん読むこと、そしてわからない単語が出てきたら辞書をひくことを厭わないこと、という一節でした。当時、小説をとにかくたくさん読むようにしていたら、話もそれなりにできるようになってきました。リスニングのトレーニングに時間をかければ、相手の言っていることを聞くことができるようになる、って話は昔からよく聞きますが、私は、目で見てわからないものは、耳で聞いてもわからない、と思っています。 今でも英語に対するコン
正月に何も書かなかったので、旧正月を前に改めて考えてみました。 2年前はこんなことを目標にしていました。確かにこんな時期ありました。 https://ameblo.jp/msato17/entry-12647833432.html この当時は武道家になろうとしていたんだなぁ、って思い出しました。武道家って名乗れるとなんだかかっこいいし、生徒さんの募集もしやすくなると思っていたのかぁ。ブログを読んでいて、なんだか自分の「欲」を感じます。 2年経ってみて、武道家になろうという気分は今や全くないです。太極拳を武術として学び続けること、トレーニングを続けることはし続けますが、肩書きはどうでも良くなりました。 昨日のブログにも書いた通り、武術を極めるっていうよりは、心を鍛え続けて、どんな状態でも揺らがないようになりたいです。これは1年やそこらでできる目標ではなく、一生涯かけてたどり着けるかどうかっていう話です。地道に努力を続けていきたいと思います。 では、今年は何を目指すか、ですが、「環境が変わっても練習を続けること」にします。日本に帰ってからはもちろん、シンガポールにいる間も、今までのように太
コロナに入ってから、誰かと外食に出かけるということがめっきり減りました。もともとそれほど友人が多いわけではないというのもあるのですが、普段の生活が自宅と教室の間を往復して、その合間にトレーニングと座学を行うことに終始していたというのが最大の理由だと思います。昔から何かに没頭すると他のことができなくなる性格です。 久しぶりに友人とお昼に行きました。Mさんは英国からシンガポールに来ています。移り住んで18年になるそうです。その前から存じ上げているので、知り合ってから20年を超えています。20年以上、毎年少なくとも一回は会っている友人ってそんなに多くはないです。片手でも余ってしまうかも知れない。 Mさんは、私がシンガポールに移住するきっかけを作ってくれた人です。彼と出会わなかったら、呉式太極拳との出会いもなかっただろうし、子供が今の仕事についている可能性もグッと低くなっていたかも知れないです。 会社勤めをしてた時には、仕事の関係で会っている人は結構いましたが、仕事を離れて、自分で生計を立てるようになると、そういった人たちとも疎遠になってしまっています。会社にいた時には、会社の話題とか顧客の話
太極拳をやる目的っていろいろとあると思います。武術として極めて強くなりたい、護身術として学びたい、健康維持をしたい、足腰を鍛えたい、友達を作りたい、などなど。 私自身、まだ向上できそうだから続けている、といった側面が少なからずあります。惰性ですね。 もちろん、東京で教室を始めるにあたって、学ぶべきものをしっかり学んで、将来、学びにきてくれた生徒さんが太極拳の良さを感じて、心身ともに健康になってもらうお手伝いをしたい、っていう大命題はあります。 ふと思いました。武術としてやるにせよ、健康になることを目指すにせよ、どちらも心の安定が必要なのではないかと。 あまり遭遇したいとは思いませんが、武樹として習ったものを使わなければいけない状況って、かなり緊張を強いられる場面だと思います。ひょっとしたら自分が怪我をするかもしれない、痛い思いをするかもしれない、そんな思いの中で、冷静に何をすべきかを判断できるような心の安定がなければ、いくら平素から技を鍛えていても何の役にも立ちません。 身体が健康でも、心が病んでいたら、あまりいい気分ではいられないと思います。逆に心が健康でなければ、身体が本当に健康に
今いるシンガポールの学校ではトライアルレッスンは行っていません。1回やったぐらいでは良さも悪さも理解できないだろう、というのと、興味本位でくるだけの人の可能性が高いので面倒、というのが主な理由だと理解しています。 シンガポールでは医者が太極拳を勧めたりもするので、ネットで太極拳教室を探して、問い合わせてくる、というのはよくあります。トライアルがないかという問い合わせもそれなりにあります。 私が東京で自分の教室を開くにあたっても、この方針は続けようかと思っていたのですが、友人から、トライアルなしでいきなり3ヶ月コミットさせるのはハードルが高すぎると感じると指摘されました。 初めのうちは、それほど人数も集まらないから、自分の時間も余っていると思います。なので、時間的な制約は、やらないことの理由にはなりません。日本の他の教室を見ていても、まずは無料トライアルで一度見にきてもらって、良かったら入会してもらう、っていうのが普通のようです。太極拳をスポーツジムと並べて考えるとますますその傾向にあると思います。 ただ、太極拳のレッスンは積み重ねなので、積み重ねてきたものを持っている人たちの中にいきな
早いもので、ジョギングをしないことを宣言してから2ヶ月半。 このところ、ストレッチと年末に練習を休んだおかげで、膝も股関節もぼちぼち調子が良くなってきました。ふと、久しぶりに走ってみたくなりました。 家の周りを軽く走れば良いのに、なぜか3キロ強先の教室まで走ることにしてしまいました。 とにかく無理をしない、スピードを上げない、とそれだけを心に決めて走り始めました。前回走った後、膝の痛みがなかなか引かずに、太極拳の練習にも影響が出ました。それを繰り返すほどのバカにはなりたくありません。 走り始めて、すぐに身体が重く感じました。一時帰国中に食べ過ぎたのが原因でしょうか。でも、シンガポールには体重計を置いていないので、本当のところは分かりません。 途中、少し息が苦しくなって、スピードが出過ぎていそうだったので、何度も、「ゆっくり走る、ゆっくり走る」と心の中で呟きました。 私のゆっくり走るのペースは、1キロ9分。きちんとできれば息が上がらないペースです。このペースで走っていても、走っていると気持ちよくなってきて、最後の方でペースが上がりがちなのですが、それもしないように気をつけています。 走り
自分の練習記録を眺めながら、最近練習量が落ちているなぁ、努力が足りない、と感じていた時に、こんなリンクを見つけました。なんだか練習量が落ちているのを見透かされて、真面目にやれと言われているみたいです。 https://carp-v.com/c-16441/ ちなみに、関東に住んでいるのに昔から広島カープファンです。ずっと周りは巨人ファンばかりで肩身の狭い思いをしてきました。 カープの選手って昔から練習量が多いってよく聞くのですが、一流と呼ばれてきた選手でも変わらないんだなぁ、ってこのリンクを見て改めて感じました。このリンク、元広島監督の野村謙二郎氏の話として紹介してあるのですが、そこから一節。 「みんなタイプも違うしね、天才と言われた努力の前田(前田智徳)でしょ、カネ(金本知憲)も努力でしょ、緒方(孝市)も努力でしょ、彼らからみたら、俺(野村謙二郎)なんか、ひょうひょうとやっているような、なんかセンスだけでやっていたように思われがちだけど、みんな努力している人たちの集まりだったからね」 「居残りで何球打つとか、特打するとかは練習の中のメニューのひとつ。それ以外のところで、自分が思い立っ
昨日、一昨日にご案内したような基礎固めをしながら太極拳を学ぶ呉式太極拳教室「太極の小径」。今年10月に開校予定です。 第一弾となる今年10月期の生徒さんの募集を開始しました。募集の内容は、下記の通りです。レッスンは、3ヶ月を1タームとして行なっていきます。新規の募集は3ヶ月毎に行なっていく予定です。 ゼロから一歩一歩教えていきますので、体力のない方、経験のない方でも大丈夫です。 毎週2回レッスンを行います。週一度だと足腰の基礎をしっかり作ることができないことが最大の理由です。同じ週に行うレッスンは、基本的には同じ内容にすることで、しっかり学び、内容を覚えることができるように配慮しています。また、仕事や家庭の理由でレッスンをお休みされた方が追いつきやすくするようにします。 今回の募集は、「入門1」です。足腰の基礎をしっかりと築きながら、呉式太極拳の108式套路(とうろ)の初めの3分の1を学びます。先だって説明したスクワットもここでしっかり学ぶます。 期間は12週間ですが、最終週は予備週にします。例えば、講師の体調不良である週のレッスンが休講になった場合、12週目に補講を行います。また、レ
前回説明しました通り、呉式太極拳教室「太極の小径」では、一つ一つの動きについて、正しい動きをきちんと説明していきます。こういった太極拳の基本を学べる動きを15種類程度用意しています。これらを学ぶだけでも、しっかりとした足腰を作ることが可能です。 ただ動きを教えるだけでなく、なぜそれが必要なのかを明らかにもしてきます。理由もわからず続けることは、惰性か、苦痛のどちらかになってしまうからです。 なぜ、正しいスクワットが大切なのでしょうか? まずは体を支える下半身から考えていきます。 膝とつま先が同じ方向を向き、膝はつま先よりも前にいかない、と言うのが正しいスクワットの要件の一つです。 足の裏全体を地面につけた状態で膝を横に開いていくと、つま先の角度よりも開けないことがわかります。それよりも内側に膝がある状態だと、膝は内側にも外側にも動きます。つま先と同じ方向まで持っていくとそれ以上外側に動かすことはできないので、外向きに力をかけ続けてあげれば、膝はそこで安定します。 膝がつま先よりも前もしくは後ろにいってしまうと、膝はまた不安定になります。膝がつま先よりも前に入っている場合、腰が必要以上に
昔、豊洲一丁目1番地1号に本社のある会社に勤めたことがあります。1−1−1がつく住所ってなんか特別な感じがしませんか?何かの始まり、まず初めにやらなければならない重要なこと、こんな印象を与えます。もっともこの会社がそういった印象を与えるのに相応しかったかどうかはよくわかりませんが。 閑話休題。 太極拳の一丁目1番地1号ってなんでしょう?太極拳を全くやったことのない人だと、ゆっくりと動くこと、なんて答えが返ってくるのかもしれません。太極拳にも大切だと言われるものは数多あって、どれが一番だ、という正解はないと思います。太極拳をやっている目的によっても、学んだ深さによっても変わりうることです。 私が考える一丁目1番地1号は、スクワットです。呉式太極拳教室「太極の小径」でも、これを「いろはのい」と考えて指導していきます。様々な、姿勢に関する要請、精神的な要請を自分のものにしていくための最初のスタート地点、そして何か問題があったら戻ってくる場所、として位置付けています。 スクワットを行う前には、きちんと立たなければならないので、きちんと立つことが、動作としてはスクワットに先行します。ただ、初学者
個人レッスンを通じて教え始めて2年、レッスン数が150回を超える生徒さんがいます。一通り108式套路をやり終えて、現在より正しい動きになるような修正を行なっています。 レッスンの後の復習もしっかりするし、この間、レッスンの際に習ったことをまとめたメモを見せてもらったのですが、他の生徒さんでこれだけ詳細なメモを書いている人を見たことがないくらいのレベルでした。こういった本人の努力の結果、動きもだんだんスムーズになってきました。こちらが細かい修正をしても、全く意図が通じないということはなく、最近は全てを言わなくてもわかってくれるような気がします。 上達が感じられるので、教える立場から見ると、教えていて楽しい生徒さんになります。 私自身、この生徒さんに鍛えられているなぁ、って昔から思っています。わからないこと、できないことがあるととにかく質問します。単に、わからない、というだけの質問ではなく、こんなふうにやってみたのだけれど、ここでうまくいかない、ここが問題のような気がするのだけれど、ここはこれ以上動かせない、といった感じで、自分でトライをして、いろいろな分析をしてきます。単に「わからない」
太極拳の「経典」と呼ばれる書物は色々とあります。学び始めた当時から読み漁る必要はありませんが、套路を一通り覚えたぐらいから、少しずつ覗きみてると良いと思います。太極拳に対する理解が深まります。 このブログでは、不定期ではありますが、太極拳理論、太極拳の経典に関する情報を書いていきます。 余功保氏の「太極十三経心解」で紹介されているものはこんな感じです。そのうち、銭育才氏の「太極拳理論の要諦」に掲載されているもは太字で示します。( )内は、著者とされる人の名前です。 太極拳論(王宗岳) 十三勢行功(武禹襄) 太極拳十大要論(陳長興) 打手歌 四字秘訣(武禹襄) 五字訣(李亦畬) 十三勢歌(王宗岳) 太極拳九訣(楊班侯) 十三勢説略 太極拳経譜(陳鑫) 授秘歌 太極拳軽重浮沈解 太極拳説十要 普通、武術を学ぼうとすると、まずはどんな動きをするのか、を学ぶことから始めます。相手に打ち込むときはこうする、防御はこうする、それらができるようになるための練習は、こんなふうにする、っていう感じで学んでいくのが普通だと思います。写真付きで、太極拳の動きの解説をしている書籍は日本語でもいくつも出版されて
さて、様々な経典があることを前回のブログで紹介しました。その中から、まず手始めに紹介するのは、「十三勢行功」にします。 一番有名なのは、王宗岳の「太極拳論」なのですが、これは、日本語で書かれた、銭育才氏の「太極拳理論の要諦」でそれなりに詳細に紹介されているため、後回しにすることにしました。 蘇峰珍氏の「行功心解詳解」という本が「十三勢行功」を200ページに渡って詳細に説明を加えています。これを読み解きながらいろいろな概念を紹介していきます。 「十三勢行功」は、行功心解、十三勢行功要解、王宗岳先生行功論、打手要言とも呼ばれます。このブログでは、蘇峰珍氏にならって、「行功心解(ぎょうこうしんかい)」と呼ぶことにします。 武禹襄の書いたものだとされることが多いのですが、王宗岳や李仲が書いたと考える人もいます。ネットで「行功心解」と検索しても、誰の著作かをはっきり書いた記載は見つかりませんでした。蘇峰珍氏もこの点については「行功心解詳解」で明確に示してはいません。 誰が書いたかは、興味はありますが、内容の理解に大きな影響を及ぼすものではありません。この「行功心解」は、王宗岳の「太極拳論」に並ぶ
「行功心解(ぎょうこうしんかい)」の全文を紹介する前に、このブログで使う漢字について少し説明します。 中国語で使われる漢字には、簡体字と繁体字の二つがあります。どちらも日本語の漢字とは似てはいますが、異なります(同じ文字もあります)。 繁体字は、今から1800年以上前の2世紀、漢王朝時代に作られたものだとされています。現在では、台湾、香港などで使われいます。 簡体字は、1950年代に中国で制定された比較的新しいものです。繁体字を簡略化したものです。中国本土の他、シンガポール、マレーシアなどで使われています。 書店に行って中国語の本を眺めていると、どちらの字体で書いた本も売っています。 簡体字の一例です。これぐらいだと中国語を学んだことがなくても認識できるのではないでしょうか。そう、「愛」です。以前読んだ雑誌で、中国の「愛」は心がない、なんて揶揄していました。 個人的には、日本人にとっては、繁体字の方が認識しやすいのではないかと感じますが、私は簡体字で中国語を学んでしまったため、繁体字で書かれている文書を読むときは読むスピードが落ちます。 日本語の漢字、簡体字、繁体字が全て異なる例です。
太極拳とは直接関係のない話ですが、このブログでは、太極拳関係の中国語で書かれた書物を紹介することもあるので、中国語に関する雑感を書いてみます。私の中国語は大したレベルではないので、あくまでも今まで学んできて感じている個人的な感想とお考えください。 いろいろな外国語を学んできた経験から、中国語は日本人にとって最も学びやすい言語だと思います。多少字体は違いますが、日本人は漢字に馴染みがあることが最大の理由です。中国語の漢字は、基本的には一つの字に一つの音が割り当てられているので、日本人が知っている漢字にもう一つ中国語の音を当てはめて覚えれば良いだけです。日本人以外の多くの方々は、中国語を学ぶために2000近くの文字を覚える必要があります。ゾッとしませんか? 逆に中国語を話す人が日本語を学ぶ時には、漢字は認識できても、一つの字に複数の音が存在するため、どんな時にどの音を使ったら良いかを学ぶのに結構苦労するようです。 中国語の文法、特に語順は英語に近くて、日本語と全く違うという人もいますが、私は、中国語を書いたり話したりするときに、頭の中で日本語をある程度そのままの順序で置き換えることができる
シンガポールでの修行生活もあと10ヶ月。ふと思いました。やらなければいけないことをきちんとやっているかと。 最近、本を読んで新しい知識が入ってくることが楽しくて、そちらに時間を使いすぎていた気がしてきました。本を読むのは楽しいです。新しい知識が増えるのはもっと楽しい。それによって新しい見方ができるからです。 楽しいことに時間を使っていると、苦しいことに時間を割かなくなってきます。そんな状態になってきたのではないかと危惧し始めました。 昔、自転車に真剣に乗っていた頃、週末は読売ランドの周りの決まったコースでチームの人達と練習をしていました。読売ランドの周りは、丘陵地帯で、坂が結構多いのです。結構長い坂もあり、短くて急な坂もありました。まだコースを覚えきれていない頃、先輩に言われたことがあります。道に迷って分岐に来たら、苦しそうに見える方に進めばとんでもない方向に迷い込むことはないと。苦しい、イコール、上り方向です。読売ランドのあたりは山が続いているわけではなく、平地にポコっとできている丘陵地なので、上り続けている分には、この地域から大きく離れることはありません。そのうち他のメンバーと合流
気がついたらホームページを立ち上げて、頻繁にブログを書くようになってから3ヶ月。早いですね。ブログはそれ以前から書いていたので生活が大きく変わったわけではないです。 当初は結構不安でした。自分のホームページを見てくれる人なんているのだろうかと。以前使っていたのはアメブロだったので、なんとなくコミュニティみたいなのがあって、積極的に宣伝をしなくても、それなりに読みにきてくれる人がいました https://ameblo.jp/msato17 自分個人のホームページということになると、ページに来てもらうためにいろいろなことをしなければいけないと感じました。できるだけ毎日ブログを更新する、それをSNSで紹介する、定期的にニュースレターを書く等々、色々と試みてきました。 努力が功を奏したのか、1日の平均ページ閲覧数が30を超えました。定期的に読んでいただいている皆さん、本当にありがとうございます。 少しずつ、書いた内容に反応をいただけるようになったのも嬉しいです。 この間、アレクサンダー・テクニークの本を紹介したときには、3人の方から、あの本は面白そうだ、という感想をいただきました。 昨日描いた
この間のブログで書いた通り、あれこれと考えを巡らす似非哲学者になって、色々とメモを取っていたら、字をもっと綺麗に描きたくなりました。 元々字を丁寧に書けない性格なので、今まで何度かペン習字なんかに挑戦したことはありました。ペン習字の通信講座を受けていた頃は、奥さんに文字が綺麗になったと褒められたこともありました。 海外にいて面倒なのと、お金をあまりかけたくないのとで、今回は通信講座ではなく、以前買った本を引っ張り出してきて、毎朝練習することにしました。 太極拳をやるようになって、肩の力が抜けるようになってきたので、今回はちょっと期待しています。元々右の中指に大きなペンダコができるほど筆圧が高く、ちょっと文書を書いただけで手や肩がすごく疲れる書き方をしていました。力が入っていると、当然のことながら微妙な動きができません。それが直線的な文字、小さく書く癖を産んでいたと思っています。 焦らず、急がず、少しずつ、一本一本の線に気を配って、練習していきたいと思います。太極拳の一挙手一投足のように。そう考えると、文字を書くことも太極拳の練習に繋がりそうですね。どちらもそんな思いでやり続けていたら、
先日の夜、蚊に何箇所か刺されて、夜中に目が覚めてしまいました。ふと、教室を始めてから必要な教科書のようなものを用意しなければいけないなと思い立ち、痒みも手伝って、夜中に作業を始めました。 全くのゼロから書くのではなく、108式套路に関しては既に習いながら自分で溜めてきたメモがあるので、それを整理すれば良いのですが、今までは習うたびに書き足してきたので、形式が揃っていません。まずは形式を揃えるために、説明の前提や、どの部分に何を書くのかの説明を最初に書くことにしました。 前々から考えていたことなのですが、108式套路の個々の技の名前の表記をどうするか、をまとめてみました。 個人的には、せっかく中国の文化を学ぶのだから、中国語の発音を学びましょう、といいたいですが、私自身の発音もかなりいい加減なので、教え切る自信がありません。日本語の音を当てはめるルールがないため、何を参考にして決めれば良いのかよくわからないので、現実的な解決方法として、ピンインのカタカナ表記しかないのかな、という感じです。ピンインとカタカナの対照表も提示しし、そもそもピンインも併記しているので、生徒さん自身で本来の中国語