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石ころ https://blog.goo.ne.jp/bachan-no-1

日々の聖書通読から、聖霊のお導きによって気づかせられたことや、 新しく教えられたことなどを書いて居ます。 それは今日を生きるための知恵となり、失敗からの守りとなります。 また、不意な出来事に対して、予め備えてくださる言葉でした。

ムベ
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奈良県
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京都府
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2016/04/03

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  • 約束を守らせてくださる主(ヨシュア記22章)

     そのとき、ヨシュアはルベン人、ガド人、およびマナセの半部族を呼び寄せて、彼らに言った。「あなたがたは、主のしもべモーセがあなたがたに命じたことをことごとく守り、私があなたがたに命じたすべてのことについても、私の声に聞き従った。(1~2) 彼らはヨルダン川を渡る前に、この地に残ることをモーセに願っていた。モーセは彼らが先立ってヨルダン川を渡り、すべての戦いが終わったら帰って来て所有することを許した。また、彼らはヨルダン川を前にした時に、ヨシュアに改めて命じられたことにも従順を約束した。 あなたがた勇士はみな、隊列を組み、あなたがたの兄弟たちより先に渡って行って、彼らを助けなければならない。主があなたがたの兄弟たちにも、あなたがたと同様に安息を与え、彼らもあなたがたの神、主が与えようとしておられる地を所有し...約束を守らせてくださる主(ヨシュア記22章)

  • 今日の歌(2024.05.25)

     銀色のコントレール一本五月晴れ 薫風ふわりうたた寝の午後静か今日の歌(2024.05.25)

  • 一つも違わず実現するのを見る(ヨシュア記21章)

     レビ人の一族のかしらたちは、祭司エルアザル、ヌンの子ヨシュア、そしてイスラエルの人々の部族の、一族のかしらたちのところに近寄って来て、カナンの地のシロで彼らに告げた。「主は、住む町と家畜の放牧地を私たちに与えるよう、モーセを通して命じられました。」イスラエルの子らは主の命により、自分たちの相続地から次の町々とその放牧地をレビ人に与えた。(1~3) レビ人に与えられた地は、彼らが管理し放牧地として用いても、それは彼らの家系に引き継がれるものではなく、初めの約束の通りに彼らがたまわっているのは主ご自身である。何処に住んでも、何を管理していてもその約束は変わらないのだ。 キリスト者もこの世で諸々の財産を得て管理して、それらを大いに用いることがあるが世は一瞬に変わるもので、何時までも残り御国にまで持って行くもの...一つも違わず実現するのを見る(ヨシュア記21章)

  • 今日の歌(2024.05.23)

     風なぶる早苗の先は麦の秋遠き日の庭麦扱きの塵麦扱き(むぎこき、脱穀) トンネルを抜ければ早苗広がりて風穏やかに畦に舞う蝶今日の歌(2024.05.23)

  • 逃れの町(ヨシュア記20章)

     主はヨシュアに告げられた。「イスラエルの子らに告げよ。『わたしがモーセを通してあなたがたに告げておいた、逃れの町を定めよ。意図せずに誤って人を打ち殺してしまった殺人者が、そこに逃げ込むためである。血の復讐をする者から逃れる場所とせよ。』(1~3) 今、キリスト信仰に拠って生きる者の逃れの町はキリストである。人は無垢な赤子として生まれたようであっても、誰に習わなくても妬んたり、苛立ったり、他を押しのける我が儘を覚えて行き、ついには滅びの死に至らせるのである。それは神に背いたアダムの血にあって、人が日々に意図せぬ罪によることであり、パウロは善を望みながら犯してしまう罪の存在は、人の力では制御出来ないものであること告白している。 私が自分でしたくないことをしているなら、それを行っているのは、もはや私ではなく、...逃れの町(ヨシュア記20章)

  • 自分のことを心配しないヨシュア (ヨシュア記19章)

     地を地域ごとに相続地として割り当て終えたとき、イスラエルの子らは、自分たちの間に一つの相続地をヌンの子ヨシュアに与えた。(49) ヨシュアはみなに割り当て地を与えたが、自分の地は求めていなかったのである。割り当て地が1つでは足りないとヨセフ族は苦情を言ったときも、ヨシュアはその一つも得ていなかった。 主の命により、ヨシュアが求めた町、すなわち、エフライムの山地にあるティムナテ・セラフを彼に与えた。彼は町を建てて、そこに住んだ。(50) 民がヨシュアに与えた地は、ヨシュアが求めたのではなく主の命によって受けたのであった。ヨシュアは与えられるままに受けてそこに住んだ。ヨシュアは主にたまわった役割によって、民に割り当て地を与えることに専念して、自分の分を心配することはなかった。これこそ民と、主に立てられたリー...自分のことを心配しないヨシュア(ヨシュア記19章)

  • 今日の唄(2024.05.14)

     未だ薄墨流れるような窓の外大きなかぼちゃの花が、ぽっかりと開いていた。真っ黄色な花と目が合って「おはよう早起きね」「お前もな」今日一番の挨拶はかぼちゃ・・ふふゆっくりと、朝焼けが広がって来た。今日の唄(2024.05.14)

  • 祝福による民が多くて狭い(ヨシュア記17章)

     ヨセフ族はヨシュアに告げた。「あなたはなぜ、私にただ一つのくじによる相続地、ただ一つの割り当て地しか分けてくださらないのですか。これほど数の多い民になるまで、主が私を祝福してくださったのに。」(14) 主が祝福してくださったなら祝福に応えるべきであり、祝福によって増えた民の数によって狭くなったと不満を言い立てるのは、数が増しただけの無力で中身の無い姿を現している。祝福を受けて増えた民はその祝福に相応しい実を結ぶべきである。 良きものをたまわっても用いることをしないで、ただ数を数えて満足しているだけならアッと言う間に貧しくなる。用いない賜物が持っている財を食い尽くし、用いないたまものは高ぶりをもたらして災いとなる。 あなたがたのところにいたとき、働きたくない者は食べるな、と私たちは命じました。(Ⅱテサロニ...祝福による民が多くて狭い(ヨシュア記17章)

  • 今も私は壮健です(ヨシュア記13~14章)

     ヨシュア達イスラエルの子らが打ち占領した地の王は31人であった。12章ではその王の名が列挙されている。カナンの地は創造主の支配に置かれて、主に聴き従って仕えるイスラエルに任されたのである。 ヨシュアは年を重ねて老人になっていた。主は彼に告げられた。「あなたは年を重ね、老人になった。しかし、占領すべき地は非常にたくさん残っている。(13:1) 神のすべてのご計画は人の力に依存するものではないので、主に頼らずに何でもできる若さが必要ではなく、歳を取って自分が弱くなった時を待って用いられることが多くある。それゆえ主の御用に用いられている者には定年退職はないだろう。神の子とされた者が主に近しく聴き従っている場の外に、安息があるとは思えないからである。主に油を注がれ続けないと働けない高齢者は、神には働き盛りなのだ...今も私は壮健です(ヨシュア記13~14章)

  • 「懇願」(マタイ8章)

     息子の通読箇所を交読していて、此処にある三通りの「懇願」に気付かされた。 イエスがカペナウムに入られると、一人の百人隊長がみもとに来て懇願し、「主よ、私のしもべが中風のために家で寝込んでいます。ひどく苦しんでいます」と言った。イエスは彼に「行って彼を治そう」と言われた。しかし、百人隊長は答えた。「主よ、あなた様を私の屋根の下にお入れする資格は、私にはありません。ただ、おことばを下さい。そうすれば私のしもべは癒やされます。(5~8) 百人隊長はイエスさまに、しもべを癒やすおことばをくださいと懇願した。彼は自分の役職によって発せられた言葉にある権威を知っており、猶更みことばの権威が如何に価値あるものであるかは、信仰によって確信していたのである。イエスは彼の信仰をほめられ、みことばをたまわったしもべは直ちに癒...「懇願」(マタイ8章)

  • 今日の歌(2024.05.05)

     ゴールデンウイーク家族が元気に集まった。嫁さんが「おかあちゃん」と呼んだだけで、女の子を持たない私は嬉しくなる。二人の孫が年頃の女性になっていて、一つひとつの仕草や笑顔が眩しい。大学生に「勉強楽しい?」なんて、小学生か!というようなことを聞いても「楽しいよ。」と笑顔が返って来て、私はとても幸せになった。 長男は夜遅くまで側にいて、私のダラダラと続くどうでも良いような話の相手をしてくれる。本当にどうしてもっと大切なことを話さないのかと思うけれど・・何時でもこうなってしまう。 孫とはふざけてしまうし、嫁さんには甘えてしまう。「人材が揃っているのだから何でも言うといいよ」と嫁さんは子供たちを招集して命じろという。でも考えるのが面倒で「適当にしておいて」なんて言うと、乱雑だった押し入れに、使った布団なども圧縮袋...今日の歌(2024.05.05)

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