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蒸気機関車の末期の写真ばかり見ていると、8620と言えばローカル線となりますが、もっと楽しい列車も引かせたいとおもいます。 潮風の中を能代方面に向う小編成。 オハ61系やスハ32系を引かせたら、乗換駅で待つのはC60、C61。 C51が待つならオハ31系。 C53時代ならナハ22000系や明治の雑型客車も8620には良いなぁと考えます。何と言っても8620は形が良いから何を引かせても絵になる機関車です。ナロワシを加えた木造ダブルルーフの6連なんか、走らせたらさぞ魅力的でしょう。 弘前へ向う旅客列車。 8620の引く列車を写真で見た中で最も豪華だったのは、横浜港から東京へのポートトレイン。 外国…
津軽鉄道の車両は明るいオレンジとクリーム色に塗装されていました。津軽に咲いた南国の花のように 五所川原駅に到着し、津軽鉄道の列車から降りる乗客たち。コンクリート脚の跨線橋の下に五能線の8620が顔をのぞかせています。ストーブ列車に津軽三味線の観光列車はまだ走っておらず、もっぱら周辺住民の足として使われていました。 深い屋根、乗降ドア上の湾曲した水切り、お椀型のベンチレーターなど、昭和所期の川崎造船所製電車の特徴を色濃く残した津軽鉄道のナハフ1200型。17メートル級の西武鉄道のクハからの改造車でした。非常に個性的なこの車両が、キハに引かれて走っていました。プラットフォームは五能線のプラットフォ…
大正時代の名機と呼ばれた8620が日本海沿いの海岸段丘を走っていました。 ウイスキーのダンボールを持ち、唐草模様の風呂敷包みを背負った旦那さんが待つホームに、夏場の臨時列車かっぱ号を牽引して8620が到着。ステキな女性たちが立つとフラットホームが華やぎます。 イケメンの機関車助士。快速かっぱ号は花形列車ですから乗務員も気合がはいります。 8620の丹念に作り込んだキャブには、大正時代に輸入機関車に負けない車両を作ろうとした技師と製造所の心意気が感じられます。そして8620は、送り出した人々の期待に応えるように長く活躍したのでした。 深浦↔弘前の列車表示も誇らしげなオハフ61。木造客車を鋼体化改…