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  • 「渡り鳥 はぐれ鳥」 新田一郎 地声の魅力

    こんにちは、暖淡堂です。 出向までの期間、色々と準備が必要で、落ち着かない日々を過ごしております。 出向後は原則毎日出社なので、時間の制約がきつくなります。 まあ、それでも、それなりに諸々続けていこうと思っています。 金曜日ですね。 渡り鳥のような気分で、とらわれることなく、生きていきたいなあと思っています。 新田一郎さん、スペクトラムの「リーダー」だったかな。 ギターの西さんとツインボーカルで、迫力のある演奏を楽しませてくれていました。 「渡り鳥 はぐれ鳥」は新田一郎さんのソロアルバムから。 LPレコードで持っていました。 名曲が多かったのですが、今回は、動画の見つかったこの曲を紹介します。…

  • 「矜持 鬼役(十一)」 坂岡 真 泣く準備を

    鬼役とも呼ばれる将軍家毒見役矢背蔵人介は、非番の日、町中を散策していて、商家甲州屋の店先で赤子を拾ってしまう。矢背家でその赤子を育て始めるが、ある日、その子の母であるという若い女が訪れる。その女の話から、甲州屋の金を狙った町方与力と同心の陰謀が浮かび上がる。「子捨て成敗」 矢背蔵人介の子鐵太郎が剣術道場に通い始めるが、書院番組頭の息子やその取り巻きの子らに執拗ないじめをうける。その鐵太郎をかばってくれた人は、鐵太郎に自分と同じ才能があることを見抜き、「算術本「塵劫記」を手渡す。しかし、その人は、書院番組頭毒殺未遂の濡れ衣を着せられ、殺されてしまう。鐵太郎は刀を手に取り、仇を討とうと書院番組頭の…

  • 「管子」の言葉より 国会や選挙があると、一定数のアクセスがあります

    こんにちは、暖淡堂です。 ブログを複数運営しています。 アメブロでは2サイト作っていて、思い出したようにポツリポツリと記事を更新しています。 アメブロははてなと同じように、ユーザーが特に何をしなくてもSEO的に強いと感じられます。 放置状態でも、一定数のアクセスがあります。 で、そんなアメブロに3年ほど前にアップした記事が以下になります。 この記事ですが、コンスタントに一定数のアクセスがあります。 それも、なんとなく国会期間中であったり、国政選挙の時期だったりすると、アクセス数が増えます。 関心を持ってもらえるのでしょうね。 ameblo.jp 一部引用します。 指導者が指導者としての振る舞い…

  • 【現代詩】「灯」 微睡のなかで思い出すもの 現代詩の試み

    灯 雪、の夢をみた 少年は膝を抱えて 窓際にうずくまっていた そこが一番暗いことを知っていたから少年の祖母は ストーブの上で 干し芋を焙っていた 猫は丸くなって寝ていた外は吹雪いている 父も母もまだ帰らない * 目覚めると、まだ雨が降っていた * ああ、あの家に、灯がともる頃だ ***** 自分の暮らしは、長く長く続く旅のようなものだと思うことがあります。 旅立ったところに、もう戻ることのない。 自分が生まれ落ちたところから、南に進んだ距離、北に進んだ距離、東に進んだ距離、西に進んだ距離、それぞれ、かなりの値になると思いますが、それらを全部ベクトルで足し合わせると、結局は、生まれ落ちた場所から…

  • 「きりぎりす 鳴くや霜夜の さむしろに」 後京極摂政前太政大臣 妻を亡くした寂しさを和歌に昇華させた

    百人一首第91番目の歌の作者は後京極摂政前太政大臣ごきょうごくせっしょうさきのだいじょうだいじんです。 関白九条兼実の子で、藤原忠通の孫にあたります。 今回は後京極摂政前太政大臣について紹介します。 後京極摂政前太政大臣とは 後京極摂政前太政大臣とは藤原良経のこと。 生年が1169年、没年が1206年。 祖父の藤原忠通は百人一首第76番目の歌の作者ですね。 保元の乱の中心人物でした。 dantandho.hatenadiary.com 藤原良経は政界で活躍しながらも、和歌や漢詩などの文学に通じていました。 自らも優れた和歌を残しています。 そして、当時の文学界の有力なパトロンで、百人一首の選者…

  • 幻魔大戦よりも前の平井和正作品から読んでいました 「死霊狩り(ソンビー・ハンター)」はお勧めです

    「死霊狩り(ゾンビー・ハンター)」巻末の作品一覧 こんにちは、暖淡堂です。 中学生の頃から高校生くらいまでの間、平井和正さんの作品を好んで読んでいました。 ハヤカワの「狼男(ウルフガイ)」シリーズにはハマっていました。 平井さんの作品で、角川でも刊行されていたものは、その多くを読んでいました。 当時購入していた本は、実家の引越しの時に処分されてしまって、今手元にはどれもありません。 絶版になっているものが多く、ほとんど再入手が不可能な状態です。 数年前にたまたま古書で見つけた「死霊狩り(ゾンビー・ハンター)」全3巻は、宝物として長く残しておきたいと思っています。 で、この本を眺めていて、とても…

  • 外浦の海岸でのんびりと過ごしました 伊豆下田への家族旅行2日目

    こんにちは、暖淡堂です。 伊豆下田への家族旅行2日目の午前中。 泊まっていたホテルから見えていた海岸に降りてみました。 人はほとんどいなく、家族連れが我が家の他に1組だけ。 それも砂浜で少しだけキャッチボールをした後に引き上げていきました。 それからは、砂浜にいるのは我が家の3人だけ。 とても贅沢に、のんびりと過ごせました。 僕と娘は、ゆっくりと写真を撮りながら歩き、堤防の先端までいきました。 湾の外側にも綺麗な海が広がっていました。 内側はずっと白い砂浜。 夏に来たら、気持ちがいいだろうなと思います。 もう何年も海には入っていません。 そういえば、直近で海に入ったのは、小樽の海。 娘は小学生…

  • 2010年8月下旬 移動が多くてこの頃もまた疲れていた【微笑みの国の記憶:タイ駐在備忘録】

    シラチャのサッカー場 2010年8月下旬。 北海道帰省から僕だけ先にシラチャに戻っていた。 数日遅れて妻と娘が戻ってきた。 娘は、残りわずかの夏休みで、読書感想文を書き始めていた。 それに妻はつききりでサポートをしていた。 読書感想文の課題図書は、帰国した時に購入。 それを読むところから始めていた。 この頃、家族で暮らしていたサービスアパート(ホテル)のフロントで、日本で放送されているTV番組や映画のDVDが借りられることがわかって、それを時々部屋で観るようになっていた。 日本のTV放送は数局観ることができたが、画像が悪かったので、このDVDはよく借りることになった。 今思えば、著作権の処理な…

  • 小学生の頃に起こった、とても寂しく、悲しい出来事のこと 【沙河35】

    小学生の頃の、一番悲しい出来事です。 今でも時々思い出したりします。 のんびりとした田舎でしたが、事件といってもいいようなことも起こりました。 【沙河】昭和五一年~昭和五二年 (十六)① 通学に使っていた道路は、車がほとんど走っていなかった。私は、縦笛を吹いたり、本を読んだりしながら歩いて帰った。 ある日の放課後、川田君や西森君と学校の玄関で別れた後、家への道を一人で歩いていた。稲穂が実り、風に揺れて乾いた音を立てていた。風は頬に冷たく感じられた。 灌漑溝に架けられた鉄筋コンクリート製の橋の手前で、沢井さんと会った。学年が同じで、家も近かったが、普段はあまり話さない。 僕は本を読みながら歩いて…

  • 「血路 鬼役(十)」 坂岡 真 家慶日光社参

    家慶がついに将軍となり、家斉は退位して大御所となった。 ある日、将軍毒見役(鬼役)の矢背蔵人介の家を使者が訪れる。 矢背家の居候、望月宗次郎を将軍家の影として召し抱えたいというのだ。 確かに、家慶の子である宗次郎は、影として適任であった。 家慶は将軍になると、父家斉が成し得なかった「日光社参」を行う。 莫大な費用と人員の動員を伴う社参は大事業であり、これを行うことで家慶は父家斉に将軍としての威光を示し、政治から手を引いてもらいたいのだ。 しかし、家斉はそれを激しく憎み、命をも奪おうとする。 家慶の日光社参を、刺客の一群が追う。 鬼役矢背蔵人介と影望月宗次郎は、家慶を守り切ることができるか。 *…

  • 日の出をのんびりと見ていました 伊豆下田への家族旅行2日目

    こんにちは、暖淡堂です。 伊豆下田の宿に着いて、食事前に僕は温泉とビールを先に済ませました。 で、食事して、妻と娘はそれから温泉。 僕はビール2回戦。 で、テレビを観た後、早めに寝ました。 運転で疲れていたので。 寝る前に、妻が「朝日が見たい」と言っていたので、目覚ましをセットしました。 で、起きて、妻に声をかけて、窓から外を眺めていました。 そこに、ゆっくりと朝日が上ってきました。 空が明るくなってから、太陽が見え始めるまではずいぶんと待ったのですが、上り始めると早いですね。 数分で太陽の全体が見えました。 空が晴れて、良い天気の1日になりそうでした。 この後、もう一度温泉に入ってから朝食。…

  • 里山の桜 多摩丘陵地区の散策

    こんにちは、暖淡堂です。 曇りの予報だった日曜日、空が明るくなってきたので、妻と二人で散策に出かけました。 途中、桜をいろんなところで目にしました。 大体は、満開の一歩手前の感じでしたね。 やっと暖かくなって、のんびりとお散歩をするのにちょうどよい季節になりました。 土地にはアップダウンがあって、それなりに運動になります。 小汗をかくくらいですね。 年齢的には、ちょうどいい運動になりました。 2024年4月7日の桜1 2024年4月7日の桜2 *☺☺☺☺☺* 地図で読み解く小田急沿線 (地図で読み解く沿線シリーズ) 三才ブックス Amazon 地図で読み解く京王沿線 (地図で読み解く沿線シリー…

  • 学生帽 最近見かけませんねえ 昭和のスタイルということでしょうか

    こんにちは、暖淡堂です。 昭和の頃のことを考えていて、ふと思ったのが、「学生帽」のこと。 そういえば、最近見かけません。 僕が小学生の頃は、入学した時から学生帽をかぶっていました。 黄色い帽子はありませんでしたね。 北海道だったからでしょうか。 小学生の頃、外出する時には、学生帽をかぶることになっていたような気がします。 社会科見学や修学旅行の時も、基本はかぶることになっていたかと。 それは、中学校でも同じでした。 それで、修学旅行の時の写真は、だいたい学生帽をかぶって写っています。 ジーパン(今風にいうとデニムのパンツ)にジージャンを着ていて、その頭には学生帽を乗せいているという姿の写真があ…

  • Kindleで出版している本の増補版とペーパーバック版を作成していました 先週やっていたこと

    こんにちは、暖淡堂です。 先週は「暖淡堂書房」で出版しているKindle本関連の作業をしていました。 易経(周易)を江戸時代の儒学者新井白蛾が解説した「易学小筌」の現代語訳を出版していて、多くの方に読んでいただけています。 今回、その増補版をまず作成しました。 で、増補版と一緒に、ずっと作ろうと思っていたペーパーバック版も作成しました。 増補版は、原稿と表紙のデータの差し替えでよいのですが、ペーパーバック版はちょっと追加で作業が必要になります。 まずペーパーバック版の判型を決めます。 その次に、判型のサイズに合わせて原稿データを修正します。 縦と横の長さ、マージン(余白)などを設定して、PDF…

  • 【現代詩】「雨の街」 身近にある野生のイメージ 現代詩の試み

    雨の街 人通りなくカラスが路上を食卓にして跳ね回っているこの血を雨は流せるのだろうか ***** カラスは雑食であることを思い起こさせてくれます。 そして、知性が高い。 雪の処方箋 (暖淡堂書房) 作者:暖淡堂 Amazon 腐朽船群 (暖淡堂書房) 作者:暖淡堂 暖淡堂書房 Amazon dantandho にほんブログ村 ランキング参加中詩 ランキング参加中雑談・日記を書きたい人のグループ

  • 学校の天井裏での冒険 午後の教室 【沙河34】

    通っていた小学校の校舎は、古かったせいか、工事が途中で放置されたままになっているようなところがありました。 天井がポッカリと開いたままになっているところもあったりして。 小学生の男子がそんなところを見つけたら、放っておくはずがありません。 僕は、友人に誘われるようにして、そんなところから、学校の裏側に入ってみたりしていました。 【沙河】昭和五一年~昭和五二年 (十五)④ ある日、私たちの教室の掃除用具入れの天井の板がずれていることに気がついた。 身体の小さかった川田君が、板の隙間から天井裏に上がってしまった。そして私を呼んだ。私も身体は小さいので、そこを上がるのは難しくなかった。川田君と同じよ…

  • 百人一首の時代 第81歌から第90歌まで まとめ

    百人一首の第81歌から第90歌までをまとめます。 保元の乱、平治の乱、それに続く源平の合戦期。 その時代の歌人たちの作品が中心になります。 選者の藤原定家と、実際に交流のあった歌人の作品もいくつかありますね。 この後は第91歌から第100歌まで。 源平の合戦後までの歌人の作品になります。 dantandho.hatenadiary.com dantandho.hatenadiary.com dantandho.hatenadiary.com dantandho.hatenadiary.com dantandho.hatenadiary.com dantandho.hatenadiary.com…

  • 【現代詩】「たどりつけない」 身体に現れる「戸惑い」のイメージ 現代詩の試み

    たどりつけない 足が、重くなって、もう歩けない日は傾き、人々は家路を急ぐが僕は、もうどこへもいけない北で生まれて、西に帰る僕はその涯に、何かがあるのを確かに知っているだけど、もう歩けないのだうずくまると周囲のものがごうごうと音を立てて僕を置き去りにする気がつくと、僕は後ろ向きに速度を上げながらどこかへ向かっているのだがああ、もうそこにはたどりつけない… ***** 北で生まれて、西の土地で暮らしていた頃。 そのさらに西にあるものを、想像したりしていました。 仏教や、その他の宗教について、集中して読んでいたのもこの頃ですね。 この頃、「禅」の書物に出会い、今でも読み続けています。 雪の処方箋 (…

  • 運動部は全員丸刈りの時代 昭和の思い出

    丸刈り こんにちは、暖淡堂です。 昭和の頃のことを時々思い出しています。 今ちょうど高校野球の春の選抜大会が行われています。 最近の選手の髪型を見ると、昭和(僕たちの学生時代の頃)とはずいぶん変わった気がします。 丸刈りでない選手の数が、増えていますね。 ちょっとおしゃれな髪型をしている選手もいるくらいで。 僕たちの頃(繰り返しますが、昭和のことです)は、全員丸刈り。 髪が伸びてくると、すぐに短くしていました。 野球部だけやっていればよかったのでしょうが、学校によっては運動部は皆丸刈りというところもあったようで。 僕の通っていた中学校(豊沼中学校)は、野球部は基本丸刈りでした。 「丸刈り以外で…

  • 湯島天神から上野を通って王子の飛鳥山公園まで

    湯島天神から空を見た こんにちは、暖淡堂です。 2024年3月30日(土)、家族で湯島天神に参詣しました。 娘の大学院試験の合格祈願をしていて、そのお礼参りに訪れました。 お参りをして、しばらく休憩していると、和装の新郎新婦が現れました。 神社の建物の中で、写真撮影をしていましたね。 結婚式や、記念アルバムに使う写真かな。 お参りをした後、不忍池の外側を通って、上野駅へ。 観光客の人が多かったです。 それも外国の人がたくさん。 キャリーケースを引っ張って歩いているので、さらに混み合っている感じがしました。 上野から京浜東北線で王子まで移動。 飛鳥山公園に行きました。 ここも、子供連れの家族を中…

  • 宿から見えた海 伊豆下田への家族旅行

    伊豆下田の宿から眺めた風景(夕方) こんにちは、暖淡堂です。 2024年3月14日(木)の夕方、伊豆下田の宿に着きました。 運転をして、下田の街中の散策もして、結構疲れていました。 それでも、宿について、窓から見えた風景に、すっかり疲れが癒やされました。 海が、とても綺麗でした。 水が青いですね。 そして、砂浜が白い。 家族全員がこの景色に大満足しました。 僕は明るいうちに温泉に入り、フロントで買ったビールを部屋で飲みました。 その後、夕食会場でコースでの夕食。 そこでは、日本酒を1合だけ飲みました。 部屋に戻ってから、またビールを1本。 妻と娘は二人で温泉に行っていました。 僕は一人でテレビ…

  • 「ローマ人の物語 1,2 ローマは一日にして成らず[上、下]」 塩野七生 歴史における「西洋」の視点

    こんにちは、暖淡堂です。 暖かくなってきましたね。 通勤の電車の中の人がぐっと増えましたが、僕は書物の世界に没入です。 で、塩野七生さんの人気の作品「ローマ人の物語」。 紀元前753年のロムルスによる建国から紀元前270年頃のターラント戦の勝利まで。 近隣諸国との攻防や当時の先進国であったギリシャとの関係など。 研究者とは違った独自の視点で描かれます。 塩野さんは、現代の欧州の研究者の視点に違和感を感じています。 むしろ、古代の歴史研究家に心を通わせます。 そこには、現代の欧州人にあるキリスト教的なものがない、自由な言葉があるから。 「ローマ人の物語」の文庫版は各冊200頁ほど。 持ち歩くにも…

  • この広告はNGだと思う 困った経験をしている人は多いのでは

    こんにちは、暖淡堂です。 先日、妻がちょっとした操作上のミスで、以下の広告表示のどこかをクリックしたようです。 その結果が、問題多々。 (以下、広告の画像です) ちょっと問題な広告表示の例 (ここまで) クリックした結果、ブラウザが乗っ取られ、操作不能になったようです。 慌てて妻が僕に知らせてくれました。 メッセージがたくさん出てきたのですが、大体、以下の内容でした。 「このPCは不具合で操作不能になりました」 「回復のためには次の電話番号に連絡してください」 「PCの強制終了、再起動はけっしてしないでください」 で、その状況を見たところで、何が起こったのかがわかりました。 そこで行った対策は…

  • 【現代詩】「また一日」 立ち止まることの効用 現代詩の試み

    また一日 ふと、もう歩けなくなるのではないかそう思ったなら、いっそまだ歩けるうちに、立ち止まってみようすぐ後ろにいて、僕を追いかけていたはずの人が思いがけず遠くにいて別の方角を向いて進んでいた僕の前にいたはずの人の大きな背中がバランスの悪い歩行で、大きく揺れていた遅いと思っていた人は時々立ち止まり、進む方向を確認していた僕と目が合い、にっこりして手を振ってくれた急ぎ足で歩いていると、気づかなかったのだ僕は、また歩き始めた疲れ切る前に、立ち止まってみてよかったまた一日 ***** 急足で進むよりも、ゆっくりと歩いている方が、より遠くまで行ける。 そんなふうに、実感を込めて、思えるようになりました…

  • 小学校の木造校舎のこと 大きくて、ところどころに暗がりがあって 【沙河34】

    僕が通っていた小学校は、炭鉱での石炭採掘が盛んに行われていた頃に建てられた木造の校舎でした。 昭和50年代になると、石炭の需要減に加え、大規模な炭鉱事故などもあって、採掘量は減っていました。 炭鉱関連での仕事が少なくなり、近隣の町を含めた一帯から子供が減っていた頃です。 校舎の中には使われていない教室がたくさんあって、それも校舎の奥の方に並んでいたので、曇った薄暗い日などには、そこにいくのが怖いくらいでした。 廊下もところどころ軋んで、不気味な音が出るときもありました。 トイレも古くて、個室を使うのはよっぽど我慢できないときに限られていました。 【沙河】昭和五一年~昭和五二年 (十五)③ 小学…

  • 今年最初にじっくり見た桜「江戸彼岸(エドヒガン)」 多摩よこやまの道

    こんにちは、暖淡堂です。 先週末、妻とお散歩していると、桜が咲いているのを見つけたので、近寄ってじっくりと見てみました。 江戸彼岸 場所は川崎市麻生区と多摩市、稲城市の境界に沿って伸びているような「よこやまの道」の散策路。 住宅街のすぐそばに、自然豊かな散策路があるのがとてもいいですね。 妻とは時々この散策路を歩いています。 www.city.tama.lg.jp この桜の名前は「江戸彼岸(エドヒガン)」というようです。 染井吉野(ソメイヨシノ)の原種の一つらしいです。 江戸彼岸(エドヒガン)案内板 そろそろ関東でも染井吉野(ソメイヨシノ)が咲き始めるようですね。 今年も健康で、桜の花が見られ…

  • 「弟の牛若は、四歳までは母とともに暮らしていたが」 義経記 巻第一 常盤都落(みやこおち)の事(五)

    こんにちは、暖淡堂です。 「義経記」の常盤都落ちの五回目。 常盤は清盛を受け入れます。 そして三人の子らの命を助けます。 ここで、今若、乙若、牛若(義経)三人の生涯が語られます。 今若は、八歳になった春の頃からかんじょう寺(観音寺、醍醐寺か)で学問をさせ、十八の年に受戒し禅師の君と呼ばれるようになった。後に駿河の国、富士の裾野の阿野という山寺で仏法を盛んにしておられたが、そこでは悪禅師殿と称せられるようになっていた。 乙若は八条に住んでいたが、僧ではあっても企みのある恐ろしい人で、加茂、春日、稲荷、祇園の御祭があるごとに平家を狙い、最後は紀伊国(きのくに)にいた叔父新宮十郎行家が反乱を起こした…

  • 稲生沢川のみなと橋で見た夕陽 伊豆下田への家族旅行

    伊豆下田稲生沢川にかかるみなと橋から見た夕陽 こんにちは、暖淡堂です。 2024年3月14日(木)の午後、伊豆下田に到着。 市内の道の駅に車を置いて、ペリーロード周辺を散策しました。 小一時間ほど歩いて、駐車場に戻る途中で、ちょうど夕陽が見られる時刻。 綺麗だったので写真を撮影しました。 下田市内を流れる稲生沢川にかかるみなと橋の上です。 河岸には船が係留されていて、川に沿って民宿などが建ち並んでいました。 家並みの先に小高い山があって、ちょうどその先のところに陽が沈んで行きました。 長いドライブの疲れも、それで吹き飛びましたね。 ああ、いい一日だったな、と思いながら、夕暮れ時の冷たい風を胸い…

  • 昭和58年の大学新歓コンパ それは「疾風怒濤」の時代の始まり(*個人の感想です)

    こんにちは、暖淡堂です。 昭和58年に大学に入学し、旭川で一人暮らしを始めました。 初めてアパートで一人きりで過ごし、大学の入学式やオリエンテーションも、自分で身支度して出かけました。 ちょっと事情があって、入学式にはスタジャンとジーンズで参加しました。 事情というのが、なんと入学式の日時をなんとなくしか覚えていなかったということ。 で、さて、いつだったかな、今日だったかな、という感じで様子を見に行ったら、入学式が行われていた、ということで。 そのとき着ていたのがスタジャンとジーンズ。 入り口に立っていた先生に、「入学生か、すぐに入れ」と言われてそのまま会場へ。 で、僕はそのままのスタイルで入…

  • 【現代詩】「雨の音」 時間を滑り落ちるイメージ 現代詩の試み

    雨の音 眠りの底に微かな雨の音を聞いていたそれは、故郷の家のトタン屋根を叩く雨の音だったふと目を覚まし“ここ”に滑り落ちたまだ暗い朝に“ここ”でも雨が降っていた数十年をはさんでなんという偶然だろうまた、僕は… ***** 朝、目が覚めた時に聞く、雨の音が好きです。 その後、雨の中を通勤するのは辛いのですが。 子供の頃は、傘をさして雨の降る中を歩くのが好きでした。 今は、雨を理由に外に出なくなっています。 またいつか、雨の中に、喜んで出ていく日が来るのかな。 その時は、僕は次のモードに移っているのでしょうね。 雨が嫌でなくなったら、さらにその次の準備をしようと思います。 雪の処方箋 (暖淡堂書房…

  • 「見せばやな 雄島の海人の 袖だにも」 殷富門院大輔 和歌の上手として多くの歌が勅撰和歌集に選ばれた

    百人一首第90番目の歌の作者は殷富門院大輔いんぷもんいんのたいふです。 歌人仲間からは「千首大輔」とあだ名されるほどの多作の人だったようです。 今回は殷富門院大輔について紹介します。 殷富門院大輔とは 生年が1130年頃、没年が1200年頃。 藤原氏北家の一人、藤原信成の娘です。 後白河院皇女の殷富門院に出仕しました。 鴨長明からは和歌の上手の一人に挙げられ、またとても多作だったことから、和歌仲間からは「千首大輔」とあだ名されるほどでした。 藤原定家、西行らとも交流があり、当時の歌壇の中心にいた人だったようです。 作った歌は多くの勅撰和歌集に選ばれています。 新古今和歌集に10首、新勅撰和歌集…

  • 「旅立ち」 松山千春 北海道あるある(僕の周囲だけか?)

    こんにちは、暖淡堂です。 北海道出身です。 中学生や高校生の頃、学祭の準備などで、ギターを弾いていると、「『旅立ち』弾いてみて〜」とよく言われました。 友人と二人でギターを弾いていると「打倒!ふきのとう、だなあ〜」とよく言われました。 「打倒!ふきのとう」は、中学校の卒業アルバムにも書かれてしまいました。 そのくらい、北海道でギターを弾くと、松山千春さんやふきのとうのお二人をすぐに連想されるようでした。 きっと女子だったら中島みゆきさんですね。 ローカルには佐々木好さんかな。 で、春ですね。 旅立つ皆様に、この曲を紹介します。 もう、知っている人は少ないかな。 www.youtube.com …

  • 一本線のジャージが着たかった 仮面ライダー2号への憧れ

    こんにちは、暖淡堂です。 小学生の頃、腕や足の部分の横に一本線が入っているジャージが着たかったです。 その理由は「仮面ライダー2号」のカッコ良さに憧れたから。 仮面ライダーと線の数 線の数と仮面ライダーとの関係を整理すると以下の通りです。 仮面ライダー1号 本郷猛(初期):線なし 仮面ライダー2号 一文字隼人:線1本 仮面ライダー1号 本郷猛(復帰後):線2本 暖淡堂の小学校の頃のジャージの線事情 僕が小学生の頃、学校指定のジャージは青地に白い線が2本。 母親は面倒なことを考えない人なので、素直に学校指定のジャージを買っていました。 2本でなければ線なしで、なんとも締まらないものになってしまい…

  • 「Follow The Sun」 谷村新司 旅立ちの歌として

    こんにちは、暖淡堂です。 卒業式は一通り終わった頃でしょうか。 卒業された人たちは、新たな暮らしの準備を進めているのでしょうね。 新しい暮らしを始めるということを考えると、思い出す歌がたくさんあります。 この「Follow The Sun」もそんな一曲。 この歌、とても好きです。 勢いがありますね。 そして、住み慣れた街を離れて、一人で暮らし始める人への、力強い励ましの歌になっています。 アパートに引っ越して、初めて一人きりで過ごす夜。 とても心細いですよね。 そんな時には、好きだった歌を思い出したり、口ずさんだりするのがよいです。 僕が18歳で一人暮らしを始めた頃は、この歌をよく思い出してい…

  • 2010年8月中旬 帰省で初めての一時帰国(続き) 久しぶりのDomDomハンバーガー【微笑みの国の記憶:タイ駐在備忘録】

    ハンバーガーショップDOMDOMの紙袋(2010年夏) 2010年8月中旬の一時帰国の続き。 北海道への帰省中は、レンタカーを借りて移動していた。 黒いスバルのインプレッサだった。 車高が低めで、シートも低く、足を前に伸ばす体勢で運転するので、運動不足で筋力が落ちていた自分は、時々腰に痛みを感じた。 車自体は、パワーを感じられて、走りには安心感があった。 坂道の登りでは、とても楽に運転ができた。 我が家は、家族で出かけると飲食店で食事をするよりも、テイクアウトをして車の中や公園で食べることが多い。 帰省中もほぼそのスタイルで食事をしていた。 2010年当時、滝川にあったダイエー(現在はイオン)…

  • iPhone 非正規店での修理には要注意

    iPhone故障時の対応は慎重に こんにちは、暖淡堂です。 今週は娘のiPhoneが故障してしまい、その修理を初体験しました。 電話故障の顛末 娘の電話が使えなくなったのが、ちょうど娘の大学の卒業式で、袴姿に着替えるために娘が先に出かけた後。 着替えをする業者の仮設ブースに着いた頃のことだったようです。 で、娘は慌てて友人の電話からそのことを伝えてきたのですが、娘自身は僕や妻の携帯電話番号を覚えていなくて、メモも持っていません。 で、自宅の固定電話に電話をしてきました。 僕や妻も卒業式に行く予定だったので、「会場に着いたら友人の電話宛に連絡する」と言って電話を切りました。 僕と妻が会場に着いた…

  • 真田太平記(十一)大坂夏の陣 池波正太郎 真田幸村、愛馬月影とともに

    徳川軍の攻撃を凌ぎ切った豊臣方は、徳川家康と和議を結ぶ。 しかしそれは、徳川方の謀略の一段階に過ぎなかった。 豊臣方中枢部の動きに幻滅しながらも、真田幸村は自らの生き方を貫こうとする。 兄、真田信之との対面も、幸村の意志を変えることはできなかった。 大坂城の外堀を埋めきった徳川家康は、最後の仕上げにかかる。 大坂夏の陣が始まる。 真田幸村は、自らに従う兵達とともに奮戦し、一度は家康を敗走させる。 しかし、最後には兵力の差が幸村軍の勢いを止めてしまう。 味方の兵達とはぐれた幸村は、愛馬月影とともに、静かに田の中に倒れる。 幸村は、最後まで、自らの戦いを戦い切った。 真田太平記(十一)大坂夏の陣(…

  • 「春雷」 ふきのとう 春まだ浅い頃に

    こんにちは、暖淡堂です。 春分の日に、霙混じりの雨と雷で、驚きました。 で、すぐに思い出したのがこの曲。 車を運転していたのですが、その間ずっと、頭の中を流れていました。 名曲ですね。 ふきのとうのハーモニーがとてもよく生きていると思います。 ちなみに、深田恭子さんの映像を使った動画がありました。 こちらも、ちょっとハマりそうです。 今週は個人的にもいろんなことがありました。 落ち着かない日々が続きましたが、この週末はのんびりと過ごそうと思っています。 皆様も、どうぞよい週末を。 www.youtube.com 2000 BEST アーティスト:ふきのとう ソニーミュージックエンタテインメント…

  • 遊んでいた時の事故と、大人たちのおおらかな対応 【沙河33】

    子供たちだけで遊んでいると、いろいろなことが起こります。 それぞれに自分たちだけでまず対応をしなければいけなかった。 そんな経験が、僕たちを成長させていたのだと思います。 驚いたり、恐怖を感じたりするようなこともありました。 そんな出来事に対して、誰がどのように対処するのかを知り、その後の対人関係も変わっていったのでしょう。 僕自身は大概のことにオロオロとしているだけだったような気もします。 【沙河】昭和五一年~昭和五二年 (十五)② ある日、小さな事故が起こった。 いつものように西森君や川田君、その他の数人の友だちと野球をして遊んでいた。 転がったボールを拾おうとホームベース近くに駆け寄った…

  • 【現代詩】「雨のち晴れ」 乾いた日々のイメージ 現代詩の試み

    雨のち晴れ 雨、が降っていた 暖かな朝だった 妻と娘に見送られて 家を出た車から たくさんの水滴が落ちた まだ暗い道を 白いライトで擦りながら走る 濡れた猫の死骸がまだある ライトの破片が散らばっている 打ち合わせを終え 蒸し暑い電車の中で過ごしていると 建設中のやせた骨組みの向こうに 沈む夕日が見えた それは、温かな裏側に逃げ込むような 穏やかな顔だった 電車を降りると 僕だけが冷たい風に包まれた ***** 朝から夜まで、僕たちは歩き続けますね。 同じところを、何度でも。 それが平気になってしまった頃に、突然強い風が吹いて、空を見上げることを思い出させてくれるような気がします。 雪の処方箋…

  • 「清盛は、常盤がもし自分に従いさえするのであれば」 義経記 巻第一 常盤都落(みやこおち)の事(四)

    こんにちは、暖淡堂です。 「義経記」の常盤都落ちの四回目。 常盤は清盛らに囚われてしまいます。 そして清盛は常盤に文を届ける。 常盤は子らのためと心を決め文を開きます。 清盛は、常盤がもし自分に従いさえするのであれば、将来たとえ平家の敵になったとしても構わぬ、その三人の子らを助けてやろうと思った。それで、頼方、景清に命じて、七条朱雀(しゅじゃく)というところに常盤らを置いた。見張りの当番の采配は頼方にまかせて守護させた。 常盤のもとに、清盛は手紙を書いて届けさせたが、常盤はそれを手に取りもしなかった。それでもついには、子を助けたいがために、清盛の意に従うことにした。常盤のこの決心のおかげで、三…

  • 【現代詩】「西へ」 彷徨い続けるイメージ 現代詩の試み

    西へ あの街は 雪が降り積もると 冬は暖かかった それがわかったのは 冷たい風だけの 冬を何度も過ごしたから 一人きりでは 耐えられなかったかもしれない 立ち続けることも できなかったかもしれない 僕は家族に 仲間に 支えられながら 自分で立ち歩き続けていける もっと、西へ ***** いつ頃まで、彷徨い続けるのかな、なんて思ったりします。 疲れた、というよりは、そろそろいいかな、みたいな感じですね。 雪の処方箋 (暖淡堂書房) 作者:暖淡堂 Amazon 腐朽船群 (暖淡堂書房) 作者:暖淡堂 暖淡堂書房 Amazon dantandho にほんブログ村 ランキング参加中詩 ランキング参加中…

  • 「覇王の神殿(こうどの) 日本を造った男・蘇我馬子」 伊東 潤 馬子・額田部・厩戸

    こんにちは、暖淡堂です。 歴史で「飛鳥時代」について学びましたね。 推古天皇や聖徳太子、蘇我氏、物部氏などが登場する時代。 ただ、出来事の全体像を流れで理解することができないまま、人名や事件などを個別に覚えていました。 今回、伊東潤さんの「覇王の神殿 日本を造った男・蘇我馬子」を読んで、飛鳥時代にあったことがようやく理解できました。 この時代を理解するための要点は「蘇我氏、推古天皇、聖徳太子」の関係を知ること。 この作品では、その辺りが詳しく書かれていています。 創作の部分も多いのでしょうが、登場するそれぞれの人物の関係はよくわかります。 また後に聖徳太子と呼ばれた厩戸が、皇太子となりながら、…

  • 伊豆下田 ペリーロード散策 伊豆下田への家族旅行

    ペリーロードの古い家並み こんにちは、暖淡堂です。 2024年3月14日(木)の午後、伊豆下田に到着。 車を道の駅「開国下田みなと」に駐車して、小一時間周辺を散策しました。 www.kaikokushimodaminato.co.jp 散策したのは、ペリーに縁のある地域。 その中のペリーロードを中心に歩きました。 古い街並みがそのまま残されていて、趣のある場所でしたね。 妻は「小樽の運河もこんな感じで古いため物を残しておいたらよかったのに」と言っていました。 確かに、小樽は古い建物をどんどん壊してしまって、新しい建物に建て替えられているように思います。 それはそれとして。 建物の間に小さな川が…

  • 「玉の緒よ 絶えなば絶えね ながらへば」 式子内親王 斎院による「忍ぶ恋」の歌

    百人一首第89番目の歌の作者は式子内親王しょくしないしんのうです。 賀茂斎院かものさいいんとして11歳から21歳まで過ごした人でした。 今回は式子内親王について紹介します。 式子内親王とは 生年が1149年、没年が1201年。 後白河天皇の皇女です。 守覚法親王や以仁王の姉にあたります。 21歳で斎院を退きますが、その後は社会とは交わらず、藤原俊成や藤原定家らの指導を受けて和歌を勉強するような、静かな暮らしをしていたようです。 その式子内親王は、のちに呪詛事件の犯人とされてしまいます。 この事件があってから、式子内親王は出家しますが、亡くなるまでの生涯は、本人が希望したような穏やかなものではな…

  • 【現代詩】「そこにいる」 滑らかにズレる時のイメージ 現代詩の試み

    そこにいる ふと、青空を見上げたとき暖かい風に吹かれたとき夏の海の匂いを嗅いだとき妻の肩が僕の肩に触れたとき娘が胸の中に飛び込んできたとき僕の中から、何かがすっと滑り落ち子供の頃空を見上げていたあの田んぼの畦道に流れ込む自分はどこにいくのだろうか胸の奥のなにかを震わせていたあの日にきっと、僕はまだそこにいる ***** 風が強いですね。 こんな日には、ふっとずれて、そこに行けるような気がします。 雪の処方箋 (暖淡堂書房) 作者:暖淡堂 Amazon 腐朽船群 (暖淡堂書房) 作者:暖淡堂 暖淡堂書房 Amazon dantandho にほんブログ村 ランキング参加中詩 ランキング参加中雑談・…

  • 昭和56年頃の旭川市のこと 大町岐線ってなんだろう

    こんにちは、暖淡堂です。 義父の遺品の「北海道第百科事典」から。 今回は僕が住んだことのある「旭川市」を紹介します。 当時の旭川市の街略図は以下になります。 北海道大百科事典の刊行は昭和56年(1981年)。 僕は昭和58年から4年間暮らしたので、僕が旭川に引っ越す2年前の状況です。 当時の旭川の人口は35万2620人。 札幌に次ぐ北海道第2の都市。 砂川で生まれ育った僕にとっては、大都会でした。 1890年に旭川村ができ、1893年に永山村戸長役場から分離した戸長役場が旭川村に置かれました。 永山の方が先だったのですね。 1900年に旭川町。 この年に第7師団が設置されます。 この名残で、旭…

  • 道の駅「天城越え」で休憩 伊豆半島縦断中

    道の駅「天城越え」 こんにちは、暖淡堂です。 2024年3月14日(木)と15日(金)で、伊豆下田に行ってきました。 僕は年休消化を兼ねていますが、出向前の気持ちの整理もしたいな、と思っていました。 娘は大学と大学院の間の準備期間で、時間は自由になっています。 ホテルに泊まると、食事の準備などから解放されるので、年に数度は妻を旅行に連れて行ってあげたいと思っています。 帰宅後の諸々片付けは大変なのかもしれませんが。 で、我が家の旅行の特徴として、「なかなか進まない」というのがあります。 前回の「食文化のパラダイス」で、たっぷりと休憩。 その後も、道の駅を見つけると最低でも2か所のうち1か所には…

  • 【旭川のこと】ずっと昔とちょっと昔 路面電車、アパート暮らし、蜂屋のラーメン

    子供の頃から、何度も旭川に行っています。両親と行ったり、親戚のおじさんおばさんに連れて行ってもらったり。祖父母と行ったこともあります。我が家は旭川に親戚が多く、旭川という街には馴染みがありました。親戚の家に行くついで、ということもあったと思います。 大学の学部の4年間(1983年から1987年)は旭川で過ごしました。卒業後は札幌の大学の大学院に通っていましたが、旭川にはバンド活動で何度か行っています。 その後、就職して北海道を離れている間に、旭川は大分変わっていましたね。旭山動物園はテレビや新聞などで話題になるくらいに画期的な動物園になっていたようです。 上の写真は、動物園改装後に家族で訪れた…

  • 楽園のスーパーマーケット 家族旅行で立ち寄ったお店

    食文化のパラダイス こんにちは、暖淡堂です。 2024年の3月14日(木)と15日(金)で家族旅行に出かけました。 行き先は伊豆半島の先端の下田。 自家用車で行ってきました。 両日とも好天。 とても気持ちのよい旅行になりました。 伊豆半島に入ってからと下田で見た風景などの紹介は次回以降にさせてください。 今回は途中の御殿場で見かけた看板のこと。 車の中で食べる軽食を買おうと、道路沿いにあったスーパーマーケットに入りました。 そこが「あおき御殿場店」。 東京都内にもあるようです。 で、駐車場に入る途中で目にした看板の言葉。 ついつい二度見してしまいました。 車を駐車場に置いてから、近くまで確認に…

  • 【終活の一歩手前】遺品整理を実際に経験してわかったこと 業者選定はよく考えて

    ずっと一人で暮らしていた義母が亡くなった後、義兄夫婦と我が家の嫁さんが遺品整理をしました。 僕は相談にのったり、できることを少しだけ手伝ったりしただけですが、色々とわかったことがあります。 自分の両親も、実家で暮らしているので、これから遺品整理などを実際にしないといけません。 そのときの参考になるようなことがいくつかわかりました。 今回の記事では、いくつかの買取業者とのやり取りでわかったことを、まずは自分のための備忘録としてまとめておきたいと思います。 内容が皆さんの参考になれば幸いです。 回収業者には「買取業者」と「粗大ゴミ回収業者」がある 遺品整理を相談する業者は、大まかに「買取業者」と「…

  • 【現代詩】「行かない」 そっと離れている 現代詩の試み

    行かない 人の集まるところには行かない友だちの集まっているところには行きたくない懐かしい人たちには会いたくないただ、あの風景には無性に会いたくなるあの日の風に、また吹かれたくなるあの夜聴いた歌に、また揺さぶられたくなるだけど、僕は〝ここ〟にいるいつも、うろついているが一歩ずつ、歩いている汚れた、手垢のついた「ありのままの自分」などもう引っ張り出す必要はないだからもう、行かない ***** あの日の空の下に立つと、そのままで、ありのままの自分になるような気がしています。 その、あの日の空は、もうずっと昔から探し続けているのですが、まだ会えていません。 なので、僕はもう、その日の空の下の自分であり…

  • 駅前のロータリーで遊んだこと 三角ベースボールの思い出 【沙河32】

    祖父の葬儀の後、数日して夏休みが終わりました。宿題はほぼやっつけで片付けて、学校に提出しました。 宿題をちゃんとやらなかったのは、この年の夏休みだけではないのですが。 夏休み中はほとんど会わなかった同級生たちと再会して、また放課後など一緒に遊ぶようになりました。 函館本線に豊沼駅があります。現在の三井化学砂川の最寄り駅になります。 その駅前のロータリーを占領するような形で三角ベースボールをよくやっていました。 ファールチップが駅舎の窓に当たったりしましたが、怒られたことはなかったですね。 当時は無人駅ではなかったのですが。おおらかな時代だったということでしょう。 【沙河】昭和五一年~昭和五二年…

  • 晩冬に北海道に行った時のこと 疎林の先のピンネシリ

    2022年3月に北海道に帰省した時の写真を見ていました。 その中の一枚が、自分が北海道で暮らしていた頃を思い出す時の最初の風景とほぼ同じであることに気づきました。 雪原の中に疎林があって、その先にピンネシリに連なる山並みが見えます。山は全体が雪に真っ白に覆われています。 この風景の中で育ち、多くの人と出会い、大切な人たちと別れ、一人きりでこの場所を離れてきたんだなあ。そんなことを思ったりします。 自分の北海道の思い出で、まず出てくるのが、雪、そしてピンネシリ。 今、暮らしているところには、いずれもありません。 *☺☺☺☺☺* 晩冬に北海道に行った時のこと 疎林の先のピンネシリ dantandh…

  • 「大義 鬼役(九)」 坂岡 真 老中水野越前守の陰

    宿直明けの矢背蔵人介は、雨の中、門番と並んで老中水野越前守の登城を見ていた。 不意に老中水野の乗る駕籠を、刺客が襲った。 駕籠に駆け寄り、刺客の前に立ちふさがった矢背蔵人介に、刺客は何事かを依頼した。 水野越前守は、倒れた刺客の遺体に殴る蹴るの暴行を加える。 刺客が水野越前守を襲った背後には、甲州金をめぐる幕閣内の抗争があった。 * 八王子千人同心の組頭の次男坊が、若妻と二人、江戸に出てきた。 矢背蔵人介に昌平黌までの道を聞いた若者は、その直後、酒に酔った侍が切りかかった子供をかばって切られてしまう。 残された妻と、若者の兄は、仇討を図るが、幕府は事件そのものをなかったことにしようとする。 矢…

  • 【現代詩】「追いつく、風」 あの日と同じ青空 現代詩の試み

    追いつく、風 青い空を見上げてふと子供の頃同じような青い空を見上げながら思っていたことが〝ここ〟に追いついた時背中から手の先、足の先に向かって冷たい流れが走り胸の〝底〟でその源がゆったりと揺れるあの日の僕はここまで来たんだ…そう思うと青い空から剥がれ落ちた冷たい風が目の中で渦を巻いた ***** 過去の思いがエコーのように、不意にすぐ近くで響くことがあります。 特に、青い空の下で風に吹かれたような時。 ベルクソンの円錐の図を思い出してしまうのも、そんな瞬間だったりします。 雪の処方箋 (暖淡堂書房) 作者:暖淡堂 Amazon 腐朽船群 (暖淡堂書房) 作者:暖淡堂 暖淡堂書房 Amazon …

  • 「常盤らが都に出てきたことが六波羅に伝えられた」 義経記 巻第一 常盤都落(みやこおち)の事(三)

    こんにちは、暖淡堂です。 「義経記」の常盤都落ちの三回目。 常盤が清盛と対面します。 清盛は常盤を見て、急に怒りがさめてしまいます。 一転して、常盤にご執心となります。 常盤らが都に出てきたことが六波羅に伝えられた。悪七兵衛景清(あくしちひょうえかげきよ)、監物太郎(けんもつたろう)に命じて、子ともども六波羅に引き立てた。清盛は常盤を捕らえたら、火でも水でももって責めてやろうと思っていたが、常盤の姿を目の当たりにすると、そのように怒る心は静まってしまった。常盤という女は、日本一の美人であったのだ。九条院、すなわち近衛天皇の中宮藤原呈子(ていし)は、派手な催し事が好きであった。それで都中から容顔…

  • 社会にデビューする:20代で働くということ

    こんにちは、暖淡堂です。 なんとなく、「働く」ことについて考えています。 学校を卒業して、多くの方は働き始めると思います。 社会人デビューですね。 で、それまで自分を守ってくれていたものから離れて、自分自身の社会の中に入っていかないといけません。 社会の中で出会う人たちは、それまでいつも一緒にいた、家族や友人のようには振る舞ってくれません 社会に出ると自分自身の、そのままの存在や実力で生きていくことが求められるのです。 もっとも、家族や友人ではないのですからそのように付き合ってくれなくて当然。 それを知るだけでも社会人として一歩進んだといえるかもしれませんね。 まずは力試し。 そこを通り抜ける…

  • 人生のステージは何段階?

    こんにちは、暖淡堂です。 人生のステージについて考えてみました。 生まれて、学校に通って、働いて、老後を過ごして、最後を迎える。 スタンダード5段階でしょうか。 このところ、働いて、老後を過ごして、のあたり少し変わって来ていますね。 働いて、少し働いて、時々働いて、働けなくなったら、老後。 そんな感じで。 考えれば考えるほど、老後は、力尽きた後の灰色の時期に思えて来ます。 なんだか辛くなって来ます。 でも、例えば次のように考えたらどうでしょう。 自分の力を試すために働く(20代) 家族のために働く(30代) 仲間や後輩のために働く(40代) 自分のために働く(50代) 社会のために働く(60代…

  • 【現代詩】「オモチャ屋さん」 消費の場としての玩具屋のイメージ 現代詩の試み

    オモチャ屋さん 騒音の中で子供たちが遊んでいる疲れた顔をしてなにかが吸い取られているようだ ***** ついつい余計なことを言ってしまうことがあります。 そろそろこの辺りを矯正しないと、ただの老害発生源になってしまいそうです。 この詩も、そんなものの一つかと。 無邪気に遊んでいる子供達の様子をみて、これもまた消費なのだよなあ、なんて考えてしまっていますね。 余計なことかもしれません。 消費者でない在り方というのは、もう有り得ないのですから。 雪の処方箋 (暖淡堂書房) 作者:暖淡堂 Amazon 腐朽船群 (暖淡堂書房) 作者:暖淡堂 暖淡堂書房 Amazon dantandho にほんブログ…

  • 「北海道大百科事典」上下巻 北海道新聞社 昭和までの北海道の事蹟の集大成

    北海道大百科事典 こんにちは、暖淡堂です。 僕の書棚の隅に、デカくてオモイ本が2冊あります。 さすがの京極本も、これにはかないません。 「北海道大百科事典」上下巻、北海道新聞社編集で、昭和56年8月20日発行のものです。 元々は義父の蔵書にありました。 それが、妻の実家を整理した際に、我が家に移ってきました。 文学から芸術、宗教、政治、経済、自然、文化、習俗、地理、交通など、幅広く項目に分かれて収録されています。 カラー写真や口絵などが豊富で、どのページを開いても楽しめます。 この本の、特によいところは「昭和58年」時点を最先端とした記事になっているところ。 市町村のデータなどは昭和58年当時…

  • 「エンブレム」 フルアルバム 谷村新司 心が震える名曲群

    こんにちは、暖淡堂です。 谷村新司さん、今でもときどき思い出しています。 名曲が多いですね。 アルバムに収録されている曲で、シングル等になっていないものにも、忘れられない名曲がたくさんあります。 それらを紹介しようとすると、ネット上で共有されていなくて、ちょっと寂しい思いをしたりしますね。 で、この「エンブレム」ですが、フルアルバムがYoutubeにあります。 これ、とても嬉しいです。 この「エンブレム」は、谷村新司さんのアルバムの中でも特に名盤といってもいいくらいのものです。 全体の雰囲気は「アリスⅨ」に通じるものがあります。 このアルバムを通して聴くことで、谷村新司さんのどのような部分がア…

  • 2010年8月中旬 帰省で初めての一時帰国 涼しい夏【微笑みの国の記憶:タイ駐在備忘録】

    札幌の時計台 2010年8月中旬。 3月末に家族でタイのシラチャで暮らし始めてから、初めての家族揃っての一時帰国をした。 妻と娘は先に北海道に帰省。 僕は少し遅れて北海道に行った。 妻と娘は、妻の実家のある小樽に数日滞在していた。 その間、妻の従姉妹らと一緒に出掛けていたようだ。 上の写真は、札幌に遊びに行った時のものである。 妻の従姉妹には、我が家の娘と同い年の女の子がいる。 うちの娘とちょうどよい遊び相手になったようだ。 札幌では、中島公園、大通公園、科学館などに行っている。 写真に残された札幌市街の木々の葉の色は、どれも薄い緑に見える。 タイで目にしている木々の葉とはずいぶんと勢いに違い…

  • フィナンシャル・プランニング技能士2級も「完全合格」でした 早速次に進みます

    こんにちは、暖淡堂です。 2024年1月28日(日)に実施されたフィナンシャル・プランニング技能士試験の合格発表は2024年3月8日(金)。 FP協会のHPで合否が確認できました。 で、ちょっとドキドキしながら、確認してみると。 「完全合格」 となっていました。 日本FP協会HPより 自己採点でも大丈夫そうだったのですが、結果が出るまでは落ち着きませんでした。 数字の桁のずれとか、記入欄の間違いとか。 考え出すと、どれもやってしまっていそうで、心配になりました。 合格が確認できて、安心しました。 試験終了後、すぐに次の勉強(フィナンシャル・プランニング1級、宅建士、その他)を始めています。 こ…

  • 「飽きる」というのは、結構大事なことかもしれません 人間と、AIやロボットとの違い

    こんにちは、暖淡堂です。 前回、人間と、AIやロボットとの違いを考えていて気づいた、「人間は飽きる」ということ。 これって、結構大事な違いなのではないかと思い始めています。 飽きずに一つのことを続けると、大きな物事を成し遂げることができるでしょうね。 一日に数行ずつ文章を書き続けていて、それが数年経つとまとまった分量の作品になったり。 一日数円の投資を長期間続けると、まとまった資産になったりします。 それがわかっていても、なにかを続けるというのは難しいことではあります。 それが、AIやロボットでは、それを続けるようにプログラムされたら、止める指示があるまでは続けますね。 言葉通りに機械的に動き…

  • 【現代詩】「脆いものの底に」 時の流れのイメージ 現代詩の試み

    脆いものの底に 流行するとは やがて廃れるということだ 先頭に立つということは やがて追い抜かれるということだ 目立ってしまうと 皆にいじられ汚れていく 千年、二千年、三千年の時間に洗われ 角が取れ、鈍く光る 触れると冷たいが 次第にさわやかな風を身体の中に送り込むものが それら脆いものの底に 確かに、ある 小魚のように群れ泳ぐ言葉たち 静かに、笑っているような… ***** 時間の底に堆積しているものが、確かにあるように感じています。 変わり続ける一つきりのもの。 変わらない一つのもの。 同じものを、別の面からみているのかもしれませんが。 雪の処方箋 (暖淡堂書房) 作者:暖淡堂 Amazo…

  • 大雨による水害と、葬儀の後のこと 【沙河31】

    葬儀が終わると、遠くから来ていた親戚は、一度我が家に移動しました。 簡単な食事をして、お酒を飲む人たちは改めて飲み直しました。 それから帰る人と、そのまま家に泊まる人に別れて、家に泊まることになった人たちはさらに飲み続けました。 雨は止んでいましたが、空は暗かったように覚えています。 テレビでは、空知管内の何箇所かで川の増水、道路の冠水などの様子が映されていました。 祖父の葬儀の間に、被害が出るほどの大雨が降っていたことを、そのとき知りました。 【沙河】昭和五一年~昭和五二年 (十四)④ 雨は止まず、夜にかけてさらに激しくなった。 ごく近しい人たちと、遠くから来た親戚だけが家に残り、一緒に夕食…

  • 心得(3) 古典を読む

    多くの作家の作品を読む。 最近の作者の作品も、古典も。 現在、たくさんの人に読まれている作品を読み、長い時間かけて多くの人に読み続けられてきた書物を読む。 心の中に数千年の時間軸を持ち、その上を自由に行き来する。 そして、自分にだけ語りかけてくる言葉に耳を澄ます。 聴き取れたら、それは小さな、歴史の欠片になる。 古典を読む 易 (暖淡堂書房) 作者:暖淡堂 Amazon *☺☺☺☺☺* 学生時代から会社員になりたての頃は、哲学書、思想書をたくさん読んでいました。 そこになにかが見つかると信じていたと思います。 その後、しばらくして古典を読むようになりました。 その中には、確かに今の自分が求めて…

  • 「そこへ、常盤の母、関屋という者が」 義経記 巻第一 常盤都落(みやこおち)の事(二)

    こんにちは、暖淡堂です。 「義経記」の常盤都落ちの二回目。 都では、常盤の母、関屋が平家の手に落ちます。 それを心配する常盤は、三人の子らをつれて都に出て行きます。 そこへ、常盤の母、関屋という者が、楊梅(やまもも)町に住んでいるということを六波羅の平家の者たちが見つけ出し、捕らえて厳しく取り調べしているという噂が聞こえてきた。常盤はこの噂に悲しんだ。母の命を助けようとすれば三人の子の命を失う。子らを助けようとすると老いた母の命を失う。親の不幸についての嘆き、子らに降りかかる災難への苦しみ、いずれも疎かにできるものではないが、子のために親を見捨てることなどできるだろうか。親に孝行を尽くせば、堅…

  • 【現代詩】「暮らす」 鞄の重い朝 現代詩の試み

    暮らす 家を出るときに 鞄の重たすぎる日がある それでも家を出ると 冷たい雨が降っていることがある 人に会う前に すでに色々と僕を押し戻すものがたくさんある そんな時 少し先にいる僕に引っ張ってもらう それは数年先の自分かもしれない そこにいる僕は いつも軽く笑っている 笑いながら 日々を暮らしている ***** 少し先にいる自分が、笑っているととても安心します。 どんな困難なことも、きっと乗り越えて、その先で笑っているのだと思いたいです。 雪の処方箋 (暖淡堂書房) 作者:暖淡堂 Amazon 腐朽船群 (暖淡堂書房) 作者:暖淡堂 暖淡堂書房 Amazon dantandho にほんブログ…

  • 「難波江の 芦のかりねの ひとよゆゑ」 皇嘉門院別当 難波江の一夜の恋に身を尽くし

    百人一首第88番目の歌の作者は皇嘉門院別当こうかもんいんのべっとうです。 皇嘉門院聖子せいしに仕えた人でした。 今回は皇嘉門院別当について紹介します。 皇嘉門院別当とは 生没年は不詳。 藤原忠通の娘で崇徳天皇の皇后であった皇嘉門院聖子に支えていました。 保元の乱では崇徳天皇と藤原忠通が対立。 皇嘉門院聖子はその板挟みとなり苦悩したことでしょう。 乱の後に出家します。 皇嘉門院別当も、共に出家したと考えられています。 百人一首に選ばれている歌は、掛詞、縁語が多用されています。 「難波江の芦」は「かりね」の序詞。 「かりね」は「刈り根」ですが、「仮寝(仮初の共寝)」。 「ひとよ」は「一節」と「一夜…

  • 心得(2) 本を大切にする

    本を大切にする。 自分の本も、それ以外も大切に扱う。 自分の書棚にある本は、時々手に取り、ページに息を吹き込む。 挟まれた時間に、しばしの動きを与える。 図書館の本は特に大切にする。 借りていたときに付着していたゴミなどは出来るだけ落とす。 新たな汚れはつけないようにする。 書店の本も大切にする。 誰かが手に取り、そのページに記された言葉に命を与えることがあるはずだから もうすぐ絶滅するという紙の書物について 作者:ウンベルト・ エーコ,ジャン=クロード・ カリエール CCCメディアハウス Amazon *☺☺☺☺☺* ネットワーク上にデータとして蓄積されているものは、何らかの理由で電気が途絶…

  • 「真田太平記(十)大坂入城」 池波正太郎 真田丸とは

    こんにちは、暖淡堂です。 池波正太郎さんの「真田太平記(十)大坂入城」、面白いです。 真田幸村が、わずかな家臣たちとともに九度山を密かに抜け出して大坂城に入ります。 そこには豊臣方につく武将や浪人たちがたくさん集まっていますが、中心となるべき有力な大将がいません。 幸村は真田家の兵術の真価を世に問うべく、自らに従う兵達のみを率い、大坂城の南に出城「真田丸」を築き、迫りくる家康軍を待ちます。 やがて大坂冬の陣。 緒戦を智謀で勝ち抜く幸村の名は、天下に轟くことになります。 未読の方、オススメです、ぜひどうぞ。 (シリーズ全巻も) 真田太平記(十)大坂入城(新潮文庫) 作者:池波正太郎 新潮社 Am…

  • 【現代詩】「放射光」 理性を曲げるもののイメージ 現代詩の試み

    放射光 高速の 無言の 粒子の群が 強力な磁場で 曲げられる時 ささやき交わす (…、ああ、ああ、〝私〟は… 層状に重なる声は 青白い放射光となり 巨大な輪の中心にそびえる 鳥居を 浮かび上がらせる ***** 宇宙のどこか遠い涯から飛んでくる無数の粒子を、私たちは浴びながら暮らしています。 私たちの身体をすり抜ける粒子群。 それを曲げてしまうほどのものが、もし私たちの身体のなかにあるとしたら。 それが聳え立つほどの大きさの、鳥居なのではないかと思いました。 そんな思いを書いてみた詩です。 雪の処方箋 (暖淡堂書房) 作者:暖淡堂 Amazon 腐朽船群 (暖淡堂書房) 作者:暖淡堂 暖淡堂書…

  • 北海道砂川市立豊沼小学校旧校舎正面玄関 児童たちは「大人の玄関」と呼んでいた

    北海道砂川市立豊沼小学校正面玄関(1977年卒業アルバムより) こんにちは、暖淡堂です。 昨年12月(2023年12月)に帰省した際、小学校の卒業アルバムを持って帰りました。 その中に、探していたものが見つかりました。 僕が通った小学校の校舎の写真です。 校舎は、全体がほぼ木造だったのですが、玄関の部分はコンクリートと石材が多用されていました。 写真で見ても、立派な玄関ですね。 当時、子どもたちはこの玄関を「大人の玄関」と呼んでいたように記憶しています。 この玄関は、三和土の部分が石でできていて、靴脱ぎのあたりから校長室までは赤いカーペットが敷かれていました。 床にはいつも綺麗にニスが塗られて…

  • 「ゴールは見えない」 アリス ゴールが見えた時にどうしてもやってしまうこと

    こんにちは、暖淡堂です。 ゴールが見えた時に、どうしてもやってしまうことがあります。 それは、ついつい減速してしまうこと。 そして、横道があれば、そこに進んで、遠回りしてしまうこと。 あるいは、別のゴールを探してしまうこと。 そのせいで、これまでにきちんと片付けられなかったことがたくさんあります。 そんな中でも、きちんとゴールに辿り着き、それを超えてさらに走り続けているものもあります。 そうやって走り続けてきているのが、今、現在の自分ですね。 還暦まで1年を切ってしまいました。 定年と、転籍までも1年くらい。 還暦を目指して走ってきたわけではありませんが、通過点として誰でもが与えられているもの…

  • 2010年8月上旬 夏休みの帰省準備【微笑みの国の記憶:タイ駐在備忘録】

    バミーヘンとシューマイ 2010年8月上旬。 4月末頃から始まったシラチャ日本人学校の授業は7月下旬に夏休みになった。 タイの日本人学校の夏休みは短い。 7月下旬に始まり、8月下旬には終わる。 大体1か月くらいだった。 僕と妻には、この夏休みのパターンには馴染みがある。 北海道の小学校の夏休みと同じくらいだからだ。 で、まとまった休暇なので、帰省をすることにしていた。 8月上旬はその準備をしていた頃だ。 家族へのお土産を買ったり、帰省で持っていく荷物の整理をしたり。 一番大事なのは、帰省の期間中に、タイでは入手が難しいものを買ってくる、そのリスト作りだった。 娘は、同年齢の女の子に比べると、若…

  • 人間と、AIやロボットとの違い 「疲れる」、「飽きる」、「嫌う」

    こんにちは、暖淡堂です。 最近、妻と話していたときに思ったことを書いてみたいと思います。 話題は「自分たちの老後」。 僕と妻とが同時に、何かの理由で死ぬのでなければ、どちらかがあとに一人で残ります。 そのときにどのように暮らしていくか。 僕も妻も、自分たちの老後をAIやロボットなどに助けられながら暮らしていくのに、それほど抵抗感はありません。 AIやロボットが老後を助けてくれるにあたって、以下の部分が頼りになるので、むしろ好ましいと感じています。 AIやロボットは「疲れない」 動力源(電気、など)が供給されている間は、動き続けますよね。 同じ動作を、正確に、繰り返し行うことができます。 疲れる…

  • 告別式から火葬場への移動まで 雨の降り続いた一日 【沙河30】

    通夜の翌日は本堂に祭壇を移動させて告別式。 生まれて初めてお経をフルバージョンで聞きました。 曹洞宗なので、おそらく般若心経も唱えられていたのでしょうね。 「ギャーテイギャーテイ」と言っていたような気もします。 当時は、お経の意味はもちろん解らず、すぐに飽きてしまい、本堂のあちこちを見たりして過ごしていました。 雨が降っていて本堂の中は暗く、ロウソクの灯りが揺れると、ご本尊の表情が変わるように見えたりして、何だか怖くなったことを覚えています。 【沙河】昭和五一年~昭和五二年 (十四)③ 本堂から溢れ出すほどに人が集まった。僧侶による読経は通夜の時よりもずっと長かった。私は、焼香のために立ち上が…

  • 【現代詩】「午後、駅で」 待ち続けてくれているもののイメージ 現代詩の試み

    午後、駅で 駅のプラットフォームの 古い木製のベンチに おばあさんが座っていた 僕の乗る電車が プラットフォームを離れるとき おばあさんはのんびりと おにぎりを食べていた 電車の窓を 早春の陽射しが 暖めていた ***** さだまさしさんの作品に「空蝉」という曲があります。 老人が駅で、帰ってくるはずの息子を待っている情景が歌われています。 その歌を思い出すたびに、帰らなければ、という思いと、もう間に合わない、という後悔が、心のなかでせめぎ合います。 戻らない時間。 駅には、そんな時間がいくつも、層状になって流れている気がします。 www.youtube.com 雪の処方箋 (暖淡堂書房) 作…

  • 地震が起こると雨が降る あるいは 雨が降ると地震が起こる

    こんにちは、暖淡堂です。 あるとき、ふと、雨が降ると地震がよく起こるなあ、と思ったことがあります。 その反対に、地震があると、そのあと雨が降るなあ、って。 まあ、それぞれ、記憶に残りやすい部分がつながっているだけなのかもしれないなあ、って思っていたのですが。 どうも、地震と雨の関係は「ある」かもしれないようです。 そんな論文を見つけてしまいました。 降雨と地震発生との関係について この論文のまとめの部分から少し引用します。 (a)西南日本内帯の地震は春と秋に多く、月別頻度の山は大きい地震ほど早い時期に現れる。 (b)これらの分布のパターンは、月別降水量の変化率とよく似ている。 (c)乾燥期の直…

  • 絞り込まれた瞬間の表現力 「有隣堂しか知らない世界 スポーツ写真の世界」

    こんにちは、暖淡堂です。 有隣堂の「有隣堂しか知らない世界」、面白いです。 ぜひ多くの方に見ていただきたいです。 で、今回紹介するのが、「【そこまでやるか】スポーツ写真の世界 後編~有隣堂しか知らない世界246~」。 スポーツ写真家の方が出ています。 とても感心した言葉が「今の人は動画観過ぎてる」と、それに続く言葉。 大体6分15秒くらいのところからになります。 情報を絞り込むことによって、何を表現したいのかがわかってきます。 その意味では、視点がフォーカスされた写真は究極の「表現」ですね。 写真で上手に表現されている方がたくさんいます。 ブログで公開されている方、尊敬します。 一眼レフのデジ…

  • 「平清盛が、これらの子を捕らえて斬るべしと言った」 義経記 巻第一 常盤都落(みやこおち)の事(一)

    こんにちは、暖淡堂です。 今回から「義経記」の常盤都落ち。 常盤は三人の子らと逃げるのですが、平氏に追われていると知られているので、誰も助けてくれません。 頼りに出来る人がいない状況です。 平清盛が、これらの子を捕らえて斬るべしと言ったとさかんに聞こえてきたので、平治二年二月十日のまだ明け方、常盤は三人の子らを引き連れて、大和の国宇陀の郡岸の岡というところにあった外戚の家をたずねていったが、このように世間が乱れている中では頼りにならず、匿ってくれなかった。それで、大和の国の大東寺という所に、常盤は三人の子とともに隠れていた。 現代語訳:暖淡堂 *☺☺☺☺☺* 常盤の苦労が続く部分になります。 …

  • 心得(1) 読書人として生きる

    健康に生きること。 毎日、読み続ける生活を無理なく送れるように。 そして、長く読み続けられるように。 疲労も、ストレスも溜めこまない。 たくさんの書物に出会うために。 書物の言葉から呼び起こされるものに、心を自由に響かせるために。 読書について 他二篇 (岩波文庫 青 632-2) 作者:ショウペンハウエル,A. 岩波書店 Amazon *☺☺☺☺☺* 小学生の頃から、ずっと本を読んでいます。 趣味ではなく、それはもう「顔を洗う」とか「歯を磨く」とか「お風呂に入る」とか「トイレに行く」みたいなものですね。 やらないと気持ちが悪い。 ということで、これを書いている机の横にあるサイドデスク(手作り…

  • 「村雨の 露もまだ干ぬ 槇の葉に」 寂蓮法師 日本的な風景を目で追うような叙景詩

    百人一首第87番目の歌の作者は寂蓮法師じゃくれんほうしです。 定家の従兄弟にあたる人です。 今回は寂蓮法師について紹介します。 寂蓮法師とは 生年は1139年頃、没年は1202年。 俗名は藤原定長で、父は阿闍梨俊海。 後、阿闍梨俊海の兄の藤原俊成(藤原定長の伯父)の猶子(養子)となります。 30歳過ぎに出家しました。 出家後も御子左家の歌人として活躍し、新古今和歌集の選者の一人となっていましたが、完成する前に没してしまいました。 この歌の「村雨」とは通り雨、にわか雨。 その雨が梅雨を真木(まき:杉や檜で常緑樹)の葉に露を残します。 その露の滴に視点を集中してから、目を上げ、立ち上る霧を見ます。…

  • VOCAPANDAさん 「幽遊白書」を歌う

    こんにちは、暖淡堂です。 VOCAPANDAさん、最近続けて「幽遊白書」のテーマ曲のカバーを公開しています。 どの曲も、VOCAPANDAさんのツヤとハリのある声で、情感を込めて歌われています。 オリジナルを知っている人も、十分に納得する出来上がりですね。 以下にまとめました。 www.youtube.com www.youtube.com www.youtube.com VOCAPANDAさん、上手いな〜って思います。 他の曲を聴いていた時に感じだのですが、オリジナルだと、ちょっと出来上がり過ぎてきて、整ってしまっているものでも、VOCAPANDAが歌うと、ダイナミックに聞こえたりするものも…

  • 中国太古は木徳の王から始まる 十八史略原文データ化極私的プロジェクト

    こんにちは、暖淡堂です。 十八史略原文の電子データ化を進めています。 十八史略の冒頭部分、「太古」の内容について簡単に説明します。 「太古」は「天皇てんこう氏」から始まります。木徳ぼくとくによって王となったとされています。 この木徳とは五行(木・火・土・金・水)の一番初め。 「木は火を生じ、火は土を生じ、土は金を生じ、金は水を生じ、水は木を生ずる」とされていて、その最初に置かれています。 それで、「天皇氏」の次の「地皇氏」は火徳をもって王になるとされます。 「天皇氏」の時代は、純朴な人々だったので、ことさらなことをしなくても、世の中が穏やかに治っていました。 「天皇氏」も「地皇氏」にもそれぞれ…

  • 【現代詩】「ここ」 言葉は表と裏が同時に生まれるイメージ 現代詩の試み

    ここ 不意に目があう と、ここに 搾り落とされる 不定形の 滴 言葉に身を隠す前の ***** 言葉は、相手に向かって発せられると同時に、自分自身に向かっても語りかけます。 今、自分が言いたかったのは、このようなことなのか。 相手に伝えたかったのは、このことなのか。 言葉によるメッセージは、何よりもまず、自分に伝えられるもの。 そこを理解しないと、自分が切り崩されて、手がつけられない状態になったりしますね。 ご用心。 雪の処方箋 (暖淡堂書房) 作者:暖淡堂 Amazon 腐朽船群 (暖淡堂書房) 作者:暖淡堂 暖淡堂書房 Amazon dantandho にほんブログ村 ランキング参加中詩 …

  • 2010年7月末頃その3 シラチャの街に少しずつ馴染んできた頃【微笑みの国の記憶:タイ駐在備忘録】

    スカパープ公園に来ていた果物屋さん 2010年7月末頃のさらに続き。 この頃になって、やっと僕も家族も、タイでの暮らしに慣れ始めてきていた。 妻は、同じサービスアパート(ホテル)に暮らしている他の奥様たちと情報交換を盛んにしているようだった。 シラチャの街中でも日本の食材は手に入ったが、パタヤまで出かけると、もう少し規模の大きいスーパーがあって、そこには置かれている品数も多いとのことだった。 それで、週末にはバンコクだけでなくパタヤにも行くようになった。 パタヤにはそれ以後、よく買い物にも出かけた。 シラチャから、ルート次第で1時間弱。 無印のお店などもあって、結構便利だった。 英語も通じた。…

  • 「夢去りし街角」 アリス あの頃の部室の埃っぽさを思い出す

    こんにちは、暖淡堂です。 アリスの曲を聴くと、シングルが発売された当時、自分がどのような暮らしをしていたかを思い出します。 そのくらい、いつも聴いていたということかもしれません。 「夢去りし街角」(B面は「逃亡者」でした)を聴いていたのは中学3年生の頃。 五月の連休前後だったかもしれません。 その頃は、まじめにはやっていなかった部活の練習があったり、あまり力を入れていなかった高校受験のことを時々思い出したりしながら、SFや漫画を読み続けていました。 ギターも練習していましたね。 そんな感じで過ごしていた時期です。 この曲でいつも思い出すのが、適当にやっていた部活で使っていた部室のこと。 軟式テ…

  • 「邪魅の雫」 京極夏彦 「探偵」の物語として

    こんにちは、暖淡堂です。 極私的京極祭、越年継続中です。 京極堂(中禅寺秋彦)モノは、スピンアウトを含めて残り数冊。 それを終えると、やっと2023年刊行の「鵼の碑」を手にすることができます。 (勝手に自分で決めているだけですが…) 「邪魅の雫」は2006年9月26日に第一刷発行。 時期的に僕は家族と山口県に住んでいた頃ですね。 山口県にあった書店をいくつか覚えています。 山口市内にあった書店は、いくつか無くなってしまいましたね。 で、この「邪魅の雫」もまた、「探偵」の小説です。 このシリーズに登場する唯一無二の探偵榎木津礼二郎。 その「探偵」との縁談話が持ち上がった女性たちが巻き込まれる出来…

  • 「制服」 松田聖子 卒業ソングシリーズはやらない

    こんにちは、暖淡堂です。 そろそろ卒業シーズンですね。 例年多くの方が卒業ソングの紹介をされていますが、僕はやりません。 が、この曲だけは紹介したいと思います。 名曲です。 松田聖子さんの一連のヒット曲の中ではちょっと埋もれ気味。 それでも、印象に残りますね。 時々、頭の中を流れています。 まあ、私ごとですが、30年以上勤めていた会社から出向で離れることが決まりつつあって、卒業気分ではあります。 (出向が決まりつつ、というのが、結構微妙ですが…) 寒い日がまだ続いていますね。 お気に入りの場所で、ゆっくりと来し方行く末を思う時間に、こんな曲でも聴いてみてください。 www.youtube.co…

  • 「『定年後』の”お金の不安”をなくす」 大江英樹 不安なのは自分の「今」を知らないから

    こんにちは、暖淡堂です。 図書館や書店に行くと、どうしても「定年後」、「老後」、「お金」、「不安」と書かれている書物に目がいってしまいます。書店はSEO、上手く出来ていますね。 それはそれとして、今回読んだのは以下の一冊。 「定年後」の”お金の不安”をなくす:大江英樹 「定年後」の‟お金の不安“をなくす 貯金がなくても安心老後をすごす方法 作者:大江 英樹 総合法令出版 Amazon この本で学んだことは以下になります。 不安の正体 何をするべきか 何をしてはいけないか 不安の正体 「老後不安」は、ある意味、マスコミや金融業者の「飯の種」。不安を煽ることで読者は増えます。雑誌も書籍もたくさん売…

  • 「国民の底意地の悪さが、日本経済低迷の元凶」 加谷珪一 ゲマインシャフトとゲゼルシャフト

    こんにちは、暖淡堂です。 FPの勉強をしていたり、極私的京極祭開催中だったりするため、他の本があまり読めていません。これではいけない、と思い、他の本も数冊積み上げて週末にまとめて読むことにしました。 今回読んだ本の中の一冊が「国民の底意地の悪さが、日本経済低迷の元凶」です。加谷珪一さんが書かれています。 改めて勉強したのが「ゲマインシャフト」と「ゲゼルシャフト」。昔、高校生くらいの頃に勉強したような気がします。すっかり忘れていました。 タイトルから想像される内容の部分は確かにありましたが、ゲマインシャフトとゲゼルシャフトに関する記述がとてもわかりやすかったです。読みながら、それに関係して色々と…

  • 「そのほかに腹違いの子供は多くあった」 義経記 巻第一 義朝都落(みやこおち)の事(四)

    こんにちは、暖淡堂です。 「義経記」の四回目。 源義朝と常盤(常盤御前)との間に子供が三人いました。 そのうちの一人、牛若が後の源義経です。 そのほかに腹違いの子供は多くあった。尾張の国熱田の大宮司の娘との間にも子があった。遠江蒲(とうとうみかば)というところで成人したので、蒲の御曹司(おんぞうし)と呼ばれている。のちの三河守(みかわのかみ)がこの人である。 九条院の雜仕(ぞうし)常盤(ときわ)とも三人の子があった。今若七歳、乙若(おとわか)五歳、一番下の牛若は生まれたばかりであった。 現代語訳:暖淡堂 *☺☺☺☺☺* タイトルの付け方のルールを考えてみました。 これでインデックスされるかなあ…

  • 【現代詩】「ともだち」 胸の奥の冷たいしずく 現代詩の試み

    ともだち 今日娘のともだちが引っ越していく 娘はいつものように一緒に遊んでいる そして、そのまま別れるようだ この日が、胸の中の冷たいしずくになっていることに気がつくのはいつのことだろうか その日も空が晴れていてくれたらいい ***** 娘がまだ幼稚園に通っていた頃のことですね。 引っ越していく友達と、最後に遊んでいます。 遊び終わると、そのままお別れ。 それでも、なんのわだかまりもなく、普段通りに遊んでいました。 ふと、自分の最後の日も、そんな感じで過ごせたらいいなと思ってしまいました。 飛躍しすぎですね。 雪の処方箋 (暖淡堂書房) 作者:暖淡堂 Amazon 腐朽船群 (暖淡堂書房) 作…

  • 「嘆けとて 月やは物を 思はする」 西行法師 平清盛とともに北面武士であった歌人

    百人一首第86番目の歌の作者は西行法師さいぎょうほうしです。 定家らの時代にもその歌と生涯は愛されていましたが、現代でも西行法師の歌は多くの人に読み継がれていますね。 今回は西行法師について紹介します。 西行法師とは 生年は1118年、没年は1190年。 平安時代末期から鎌倉時代にかけて生きた人でした。 1140年に出家する前は俗名佐藤義清(さとうのりきよ)といい、武士でした。 鳥羽院の頃、北面武士として奉仕していましたが、この頃にはすでに歌人としての評価を得ていたようです。 なお、同じ頃の北面武士に、平清盛がいます。 出家後は崇徳院に会いに四国に出かけたり、東大寺再建のための勧進に出かけた東…

  • 2020年3月13日の日記 「自粛疲れ」とすでに書いてあった

    こんにちは、暖淡堂です。 コロナのこと、誰かきちんと振り返って記録しておくのがいいでしょうね。 もう忘れかけている気がします。 「統一〇〇」も「パーティー〇〇キックバック」も「確定〇〇」も、記憶の彼方に遠ざかりつつあります。 (「確定〇〇」は、忘れるのが早すぎるか…) 4年も前のことであれば、すでに意識の表面から消えていますね。 2020年3月13日に、マスク転売のことを書いていました。 転載します。 転売禁止になったら、近くのドラッグストアの売り場にマスクが並ぶのでしょうか。 そうだったら、ちょっと露骨すぎるなあ、と思います。 必要な人には優先的に配ったらどうか、とか。 (やるじゃないか、北…

  • 泣いていた祖母 豊沼-砂川(四十二)

    大学のある街への引越し当日は曇っていて、時折雪が降っていた。父の車に一人暮らし用に必要なものを詰め込んで、大学のある街に向かった。父母と妹、それに僕の四人が車に乗って出かけた。祖母は家に残った。玄関で僕たちの出発を静かに見送っていた。車が走り出したとき、祖母は泣いていた。僕はその日、家族と別れ、生まれ育った街、豊沼-砂川を離れた。 * この日の朝、実家を出てからずっと、砂川を離れたままです。 帰省はしていますが。 思えば、砂川で過ごしたのは18年間で、それ以後の方がずっと長くなってしまいました。 泣いていた祖母 豊沼-砂川(四十二) 沙河の方も、高校卒業の部分で止まっています。 そのうち、断片…

  • 争わない【姿のよいひと】

    争わない 姿のよいひとは、争わない。無理に人々の前に出ないし、上に立たない。人々を導かないといけないときは、横に立つ。そして、そっと腕に触れるようにして、一緒に進む。方向を指差し、そちらに向かえ、などと指示をしない。そのひとが選んだ方向を尊重し、助けを求められたら、可能な範囲で手助けをする。その場合も、それが他のひととの競争であれば、別の方向を考えられないかと話したりはする。 勝ち負けのあるものからは、距離をおく。誰かが勝つために、他の誰かが負けないといけないようなものに、積極的に参加することはない。負けた多くの人たちの上に立っているひとと仲良くすることなど決してない。負けた多くの人たちの中に…

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