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人間が神のことを知りつくせるはずがない。知りうるわけがない。知らないものが他の宗教を批判出来るはずがない。「わかった」「悟った」の危険。この話は横田南嶺管長&片柳弘史神父ご対談4/6で行われています。お二人の話はまったく宗教が違うのに話が噛み合っていて非常に面白い。神と出会ったことによって自分たちだけが神のことをすべてわかったような正しく知っていると思い込んでいる。これは何の話でも通じる話です。自分...
プラスの裏にはマイナスの出来事がある。マイナスの裏にはプラスの出来事がある。人生ではそのどちらも重要なんです。 円覚寺 横田南嶺吉祥と黒闇福の神と貧乏神は常に一緒。人生は幸せばかりではない。不幸ばかりでもない。横田南嶺老師のお話です。音声だけになっていますが興味のある方はお聞きください。文章が良いという場合はこちらhttps://www.engakuji.or.jp/blog/38542/吉祥と黒闇は、わたしたちの祖父、祖母曾祖父、...
鎌倉にある臨済宗円覚寺の管長、横田南嶺先生が毎日、管長日記を朝の5時にYoutubeでアップされている。 平日は、子どもの学校の送迎の間に聞いているが、禅にまつわる話だけでなく、さまざまな分野の情報も提供してくださっていて毎朝、大変勉強になる。 2022年7月6日の管長日記...
寿栄山 福王寺(→神奈川県川崎市宮前区有馬5丁目)は、境内に残る南北朝時代から室町時代にかけての石碑の存在から、中世にあった葬地に、1602(慶長7)年に死去した僧の雪□が鎌倉円覚寺の塔頭福王寺(→廃寺)の名跡を移す形で創建した臨済宗円覚寺派寺院です。有馬地区は、鎌倉時代には北条得宗家(→北条氏の家督)の所領があり、地域には北条氏ゆかりの寺院(跡地含む)が散見します。福王寺は、江戸時代後期の1830(文政13)年に編纂された...
医王山 瑞雲寺(→神奈川県横浜市都筑区川和町)は、南北朝時代の1338(暦応元/延元3)年に瑞鹿山 円覚寺(→神奈川県鎌倉市山ノ内、鎌倉五山第二位)の7代住職梅林霊竹が開山したという臨済宗円覚寺派寺院です。境内の地蔵菩薩は「都築橘樹(つづきたちばな)酉年(とりどし)開帳地蔵菩薩霊場」の1つに数えられ、12年に1度の酉年に開帳されることで知られます。寺宝に「鷹薬師如来」と呼ばれる像があり、徳川家康がこの辺りで鷹狩をしていた...
臨済宗円覚寺派「泥牛庵」は金沢八景駅から徒歩約3分のところにあるお寺で、ソメイヨシノが満開でした。国道16号上り線沿いにあり、石段脇の庵名を記した標石は朝比奈宗源老師による揮毫のようです。茅葺屋根の山門の奥に桜がみえます。山門脇の案内板には、本日「桜を観る会」のお知らせがありました。本堂、扉が少し開かれていてお参りできました。
北斗山 南慶院(→神奈川県横浜市青葉区鴨志田町)は、創建年代は不詳ですが鎌倉時代に臨済宗円覚寺派の大本山である瑞鹿山 円覚寺(→神奈川県鎌倉市山ノ内、鎌倉五山第二位)の住職大川を招いて開山したと伝わる臨済宗円覚寺派寺院です。寺紋には円覚寺派に見られる三鱗紋(みつうろこもん→北条氏の家紋)が使われており、江戸時代の本山・末寺の制では法縁から瑞鹿山 円覚寺の末寺として幕藩体制の一翼を担いました。ただ、瑞鹿山 円覚...