2025年6月20日 今年もサン・ジュアン祭が近づいてきた。すぐ側にある学校はもう夏休みに入り、通りは静かなものである。この時期になると、自らをデジカメ一人探検と呼んでポルトの街を出歩いては、街の歴史の跡を探し回ったことを思い出す。シントラにあるQuinta da Regaleiraの謎解きに夢中になり、それについての分厚い本を読みたいがため、在住20年以上も経って初めて週に一度、先生についてポルトガル語学習に取り...
日本語教育メモや帰国子女大学受験体験記も含め、日々の生活を通してポルトガルの魅力を綴っています。
ポルトガルに40年在住しています。二人の子どものトライリンガル教育も終了し、現在はポルトで日本語を教えています。ポルトガル人の夫と5匹の猫と暮らしています。
映画「The Father」:こんな日はベランダの植物いじり
2022年3月30日 ポルトガルは先週末から夏時間に変わり、日本との時差は9時間から8時間になりました。夏時間に変わると2、3日は、あ、10時だけど冬時間の9時だと言うので、つい映画を見たりして夜更かしになります。昨夜、晩御飯の後片付けも終わりソファに腰かけて見た映画でしたが、心に重くのしかかるような作品で、今朝もまだその気持ちを引きづっていました。2020年に上映された「The Father」。認知症の兆し...
2020年3月28日 夫と二人で毎日曜日の昼食を外でするようになってどのくらいだろうか。気に入った店の数軒は、日曜日閉店だったりコロナ禍で閉めてしまったりしたこの数年だ。日曜日は夕方5時からオンラインでグループ日本語教室がある。それが終わるとすぐ晩御飯の準備にとりかかるので、せめて昼ご飯は作らずに済むようにと夫の気配りからなのだ。が、残念なのは昼食時にアルコールが口にできない点だ。例えアルコール度...
2022年3月25日 コロナやらウクライナの戦争やらで帰国できず、誕生して以来スカイプビデオでしか知らない孫娘は後一週間ほどで21カ月になります。我が息子やモイケル娘はイヤイヤ期もあったかどうか覚えていないくらいで、それなりに多少のオイタはあったとしても、総合的に育てやすかったと記憶しているのですが、ソラちゃんはママが手こずりながらも楽しんでいるようです。以下、今日はモイケル娘からの孫の話です。先...
2022年3月21日 いざという時にはいつでも日本へ旅立てるようにと、コロナ感染を避けるため念には念を入れて、我が日本語教室は相変わらずオンライン授業に徹しています。帰国できるよ!となった時に検査したら陽性だった~なんて、もうシャレにもなりませんからね。 が、オンライン授業ができないのがGG´s(70歳から87歳までの年配者たち4人)の個人授業です。2020年3月始めに借り教室でのグループ授業も自宅での個...
2022年3月20日 冬から春への季節の変わり目は時にグンと気温が下がったりするが、その寒い空気がかすかに春の気配を伝えてくれます。春到来を待ち焦がれる身には、寒さにブルブルッとくる感覚もいいなぁと思ってきたものですが、来る日も来る日ものどんより天気には辟易。真っ青な空に木蓮の鮮やかなピンクや白が映える中、春の訪れに胸を膨らませて車を走らせながら車を走らせる今頃であるのが、コロナに加えてロシアのウ...
2022年3月17日アフリカのサハラ砂漠で起こった巨大な砂嵐の影響で大砂塵がスペイン、ポルトガルに到達。昨日は午前中の日本語クラスがキャンセルされ、週日パソコンに向かって週末にある4クラスの授業準備をしており、外へでていなかったので気づかなかったのですが、夕方台所に立ち、ふとそこのベランダから見上げた空が、こんな感じ。 うわ!なにこれ?と思いカメラにおさめました。これがサハラ砂漠の巨大砂嵐でヨーロ...
2022年3月16日 ずいぶん前のことですが、東京駅で外国人に間違えられた経験があります。ガラガラとキャリーケースを引きづって今と同じく度付きサングラスに茶髪です。大阪駅で友達のゴッチと待ち合わせしていたのですが、予定の新幹線に乗り遅れてしまいました。当時は今のようにスマホも日本でのレンタル携帯電話も持ち合わせておらず、仕方ない、公衆電話でゴッチの携帯に連絡しようと、東京駅構内を探したものの、なか...
2022年3月15日 今日は、このところ自分の頭を占めている思いを文字起こししてみました。政治について発信するには、語彙不足、勉強不足があるのを十分承知の上です。この時、こういうことを考えていたとのメモとして、ブログにあげてみました。以下。ロシアのウクライナ侵略を見ながら、日本とソ連の間に相互不可侵、相互中立条約を締結したに拘わらず、ヤルタ会議におけるルーズベルトとの密約で、一方的にそれを破棄して...
2022年3月14日 若い頃、邦楽はあまり聴かなかったのだが、好きな歌に中山ラビの「人は少しずつ変わる」がある。♪人は少しずつ変わる これは確かでしょう わたしを育てた季節が 変わるようにこんな歌を今日持ち出すのは、最近身の回りで起こったことでこの一節を思い浮かべたからだ。コロナ禍の下、とある出来事をきっかけに、「ん?わたしは友だちではなかったのだ?」と思わされることに出会い、軽いめまいを起こし...
2022年3月10日 ウクライナでの戦争やコロナ禍を引きづって、いつものように、「なんだ、これ!」と吹き飛ばす気分になれない自分がいて、厄介な昨今です。これではいけない、自分ではどうにもできないのだからと知っていても、色々なことを考えます。それがまとめられずにいるのです。さて、昨年12月のリスボン旅行も、まだ拙ブログに上げきれていないのですが、先週は夫に引っ張られて「アーモンドの花」を探しに行って...
2022年3月10日ポルトの路地を歩いて写真を撮り始めてから、10数年になるでしょうか。 当初は人影もないもので、治安は大丈夫だろうかと心細い思いで歩いたものでしたが、「一度は訪れてみたいヨーロッパの街」のトップにポルトが選ばれて以来、ツーリストの姿は路地でもたくさん見かけられるようになりました。今日は写真を掲載します。 ダウンタウンへ行く時に利用するメトロのイエロー線。窓辺。下は同じ場所。昔ながら...
2022年3月7日 ブログが一週間もあいてしまいました。こんな本でも読んで憂さを晴らしでもしないとやってられません。ひどく憂鬱です。以下、過去の日記から。この手の本はめったに自分では買わないのだが、今回はどういうわけか、自分でも分からないまま手にしてしまっていた(笑)近頃の隣国の嘘八百を並べて何がなんでも我が国を貶めようとするのに対する、日本政府の曖昧な態度に辟易している自分の心情が影響しているの...
地域タグ:ポルトガル
2022年2月28日 3月1日から日本入国の規制が緩和されると喜んだのに、その日の「日本が感染流行国に指定していない国」リストにポルトガルが含まれておらず、宿泊施設で6日間の待機を要請されると知り、ひどく落胆して、拙ブログで愚痴ったのは先週火曜日のこと。初孫ソラちゃんはどんどん成長しておしゃべりが始まり、もうダッコはできないかもしれないが、それでもこの時期の成長を目の当たりにできたら嬉しい、御の字...
地域タグ:ポルトガル
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2025年6月20日 今年もサン・ジュアン祭が近づいてきた。すぐ側にある学校はもう夏休みに入り、通りは静かなものである。この時期になると、自らをデジカメ一人探検と呼んでポルトの街を出歩いては、街の歴史の跡を探し回ったことを思い出す。シントラにあるQuinta da Regaleiraの謎解きに夢中になり、それについての分厚い本を読みたいがため、在住20年以上も経って初めて週に一度、先生についてポルトガル語学習に取り...
2025年6月17日 今日はああだったこうだったと、海外にいて自分はのんびり拙いブログを綴っておっていいのだろうかとこのところ思う。エラそうに聞こえるだろうが、それでなかなか筆が進まない昨今である。さて、少なくとも日本人の3人に1人は利用していると言われるSocial Networking ServiceことSNS、専ら読み専門であるが、わたしも利用者の一人だ。新聞のWebサイトでは有料でないと読めない記事もあるし、新聞に掲載...
2025年6月15日 1979年にポルトガルへ渡って来る前は、10年少しを大阪で過ごした。アメリカへ留学を夢見て高卒後も好きな英語は雑誌を読んだり同じ映画を繰り返し見たりして独学していた。都会での一人暮らしでは留学資金はなかなか貯まらなかったものだ。今はどうかしらないが、当時は大学留学資金として自分の銀行口座に最低300万円ほどあるという証明をしなければ学生ビザは下りなかった。そこで、一念発起し...
2025年6月8日 日本語教材として一緒に読んでくれないかと、友人であり日本語学習者でもあるマリアさんから、作家乙一氏の短編集「失はれる物語」に含まれる「Calling You」を提案され、共に読み始めたのは2023年9月だった。拙ブログ、下記にあげてある。https://spacesis.blog.fc2.com/blog-entry-2810.html 「Calling You」は56ページの、今どき珍らしい携帯電話を持たない孤独な女子高生の主人公が想像...
2025年5月30日 老化を防ぐには歩くだけではダメだという意見もあるが、そんなことを言われても四六時中老化防止対策ができるわけではないし、堪忍してよ、がわたしの本心だ。三日坊主に終わらず、今日は面倒だなと多少思っても「よっこらしょ」と腰を上げて続けられるのが一番いい。要は元来が怠け者なのかな(笑)今日はわたしのウォーキングコースをご案内したい。朝起きると飼い猫のフジオ君にエサをあげ、窓を開け放し...
2025年5月29日 90歳を越して未だ現役で働いている人が日本にいると知り、感嘆している。かなりのご高齢でも現役だったとわたしが知った最初のは、医師の日野原重明さんだった。東京の聖路加国際病院で105歳まで働き、107歳で亡くなられている。1911年生まれの日野原先生は、若い人は知らないかもしれないが、1970年に北朝鮮に亡命した日本赤軍グループによる「よど号ハイジャック事件」にも遭っている。一...
2025年5月24日 金土日は、日本語授業が朝と夕方の二クラスなのだが、つい力んでしまうタチなもので、一クラスが終るとグッタリ疲れるのである。それで、土日の昼食は夫と外食するのがここ数年の慣わしになっている。正直言うと、自分一人なら、昼食はおにぎりとか簡単に手巻き寿司とか前日の夕飯の残り物とか、ありあわせの物で適当に済ませるのだが、夫がいるとそうも行かない。外食は、毎度手ごろな値段で味もいい近くの...
2025年5月20日 1979年5月19日午後、ポルトの空港に降り立ったわたしは、今日から在住47年目に入る。ポルトガルに来るにあたっては知人たちが「なぁに、アメリカから半年で帰って来たし、みんな心配するな。じき、またここに戻って歌うよ」と言っていたのだそうだ。あのね、アメリカ留学を半年で切り上げて帰国したのにはちゃんとそれなりの理由があったんであるよ。アリゾナに残るか帰国して彼(現夫のことであ~...
2025年5月19日さて、自分用のメモ、昨日の続きです。「いろは」歌にどんな暗号文書が隠されているかというと、歌を7文字ずつに並べて読み始め文字と読み終え文字をつないだり、上から斜め読み、下から斜め読みする。さすれば、下記のごとくなる。いろはにほへとちりぬるおわかよたれそつねならむうゐのおくやまけふこえてあさきゆめみしゑいもせすいちよらや ヘブライ語で「最高のヤハウエ(ヤハウエ=全能の神)...
2025年5月17日 日本語を教えるのがきっかけで、時に面白いことに出会ったりする。わたしの授業はオンラインだ。昨日金曜日は夕方6時過ぎから教えるグループ授業があった。1年生クラスを除いては、数人が時間に遅れて入ってきたりする生徒を無駄に待つことを避けるため、授業の始めは習っている課のビデオを見てもらうか、文法復習と聞き取り練習のためにと、既に習った課のヒアリングをする。ヒアリングは質問が日本語で...
2025年5月15日 イベリア半島全体に及んだ4月28日の大停電は、まだ大して日も経っていないので覚えている方も多いだろう。送電網が故障の原因だと言われているが、実際に何が起きたかについてはいかなる仮説も否定できないとスペインのサンチェス大統領は語っている。また、イベリア半島が孤立しないように、フランスなどの欧州諸国との電力相互接続を増やすことを優先すべきだとの意見も出ている。以前から言われていた...
2025年5月12日 我がフラット、しばらく前からこんな状態なのである。ベランダも含むコンドミニアムの建物表面が長方形の小さいタイルでおおわれているのだが、このタイルの一部が大分前から路上に剥がれ落ちているようなのだ。時に我が家のベランダにも上階からなにやらコーンと落ちた音がすると思いきや、タイルの欠片が見つかったりしていたので、夫に伝えてあった。コンドミニアムの会議でそれが話し合われ、やっと工事...
2025年5月10日 5月10日はモイケル娘の誕生日だ。わたしが彼女を産んだ年齢と同じ年齢になった。日本での大学生時代から数えると20年が経ち、こう言うのもなんだが、不思議な気がする。彼女がわたしたち夫婦と暮らした18年の月日を知らず知らずのうちに越していたではないか。18才以降の娘の実生活はたいして知らないということにもなる。わたしも18才には故郷を出て数カ月東京で住み込みのお手伝いさんまがいの...
2025年5月9日今朝は、とある文芸評論家の「海辺の墓地」とつぶやいているのをたまたま目にして、あっ!この方、もしかするとバレリーの詩をも意味しているのかな?と、久しく忘れていた「風立ちぬ、いざ生きめやも」を思い出した。今日は下にその記事をひっぱりだして載せたい。以下。2021年某月某日「風立ちぬ、いざ生きめやも」は、1996年に放映されたとある向田邦子ドラマ劇場シリーズのひとつ、「風たちぬ」のラ...
2025年5月6日 今年は帰国をどうしようかなと考えている。春先に東京息子、我がモイケル娘と孫のソラ坊が揃い(婿殿が来られなかったのが残念ではあった)、親子4人が揃ったのは何年ぶりであろうか。夫はビデオ通話で顔を見てはいたが、孫との実際の顔合わせは初めてであった。事情があり夫はわたしの帰国時にいっしょに行けないのである。82歳になる夫の兄はアルツハイマー型認知症を患っており、自分のことはほとんどし...
2025年5月2日 前回書いた大停電以来、ちょこちょこ断水してるここ数日です。電気はあるんです。どこかで工事でもしているのか、それともこの間の停電に何か関係しているのか。実は今も、どれ、6時過ぎから授業があるし、今から晩御飯の準備をして置こうと台所にいって水栓開けたのですが水が出てこない。はて、このままだと晩御飯はどうなるか、ケセラセラ~♪(笑)さて、この間、話に出たワインBarca Velha tinto(赤ワイン...
2025年4月29日 水曜日から日曜日まで午前と夕方の日本語授業が入るわたしの休日は月曜日だ。その昨日、前回のワインBarca Velhaの続きを書き始めたところ、プツンと電気がなくなった。昼頃のことだ。昔のポルトガルではよくある事だったのだが、EU加入後、ポルトガルもインフラが安定して来て停電、断水はめったに起こらなくなった。起こったとしてもわずかの間で復旧されている。しばしの間だと思い、早目の昼食をするこ...
2025年4月26日 昨日4月25日はポルトガルのカーネーション無血革命で休日。ダウンタウンでは片手にカーネーションを掲げながら歩くたくさんの道行く人を見かけた。今年は革命記念51年に当たり、毎年恒例でリスボンの大統領邸では記念祭が行われるのが、ローマ法王崩御により喪に服すため、延期となったようだ。4月25日については、何度も取り上げているのでリンクを記事最後に貼り付けますので興味のある方はどぞ。...
2025年4月23日 今年も故郷弘前に桜が咲く季節になった。かつてあげた記事だが、今一度、以下に。桜への思い入れは、日本人独特のものだろう。そうして見ると、秋の紅葉や真っ白い雪の中に映える「寒椿」等にも、わたしたちは心惹かれるように思う。このような情景を思い浮かべるだけでもわたしの胸には美しき天然へのなんとも言われぬ懐かしさがこみ上げてくる。詩人、大岡信さんが京都嵯峨野に住む染色家、志村ふくみさん...
2025年4月20日 天気が荒れ模様のイースター週間である。ポルトガル語ではイースターをPascoa(パスコア)というのだが、磔刑にされて死んだイエス・キリストが三日目に復活したことを記憶する祭りで、日本語では復活祭と言っている。昨日は聖金曜日で休日、そして日曜日の今日が2025年の復活祭にあたる。Pascoaもわたしがポルトガルに住み始めた頃に比べると様子が随分と変わった。世代交代と時代の流れだろう。かつ...
2024年6月21日ケータイに我が日本語生徒兼友だちのマリアさんから電話が入った。あれ? いつもなら固定電話にしてくるのに珍しいなと思いながら応答するといきなり、「Yuko!I got Covid!」と言うではないか。えーー!彼女との授業はオンラインでしているので通常だとお互いがコロナ感染していてもしんどかったらレッスンをキャンセルするだけで済むのだが、先日ブログにも書いたように、わたしが彼女のお孫さんにあげる...
2024年6月20日古い話で恐縮ではあるが、Porto Japan Weekのコーディネーターの話が飛び込んで来た2010年初め。なんとか引き受けてくれ、ポルトに他に誰かいますか?との日本の主催者側の言葉に、ついつい引き受けてしまった。やむなく1年近くの準備期間と1週間のイヴェントJapan Weekを仕切ったことがある。あれはほんとにキツイ仕事だった。20年以上してきた補習校講師を退いた年だったからできたことだと思って...
2024年6月18日台所で夕飯を作っている妹の背中に声をかける。「ねね、桑田くんて覚えがある?城西小学校の」とわたし。妹からの返答が「え~っと、覚えてるよ。桑田ゆたかくん」いやはや参りました!恐れ入り谷の鬼子母神!姉妹二人がフルネームで記憶している桑田くんは、妹の記憶によると、多分となりの席に座っていて親切な子だったらしいのだ。彼女は担任だった下村先生の名前まで憶えている。就学前の妹1人を誰もいな...
2024年6月17日夕方6時からの同窓会会場へ一人で行けるよと言ってあったが、友人のM子とタコ君が車でホテルに迎えに来てくれた。こうやってわたしを甘やかすのであ~る(笑)土手町はかくみ小路の「よしじん」の2階貸し切りのホールが会場だった。「よしじん」は同窓生の子息が開いている店だと聞く。その同窓生もわたしとは卒業後、今回初めて会うことになる。ほぼ60年ぶりなのであった。6年ぶりに帰ったわたしをダシに飲...
2024年6月16日この春の帰国で、故郷弘前へ行って来た。毎年春になると、弘前公園の桜に深い思いが湧き、もう一度あの美しい公園の桜を見たい、できるものなら満開を過ぎ春風に運ばれて散りゆくさまを目にしたいと恋焦がれて何度かその時期を狙って訪れたが、散りゆくさまどころか開花した桜すらもついに目にすることはなかった。さくら祭りの時期は宿泊施設も値段が上がり、1年くらいも前から予約を入れないと空室がないよ...
2024年6月12日 断捨離の一環として、自分の着物の処分を始めた。亡き母が用意してくれた薄いサーモンピンクの訪問着は、長襦袢、肌襦袢、裾除け、帯、紐類、足袋、帯揚げ、果ては草履まで一式そろえて我がモイケル娘にと、今回の帰国に持って行った。モイケルが「部屋の中はソラのものがいっぱいで仕舞っておくところがない」と言うので、スペースができる住まいに引っ越しするまで、所沢の妹宅でいったん預かってもらうこ...
2024年6月10日サン・ベント駅とRouleiro通りの間のスペースに入ると目の前に現れるのがポルトのTime Out Marketだ。 正面の塔はポルトにある貯水タンクをモチーフにしたドウロワインとポルトワイン専用の特別なスペース。Sala de Prova(テイスティングルーム?)と呼ばれ、ここではイベントも行われるそうだ。 Wikipediaより Sala de Provaからはポルトダウンタウンを見下ろすことができる。さて、肝心のTime Out Market...
2024年6月8日 ポルトにできた「Time Out Market」へ行って来た。案内する前に、はて?Time Out Marketとはなんぞや?とその言葉に初耳のわたしである。このところ、世間には耳目を閉じて、ひたすら日本語授業に取り組んできたので、すっかり世の中の動きに疎くなっていた。疎くても生きて行けないわけではないのだが、これはちょっとまずいかも、と反省し授業準備の合間を見て少し調べてみた。Time Out はロンドンで196...
2024年6月6日 コロナ禍以後、街へは出なくなったわ、かつては借り教室でしていた日本語教室もオンライン教室にするわで、外出の機会激減し、外界の情報にすっかり疎くなっていたここ数年のわたしでした。 ポルト、ダウンタウンにあるサン・ベント駅。駅に立つとどこか行きたくなるなぁ。家を出るのは週に2,3回の車での食糧買い出し。土日は日本語教室があるため、昼食は基本外食です。土曜日は近所の行きつけのレストラ...
2024年6月4日ポルトガルのこの季節には是非案内しておきたい町がある。本日はその町の一つ、わたしも何度も訪れているオビドスの案内です。以下。リスボンから北へ向かうこと80キロにあるオビドスは「谷間の真珠」と呼ばれる中世の城壁に囲まれた人口12000人ほどの小さな町だ。5月から秋にかけては、真っ青な空と白壁の家並みにブーゲンビリアの花々が映え、訪れる人は鮮やかさに目を奪われること請け合いだ。ポルトガルで...
2024年6月3日 昨年秋に受けた眼科と甲状腺の検査だが、手術に急を要することはないと自己判断、2年ぶりの日本帰国を控えていたのでポルトに帰って来てからにしようと後に回しのですが、両方とも再度検査を行って、本日その結果が出ました。白内障については、ドライアイの目薬をしばらく使うのと、半年後に再診察を受けることになったので、今回手術は免れました!甲状腺腫瘍の方は、今朝、エコ検査をしてきたのですが、検...
2024年6月2日 2か月の日本滞在中に所沢の妹宅で和菓子とともに何度も出された「茶カテキン」。気に入って数袋ポルトに持ち帰った。お互いにもうお土産云々は止めよう、自分で買うと言うわたしに、あちこちで売っていないからと本人がよく行く店で買って来て、これくらいは土産に持って行けと妹が持たせてくれたのだ。見た感じが抹茶と似ているが、違うと言う。抹茶とこの粉末茶は原料になる茶葉が別だそうだ。実は、わたし...
2024年5月31日宝木嬢の荒れた土地を目にして茫然としたわたしだが、一方でやはりか、との気持ちも否めなかった。かつてはその家のすぐ近くにカフェやスーパーがあったし、何と言っても滞在中に我が息子を可愛がってくれた世話好きの土井さん一家を中心に、みな声をかけあい助け合っていたご近所づきあいがあった。時は流れ、宝木嬢宅を除いて古い家は見当たらず、新しい家ばかりで、お隣の玄関ベルを押すのも気が引ける感じ...
2024年5月28日 ビアハウス時代の先輩宝木さんはいずこに?3月から2か月滞在の今回の日本帰国は大まかな目的が二つあった。2022年には帰国したに拘わらず、着くなりコロナ感染してしまいその時会う予定であったが結局友人には誰一人会わずにポルトに帰ったおアホなわたしであった。よって、それらの友人たちに必ず会うこと。みな5、6年ぶりの再会だった。残念ながら、妹たちと飛行機に乗って会いに行く予定だった大...
2024年5月27日ブサコ宮殿は、日本のテレビでも何度か取り上げられていますが、建築はイタリア人のルイジ・マニニがおもだって手がけています。マニニはシントラのQuinta da Regaleira(レガレイラ館)の建築家でもあり、彼独得のゴチック、ルネサンスの建築スタイルが見られますが、ポルトガル大航海時代の栄華を語る華麗なマヌエル建築様式をも取り入れています。写真は宮殿のファサーダ、窓の周りにはポルトガル王家15...
2024年5月24日 無性に海が見たくなった昨日、午前中の日本語授業はまだ入っていないし、後は午後4時からだったので、海岸へと車を駆った。首にスカーフを巻かないとそろそろ紫外線で車の中とは言え日焼けするので、普段着にちょいと青いスカーフを首に巻いて発進である。そうだ、海岸近くFozにある園芸センターにも足を運んで花の苗を仕込んで来よう。2か月の留守中に、ベランダに置いていた紫陽花の鉢二つのうち一つは...
2024年5月21日 19日夜のニュースはポルトガルの夜空を大きな火球が横切ったとの話題でもちきりだった。下記動画はネットで拾ったものです。5月18日夜にポルトガル北西部周辺を通過した火球は、最初は隕石だと思わたが彗星の断片だったようだ。高度122kmの上空で燃え上がり、その後秒速45kmで夜空を照らしながら流れ落ち、大西洋の上空60kmで燃え尽きたと言われる。故に隕石として地上で発見される可能性は低い...
2024年5月19日 ポルトに帰って一週間経った。機内では横になって寝たものの、そこが神経質者の哀しさ(って、どこがやねんw)、枕や寝床が変わると寝ていてもうつらうつらと熟睡できない性分である。酷い時差ボケではないが、やっと、本日それから脱出できたかという感だ。仕事である日本語教室は木曜日からフル開始している。睡魔に襲われたら寝る!ということを繰り返し、授業準備も含めて、なんとか大きなズッコケなし...
2024年5月17日 スタンダールの小説ではありませんぞ。写真の如く25年来の友人ゴッチとわたしが池袋で会った今回の我らの服装がまさにそれ。 今回の帰国時の服装は黒が基調のわたし、この上に薄い黒のロングコート、黒の靴、更に黒のグラサンで、対するゴッチ、界隈では「赤い人」で知られる全身赤の服装なのである。腕時計、カバン、パソコン、もちろん赤靴赤靴下(笑)。大阪から上京してきたゴッチと池袋東口交番前で...
204年5月15日 シャワーを浴び旅の疲れを少し落として食糧買い出しにと身支度をした昨日の朝、いざ出かける段になって強烈な眠気に襲われた。イカン!このまま車を運転するのは危ないやん!と午前中の買い出しは断念して睡眠をとることにした。この二日間、夜9時には就寝し4時5時起きだったのでさもありなん。小1時間ほど寝てハイパーマーケットまで車を走らせた。我が留守中の夫は主に外食だったので冷蔵庫はほぼ空っぽな...