橋の先には道がない不思議な風景の「太白山第二橋」です
久しぶりに「阿梅(おうめ)」「大八(だいはち)」の墓を見に行きました。本堂の裏にある「阿梅」の墓と「大八」の墓。 お二人はともに真田信繁(幸村)の子で、「阿梅」は三女、「大八」は次男。標示柱には、「阿梅姫の墓・片倉四朗兵衛守信(大八)の墓」と書いてありました。
【モアイ岩】サンオーレそではまに浮かぶモアイの横顔!? 宮城県南三陸町
南三陸町(みなみさんりくちょう)の「サンオーレそではま海水浴場」、その砂浜から見える「モアイ岩」。モアイの横顔に見えるというちょっとした観光スポットです。何度も見たことがあるけれど、・・・なぜか僕にはそう見えない。見る角度が悪いんだろうか!?気になっていたから、このあいだ行った時、どこから見たらモアイなのか、砂浜をじっくり歩いてみました。そしたら──────、なんか、それっぽい角度を見つけました。
御前浜で見かけた【鮭霊塔】というシャケの供養塔 宮城県女川町
女川町(おながわちょう)の海近くを通るリアスブルーライン(国道398号)を車で走った時、御前浜(おんまえはま)に立ち寄りました。鮭霊塔」というものでした。 鮭の供養塔なんでしょうか。いろいろな動物の供養塔を見たことがあるけど、鮭のは初めて見ました。 珍しいと思います。
女川町(おながわちょう)の石浜漁港辺りで撮った風景です。リアスブルーラインで沿岸部を北上しようとしていた頃、女川湾の対岸に見えた丸っこい山が、なんかいい風景だなと思ったので車をとめました。山と青い海、湾と漁港。朝だったから、すごく清々しい気分になりました。
田んぼの中の小山の中にあり千手観音のみごとな彫刻が収められているという「亀ヶ森観音堂」に行ってみました。まあ、千手観音を直接見ることはできないだろうけど、どんな場所か興味があったんです。「亀ヶ森観音堂」は、やっぱり堂内を見ることができなかったけど、きっとこの中に千手観音が安置されているはずです。
センダンの花が咲いたようす【西根の大せんだん】西根運動公園 宮城県角田市
ようやく『西根の大せんだん』が満開に咲く姿を見られた!宮城県の内陸南部、角田市の高倉。 「西根運動公園(せんだん公園)」という場所にある大きなセンダンの木です。この木が花をたくさん咲かせた風景を見たかった!これが『西根の大せんだん』。 みごとな咲きっぷりです!「西根運動公園(せんだん公園)」は、昔、西根小学校があった場所だそうです。跡地である公園には、古くてとても大きなセンダンの木が残されています。 今でも地元の人たちに、大切にされているようです。
1月7日、塩竈市 塩竈消防団(しおがまし しおがま しょうぼうだん)の出初式(でぞめしき)を見物に行ってきました。場所は、塩釜港(しおがまこう)にあるマリンゲート塩釜(しおがま)。当日のようすをいろいろ撮ってきました。
道の駅「さんさん南三陸」にある「JR志津川駅(しづがわえき)」。可愛らしいゆるキャラが描かれた真っ赤な「BRT(ビーアールティー)バス」を見かけ、思わず何枚か写真を。「BRTバス」は、線路があったところをアスファルト舗装にした専用道路を走るバス。その道路を走る区間もあれば、他の車と同じ一般道を走る区間も。東日本大震災後、鉄道路線の復旧で南三陸町辺りでこうなりました。BRTは、バス・ラピッド・トランジットの略だとか。
【松原公園】と【モアイ像】志津川にあった公園の風景 宮城県南三陸町
【宮城県南三陸町】このまえ、南三陸町の「旧・志津川駅(しづがわえき)」跡の画像をブログにのせました。 2023年10月に撮ったものです。その時、2011年発生・東日本大震災以前で、まだ駅が使われていた頃に撮った画像も一緒にのせようと思い、古い外付HD内を探しまし
1月14日、仙台市泉区にある「加茂神社(かもじんじゃ)」の「どんと祭(さい)」風景を見に行ってきました。「どんと祭」というのは、宮城県全域の多くの神社やお寺で行われている小正月行事(こしょうがつぎょうじ)です。小正月は1月15日、もしくは1月14~16日。「どんと祭」を行う場所では、ほとんどが14日に行っています。
「細倉を記録する【寺崎英子】の遺したフィルム展」に行ってきました
仙台中心部にある「せんだいメディアテーク」で開催中の『細倉(ほそくら)を記録する寺崎英子(てらさきえいこ)の遺したフィルム展』を見てきました。1941年に旧満州で生まれ、終戦後、日本に引き上げて家族とともに細倉に移住し、そこで生涯を過ごし、2016年、75歳でこの世を去られた方だそうです。40代半ばであった1987年、細倉鉱山が閉山。フィルムカメラで、閉山前年の1986年からの13年間、故・寺崎英子さんは、移りゆく細倉の風景を撮影し続けたそうです。
ウジエスーパーの【ぷるるん食感♪季節の葛バー】スイーツ部門全国1位を食べた
全国スーパーマーケット協会主催「お弁当・お惣菜大賞2024」スイーツ部門で全国1位の最優秀賞を受賞!!! ───と、先日宮城県じゃ少々話題になったウジエスーパーのアイス「ぷるるん食感♪季節の葛(くず)バー」。この話題をSNSで見かけ、おいそうだったからこのまえ買ってみました。
「中橋(なかはし)」を撮ってきました!道の駅「さんさん南三陸」や「南三陸さんさん商店街」などがある場所と、「南三陸町東日本大震災復興祈念公園」を結ぶ橋。2020年10月完成、建築家・隈研吾氏の設計、南三陸産の杉を使用しているそうです。「南三陸さんさん商店街」と、道の駅「さんさん南三陸」にある「南三陸311メモリアル」も隈研吾氏の設計で、“南三陸町三部作” といった呼び方もするようです。
南三陸町(みなみさんりくちょう)を車であちこち見て回った日のこと、「南三陸町震災復興祈念公園」のそばにある駐車場に行ったら、すぐ横に、2011年発生・東日本大震災の前まで「志津川駅(しづがわえき)」だった場所がありました。
名取市(なとりし)には「名取三山(なとりさんざん)」と呼ばれる3つの神社があります。熊野古道でも知られる紀伊半島の「熊野三山」がもとになったそうです。今から900年程前の話なんですが、「名取三山」ができるきっかけとなった「名取老女(なとりろうじょ)」という人物がいて、そのいきさつが「名取老女伝説」としてこの地に伝わっています。僕は「名取老女伝説」にさほど詳しくないけど、興味があり、まつわる場所を見て回っています。
矢本駅を通りがったからサンドアートがありました。前もサンドアートがあった場所。今回も、保坂俊彦さんの作品でした。砂で造られた「ブルーインパルス」の機体とそばにはパイロットも。真冬の夕方で、もう暗かったけど、画像を撮ってきました。「矢本駅」に行ったのは久しぶりだったから全然知らなかったけど、このサンドアートは、いつ頃からあったんでしょうね。
亘理町(わたりちょう)方面に行った時、久しぶりに亘理伊達家(わたりだてけ)の墓所をじっくり見てきました。伊達政宗(だてまさむね)の重臣である伊達成実(だてしげざね)をはじめとする、亘理伊達家歴代の墓です
【江尻排水ポンプ展示館】で角田の歴史にちょっと触れる 宮城県角田市
角田市(かくだし)の台山公園(だいやまこうえん)のすぐそばにある「江尻排水(えじりはいすい)ポンプ展示館」。台山公園は、ものすごく大きなロケットの実物大模型がある宮城県じゃ有名な場所です。「江尻排水ポンプ展示館」は、ずっと前に一度見学したことがあり、ブログにも書いたんですが、それからしばらく経つので、久々にまた入ってみようかなあと思いました。自分のブログを振り返ったら、なんと、見学するのは16年振り…。
入谷の【続石遺跡】何も見られなかったけど猫がいた 宮城県南三陸町
続石遺跡 つづきいしいせき 入谷押館の北西側に立地する縄文時代および中世の遺跡です。東西60メートル、南北70メートルほどの平場で土塁や空堀、東側に土段が残っています。 これまでに縄文時代の石斧や中世の陶器片が出土したとされます。また、北西側斜面から製鉄の際に排出される鉄滓(てっさい)が見つかっており、昔は鍛冶場として使われていたことがうかがえます。
名取老女伝説【老女の宮】名取熊野三社・熊野神社/宮城県名取市
「老女の宮(ろうじょのみや)」というのを見に行きました。場所は、名取市(なとりし)の高舘(たかだて)にある熊野神社。名取市には、合わせて「名取熊野三社(なとりくまのさんしゃ)」と呼ばれる3つの神社があります。これは、熊野古道でも知られる中国地方の紀伊半島にある「熊野三山」がもとになってできたものだそうです。今から900年ほど前、「名取熊野三社」ができる切っ掛けとなった「名取老女」という人物がいたそうで、できたいきさつが、“名取老女伝説” としてこの地域に伝わっています。
【ガンダムベース サテライト 仙台】に行きました/宮城県仙台市
仙台駅前にある仙台パルコ本館に新しく入ったガンプラのお店「ガンダムベース サテライト 仙台」に行ってきました。オープンしたのは、この少し前の9月。当初は入店するのが事前ネット申し込みでの抽選予約となっていて、いちおう当選していたんですが、・・・行けなかったんです。なので、これが初めて。店内にはショーウインドーに完成品がたくさん並んでいました。それらを見るだけでも本当に楽しい。
イルミネーション【矢本東市民センター】2023年12月/宮城県東松島市
このまえ見てきた「矢本東(やもとひがし)市民センター」という場所のイルミネーション風景です。施設の建物がイルミネーションで飾られていてきれいでした。建物は7年くらい前にできたらしいです。そばには新しくて立派な消防署も建っていました。東松島市ではけっこうあちこちでイルミネーションをやっていて、この夜は、中・小規模のいろんな場所を5ヶ所ほど車で巡りました。それぞれによさがあっておもしろかった。
元日【瑞鳳殿】に初詣に行ってきました。令和6年(2024年)
元日だった昨日、僕は伊達政宗公の霊屋(おたまや)である「瑞鳳殿(ずいほうでん)」に、初詣に行ってきました。ほぼ毎年行っています。いつもは午前の早い時間に行っていて、開門前から並んで一番のりをした年もあったんですが、今年はのんびりと昼頃に行きました。
新年明けましておめでとうございます!ブログ主のTanji(タンジ)です。いつもブログへのご訪問ありがとうございます。いやあ、2024年ですね。早いもので令和も6年。このブログは2006年に始めたので、今年で18年目を迎えるところです。僕は今年もあちこち見に行
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橋の先には道がない不思議な風景の「太白山第二橋」です
坪沼八幡神社に白蛇の「めのちゃん」。白い色の珍しい蛇。写真を撮ってきました。
大郷町で行われているホタル観賞イベント「川内ホタルのページェント」に17年振りに行ってきました。
中野栄フリーマーケットで見られる「ネコバス」改造車です!
作並温泉の手前にある新川の「新川ほたるの里」でホタル観賞をしました。
多賀城跡あやめ園での夜の花のライトアップ「光のインスタレーション」に行ってきました。
多賀城跡あやめ園の小さい池に野鳥のバン親子が住み着いていました。
「朴島」にあった「神明社」という神社と「八大龍」と刻まれた石碑。
白菜の採種で栽培されているという浦戸諸島「朴島」のナノハナ畑の風景です。
浦戸諸島の朴沢島で島歩きをしながら「弘安十年銘供養碑」というのを見に行きました!
政府備蓄古米のアイリスオーヤマ―「和の輝き」をダイシンで買いました。
浦戸諸島の朴島。島の北東では防潮堤そばにナノハナ畑がありました。
浦戸諸島の有人4島のひとつ「朴沢島」へ上陸!浦戸諸島巡り2島目をはじめました!
寒風沢島散策で島歩きをしながら撮って来た島の風景の写真です。
寒風沢島の北東にある美女浦の辺りを歩いてみました。極たまに海の景色も見えたりして意外とおもしろかった。
寒風沢島と宮戸島の間にある鰐ヶ淵。ここを寒風沢島側から見てみたかったんです!
【宮城県塩竈市】2023年5月に浦戸諸島(うらとしょとう)にある「寒風沢島(さぶさわじま)」を散策したことを書いています───「寒風沢島」にある「六地蔵」。 初めて島を歩いた時もじっくり見たけど、また近くを通ったし、印象に残った場所だったから今回も見て行くこと
【宮城県塩竈市】2023年5月に浦戸諸島にある「寒風沢島」を散策したことを書いています───[02] 島歩きの続きをしに「寒風沢島」へ船で渡り、最初に見たのはこのレプリカ「十二支方角石」。船着き場のすぐそばなのに、前回島を訪れたときは、この存在に気付かなか
浦戸諸島の寒風沢島。1度目の島歩きで全部行けなかったので、再び島へ渡りその続きをしました。
坪沼八幡神社から大仏岩へ向かう道路に水が出ている場所があった。湧き水ではなさそうだし、何だろう?
大郷町(おおさとちょう)を車でうろついた日、大郷町でも田んぼアートをやっているっていうので、ちょっと見に行ってみました!場所は、吉田川に架かる宮城県道40号・粕川大橋(かすかわおおはし)の北側たもと。 道の駅「おおさと」から車で2分くらい行ったところ。田んぼアートに描かれているのは、大郷町観光PRキャラクターの「常のモロ(つねのもろ)」。 他に「OSATO」「70」という文字もありました。
女川町役場(おながわちょう)にある「女川町東日本大震災慰霊碑」です。慰霊碑には、東日本大震災により犠牲になられた町民(外国人含む)、および町外にお住まいで女川町内で被災された方のうち、ご遺族の了承が得られた854名の名前が刻銘されているそうです。
今年も「昭和万葉の森」の自生ヤマユリ群生地に、ヤマユリの花を見に行ってきました!毎年楽しみにしている場所。 ───というか、もはや毎年見に行かなければ気が済まなくなっている場所です(笑)。満開の始まりといったタイミングで、ヤマユリの花がたくさん咲くすばらしい風景が見られました。森中にだたようヤマユリの甘い香り。
板張りの外壁。上の方は漆喰の白壁。見るからに古い。外観の可愛らしさや、古びた感じからくる美しさがありました。建物はまだこの辺が白川村だった頃にできたのだとか。おそらく今から60~70年ことのようです。
「七十七銀行(しちじゅうしちぎんこう)金融資料館」を見学してきました!仙台中心部で、仙台駅から歩いて5分の場所。 青葉通りと東二番丁通りの交差点に建つ七十七銀行本店ビルの4階。いやあ、七十七銀行に、このような見学する場所があったんですね!半年ほど前、「サンドのぼんやり~ぬTV」で、サンドウィッチマンのお二人が見学に行っていたのを見て知りました。「七十七銀行金融資料館」は見学無料!先に言ってしまうと、展示室内は撮影禁止だったので、入口辺りの写真しかありません
2013年春に見て来た南三陸町の入谷(いりや)にある「旧入谷中学校」の桜の風景です。入谷八幡神社のすぐ手前。中学校だった頃も、こうやって花を咲かせていたんでしょうね
村田町の県道14号を車で走っていると、川沿いの遊歩道に桜が見えました。眺めたくなって、その道を歩いてみました。古い桜の木が何本か並んで生えていました。
「いろは横丁」を通り抜けた時、ぷらっと井戸のところへ行ってひと休みしました。そしたら壁に、タモリさんの写真が!仙台の四ッ谷用水についてやったのは見た覚えがあるから、その時なのかな
女川町(おながわちょう)で「いのちの石碑」というのをいくつか車で見て回った日、途中、見晴らしのいい場所が何ヶ所かあって、女川町中心部が眺められたりしました。今回のせるのは、そんな場所で撮ってきた写真です
女川町の堀切山にある「熊野神社」へ。 約800年の歴史を持つ神社だそうです。15年くらい前にもこのブログに書いたことがある神社。 現在の状態になってからは写真を載せるのは初めてです。
石巻市の牧山にある「零羊崎神社」神苑で、シャクヤクの花を見てきました!ここにシャクヤク園ができていたんですね。この数日前に、牧山でシャクヤクの花が見頃を迎えたという話題を聞いて、初めて知りました。5年ほど前に植え始め、約1000株あるそうです。神苑の斜面に咲くきれいなシャクヤクの花々。いい香りがしていました。
今年2月末で一旦閉館し、長期休業中の「仙台フォーラス」。このあいだ前を通った時、現在の風景もブログに残しておきたいと思い、すこし写真を撮ってきました。1975年「ジャスコ仙台店」として開業、1984年「仙台フォーラス」に改称。建物が築48年で老朽化しているので、大掛かりな調査をして改装工事をする予定だとか。建て替えや閉館ではないそうです。 再開は未定。
歴史の道「おくの細道」 芭蕉(ばしょう)と弟子の曽良(そら)は、元禄二年(1989)旧暦五月十日(太陽暦6月26日)松島を出発、小野を経て、石巻へ向かった。梅雨のあい間のむし暑い日であった。 ここ町頭から七十七銀行のあたりまでを新田町といった。新田町で二人は急に咽が渇いたので湯をもらおうと頼んだが、家ごとに断られたと曽良の随行日記(ずいこうにっき)に書かれてある。
【宮城県女川町】昔デジカメで撮ったある写真を探していたら、2007年に女川町に出かけた時に撮った写真がいろいろ出てきました。その時の女川町でのことはブログに書いて写真も載せたけど、使っていないものがたくさんありました。女川町には何度も行っていて、東日本
「せんだい農業園芸センター」にバラの花を見行ったら、入口の前にある畑で、一面に白い花が咲いていました。これってたぶん、ジャガイモの花ですよね。宮城県内でもジャガイモ畑を見かけたことはあるけど、このように広い畑で花が咲いている風景を見たのは初めてです。きれいなもんですね。
誰かの銅像が。「伊丹栄三郎翁像」と書いてあるようでした。あとからネットで検索すると、七ヶ浜町関係の伊丹栄三郎氏という人物は、七ヶ浜町第14代町長として名前が残っていました。100年ちょっと前で、まだ七ヶ浜村だった時代だろうから、当時の村長さんということになります。
『マツコの知らない世界』で取り上げていた「須賀神社(すがじんじゃ)」を見に行ってきました!"開運神社の世界" で、神社ソムリエとうい方が紹介した2024年に行くべき最強スポット神社の1ヶ所として「須賀神社」が紹介されていました。
「利府町(りふちょう)郷土資料館」に行ってきました。場所は、JR利府駅(東北本線利府支線)の300mくらい西にある「利府町中央児童センター」の3階。 入館無料。展示は、利府町内にあるいろんな古墳の解説、多賀城創建期(1300年前)の窯跡の大きな模型と解説、利府城の解説、古い時代の農具などでした。
サザエさん達が来て、多賀城市民のみなさんと一緒に「多賀城あやめ音頭」を踊っていました。なんでも、3ヶ月くらい前にTV放送されたサザエさんスペシャル『宮城・多賀城へ美味しい考古学の旅』で、サザエさん一家が多賀城跡を旅行で訪れたのが縁での参加だそうです。そのアニメでは、多賀城跡の政庁跡、復元南門、多賀城碑などを見て歩いていました。サザエさんたちが多賀城で輪踊りに参加するなんて、きっと今年限りの貴重な光景!
七ヶ浜町の湊浜にある砂浜に行ったら、変な形の植物が生えていました。どうやらハマボウフウというらしいです。希少な植物だとか。七ヶ浜町や、同じ宮城県内の名取市の方では、以前からずっとハマボウフウの移植や種まきなどの活動をしている方たちがいらっしゃるようです。たぶんこの砂浜のも、その方たちの活動によるものなんでしょうね。