小峰城の南に東北本線が見える。本丸からの眺め。白河駅は1面2線の地上駅。ブログを書くにあたってネットで確かめると、趣のある木造駅舎の写真が添えてあった。今思えば写真を取りに立ち寄ればよかったと思う。はるばる来たのに、小峰城が予想以上だったので、それだけで満
鉄道写真を撮っています。 きっかけは、今のうちに撮っておこうと思った北斗星やキハ40。 鉄道にもカメラにも特に興味がある訳でもないのですが、なぜか今も日常生活の中で撮り続けています。
バブルの頃は宅地開発で活況を呈していたこの沿線も、長閑な雰囲気に戻ってしまった。ダイヤ改正ごとに馴染みの電車が消え、運転間隔も空いていった。ほとんどの電車が東京方面に直通だったが、今は南栗橋で分断されてしまった。そうした時代の流れを象徴するのが、4両編成で
かつては堤防一面に延々と菜の花が彩っていたのだが、数年前からごく一部の場所になってしまったため、電車を入れるアングルはかなり限定的になる。変化をつけるのは電車の車種のみ。そんな訳で今度はリバティ。リバティの頭上に白く見えるのが浅間山。同じ位置から北に目を
渡良瀬川に沿って通過する特急スペーシア。かつては堤防の斜面全面に咲き誇っていた菜の花も、数年前から消えてしまい、今年もごく限られた箇所に群生するだけになっていた。そんな訳で、菜の花を入れてのアングルはごく限られてしまう。肉眼でははっきり見えるのだが、写真
昨日から一気に桜が開花した。桜の季節になってきたが、もう少し菜の花の写真を。利根川の築堤を行く20400型。
3月26日、団臨「さよならいろは日光号」が大宮ー日光間で運行された。運行時間が分からなかったので、撮り鉄は諦めた。すんなり諦めたのは、今まで撮った写真がいくつかあったからだ。コロナ禍の前に、東京都内ー日光間でいろはは何度か臨時運行についたことがあり、その時写
485系やまどりの団臨。団臨の運行が再開されるようになって、長かったコロナ禍の制約から、少しづつ日常が取り戻されつつあることが感じられる。撮影地にも5~6人の姿が見えた。曇天の下、やまどりが那須塩原、日光に向かって下って行った。
築堤を降り、関東平野を浅草方面に向かう東武特急リバティ。手前は利根川の堤防に咲く菜の花。
今日も冬の気温。まさに三寒四温の日々。先日の地震の影響で停電の恐れもあるとか。さて、先日撮り鉄した菜の花の写真をもう少し。今回は東武500系リバティ。営業運転開始からもう5年も経っていたのか。
3月の雪はそれ程珍しくない。その雪のせいか「倒竹で烏山線運休」のニュースを見た。何年か前にも同じことがあって、この時は宇都宮線や都内の駅にも表示が出て、なぜわざわざ「倒竹」と区別するのか、「倒木」でいいではないかと、ちょっとした話題になった。竹は草なので倒
先日スペーシアオレンジが去っていったが、こちらは利根川の築堤を行く雅。堤防の斜面は、芝生養生のため立ち入り禁止になっていたので、迂回してかなり離れた位置からの写真。
東武日光線の特急スペーシア104編成が、伊勢崎線舘林方面へ回送された、という記事を今朝読んだ。歳月の経過を実感した。スペーシアを初めて見た時からほぼ30年が過ぎていた。身近なところを走る特急なので、馴染みは深い。30年の長さと短さを実感した。
先日のダイヤ改正の直前に、東武350型の定期運転が終了した。350型は300型の4両編成なのだそうだ。不確かな記憶だが、以前東武日光線沿線に住んでいた頃、そこを通過する電車は特急も各停も6両編成だった。だから、4両編成を見かけると違和感があった。この短いのを見かけた
撮り鉄するキッカケも見当たらず、未掲載の手持ちも適当なものがなく、過去のこの時季の写真を当たってみると、3月15日のものがあった。2014年3月15日。日本初の蓄電池電車の営業運転開始日だった。写真は烏山駅に着いたアキュムの一番電車。なぜ逆光になるこの位置から撮っ
今回のダイヤ改正で、宇都宮線・日光線でE131系の営業運転が開始された。これに伴い、205系が置き換えとなり、定期運行から離れていった。205系4両編成は、日常的には馴染みがなく、たぶん利用したこともない電車だが、手持ちの写真がいくつかあったのでその1枚を。場所は岡
「6050系は絶滅危惧種?」という記事に関連して、少し前にブログを書いた。その時、手持ちの写真を当たると、6両編成の写真がいくつかあった。自分にとって6050系は、「快速」「6両」のイメージが強い。なじみの薄い4両編成には違和感があった。そんな訳で、6両編成の写真を
東武鉄道の350系きりふりが2022年3月のダイヤ改正に伴い、3月6日で定期運行終了となった。20年以上前東武日光線沿線に住んでいた時は、この電車は急行電車として行き交っていたので、今でもそのイメージが強い。その頃は電車には全く興味がなかったせいか、急行と快速の車両
先週あたりからこの1800系カラーを見かける機会が多くなった。特急りょうもうの運行上のローテンションなのか、編成が増えたことによるものなのか。正面から撮ろうとしたら陸橋が複雑に交差する場所で、陰がまだらになるおそれがあり、戸惑っているうちに通過してしまった。
253系1000番台。コロナ禍で客がいなくても、ずっと走り続けてきた特急電車。コロナに負けてたまるかという意気込みが伝わってくるような気がして、今まで通りの日常生活がここでもまだ維持されているという安心感を確かめた気分になった。
鉄道車両の愛称に関する記事があった。自動車と違って、鉄道では車両の番号や形式から由来した俗称で呼ばれることが多く、その1例としてEF66-27号機が紹介されていた。EF66は1千t級高速貨物列車を単機でけん引可能な機関車として1968年から登場した。現在EF66の0番台は、27
前回と同じ事情で過去のこの時季の写真を。烏山線のほぼ半分は丘陵地帯なのだが、なかなか俯瞰ポイントを見つけることができなかった。そして何とか探し当てた最初の場所がここだった。何度も通った場所だったが、もしかしてと車を降りると、こじんまりした梅林の間から線路
一気に暖かい陽気になった。民家の庭の梅もいつの間にか満開になっていた。どこかに遠出したい陽気だが、ガソリン代高騰の折、やはり自重しなければならない。そんな訳で、5年前の春(2017年2月)の烏山線。キハ40を今のうちにとたびたび烏山線に出かけていた。メジャーな撮影
3月のダイヤ改正で、JR日光線の205系が置き換えになるという。日光線の撮影地に行ったことはないのだが、コロナ禍の前は、東京都内と日光を結ぶ臨時電車で「いろは」が何度か運行されたので、その時撮り鉄した写真がいくつかある。今のうちに日光線を走る姿を撮っておきたい
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小峰城の南に東北本線が見える。本丸からの眺め。白河駅は1面2線の地上駅。ブログを書くにあたってネットで確かめると、趣のある木造駅舎の写真が添えてあった。今思えば写真を取りに立ち寄ればよかったと思う。はるばる来たのに、小峰城が予想以上だったので、それだけで満
桜をはじめ色んな花が開花し、暖房からも解放されて、息吹を感じる季節になって来た。5年前のこの時季、桜の咲く烏山線に「しらかみ」が現れた。未掲載の写真があったので、掲載する。今も現実離れの感じがするのは全くの想定外だったからだろう。
先日の東洋経済に「久喜周辺には何があるのか」という記事があった。「東武スカイツリーラインの電車に乗ると、終着駅は南栗橋か久喜、寝込んでしまうとそのどちらかの駅まで行ってしまう。東武動物公園駅から伊勢崎線に入ると久喜になる。どちらがマシかというと、久喜のほ
令和5年8月26日宇都宮ライトレールが開業した。交通渋滞緩和などの必要性から、何もないところから計画し開業した日本初のLRTだ。開業以来数件の交通事故が発生したものの、平日利用者は1日平均1万3千人で、予測を上回る順調さだという。開業初日に早速撮り鉄し、ある程度
東北線・高崎線・宇都宮線と王子を走る在来線電車が出そろった光景。こちらは新幹線。E4系とE5系か。そしてこちらは金太郎けん引の貨物列車。
今朝の東洋経済に標記の記事があった。首都圏屈指の通勤路線東武東上線は、池袋・寄居間の75㎞。ただし、都心からの直通は小川町駅まで。さらにその先10㎞は単線となって寄居まで続く。途中、鉢形城、玉淀などを経て終点の寄居駅に着く。この駅は、秩父鉄道、JR八高線の駅で
今朝読んだ「東洋経済」の記事に「寝過ごすと大変な駅・南栗橋」があった。南栗橋は首都圏では意外と知られている。通勤電車の多くが、車両基地のあるここを行先としているからだ。周りは住宅や田畑なので、「寝過ごすと大変な駅」としてエピソードも多い。その駅の近くに車
今年は高崎線開業140周年だとか。開業時は上野・熊谷間で、駅は上野・王子・浦和・上尾・鴻巣・熊谷の6駅だけだったという。なぜ王子なのかについては、日本初の洋紙工場があったからだそうだ。現在の王子駅。右の森は飛鳥山。左遠方にスカイツリー。飛鳥山には渋沢栄一の邸
犬山城の天守閣から東方面を眺めると、名鉄の鉄橋が見えた。結構電車が行き交っている。時々、電車が橋の手前で信号待ちで止まっている。近くに駅があるという雰囲気。赤い電車は6000系か。こちらは快速特急1200系?もう少しじっくり撮りたかったが、他の客の迷惑になりそう
烏山線は今年開業100周年に当たる。キハ40撤退を知ってから、何度も撮り鉄に行った馴染みの路線でもある。その都度、四季の移り変りを実感させる光景を現してくれた。4月、山桜が咲いていた。、
先日205系「いろは」解体の記事を見た。「いろは」は2018年から2022年3月までJR日光線で、観光客用に運行されていた電車だった。臨時列車として宇都宮線も何度か走ったので、その時撮り鉄した。臨時列車として身近なところを走った電車が、ここのところ立て続けに消えていく
コロナ以前と比べるとイベント列車の運行も車両の種類もだいぶ減ってしまった。
雨が降ったりやんだりで、撮り鉄する気はなかったのだが、いつの間にか日差しが出ていた。ならばと家を出て撮影地に向かう。途中の踏切で下り電車が去ったあと、すぐに同じ方向からの矢印が出て、遮断機が下りた。もしかしてと思ったら機関車が見えた。
本当はもっと菜の花を入れて撮りたかったのだが、出遅れて人垣の後方になってしまったのでやむを得ずの構図。ついてすぐSLがきて、ピントも合わず。撮れただけラッキーの写真。
2019年の今日、リゾートしらかみが烏山線を走った。アキュムとの並び。こんな光景は思ってもみなかった。沿線は、キハ40のラストラン以来の賑わいとなった。烏山線は今年開通100周年を迎えるという。こんなサプライズが実現するといいのだが。
以前名古屋駅に降り立たのはいつだったかはっきりした記憶がない。その時の駅舎がどうだったのかも覚えていない今の駅ビルが完成したのが1999年なので、少なくとも20数年以上来ていなかったことになる。完成から数年間は、世界一背の高い駅ビルだったということだけあって、
どの駅だったかはっきりした記憶はないが、写真を撮った順序からして、神宮前駅のような気もするが、あるいは鳴海駅で乗り換えたのかもしれない。車両番号3608、急行豊橋行、という表示に見える。
少しでも速い電車に乗り換えようと降り立った鳴海駅。もうここに来る機会はないかもしれないと、電車を待つ間、撮り鉄した。ちょっと遠すぎて、車両番号も読み取れず、正確には何系だか分からないのだが。
車両番号3609。名鉄3500系。鳴海駅発車の後ろ姿。
鳴海は歴史小説にも出てくる地名で、昔を偲ぶものもあるのだろうが、時間と体力の制約で、乗り換えだけとなった。そうは言っても撮り鉄はできる。車両番号2207。
小峰城の南に東北本線が見える。本丸からの眺め。白河駅は1面2線の地上駅。ブログを書くにあたってネットで確かめると、趣のある木造駅舎の写真が添えてあった。今思えば写真を取りに立ち寄ればよかったと思う。はるばる来たのに、小峰城が予想以上だったので、それだけで満
桜をはじめ色んな花が開花し、暖房からも解放されて、息吹を感じる季節になって来た。5年前のこの時季、桜の咲く烏山線に「しらかみ」が現れた。未掲載の写真があったので、掲載する。今も現実離れの感じがするのは全くの想定外だったからだろう。
先日の東洋経済に「久喜周辺には何があるのか」という記事があった。「東武スカイツリーラインの電車に乗ると、終着駅は南栗橋か久喜、寝込んでしまうとそのどちらかの駅まで行ってしまう。東武動物公園駅から伊勢崎線に入ると久喜になる。どちらがマシかというと、久喜のほ