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大河ドラマに恋して http://shizuka0329.blog98.fc2.com/

大河ドラマのゆかりの地の紹介、歴旅の記録をアップしています。今年のテーマは、「光る君へ」「どうする家康」京都の寺社巡り

しずか
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2013/09/04

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  • 田畑政治の生家「八百庄酒店」

    田畑政治は明治31年(1898) 12月1日、清酒の東天やサイダーを販売していた浜名郡浜松町成子(現・浜松市成子町)の造り酒屋「八百庄酒店」の次男として生まれました。実家は、浜松有数の資産家で、当主は浜松商業会議所設立や銀行の事業にも関わっていましたが、後に、浜松初の本格フレンチレストラン「オーク」へ業態転換しました。「田畑家は造り酒屋を営む浜松有数の資産家であった。八百庄という屋号で清酒・味醂・白酒・焼酎を...

  • 土佐の旅(81)高知城 築城のジオラマ

    天守1階には、築城の様子を再現したジオラマが展示されています。重機のない時代、このように築城していたのですね。にほんブログ村 歴史ブログランキングに参加しています。応援よろしくお願いします!にほんブログ村歴女日記ブログランキングに参加しています。ご協力お願いしますm(__)m歴女日記 ブログランキングへ...

  • 土佐の旅(80)高知城 竹の節欄間~雪隠の間

    竹の節欄間細かなところにも工夫が見られますね。雪隠の間藩主様は、トイレも特別だったのですね!鉄砲狭間と忍び返しここにも防御設備が見られます。本丸北面の壁にある忍び返しは、現存天守で唯一残されているものだそう。にほんブログ村 歴史ブログランキングに参加しています。応援よろしくお願いします!にほんブログ村歴女日記ブログランキングに参加しています。ご協力お願いしますm(__)m歴女日記 ブログランキングへ...

  • 土佐の旅(79)高知城 上段の間と武者隠

    藩主の御座所である上段の間上段ノ間は、他の部屋より床が一段高くなっており、格天井、違い棚、付書院、帳台構えが設けられています。上段の間の武者隠帳台構えは、警固の武者を控えさせたことから武者隠しと呼ばれています。このようなつくりになっています。山内容堂公の詩書「酒と詩を愛す」なんてカッコいいですね~☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆にほんブログ村 歴史ブログランキングに参加しています。応援よろしくお願いします!に...

  • 土佐の旅(78)高知城 物見窓と石落とし

    では、お庭にも注目してみましょう。二ノ間の南側は庭になっています。外側から見た物見窓や狭間をここでは内側から見ることができます。物見窓狭間は小さく作られているため、監視範囲を大きくとった物見窓が設けられていました。石落とし内側から見た石落としです。外側からはこのように見えます。にほんブログ村 歴史ブログランキングに参加しています。応援よろしくお願いします!にほんブログ村歴女日記ブログランキングに参...

  • 土佐の旅(77)高知城 御茶所と欄間

    お茶をたてる座敷の御茶所二ノ間と三ノ間の間には、「うちわけ波の透かし彫り」が施された欄間が見られます。 室町中期に起こり、桃山時代に完成した武家住宅の建築様式。平安時代の寝殿造りが変化発展したもの。建物の内部を数室に分け、室内には畳を敷きつめ、明障子(あかりしょうじ)、襖(ふすま)などを用い、表座敷は上段の間とし、床、棚、付書院を備え、出入口として玄関を設ける。江戸時代を経て、現今の一般の日本住宅様式...

  • 土佐の旅(76)高知城 お駕籠と家紋

    納戸蔵には、お駕篭や土佐藩船の船印として使われていた三つ柏の山内家の家紋などが展示されています。覆いがあるお駕籠は特別だったのですね。にほんブログ村 歴史ブログランキングに参加しています。応援よろしくお願いします!にほんブログ村歴女日記ブログランキングに参加しています。ご協力お願いしますm(__)m歴女日記 ブログランキングへ...

  • 土佐の旅(75)高知城 「功名が辻」の展示物

    「功名が辻」関連の展示もあります。仲間由紀恵さん着用の着物功名が辻原作は司馬遼太郎が1960年代初頭に執筆した同名小説[注 1]で、司馬作品の大河ドラマ化は6作目となる。主人公である千代とその夫・山内一豊は仲間由紀恵と上川隆也がそれぞれ演じた。「桶狭間の戦い」直前、風雲急を告げる尾張領内で一人の浪人が一人の少女を助ける。少女は両親を戦によって失い、浪人は岩倉織田氏の家老だった父を織田信長によって攻め滅ぼさ...

  • 土佐の旅(74)高知城 天守・本丸御殿

    天守は、高さ18.5mの3層6階、屋根入母屋造り本瓦葺きの望楼型で、山内一豊によって1603年(慶長8年)に築城されましたが、城下町の大火で一度消失。その後、1749年(寛延2年)に再建されました。1871(明治4)年の廃藩置県後、全国各地で城郭破壊が行われました。高知城も1873(明治6)年本丸以外の二ノ丸、三ノ丸の塀や櫓を残して表御殿、奥御殿などの建物が撤去され、明治政府から公園とすることが許可されました。その際、天守...

  • 土佐の旅(73)高知城 天守閣

    現在の天守は創建当初のものではなく、1727(享保12)年の火災後の再建にかかるもので、棟木の銘文によって1747(延享4)年12月26日に棟上げされたことがわかっています。外観4重(内部3層6階)の望楼型天守で、最上階には廻縁高欄が付けられています。「咸臨閣」という別称を持ち国の重要文化財に指定されています。右側の建物が本丸御殿である懐徳館、左が天守です。懐徳館の入口で、入場料を払い、お城の中へ!にほんブログ村 ...

  • 土佐の旅(72)高知城 西多門

    本丸に到着!本丸には天守・本丸御殿・納戸蔵・廊下門・東多聞・西多聞・黒鉄門などの建造物が残っています。いずれも国の重要文化財に指定されています。東多聞は武器庫として使用したといわれ、西多聞には本丸警護の武士が詰める番所が置かれていたといいます。西多聞は、廊下門の西端南に孤立して建ち、廊下門との間には一間の築地塀があります。内部は3室に区分され、各室の間仕切はないつくりとなっています。にほんブログ村 ...

  • 土佐の旅(71)高知城 黒鉄門

    黒鉄門(くろがねもん)は、本丸西に南面する入母屋造り、本瓦葺きの二階造の門で、国の重要文化財となっています。階下の柱、扉などの南面に筋鉄を入れ、外観上は漆喰塗の壁がみられず、すべて板張りで黒く仕上げているところから黒鉄門の名がある。黒鉄門の内側黒鉄門からの眺めにほんブログ村 歴史ブログランキングに参加しています。応援よろしくお願いします!にほんブログ村歴女日記ブログランキングに参加しています。ご協...

  • 土佐の旅(70)高知城 石落としと矢狭間塀

    本丸へと進んで行きます。鐘楼石落とし石落としは、敵からの攻撃を防ぐ為に、上って来る敵兵に石を投げ、湯を流したり、槍で突いたりできる仕掛けです。矢狭間塀丸、三角、長方形などの形があります。丸や三角が鉄砲、長方形が矢で攻撃する構造になっています。にほんブログ村 歴史ブログランキングに参加しています。応援よろしくお願いします!にほんブログ村歴女日記ブログランキングに参加しています。ご協力お願いしますm(__)...

  • 土佐の旅(69)高知城 二ノ丸

    二の丸には、藩主の居住空間である二ノ丸御殿がありました。また、北東には家具櫓や数奇屋櫓などがあり、調度や道具類を収納していました。西隅には三階建ての乾櫓があり、まるで小天守のようであったといわれています。※この卵型の照明は、ライトアップ用のものです。ライトアップされるとこのようになります。にほんブログ村 歴史ブログランキングに参加しています。応援よろしくお願いします!にほんブログ村歴女日記ブログラン...

  • 土佐の旅(68)高知城 詰門

    詰門は、本丸と二ノ丸をつなぐ役目を果たす櫓門で、門内に侵入した敵がまっすぐに通り抜けられないよう、一階部分は入口と出口の扉の位置が「筋違い」に設置されています。東側の入り口から入ると、本丸西側の梅ノ段に抜けるように作られており、本丸につながっていません。 また、一階は籠城用の塩を貯蔵する塩蔵になっていました。二階は二の丸と本丸を結ぶ廊下橋となっており、藩政時代には「橋廊下」と呼ばれていました。詰門...

  • 土佐の旅(67)高知城 長宗我部期石垣

    平成12年の三の丸の石垣改修工事に伴う発掘調査で確認されたこの石垣は、長宗我部元親が岡豊城から天正16年(1588)大高坂山に移り築城したときのものと考えられています。しかし、水害などによって城下町形成が十分にできず、長宗我部は天正19年(1591)には土佐湾に面した浦戸城へ移転しました。慶長6年(1601)、山内一豊が土佐に入国し、高知城を築く際、長宗我部の大高坂山城の遺構を壊し、その上に盛土をして高知城を建てたのでは...

  • 土佐の旅(66)高知城 三ノ丸と水路遺構

    三ノ丸には、かつては三ノ丸御殿が建っており、年中行事や儀式を行う大書院・裏書院・藩主の控えの間である御居間などから構成されていました。創建当時、室内は絢爛豪華な障壁画によって装飾されていたといいます。水路遺構高知は雨の多い土地柄であり、高知城の排水には様々な工夫が見られます。この水路遺構は、三ノ丸に降った雨水を集めて2か所の石樋から排水することにより、石垣内部に泥水が入り目詰まりによるゆるみが生じ...

  • 土佐の旅(65)高知城 鉄門跡

    高知城の鉄門は、三ノ丸入り口付近の防衛上非常に重要な位置にあり、かつては二階建ての門でした。門扉に多数の鉄板を打ち付けてあったことから鉄門(くろがねもん)と呼ばれたそうです。門を囲む石垣は「打込みハギ」と呼ばれる手法により堅固な石垣が築かれ、石垣の上から攻撃できるようになっています。門内は小枡形になっており、詰門へと続いています。にほんブログ村 歴史ブログランキングに参加しています。応援よろしくお...

  • 家康公祭り・家康楽市 2019 閉会式

    家康公祭り・家康楽市 2019の楽しい一時はあっという間に過ぎていき、いよいよフィナーレの時間になりました。閉会式では、この日の参加者が勢揃い。各武将隊の皆さん司会の高橋茉奈さん。そして、今年も大活躍をしてくれた新井美羽ちゃん&琉月ちゃん!最後にお餅投げが予定されていたのですが、途中で雨が降ってきたため、急遽「お餅配り」に変更となりました。出演者からの手渡しという粋な計らいに感謝.゚+.(・∀・)゚+.美羽ちゃん...

  • 家康公祭り・家康楽市 2019 城落とし合戦

    恒例の「城おとし合戦」の始まりはじまり~!!会場に集まったちびっ子たちが武田軍と家康軍に分かれ、先にお城を落城させた方が勝ちとなります。今年は、美羽ちゃんが家康軍、琉月ちゃんが武田軍に参加。二人とも陣羽織を着用してやる気満々!直虎殿の掛け声で合戦スタート!琉月ちゃんは、ちょっと緊張気味かな?ボールを持った子ども達。一斉にお城めがけてボールを投げつけます。さ~先に堕ちるのはどっちだ?爆発音にビビり気...

  • 家康公祭り 戦国太鼓 龍牙迅風の演舞

    家康公祭り二日目の戦国太鼓 龍牙迅風の演舞より龍牙迅風は、和太鼓、剣舞、舞を融合させた和のエンターテインメントチームです。酒井忠次殿の迫力満点の太鼓松下清景殿のしなやかな舞二人の掛け合いがお見事です!ぜひ動画でご覧ください!家康公祭り2019 龍牙迅風の演舞(1)https://youtu.be/QsSMiN8wN5s家康公祭り2019 龍牙迅風の演舞(2)https://youtu.be/tilXLGfwBxIにほんブログ村 歴史ブログランキングに参加しています。応援...

  • 家康公祭り・家康楽市 2019 遠州綿紬を着た新井美羽ちゃん「竜宮小僧のうた」

    新井美羽ちゃんと琉月ちゃんが、本丸ステージに登場!司会は、秋元実行委員長です。家康公祭り2019 新井美羽&琉月ちゃん 本丸ステージhttps://youtu.be/FC0-ooD23VY楽しいトークの後は、美羽ちゃんが「竜宮小僧のうた」を披露してくれました♪家康公祭り2019 新井美羽ちゃん「竜宮小僧のうた」https://youtu.be/RE9MjLPvqCQ懐かしい直虎の名場面が浮かんできますね。この後、浜松商工会議所のブースにて、竜宮小僧の名刺を美羽ちゃ...

  • 家康公祭り・家康楽市 2019 浜松徳川武将隊「三方ヶ原の戦い」と夏目次郎左衛門吉信の碑

    家康公祭り二日目の午後の浜松徳川武将隊のステージでは、「三方ヶ原の戦い」より家康の敗走が演じられました。家康公を誰が演じるのかと思ったら・・・井伊直虎殿でした!金髪ウィッグをつけて颯爽と登場!徳川家康役の直虎殿武田軍によって徳川軍の各隊が次々に壊滅していく中、家康自身も追い詰められ、夏目次郎左衛門吉信や鈴木久三郎を身代わりにして、僅かな供回りのみで浜松城へ逃げ帰りました。家康公をお守りするのは、松...

  • 家康公祭り・家康楽市 2019 6月2日の部 新井美羽ちゃんが語る「竜宮小僧」

    さて、家康公祭りスペシャル実行委員長の新井美羽ちゃんが、高橋茉奈アナの司会の家康楽市パワーフードパークステージに登場!美羽ちゃんの直筆サイン色紙を賭けたじゃんけん大会が催されました。妹の琉月ちゃんもじゃんけんに参加してくれました。美羽ちゃんは、どうもパーを出す癖があるようですね(^^ゞ私も参加してみましたが、途中であいこになって敗退(;_;)(あいこは負けというルールだったので)午後からのステージは、竜宮小...

  • 家康公祭り・家康楽市 2019 6月2日の部 武将隊の演舞

    家康公祭り二日目のオープニングに続き、戦国太鼓”龍牙迅風”が登場!龍牙迅風は、和太鼓、剣舞、舞を融合させた和のエンターテインメントチームです。一方、高橋茉奈さん司会のパワーフードパークステージに、大久保結奈アナとうなもが登場!うなもに関するクイズが出題されました。続いて浜松徳川武将隊の午前のステージです。松下おりん殿松下常慶殿松下清景殿井伊直虎殿榊原康政殿井伊直政殿本多忠勝殿酒井忠次殿この日は、直虎...

  • 家康公祭り・家康楽市 2019 6月2日の部 新井美羽ちゃん登場!

    秋元健一家康楽市実行委員長の司会で、家康公祭り・家康楽市二日目のスタートです!武将隊の入場です。浜松徳川武将隊岐阜城盛り上げ隊 斉藤義龍 明智光秀 帰蝶光秀様といえば、来年の大河ドラマの主人公ですね。奇しくも6月2日は、本能寺の変が起こった日。何か一波乱ありそうな・・・(^^ゞこの方は、帰蝶様です!(確認のため(;´∀`)グレート家康公「葵」武将隊 稲姫 徳川家康 井伊直政稲姫様が、浜松徳川武将隊の本多忠勝...

  • 家康公祭り・家康楽市 2019 6月1日の部

    6月1日と2日、浜松城公園で、「出世の街浜松 家康公祭り」が盛大に開催されました。浜松城は、徳川家康公が、青年期を17年を過ごし、その後も多くの城主が幕府の要職に就いたことから出世城と呼ばれるようになりました。家康公祭りは、浜松城を舞台に、浜松の魅力を発信するイベントです。今回も昨年に引き続き、浜松市文化顧問で歴史家の磯田道史先生によるトークショーや、武将隊によるパフォーマンスが披露されました! また...

  • 土佐の旅(64)高知城 三ノ丸石垣

    高知城の三ノ丸石垣三ノ丸石垣三ノ丸は、慶長6年の築城開始から10年を要して最後に完成した。面積は4,641㎡、出隅部分の石垣の高さは約13m。石垣に使用されている石柱は主にチャートであるが、砂岩、石灰岩も一部使用されており、穴太衆が安土城の石垣で始めたとされる自然石の形を活かした野面積みで多くの面が構築されている。また、三の丸には1,815㎡の壮大な御殿が建築されていた。三ノ丸の入口にあたる鉄門付近の石垣は、鉄...

  • 土佐の旅(63)高知城 楠正興尚徳の碑

    杉の段にある楠正興尚徳の碑1829-1887 幕末-明治時代の医師。文政12年9月23日生まれ。漢方医学をおさめたのち,大坂で緒方研堂らに西洋医学をまなぶ。高知藩主山内豊信(やまうち-とよしげ)の侍医をつとめ,維新後は高知で開業した。明治20年5月1日死去。59歳。土佐(高知県)出身。通称は権蔵。別姓に町。 (コトバンクより)医師・楠正興。先祖はその昔芸郡に下った楠正成の曾孫正盛を祖とし、町氏と称して長岡郡久礼田村 ( 南国市 ...

  • 土佐の旅(62)高知城 愛妻之碑

    杉の段にある愛妻之碑 あきかぜの福井の里にいもをおきて 安芸の大山越えがてぬかも鹿持雅澄先生山斉集よりこれは土佐出身の国学者・鹿持雅澄が、藩命で室戸市羽根に向かう途中、大山岬で妻・菊子に想いを馳せた歌なのだそうです。鹿持雅澄 (かもちまさずみ)高知市生まれ。国学者・歌人。土佐で歌作に勤しむとともに『万葉集』を軸に古代文化の究明に生涯を捧げた。没後、明治天皇のご下賜金で『万葉集古義』を発行。彼の皇朝学...

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