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4月。息子も年長となりました。新学期、クラス替えや担任変更などの環境変化が多いスタートとなりましたが年少・年中と経験しているため大きな登園渋りも今のところありません。登園する際には若干の不安や緊張がありますが、最後には笑顔で登園しています。
普通級と支援級の違いー情緒クラス・知的クラス・交流級ってなに?ー
みなさんこんにちは、こんばんは、おはようございます。「作業療法士の発達相談所」のお時間です!ちょっと遅くなりましたが、年長さんは今頃就学予定先の学校と就学相談をしている頃かと思います。そこで今回のテーマは「支援級」についてです。普通級と特別支援学級学校の
前回の続きです 前回のページ👉就学相談の流れ次男の場合(1) 年中の秋すぎ、療育施設から発達検査を受けるか聞いてきました。就学相談に向けてです。 私は数字で出るのがすごく嫌で避けてましたが、
今日は特別支援学校の児童が地域の小学校に交流に行く日でした。 特別支援学校の子が集団で行くのではなく、個人で保護者が付き添い、自分の学区の学校に行くので、 療育園から特別支援学校に進学した子は知っている子が全然いない所でポツンと過ごすことになりますし、 もしかしてこの制度を利用しているのはうちの学校で慶だけかも知れません。 慶は2年生まで地域の小学校の支援級にいたので、3年生の時にはかなり頻繁に古巣に顔を出していました。 普通級と交流することもできますが、慶は元いたクラスのみんなに会いたいので、いつも支援級にお邪魔していました。 学年が上がるとお世話になった先生方も異動になったりして会えないの…
小学校3年生の4月、慶は市立小学校の支援級から特別支援学校に転校しました。入学時の就学相談でも、2年生の時転校を希望して担当者と行なった面談でも、特別支援学校はいっぱいだから、支援級に行けるなら支援級に通って下さいと言われていたので、特別支援学校にはよほど重い障害の子が集まっているのだろうと思っていたのですが、思っていたより同学年のお子さんたちの頭が良い! お子さんの個性とか、重複障害の有無などにもよるので、障害が重いとか軽いとか、面倒をみるのが大変とか楽とかいうことは一概には言えないのですが、知的障害最重度で移動も排泄も食事も全部介助が必要な慶の入学を渋っていた割に、ちゃんとお食事できたり、…
市立小学校の支援級に入学した慶でしたが、ミキサー食しか食べられない慶に対して、普通食以外の給食が提供できないなどの理由から、特別支援学校に転校する手続きを始めました。 まず市の教育委員会の就学相談担当者に転校を希望する旨申し出て、特別支援学校の担当者とも面談します。 それから小児科の主治医に「意見書」を書いてもらい、県の教育委員会に提出しました。 小児科の先生は元々、慶は特別支援学校に行った方が良いという意見だったので、快く意見書を書いてくれました。 内容は、慶は、歩行が不安定で階段の昇降ができないのでスロープが必要であること、普通食が食べられないので能力に合わせた離乳食を給食として提供しても…
市内に特別支援学校ができるまでの繋ぎのつもりで入った市立小学校でしたが、素晴らしい先生方のおかげで思いの外居心地が良く、焦って転校しなくても良いかなと思っていた一年生の秋、これはなるべく早く特別支援学校に移らなくては、と思う出来事が起こりました。 ただ一度だけ、数分のことですが、慶が教室から脱走して先生が完全に慶の姿を見失ってしまったことです。支援級の教室は、2つの部屋の間仕切りを開放して一つの部屋をお勉強用、もう一つの部屋を食事とリラックス(クールダウン)用という感じで使っていて、慶は1人でリラックス部屋のトランポリンの上で寛いだりすることも多かったようです。先生がお勉強部屋の方に慶がいない…
慶が小学校に入学する年は、特別支援学校(養護学校)への入学はとても狭き門で、「よっぽどじゃなければ市立小学校の支援級にして欲しい」と教育委員会から言われるような状況でした。 就学相談をしている時には、療育手帳A1(知的障害最重度)で歩行は不安定、摂食障害まである慶が「よっぽど」じゃないなら誰が入れるのよ?と思っていましたが、慶が入学する時には古くて遠い特別支援学校しかなく、市内に新しい支援学校ができることは決まっているものの、まだ開校しないから、とにかく1年間は古い特別支援学校に通わせるか、市立小学校の支援級に行くかを決めなくてはいけませんでした。 古い特別支援学校にはエレベーターもスロープも…
慶はリハビリ病院に入院中、 ST(言語療法)、OT(作業療法)、PT(歩行訓練)を受けさせてもらって、それぞれの先生に馴染んでいきました。PTは先生が全力で遊んでくれるので、先生に会うと期待に目を輝かせて、抱っこしてー!という感じで近づいていきます。STは、スプーンの練習の時に顔を押さえられるので、この人の言うことは聞かなきゃダメらしいとわかってきたようでした。 OTは先生のことが大好きなようで、「自分、普段こういうのはやらないんですけど、先生がやれとおっしゃるならやるっす、よろこんで!」って感じで私も初めて見るような熱心さで訓練に取り組みました。 いつもわからないフリしてるだけで、言葉通じて…
小学校に入学した時、慶は哺乳瓶のミルクでしか栄養も水分も摂取できませんでした。これは解決しなくてはいけない大変な問題でしたが、面倒を見る立場からすると食事を調理したり食べるのを介助する必要がなく、手間のかからない状態でした。 それが、リハビリ病院に入院してミキサー食を食べられるようになったので、私が毎日ミキサー食を作って給食の時間に持って行き、支援級の教室で食べさせるようになりました。これに慣れてくると、支援級の担任の先生から、お母さんも毎日大変だろうから、ミキサー食はレトルトの介護食にして、先生が食事の介助をしたい、合わせて当日の給食にシチューやゼリーなど慶が食べられそうなものがあったら、先…
市立小学校の支援級では、「交流級」というものが決められて、各々授業を受けに行ったり、給食を食べに行ったりします。慶くんはどのくらい交流したいですか?と入学時に聞かれたので、授業や給食に参加させてほかのお子さんに迷惑をかけるなんてとんでもない、ずっと支援級に置いてもらえるのが一番いいけれど、決まりでどうしても交流するなら、音楽や体育の時に隅っこに座らせておいて下さいとお願いしました。 くれぐれもよそのお子さんに慶の世話をさせて、ヨダレをつけてしまったりしないようにともお願いしました。 抱っこで通える学校に入学できただけでも望外の喜びでしたので、よそのお子さんの邪魔になったり嫌われたりしないように…
慶が入学する頃、私の住んでいる市では、市立小学校の支援級がかなり充実していて、看護師常駐の学校もあり、知的障害の重い子の受け入れもしていました。 市の教育委員会はインクルーシブ教育の推進を強調していましたが、特別支援学校(養護学校)が満杯で受け入れの余裕がなかったという事情もあったと思います。 慶を入学させた学校は、ちょうど新校舎を建てたばかりで、支援級の教室は、トイレ、シャワー(!)、水道、洗濯機が教室内に完備されていて、掃き出し窓から外にも出られるようになっていました。 設備ばかりでなく先生方も素晴らしく、担任の先生は、もはや親の私より慶を可愛がってくれているのではないかというくらい手間を…
慶は療育手帳A1(最重度の知的障害)です。身体障害の手帳は持っていませんが、歩き始めたのは4歳の時で歩行は不安定、階段も昇れません。おまけに哺乳瓶からミルク状のものしか飲まず、食事は一切拒否です。小学校は当然養護学校(今時は特別支援学校と言うところが多い)に行かせようと思っていました。ところが、小学校入学の前年度、養護学校に見学に行くと、かなり条件が悪い… 慶が入るとすれば、知的障害児用の学校しかありませんが、古い上に知的障害はあっても身体は健康な子を受け入れるつもりで作ったらしく、エレベーターは無いし、食事は食堂で普通食のみ。スクールバスも既に希望者多数、遠い子は90分程乗車することになるが…