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太陽が眩しかったからリタイアもはや早期リタイアと呼べるのか怪しいのでゴール間際でのリタイアと表現することにしますここ数年、両親の看護、介護を含めてバタバタと行動をしていました両親はともに他界、かみさんの両親も他界子もついに、もうすぐ家を出ていきますいろいろなイベントが過ぎ去っていきリタイアするには、ちょうどいい頃合い環境が整ってきました 在宅勤務ができるようになったのが 2020年頃在宅勤務がずっと継続...
諸般の事情で先週は月曜から土曜までクリニック皆勤、本日収穫のため日帰りで農場に行ってきた。天気が悪く8時台のアクアラインは空いており、ついでに16時台の帰りもすんなり走れた。うまい具合だった。犬姫親子を預かっていたので同行ということになった。GoProを持っ
耕耘後の3号田んぼ 昨日農場に戻ってきて、今日は朝から農作業に戻っている。籾殻を取りに行って燻炭の準備を終えたあと、3号田んぼに米ヌカ4袋を撒いてトラクターで一通り耕耘した。これであとは3分の1ほどを畑にしている4号田んぼが残っているだけとなった。
先週から懸案となっていた借り畑のサツマイモ畑を、畝立てしてマルチを張った。予定地は一度耕耘してから時間が経っており、草も出ている。トラクターで一通り耕そうと思ったら、借り畑のトラクターがうんともすんともいわない。バッテリートラブル(完全放電)と思われた
今朝は、雨の予報が後ろにずれ込んだので、チャンスということでサツマイモを定植。今日は自家苗で、安納芋120株+鳴門金時70株+アイコマチ50株、畝数にして7本ほど。残りは10畝、来週来る購入苗は7本を占めるので、まだ若干の余裕がある。自家苗はまだまだで
2009年に始めてから14回コメを作った。累計で7,046Kg(玄米)だが、7tと言ってもあまりピンとこない。しかし、軽トラの積載量は350Kgだから、20台分だと考えると結構多いかも知れない。当初から希望される知人友人各位に買ってもらっているが、年が変わる頃にはだいたい
降り始めは予報より遅かったが、今日は基本一日中雨なのでハウス内で作業。まず、消毒していた養液槽から水を一度かき出して入れ替え、片方のみ液体肥料をいれてみた。もう片方は、いま双葉のプリンスPF待ちである。養液槽の肥料を入れた側には、作業が終わってからミニ
去年のスイカは豊作だった。1号ハウスの中で小玉スイカを4株育てたんだが、そのうち早く終わった1株以外の3株は、10月までどんどん実をつけて、全部で100個くらいのスイカが採れたのだった。 1号ハウスは、何らかの菌にやられて養液栽培や地植えのメロンは全滅
うちでは、カミさんは「捨てる」派、私は「ためる」派である。私がためているものはたくさんあるが、中でも本が多い。横浜の家にある CAR GRAPHIC は、1964年位から2005年位までのものがあり、床が抜けるほどだったが、3分の1くらいは処分した。 農場の方
3月6日に植え付けたジャガイモは、そろそろ追い込み段階になっている。早い株では、ツボミや花を付けている。肥料をやるタイミングだ。土の中では芋がゴルフボールくらいに育っている。 昨日は、最後の肥料をやって土寄せをやった。多少草は生えているが、ジャガイ
植えた直後には特に問題はなかったのだが、時間が経つにつれ浮き苗が発生してきた。今日は二人がかりで補植作業をやっていたのだが、風があったせいか植えても植えても浮き苗が増えるような気がする。カミさんに言わせると50点といっていたが、夕方には30点に下がって
今日は4月の温泉の日(滝見苑)なので、朝から一気に田んぼの代掻き(2回目)を始めて、2時頃片付けた。わずか2反歩なので、半日もいらないくらいだが、まだトラクターや均しアタッチメントの調整は十分ではなく、不陸は残っている。 終わったあと一旦水を張ってお
横浜にいる間にいろいろ考えて、もう一度代掻きをすることにした。トラクターや均平用アタッチメントなど、せっかく道具を新調したので、できる限りのことをしてみようというわけだ。ただ、農場入りしてみると、雨もかなり降ったようで田んぼは満水状態。揚水ポンプを止め
ビルメンの憧れの電気管理技術者とは?定年のない個人事業主という働き方
電気主任技術者について 電気主任技術者との違い 電気主任技術者は、会社の所属して、会社の事業所などの受験電設備や自家用電気工作物の工事・維持・運用を監督しますが、小規模な高圧受電を...
毎年モミガラを貰いに行っている農家さんは、相当大規模に米作りをやっている。おかげで、使い切れないほどモミガラをもらえるんだが。 先日行ったついでに話しをしていて、肥料高騰の話題となった。私が少量買う肥料は以前の倍くらいに上がっているが、その農家さんは使
同じようなタイトルの記事を、2020年5月に書いている。昨日の「再び定年起農」の中でも触れた月刊誌への連載を紹介した記事で、経緯と12ヶ月分の連載記事へのリンクも貼ってある。 毎月記事を送るといった経験はめったにないことで、全体の構成を考えつつも、
運搬用軽トラがジャンボになって、積載量が概ね75%となったことで、燻炭作り作業の様子が少々変化している。とにかく燃焼時間が短くなった。10時間+から7時間ー程度となっている。時間的には3分の2程度になっていると思う。 このため、着火時間をなるべく遅く
昨年後半、「定年起農」というキーワードで連載記事を書いたのだった。以前から来ていただいている読者さんには耳タコ(眼タコ?)で、あらためて触れるのは申し訳ないが、14年前にサラリーマンから定年により転身し、以降仕事のような趣味のような形で続けてきたことを
ちょうど定年を迎えたころにこんなこと始めて、14年目も半分が過ぎた。それまで市民農園で作物を作っていたカミさんとは違って、環境も仕事の種類もまったく違うサラリーマンを40年近くやっていた私には、相当大きな転機だった。再雇用で引き続きサラリーマンは続ける
本題に入る前に、昨日の作業に触れておこう。収穫時期に入っているジャガイモだが、梅雨の合間に何回か掘っており、昨日が最後で残りを全部掘った。今年は収穫量をちゃんと把握していなかったが、合計は700Kgほどだと思う。うちの場合、直売をやっているから想定内だが
本題に入る前に、昨日の作業に触れておこう。収穫時期に入っているジャガイモだが、梅雨の合間に何回か掘っており、昨日が最後で残りを全部掘った。今年は収穫量をちゃんと把握していなかったが、合計は700Kgほどだと思う。うちの場合、直売をやっているから想定内だが
何事にも計画があった方がいいが、逆に縛られることもあるので勝手気ままにやるのも悪くないだろう。私が14年前に田舎暮らし物件を探し始めた頃、実はあまり先の見通しは持ってはいなかった。どちらかというと勝手気まま路線だった。今振り返って考えると結構上手くやっ
当家の場合、カミさんの方が田舎暮らし=農的生活については先輩だった。(3)のロードマップでは触れなかったが、今回の更に前には(50歳の頃だろうか)、三浦半島の先端部(津久井浜)の海岸沿いのリゾートマンションを買って、週末はそこで暮らしていた。結果的に見
私のケースでは、50歳あたりから一応2地域居住をやっており、定年に際して現在の2ヶ所目に買い替えて継続したので、そのまま続いている。定年前は2ヶ所と言っても寝る場所が変わる程度だった。勤め人だから、そこでのコミュニケーションがほとんどで、地域との交流は
これまでの私のBLOG記事中で、我ながら一番と思うシリーズがある。2年ほど前に紹介記事 ”連載「定年帰農生活」を振り返る” を書いたので、ご覧になった方が多いと思うが、あえてもう一度紹介しておこう。この「耕作の薦め」の中に入れておきたいからだ。耕作とは直接関
14年間の(半)田舎暮らしのほとんどの期間を通じて、横浜の家の玄関先の直売は続けている。そもそものきっかけは2009年の春先に大量に採れたタケノコをなんとかしようと始めたことだった。そのあと、ワラビや順々にできてくるジャガイモ・野菜、そして秋のサツマ
毎年 毎年 コメ・イモ・野菜を作っているが、出来栄えや出来具合は決して同じではない。農業の先生であるご近所のおばあちゃんに言われたことがあるが、「だめなものがあっても、逆によく穫れるものがある、何も穫れなくて困ることはない」ということなんだが、確かにそ