今年は2月13日/14日の野岩鉄道・会津鉄道・飯山線(只見線は区間運休で迂回)、3月7日に只見線小出-大白川の乗り鉄に行ってます。 2ヶ月も家に居るとお尻がムズムズして何処かへ出掛けたくなります。 今回は5月10日の大学クラス会に合わせてです。 【5月10日東京へ】 クラス...
シナリー重視コンセプトで、昭和40年代風景再現を目指しレイアウト製作中、電気技術関連を充実してます。
これまで『我道を行く!』でレイアウト製作を進めてきましたが、『これからどう進む?』を考えたくなりブログを開設しました。 拙レイアウトに関する、ご感想ご意見などございましたら、ご遠慮なくコメントを頂戴できれば幸いです。
今年は2月13日/14日の野岩鉄道・会津鉄道・飯山線(只見線は区間運休で迂回)、3月7日に只見線小出-大白川の乗り鉄に行ってます。 2ヶ月も家に居るとお尻がムズムズして何処かへ出掛けたくなります。 今回は5月10日の大学クラス会に合わせてです。 【5月10日東京へ】 クラス...
北基台から東基台への背景設置が完了し、北基台北東コーナー風景製作準備が整いました。 最初は河岸段丘反対側の山地製作ですが、今回はその前説になります。 ★山地の製作法 山地製作法は、途中完結にしたCLK講座で取り上げる予定でしたので、参考に当社山地製作事例を紹介します。 今回...
基台面基準で背景画を下から上に貼る方法を得て、東基台背景画はやり直しになりました。 最初の仕事は、横方向に巻き癖の付いた背景画に縦巻きの癖を付ける作業でした。 シワや折り目に注意して巻き直し、輪ゴムを掛けて2日間放置しました。 6年間横巻き保管してたので、治る可能性低いです...
今回は延長設置設計完了した東基台背景画を貼ります。 天井が迫る狭い場所で、悪い目の位置合わせ作業は難しく、どうなる事やらです。 デジタル画像シミュレーションで決定した、設置済北基台背景に接続する174mm幅を切り出しました。 600mmスケールを持ってないので、指金を使い4...
背景設置でレイアウト建設再スタートしましたが、そうそう建設が進む訳ではありません。 間に随想ネタを挟みます、先日60年前4月の鉄道風景を紹介しましたが、その前年1965年5月の鉄道風景です。 生まれる前の読者も多い遠い昔話で、日付順にします。 1960年代に青函トンネル完成...
前回までで、北基台民家3軒固定設置するには、巡り巡って東基台背景設置をまず行わないと、北基台北東コーナー風景製作着手できない理由を解説しました。 その突破口を発見し、工事再開を軌道に乗せるプロセスが今回のテーマです。 ★背景設置の方針変更 背景にジオラマシート空採用が決定し...
前回紹介した北基台完成ストラクチャ民家3軒をレイアウト上に固定設置する為の工程設計が今回のテーマで、長らく延伸線建設工事中断に至った原因です。 ★民家3軒固定設置の必須前工程 【北基台中央ユニット】・・・薄黄色部 民家3軒を周囲の畑など風景製作して固定設置するには、河岸段丘...
複数レイアウト製作者は最初のレイアウト製作時の失敗を2作目に活かしてると思います、何事もやって見なければ解らない物です。 当社従来線は最初に線路敷設してストラクチャ配置し、後でレール・道床塗装とバラスト撒布に大変苦労しました。 【延伸線北基台北西ユニット】 その反省に基づき...
間もなくGW、観光地蓼科・白樺湖方面沿いの食品量販店には、首都圏・関西圏ナンバーの県外車が並び、地元住民はありがた迷惑なシーズンになります。 月末ですので近作俳句を5月のローカル線風景と共に紹介します。 『ローカル線』定義は曖昧ですが、新型車や優等列車が走る路線以外と大雑把...
間もなくGW、都会の皆さんが遊びに来る観光地に住んでるので、地域住民には有難迷惑な側面もあります。 60年前1966年4月の鉄道風景最終回、月末の出来事です。 この時代はモータリゼーション進化と高速道路網建設に対し、国鉄が貨物輸送への危機感を募らせた時期で、様々な試みをして...
昨日4月24日(金)午前中『本州で一番遅い染井吉野開花』で知られる、蓼科聖光寺に花見に行きました。 免許返納したので、嫁さんに連れてってもらいました。 【聖光寺山門 自宅から車で20分少々、標高1,200m蓼科山中のチョッとした平地にあります。 連休前の平日でしたが、100...
前回に続き60年前1966年4月の鉄道風景です。 前回が4月15日までの月前半、今回後半で完結しそうでさにあらず、後半は話題が多く2回になります。 飯田線・身延線は早く電化されてましたが、旧型電車に合わせたトンネル断面形状だったので、70系以降の新型電車は低屋根改造して架線...
60年前1966年4月の鉄道風景を集めました。 昭和41年は東京五輪フィーバーと大阪万博の谷間の中弛みで不景気な就職難の時代でした。 撮影日順に並べて見ました。 筆者が知る秋葉は1970年代、その後の流行発信地になったお洒落な町とは掛け離れた電気・部品屋街の雑然とした町でし...
前回の続編で同型車は軌道線、路面電車にも多く存在しました。 ただし路線廃止・縮小で他社に譲渡された車両を除き、新製車として入線した車両に限ります。 明治末-大正期に開業した軌道線は、馬車鉄道ルーツが多いのが特徴で、軽便鉄道蒸機運転ルーツが多い鉄道線と違います。 馬糞公害と馬...
前回の続編で電車草創期、私鉄が自社開発する力がなく、車両メーカー開発・製造の既製品電車を導入してた時代の話で、その結果同型車が多く存在しました。 大正後期-昭和初期は地方私鉄が電化に踏み切った時期です。 これ等地方私鉄で現在存続する各社は、京王5000系・3000系、東急7...
現在はJRを含めた鉄道各社が車両を独自設計し車両メーカーに発注する時代で、車両の多様さは正に百花繚乱、でなかったら模型メーカーはネタ切れになってたでしょう。 60年前は私鉄各社が独自設計発注を開始した時期で、小田急NSE車・東武1710系特急車両を始め、東急7000系・京王...
前回の続編『バラストテープ製作法』と『敷設実施れ』です。 CLK講座開講時は、シーナリー・ストラクチャ製作のヒントやアイディアまで紹介する予定でしたが、視力低下で工作が無理なので、講座完結にします。 ★バラストテープ製作 バラストテープは以下の手順で製作します。 様々なタイ...
昨年3月『KATO小型レイアウト製作講座』として開講し、途中から『CLK講座』と名称変更して、ユニトラック使用の定尺サイズレイアウト製作法を17回に渡り紹介しました。 ◆CLK講座 線路敷設❸カント・・・2025.06.06更新 『ホームと駅舎』『駅構内線路配置』『4連⇒6...
前回『墨東の都電』で隅田川東部東京下町で、錦糸町を中心にまだ元気だった都電網の話をしました。 今回は消えゆく都電の話です。 1966年5月28日の運転で、都電41系統巣鴨-志村橋間の志村線が廃止されました。 この路線は、池袋から北へ山手線(赤羽線)、北西へ東武東上線が放射状...
『墨東』は聞き慣れない言葉です、筆者も『何?』と思いましたが、『墨』は墨水隅田川の雅号だと気付きました。 つまり古くは本所・深川と呼ばれた江東区・墨田区・江戸川区・葛飾区の東京下町を差す言葉です。 著者は『同じ都電でも都心や山の手を走る都電とは性格が違うから、隅田川東エリア...
1945年8月15日、日本の無条件降伏により、突如南樺太は日本の領地ではなくなりました。 非戦闘員として南樺太の開発に励んできた鉄道省樺太鉄道局職員は、その日をどう迎えその後どうなったのでしょうか、当事者の証言記録が残ってますので紹介します。 【タイトル画像】 樺太庁から鉄...
樺太の鉄道シリーズはあまり人気ありません。 若い世代の方には、生まれる数十年前消滅した昔話には興味が湧かないのでしょう。 さて筆者こだわりの只見線ですが。 【4月2日只見線運行情報】 数日置きに確認してますが、桜前線北上開始しても一向に大白川-只見間の運転開始される様子があ...
今回は樺太庁に1941年買収された私鉄樺太鉄道の蒸気と気動車の話です。 【タイトル画像】 本シリーズVol.2で解説した様に樺太鉄道は王子製紙が中心となり、富士製紙・樺太工業3社共同出資で、パルプ・紙製品原料木材輸送と、工場燃料石炭輸送目的で落合-敷香間に開業した路線です。...
月末なので俳句の回ですが、鉄道・旅俳句は種切れです。 昨年秋の作句で、機関誌最新号に入選・掲載された拙句をレイアウト風景と共に紹介します。 昨年10月句会は『刈田』が兼題でした、稲刈りが終わり株だけ残った水田の様子で、晩秋10月の季語です。 兼題とは句会の『お題』で、季語が...
樺太の鉄道が軍用軽便鉄道として産声を上げ、1910年(明治43年)11月5日の1067mm改軌を経て、大正・昭和期に発展してきた歴史を見て来ました。 【タイトル画像】 今回は改軌後の樺太庁鉄道で活躍した蒸機たちの話です。 鉄道院所管外の樺太庁鉄道最初の蒸機は鉄道院からの借入...
シリーズ初回に樺太の鉄道発祥と民政化後樺太庁鉄道となり、1067mm改軌後豊原-栄浜まで延伸開業した明治期の歴史を見て来ました。 今回は大正・昭和期の鉄道建設、1943年4月に樺太庁鉄道が鉄道省に移管されるまで30年余の鉄道発展の話です。 【タイトル画像】 この写真撮影者西...
戦前朝鮮半島・満州と共に日本統治下にあった南樺太(北緯50度以南)にも日本の鉄道路線が1906年-1945年の40年間存在してました。 昨年『満鉄シリーズ』で南満州鉄道を紹介しましたが、樺太の鉄道は歴史のベールに包まれ知られてません。 勿論筆者が生まれる前に消滅した鉄道なの...
国鉄操車場は以下記事で新鶴見操車場を紹介してます。 1965年当時の国鉄職員数は40万人、その内10%の4万人が操車場で働く職員でした。 ◆ツル操の話 分解作業・・・2025.01.10更新 ◆ツル操の話 組成作業・・・2025.01.13更新 【上記記事より転載】 到着貨...
シリーズ最終回は中京圏より東と北の国鉄関連話題の紹介です。 【タイトル画像】 1966年は、1964年東京五輪の建設ラッシュで続いた右肩上がりの成長が一段落した時期でした。 経済成長減速し、戦後始めて就職難と言われた年で『大学は出たけれど』と言われました。 1970年大阪万...
本シリーズ最後は国鉄関連話題の紹介です。 【タイトル画像】 1964年赤字に転落した国鉄は、1960年開始の『生産性向上運動』で労使対立が泥沼化し、都市部で激増する通勤通学客対応に追われてました。 次々建設される赤字確実新線運行・電化・複線化・無煙化推進の変化の時代に対処し...
前回は大白川到着まででした。 12月6日会津若松から乗車列車は、会津川口で小出13:12発と交換し、大白川で小出16:12発と交換するダイヤでした。 つまり、大白川-只見間運行中なら、会津川口交換列車で引き返すのが日帰り計画でした。 大白川-会津川口間8駅48kmを片道1時...
筆者は65歳時に加齢黄斑変性が発見され、進行を抑える注射手術を年3回受け続けてます。 白内障はカメラレンズ曇りに相当し、黄斑変性はフィルム感度低下です。 更にレンズフィルタ汚れに相当する遺伝性角膜変性があり、眼科医が眼底を良く見えないほどでした。 3年前運転免許更新は視力0...
今回は地方私鉄・路面電車・鉄道関連その他の話題紹介です。 【タイトル画像】見て 大手私鉄が勢力を伸ばした一方で、赤字地方私鉄・交通渋滞の原因になった路面電車が次々廃止された公共交通再編の時代でした。 70系と113系が擦れ違う画像をタイトルに選んだのは、新旧交替を象徴してる...
国鉄以外の鉄道、大都市圏大手私鉄とその傘下の都市近郊路線の話題を紹介します。 【タイトル画像】見て この時代は大手私鉄が、路線延長・車両大型化・長編成化・地下鉄相互乗入を開始し輸送力増強に努めてました。 関東大手私鉄では先日紹介した東急田園都市線開業を4月1日に控えその話...
60年前1966年3月の鉄道風景紹介です。(一部1966年2月が含まれます) ★新線建設 国鉄の新線建設は、全国一様な交通インフラ整備の美名の基、明治期以降建設一本鎗で政治主導で進められてきました。 1960年代から欧州各国で赤字ローカル線廃止が始まり、国内でも1964年国...
中央東線の松本電化は1965年7月に完成し、10月ダイヤ改正で165系急行『アルプス』運転が開始されました。 松本電化に先立ち1965年4月に松本機関区が廃止され、松本運転所が誕生した様子は以下記事で紹介しました。 ◆松本運転所・・・2025.07.21更新 新宿から大糸線...
先日『房総の鉄道シリーズ』番外編として、1966年3月16日開業の営団地下鉄東西線の話をしました。 その半月後1966年4月1日開業路線がありました、東急田園都市線です。 高校時代の部活で1965年5月沿線実地踏査、新婚生活鷺沼でスタート、諏訪転居まで沿線が通勤ルートと思い...
あっと言う間に2月末、2026年の1/6終了です。 月末ですのでこの季節の鉄道写真と共に、俳句を紹介します。 鉄道・旅関連句は種切れになりそうです。 【2月27日現在】 本題の前に、2月13/14日の旅以降、只見線運行情報を注視してます。 2度跳ね返されると、意地でも未乗小...
ポイント切替講座番外編『TOMO36』さんの疑問に答える - 拙ブログはレイアウト製作電気関係技術データベースとして利用されてる様で、過去記事のアクセスが多いのが特徴です。 先日も組立式お座敷運転レイアウトから固定式レイアウト移行をお考えの『TOMO36』さんから、8年半前...
只見線・飯山線乗り鉄旅 Vol.4 - 旅行記最終回は、新津から迂回ルートで飯山線乗車、帰宅までです。 【タイトル画像】 春の様な暖かさの新津駅構内で信越本線列車を待ってる際、3月14日実施のJR運賃改定案内が構内アナウンスで流れてました。 諸物価高騰の折、運賃値上げは小幅...
只見線・飯山線乗り鉄旅 Vol.3 - シリーズ3回目、旅行記続編です。 【タイトル画像】 会津田島駅で只見線運行情報確認しても、明日14日運行がどうなるかの情報なし、会津若松駅で確認するしかありません。 その前に初乗車の会津鉄道、旧国鉄会津田島線です。 ★会津鉄道(旧会津...
只見線・飯山線乗り鉄旅 Vol.2 - 前回週間天気予報で2月13日-15日に冬型が緩み、福島県南部・新潟県・長野県北部が春先の様な気候になると解り、急遽13/14日両日に乗り鉄旅決行を決断した経緯を紹介しました。 13日出発し、新宿到着、食糧・飲料調達で一旦切りました、そ...
営団地下鉄東西線 - 今回は『房総の鉄道』シリーズ番外編として、Vol.2『新線建設と線蔵による輸送力増強』で簡単に触れた営団地下鉄東西線の話です。 【タイトル画像】・・・房総西線 江見付近 1966.01.08 1964年東京五輪直前に営団地下鉄日比谷線が全通し、東急・東...
只見線・飯山線乗り鉄旅 Vol.1 - 昨年12月、只見駅停電事故で撤退を余儀なくされてた只見線完乗と、飯山線乗車をセット、往路に野岩鉄道・会津鉄道乗車を加えたリベンジ雪見旅を計画してました。 ◆冬の旅どうする?・・・2026.01.05更新 【タイトル画像】 計画完成した...
房総の鉄道 Vol.6 房総の地方私鉄 - シリーズ6回目は房総の地方私鉄の話です。 ただしシリーズVol.2『民営鉄道と国有化』で解説した消えた軽便鉄道『九十九里鉄道』と『夷隅軌道』は除外します。 【タイトル画像】・・・房総西線 江見付近 1966.01.08 房総には大...
房総の鉄道 Vol.5 気動車王国 - シリーズ5回目は、房総が『気動車王国』と呼ばれる様になった経緯と背景です。 【タイトル画像】・・・房総西線 江見付近 1966.01.08 日本の気動車発展のルーツ機械式気動車については以下記事をご参照ください。 ◆国鉄型キハのご先祖...
60年前2月の鉄道風景 - この週末は全国的に荒れた天候で、諏訪も初の本格的降雪で10㎝強積もりました。 成人式から2回の寒波で諏訪湖が全面結氷し、8年振りの御神渡り出現が期待されましたが、今年も出現せず、記録の残る室町時代からの最長記録に並びました。 さて、60年前と言う...
房総の鉄道 Vol.4 蒸機とDL - シリーズ4回目は、前回紹介した在籍蒸機・DLが房総で働く姿です。 【タイトル画像】・・・房総西線 江見付近 1966.01.08 昨年末から『戦後80年』『60年前年末・年始』『房総の鉄道』とシリーズ物を続けてますが、テーマを絞って掘...
房総の鉄道 Vol.3 在籍車両の変遷 - シリーズ3回目は房総を走った車両達です。 ただし客貨車は除外し、千葉まで電化時代で、旧型国電の101系置き換えが始まった頃なので、電車も除外します。 【タイトル画像】・・・房総西線 江見付近 1966.01.08 つまり、房総を走...
房総の鉄道 Vol.2 民営鉄道と国有化 - シリーズ2回目は房総の鉄道網形成の歴史です。 総 【タイトル画像】・・・房総西線 江見付近 1966.01.08 前号で触れませんでしたが、房総西線江見駅は終着安房鴨川近くの外房側に位置し、後方の海は東京湾でなく太平洋、冬でも霜...
房総の鉄道 Vol.1 両国駅と千葉駅 - 房総は太平洋に張り出し東京湾を内海にする半島名で、旧国名『安房』『上総』『下総』に因んだ命名です。 現在の千葉県に当たり、この地に鉄道が敷設されたのは明治期末で、『下総』と『武蔵』の国を結ぶ総武鉄道として誕生しました。 【タイトル...
北海道旅の思い出と俳句 - ブログでは主に旅や鉄道関係の句を紹介してますが、原則として投句して入選し、機関誌に掲載された句を紹介してます。 例えば6月旅行の作句は7月下旬句会に提出し、感想・評価を得た上で、毎月20日〆切の8月20日に投句します。 入選作が掲載された10月号...
向ヶ丘遊園モノレールの話 - 大手私鉄が鉄道敷設を始めた明治末1911年(明治44年)、阪急電鉄は利用客増加策として沿線宝塚に遊園地(2003年閉園)を開園し大成功を収めました。 関東大手私鉄は阪急に倣い、京成は八津遊園(1925年-1982年)、西武は豊島園(1926年-...
60年前年末・年始の鉄道風景 Vol.6 - シリーズ最終回は、無煙化本格始動時代のDLとその他の話です。 国鉄が無煙化を最優先したら幹線DD51、ローカル線DE10大量投入で2年は前倒し可能でした。 この時代に国鉄が民営化されてればその選択をしたでしょうが、無煙化数年後に...
60年前年末・年始の鉄道風景 Vol.5 - シリーズ5回目は電機の話です。 1960年台前半はそれまでの茶色いデッキ付電機に変わり新型電機が次々登場した時代でした。 【タイトル画像】 【EF65 鉄道P誌カラーグラビアより】 EF60番台直流電機60-65は用途・軸配置・...
60年前年末・年始の鉄道風景 Vol.4 - シリーズ4回目は私鉄車両の話で、大手私鉄・地方私鉄・ナロー私鉄・路面電車の順で纏めました。 今週は日曜日更新したので、隔日更新になります。 【タイトル画像】 ★大手私鉄車両 トップバッターは特急列車、それも豪華な通勤特急です。 ...
冬の旅と高齢者講習 - 成人式寒波で日本海側に大雪が降り、豪雪地帯雪見旅の環境が整いました。 週間天気予報で3日好天が続きそうなら、即決行の1泊2日旅計画ができてます。 ◆冬の旅どうする?・・・2026.01.03更新 後は『冬晴れ』の天気待ちなのですが、連休明けに旅の行程...
連接車の話 - 『連接車』と聞いて皆さんはどんな車両を思い浮かべるでしょうか?。 首都圏在住の方は小田急SE・NSE車、関西在住の方は近鉄ビスタカーかもしてません。 地方都市路面電車車両の方も居るでしょう、今回はその連接車の話です。 鉄道ファンなら連接車を目にした経験をお持...
60年前年末・年始の鉄道風景 Vol.3 - シリーズ3回目は国鉄車両、機関車は別に纏めますので、電車・気動車・客車の話です。 【タイトル画像】 1965年末は自家用車爆発的普及黎明期で、帰省・初詣・スキー客輸送の為に、国鉄は手持ち車両総動員で臨時列車を大増発してました。 ...
60年前年末・年始の鉄道風景 Vol.2 - シリーズ2回目は全廃まで10年を切った蒸機です、年末・年始に活躍する姿です。 第一次SLブームは1965年から始まったと言われてます。 鉄道マニアでない一般人からは『早く消えて欲しい古臭い物』と見られてたのが実情でした。 【タイ...
60年前年末・年始の鉄道風景 Vol.1 - 60年前1965年末、筆者は高校1年生でした。 ようやく一人旅が許されましたが、行きたい処は山ほどあれど旅費がない、鉄道模型の他に登山にも嵌ってました。 バイトで稼ぎたくても受験戦争の最中にあり、勉強頑張らないと将来が覚束ない環...
只見線の話 - 昨年末の旅で完乗を逃した只見線(旧会津線)の60年前の様子が、鉄道P誌に掲載されてるので紹介します。 2月実施予定1泊2日旅で、野岩鉄道・会津鉄道・只見線未乗区間訪問を計画してるので、寒い時期の豪雪地域旅モチベーションアップも狙ってます。 会津線に『戦前のま...
冬の旅どうする? - 先月の『初冬の東北乗り鉄旅』は只見線完乗を逃す残念な結果に終わりましたが、旅行中に青森地震が発生しなかったのが不幸中の幸いでした。 リベンジで積雪期只見線完乗したいと考えてます。 年間3回の『大人の休日俱楽部パス』最終回受付が始まり、1月19日-26日...
ゆく年くる年路面電車編 - 大晦日の夜はTVを見て過ごしました。 満10年を迎え11年目に入った節目、何か変化をと考え更新時間を変更する事にしました。 ロフトは3階とか俳句は17音とかありましたが、どうせ早くするなら1日最初の1分00:01とし、元日真夜中に更新しました。 ...
謹賀新年 - 2026年、拙ブログ11年目の年が明けました、本年もよろしくお願いします。 『正月は冥途の旅の一里塚めでたくもありめでたくもなし』という言葉があります。 正月早々縁起でもないと現役世代の方は言われるかもしれませんが、一休禅師の言葉です。 正月特集は北辺の蒸機た...
2025年を振り返る 下半期 - 今年下半期は6月28日出発の北海道乗り鉄旅で始まりました。 前年5月空路旭川入りして、レンタカーで6日間周遊したのに続き、2年連続の北海道です。 【東京駅高架1番線】 この1年で車の運転が法的に認められても危険で自粛するしかない状態変化があ...
2025年を振り返る 上半期 - 拙ブログは『レイアウト製作サブカテゴリー』に参加し、遅々とではありますが延伸線建設を進めて来ました。 昨年2024年は、『このままでは健康寿命内に完成しないの危機感』を持ち、年初から中断してた建設を鋭意再開しました。 【東基台製作】・・・2...
ブログ開設満10周年 - 本日で拙ブログ開設満10年の節目を迎えました。 開設時にこれほど長く継続するとは全く考えてませんでした、開設時に65歳の高齢者だったからです。 すでに後期高齢者になりました。 継続できたのは筆者駄文を読んでくださる読者の皆様のお陰です。 改めて読者...
終戦直後の改革と鉄道事件・事故 - 今回は戦後80年シリーズのエピローグ、終戦直後の改革と鉄道事件・事故の話です。 【本シリーズイメージ画像】 日本の占領統治を開始したGHQは、自由主義の民主国家として再出発させる為の荒療治を次々に実施しました。 GHQの5大改革と言われる...
終戦前後の鉄道❹ 機関区編 - 旅行記で中断してた『戦後80年シリーズ』を完結させて今年の締めにしたいと思います。 今回は機関区畑を歩いた鉄道省職員の終戦前後の回想録からです。 【本シリーズイメージ画像】 終戦前後に同じ鉄道を支え復興に携わった方達でも、その担当業務・地域に...
初冬の東北乗り鉄旅❼ 爆弾処理の結末 - 会津川口駅は自宅から直線距離300km少々です。 しかし国内で最も交通の便が悪い場所で、時間距離は約8時間、春の北海道旅では函館の先まで8時間でした。 停電回復に賭けて乗車列車に腰を据えるか、今来た道を引き返すか即決しなくてはなりま...
初冬の東北乗り鉄旅❻ 爆弾埋まってた最終日 - 起床後『只見線運行情報』『磐越西線運行情報』確認すると、磐越西線は平常通り、只見線は会津若松・小出上下始発列車が大雪の為遅延と出てました。 磐越西線は山都までしか乗車経験がないので、会津若松に向かい、只見線運転状況により、只見...
初冬の東北乗り鉄旅❺ 何とか順調だった四日目 - 『初冬の東北乗り鉄旅』四日目です、前日強風の影響で1時間遅延発生の五能線乗車が最初です。 青森北部から東北出外れて新潟までの長距離移動です。 出発時に酒田から先はオプションの特急移動に決まました。 新潟に2時間強早着できます...
初冬の東北乗り鉄旅❹ 風雪警報発令の三日目 - 『初冬の東北乗り鉄旅』三日目です、前夜ホテル帰着後風雪警報が発令された地域への行程をどうするか検討しました。 当初計画は北上線・秋田内陸縦貫鉄道・津軽鉄道の3線乗車でしたが、一番積雪影響を受け易いのは秋田内陸縦貫鉄道と考えまし...
初冬の東北乗り鉄旅❸ 雨に祟られた二日目 Vol.2 - 旅二日目の後半です、宮古10:50発の乗車列車は北に向かいました。 【直進するリアス線】 宮古から先のリアス線は線形が一変します。 カーブを減らし可能な限り直進、山があればトンネルで突破の新幹線式敷設法です、建設年代...
初冬の東北乗り鉄旅❷ 雨に祟られた二日目 Vol.1 - 『初冬の東北旅』二日目です。 これまでにない早い行動開始時間は、北上連泊にして身軽に行動可能にする事と、日が短い時期の明るい時間帯に釜石線・リアス線・八戸線に乗れる唯一の方法だからです。 前夜北上到着時に仕入れた午前...
初冬の東北乗り鉄旅❶ 日程大番狂わせの初日 - 9月に計画した『初冬の東北乗り鉄旅』に、12月2日出発しました。 11月26日から12月5日出発限定の5日間乗り放題割引切符ですが、津軽鉄道ストーブ列車が12月1日運転開始な事とホテル予約の都合でこの日出発になりました。 【大...
終戦前後の鉄道❸ 鉄道省編 - 今回は終戦前後、戦後国鉄になる前の鉄道省車両の話です。 【本シリーズイメージ画像】 戦時中軍需貨物輸送と兵員輸送を、人手不足・資材不足状況下で客貨車を酷使した鉄道省の車両整備は最悪の状態で、戦災焼失が加わり数も圧倒的に不足してました。 何両喪...
終戦前後の鉄道❷ 私鉄編 - 前回東京空襲で痛め付けられた都電終戦前後を紹介しました、今回は私鉄編です。 【本シリーズイメージ画像】 サイパン島基地から日本全土が空襲可能圏内になり、米軍爆撃は個別軍事目標に通常爆弾を使用する事はあっても、主体は焼夷弾による焦土作戦でした。 ...
終戦前後の鉄道❶ 都電編 - 今年2025年は戦後80年の節目に当たり、戦争の記憶を持つ国民の数は減り続けてます。 戦争体験を風化させてはならないと言う意識の発現でしょうか、終戦記念日前後には多くの戦争体験に係わる特別番組が放送されました。 【本シリーズイメージ画像】 60...
雪の鉄道風景 - 北国から雪の便りが聞こえてきます。 筆者は酔狂にも寒く日の短い時期に東北地方乗り鉄旅に出掛けます。 留守中の場繋ぎに雪の鉄道風景をご覧ください、 土砂災害を引き起こす大雨も鉄道の脅威ですが、雪もまた列車運行を妨げる難物でした。 豪雪地帯となれば猶更で、ダイ...
松本電化に想う事 - 昨年12月13日に中央東線甲府-上諏訪間電化開業の話を公開しました。 話の中心は諏訪市博物館運転会に出展された電化前上諏訪駅再現ジオラマでした。 上諏訪機関区に給水塔がない事に驚き、発注諏訪市側・製作鉄道同好会双方の知識不足に『蒸機は遠くなりにけり』と...
仙台鉄道盛衰記 - 仙台鉄道は1960年に全線廃止された軽便鉄道で、以前簡単に紹介しました。 残された資料が少なく詳細は不明でした。 仙台北部の東北本線に素通りされた地域の鉄道で、資金難とモータリゼーション発達で旅客が減り、廃止に追い込まれたと理解してました。 今回新しい資...
花輪線・山田線・釜石線の話 - 先日東北地方最北端の大湊線・大畑線・津軽線の話でしたので、今回はその南側の筆者乗車経験がある路線の話です。 近々出発予定『初冬の東北乗り鉄旅』で三陸鉄道リアス線乗車予定ですが、日暮れがこんなに早かったっけ?と心配、17時はもう暗いです。 ★花...
京王電鉄の車両❷ 井の頭線 - 前回書いた様に渋谷-吉祥寺間の井の頭線は、1934年帝都電鉄路線として開業しました。 戦時大統合の大東急時代を経て戦後に分裂し、小田急グループ時代は代田橋付近に連絡線が存在しましたが、京王帝都電鉄になった後撤去されました。 京王線は馬車軌道に...
京王電鉄の車両❶ 京王線 - 筆者は2004年-2010年の現役最後の6年間を東京へ単身赴任し、調布のアパートから新宿のオフィスへ京王線で通いました。 子供の頃、5000系特急に乗り鉄に行った経験もある路線です。 今回は京王線のの車両たちの紹介です。 【京王5000系(初代...
大湊・大畑・津軽線の話 - 筆者若い頃の旅は『知らない土地を見たい』の一心で、お金の掛かる『撮り鉄』はできず、と言って行った場所を塗り潰す『乗り鉄』でもなく、あえて言うならば『旅鉄』でした。 知らない土地は見たいけれど、盲腸路線往復は時間の無駄と、その先に目的がなければパス...
H君の思い出 - 今回は筆者を『鉄』の道に導いたH君の思い出ですが、昔話を少々。 筆者初乗車鉄道車輛は東急3000系で、黄土色と青ツートンカラーの電車でした。 記憶はありませんが、居なくなって大騒ぎになり、もしやと母が最寄り祐天寺駅に行くと、踏切脇で電車を眺めてた筆者を発見...
キハ91の話 - 先日公開した『国鉄貨物用大型電機の系譜』のネタ本が鉄道P誌1966年6月号です。 表紙にEF13・15・16・18特集の記載ありますが、表紙写真は試作気動車キハ91です。 【鉄道P誌1966年6月号表紙】 鐡道P誌表紙には特集記事車両や話題の新車が使われる...
四国の私鉄と車両 伊予鉄道❷ - 伊予鉄道2回目は、1966年廃止を免れ電化存続が決まった横河原線と市内線です。 【伊予鉄道❶より転載】 横河原線・森松線は開業以来赤字続きで、1931年1067mm改軌は実施しましたが、投資回収見込みがないと電化は見送られました。 1965...
晩秋の鉄道風景 - 今日は立冬、暦の上では冬に入ります。 でも実感は晩秋『秋深し』ですね、そこで今回は晩秋の鉄道風景を集めてみました。 東武鉄道31号機は明治生まれの軸配置4-4-0、3軸テンダーの古典蒸機です。 ワフ1両牽いて日光線の渡良瀬川橋梁を渡って行きます。 堤防上...
四国の私鉄と車両 伊予鉄道❶ - 伊予鉄道は1887年(明治20年)設立され、翌1888年松山とその外港三津間に762mm軌間の軽便鉄道として開業しました。 日本初の軽便鉄道であり、中国四国地方初の鉄道でした。 木材を関西へ供給する事業主の創業者が、三津浜-関西間船賃より、...
四国の私鉄と車両 高松琴平電鉄 - 高松琴平電鉄は、宇高連絡船開業3年後1913年に瓦町-志度間、現在の志度線開業に始まり、その後市内線(戦災廃止)で瓦町-高松駅前を結び、直通運転を開始しました。 瓦町-琴電琴平間、現在の琴平線は高速鉄道規格で建設され、1927年開業しまし...
山行とステーション・ビバークの想い出 - 今回は若い頃の登山の想い出と、山行や北海道貧乏旅で経験したステーション・ビバークの想いで話と雑感です。 ご存じない方の為に用語解説します。 『ビバーク』とは登山用語で、当初計画外の場所で緊急避難的に宿泊する事で、風雨で宿泊予定テント...
四国の私鉄と車両 その1 - 60年前四国の国鉄蒸機・DL・DC・宇高連絡船に加え、85年前の古典客車に係わる古い話を紹介してきました。 今回は四国の私鉄と車両の話です。 最初は南国土佐から土佐電鉄です。 当時は高知市内及び高知-伊野町・南国市(御免)を結ぶ軌道線と、御免-...
四国シリーズが続きます、今回は1966年時点の新線建設がテーマです。 2022年、2023年に訪問した予土線については、これまで何度か記事公開してます。 ◆中村線と予土線に想う事・・・2025.04.23更新 四国電力OBの友人が居ます、電力会社最重要ミッションは『安定供給...
シリーズ5回目は、四国と本州を結ぶ宇高連絡船の話です。 1910年(明治43年)宇野線が開業し、それまで岡山港-高松港、及び尾道港-多度津港連絡船で担ってた本四連絡を統合し、宇高連絡船運航が始まりました。 開業時は旅客輸送だけでしたが、1921年に貨車積載艀(はしけ)曳航で...
1940年(昭和15年)は今から85年前、筆者が生まれる10年前の話です。 と言ってもこの記事が書かれた1966年からは四半世紀前、壮年期に入った著者が昔の思い出として書いた記事です。 記事タイトル『四国受難記』に対して『汽車を訪ねて』とルビがふってあります。 戦前の鉄道フ...
シリーズ3回目は『四国先行完全無煙化計画』で大量増備されえたDCの話です。 【前回記事より】 四国支社発足1959年(昭和34年)の無鉛化率45.6%で在籍DC99両でした。 6年後1965年には303両で3倍増、一方客車は338両から235両と103両減ってます。 ザッと...
前回四国に72両残ってた蒸機の話をしました、実は72両全てが3年で消える運命で、今回はその経緯と四国のDLの話です。 国鉄は本線用DLとしてDD50・DF50を開発・配備しましたが、大型蒸機置替えには力不足で、DD51登場を待つしかありませんでした。 DD51大量増備で無煙...
今年は2月13日/14日の野岩鉄道・会津鉄道・飯山線(只見線は区間運休で迂回)、3月7日に只見線小出-大白川の乗り鉄に行ってます。 2ヶ月も家に居るとお尻がムズムズして何処かへ出掛けたくなります。 今回は5月10日の大学クラス会に合わせてです。 【5月10日東京へ】 クラス...
北基台から東基台への背景設置が完了し、北基台北東コーナー風景製作準備が整いました。 最初は河岸段丘反対側の山地製作ですが、今回はその前説になります。 ★山地の製作法 山地製作法は、途中完結にしたCLK講座で取り上げる予定でしたので、参考に当社山地製作事例を紹介します。 今回...
基台面基準で背景画を下から上に貼る方法を得て、東基台背景画はやり直しになりました。 最初の仕事は、横方向に巻き癖の付いた背景画に縦巻きの癖を付ける作業でした。 シワや折り目に注意して巻き直し、輪ゴムを掛けて2日間放置しました。 6年間横巻き保管してたので、治る可能性低いです...
今回は延長設置設計完了した東基台背景画を貼ります。 天井が迫る狭い場所で、悪い目の位置合わせ作業は難しく、どうなる事やらです。 デジタル画像シミュレーションで決定した、設置済北基台背景に接続する174mm幅を切り出しました。 600mmスケールを持ってないので、指金を使い4...
背景設置でレイアウト建設再スタートしましたが、そうそう建設が進む訳ではありません。 間に随想ネタを挟みます、先日60年前4月の鉄道風景を紹介しましたが、その前年1965年5月の鉄道風景です。 生まれる前の読者も多い遠い昔話で、日付順にします。 1960年代に青函トンネル完成...
前回までで、北基台民家3軒固定設置するには、巡り巡って東基台背景設置をまず行わないと、北基台北東コーナー風景製作着手できない理由を解説しました。 その突破口を発見し、工事再開を軌道に乗せるプロセスが今回のテーマです。 ★背景設置の方針変更 背景にジオラマシート空採用が決定し...
前回紹介した北基台完成ストラクチャ民家3軒をレイアウト上に固定設置する為の工程設計が今回のテーマで、長らく延伸線建設工事中断に至った原因です。 ★民家3軒固定設置の必須前工程 【北基台中央ユニット】・・・薄黄色部 民家3軒を周囲の畑など風景製作して固定設置するには、河岸段丘...
複数レイアウト製作者は最初のレイアウト製作時の失敗を2作目に活かしてると思います、何事もやって見なければ解らない物です。 当社従来線は最初に線路敷設してストラクチャ配置し、後でレール・道床塗装とバラスト撒布に大変苦労しました。 【延伸線北基台北西ユニット】 その反省に基づき...
間もなくGW、観光地蓼科・白樺湖方面沿いの食品量販店には、首都圏・関西圏ナンバーの県外車が並び、地元住民はありがた迷惑なシーズンになります。 月末ですので近作俳句を5月のローカル線風景と共に紹介します。 『ローカル線』定義は曖昧ですが、新型車や優等列車が走る路線以外と大雑把...
間もなくGW、都会の皆さんが遊びに来る観光地に住んでるので、地域住民には有難迷惑な側面もあります。 60年前1966年4月の鉄道風景最終回、月末の出来事です。 この時代はモータリゼーション進化と高速道路網建設に対し、国鉄が貨物輸送への危機感を募らせた時期で、様々な試みをして...
昨日4月24日(金)午前中『本州で一番遅い染井吉野開花』で知られる、蓼科聖光寺に花見に行きました。 免許返納したので、嫁さんに連れてってもらいました。 【聖光寺山門 自宅から車で20分少々、標高1,200m蓼科山中のチョッとした平地にあります。 連休前の平日でしたが、100...
前回に続き60年前1966年4月の鉄道風景です。 前回が4月15日までの月前半、今回後半で完結しそうでさにあらず、後半は話題が多く2回になります。 飯田線・身延線は早く電化されてましたが、旧型電車に合わせたトンネル断面形状だったので、70系以降の新型電車は低屋根改造して架線...
60年前1966年4月の鉄道風景を集めました。 昭和41年は東京五輪フィーバーと大阪万博の谷間の中弛みで不景気な就職難の時代でした。 撮影日順に並べて見ました。 筆者が知る秋葉は1970年代、その後の流行発信地になったお洒落な町とは掛け離れた電気・部品屋街の雑然とした町でし...
前回の続編で同型車は軌道線、路面電車にも多く存在しました。 ただし路線廃止・縮小で他社に譲渡された車両を除き、新製車として入線した車両に限ります。 明治末-大正期に開業した軌道線は、馬車鉄道ルーツが多いのが特徴で、軽便鉄道蒸機運転ルーツが多い鉄道線と違います。 馬糞公害と馬...
前回の続編で電車草創期、私鉄が自社開発する力がなく、車両メーカー開発・製造の既製品電車を導入してた時代の話で、その結果同型車が多く存在しました。 大正後期-昭和初期は地方私鉄が電化に踏み切った時期です。 これ等地方私鉄で現在存続する各社は、京王5000系・3000系、東急7...
現在はJRを含めた鉄道各社が車両を独自設計し車両メーカーに発注する時代で、車両の多様さは正に百花繚乱、でなかったら模型メーカーはネタ切れになってたでしょう。 60年前は私鉄各社が独自設計発注を開始した時期で、小田急NSE車・東武1710系特急車両を始め、東急7000系・京王...
前回の続編『バラストテープ製作法』と『敷設実施れ』です。 CLK講座開講時は、シーナリー・ストラクチャ製作のヒントやアイディアまで紹介する予定でしたが、視力低下で工作が無理なので、講座完結にします。 ★バラストテープ製作 バラストテープは以下の手順で製作します。 様々なタイ...
昨年3月『KATO小型レイアウト製作講座』として開講し、途中から『CLK講座』と名称変更して、ユニトラック使用の定尺サイズレイアウト製作法を17回に渡り紹介しました。 ◆CLK講座 線路敷設❸カント・・・2025.06.06更新 『ホームと駅舎』『駅構内線路配置』『4連⇒6...
前回『墨東の都電』で隅田川東部東京下町で、錦糸町を中心にまだ元気だった都電網の話をしました。 今回は消えゆく都電の話です。 1966年5月28日の運転で、都電41系統巣鴨-志村橋間の志村線が廃止されました。 この路線は、池袋から北へ山手線(赤羽線)、北西へ東武東上線が放射状...
『墨東』は聞き慣れない言葉です、筆者も『何?』と思いましたが、『墨』は墨水隅田川の雅号だと気付きました。 つまり古くは本所・深川と呼ばれた江東区・墨田区・江戸川区・葛飾区の東京下町を差す言葉です。 著者は『同じ都電でも都心や山の手を走る都電とは性格が違うから、隅田川東エリア...
レイアウト基台が完成したので次は線路敷設へ進みたい処ですが、その前に調達レールにも係わるギャップとフィーダー設置位置を決めます。 また『建設費用を抑える』狙いで設計しましたが、敷設に必要なレール類をリストアップします。 【TMS表紙を飾ったレイアウト】 ★ギャップとフィーダ...
筆者の趣味は鉄道模型レイアウトと70歳で始めた俳句の二刀流、月に一度程度は旅俳句ネタも良いだろうと、先月紹介した昨年5月の北海道旅の作句を紹介します。 【旧標津線沿線】 悪天候で撮影できなかった落石を予定変更して14日始発列車を撮影してから、厚床まで引き返し標津線廃線跡を辿...
前回図面作成が追い付かず持ち越しになった続編です。 【TMS表紙を飾ったレイアウト】 ★基台の強度確保 4辺痩躯面板接着乾燥後にすぐ行う工程ですが、回を跨いでしまいました。 一旦役目を終えた30mmキューブ材の接着加工を行います。 6個縦積みと3個縦積みの2種です。 出っ張...
予告したスタイロフォーム使用基台の製作法解説です。 筆者はスタイロフォーム使用経験はありますが、レイアウト基台製作経験はありません。 【延伸線エリア天井断熱DIY施工】 使用経験は屋根裏レイアウトルーム断熱工事で40mm厚スタイロフォームを使用しました。 それで基台製作法解...
前回まで3回に渡り国鉄型機械式気動車の歴史を追ってきました。 国鉄(鉄道省)が気動車開発に期待した小単位・多回数・高速運転は、地方私鉄に於いても全く同じで、運転経費が嵩む蒸機運転合理化策として、地方私鉄各社でも採用する動きが広がりました。 特にキハ39500(41000)が...
前回1952年のガソリン動車終焉まで、国鉄型気動車の歴史を追いました。 最後に登場したキハ41500・キハ42500は戦後復興の旅客輸送増大期に活躍しましたが、統括制御ができず多連運転できない欠点がありました。 気動車の内燃機関はモーターと異なり無負荷起動が必要で、自動車と...
今回は前回に続き調達した1x4材、2x4材を使ったレイアウト基台の組立法解説です。 前回更新でスタイロフォーム利用基台は絶対的強度不足で、配線収納スペース確保不能で本講座対象外にした事に対し、『一読者』さんからコメントを頂戴しました。 40年間の空白を経て2013年~201...
キハ二5000に始まったレール上を走る自動車ガソリン動車は、わずか23年で国鉄から姿を消しました。 現在隆盛を誇るディーゼル動車の直系のご先祖登場は、ガソリン動車に5年遅れの1934年、キハ41000の機関換装改造した試作車キハ41500でした。 当時のディーゼル機関は船舶...
鉄道発祥以来長らく動力源だった蒸気機関は、低い熱変換効率と高い運転コストを克服する技術開発がないまま捨て去られて50年経過しました。 現在の鉄道事業者が使用する動力源はほぼ100%電気(モーター駆動)と化石燃料(ディーゼル機関駆動)になってます。 【JR北海道DC特急『北斗...
連載10回でKATO小型レイアウト駅構内と本線線路配置設計が完了し、今回から製作工程に入ります。 最初は基台の設計製作です、使用しない時は立て掛け収納前提で設計しましたが、レイアウト基台は建築物基礎と同じで、長持ちさせるには強度が必要です。 【TMS表紙を飾ったレイアウト】...
若い頃の旅で何故か四国は足を踏み入れませんでした、費用を安く上げるには夜行列車利用が一番でしたが、四国には使える夜行列車がなかったからです。 東京から見ると地の果てに感じた四国最深部でも新線建設が進んでました。 【中村線部分開業発車式 窪川駅】・・・1963.12.18 土...
今回は最後に残った8の字本線配置の勾配と標高設計です。 線路長が長い事に加え中央に線路交叉部があるので、自然な風景と両立させるのが中々厄介でした。 【TMS表紙を飾ったレイアウト】 ★8の字本線の勾配と標高の設計 運転重視主義製作者には線形変化に富む8の字本線配置がお薦めで...
定尺小型レイアウト設計は、本線線路配置設計をタイプ別に3案設計事例を解説しました。 次に各案の勾配を設計します、走行性能や風景設計に大きな影響を与える重要要素です。 周囲の風景製作をどうするか、走行車両がどう見えるか想像しながらお読みください。 【TMS表紙を飾ったレイアウ...
●●北線、●●西線の様に方位を含む路線名は数多く存在しましたが、その多くは建設計画の部分開業で、釜石東西線や三江南北線の様に全線開業して●●線になった路線もあれば、興浜南北線の様に全線開業しないまま廃線になった路線もあります。 そんな中で全線開業後も方位を冠したままの路線名...
筆者は1965年に高校進学して一人旅が許される様になりました、蒸機全廃の10年前です。 時間的に間に合っても出会う機会がなかった型式が2形式ありました、C51とC59です。 C59は九州と呉線でしか見られませんでしたし、C51は1966年に全廃されました。 残り僅かになった...
前回予告した運転重視主義製作者にも満足して貰える『8の字エンドレス』の設計を行いました。 筆者としては気乗りしませんでしたが、『線路密度の低い風景重視コンセプト』を押し付けないと宣言した以上、魅力的な線路配置を提案する責任があると考えました。 【TMS表紙を飾ったレイアウト...
昨年末の1年の振り返りに、NHK全国俳句大会入選についてこんな事を書きました。 『結社では満3年で同人に昇格し、俳句作家として認められた形になってましたが、公的な勲章は何もなかったからです。 今年も応募し昨年同等かそれ以上を狙ってます。 結果通知は1月末、公開可能は3月末で...
皆さん西濃鉄道をご存じでしょうか?、西濃運輸の関連会社ではなく全くの別会社です。 知る人が少ないのは路線延長4.5kmと短く、貨物輸送のみを行う鉄道だからです。 西濃鉄道は1928年(昭和3年)開業でおよそ100年前です。 石灰石・大理石産地金生山の鉱石運搬路線として建設さ...
定尺サイズ小型レイアウトにユニトラック敷設で、6両編成停車可能な中央駅設計と、市販ストラクチャを利用し、ホーム一部改造して・駅舎・跨線橋製作法解説が終わりました。 今回はレイアウト設計最大の難所、本線の線路配置設計です。 作ってみたくなる様な魅力溢れる物でなくてはなりません...
2月24日更新の以下記事でTOMIXポイントユーザー読者に計測依頼を行いました。 ◆TOMIXの電気設計は今も出鱈目です! 【以下2/24更新記事】 ★TOMIXポイント・レイアウト所有者の皆様へ計測のお願い TOMIX完全選択式ポイント(レイアウト設置済可)所有者の皆様に...