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iwadonosan https://hiroukamix.hatenablog.com

思いついたまま書いています。趣味は釣り、ガーデニング、ピアノ、切り絵、など

hiroukamix
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川越市
出身
山梨県
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2020/03/01

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  • 汗をかく快感と白クマアイス

    今週のお題「私の好きなアイス」 外に出ると、真夏の太陽が照りつけます。アスファルトからの反射熱も加わります。じっとしているだけで汗がだらだらと流れてきます。私はこの感覚が大好きです。 クーラーの効いた部屋に入ったり、電車に乗ると、違和感を覚えます。夏くらい、思う存分汗をかいてみたいです。 元々私は冷え症なので、冬はあまり好きではありません。その代わり、夏は幾ら暑くても大丈夫です。 汗を一杯かきながら、冷たい飲み物を飲んだり、スイカを食べるのは格別です。 たまにはアイスも食べたくなります。私のお気に入りは、「白クマアイス」です。10年以上前から、必ず夏に食べるアイスです。 アイスの中に、フルーツ…

  • アイスとかき氷

    今週のお題「私の好きなアイス」 母方の祖父母の家が、車で30分位の所にありました。優しい祖父母と叔父さん、叔母さん達がいて、いつも行くのが楽しみでした。夏休みには、お祭りに合わせて毎年泊まりに行きました。 家の目の前に大きな川があり、激しい流れで、音がうるさくて、中々寝付けなかった記憶があります。 祖父母の家はバスのロータリー近くにあり、駄菓子や雑貨を売る店をしていました。 夏になるとアイスを売っていました。その頃、キャンディアイスが5円、アイスクリームが10円、少し贅沢なのが20円でした。好きなアイスが食べられるのも、祖父母の家に行く楽しみでした。 その家の数軒隣に、かき氷を売っている店があ…

  • アイスケーキの思い出

    今週のお題「私の好きなアイス」 父の誕生日は12月25日でクリスマスです。父の姉が吉祥寺で蒟蒻とアイスクリームを売る店をしていたので、父の誕生日には、毎年アイスクリームで作った大きなデコレーションケーキが届きました。 直径が20センチ以上あるアイスクリームの上にチョコレートやイチゴが乗っていました。ほっぺたが落ちるほど美味しかったのを覚えています。地球上にこんなに美味しい物はない、と子供心に思いました。毎月クリスマスが来れば良いと、欲張りなことを考えました。 今は一年中アイスはどこでも売っていますが、昔は今と違って、冬にアイスを売っている店は、近くに一つもありませんでした。ですから冬に食べるこ…

  • バナナアイスで免疫力アップ

    今週のお題「私の好きなアイス」 バナナは熟すと、シュガースポットという黒い斑点ができます。すると黄色いバナナよりも、免疫力の成分が8倍以上になるそうです。他にも様々な効果があるようです。バナナのシュガースポットの効果 ①免疫力アップ ②癌の予防 ③便秘解消 ④ストレス解消 ⑤血糖値の正常化 ⑥体温調整(下げる) ⑦心臓発作のリスク低減 ⑧脳卒中のリスク低減 ⑨ダイエット効果(1本100g85kcal) ⑩貧血防止 ⑪骨を作る ⑫動脈硬化予防 沢山の効果があって良いですが、シュガースポットができると、皆一斉に傷みが進んでしまいます。そこで傷みを止める為に、皮を剥いて一本づつラップに包んで冷凍しま…

  • 父のつぶやき

    今週のお題「お父さん」 最近よく忘れる物があります。マスクです。すれ違う人を見て気が付きます。幸い、カバンの中にいつも予備があるので問題はありません。しかし、家の部屋がマスクだらけになります。口当てを替えて3日位使うので、貯まってしまいます。今5つも壁にぶら下がっています。 昨日も忘れてしまいました。電車に乗るまで気がつきませんでした。周りの人が皆マスクをしているのに、私一人だけしていなかったので、慌てて予備を取り出しました。 次に忘れるのが、ハンカチとティッシュです。最近衣替えをして、上着を着ないので上着にいつも入っているはずのハンカチとティッシュがありません。ズボンの後ろポケットにも入れて…

  • 父は竹カゴ作りの名人

    今週のお題「お父さん」 父は竹でカゴやザルを作る名人です。小さなカゴから大きな背負いカゴまで色々作ります。作っては人に上げて喜ばれています。 花を飾るカゴは曲線美が綺麗で、芸術作品のように見事です。実家の玄関に飾ってあります。 弟子ができたようで、良く学びに来ている話を聞きます。 実家の裏に竹藪があります。そこから竹を切り出して、細く切り分けて材料にします。しかし、最近は猪がタケノコを食い荒らします。あらゆる野菜も花の球根も食べてしまいます。 竹藪が段々と寂しくなってきました。父も最近はあまり竹カゴを作らなくなったようです。 私も父の物作りの遺伝子を相続したのか、作る事が大好きです。子供の時は…

  • 父と登った山

    今週のお題「お父さん」 私は山が大好きで、近くの山はほとんど全て登りました。高校の時に登山部の友だちがいました。大菩薩峠に登ると聞いて、自分も一緒に登りたい衝動にかられました。しかし、親に話したら反対されました。冬だったからです。それでも、意志を曲げなかったので、しぶしぶ承諾してくれました。 父は若い頃山登りが好きで、富士山はもちろんアルプスなどほとんどの名山に登ったと聞いていました。だから冬山の怖さを誰よりも知っていたのだと思います。 幸か不幸か、大菩薩峠に行く前日に大雪が降り、結局登山は中止になってしまいました。親の祈りが聞かれたのかもしれません。 その後、気落ちしていた私を見て、父が「正…

  • 父に学んだ記憶法

    今週のお題「お父さん」 私の父は90才を過ぎていますが、記憶力が私よりも良いです。私は忘れることには自信があります。とても父にはかないません。 父には記憶の鍛え方があります。毎日、漢字の書き取りをしています。例えば、さんずいが付く漢字を全部書き出したり、土偏の漢字を全て書き出します。実家に帰った時に試してみましたが、十個くらい書くと次が直ぐ出てきません。時間をかけて考えてやっと出てきます。私が十数個書いている間に、父は50個くらいすらすらと書いてしまいます。 どうやって覚えるのか聞くと、さんずいが付く漢字や人偏が付く漢字でそれぞれ物語を作っているといいます。例えば、 「源から水滴が湧き沢になる…

  • 父からの祝辞

    今週のお題「お父さん」 以前書いたものですが、今週のお題に合わせて、書き直したり、書き足したものを数編載せます。 私は訳あって大学の卒業式に出られませんでした。すると父が 「俺が学長に代わって、祝辞をしてやる。」 と言って三つの話をしてくれました。 一つ目は、まず私に質問をしました。 「『当たって砕けろ。』とは、どういう意味だと思う?」 私は少し考えてから、自信なさげに答えました。 「砕かれても良いので、まず当たりなさい、ということだと思います。」 すると父は言いました。 「自分の解釈は少し違う。いったん志を持ったら、たとえ壁に当たって砕かれても、何度砕かれても、諦めずに挑戦し続けて、最後は壁…

  • 父の話で消えた車酔い

    今週のお題「お父さん」 以前書いたものですが、今週のお題に合わせて、書き直したり、書き足したものを数編載せます。 私は子供の頃に車酔いに大変悩まされました。ひどい時は、車に乗って動き出す前に気分が悪くなりました。 ですからバスで行く遠足が大嫌いでした。周りの人は楽しく愉快にはしゃいでいるのに、私だけは憂鬱で病人のような暗い顔をしていました。 ある日、とうとう地獄の時がやってきました。小学校6年の修学旅行です。2泊3日で江ノ島、鎌倉をバスで回わります。小学校生活最後の楽しい時間のはずですが、私にとっては拷問の時間でした。 出発前日の晩、あまりにも気が滅入っている私を見て、父が訓示をしてくれました…

  • ローズマリーの縁

    ローズマリーの枝を貰いました。独特のとても強くて良い香りがします。ローズマリーには沢山の効能があるようです。頭をスッキリさせたり、集中力を付けたり、風呂の芳香剤や肌荒れ防止、抗菌、防虫作用などもあります。 10センチくらいに切って、1時間ほど水の入ったコップに入れた後、下半分の葉を落とし、鉢に差してみました。落とした葉を小皿に載せて、テーブルの上に置くと香りが部屋中に広がりました。 今度風呂に入れて見ようかと思います。 ローズマリーは聖母の名を頂いていますが、その由来は分かりません。まだ花を見た事はありませんが、どんな花が咲くのでしょうか。「ローズ」とあるので、薔薇に似ているのかもしれません。…

  • 雨が降っても晴れても傘のお世話

    今週のお題「傘」 以前は天気予報で雨が30%以上だと傘を持ち歩いていました。しかし、一度20%で大雨に降られた事がありました。それからは20%以上の時は傘を持つ事にしました。 しかし、梅雨の時期から夏に掛けては20%以下でも傘を持ち歩いています。梅雨の時期は天気が変わり易く、10%でも油断ができません。朝太陽が燦々と輝いていても、突然夕立が降る事もあります。昨日も10%の時間帯に雨が降りました。ほとんどの人が傘を差さずに濡れていました。 それに晴れた日こそ、傘が活躍します。太陽が暑くてかなわない時は雨傘を日傘の代わりに使います。男性で日傘を差している人はあまりいませんが、そんな事は気にしません…

  • 遠く彼方の傘の記憶

    今週のお題「傘」 中学校の1年か2年の時でした。学校の帰り道に大きな弧を描いた下り坂がありました。確か「しんぞう坂」といったように思います。立派な柱状節理の岩が片側にあり、珍しいシダが生えていました。坂の途中に幾つか防空壕があり、幼稚園の帰りなどに中に入って遊んだ記憶があります。 その坂の上の方まで来た所で夕立が降ってきました。慌てて一番上の防空壕に入ろうとしたら、後ろから優しい声がしました。 「どうぞ、お入り。」 振り向くと、同じ小学校に通っていた1年上のお姉さんでした。少し迷いましたが、満面の笑みにつられて、甘えて傘の下に入りました。 小学校の時は一度も話をした事はありませんでした。と言う…

  • 空から舞い降りた種と天運

    今週のお題「傘」 朝、駅のプラットフォームを歩いていたら、白い綿のような物が沢山ふわふわと浮いていました。何だろうと見ていると、植物の種のような物でした。線路の横に大きな空き地があり、アザミが群生していました。花が咲き終わり、綿状になっており、そこから沢山白い種が舞い上がって来たのです。 電車に乗っている時に、髪に手をやると、何やら小さなゴミが付いていると思って取ると、何とアザミの種でした。いつの間に付いたのか気が付きませんでした。 以前も頭に桜の花びらが付いている事がありました。その時は周りの人に、可愛いリボンをしていると冷やかされました。頭の上に落ちて来る物にも色々あります。 ある時、小雨…

  • 雨の中で花植え

    今週のお題「傘」 日曜日の午後に仲間と7人で県道の花壇に花を植えました。天気予報では雨の予定でしたので、カッパを着てサウナにはなりたくないと思い、傘を差しての作業と決めていました。 元々、サツキが植えてあった花壇ですが、信号に近い所が車の排気ガスでほとんど枯れてしまいました。今年も去年と同じランタナを100株植えました。下の写真は去年植えたものです。 初めは雨もほとんど降っていなかったので、傘を差さずに済みました。まず草刈りをしました。勢いよく色々な草が陣取っていました。草には申し訳ない気がしましたが、容赦なく抜きました。草取りに思いがけず、時間が掛かってしまいました。大きなゴミ袋4つ分になり…

  • カッパのサウナと梅雨の楽しみ

    今週のお題「傘」 雨の日に、自転車に乗る事があります。勿論傘はさしません。カッパを着る事になります。しかし梅雨の時期は暑いので、カッパの中はサウナのようです。汗だくだくです。 カッパを脱いでも置き場所に困る時があります。買い物などの時は、そのまま着ていられますが、病院などの時は脱がなければなりません。自転車の上に掛けておくことになります。戻って来て、濡れたカッパを着るのは、余り気持ちの良い事ではありません。 たまに自転車に傘を付けて乗っている人を見かけます。便利なようですが、前から雨がかかって濡れてしまうのではないかと思い、自分で試した事はありません。 雨の日に自転車には余り乗らない方が良いよ…

  • 傘のつぶやき

    今週のお題「傘」 折り畳み式ではない長い傘は、すぐにどこにでも掛けられて便利な点が、かえって良くないようです。電車に乗って、手摺りに掛けておいたら、降りる時に忘れてしまいました。トイレに入って、フックに掛けたら、出る時に忘れてしまいました。 忘れなくても、なくす事があります。朝職場の傘立てに入れておいたら、帰る時にありませんでした。いつか戻って来るだろうと期待していましたが、とうとう戻って来ませんでした。傘に逃げられてしまうのは、傘に対する感謝が足らないせいかもしれません。もっと大切にしてくれと、傘のつぶやきが聞こえて来ます。 一方の折り畳み式の傘は持ち運びが便利です。手摺りやフックにあまり掛…

  • 雨のつぶやき

    今週のお題「傘」 傘が活躍する梅雨の季節になりました。しかし、多くの人が雨を嫌がるのではないでしょうか。 「あいにくの雨」 「うっとうしい梅雨の季節」 「じめじめした嫌な雨」 「悪い天気」 雨は敵(かたき)のように邪魔者扱いされることが多いようです。雨に心があったら、どんな思いでいるでしょうか? 地球に人間が生きることができるのは、太陽、空気そして生命の水のお陰です。地球は「水球」とも言われます。 「愛の反対は無関心」と言いますが、人間から感謝もされず、関心を持たれない水は愛の反対の波動を沢山受けています。即ちマイナスの波動です。その波動が雨や川や海に充満しています。考えるだけでも恐ろしい、と…

  • ウィルスが見える眼鏡と心が見える眼鏡

    今週のお題「外のことがわからない」 コロナウィルスがどこにいるか分かりません。ウィルスが見える眼鏡なんかがあれば便利ですが、残念ながらないようです。 ウィルスが見えれば気を付けようがありますが、見えないので、どこに行っても緊張しなければなりません。電車の中でも吊革や手すりに気軽に触れられなくなりました。お陰で、両足で毎日踏ん張って立っています。近くで誰かが咳やくしゃみをすると、とても気になります。 今は毎日手洗いや消毒をして、対策をするしかありません。それでも見えないので、いつ、どこで、ウィルスに触れるか分かりません。 どなたかウィルスが見える眼鏡を開発して頂けないでしょうか?宜しくお願いしま…

  • 偉人の母⑩イエスの背後の母達

    時として、一人の偉人が生まれる背景に、多くの母達の愛情や精誠、犠牲があった場合があります。 イエス・キリストの場合、母マリヤは勿論の事、その背景に連なる多くの女性の存在を考えざるを得ません。2千年もの歴史に影響を与えた人物には、2千年以上の積み重ねた母達の背景があったように思います。イエスの家系に登場する母達を何人か見ていきたいと思います。 レアという女性は、夫に疎まれ無視され否定され続けた立場でした。とても寂しく恨めしい人生でした。それでも夫を愛し慕い続けました。そして天を賛美しました。 ラハブはイスラエルの斥候をかくまった娼婦でした。場合によっては殺されてしまうかもしれない危険な行為でした…

  • 偉人の母⑨マザー・テレサ

    マザー・テレサは偉人の母というよりは、本人が偉人です。しかし、マザー・テレサは、自分は病人や貧しい人々の為に奉仕をしているのではなく、彼らの中のキリストに礼拝している、と言いました。その意味では偉人の母です。 マザー・テレサは18才の時に故郷を離れ、修道院に入いりました。20年近く女子教育に携わった後、34才の時に校長に就任しました。 ところが、1946年にインドの避暑地ダージリンへ黙想に行く汽車の中で、 「全てを捧げて、貧しい人の中でも一番貧しい人の間でキリストに仕えるように。」 という神の声を聞きました。周囲の人達は皆猛反対をしました。それを押し切って、彼女は修道院を出て、生涯を貧しい人々…

  • 偉人の母⑧特攻隊の母鳥濱トメ

    鹿児島の知覧に特攻隊の基地がありました。鳥濱トメは、その近くで食堂を営み、3000人以上の特攻隊員を見送りました。 トメの食堂は、軍の指定の食堂として、特攻隊員が毎日食べに来ました。親元から離れ、いつ出陣するかも分からない特攻隊員にとって、トメは母のような存在として慕われていました。 特攻隊員は出撃前の最後の晩を、決まってトメの食堂で過ごしました。皆母の愛に触れたかったに違いありません。 トメは最後くらい美味しい物を食べさせたいと、代金以上の物を出すので、家計は火の車でした。着物を売り、タンスを売り、借金しながらの経営でした。 特攻隊員達が、唯一本音を言い、心を和ませる事ができた場所がトメの食…

  • 偉人の母⑦ワシントンの母マリー

    アメリカ合衆国初代大統領ワシントンは先祖がイギリスで暮らしていましたが、政治的信仰的理由で数代前からアメリカに移り住みました。 母は父のところに後妻として来ました。父はワシントンが11才の時に病死してしまい、子供達の世話や農園の仕事も全て母マリーの肩にかかっていました。 マリーは昼間の農場の仕事で疲れているにもかかわらず、夕食の準備をして、食後は決まって聖書やマッシュー・ヘール卿の「瞑想録」を子供達に読んで上げました。 この食後の習慣が、ワシントンの正直で勇敢で知恵深い人格形成にとても役立ったようです。 ワシントンが大統領になっても、マリーは自慢する事もなく、ただ神に感謝しました。 母が亡くな…

  • 偉人の母⑥アウグスチヌスの母モニカ

    今から1600年以上前にアウグスチヌスという人がいました。彼の人生は波瀾万丈でした。16才で私生児を生み、酒に酔っては喧嘩をして、肉欲の限りを尽くして、親を泣かせてきました。 母モニカは敬虔なクリスチャンでしたので、毎日息子の為に祈りました。涙の祈りは15年以上続きました。 ある日アウグスチヌスの耳に、子供のわらべ歌が聞こえてきました。 「取りて読め、取りて読め」 アウグスチヌスは目の前にあった聖書を思わず手に取って開きました。すると、そこには 「宴楽と泥酔、淫乱と好色、争いと妬みを捨てて、昼歩く様に、つつましく歩こうではないか。あなた方は、主イエス・キリストを着なさい。肉の欲を満たす事に心を…

  • 偉人の母⑤福沢諭吉の母於順

    福沢諭吉の母於順は32才で未亡人となり5人の子供を一人で育てました。夫は44才で亡くなりました。諭吉が2才、一番上の長男が10才の時でした。 於順は5人の子供を連れて、故郷の大分県中津に戻りました。住んだのは倒壊寸前の廃屋でした。貧乏のどん底からの暮らしは並大抵ではなかったに違いありません。 於順は士族の出でありながら、身分の上下なく、誰とも交わったようです。時には、女乞食に飯を振る舞ったり、髪の虱を取って上げたりもしたそうです。諭吉の「天は人の上に人を造らず・・・」の言葉は、母の後ろ姿の教えでしょうか。 於順には諭吉の他に長男と三人の娘がいましたが、娘達は嫁ぎ、長男は31才で亡くなってしまい…

  • 偉人の母④三井高利の母殊法

    三越デパートが創業したのは、今から約350年前に遡る。三井越後屋という呉服屋から始まった。三井財閥の創業者は三井高利となっている。父高俊は武士の子で商売に関心がなく、伊勢の大商家の娘だった母殊法の影響が大きかったようだ。母は夫が亡くなり出家してからの名前である殊法としか分からない。 殊法は子どもたちに江戸や京都、大阪に呉服や両替の商売を興させ、これがのちの三井家の祖となる。 高利がまだ14才の時に母は、お金ではなく、10両分の木綿を渡して、これを20両にするか、30両にするかはお前の腕次第と言って、修業をさせたという。 幼い時から高利は母から英才教育を受けていたようだ。高利は感性が鋭く、本物と…

  • 偉人の母③リンカーンの二人の母

    リンカーンの母ナンシーは、リンカーンが9才の時に、風土病で亡くなった。34才の若さだった。 ナンシーの遺言は 「金持ちになるよりも、100エーカーの土地よりも、聖書を読みなさい。」 というものだった。ナンシーは優しく愛情の深い人だった。また信仰が深く、子供たちにいつも聖書を読み、讃美歌を聞かせていた。 リンカーンは立派な演説を幾つも残しているが、聖書からの引用が多かったのは母の影響によるものだと思う。 リンカーンは西部開拓の家族に生まれた。父は開拓に学問はいらないと言ったが、あえて母は10キロ以上も離れた学校に通わせた。 幼い子供には母が必要だと、父は再婚した。継母は夫が亡くなり3人の子供を抱…

  • 偉人の母②野口英世の母シカ

    野口英世の母シカの生まれた家は貧乏で、7才の頃から子守や女中の奉公をしていた。学校に行けなかったが、何とか字を覚えたいと思い、人に頼んでいろはの手本を書いて貰い、皆が寝てから盆に囲炉裏の灰を敷いて、月の光を頼りに指で書いて覚えたという。このような母の向上心を、英世は受け継いだに違いない。 シカは婿を迎えたが、夫は仕事もしないで昼間から酒を飲んで道端で寝てしまうような人だった。シカは夫の分まで働かざるを得ず、朝早くから猪苗代湖でシジミ取りをした。昼間は20キロもある重い荷物を背負って担ぎ屋をしたという。しかし、シカがせっかく貯めたお金を夫は見つけ出しては酒代にしてしまった。 英世が火傷をしてから…

  • 偉人の母①細川ガラシャの母煕子

    細川ガラシャの父は今NHK大河ドラマ「麒麟が来る」の主人公明智光秀、母は煕子(ひろこ)という。 光秀と煕子は幼い時に結婚の約束をしていたが、煕子が天然痘になり顔に痘痕が残ってしまった。煕子の父は光秀に申し訳なく思い、妹を嫁がせようとした。すると光秀は、自分が心に決めたのは煕子殿であり、顔は問題ではない、とそのまま結婚した。光秀も偉いが、煕子は外見以上に心の美しさがあったに違いない。 当時は側室を持つのが当たり前であったが、煕子が生きている間は持たなかったという。苦労の多い光秀にとって、煕子は心の支えであったようだ。 光秀は浪人時代もあり、長い間貧乏暮らしが続いた。しかし煕子は愚痴も言わずに、夫…

  • テントウムシの先客

    電車が遅れて、階段を2段飛びしながら上がり、200メートルほどある通路を走り抜き、乗り継ぎの電車に飛び乗った。マスクをしていると、息が苦しい。間に合ったと安堵して、マスクを外して、誰も座っていない4人掛けのボックス席に座ろうとした。するとテントウムシの先客がいた。 「済みませんが良いですか?」 と尋ねると、羽ばたいて換気の為に開いていた窓から出て行った。窓の外は無機質な線路しかないけど大丈夫だろうかと思ったが、線路と線路の間や線路脇に結構雑草が生えていた。 そろそろテントウムシの好物のアブラムシが出てくる頃だろうか。毎年この時期になると、家のベランダでもアブラムシとの格闘が始まる。殺虫剤を使わ…

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