薄暗いバーのカウンター席で、グラスを掲げた男が見知らぬ女の目の中を覗き込んで言った。「君の瞳に、乾杯!」 テーブルの上で蝋燭の炎が揺れた。女の心も同じように揺れることを、男はひそかに期待していた。「ずいぶんと歯の浮くような台詞ね」――女はそう言い返してやりたいところではあったが、正直それどころではなかった。文字どおり、瞳に乾杯をされてしまったからだ。幸いグラスが割れるようなことはなかったが、こぼれたアルコールが目に入った女はハンカチで右目を押さえた。 一方で乾杯したほうの男は、不意に左の奥歯に痛みを感じた。正確に言えば痛いというよりは、疼くような感覚であった。まるで実際に、歯が根元から浮き上が…