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お向かいのセコム婆さん、 先々週の土曜日(私が研修旅行に出かけていた日) に、自宅の玄関先で倒れていたそうで、 近所の、元看護士さんと現介護士さんが通りかかって発見、 救急車呼ぼうとしたら、本人が転んだだけだから、起き上がるの難しいだけだからと主張するので、救急車はやめて、...
人間は寿命が尽きた時に死ぬのが昔の医学の原則だった、今は寿命がつきても人工的に生かす医学に変わってきた、それでも死ぬときはどんな人も孤独である。 そこは貧富の差もなければ社会的地位もない、ひとりで生まれてひとりで苦しみ、そしてひとりで死んでいく、みんな孤独である、高齢になると先は長くない、だからいつ死んでもいいという心境で私はいるけれど周囲を見渡すとそうでもない。 私の父は病院に搬送された時「まだ死にたくない」悲痛な叫びだった、86歳だったが生きることに執着していた父、母も私も弟も父には生きていて欲しかった、延命治療を選択、気管切開して生きることに一縷の望みを託したが力尽きて半年後に息を引取った、老いるということは醜くく、つらく孤独で悲しい面も背負うものだと痛感したものだ。老いるということは