社会のせいとか、自分のせいとか。本当は、社会のせいにしたがる自分のせいとか、自分のせいにさせたがる社会のせいとか。本当は、対置していない社会と自分を正対させようとする、社会のせいとか、自分のせいとか。 ―― グロテスク/平井堅、安室奈美恵 ―― 平井堅 作詞、Matthew Tishler、Daniel J.Plante 作曲、2014、Ariola Japan >アイツの幸せ喜べますか? >あのコのもの欲しがってませ...
>誰かのために考えて、言葉にして、>さらには、伝えようとする工夫が、誰かの本来の美しさを言い当てる。 ―― ダヴ : リアルビューティー スケッチ あなたは自分が思うよりもずっと美しい ―― 2013、ユニリーバ...
自分のために考えることなら、夢見がちでも、曖昧なままでも、語尾を濁して言い切らなくても、さらには、言葉にしなくてもいい。誰かのために考えて、言葉にして、さらには、伝えようとする工夫が、表現を豊かにさせるのだろう。...
日常のちょっとした選択も、未来を変えるような選択も、同じ脳みそを使っているとするのなら、日常をナメちゃいけないな、なんて思ったりもするけれど、そんなことを考える脳みそ自体が、今夜も、僕を正気に戻してくれている。...
幸福な生活、なんてパッケージがあって、そのセットを揃えようとするのは、たぶん、得策ではない。セットを揃えて生活している人がいても、きっと、日々の生活は淡々と過ぎて行く。繰り返される日常は、当たりまえの日常で、幸不幸の埒外の、ただの日常である。...
どのようなものであっても、関係など持ちたくない、って思うときには、ブロックは、逆説を連れ立たせる。ブロックなんてことをしていると、ブロックしている/されている、という関係を作ってしまう。本当は、それさえも作りたくない。 人間の形をして 生まれたからといって 人間らしく生きているなんて 限らないと今は思う ―― 君が教えてくれるもの/槇原敬之 ―― 槇原敬之 作詞作曲...
大人になって、もうずいぶん経つから、誰だって分かりやすい優しさを丸出しにして、おためごかしに提示してくることはない。僕たちは、詐欺師でもホストでもヤリモクでもない。それが拾い上げられるのを待っているようなものなら、足下の泥に埋もれたいくつもの優しさを、僕たちは、毎日、踏み潰しているのかもしれない。 「泥沼でもきれいに咲ける花が あるなら君はどうする」と 真っ白い蓮の花が...
Bさんのブログを読んでいると、Tさんを思い出すことが多い。記憶、ってのは、予期、に似ていて、どちらも、今、ここにはない事態を、現在の時制に引き寄せる。事態が過去か未来かの違いだけ。 You'd be best off alone. I'm really sick so sick so sick of you. And I hate you. ―― 喧嘩上等/東京事変 ―― 椎名林檎 作詞作曲、2006、東芝EMI...
少し離れたところで見守っていて、よくないことが起きそうになったら、気づかれないように近づいてきてくれる、そんな人たちの行動は、そんな人たちでないと分からない。同期され合う者たちを、洋風に言えば祝福したい、和風に言えば言祝(ことほ)いでみたい。 …… こよなく至福なものたちはおのずからにはなにも感ぜず、 こう言うことが許されるとしたら、 必ずや神々の名において ある他者が...
他人の気持ちが分からない人の気持ちを、どうやって分かれというのか。他人の感受性を感受する感受性を欠く人の感受性なんて、そんなのは感受性とは呼べないだろう。呼んだとしても、その感受性が何の役に立つというのか。 風が吹いて飛ばされそうな 軽いタマシイで 他人と同じような幸せを 信じていたのに ―― 楓/スピッツ ―― 草野正宗 作詞作曲、1998、Polydor...
恥知らずに思えるのは、自分が書いた文章から立ち上がってくる恥ずかしさが分からないから。見当違いの切り取りが可能になるのは、他人が書いた文章を覆い尽くしている感情が感受できないから。ユリイカ、ユリイカ。 こだわっていると思われない様に 右眼で滑り台を見送って 記憶が薄れるのを待っている ―― すべりだい/椎名林檎 ―― 椎名林檎 作詞作曲、1998、東芝EMI...
他人の気持ちが分からない人には、黙っている人は気持ちがないのと同じになるんだ。ユリイカ、やっと分かった。 心と云う毎日聞いているものの所在だって 私は全く知らない儘大人になってしまったんだ ―― 心/東京事変 ―― 椎名林檎 作詞作曲、2004、Virgin Records...
世界の涙の総量は不変だ。 誰か一人が泣き出すたびに、 どこかで、誰かが泣き止んでいる。 笑いについても同様だ。 ―― ゴドーを待ちながら/サミュエル・ベケット、 ―― 安堂信也、高橋康也 訳、1952、2009、白水社Tさんも、Bさんも、まるで公園のシーソーみたい。誰かをこき下ろすことで、自分は空高く浮揚する。誰かを泣かせることが、自分が泣き止むことになるみたい。総量を可変に...
Bさんは、なぜ主格を大きく広げるのだろう。統合失調症とか、障害者とか、弱者とか。僕を、健常者、ときには、衆愚の括りに入れて。線引きをして、対立させて、僕を向こう側に追いやって。分断を煽る必要が、Bさんにはあるのだろうか。統合失調症について分かろうともしない、ってBさんは、怒りを僕にぶつけるけれど、Bさんは主語を最小にして、自分に戻したほうがいい。移行させる問いは、自分以外の統合失調症の人たちと、自分は...
ブロックは韓国語で、블록。うん、それで?アラビア語で、حاجز。Google翻訳は便利だな。日本語では、妨害、阻止、遮断。ちょっと予想外の展開、それで?僕からは以上です。今日は書くことが思いつかなかったか?超能力っ! 読心術っ!普通の能力で推量できる。なので、今夜はこのへんで。 ...
Tさんも、Bさんも、よく似ているのは、自分につけられた首輪を自慢することだ。Tさんにつけられた首輪の、リードを握っていたのは母親だった。Bさんには、リードの先が見えているのか。 真っ白に全てさようなら 降りしきる雪よ 全てを包み込んでくれ 今日だけは 全てを隠してくれ ―― 白日/King Gnu ―― 常田大希 作詞作曲、2019、Ariola Japan...
他人の批判はいいから、自分の人生を生きてくれ。でなきゃ身近な人から離れて行く。まずは、同居の親族からの信頼を失う。家族から酷評を受けることになる。 それは人生 私の人生 誰の物でもない 奪われるものか 私は自由 この人生は夢だらけ ―― 人生は夢だらけ/椎名林檎 ―― 椎名林檎 作詞作曲、2017、EMI Records Japan...
>或いは、相手に理解させよう、とか、>相手の考え方を変えさせよう、とか、それが、自分の独自の定義の解釈や、独自の価値観、世界観の共有を求めている場合、理解できなくても馬鹿ぢゃない。超弩級の馬鹿と呼ばれても少しも馬鹿ぢゃない。変わらなくても愚かぢゃない。衆愚の代表と呼ばれても少しも愚かぢゃない。ただし、反論は徒労に終わるからやめておけ。 もしも 君が彼らの言葉に嘆いたとして それ...
或いは、相手に理解させよう、とか、相手の考え方を変えさせよう、とか、そんなこと、無理強いをしなくても、自分が相手にとって魅力的なら、相手は勝手に自分を取り入れてくれる。相手のもの分かりの悪さを責めるよりも、自分のふがいなさを嘆くほうがいい。 あなたのそばにいると 僕はこんなに 薄汚れて見えるけれど いつか あなたのように なりたいと思う ―― You are so beautiful/槇原...
僕は、例えば、ヤフコメの趨勢がどうであっても、それについて正しいとか間違いとかには関心がなくて、その無関心さをBさんが衆愚と呼ぶのは分かるけれど、日がな一日、世の中の批判に明け暮れて、自分のやりたいことにリソースを振り向けないのは、僕には、自分のしていることが間違いに思えてくる。批判の対象を求めて、ネットをさまよっているのは、少なくとも僕にとっては愚行にほかならない。だからといって、僕はBさんを間違...
他人を変えよう、なんてのは、自分が変わることを諦めた人の発想で、自分が変わったときには、すでに、変えたい他人は、変わって見えている。 その人はさっき僕が拾った 素敵なものを 今の僕以上に 必要としている人だという事が分かった ―― 僕が一番欲しかったもの/槇原敬之 ―― 槇原敬之 作詞作曲、2004、東芝EMI...
青梗菜を批判するルーティンをやめてほしい、なんてお願いなら、多くの場合には聞き入れられる。やめてほしい理由を説明することも要しない。青梗菜から自分の意に沿わないことをさせられる、青梗菜に自分の意思を捻じ曲げられる、さらには、屈服させられる、なんて解釈に寄せたときには、説明を要し、聞き入れられないこともあるのだろう。 抱えた苦しみは誰のせいと 人をひどく責める的はずれを ...
朝からヤフーニュースを読みに行って、わざわざ怒りに火を着けて、その怒りモードからの、その後、ヤフコメに悪態をついて、その悪態モードからの、それから、青梗菜を衆愚の代表に見立て、私怨を絡ませながら批判する。僕には、実に無益な日課に思えてくるけれど、無益さから目を逸らすためには有益らしい。 誠実さのかけらもなく 笑っている奴がいるよ 隠しているその手を 見せてみろよ ――...
今どき、ブログの閲覧制限なんて、スマホでアクセスすれば何の役にも立たないけれど、Tさんはスマホ嫌いの引きこもりで、ネットカフェに行くこともできなかったから奏功した。Bさんからのアクセスは、勤務時間中に、勤務先の端末からに限られていたので、こちらも、思いのほか効果があった。効果がなければ、監督者や使用者を相手にするしかない。犬が吠えてウザいときには、その飼い主が責めを負う。 悪く...
何やら疑いようのない正しさみたいなものを措定して、その正しさのためなら自らの加害性にも無自覚になれる、どんなに正しくても、そんなのは正しくない。 スマホやPCで打てば 言葉は活字で現われる あてのない中傷の言葉も 正論に見えてくる ―― 信じようが信じまいが/槇原敬之 ―― 槇原敬之 作詞作曲、2016、Buppu...
10年以上ブログを続けてきて、読まれることを拒否したのは2人。仮にTさんと、仮にBさんとして、知っている人には、仮名にもなっていないけれど。Tさんは、もう思い出すこともなくなった。引きこもり歴25年で、自分にできることを失いかけた人。今はどうしているのかも分からない。元気でいてくれたら、僕はうれしい。Bさんは、事実上、財産の管理権も処分権もなく、定年後の職業を選ぶ自由も制限されて、自分の未来に対する決定権...
ぶっちゃけ、関心事は価格になる。誰かの趣味でも、好みでもなくて。趣味の良さなんか、良いとか悪いとかを、考えても分かるものではないけれど、価格なら、付与された価値の表象で、考えなくても分かること。 Orient、Bambino、(4/x) 2024年4月現在、定価47,300円税込み、 Orient Star、Power Reserve、(5/x) 2024年4月現在、定価90,200円税込み、 Orient、Bambino、(6/x) 2024...
マイナーなメーカーの革ベルトの、なんてのは、どうしたってダサい少数派なわけで、世の中的におしゃれな時計は、メジャーなメーカーの金属ベルトだと思う。まして、セイコーのムーブメントなんだから、わざわざ天賞堂を選ぶ必要なんかなくて、セイコーでもあり得たし、または、天賞堂でもあり得た、という偶有性から、セイコーを選ぶ、という単独性に、引き上げる理由は多数派にはいらない。理由が求められるのは、少数派の選択の...
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社会のせいとか、自分のせいとか。本当は、社会のせいにしたがる自分のせいとか、自分のせいにさせたがる社会のせいとか。本当は、対置していない社会と自分を正対させようとする、社会のせいとか、自分のせいとか。 ―― グロテスク/平井堅、安室奈美恵 ―― 平井堅 作詞、Matthew Tishler、Daniel J.Plante 作曲、2014、Ariola Japan >アイツの幸せ喜べますか? >あのコのもの欲しがってませ...
デカルトから始まって、ヒューム、カントまでは、まず自己が在って、そこから他者との関係が生じるけれど、ヘーゲルは、私が私であるためには、まず私は、私たちの一部でなければならない、と考える。自己は常に他者と共に在って、その関係の中で生きている。「客」のない世界に生まれて、「主」は有り得るか。つながりのない世界で生きて、「個」に成り得るか。 ―― 優しい歌が歌えない/槇原敬之 ―― 槇原敬...
ふわふわと、社会、なんて言うから、自分の外側に社会があると思って対立してしまうけれど、自分という現象が、社会現象の寄せ集めであり、自分は、世の中の現象をあれこれ抱え込んでいる。愛や、自由や、希望や、夢は、社会に見つけても、或いは、自分の足下に転がっていても、どちらに在っても同じこと、在ればいいんだ。 ―― 名もなき詩/Mr.Children ―― 桜井和寿 作詞作曲、1996、TOY'S FACTORY ...
自らの内に道徳法則を。自らの内に価値判断の基準を。自らの内に考える自らを。 ―― SIMPLIFY/槇原敬之 ―― 槇原敬之 作詞作曲、2000、Warner Music Japan >He's gonna be responsible >to simplify his own life. >ややこしく生きてるように見えても >彼は単純に自分を信じてるのさ >誰かのせいにしながら >生きるつもりはないだけなんだ >She's g...
誰のせいにしたっていいけれど、自らの意思によって道徳法則、―― それは、自分の外にあるモラルではなく、内にあるエティカ ―― を立てよう。知恵の実を食べたから、意思決定ができるようになったんぢゃない。楽園を追放されたから、考えて歩けるようになったんだ。自分で立って、どこにだって行こう。 ―― やさしい哲学/椎名林檎 ―― 椎名林檎 作詞、冨田恵一 作曲、2013、TOSHIBA-EMI >ついに自由を...
Xで誰かの悪口を書き連ねても、インスタで映え画像を並べても、ブログで陰謀論を拡散しても、それだって、自分らしい、というのなら、他人を黙らせる役には立つ。 ―― Ordinary Days/槇原敬之 ―― 槇原敬之 作詞作曲、2000、Warner Music Japan >当たり前さ それが普通さ >嬉しいことがないと >幸せと感じれないような >君のままじゃ疲れるだけさ >嬉しいこと 大事...
自分らしく、ってのは、もしかすると、底意地が悪いやつは意地悪のままに、意気地なしは意気地なしらしく、嘘つきは嘘つきらしく、ってことなのか。ことさらに、何も言ってないくせに、いいことを言ってる感だけで言ってないか。空疎なのに、中身がないのに、或いは、空疎であるゆえに、心地よく行き交うフレーズにしていないか。 ―― 太陽/槇原敬之 ―― 槇原敬之 作詞作曲、2000、Warner Music Japan ...
自分の心に正直に生きよう、とか、自分らしく生きよう、なんて、ポジティブなメッセージが飛び交っているけれど、そんなのは、何かを言ったつもりで、何も言っていないようなものか。 ―― I ask./槇原敬之 ―― 槇原敬之 作詞作曲、2000、Warner Music Japan >I ask myself 僕は問いかける >I ask myself 僕の中に >I ask myself 僕の知らない僕がいて >慣れたはずの悲しみを...
或いは、荘子が言う「樸(あらき)」は、人為が加わる前の切り出してきたばかりの木。サルトルがよく例に挙げるペーパーナイフ以前の木。あるがままの素朴さを備えているものが持つ生来の力、何にでもなれる可能性を奪われる以前の木。しかし、一度は可能性を失ってみないと、可能性があったことにも気づけないのが僕たちではある。 ―― 名もなき詩/Mr.Children ―― 桜井和寿 作詞作曲、1996、TOY'S FACTORY...
>あるがままの心で生きられぬ弱さ>知らぬ間に築いてた自分らしさの檻の中まるでサルトルが言いそうなフレーズだ。本質の檻に囲い込まれた実存が逃走を企てる。実存が先立つのなら、あるがままの心は檻の外にいる。例えば、西田幾多郎なら、「主客未分」の中にいて、自分の人為が加わる前の、自分らしさの外に在る。 ―― 名もなき詩/Mr.Children ―― 桜井和寿 作詞作曲、1996、TOY'S FACTORY >ある...
変わろうとしても変われない、変わろうとしなくても変わる。そう考えるのなら、人は、変化を事後に追認するほかはないもの。それは、誰のせいであっても、或いは、誰のせいでもなくても、人もまた、自(おの)ずから然(しか)るもの。 ―― 名もなき詩/Mr.Children ―― 桜井和寿 作詞作曲、1996、TOY'S FACTORY >あるがままの心で生きられぬ弱さを >誰かのせいにして過ごしてる >知...
動的な平衡系においては、留まって動かないのは罪、時が止まってしまう罰。 ―― Mr.Children/Sign ―― 桜井和寿 作詞作曲、2004、TOY'S FACTORY >緑道の木漏れ日が君にあたって揺れる >時の美しさと残酷さを知る...
>何年もやせさせないのは、>自分が悪い、って気がしてくる。太ったことによる不都合、苦労、弊害と、やせるための不都合、苦労、努力と、どちらを選ぶのかは自分の責めに任される。 ―― センス・オブ・ワンダー/sumika ―― 片岡健太 作詞作曲、2020、Sony Music Records...
いくつもの例外があり、それぞれの事情があり、自分でもすぐに反論が思いつくけれど、唐突に、雑で強引に書き投げよう。肥満は社会のせい、といえる。つまり、自分を太らせる社会が悪い。しかし、太ってしまった自分を、何年もやせさせないのは、自分が悪い、って気がしてくる。 ―― アドレナリン/山崎まさよし ―― 山崎将義 作詞作曲、1997、Polydor Records >早めに治しましょう >こじらせ...
>生死は移りゆくひと時の位相。言うなれば、時間と生死は同語反復で、季節が巡るようなもの。 ―― 彗星/槇原敬之 ―― 槇原敬之 作詞作曲、2000、Warner Music Japan >あの桟橋から首を突き出して >訳もなく2人でながめていた >汚れていて 止まって見える >あの川は確かに流れていた >そんな風に僕らが >いくら抗っても >仕方がない程 時は流れ ...
身体は動的な平衡系。言うなれば、身体は仮のもの。常に入れ替わるパーツ。喩えれば、身体は借りもの。ひいては、生命は仮のもの。つまりは、生命は借りもので、生死は、移りゆくひと時の位相。 ―― 獣ゆく細道/椎名林檎、宮本浩次 ―― 椎名林檎 作詞作曲、2018、TOSHIBA-EMI >無けなしの命がひとつ >だうせなら使ひ果たさうぜ >かなしみが覆ひ被さらうと >抱きかゝ...
そのままのあなたでいてほしい、そんな願いも、また、動的な平衡系。変わることを願うのではないけれど、変わらないことを望むのでもない。変わることも、変わらずにいることも、そのままに、あなたの平衡状態を維持させる、そんなふうに、そのままのあなたでいてほしい。 ―― 卒業写真/荒井由実 ―― 荒井由実 作詞作曲、1975、TOSHIBA-EMI >人ごみに流されて変わってゆく私を >あなたはとき...
>時はいつの日にも 親切な友達都合よく何かを抽象して伏線を作り、いいとこ取りに他を捨象して回収する。而(しか)して、春は優しい、夜は優しい。 ―― 12月の雨/荒井由実 ―― 荒井由実 作詞作曲、1974、TOSHIBA-EMI >時はいつの日にも 親切な友達 >過ぎてゆくきのうを 物語にかえる...
歩くことも、また、動的な平衡系。平衡を崩しながら、平衡を保つこと。矛盾する二つのベクトルを同時に存在させて、動的な平衡状態を維持させる。川のせせらぎも、僕たちの足音も。 ―― 足音 ~Be Strong/Mr.Children ―― 桜井和寿 作詞作曲、2014、TOY'S FACTORY >夢見てた未来はそれほど離れちゃいない >また一歩 次の一歩 足音を踏み鳴らせ! >時には灯りのない 寂しい夜が来たっ...
淀みに浮かぶうたかたの、今、今、今に推移する過去と未来。現在がなければ、どこにも結びつけられない過去と、ばらばらに解(ほど)けてしまう未来を繋ぐ、今、今、今だけが、明日に続いている。 ―― 本能/椎名林檎 ―― 椎名林檎 作詞作曲、1999、TOSHIBA-EMI >約束は 要らないわ >果たされないことなど 大嫌いなの >ずっと繋がれて 居たいわ >朝が来ない窓辺を 求めている...
>高度経済成長期から昭和の終わり頃までは、男女の賃金格差は今よりも顕著で、女性の収入は不当に低く抑えられ、その分、男性に振り向けられていた。>この国では、男であるだけで性別ガチャ当たり。皆婚は、女性が男性に依存しなければ、生きて行くことが難しかった時代の現象で、今となってはそっちのほうが異常だったと思える。もっと早くに是正されるべきだったと思える。...
国ガチャ、なんて言い方をするのなら、高度経済成長期から昭和の終わり頃までは、日本人であるだけで国ガチャ当たり。性別ガチャ、なんて言い方をするのなら、この国では、男であるだけで性別ガチャ当たり。日本人で男性ならシード権が得られた。たとえそれ以外に誇れるものが何もなくても。...
もしかしたら、生まれつき努力ができない人がいる、そう仮定するのなら、努力できるもできないもガチャ。努力が可能な努力族は、運命論的に成功を収めやすく、対して、非努力族は、失敗が運命づけられている。努力族は、努力するな、と禁じられても努力を止めないし、非努力族は、努力しろ、と命じられても努力ができない。自らコントロールができるものごとについては、自己責任論的に、自分で責任を負うことになるけれど、さて、...
小説でも、映画でも、日常は捨象されている。主人公は、小銭を数えたり、コンビニに行ったり、洗濯ものを干したり、ときにはうんちを漏らすとしても、日常=つまらないから、物語からは省かれる。日常=つまらないのは必然だから、おもしろい=物語から省かれるのは自然だ。どちらも、必ず然(しか)る、自ずから然ると言える。...
美味しかった、おもしろかった、楽しかった、なんて感想には、日常に戻される寂しさが混じっている。日常=つまらない、ってのとトレードオフにはなるけれど、でも、少し離れたら、日常もまた悪くないと思えてくるから不思議。結局、僕たちは、何をしても、いつかは楽しくなくなるんだ。...
身をもって知っている、そう言い合っている、日常=つまらない、このテーゼは事実らしい。つまらないから、僕たちは旅に出る、レストランを予約する、人に会いに行く。対価を支払って、期待通りにものごとを受け取って、それだけでも非日常ではあるけれど、さらには、もっと予期しない展開で、思いもかけない景色や味や思考と出会うときには、稀有な僥倖、軽々と僕たちの日常を超えてくる。 ...
所謂(いわゆる)、つまらない日常。つまらない、を日常の枕詞のようにして、おおよそ、日常はつまらない。所謂、同じことの繰り返し。繰り返されるから同じことになり、同じことでないのなら、即(すなわ)ち、非日常である。つまらなくないのなら、即ち、非日常である。...
>そう考えると、何を選んだとしても、おおよそは、>今の自分でしかあり得なかったような気がしてくる。そんなふうに、自分の選択の失敗を許容できた気になると、選択の及ばない、そもそもからの失敗に視点が移る。例えば、選ぶことさえできなかった親ガチャや、大きくは、他の選択肢の在りようも見つからない資本主義や、さらには、都合のいい異世界を仮想することで色褪せて映る日常や。...
>どんな選択も、ただの日常になり行く。>そう考えると、何を選ぶか、ってことは、>たいして重要ではないと思われる。何を選択したとしても、重要なのは、繰り返される日常の過ごし方にある。>まだ少しも報われない日常に耐え続けること。大きな決断は、ついつい先延ばしになり、長期的な計画は、なし崩しに短期的な快楽に負けて、そう考えると、何を選んだとしても、おおよそは、今の自分でしかあり得なかったような気がしてく...
例えば、資格試験を受験する、って選択の先には、例えば、半年で、例えば、300時間の勉強を要するのなら、毎日1時間半の勉強をする日常が始まろうとしている。選択は一時的なこと、日常は継続的なこと。まだ少しも報われない日常に耐え続けること。...
何を選んだとしても、例えば、どんな仕事に就いたとしても、選んだ後には、日常が待ち受ける。どんな選択も、やがては日常になり行く。そう考えると、何を選ぶか、ってことは、たいして重要ではないと思われる。選ばれなかった選択の先にも、繰り返される日常が待っているはずだ。どれが正しいのかが分かっていて、結果まで見通せるようなときには、選ぶ、ということはない。決める、ということはない。なぜ結果まで見通せないかと...
きっと、今日も、誰かの優しさが、優しさの価値を引き上げている。優しい人は、きっと、明日も優しい。優しい人にとっては、この世界は優しい。僕の今日が、少し荒(すさ)んだ一日だったとしても、その間にも、誰かの優しさが、僕に気づかれないうちに、僕に届けられているのなら、優しくなれない僕にとっても、やはり、掛け値なしに、この世界は優しい。...
考える人は、今日も考え続ける。優しい人は、きっと明日も優しい。読みかけの本のページをめくるように、人は、日常の経験によって、来たるべき日常を規定して行く。もしも、今夜、僕が、ていねいに、生まじめに書くのなら、それは、今夜の文章はもちろん、昨夜までの文章のていねいさと、生まじめさを説明してくれる。自分が正しいと決めてかかる人は、今日も執拗に他人を責め続け、自分を棚に上げる人は、明日になっても下ろさな...
自分が言われて傷つくことは、他人にも言わない。そんなのは多くの人が、日頃からできていると思う。自分が言われて傷つくことは、自分にも言わない。それは僕たちには、上手にできないことらしい。 ―― ダヴ:リアルビューティー スケッチ あなたは自分が思うよりもずっと美しい ―― 2013、ユニリーバ...
>誰かのために考えて、言葉にして、>さらには、伝えようとする工夫が、誰かの本来の美しさを言い当てる。 ―― ダヴ : リアルビューティー スケッチ あなたは自分が思うよりもずっと美しい ―― 2013、ユニリーバ...
自分のために考えることなら、夢見がちでも、曖昧なままでも、語尾を濁して言い切らなくても、さらには、言葉にしなくてもいい。誰かのために考えて、言葉にして、さらには、伝えようとする工夫が、表現を豊かにさせるのだろう。...
日常のちょっとした選択も、未来を変えるような選択も、同じ脳みそを使っているとするのなら、日常をナメちゃいけないな、なんて思ったりもするけれど、そんなことを考える脳みそ自体が、今夜も、僕を正気に戻してくれている。...
幸福な生活、なんてパッケージがあって、そのセットを揃えようとするのは、たぶん、得策ではない。セットを揃えて生活している人がいても、きっと、日々の生活は淡々と過ぎて行く。繰り返される日常は、当たりまえの日常で、幸不幸の埒外の、ただの日常である。...
どのようなものであっても、関係など持ちたくない、って思うときには、ブロックは、逆説を連れ立たせる。ブロックなんてことをしていると、ブロックしている/されている、という関係を作ってしまう。本当は、それさえも作りたくない。 人間の形をして 生まれたからといって 人間らしく生きているなんて 限らないと今は思う ―― 君が教えてくれるもの/槇原敬之 ―― 槇原敬之 作詞作曲...
大人になって、もうずいぶん経つから、誰だって分かりやすい優しさを丸出しにして、おためごかしに提示してくることはない。僕たちは、詐欺師でもホストでもヤリモクでもない。それが拾い上げられるのを待っているようなものなら、足下の泥に埋もれたいくつもの優しさを、僕たちは、毎日、踏み潰しているのかもしれない。 「泥沼でもきれいに咲ける花が あるなら君はどうする」と 真っ白い蓮の花が...