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模写 study after MauKun Yim () Taiwan
2011年に原発爆発放射能漏れを体験して恐怖を覚え日本脱出を試みました。恐怖の源は放射能そのものよりも外国の貨物船が日本へ寄港しなくなったので、これは食料品が値上がりするのは必至と思われ貧乏人の自分では食べていけなくなると思われ、食料がいっぱいある東南アジアへ移動しようと思ったのです。ところが普段は4,5万円で手に入る格安航空券があれよあれよと見る間に20万円以上の高値になって、しかもキャンセル待ちでないと手に入らないという状況になりました。方々手を尽くして上海に向かう最終便の船を見つけてそれも最後の一枚の切符を得てすぐに乗船しました。上海では毎日同宿の旅人をモデルにして鉛筆を走らせているか、もしくは画材店を物色して40日余りのんきに滞在しておりました。驚いて夢中になったのが画材一切が日本の10分の一くら...模写studyafterMauKunYim()Taiwan
人物についてなら葉書大サイズであれば10分で速写できる自信があったのですが、風景を鉛筆で速写するとなると全く経験がなかったので、この画家の作品をたくさん模写してみました。そういえば僕がバックパッカーを始めたころは誰もスマホなど持つものはなくよく鉛筆スケッチをしている旅人をよく見かけたものでした。カメラはフィルム代や現像費にやたらお金がかかったので鉛筆画が一番経済的だったのです。僕が似顔絵描きを始めたのも同じ理由からでした。今ではカメラを持ち歩く余裕がなかった貧しさに感謝しています。機械や文明に頼るものは自分では何もできないひ弱な人間になるのが落ちだからです。それにスケッチを愉しんでいる彼女を眺めることでまた新たな出会いに遭遇することがしばしばあったからです。studyafterCarlPurcell
パステル54x38㎝2012年ポルトガルから失意のまま帰国した小生を慰めてくれたのが彼女のビデオでした。そのことは前にお話しましたが、あの時はどれほどこの有名な歌手を描くことで勇気づけられたかしれません。5年前に直腸がんで入院した時もこの人のポートレイトを枕元に置いて眺めていたのでした。これはパステル画なのでフレームがなければ退化する一方でしたので上から油彩を塗って油絵に仕立てようとしたのですが、これに失敗してこのうっとりとするような優しい表情が消滅してしまいました。本当に絵画は一期一会でありまして後で手を加えたからといってそれが必ずしも成功につながるものではないらしいことをこの経験から学びました。しかしまだ時間は残されているので死ぬまでに今一度この表情を再現したいと思っているのです。僕が初めて見た彼女の...portraitofKatia
油彩54x38cm2023年この夏の暑さには完全に打ち負かされてしまいました。全く絵が描けない状況で家にいては死にそうだったのでサイゼリアにほとんど毎日のように通ってドリンクバーに親しみながら本を読んでいました。今まで75年間生きてきて今度の夏ほど消耗感を覚えたことはかってありませんでした。暑さ寒さも彼岸までと聞いていましたがこの夏は彼岸がやってきても一向に衰えない猛暑でした。まさに異常気象を経験した思いでした。もうクーラーなしの生活は限界かと思いました。来年はもっと涼しい日や雨の日が間に挟まった夏になってほしいと願っています。52日間連続猛暑日
油彩15x20cm2014年これは10年前にサラッと描いた絵なんだけど、今もって大好きな絵です。こんな眼で見つめられると思わず抱きしめたくなります。頬ずりがしたくなります。僕は幼いころから子犬や子猫を拾てきて父親と何度も対立することがありました。でも捨て猫を見て見ないふりをすることがどうしてもできませんでした。子供心に仏縁のようなものを感じていたのでした。そしてそれらの犬猫は僕の大切な魂のよりどころとなってくれました。可愛すぎる
写真を使わないで実物モデルからだけ描いていた時期にできなかったことの一つが裸婦を描くことでした。子供のころ絵が上手いと噂され画家になれと勧められた小学校の同級生の言葉が思い出されます。「ええで、お前画家になれや。毎日女の裸を眺めて暮らせるがな」こんなませたことをいう学童がいたのでした。ところがその40年後に実際に画家になって見れば、そういう機会が巡ってくることはついぞなかったのでした。(笑)それで裸婦の写真をインターネットで探すのですが、当時はいい材料を見つけるのが非常に困難でした。仕方なくポルノのネットに接続してその中から絵画になる静止画を夢中になって探し回ったものでした。😅その後Pinterestでいくらでもよい写真が見られるようになって僕は盛んにダウンロードしました。しかし最近になってまた裸婦の映像...ヌードを鉛筆で描く
油彩40x40cm2007年ポルトガルではこんな愛らしい家族と一緒だったのかと思うと、それを失った悲しみがまたこみ上げてきます。このキジトラの猫は僕が帰国してから4年後に癌で他界したのですが、その知らせを聞いた時は夜を明かして泣いたものでした。懐かしい思い出がとめどもなく次から次へとあふれ出してきてたまりませんでした。本当にペットというのは楽しい思い出だけを残すので残された側はたまりません。本当に天から与えられたような旬玉のおもいでばかりなのです。今もペットと暮らしている皆様がうらやましくてなりません。ポルトガルで一緒に暮らした家族
本当に数えきれないほどの鉛筆画をポルトガルでは描かせてもらいました、本人を前にしてまた写真からも。そのすべてを紹介できないのが残念です。僕の人生の中で最も充実した日々でありました。そんな日々をもたらしてくれたすべてのクライアントと我が前妻に改めてここに感謝をささげたいと思います。さよならポルトガル
study after Friedrich von Amerling (1803-1887) Austria
oil22x27cm2016愛らしい赤ちゃんの寝顔を見ること以上に素晴らしいことはありません。しかし、残念なことに、赤ちゃんである期間は非常に短いのです。スマホなどにうつつを抜かしている暇はありません。🙂studyafterFriedrichvonAmerling(1803-1887)Austria
油彩54x38cm2013年母と子の絆は人類発祥以前からのものであったと思います。現代社会は恐ろしいスピードで変化していますが、この母子の関係だけは不変のものだと信じたいと思っています。母と子と
油彩40x50cm2012年大航海を終えて帰国した人々が真っ先に認める建造物がこの有名な塔になる。様々な謂れがあってロンドン塔にも匹敵する歴史的遺産だ。ベレンの塔
study after William-Adolphe Bouguereau (1825 - 1905) French
oil15x20cm本年17作目なり。studyafterWilliam-AdolpheBouguereau(1825-1905)French