桜の新規開拓と思いながら以前撮っている場所を通ると素通りできない、そして以前撮った時の事が突然思い浮かんでくる。あの時はたくさんの通りすがりに車が停まり撮っていったなあと、そして一番時間が掛かっていたの私だったこと。前回ほどではないが、桜はみんなのもの。私はバス待合所と桜の構図を思った場所に対向車がスーッと入ってきて停めた。それで桜でも撮るのかと車内を見ていると女性二人はカバンからおにぎりを出した...
気になる日常風景の”僕のツボ”をスナップ。
街歩き、時に海、山、僕の「これって、いいねえ。」を撮ってます。
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桜の新規開拓と思いながら以前撮っている場所を通ると素通りできない、そして以前撮った時の事が突然思い浮かんでくる。あの時はたくさんの通りすがりに車が停まり撮っていったなあと、そして一番時間が掛かっていたの私だったこと。前回ほどではないが、桜はみんなのもの。私はバス待合所と桜の構図を思った場所に対向車がスーッと入ってきて停めた。それで桜でも撮るのかと車内を見ていると女性二人はカバンからおにぎりを出した...
あちこち神社仏閣を訪れているけれど桜とこんな組合せは見られない。朱色の建物背景にしての桜、初めてこれを見た時は”京都だ。”と京都まで桜を見にいく、撮りに行かないくてもここで「行ったつもり京都」が味わえるである。乙宝寺山門と弁天堂の桜、ここでもカメラマン、スマホ撮影している人を見るけれど、ここからは誰もいない。人好き好きもあるのだろうが、こんな場所があるよと教えたいばかりに、私はいつもここでは、”ここ...
私の場合新潟市周辺で桜が咲いて、もっと桜を撮りたかったと思ったり、また撮り損ねたりしても、新潟県は縦に長いので北上したら翌週末には別な場所で桜が撮れる、いわば予備的な場所がある。それがここ胎内市の乙宝寺の桜である。ともすると新潟市とは1週間のずれても満開なんてあるので私の桜スポットである。ちなみにここは誰も撮ってない、参道前はカメラ、スマホと撮影する人が多いが、この光景を誰も知らないのかもしれない...
新潟市江南区沢海大栄寺石灯籠と桜景この寺院の桜を見つけてから桜の頃には通うようになった。噂とか人様の話ではなく、仕事で、偶然通ってなのか、いつ、どうやって見つけたのか全く記憶なし。撮影する人の姿はあるが、知ってる人のみような限られたような人。噂を聞いてとかたまたま訪れてとかではない。有名ではいが「知る人ぞ知る」ってやつ。いつも本堂に入りお参りをするのがこの日鍵がかかっていた。本道のガラスに桜を写し...
桜林、訪れた時は8分か9分咲きだったが十分そこは桜の林だった。そしてそこには桜のトンネル、どこか雰囲気が違っていた。桜のトンネルの向こうにはカップル、カップルを応援するように地面の緑の草からは土筆がにょきにょき出ていた。こちらのトンネルよりも私が昔見つけたのはこちら側桜のトンネル、当時はその向こうの桜はまだまだ発展途上の桜並木で、こちらの桜のトンネルは誰もいなかったのに。そーとのぞくと溝の中にも桜...
新潟市美術館前の猫展のPOP。春になり気候も良くこんな看板の掲示ににもほのぼのして見えてきた。猫かあ、気分はほのほのでもせっかちな時、時間掛けて観て暇はないのでと看板だけ撮影。そんなように撮っていると、猫展を見みて出てきた人がいた。”猫好きなのなのね”と思いつつ女性の背中を見るとスカジャンには馬場のぼる氏の有名な「11匹のねこ」だった。猫が好きなのか、猫の絵がすきなのか、猫が好きで猫の絵も好きなだろ...
往生院参道、私はこんな光景が好きだし、良い桜景と思ってもタイミングもあるのかもしれないがカメラマンがいるどころか、だれも見向きもしない。往生院の天平の甍的屋根、屋根の上の鴟尾(しび)に奈良唐招提寺を思い出す、新潟市あってプチ奈良にそこに桜景にカメラをむけないではいられない。鴟尾(しび)の屋根の下の本堂桜景富士と桜、山梨県だったか海外外国人に富士と寺院で有名なスポットがあるけれど、そんな所まで行かな...
昨年桜の新規開拓で見つけた場所。今年もそれに出会えた。撮影中に車が脇を通った、ひょっとして車を停めて桜を撮り始めるのだろうかと思ったが、素通りしていった。自分の見つけた場所だと思ってもしっかり誰かは知っていたのかと思ったがそうでなかった。私は内心では”ちょっとは感動しろや”と灯台下暗しで地元の人間かもと。青空とついつい桜を見上げて撮ってしまう。撮影しながら2年連続、「2度あることは3度」と来年も訪れ...
用水路の満開の桜景にうっとり満足するながらも、用水路路肩に駐車されたフロントガラスの光景に私はシャッターを切らずにいられなかった。そしてほんのひと時の間だったが花びらが落ちてきた。新江用水路になだれ落ちるような桜景私のスケジュールのタイミング新江用水の桜と標識、今年の桜開花とお天気、は最高だった。あまりの見事さに、何枚もシャッターを切った。たぶんこの場所、下四之橋からの光景が一番なのだろう、次から...
おもわず目の前の桜の光景に、この日ここにやって来た私の思いつきに”いいねえ。”だった。午前中には予定にも入ってなかったが、新規開拓がてら阿賀野市保田の用水へ行ってみようかと思いついたのだった。用水の堤はずっと桜、桜、車が止められてそれなりにスペースのある所にはシートを敷いて花見をしていたの何か所も見た。(今は無用の長物となった)火の見櫓と桜。車のすれ違いは、お互いに注意を払わないとダメなくらい。それ...
阿賀野市保田新江用水路、寺町の桜を撮って今年の桜のノルマクリアのような安堵感、だったら郊外へ一気に出て見ようかと思った。それでも去年も訪れいた。桜の新規開拓ポイントもあったけど、まずはここを寄って他の桜探しだった。撮影してしてると目の前の細い道に車が入って行った、私は対向車が来たらどうすのだろうと思うくらい。それも桜があるがゆえになのだろう。大丈夫どろうと車を停めて撮影中も、事の他の通行量、それも...
実は毎年のように狙っている車のフロントガラスの桜景、昨年はお天気悪し、その前はコロナだったり、タイミングが合わなかったり、今年は久しぶりのこの光景に”やっと来た。”とつぶやいた。西堀通真宗寺の石灯籠と桜、まさに「和の光景」だと感じる。この光景が西堀通通り寺院にはいくつかある、でも西堀通の寺院と云っても30寺院近いので同じ光景があっても不思議でもないのかも。世の中には「駐車場と桜」のパターンは多いだろ...
毎年桜の咲く頃になると、中央区西堀通本覚寺へやってくる。実際には西堀通寺町のいくつもの桜を撮るため。下手な所へいくよりも、お寺と桜の関係は10数年前に桜の頃に京都へ行って綺麗は綺麗なのだが人に多さに参ってしたった。そしてそんな京都の桜をまた見たいと思いながら、なかなか行けない。そして西堀通のお寺周りで枝垂れ桜、ソメイヨシノを見つけてひょっとして桜の季節は”いいんじゃね。”とその時を待って訪れるとその...
私的にはやっとの本年桜記事。GWも終わろうしている今、当に桜はなんて周囲にはどこにも咲いてないだが。いまさら桜シリーズ、、、、まずは中央区西堀通本覚寺、毎度桜の季節になるとどこへ行ったらやらと迷う、桜の新規開拓も探すのだが「二兎を追うものは一兎をも得ず」の諺にならないよう、まずは押さえるものは押さえておいて、後は「野となれ山となれ」である。まだまだストックてんこ盛りなのだけれど、時系列で記事にしてい...
出雲崎を後にして、私は次の目的地へと向かう道中に、目に入った光景に私は車を停めて撮りなくなった柏崎市石地海水浴場。構図には入っていないが先客が、カップルと男性がいた。カップルの方の女性はスマホで、別な男性は一眼で撮っていた、と云うよりも撮り終えてかえっていった。私は興味本位で砂浜に残る男性の足跡へ、なるほどここで撮ったかと人様の軌跡たどった。上空を飛ぶウミネコは”バカなことしおって。”と云ったかどう...
出雲崎町石井町国道352号線交差点、久しぶりの訪れて満足の石井神社、そして撮るも撮ったりで満足で石井神社の長い石段を降りる。当たり前に登る時はヘイコラしてるのに、降りるのはまったく楽である(左は住吉神社)。石井町交差点すぐの良寛堂、到着して私は”ありゃ。”と声をだした。冬囲いされていた。オイオイここもか?と思いつつ引き戸は開くのかと横に引こうするもまったく動かず。久しぶりの出雲崎でもありオレは良寛堂...
狛犬越しの出雲崎町と出雲崎港と日本海高台の石井神社境内と日本海、そうそうこのドラム缶は以前も撮った記憶がある。出雲崎町石井神社を囲む板塀。両サイドには言われて気づく硝子窓。その硝子窓からの光景、前日モノクロで、私にはこの光景はモノクロイメージになる。石井神社の鳥居と狛犬越しの白浪立つ日本海、沖にはうっすらと佐渡島。出雲崎町石井町の屋根並みと出雲崎漁港出雲崎町石井町交差点、撮る所満載の出雲崎町石井神...
石井神社(いわいじんじゃ)では、私は撮りたいものがたくさんあって、これもそのひとつ。そして私のこのイメージはモノクロ。石井神社を囲む板塀には明り取りのガラス窓がハマっている。引き戸を開けて中に入り、社殿の縁に上がり板塀にハマった硝子窓から眺める。キレイではなくぶつぶつ汚れ越しに、これを撮ってしまうとまた撮りたくなってくるのである(ぶつぶつ、長年潮が飛んできたものだろう)。前には古い狛犬、鳥居横には...
石井神社の鳥居横にいる狛犬の視線、夜も昼も、冬も夏も日本海を見守っているようで、その姿を後ろから見るとなんとも頼もしく思えた。神社の御社を覆うはめ込み式の板塀。そしてその板にも多々単に密閉するのではく、神社も息苦しくないようになか通気口の穴に設置に神様に気を使っているのがわかる(もっとも密閉するよりも暑い夏には通気口として良いのかもしれない)。入り口のガラス戸に写る古い狛犬と日本海。出雲崎町石井神...
笑ってしまった。人はやりたかったことが達成した時やったー!とかでなく思わず笑ってしまうことはないだろうか。私には出雲崎町といえば一番はこの光景なのかもしれない。その一番の光景も、コロナ騒ぎもあって久しぶり、それまで”あの光景を撮りたいなあ。”とこの光景が時折頭に浮かんだ。石井神社の鳥居と狛犬。ちなみに擁壁(ようへき)の上は良寛記念館、ここからの海へ沈む夕日の光景は有名。例により板塀に囲まれた神社。そ...
山形県から県境を越えて新潟県に、そのまま国道を下って帰るつもりではいたが、正面に見える陽が傾く光景を見ていると、府屋漁港も寄っていこうなった。以前訪れた時は堤防で釣りをしているオジサンがいたが、この日は誰もいない府屋漁港だった。漁港のスロープに打ち寄せる波。新潟県村上市府屋漁港、2019年6月の「山形県沖地震」の時は、全国ニュースでも府屋にある山北総合体育館の土砂崩れで何度も映像が流されていた、「...
久しぶりの小岩川駅前の消防団ポンプ車庫、私個人として久しぶりでもありこの光景にカメラを向けられただけで満足だった。
この時冬場から春へと陽がのびたとはえ、まだまだ夕景は早い、そしてここから家まで2時間。私としては周囲が暗くなる前に家に着きたく帰り道はどこも寄らずに素通り、家へと目指すつもりだった。とは言えその空明るさから、時間に余裕があるじゃないかと久しぶりに鶴岡市小岩川漁港を寄ることにした。とは言え滞在時間は極力抑えて5分、10分の予定。ここでこんなに明るくても家に着く頃には暗くなっているしと。出来たら橋(国...
予定になかった本堂拝観とそして祈祷、東日本大震災の慰霊追悼供養のシーンに立ち合えた嬉しさ、そして癒しの満足感から余韻を残しているように石段を下りながらも私は振り返った。勾配、段数のある石段もあるけれど、奥にはいわゆる女坂のような傾斜の緩やかな階段もある。灯篭向こう池があるがかつて人面魚で有名なりこの池なのかと思ったら全然違うった正面の山の向こう側に大きな池がある。昨年だったか、石段はキツイのは十分...
山形県鶴岡市善寶寺慈照殿の丸窓からの本殿前。 京都有名寺院源光庵の本堂に丸い窓と四角い窓があり、丸窓は「悟りの窓、四角の窓は「迷いの窓」を表している二つの窓がある。そんな丸窓を思い出すのだが、調べるとここ善寶寺、京都源光庵本堂も曹洞宗、丸窓は禅に関係しているのだろうか。丸窓からの本堂前、ご婦人が年老いた女性の手を引いている、ここの階段はキツイので向こう側に車でアクセスできるが、知っている人は知って...
初めて善寶寺の内を拝観した時、この廊下の窓は全開されお庭が見えた記憶があるが、それも善寶寺を訪れた回数からしたら本の1回。むしろ私には拝観せず、入り口から内部をのぞいた回数の方が多いなあと過去を思い出した。開運大黒天を見つけた、大黒天さまなんてあったかと思うくらいの拝観したのは昔ってことなる。ともかく「開運大黒天」となればお願いするしかない、上の額には總持寺の文字、この寺院は曹洞宗なんだと改めて納...
善宝寺慈照殿僧堂(坐禅堂)僧堂と慈照殿本堂前の龍王尊の大提灯常香炉と善宝寺本堂授与所の屋根を見上げながら”どうしようか。”迷った。久しぶりに寺院内でも拝観してみようかとどうかと。中へと入り、廊下を見ながら、以前拝観したのはいつだったか?それを思い出すと記憶が定かでないくらい昔、人もいないようだし拝観を悩んでいると本日午後2時46分から東日本大震災のご供養があるということで、これも縁なのかもと拝観を決...
GWは終わったけれど、久しぶりに行ってみようかと山形県へと遠出して奥羽本線「大沢駅」へ。さすがにGWなら誰か駅好きがいるのではと思ったが、こんな広い空間でいるのは私ひとりだった。新幹線の通過する奥羽本線である、見慣れている線路の幅よりも線路幅が広い。薄暗い大沢駅、雪が多い山岳地駅とあって駅全体がスノーシェッドに覆われている、当然その屋根の下は薄暗く、周囲は山でもあり、ひょっとして紛れ込んだ猿、熊でも遭...
龍王殿から秋葉堂の消火栓、向こうは慈照殿と僧堂の屋根。個人的にはこの位置に消火栓はわかる、消火するには良い場所のかもと、しかしそれ以前にこの下に水道管があるのかと思うとその水道管埋没工事を思うと大変な工事だったんだろうと、水路のコースを想定した。龍王殿からの石段、訪れている回数の割にはその石段を登ったのは1、2回程度、だいたいがここまでそれなりに階段を登ってくるのでその上の階段を見ると”どうしよう...
善寶寺の本堂から龍王殿への階段。初めて訪れた10数年前から気になっていた本堂から龍王殿につながる階段。善寶寺の本堂を拝観したらここも行けるのかと思っていたら行けなかった。この時まだ3月11日、龍王殿の前には雪が残っていたが、春先に訪れた時にはもっとあった時もあった。龍王殿の大きな。菊の御紋?なのか由緒あるのだろうかと。龍王殿の品を感じる虹梁の彫刻に格式のようなものまで感じさせる。また神社仏閣我が新...
善寶寺の常香炉の龍に、これは宗派からか、龍王殿があるからモチーフは龍なのかと、毎度思う。本堂横から「奥の院 龍王殿」へ。本堂廊下の下を通り、本堂裏の龍王殿へ。私個人としてはこの薄暗い所を通っていくこで、ちょっとワクワクと厳粛な聖域に入ったような気持ちなる。そんな思いが、私を一気に前に進ませず、毎度”来た、来ましたぜえ。”と言わんばかりにカメラを向けたくなってくるのである。この時龍王殿の前には雪の塊が...
この階段を登るご婦人の後をついて行ってことがある、どこかで休息を入れるはずと思ったら一気に登って、それなら階段を上がりきった所で”はあ。”とかひと休憩するだろうと思ってら一気に本堂前まで進みそして息も荒れず手を合わせた、私は”なんだこの女は?”と驚いたことがある。単純にそうか階段に出来ると影はこうなるのかと気づいた。左側通行の階段、こういうのはそれなり参拝者が階段を上り下りするからなのだろうが、そんな...
五百羅漢堂と五重塔善寶寺の五重塔、善寶寺は曹洞宗である。そして五重塔のある寺院は大概真言宗、曹洞宗(道元)、真言宗(空海)、真言宗の寺院は大概にして創設された当時はアミューズメント施設のような、あそこのお寺は凄いと思わせるのが真言宗寺院なので曹洞宗に五重塔は間違いでは思う。もっとも五重塔の寄進されたもの、お寺だったら五重塔でしょうと、わかっているようでわかっていない人の寄進なのでは、それを無下には...
久々の山形県鶴岡市「善寶寺」、と言ってもGWではなく桜の咲く前の3月。桜のストックがGWになってきてなんぼなんでも遅すぎるだろうと時系列を変えて桜を先に投稿なので、投稿写真は時をさかのぼることになる、あしからず。裏参道にある放光堂、ここ寺院では石の墓地ではなく、御位牌が並べられるお堂になる。初めてその中をのぞいた時はその厳粛感にここのお寺は格というか品の良さを感じ、さすがに藤沢周平の小説に出てくる...
今年は桜の新規開拓だと思うがままに車を走らせていて、たまたまわき見したら「なにここ!」と意外な光景に、むしろ意外過ぎて一旦は通り過ぎた。しかし、”なんだここは?!”の光景に車は行ったん通り過ぎたがその光景が頭を中をめぐり、道端に車を停めてその場所へ。私はその場では、笑うしかなかった、新規開拓で見つけたその桜の光景にそしてシャッター枚数が増えていった。この日桜の新規開拓だったけど、この場所に遭遇でこの...
桜と竹藪竹藪に咲く桜雪残る山と満開の桜黒塀と桜、小学校の建物。桜が咲く頃に訪れているのだけど、昨年は忘れていたような、コロナ影響で出掛けるパターンも変わったってこと。「そういやあ。」と急遽思い出した、思い出さなければ2年訪れず、そうなると来年は忘れているかもしれない。そんな忘れしまったような場所が桜が散ってから「あそこもあった!」と思い出した、今年は桜スポットの新規開拓したせいもあり、いつもの場所...
西堀通本覚寺の桜景、新潟でもあちこち地元新潟で見ているけれど、ここ本覚寺の桜景は私にとっては特別、ここさえジャストインタイムの桜で遭遇したら、その年は桜景は撮り終えたような気分にもなってくる(もっとも新潟市としては早い桜ではなるが)。新潟市が選んだ2連バス「ツインくる」、導入前には路面電車を案が出たが結局は2連バス「ツインくる」で、誤魔化したような、富山市の路面電車を知らんのか、それだけで十分観光...
本覚寺の本格的桜景、私はわざわざ県外遠出桜を撮りに行くこともないと思えた地元の枝垂れ桜。しかし、寺院をあちこちとまわるようになって、その境内には神社があるのに気づいた、お寺なのに神社?大体はお稲荷さん。本覚寺の泉水と桜。椿と桜GWはやっぱりどこも人、交通量だって普段よりも多い、下手したらせっかく遠方に出掛けても駐車場がなかったりとそんな経験がある。特に今年はコロナ以降移動制限なし、4月29日でそれが...
中央区西堀通本覚寺、本堂前に見事な枝垂れ桜、境内には何本の桜はソメイヨシノではなく枝垂れ桜。新潟市中央区西堀通の寺町通30寺院あるけれど、桜のある寺院はそこそこにあるのだが、ここほど見事な枝垂れ桜のある寺院はない。なので、自分の寺院の桜巡りのお楽しみの寺院でもある。本堂前にある稲荷神社の朱色の鳥居と枝垂れ桜の組み合わせ、油断して昼近くになるとそれはビル影に入っていた。郊外の桜だってもベストな時間帯...
見ごたえのある桜風景があることを発見してから下手にあそこ、ここと訪れるよりも外れがないと思うようになって、毎年訪れるようになった。そしてちょうど満開、だからって見物人がたくさんいる訳ではなく、いることはいても”いないような状況”である。仮にこれが京都とかだったら、どれくらいいるのか。昔桜時期に京都を訪れたどこも満開だった、そしてそこには桜の花よりも多いじゃないかと感じるほどの人の多さに、”綺麗なんだ...