7月4日の乃楽山の大惨敗で手持ち兵力ゼロまで堕ちた大伴吹負。7月9日に置始連菟の援軍千騎を得て復活する。 初出: 継体持統㊼:地形図で見る壬申の乱 - 上古への情熱 672.7.4-7.9 大伴吹負の潜伏 7月4日乃楽山の戦いで大惨敗を喫した大伴吹負はわずか数騎で大和盆地南東隅、三輪山横の谷間の上流、墨坂まで逃げてきた。 谷間の墨坂は数騎でも死守することとして、柘植盆地にいる紀臣阿閉麻呂軍に救援要請の使者を出すも、阿閉麻呂軍は倉歴道守備で手一杯。7月5日から6日は大津宮軍の田辺小隅の奇襲を受けて大混乱。とても援軍を出せる状況になかった。 7月7日になって息長横川の戦いの結果、捕虜等から大津宮軍…