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歴史逍遥『しばやんの日々』 https://shibayan1954.com/

わが国の歴史は第二次世界大戦後、戦勝国にとって都合の良い歴史に相当書き換えられました。GHQ焚書など戦前の国内外の書物や新聞記事から、歴史の真実を自分なりに探るブログです。

引き続き戦後タブーとされている史実などを考察していく所存です。 著書:『大航海時代にわが国が西洋の植民地にならなかったのはなぜか』

しばやん
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2019/03/14

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  • 目に見えない戦争手段 『思想戦経済戦』(GHQ焚書)を読む1

    思想の毒盃 昭和初期から大東亜戦争(太平洋戦争)期に陸軍省が発行していた『つわもの』という雑誌があり、陸軍の公式・準公式的な情報や戦況、軍隊内の実話、教練の知識などが掲載されていたようだが、陸軍つわもの編輯部は雑誌だけでなく、写真帖や軍事に...

  • 紀伊国屋文左衛門と紀州みかんの話

    紀伊国屋がみかんで大儲けしたのは真実か 紀伊国屋文左衛門は元禄時代の豪商で、荒天の海にみかん船を乗り出して大儲けをしたという話が有名で、私も子供の頃に何度か聞いた記憶がある。紀伊国名所図会 後編下巻 蜜柑をとる図 この話の概要をまとめると、...

  • 奈良葛城地方の古代豪族由来の古社寺などを訪ねて

    鴨氏と葛城氏 奈良県の葛城地方(現在の御所市、葛城市あたり)は、古代ヤマト王権の有力な豪族であった鴨氏と葛城氏が本拠地としていた地域である。 鴨氏は弥生時代中期に出雲にいた製鉄や水利、農耕の技術に長けた集団が葛城地方に移り住んで大規模な集落...

  • 東南アジアと日本人『南洋物語』(GHQ焚書)を読む3

    「八幡船」とは 前回まで二回にわたり柴田賢一の『南洋物語』を前編の一部を紹介させていただいたが、この本の後編では日本民族と南洋との関わりについて書かれている。いきなり「八幡船ばはんせん」という聞きなれない言葉が登場するのだが、室町時代から江...

  • 白人に蹂躙された南洋の国々 『南洋物語』(GHQ焚書)を読む2

    海賊行為を奨励したイギリス 前回記事で「南洋」をポルトガルとスペインが侵略したことを書いたが、両国はローマ法王の裁断によって「南洋」の新植民地を両分し、そこから上がる莫大な利益を独占していた。それに不満であったのはイギリスとオランダで、いず...

  • ポルトガルとスペインに征服された「南洋」諸国 『南洋物語』(GHQ焚書)を読む1

    戦前・戦中でよく用いられていた「南洋」の範囲 戦後のわが国では「南洋」という言葉はほとんど用いられることがないのだが、戦前においては第一次世界大戦後にドイツ領であった南洋群島の統治を委任されている。南洋庁の管轄範囲は、具体的にはマリアナ諸島...

  • 松尾芭蕉と河合曾良の『奥の細道』の旅

    『奥の細道』の旅程月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也。舟の上に生涯をうかべ、馬の口をとらえて老をむかふる物は、日々旅にして、旅を栖(すみか)とす。古人も多く旅に死せるあり。予もいづれの年よりか、片雲(へんうん)の風にさそはれて、漂泊...

  • 西郷隆盛と大久保利通 『明治偉人少年時代』(GHQ焚書)を読む2

    「近藤崩れ(お由羅騒動)」 前回に引き続き、竹田敏彦著『明治偉人少年時代』の紹介をさせていただく、今回は「西郷と大久保」という作品を採り上げたい。主人公は言うまでもなく西郷隆盛と大久保利通である。 物語は嘉永三年の鹿児島の城下の加治屋町で、...

  • 木戸孝允と松陰先生 『明治偉人少年時代』(GHQ焚書)を読む1

    GHQ焚書の中に子供向けに書かれた偉人伝がいくつかあるので、今回はその中から竹田敏彦著『明治偉人少年時代』を紹介させていただくこととしたい。 著者の竹田敏彦は昭和時代に劇作家・小説家として多くの作品を残した人物で、Wikipediaによると...

  • 東大寺より大きかった方広寺の悲しき歴史

    明治初期の方広寺の写真 国際日本文化研究センターのサイトに「京都名所撮影データベース」があり、明治初期に撮影された二十四枚の「京都名所」の写真を見ることが出来る。私自身京都市内の生まれなので、有名な寺社であれば写真を見ればだいたい名前を言い...

  • ユダヤ人の陰謀とタイの華僑 外務省編纂『国際事情:世界の動き 』(GHQ焚書)を読む2

    ユダヤ人の陰謀 前回記事でナチスのユダヤ人観について書いたが、例えばロシア革命は少数のユダヤ人が起こしたことも『国際事情:世界の動き (昭和十四年版)』(GHQ焚書)で触れられている。 国を持たず軍隊を持たないユダヤ人が何故国を転覆させるこ...

  • 外務省情報部が編纂した『国際事情:世界の動き (昭和十四年版)』(GHQ焚書)を読む1

    先日このブログで外務省情報局が小学生向きに著わした『日本の外交』という本を紹介させていただいたが、外務省情報局がほぼ毎年刊行していた『国際事情』という本の昭和十三年版と十四年版がGHQによって焚書処分されている。 外務省は外国の事情を紹介し...

  • 中堅将校によるさらなる内乱拡大を自刃して止めた阿南陸相

    わが国の歴史を歪曲させたもの 前回まで『ポツダム宣言』受諾をめぐるわが国の動きを中心に書いてきたが、昭和天皇による『御聖断』のあとに、陸軍の異常な動きが際立っていることが理解して頂けたと思う。 彼等の動きを見ていると、陸軍の中枢にはわが国を...

  • 宮城事件後に若手将校が起こした二つの事件及び満州をソ連に差し出した関東軍

    水戸教導航空通信師団事件 前回および前々回の記事で、昭和二十年八月十四日から十五日にかけて陸軍の若手将校たちが、戦争を継続させるために、「ポツダム宣言」受諾を伝える『玉音放送』を阻止しようとしてクーデターを起こしたが失敗し(宮城事件)、『終...

  • 昭和天皇の最後の御聖断と「玉音放送」を阻止しようとした陸軍将校たち

    クーデター準備 前回記事で、阿南陸相の義弟である竹下中佐らが、陸軍大臣らの許可を得て兵力を使用し、昭和天皇および和平派を軟禁拘束して、戦争継続の方向に導くことを計画したことを書いたのだが、この計画に賛同するメンバーが少なからず存在したのであ...

  • 昭和天皇の御聖断に従わずクーデターを計画した陸軍将校たち

    第一回目の昭和天皇の御聖断 昭和天皇の御聖断でわが国が『ポツダム宣言』を受諾することが決まったのだが、この御聖断によりすんなりと終戦に向かったのではなかった。 今回は、昭和天皇の二度にわたる御聖断とその後の動きについて、寺崎英成ら昭和天皇の...

  • 終戦期にソ連に忠誠を尽くそうとした政府中枢の『軍国主義者』たち

    共産主義が日本軍の中枢に浸透していた 前回の記事で昭和三年(1928)に中外商業新報に連載された小松緑の『赤化運動の経緯』を紹介させていただいたが、この論考によるとコミンテルン規約第四条には「共産主義の宣伝は、極力軍隊に向って行うべし。特別...

  • 第二次世界大戦前のわが国では学生や軍隊に共産主義思想が蔓延していた

    戦争と共産主義 戦後の歴史叙述で第二次世界大戦に関してソ連が世界に於いてどのような活動をしていたかについて言及している書物は極めて少ないのだが、一九一九年にレーニンが提唱しモスクワで結成されたコミンテルン(第三インターナショナル)の動きを理...

  • 外交はどうあるべきか『日本の外交』(GHQ焚書)を読む2

    前回に引き続き、外務省情報局が小学生のために書いた『日本の外交』の一部を紹介させていただく。 前回記事では小学生の富士夫君の家に外交官の伯父さんが訪れて、富士夫君の質問に伯父さんが答えているのだが、今度は富士夫君が鎌倉の伯父さんの家を訪ねて...

  • 外務省情報局が小学生のために書いた『日本の外交』(GHQ焚書)を読む1

    GHQが焚書処分した書籍リストの中に、わが国の外務省が著したものが十四点存在している。いずれも、当時のわが国が世界の情勢をどのように把握していたかを知るのに参考になるのだが、大人向けの本は読みづらい本が多いので、今回は小学生向けに書かれてい...

  • 外務省情報局が小学生のために書いた『日本の外交』(GHQ焚書)を読む1

    GHQが焚書処分した書籍リストの中に、わが国の外務省が著したものが十四点存在している。いずれも、当時のわが国が世界の情勢をどのように把握していたかを知るのに参考になるのだが、大人向けの本は読みづらい本が多いので、今回は小学生向けに書かれてい...

  • 備中松山城から高梁市内観光と誕生寺へ 岡山県の歴史散策2

    備中松山城 岡山県西部を流れる高梁たかはし川は吉井川や旭川と並ぶ岡山三大河川の一つで、その中流にある現在の高梁市は江戸時代から昭和初期までは高瀬舟が行き交い、物資の集散地として賑わっていたのだが、この川の名前は『日本書紀』では「川島川」と書...

  • 旧閑谷学校から後楽園・岡山城へ 岡山県の歴史散策1

    旧閑谷(しずたに)学校池田光政(林原美術館所蔵) Wikipediaより 寛永九年(1632年)に岡山藩初代藩主となった池田光政は、水戸藩主徳川光圀、会津藩主保科正之とともに江戸時代初期の三名君と称されている。この時代各地の大名は、武力によ...

  • 米軍に入隊した日系兵がナチスの強制収容所の解放に貢献した

    米軍入隊を志願した日系アメリカ人 前回の記事で、日米開戦後に日系アメリカ人は強制収容所に送られたことや、The Atlantic誌の「第二次世界大戦:日系アメリカ人の強制収容」という記事に、日系人の強制収容に関する写真が沢山掲載されているこ...

  • 日米開戦後に強制収容所に送られたアメリカの日系人

    アメリカの排日キャンペーン 日露戦争後にアメリカのカリフォルニア州で排日運動が拡大していったのだが、この運動が全国レベルに拡大したのはアメリカの新聞王と呼ばれるウィリアム・ハーストが一九一四年(大正三年)から排日キャンペーンを開始してからの...

  • ユダヤ人を考える 満洲日日新聞『ユダヤ問題を衝く』4

    ユダヤ人の政治家利用『神戸大学新聞記事文庫』人種問題3-49 満洲日日新聞主催のユダヤ問題研究者座談会は、ユダヤ人の政治家利用に話題が移り、司会が長谷川泰造氏に発言を求めた。世界人口の一パーセントにも及ばないユダヤ人が強い政治支配力を持つた...

  • 支那とユダヤ人 満州日日新聞社『ユダヤ問題を衝く』3

    支那とユダヤ人の歴史『神戸大学新聞記事文庫』人種問題3-49 ユダヤ問題研究者の座談会は支那におけるユダヤ人の話題に移っていく。支那とユダヤとの関係史を紐解くと、紀元前三世紀にユダヤ人が渡って来たことが記録に残されているという。上海税務専門...

  • 第一次世界大戦以降も世界に暗躍したユダヤ人 満州日日新聞『ユダヤ問題を衝く』2

    第一次世界大戦とユダヤ力 引き続き満州日日新聞の『ユダヤ問題を衝く』の内容の一部を紹介させていただくが、次に座談会の話題は第一次世界大戦にユダヤ勢力がどのように関わったかという話題となる。最初に満鉄上海事務所顧問の長谷川泰造が第一次世界大戦...

  • ユダヤ問題とは 満州日日新聞の『ユダヤ問題を衝く』を読む1

    神戸大学附属図書館の『新聞記事文庫』には戦前・戦中の新聞記事が多数収録されているのだが、戦後GHQは過去の新聞記事については検閲することはなかったので、われわれの先人達が当時の世界情勢をどのように理解していたかを知る上で参考になる貴重な記事...

  • 志田延義著『アジア古典の復興』(GHQ焚書)を読む2

    ビルマに拡がった「み民われ」の心『神戸大学新聞記事文庫』アジア諸国2期3-65 昭和十八年の八月一日にビルマ国が独立を宣言した。同時にビルマ国はわが国と同盟を締結したのであるが、この日は言うまでもなくわが国は米英を相手に戦っている真最中であ...

  • 志田延義著『アジア古典の復興』(GHQ焚書)を読む1

    欧米による世界侵略 今回紹介させていただくGHQ焚書は昭和十九年に出版されただが、著者の志田延義(しだ のぶよし)は昭和五年に東京帝大国文科卒業後中学校教員を経て昭和七年に国民精神文化研究所助手となり戦前戦中に多くの著作を残している。終戦後...

  • わが国の官民が莫大な投資をしてきた満洲国の掠奪を狙った国

    わが国から派遣された官吏は満洲国の行政にどの程度関与したか 前回記事で関東軍が満洲の匪賊を討伐したことを書いたが、それまでの満洲は、法治はおろか人治すらなく、軍閥・匪賊が支配し跋扈する無法地帯であった。 黄文雄氏は『日本の植民地の真実』でこ...

  • 満洲の民衆が関東軍を敵視しなかったのはなぜか

    兵士数で圧倒していた張学良軍の敗因 昭和六年(1931年)九月十八日の柳条湖事件から始まった満洲事変で、兵士数三十万とも四十万とも言われていた張学良軍は、およそ一万の関東軍によって総崩れとなって満洲から駆逐されてしまっている。彼らは兵士数で...

  • 満洲事変前から関東軍が満洲に駐留していた経緯

    満鉄沿線を守る任務の重要性 戦後のマスコミや教科書などでは満洲事変について、関東軍が武力による満洲の制圧を企て、戦争のきっかけを作って中国軍への攻撃が始まったと書かれるのだが、当時の満洲に関東軍がいた理由について解説されることはほとんどない...

  • 『満蒙開拓青少年義勇軍現地通信集』(GHQ焚書)を読む

    前回まで二回に分けて『満蒙開拓青少年義勇軍概要』(GHQ焚書)の内容の一部を紹介させていただいたが、十六歳〜十九歳の青少年が親元を離れて満州に送り込まれ、かなり危険な地域に入植することになった者が少なからずいたようだ。 GHQ焚書リストの中...

  • 『満蒙開拓青少年義勇軍概要』(GHQ焚書)を読む 2

    満洲の漢人 清水久直著『満蒙開拓青少年義勇軍概要』(GHQ焚書)には、満洲には満州人も蒙古人も朝鮮人も漢人もいて、日本人は彼らの風俗なり習性なりの長所をよく理解し尊重し、かれらの生活の向上と福利を計る姿勢が無ければ、彼らと仲良く生活すること...

  • 『満蒙開拓青少年義勇軍概要』(GHQ焚書)を読む1

    満蒙開拓青少年義勇軍 満蒙開拓青少年義勇軍について、戦後の日本人にはほとんど知る機会がなかったと思うのだが、昭和十二年十二月に作成された「満洲青年移民実施要項」に基づいて募集が開始され、若き青少年が満洲国に開拓民として送られていった。 その...

  • 徳川綱吉の治世後半を襲った相次ぐ大災害と復興資金の捻出

    徳川綱吉の治世後半期に相次いだ大災害 前回は徳川五代将軍綱吉が出した『生類憐みの令』のことを書いたが、もう少しこの時代の話題を続けよう。 徳川綱吉が将軍宣下を受けたのは延宝八年(1680年)で、宝永六年(1709年)に死去するまで将軍位に就...

  • 徳川綱吉の『生類憐みの令』を悪法とする通説が見直されている

    『生類憐みの令』は悪法か 江戸幕府第五代将軍徳川綱吉が発布した『生類憐みの令』に関する教科書の記述が、学生時代に学んだ内容と随分ニュアンスが違っている。 たとえば『もういちど読む 山川日本史』では、次のように解説されている。 江戸時代の悪法...

  • 伊勢志摩から松阪公園と豪商宅を訪ねて

    安乗岬と安乗人形芝居安乗岬灯台 関宿から伊勢志摩の安乗あのり岬(三重県志摩市阿児町安乗)に向かう。安乗岬は的矢湾入口にある岬で、高さ20mの断崖か波に削られた結果出来た岬の先に安乗埼灯台が建っている。周囲は暗礁が多く、安乗崎、大王崎、鎧崎を...

  • 伊勢国一之宮・椿大神社から亀山城址、関宿を訪ねて

    新緑の季節に伊勢志摩の宿がとれたので、三重方面の観光地を巡ることにした。伊勢神宮はもう何度も訪れたのでカットして、鈴鹿市や亀山市を経由して伊勢志摩に向かい、翌日は松坂市を探索するルートである。椿大神社 最初に訪れたのは伊勢国第一宮の椿大神社...

  • 残る安住地は極東のみ 『事変とユダヤ人問題』を読む3

    侮日抗日の因 昭和十三年の犬塚惟重が読売新聞に寄稿した論考の最終回だが、見出しは「わが傘下に投ぜよ 残る安住地、極東のみ」と書かれている。 紀元一世紀から二世紀にかけてユダヤ人はローマ帝国に対し反乱を起こし、鎮圧されたのち厳しい弾圧を受けた...

  • 狙われた日本 『事変とユダヤ人問題』を読む2

    上海ユダヤ王国『神戸大学新聞記事文庫』人種問題3-32 海軍のユダヤ人問題研究者・犬塚惟重が昭和十三年に寄稿した論考『事変とユダヤ人問題』の二回目だが、新聞の見出しには「毒牙愈よ日本へ 在支権益滅失防止に」と書かれている。「毒牙」という言...

  • ユダヤ人はこれまで何をしてきたか 『事変とユダヤ人問題』を読む1

    日本海軍のユダヤ人問題研究者・犬塚惟重これしげ 戦前の新聞はにユダヤ人問題に関する記事や論考が多数出ていて、当時のわが国では、世界情勢を正しく理解するためにはユダヤ人問題の理解が重要であることが一部の識者で主張されており、新聞の読者の関心も...

  • 江戸時代の豪商・淀屋の闕所処分と明治維新の謎

    江戸時代に大阪が商業の中心地として栄えた理由 徳川家康が江戸幕府を開いた以降、徳川幕府の歴代将軍は江戸が政治・経済・文化の中心になるよう努力したに違いないのだが、元和元年(1615年)の大坂夏の陣で豊臣氏は滅亡したにもかかわらず、その後も大...

  • 民族戦は今も続いている 長野朗『民族戦』(GHQ焚書)を読む6

    抗日統一戦線と遊撃隊 長野は昭和十年(1935年)の年末に北京の大学生により抗日の火が燃え上がり、それが忽ち上海の学生に飛び火し、全国に蔓延して共産系の指導の下に全国的な抗日宣伝が行われたことを書いている。「神戸大学新聞記事文庫」外交141...

  • 支那事変に到る道 長野朗『民族戦』(GHQ焚書)を読む5

    支那の対日戦略の変遷 漢民族が満州に大量移住し多数を占めるようになると、漢人たちは満洲から蒙古人を追い出し、満洲人を圧迫して同化させ、次いで朝鮮人を圧迫し、最後に日本人に様々な圧力をかけるようになった。日本勢を圧迫し弱体化させる動きは満州だ...

  • 満州における漢人と日本人 長野朗『民族戦』(GHQ焚書)を読む4

    漢民族の満州発展満州の首都 新京 もともと満州は満州民族の故地でありかつては漢民族はわずかしかいなかったのだが、清朝末期ごろから漢民族の移住が始まっていた。日露戦争後の講和条約でわが国は満州の権益を取得し、十七億円もの資金をつぎ込んで道路や...

  • 満州における漢人の朝鮮人圧迫 長野朗『民族戦』(GHQ焚書)を読む3

    漢人は満州の朝鮮人を圧迫した間島省地図 東に琿春県がある 前回記事で、もともと漢人が殆んど住んでいなかった満州と東蒙古に大量の漢人を移住させて満州人を追い払い、漢人の支配地としたことについて書いたが、満州には清朝末期以降に鴨緑江、豆満江を渡...

  • 消し去られた満州人 長野朗『民族戦』を読む2

    満州漢人化運動 前回記事で本土で暮らせなくなった漢人が大量に満州に移住したことを書いたが、満州人の故地であり、かつては住民の大半が満州人であった満州に大量の漢人移民を送り込んで漢人が支配するように地域を拡大することが長野の言う「民族戦」なの...

  • 中国の領土拡大方法を考える 長野朗『民族戦』(GHQ焚書)を読む1

    長野朗は陸軍の軍人で、辛亥革命後大正元年(1912年)に中国に派遣され、大正八年(1919年)に北京に留学して五・四運動などの動きを目の当たりにし、1924年に帰京後は拓殖大学教授、東亜経済調査局理事、興亜院嘱託などを歴任し、中国や満州に関...

  • 中国の領土拡大方法を考える 長野朗『民族戦』(GHQ焚書)を読む1

    長野朗は陸軍の軍人で、辛亥革命後大正元年(1912年)に中国に派遣され、大正八年(1919年)に北京に留学して五・四運動などの動きを目の当たりにし、1924年に帰京後は拓殖大学教授、東亜経済調査局理事、興亜院嘱託などを歴任し、中国や満州に関...

  • アメリカはいかにしてフィリピンを手に入れたか

    「太平洋の鍵」を支配する 米国海軍大佐であったA.T.マハンが一八九〇年に『海上権力史論』という本を著し、欧米史においてシーパワーがいかに重要であったかを論証したが、その本の中でパナマ運河が開通したのちアメリカは太平洋沿岸に海軍力を強化すべ...

  • 田沼意次の長男・意知の暗殺を仕掛けたのは誰か

    田沼意知おきとも暗殺事件 天明四年(1784)三月二十四日、田沼意次の長男である田沼意知が江戸城内において、新番組の佐野政言さの まさことに斬りつけられ、その八日後に死亡している。 田沼意知は天明三年(1783)に若年寄に抜擢されており、異...

  • 田沼意次を「賄賂政治家」として貶めた政敵は誰なのか

    田沼時代の再評価 学生時代に田沼意次たぬま おきつぐは「賄賂政治」を行ったと学んだので、以後長いあいだこの人物については悪いイメージを持っていたのだが、近年この人物が再評価されている。 日本近世史の権威であった故・大石慎三郎氏の『田沼意次の...

  • 阿波の土柱と脇町のうだつの町並み

    阿波の土柱どちゅう 徳島の古刹の桜を楽しんだあと、阿波市阿波町北山・桜ノ岡に存在する阿波の土柱に向かう。 阿波の土柱 波濤嶽 土柱層がむき出しになってるあたりを「波濤嶽はとうがたけ」と呼び、昭和九年に国の天然記念物に指定されている。現地のパ...

  • 桜の咲く頃に徳島の古刹を訪ねて

    毎年桜の咲く頃には地方の桜を見にいくのだが、あまり有名な桜の名所は観光客が多すぎるのでなるべく避けるようにしていて、静かに桜を楽しめそうな古い寺や神社を選んで旅程を立てるようにしている。今年は徳島の古刹を中心に訪ねて来た。大日寺 徳島県には...

  • 蒋介石が黄河の堤防を爆破させ、多くの民衆が溺死しさらに大飢饉が発生したこと

    黄河決壊事件 一九三七年(昭和十二年)盧溝橋事件から支那事変がはじまり、南京陥落後日本軍は中国中心部に軍を進め、翌年六月には河南省の中心地である開封かいほうを占領。次いで鄭州ていしゅうに向かうのだが、このままだと国民党政府にとって重要な都市...

  • GHQが焚書した『真珠湾』を読む2 真珠湾攻撃とロバーツ委員会報告

    真珠湾攻撃 アメリカ人のブレーク・クラークが書いた『真珠湾』の続きだが、前回は日本軍が真珠湾の周囲にある飛行場や海兵隊基地を空爆した場面を紹介させていただいた。発艦直前の翔鶴の飛行甲板 Wikipediaより 今回は、アメリカ最大の海軍基地...

  • GHQが焚書処分した米国側の真珠湾空襲の記録1

    『真珠湾』という本がなぜ翻訳出版されたのか 昭和十六年(1941年)十二月八日に日本軍がハワイの真珠湾に碇泊していた多数の戦艦を撃沈し、ホノルルの飛行場を爆撃したのだが、この攻撃に関してアメリカ側は「奇襲だ。騙し討ちだ。」と主張し、「日本は...

  • GHQ焚書で読むアメリカのハワイ併合と日本の抗議

    前回は、カラカウア王が国際親善訪問から帰国後、王権の強化を図るとともにハワイの伝統・文化を復活させようとしたことがアメリカを強く刺激することとなり、アメリカの圧力により憲法を押し付けられ、カラカウア王の国政に対する権限のほとんどを奪われたこ...

  • GHQ焚書で読むハワイと日本の交流史

    GHQが焚書処分した本の中に、ハワイに関する本が全部で十一点存在する。その中で、戦後の日本人にはほとんど知られていない話が多く記されているので、いくつかを紹介させていただくこととしたい。日本人漂着者の記録 ハワイに欧米人がはじめて上陸したの...

  • 幕末の「ええじゃないか」騒動を考える

    「ええじゃないか」騒動が起こるまで 学生時代に教科書や参考書をいくら読んでもピンとこない叙述がいくつかあったが、江戸時代末期の「ええじゃないか」は変な出来事だとは思いながら、「一般庶民が新しい世の中が生まれることを期待して自然発生的に起こっ...

  • 攘夷から倒幕に突き進んだ薩長の志士たちの活動資金はどこから出たのか

    むかし幕末から明治維新までの歴史を学んだ際に、若い世代が国事に没頭して徳川幕府を倒したことに驚き、彼らの活動資金がどこからでていたのかについて疑問を感じた人は少なくないだろう。昔は薩摩や長州の活動資金がどこから出ていたかについて書かれてる書...

  • 巧妙なる英国外交政策 斎藤榮三郎『英国の殖民政策』(GHQ焚書)を読む2

    イギリスの極東政策の変化 引き続き斎藤榮三郎『英国の殖民政策』(GHQ焚書)の内容を紹介させていただく。前回は第一次世界大戦の間にわが国が対支貿易を急増させイギリスの対支貿易額と並ぶ推移順にまで迫ったことで、イギリスはわが国を制約するために...

  • 江戸幕末期に存在した武士身分の相場

    旗本の貧困生活菊池寛の『大衆維新史読本』の復刻版が電子書籍の響林社文庫から出ていて、Amazonで購入しKindleで読むことが出来る。この本には江戸幕末から明治維新期に関する興味深い話がいろいろ書かれているのだが、今回はそのなかから、ペリ...

  • 「持てる国」と「持たざる国」 斎藤榮三郎『英国の殖民政策』(GHQ焚書)を読む1

    『持てる国』英国 「持てる国と持たざる国」という言葉を、子供の頃に何度か大人から聞いた記憶があるのだが、今では使われることが少なくなってしまっている。斎藤榮三郎の『英国の殖民政策』(GHQ焚書)を読み始めるとこの言葉が冒頭から出て来た。 戦...

  • 和歌山城と日前宮周辺の古社寺等を訪ねて

    和歌山旅行の初日は和歌の浦周辺の景勝地を巡って来たが、翌日は和歌山城から和歌山市や海南市の古い寺や由緒ある神社などを訪ねて来た。和歌山城 天正十三年(1585年)に羽柴秀吉が紀州を平定し、弟の秀長に命じて創建させた城を「和歌山城」と名づけた...

  • 和歌の聖地・和歌の浦近辺の景勝地を訪ねて

    和歌の浦 「和歌の浦」は和歌山市の南西部に位置する景勝地の総称で、二〇一一年に国指定の名勝に指定され、二〇一七年には「絶景の宝庫 和歌の浦」として日本遺産に認定されている。 住居表示で「和歌浦」は「わかうら」と読み、玉津島と片男波かたおなみ...

  • 徴兵制を軌道に乗せるまで苦労の連続であった明治政府

    廃藩置県と徴兵制 教科書などでは、明治四年(1871年)の「廃藩置県」について、明治政府は薩長土三藩から御親兵を募り中央集権を固めたうえで、藩を廃して県と呼び、知藩事(旧藩主)を失職させて東京への移住を命じ、各県には知藩事に代わって新たに県...

  • 桜井忠温『戦う国・戦う人』(GHQ焚書)を読む3

    弾丸を、飛行機を翔鶴から発進準備中の零戦二一型 Wikipediaより 武器が進化するに伴って戦争が次第に大がかりなものになっていき、犠牲者が増加するだけでなく戦費も莫大なものになっていく。日清・日露戦争の頃には戦闘機は存在しなかったが、第...

  • 大倉喜八郎がいかにして大財閥を築き上げ、稼いだ金を何に使ったか 

    前回の「歴史ノート」で大倉喜八郎は江戸幕府の動きや黒船を観て、これからわが国で内乱が起きることを直感し、乾物商をやめて武器商に鞍替えして大稼ぎしたことを書いたが、戊辰戦争が終わると喜八郎は、これからしばらくわが国で戦争が起こることはなく、こ...

  • 戦い方は国により将により様々 桜井忠温『戦う国・戦う人』(GHQ焚書)を読む2

    首将はかくあるべし『戦う国・戦う人』を読み進むと、軍の首将たる者はどのような人物であるべきかについて述べている箇所がある。軍隊だけではなく企業や団体などあらゆる組織のリーダーにも参考になる話だと思うので、引用させていただく。Wikipedi...

  • 鰹節屋の小僧から独立した大倉財閥の祖・大倉喜八郎

    明治期に大倉財閥を築き上げた大倉喜八郎は、天保八年(1837年)越後国新発田の質屋の五人兄弟の四番目の子として生まれ、幼名を鶴吉といった。生家は商家とはいえ、帯刀が許され殿様に拝謁することが出来たというから格式のあるなかなかの家柄で、彼の自...

  • 生きるか死ぬか 桜井忠温『戦う国・戦う人』(GHQ焚書)を読む1

    今回紹介させていただく本は桜井忠温さくらい ただよし著『戦う国・戦う人』(GHQ焚書)だが、著者は日露戦争に出征し、乃木将軍配下で旅順攻囲戦で右手首を吹き飛ばされる重傷を受け、帰還後療養生活中に執筆した日露戦争の実戦記録『肉弾』は15ヶ国に...

  • 薩長対立の中を生き抜いた藤田伝三郎と藤田コレクション

    前回の「歴史ノート」で、藤田伝三郎の経営する藤田組が西南戦争を機に大儲けしたあと、同社が請け負って危険な戦地に送られた人夫たちが、西南戦争が終わった後に解雇されたことで彼らの不満が爆発し、中野梧一が交渉に当たって人夫たちに二千五百円を支払う...

  • 『英国を撃つ』(GHQ焚書)を読む5

    宣伝戦に敗れたドイツ 武藤貞一の『英国を撃つ』(GHQ焚書)を読み進むと、第一次世界大戦におけるドイツに対しイギリスが宣伝戦を仕掛けたことが書かれている。この内容を読むと、支那事変や第二次世界大戦時に中国やアメリカから仕掛けられた宣伝戦によ...

  • 奇兵隊に参加し失明した藤田伝三郎が大富豪となった経緯

    以前このブログで旧長州藩の奇兵隊が明治三年(1870年)頃に新政府に反旗を翻し、騒動に関与したメンバーが百人以上斬首されたことを書いた。どういう経緯でこのような事件が起きたかについては「旧長州の奇兵隊が明治新政府に反旗を翻した事情」で書いた...

  • わが国が世界戦争に巻き込まれる序曲 『英国を撃つ』(GHQ焚書)を読む4

    支那事変のあとでソ連・イギリスはどう動くのか引き続き武藤貞一の『英国を撃つ』(GHQ焚書)を読み進めることにする。 武藤はわが国が支那事変(日中戦争)に巻き込まれたのを見て、列強がこれからどのように動くかについて述べている。わが国が支那と戦...

  • 貧家に生まれた岩崎弥太郎がいかにして財を成したか 三菱の原点を考える

    岩崎弥太郎 第二次大戦後にGHQが財閥解体を行うまでは、三井財閥・三菱財閥・住友財閥を三大財閥と呼んでいた。三井、住友についてはそれぞれ三百年以上の歴史ある豪商がルーツであるのだが、三菱については明治期の動乱期に、創業者の岩崎弥太郎が政商と...

  • わが国を戦争に導いたのは軍人なのか 武藤貞一『英国を撃つ』(GHQ焚書)を読む3

    支那事変当時のわが国の官僚武藤貞一 『武藤貞一評論集』現時点篇より 武藤貞一の『英国を撃つ』を読み進むと、日中戦争がはじまった当時のわが国の官僚の実態が見えて来る。政治家がだらしないと、官僚が働かないのはいつの時代もどこの国でもよく似たもの...

  • 秀吉の「中国大返し」を考える~~本能寺の変5

    「中国大返し」の疑問 天正十年(1582年)六月、備中高松城を水攻めにして毛利軍と戦っていた羽柴秀吉が、本能寺で主君織田信長の死んだことを知り、毛利側の安国寺恵瓊あんこくじ えけいとの交渉で速やかに和睦を成立させ、明智光秀と対決すべく京に向...

  • イギリスが支那事変に関与した理由 武藤貞一『英国を撃つ』(GHQ焚書)を読む2

    イギリスは日支ソの連携を怖れていた 前回に続いて武藤貞一の『英国を撃つ』の紹介を続ける。当時イギリスは世界の陸地の約四分の一を領有していたのだが、一八三九年から一八四二年のアヘン戦争以降は支那大陸の支配を狙っていた。しかしながら支那では抗英...

  • 家康の生涯最大の危機とされる「神君伊賀越え」を考える 本能寺の変4

    本能寺の変の日の家康の動き (通説) 天正十年(1582年)五月に徳川家康は重臣とともに安土城で饗応を受けた後、信長の命により京都や堺を見学し、本能寺の変が起きた六月二日の早朝には堺にいて、本能寺に向かう途上であった。 ところが家康は、茶屋...

  • 2026年 新年のご挨拶

    寿長生の郷 梅林新年あけましておめでとうございます旧年中は拙い私のブログにお付き合いいただきまことにありがとうございました十輪寺 三宝普感の庭となりひら桜応援をして頂いた方、コメント欄やXなどで貴重な情報や感想のメッセージを送っていただいた...

  • 明智光秀が信長を裏切ったのは何故か 本能寺の変3

    光秀が謀反を起こした理由については定説がない 本能寺の変について当時の記録を読むと、真実が相当歪められて後世に伝えられていることが見えてくることを、前回の『歴史ノート』で書いた。歴史教科書などでは、本能寺の変に関しては通説と矛盾する史料が多...

  • 日中戦争の背後でイギリスはどう動いたか 武藤貞一『英国を撃つ』(GHQ焚書)を読む1

    「送信サービス」で公開されていた本が非公開になるケースが多発『武藤貞一評論集(戦後編)』より 武藤貞一は今ではほとんど知られていないと思うのだが、戦前の昭和十一年から「大阪朝日新聞」の論説委員となり、昭和十四年に「報知新聞」の主筆となり、戦...

  • 信長は本能寺で家康の殺害を狙っていたのではなかったか 本能寺の変2

    明智軍の兵士たちは家康を討ちにいくのではないかと考えていた 前回の「歴史ノート」で、イエズス会のルイス・フロイスが書いた本能寺の変に関する記述の一部を紹介させていただいた。 その引用した部分の少し前に、驚くべきことが書かれている。…そして都...

  • GHQ焚書に記された支那軍の戦い方 『遊撃隊・遊撃戦』を読む その2

    前回に引き続き長野朗の『遊撃隊・遊撃戦』の内容の一部を紹介させていただく。「遊撃戦」というのは、不正規戦、ゲリラ戦のような武力を用いる戦いだけではなかったのだが、戦後の歴史叙述では日中戦争のこのような重要な部分が伏せられてしまっている。「遊...

  • 本能寺の変で信長の遺体は見つからなかった 本能寺の変1

    信長の時代に本能寺は何処にあったのか日文研データベース 『都名所図会』 本能寺 上の図は安永九年(1780)に刊行された『都名所図会』に描かれた本能寺だが、秀吉に移転を命じられ天正十九年(1591年)に再建されたものである。日文研データベー...

  • GHQ焚書に記された支那軍の戦い方 長野朗『遊撃隊・遊撃戦』を読む その1

    GHQは支那事変(日中戦争)に関する研究書や記録などを数多く焚書処分したことはこのブログで何度か書いてきたが、長野朗の『遊撃隊・遊撃戦』(GHQ焚書)に支那事変に於ける支那の戦い方について重要なことが書かれており、現在の中国が各国に仕掛けて...

  • 安土城を絶賛したイエズス会宣教師ルイス・フロイスの記録を読む

    天守が完成して三年で焼失した安土城 安土城は天正四年(1576年)に織田信長によって琵琶湖東岸の安土山に築城された山城で、わが国で最初に大型の天守閣を持った城なのだが、天守が完成したのは天正七年(1579年)のことである。その三年後の天正十...

  • 『国際秘密戦と防諜』(GHQ焚書)を読む その2

    前回は丸山義雄 著『国際秘密戦と防諜』の総論部分の一部を紹介させていただいたあとで、今回はその各論のうちいくつかをピックアップさせていただくこととしたい。本書を読むと、わが国はターゲットにした国を弱体化させる方法は無限にあり、わが国も古くか...

  • 蒋介石と唐生智は何を狙って南京を脱出たのか 南京戦を考える4

    南京から逃亡した最高指揮官の唐生智は処刑されずに栄転した唐生智 Wikipediaより そもそも南京防衛戦の最高指揮官でありながら無責任にも南京から逃亡した唐生智は、多くの兵士を死に至らしめて、本来ならば蒋介石により処刑されてもおかしくない...

  • 丹波市の紅葉と歴史散策2 高山寺、円通寺、柏原藩陣屋跡、柏原八幡宮他

    高山寺こうさんじ 達身寺の次に真言宗の高山寺(丹波市氷上町常楽50-1)に向かう。寺伝によるとこの寺も常勝寺と同様に法道仙人が開基したと伝わっており、かつては弘浪山山頂に堂宇が建てられた。その後仁平三年(1153年)の兵火で堂宇を焼失し荒廃...

  • 丹波古社寺の紅葉と歴史散策1 慧日寺、常勝寺、石龕寺、達身寺

    丹波もみじめぐり 今年も紅葉の季節がやって来た。毎年この季節にはなるべく田舎の古社寺の紅葉名所を巡ることにしているのだが、今年は丹波市の紅葉を楽しんできた。最近は地方の社寺を訪れても無人であることが多いのだが、丹波市は市内の古社寺の観光客誘...

  • 丸山義雄 著『国際秘密戦と防諜』(GHQ焚書)を読む その1

    戦後のわが国には「スパイ防止法」がなく、国民の大半は外国人スパイがわが国で暗躍していることを考えることもなく、ずっと以前から「防諜」という言葉がほとんど死語になってしまっている。ようやく、「スパイ防止法」の必要性を主張する政党が躍進し、誕生...

  • 蒋介石と唐生智は日本軍と戦う前に南京を脱出していた 南京戦を考える3

    昭和十二年(1937年)八月に発生した第二次上海事変で日本軍は苦戦を続けていたが、相次ぐ増派により攻勢に転じ、ようやく十一月九日に上海全域を占領している。しかしながら上海線における日本軍の戦死者は九千百十五人、負傷者は三万千二百五十七人と大...

  • 淡路島の古社寺と自凝島神社散策

    古代海人族と淡路島 沼島の散策を終えて淡路島に向かう。沼島は古代において海人あま族の住んだ島と言われていることを書いたが、淡路島にも海人族が住んでいて漁業や製塩・航海等に従事していたという。 現在の南あわじ市には「阿万あま」を含む地名が多い...

  • 大量の中国兵の死体の山が残されたのはなぜか 南京戦を考える2

    挹江門ゆうこうもん事件に関するニューヨーク・タイムズの記事 前回の「歴史ノート」で台湾の「佛網電子商城」というサイトに「南京唯一の脱出路であった下関シャーカン付近では、日本軍が南京に侵攻する前から、逃げようとする南京守備隊を中国の督戦隊が城...

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