静岡県牧之原市(旧榛原郡榛原町)坂部(さかべ)の「坂部の庚申塔(こうしんとう)」は、猿田彦大神(さるたひこのおおかみ)と刻まれた大正15年(1926年)4月建立の石碑です。中国から伝来した道教(どうきょう)の庚申信仰では、人間の体内にいる三尸虫(さんしちゅう)が、60日ごとの
静岡県の観光おでかけ情報(イベント、花の名所、写真撮影ポイント、遺跡、古墳、公園、お宝さがし)
富士山静岡空港の情報や、静岡県のおみやげ、静岡県の知られていない遺跡、古墳巡り情報など、静岡県民が地図付きで紹介しますよ。
猿田彦大神の石碑 坂部の庚申塔 (静岡県牧之原市(旧榛原郡榛原町)坂部)
静岡県牧之原市(旧榛原郡榛原町)坂部(さかべ)の「坂部の庚申塔(こうしんとう)」は、猿田彦大神(さるたひこのおおかみ)と刻まれた大正15年(1926年)4月建立の石碑です。中国から伝来した道教(どうきょう)の庚申信仰では、人間の体内にいる三尸虫(さんしちゅう)が、60日ごとの
安土桃山時代 徳川家康が建立した県指定重要文化財 観音堂 真言宗 音羽山 清水寺 (静岡県静岡市葵区音羽町27-8)
静岡県静岡市葵区音羽町(おとわちょう)の真言宗 音羽山 清水寺(おとわさん きよみずでら)は、室町時代後期(戦国時代)の永禄2年(1559年)に8代目駿河今川氏の今川氏輝(いまがわ うじてる)の遺命で、家臣の朝比奈丹波守元長(あさひな たんばのかみ もとなが)が谷津山(やつやま
室町時代に開創 巨木 4本杉が山門 曹洞宗 久住山 洞慶院 (静岡県静岡市葵区羽鳥1840)
静岡県静岡市葵区羽鳥(はとり)の曹洞宗 久住山 洞慶院(とうけいいん)は、室町時代の宝徳2年(1450年)に馬鳴大明神(めみょうだいみょうじん)の社僧寺(しゃそうじ)である真言宗 喜慶院(きけいいん)として開創されました。山門代わりに植えられたと伝えられる4本杉は、樹齢約33
熊谷次郎直実ゆかりの地 駿河田中藩主 本多氏の墓所 浄土真宗大谷派 熊谷山 蓮生寺 (静岡県藤枝市本町1-3-31)
静岡県藤枝市本町(ほんまち)の浄土真宗大谷派 熊谷山 蓮生寺(くまがいざん れんしょうじ)は、『平家物語』の敦盛最期(あつもりのさいご)で有名な熊谷次郎直実(くまがい じろう なおざね)ゆかりの地です。境内には、田中藩主 本多氏の墓、童謡「月の沙漠」の作詞者 加藤まさ
戦国大名 朝倉義景の子孫が祀った天満宮を合祀 津島神社 (静岡県焼津市(旧志太郡大井川町)下小杉789)
静岡県焼津市(旧志太郡大井川町)下小杉(しもこすぎ)の津島神社(つしまじんじゃ)は、江戸時代の天明元年(1781年)に下小杉村字中川田で創建。明治8年(1875年)、現在地へ遷座しました。祭神は、農業の神・疫病祓いの神の素戔嗚尊(すさのおのみこと)。明治20年(1887年)3月、越
明治時代の小説家・随筆家 小泉八雲ゆかりの浪除八雲地蔵尊 (静岡県焼津市城之腰)
静岡県焼津市城之腰(じょうのこし)の浪除八雲地蔵尊(なみよけやくもじぞうそん)は、明治時代の小説家・随筆家 小泉八雲(こいずみ やくも)ゆかりの地蔵です。元は六地蔵として建立されたものだったと考えられています。八雲が焼津を訪れた明治30年代には、首や手の欠けた地
戦国時代 天文9年(1540年)創建 曹洞宗 松立山 永龍寺(永竜寺) (静岡県榛原郡吉田町住吉54)
静岡県榛原郡吉田町住吉(すみよし)の曹洞宗 松立山 永龍寺(永竜寺)は、室町時代後期(戦国時代)の天文9年3月28日(1540年5月4日)に曹洞宗 日照山 円成寺(牧之原市細江)5世 天用和尚が建てたお堂がはじまりと伝えられています。本尊は虚空蔵菩薩(こくぞうぼさつ)でしたが、現
法隆寺から贈られた百萬塔 曹洞宗 久遠山 成道寺 (静岡県焼津市一色460)
静岡県焼津市一色(いっしき)の曹洞宗 久遠山 成道寺(くおんざん じょうどうじ)は、鎌倉時代後期の文保年間(1317~1319年)に勉之肯旃(べんしこうせん)和尚が臨済宗の寺院として創建。室町時代末期(戦国時代後期)の永禄10年(1567年)、月州周隣(げっしゅうしゅうりん)大和尚に
五穀豊穣・商売繁盛の女神 倉稲魂命を奉斎 荒原威光稲荷 (静岡県焼津市(旧志太郡大井川町)藤守2904)
静岡県焼津市(旧志太郡大井川町)藤守(ふじもり)の荒原威光稲荷は、太平洋戦争中の昭和19年(1944年)に海軍航空隊 藤枝基地の建設用地となり、静浜村藤守字樋越から現在地(藤守字法願寺)へ遷座。祭神は、お稲荷さんとして有名な女神で、五穀豊穣・商売繁盛などに御利益がある
例年7月中旬の夏季例大祭 大名行列 奴道中「川尻の出奴」 八幡津島神社 (静岡県榛原郡吉田町川尻1603)
静岡県榛原郡吉田町川尻(はいばらぐん よしだちょう かわしり)の八幡津島神社(はちまんつしまじんじゃ)は、約800年前に川尻村の土郷 万年氏が京都・岩清水八幡宮より祭神 誉田別尊(ほんだわけのみこと)の分霊を勧請(かんじょう)して八幡神社を創建したのがはじまりです。江
明治時代の小説家・随筆家 小泉八雲ゆかりの八雲地蔵と竜舌蘭 浄土宗 常照山 光心寺 (静岡県焼津市東小川1-6-1)
静岡県焼津市東小川(ひがしこがわ)の浄土宗 常照山 光心寺(じょうしょうざん こうしんじ)は、江戸時代初期の慶長11年(1606年)に明誉月光上人(みょうよがっこうしょうにん)が開創。境内には、明治時代の小説家・随筆家 小泉八雲(こいずみ やくも)ゆかりの八雲地蔵(波除け地
収蔵品展『川越し大解剖!~大井川に残る江戸からのメッセージ~』 島田市博物館 (静岡県島田市河原1-5-50)
静岡県島田市河原(かわら)の島田市博物館本館で、収蔵品展『川越し大解剖!~大井川に残る江戸からのメッセージ~』を開催。江戸時代の東海道島田宿(しまだしゅく)は、掛川城の城下町(じょうかまち)である掛川宿(かけがわしゅく)よりも人口が多く、大井川の川越(かわごし)
室町時代 飢饉の餓死者を供養 曹洞宗 広沢山 長泉寺 (静岡県焼津市大島1071)
静岡県焼津市大島(おおじま)の曹洞宗 広沢山 長泉寺(こうたくざん ちょうせんじ)は、室町時代の文明3年(1471年)の飢饉(ききん)による多数の餓死者を供養するため、藤原惟保が文明4年(1472年)に建立したお堂が始まりです。境内には、庚申塔(こうしんとう)、子安地蔵(こやす
殿様が落馬した伝説 いぼ地蔵 曹洞宗 神龍山 長福寺 (静岡県焼津市関方412)
静岡県焼津市関方(せきがた)の曹洞宗 神龍山 長福寺(しんりゅうざん ちょうふくじ)は、江戸時代前期の慶安年間(1648~1652年)に駿河国益津郡関方村の氏神 関野明神の台所で見つかった大日如来(だいにちにょらい)を祀るため建立した小堂が始まりです。寛文12年(1672年)、林
戦国時代 花沢城主 小原(大原)肥前守資良配下の武将 岩崎主馬右衛門直重が建立 諏訪八幡神社 (静岡県焼津市高崎359)
静岡県焼津市高崎(たかさき)の諏訪八幡神社(すわはちまんじんじゃ)は、室町時代末期(戦国時代)の永禄元年(1558年)12月に創立。今川氏真(いまがわ うじざね)家臣の岩崎主馬右衛門(しゅめえもん)直重が、武運長久のため建立したと伝えられています。祭神は、軍神・農耕神の建
鎌倉時代 後嵯峨天皇の第一皇子 宗尊親王が休息 真言宗智山派 成田山 新護寺 (静岡県藤枝市本町4-5-24)
静岡県藤枝市本町(ほんまち)の真言宗智山派 成田山 新護寺(なりたさん しんごじ)は、静岡県内唯一の成田山です。大本山成田山新勝寺(千葉県成田市)の直末寺院で、交通安全・家内安全・商売繁盛・安産祈願・開運厄除・学業成就・合格祈願・ボケ除け(防止)など、さまざまな御
県内最大の市指定文化財 閻魔大王像 臨済宗妙心寺派 龍池山 連福寺 (静岡県磐田市二之宮1262)
静岡県磐田市二之宮(にのみや)の臨済宗妙心寺派 龍池山 連福寺(れんぷくじ)は、平安時代末期に平清盛(たいら の きよもり)の息子で遠江国守の平重盛(たいら の しげもり)が創建したと伝えられています。連城寺(磐田市新貝)、蓮覚寺(磐田市(旧磐田郡竜洋町)掛塚)とともに、
戦国時代に武田信玄,勝頼が発給 市指定文化財 武田家朱印状 白羽神社 (静岡県御前崎市白羽3511)
静岡県御前崎市白羽(おまえざきし しろわ)の白羽神社(しろわじんじゃ)は、平安時代の承和元年(834年)2月に現在の駒形神社の場所に創建されたと伝えられています。承和4年(837年)、現在地へ遷座。律令期(奈良・平安時代)、御前崎台地(増船寺の北側)にあった白羽官牧(国有の
奈良時代の養老元年(717年) 遠江国片岡庄に鎮座 神明宮 (静岡県榛原郡吉田町片岡2529)
静岡県榛原郡吉田町片岡(かたおか)の神明宮(しんめいぐう)は、創立時期は不明ですが奈良時代の養老元年(717年)には遠江国片岡庄に鎮座していました。平安時代の延長5年(927年)に全国の神社一覧をまとめた『延喜式神名帳』(えんぎしきじんみょうちょう)で、片岡神社とあるの
奈良時代の延暦元年(782年)創建 国常立命と菅原道真を奉斎 志太天満宮 (静岡県藤枝市志太3-19-4)
静岡県藤枝市志太(しだ)の志太天満宮(しだてんまんぐう)は、金比羅山緑地公園(こんぴらさんりょくちこうえん)として整備された、瀬戸川(せとがわ)右岸の金比羅山(標高67m)中腹に鎮座しています。奈良時代後半の延暦元年(782年)、国常立命(くにとこたちのみこと)を奉斎する
「浪花節だよ人生は」「麦と兵隊」「岸壁の母」の作詞家 藤田まさとの銅像 細江小学校 (静岡県牧之原市(旧榛原郡榛原町)細江1260)
静岡県牧之原市(旧榛原郡榛原町)細江(ほそえ)の牧之原市立細江小学校は、「浪花節だよ人生は」「麦と兵隊」「岸壁の母」などのヒット曲を手掛けた作詞家 藤田まさと(本名 藤田正人)の母校です。正門付近には、藤田まさとの銅像(高さ約2.8m)と、彼が作詞した校歌の歌碑があ
江戸時代に耕地整理を実施 河守宗太夫(惣太夫)秀延の墓 市指定史跡 百ヶ間地田跡 (静岡県焼津市(旧志太郡大井川町)上新田829-3 桜井医院付近)
静岡県焼津市(旧志太郡大井川町)上新田(かみしんでん)の市指定史跡 百ヶ間地田跡(ひゃっかまちだあと)は、江戸時代前期の寛文年間(1661~1672年)に耕地整理が行なわれた場所です。豪農であった河守家3代目の河守宗太夫(惣太夫)秀延が、屋敷前の所有地(現在の桜井医院付近)
江戸時代 大津波に耐えたクロマツ 天然記念物「相良の根上りマツ」 (静岡県牧之原市(旧榛原郡相良町)相良262-3、福岡59-1)
静岡県牧之原市(旧榛原郡相良町)相良(さがら)・福岡(ふくおか)の県指定天然記念物 「相良の根上りマツ」は、江戸時代中期 宝永4年(1707年)の大津波に耐えたと伝えられるクロマツです。根元の砂を流されてしまい、松の根が地面から約3mの高さまでむき出しとなっています。別
日本武尊が雲梯館(金龍殿)を建立 東征伝説ゆかりの地 史跡 御所の前 (静岡県静岡市駿河区小坂1424)
静岡県静岡市駿河区小坂(おさか)は、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)の東征伝説ゆかりの地です。日本武尊が古代東海道の日本坂峠(にほんざかとうげ)を越えた時、山上に龍の形の瑞雲が出現。小坂地区の「史跡 御所の前」周辺に、雲梯館(金龍殿)を建てたと伝えられています。
江戸時代末期(幕末)に建立 市指定文化財 長谷川家長屋門 (静岡県島田市落合824)
静岡県島田市落合(おちあい)の市指定文化財 長谷川家長屋門(はせがわけながやもん)は、江戸時代末期(幕末)の元治元年(1864年)に建立されました。安土桃山時代の天正18年(1590年)頃、徳川家康が豊臣秀吉から在京賄料の一部として与えられた島田周辺の2,000石を管理をするた
第14代将軍 徳川家茂,明治天皇が休息 東海道岡部宿 内野本陣史跡広場 (静岡県藤枝市岡部町(旧志太郡岡部町)岡部831)
静岡県藤枝市岡部町(旧志太郡岡部町)岡部(おかべ)は、東海道五十三次の品川宿から数えて21番目の岡部宿(おかべしゅく)が整備されました。内野本陣(うちのほんじん)は、江戸時代に参勤交代の大名・旗本などが宿泊。江戸幕府第14代将軍 徳川家茂(とくがわ いえもち)や明治天
雪女,耳なし芳一を収録『怪談』の著者 小泉八雲滞在の家跡 (静岡県焼津市城之腰 浜通り(八雲通り))
静岡県焼津市は、「耳なし芳一のはなし」「雪女」などが収録された怪奇文学作品集『怪談』の著者 小泉八雲(パトリック・ラフカディオ・ハーン)ゆかりの地です。明治30年(1897年)・明治32~35年(1899~1902年)・明治37年(1904年)の夏休みを、小泉八雲は焼津で過ごしました。
日本武尊が東征で上陸した伝説の場所 北の御旅所 (静岡県焼津市城之腰)
静岡県焼津市城之腰(じょうのこし)の「北の御旅所」(きたのおたびしょ)は、平成12年(2000年)に明治時代の石造り防潮堤(ぼうちょうてい)を撤去して建設された臨港道路(オーシャンロード)沿いに所在。「北のオヤスミサン」とも呼ばれています。第12代 景行天皇(けいこうてん
漁師の信仰した弁財天が本尊 浄土宗 海光山 護信寺・弁天宮 (静岡県焼津市北浜通95-2)
静岡県焼津市北浜通(きたはまどおり)の浄土宗 海光山 護信寺(かいこうざん ごしんじ)・弁天宮は、昭和10年(1935年)に移転した浄土宗 常照山 光心寺(じょうしょうざん こうしんじ)の跡地に開創。本尊は、浄土宗寺院で一般的な阿弥陀如来(あみだにょらい)ではなく、光心寺境
海上安全,豊漁満足を祈願 青峰山教会(真言宗 青峰山 勝景院) (静岡県焼津市鰯ケ島251-1)
静岡県焼津市鰯ケ島(いわしがしま)の青峰山教会(あおみねさんきょうかい)は、三重県鳥羽市松尾の真言宗 青峰山 正福寺(あおみねさん しょうふくじ)の末寺の真言宗 青峰山 勝景院(あおみねさん しょうけいいん)です。明治41年(1908年)、焼津漁業組合長 山口平右衛門・鰯ケ島
渡辺崋山の弟子 南画家 平井顕斎の記念碑 曹洞宗 日照山 円成寺 (静岡県牧之原市(旧榛原郡榛原町)細江4620-1)
静岡県牧之原市(旧榛原郡榛原町)細江(ほそえ)の曹洞宗 日照山 円成寺(えんじょうじ)は、室町時代中期(戦国時代前期)の文明10年3月8日(1478年4月10日)に曹洞宗 龍門山 石雲院(牧之原市(旧榛原郡榛原町)坂口)を開いた崇芝性岱(すうし しょうたい)禅師の第4法子(ほっし、ほう
今川氏に仕えた士豪 朝比奈氏の菩提寺 曹洞宗 九峯山 総善寺 (静岡県藤枝市岡部町(旧志太郡岡部町)殿167)
静岡県藤枝市岡部町(旧志太郡岡部町)殿(との)の曹洞宗 九峯山 総善寺(きゅうほうざん そうぜんじ) は、室町時代の文安元年(1444年)1月に真言僧 大覚龍道(だいかくりゅうどう)が真言宗の寺院として開きました。室町時代後期(戦国時代)の天文23年(1554年)、今川氏に仕えたこ
推定樹齢500年の巨木 市指定天然記念物の大クス 須賀神社 (静岡県磐田市西島字北浦411)
静岡県磐田市西島(にしじま)の須賀神社(すがじんじゃ)は、鎌倉時代の嘉禄元年(1225年)に創建されました。明治7年(1874年)6月26日、元字南海道から六所神社の社地に遷座。明治22年(1889年)2月9日、六所神社を本殿に合祀。御神木の巨木は、推定樹齢500年の市指定天然記念物の
戦国時代の今川義元判物 古義真言宗 高野山 普門院末寺の吉永八幡宮別当寺院 市指定史跡 円永坊跡 (静岡県焼津市(旧志太郡大井川町)利右衛門320)
静岡県焼津市(旧志太郡大井川町)利右衛門(りえもん)の市指定史跡 円永坊跡(えんえいぼうあと)は、古義真言宗 高野山 普門院末寺の吉永八幡宮別当寺院(べっとうじいん、神社を管理するため置かれた寺)の醫王山(医王山) 円永坊 真福寺跡(いおうざん えんえいぼう しんぷくじ
奈良時代に行基が開山 臨済宗向嶽寺派 雲梯山 瑞應寺 (静岡県静岡市駿河区小坂1076)
静岡県静岡市駿河区小坂(おさか)の臨済宗向嶽寺派 雲梯山 瑞應寺(うんていさん ずいおうじ)は、奈良時代の天平2年(730年)に聖武天皇(しょうむてんのう)の命により、行基(ぎょうき)が雲梯山 金龍寺を開山したのが始まりとされています。後に瑞應寺(瑞応寺)として再興され、
戦国時代 今川氏真家臣の花沢城主 小原(大原)肥前守資良が武運長久を祈願 神明宮 (静岡県焼津市吉津168)
静岡県焼津市吉津(よしづ)の神明宮(しんめいぐう)は、室町時代末期(戦国時代)の永禄3年(1560年)4月に今川氏真(いまがわ うじざね)家臣の花沢城主 小原(大原)肥前守資良(おおはら ひぜんのかみ すけよし)が武運長久を祈願して創建したと伝えられています。祭神の天照皇大御
願い事がかなうといわれるパワースポット 機織地蔵尊 曹洞宗 谷汲山 勢岩寺 (静岡県焼津市石脇下680)
静岡県焼津市石脇下(いしわきしも)の曹洞宗 谷汲山(谷口山) 勢岩寺(せいがんじ)は、法華寺(焼津市花沢)十六坊の一院として創建されたのがはじまりです。江戸時代前期の寛永2年(1625年)、谷山白現和尚が村人と協力して荒廃していた寺を曹洞宗 恵日山 弘徳院(焼津市浜当目)の
安土桃山時代に創建 眼病平癒に御利益があるとされる薬師堂 曹洞宗 新舟山 善能寺 (静岡県藤枝市岡部町(旧志太郡岡部町)新舟271)
静岡県藤枝市岡部町(旧志太郡岡部町)新舟(にゅうふね)の曹洞宗 新舟山 善能寺(にゅうぶねざん ぜんのうじ)は、安土桃山時代の天正18年(1590年)に総善寺三世 積翁長善(せきおうちょうぜん)大和尚が総善寺の末寺として開きました。本尊は、庚申菩薩(こうしんぼさつ)・梵天(ぼ
江戸時代 嶺田用水建設を幕府に直訴して死刑 中条右近太夫の供養塔 井の宮神社 (静岡県菊川市(旧小笠郡小笠町)嶺田1-1)
静岡県菊川市(旧小笠郡小笠町)嶺田(みねだ)の井の宮神社(井之宮神社、井宮神社)には、江戸時代前期に嶺田用水建設を幕府に直訴(じきそ)した、中条右近太夫(ちゅうじょう うこんだゆう)の供養塔があります。徳川家康ゆかりの用水建設計画であったため許可されましたが、寛永
薩埵山の戦いで討死した戦国武将の墓 日蓮宗 霊瑞山 本光寺 (静岡県静岡市清水区(旧庵原郡由比町)由比617)
静岡県静岡市清水区(旧庵原郡由比町)由比(ゆい)の日蓮宗 霊瑞山 本光寺は、鎌倉時代の元弘元年(1331年)に宗祖 日蓮大聖人の直弟子 白蓮阿闍梨日興(びゃくれんあじゃりにっこう)聖人が蒲原に開いた、硯水山 慶徳寺(けんすいざん けいとくじ)がはじまりです。戦国時代の永
山田長政の菩提寺 市指定文化財『別符家文書』 真宗大谷派 上宮院入江山 西敬寺 (静岡県静岡市駿河区大谷5105)
静岡県静岡市駿河区大谷(おおや)の真宗大谷派 上宮院入江山 西敬寺(さいきょうじ)は、山田仁左衛門長政(やまだ にざえもん ながまさ)の菩提寺(ぼだいじ)です。江戸時時代前期の慶長17年(1612年)頃、長政はシャム(タイ)へ渡って日本人町の頭領となり、六昆(リゴール)王(シャ
菅原道真が祭神 村良天満宮 (静岡県藤枝市岡部町(旧志太郡岡部町)村良978)
静岡県藤枝市岡部町(旧志太郡岡部町)村良(むらら)の天満宮(てんまんぐう)は、創立時期は不詳ですが江戸時代の天明8年(1788年)に再建されました。他の天満宮と区別するため、村良天満宮と呼ばれます。祭神は学問の神である菅原道真(すがわら の みちざね)で、例祭日は10月25
田沼街道起点に鎮座 大己貴命を祀る 大和神社 (静岡県牧之原市(旧榛原郡相良町)相良)
静岡県牧之原市(旧榛原郡相良町)相良(さがら)の大和神社(おおわじんじゃ)は、萩間川(はぎまがわ)下流に架かる湊橋の袂(たもと)の田沼街道(たぬまかいどう)起点付近に鎮座。創建時期は不詳ですが、主祭神(しゅさいじん)は大国主命(おおくにぬしのみこと)とも呼ばれる大己貴
室町時代に創建 市指定文化財の総門,山門,彫刻 曹洞宗 龍門山 石雲院 (静岡県牧之原市(旧榛原郡榛原町)坂口1251)
静岡県牧之原市(旧榛原郡榛原町)坂口(さかぐち)の曹洞宗 高尾山 石雲院(せきうんいん)は、室町時代の康正元年(1455年)10月17日に崇芝性岱(そうし しょうたい)禅師が創建しました。勝間田城主が寺領を寄進し、その後は今川・武田・徳川氏の庇護を受けて御朱印地153石を拝領
江戸時代 田中藩主が通った御成街道 藤井神社 (静岡県藤枝市平島154)
静岡県藤枝市平島(ひらしま)の藤井神社(ふじいじんじゃ)は、江戸時代に田中藩主が通った御成街道(おなりかいどう)沿いに鎮座しています。祭神(さいじん)は、水の神・井戸の神・灌漑用水(かんがいようすい)の神・肥料の神である彌都波能売命(みつはのめのみこと、弥都波能売
戦国時代 大井川の大洪水の死者を供養 大島山 千日堂 (静岡県焼津市大島1311)
静岡県焼津市大島(おおじま)の大島山 千日堂(せんにちどう)は、室町時代後期(戦国時代) 天文9年(1540年)8月の大井川の大洪水で犠牲となった多くの溺死者を供養するため、駿河国志太郡小川(こがわ)村(焼津市小川)の浄土宗 三宝山 正行院 教念寺3世 雲宿(うんしゅく)和尚の
幕末 小島藩主 松平信進が寄進した石鳥居 酒瓶神社 (静岡県静岡市清水区(旧清水市)小島町1272)
静岡県静岡市清水区(旧清水市)小島町(おじまちょう)の酒瓶神社(さかべじんじゃ)は、『日本惣国風土記』によれば彦押別天皇(おおたらしひこおしろわけのすめらみこと、景行天皇(けいこうてんのう))13年(83年)6月に高根山の頂上付近へ創建。祭神は、大酒解神(おおさかとけの
鈴木養邦師の石橋,文殊堂,弁天堂 臨済宗妙心寺派 寶雲山 龍光寺(宝雲山 竜光寺) (静岡県榛原郡吉田町片岡字坂上3035)
静岡県榛原郡吉田町片岡(かたおか)の臨済宗妙心寺派 寶雲山 龍光寺(宝雲山 竜光寺(りょうこうじ))は、能満寺9世 雲仲慶運が竜光寺河原に庵を建て、大宝山 玉林寺を開創したのがはじまりです。境内には、文殊菩薩(もんじゅぼさつ)を安置する文殊堂、弁財尊天(べんざいそんて
横岡城の鬼門除け 市指定文化財「八幡神社の神楽」 横岡八幡神社 (静岡県島田市(旧榛原郡金谷町)横岡332)
静岡県島田市(旧榛原郡金谷町)横岡(よこおか)の横岡八幡神社(よこおかはちまんじんじゃ)は、大井川右岸の河岸段丘「宮の段」に鎮座(ちんざ)。鎌倉時代末期から南北朝時代前期(14世紀)、守護大名 今川範氏(いまがわ のりうじ)の家臣が出城を築いて鬼門除け(きもんよけ)とし
ニ大軍神の武甕槌神、経津主神が祭神 姥神神社 (静岡県榛原郡吉田町神戸万東坂上)
静岡県榛原郡吉田町神戸(かんど)の姥神神社(うばがみじんじゃ)は、ニ大軍神として知られる鹿島神社の主神 武甕槌神(たけみかづちのかみ)と香取神社の主神 経津主神(ふつぬしのかみ)、漁業と製塩法を人々に教えたという塩土老翁(しおつちのおじ)が祭神です。創立時期は不詳
彦根藩第2代藩主 井伊直孝が再建 若宮八幡宮 (静岡県焼津市中里1000)
静岡県焼津市中里(なかざと)の若宮八幡宮は、安土桃山時代(戦国時代末期)の天正6年(1578年)に創建。祭神は品陀和気命(ほんだわけのみこと)です。神社の近く(約200m東側)には、市指定史跡 井伊直孝産湯の井(いい なおたか うぶゆのい)があります。井伊直虎(いい なおとら
海神の底津綿津見神を祀る 天雨(あまう)神社 (静岡県牧之原市(旧榛原郡相良町)大江727)
静岡県牧之原市(旧榛原郡相良町)大江(おおえ)の天雨神社(あまうじんじゃ)は、不動山(標高約71.7m)の山頂に鎮座。海神の底津綿津見神(そこつわたつみのかみ)を祭神として祀(まつ)り、漁業関係者の信仰を集めている神社です。創建時期は不祥ですが、江戸時代前期 正保元年(16
期限付きの願い事がかなうとされる人気パワースポット 日限地蔵尊(日切地蔵尊) (静岡県島田市(旧榛原郡金谷町)島651)
静岡県島田市(旧榛原郡金谷町)島(しま)の日限地蔵尊(ひぎりじぞうそん)は、明治14年(1881年)に日正上人が開いた真言宗醍醐派の祈願所です。本尊の日限地蔵尊菩薩(ひぎりじぞうそんぼさつ)は、大代川(おおじろがわ)の支流 童子沢(わっぱざわ)から運んだ自然石に日正上人が彫
古墳時代終末期(飛鳥時代) 白鳳2年(651年)に創建 鎌田神明宮 (静岡県磐田市鎌田2262)
静岡県磐田市鎌田(かまだ)の鎌田神明宮(かまだしんめいぐう)は、古墳時代終末期(飛鳥時代)の白鳳2年(651年)に嶋名神社として創建されたと伝えられています。主祭神は、豊穣の神である豊受姫之神(とようけびめのかみ)です。稲穂の神である瓊々杵之尊(ににぎのみこと)、中臣
19歳で自害 徳川家康の甥 松平遠江守定吉の霊廟 曹洞宗 日輪山 真如寺 (静岡県掛川市仁藤87)
静岡県掛川市仁藤(にとう)の曹洞宗 日輪山 真如寺(しんにょじ)には、徳川家康(とくがわ いえやす)の甥 松平遠江守定吉(まつだいら とおとうみのかみ さだよし)の霊廟(れいびょう)があります。江戸時代初期の慶長8年11月11日(1603年12月13日)、徳川家康の異父弟である掛川
江戸時代 市指定文化財 木喰仏2体 曹洞宗 宝珠山 十輪寺 (静岡県藤枝市岡部町(旧志太郡岡部町)三輪925)
静岡県藤枝市岡部町(旧志太郡岡部町)三輪(みわ)の曹洞宗 宝珠山 十輪寺(じゅうりんじ)は、創建時期は不詳ですが安土桃山時代・江戸時代初期の慶長年間(1596~1615年)までは挌の低い平僧地と呼ばれる小寺でした。江戸時代前期の寛永元年(1624年)、嘯山虎公(しょうざん ここ
漂着した観音様を祀った 寄木神社 (静岡県袋井市(旧磐田郡浅羽町)中新田)
静岡県袋井市(旧磐田郡浅羽町)中新田(なかしんでん)の寄木神社(よりきじんじゃ)は、中新田・大野・同笠(どうり)村の氏神(うじかみ)として信仰されてきました。神社の名前となっている「寄木」は、海の彼方に存在すると考えられていた常世(とこよ、天国・浄土)から、霊木が
安土桃山時代創建 県指定天然記念物 樹齢千数百年の大楠 伊勢神明社 (静岡県静岡市駿河区小鹿886)
静岡県静岡市駿河区小鹿(おしか)の伊勢神明社(いせしんめいしゃ)は、安土桃山時代の天正18年(1590年)に朝廷にお願いして、文禄元年(1592年)に神祇官 大中臣(じんぎかん おおなかとみ)の家より神事を賜(たまわ)って創建されました。主祭神は、天照皇大御神(あまてらすすめお
平安時代末期の武将 安達盛長ゆかりの聖観世音菩薩 駿河三十三観音霊場 第9番札所 曹洞宗 普門山 観音寺 (静岡県藤枝市下当間1099)
静岡県藤枝市下当間(しもどうま)の曹洞宗 普門山 観音寺(ふもんざん かんのんじ)は、安土桃山時代の文禄2年5月17日(1593年6月16日)に開創。「当間(とうま)の観音様」と呼ばれる本尊は、平安時代末期の武将 安達盛長(あだち もりなが)ゆかりの聖観世音菩薩(しょうかんぜおん
江戸時代 切妻茅葺屋根の市指定文化財 山門 曹洞宗 福田山 永豊寺 (静岡県焼津市西小川3-6-5)
静岡県焼津市西小川(にしこがわ)の曹洞宗 福田山 永豊寺(ふくでんざん えいほうじ)は、室町時代前期の明徳5年(1394年)以前に天台宗の寺院として創建。室町時代後期(戦国時代)の天文年間(1532~1555年)頃は、臨済宗妙心寺派 大龍山 臨済寺(静岡市葵区大岩町)の末寺でした
駿河三十三観音霊場 第13番札所 曹洞宗 天桂山 歓昌院 (静岡県静岡市駿河区丸子泉ヶ谷2904)
静岡県静岡市駿河区丸子(まりこ)の曹洞宗 天桂山 歓昌院(かんしょういん)は、駿河三十三観音霊場(駿河一国三十三ヵ所観音霊場巡り) 第13番札所です。鎌倉時代の嘉禄年間(1225~1227年)に、この地へ開かれた寺が歓昌院のはじまりとされています。室町時代(戦国時代)の文明12
修験道の開祖 役行者がまつられた穴地蔵 曹洞宗 瑠璃山 光泰寺 (静岡県藤枝市岡部町(旧志太郡岡部町)内谷424)
静岡県藤枝市(旧志太郡岡部町)内谷(うつたに)の曹洞宗 瑠璃山 光泰寺(るりさん こうたいじ)は、安土桃山時代の文禄年間(1592~1596年)に圓州舜光(えんしゅうしゅんこう)大和尚が開山しました。本尊は地蔵菩薩(じぞうぼさつ)で、旧本尊は弘法大師(こうぼうだいし)作と伝え
遠州七福神巡り 恵比寿尊天 曹洞宗 法王山 官長寺 (静岡県御前崎市(旧小笠郡浜岡町)佐倉566 桜ヶ池の南東)
静岡県御前崎市(旧小笠郡浜岡町)佐倉(さくら)の曹洞宗 法王山 官長寺は、江戸時代前期の万治3年(1660年)に創建されました。遠州七福神霊場のひとつで、本堂内の延命地蔵菩薩の左側に恵比寿尊天像を安置。参拝すると商売繁盛、金運良好、福徳円満、交通安全に御利益があると
戦国時代 六角行高(高頼)の宣奉により誉田別尊を勧請 大井神社 (静岡県榛原郡吉田町神戸3693-1)
静岡県榛原郡吉田町神戸(かんど)の大井神社(おおいじんじゃ)は、創立時期は不明ですが初倉之庄青柳中原の氏神として、祭神 罔象女命(みずはのめのみこと)を祀ったのがはじまりです。室町時代(戦国時代)の文明7年(1475年)2月、社家白髭家の祖先である近江国(滋賀県)領主 六
戦国時代に創建 武田家家臣が祖先を奉斎 七社神社 (静岡県焼津市大村3-7-1)
静岡県焼津市大村(旧地名 焼津市大村新田)の七社神社(しちしゃじんじゃ)は、室町時代後期(戦国時代)の享禄元年(1528年)8月に創建されました。永禄11年(1568年)12月、甲斐国(山梨県)の戦国大名 武田信玄が駿河国(静岡県中部)侵攻を開始。瀬戸川下流右岸のこの地に入植した7
子育て,安産祈願 日蓮宗 是生山 本立寺 (静岡県周智郡森町飯田1935-1)
静岡県周智郡森町飯田(しゅうちぐん もりまち いいだ)の日蓮宗 是生山 本立寺(ぜしょうざん ほんりゅうじ)は、子育て・安産祈願に御利益があるとされています。毎年11月12日の日蓮聖人(にちれんしょうにん)の命日には、鬼子母神祭(きしぼじんさい、きしもじんさい)が行なわ
戦国時代 徳川家康の家臣 駒井勝盛,坂本貞次が奉祭 智勝神社 (静岡県焼津市策牛393)
静岡県焼津市策牛(むちうし)の智勝神社(ちかつじんじゃ)は、安土桃山時代(戦国時代末期)の天正12年(1584年)4月に創建。徳川家康の家臣の駿河郡代 駒井帯刀勝盛(こまい たてわき かつもり)、坂本豊前貞次(さかもと ぶぜん さだつぐ)らが、武運祈願のために奉祭したと伝えら
町指定文化財「林泉寺の十王像」を安置する十王堂 臨済宗妙心寺派 清涼山 林泉寺 (静岡県榛原郡吉田町片岡山の根2599)
静岡県榛原郡吉田町片岡(かたおか)の臨済宗妙心寺派 清涼山 林泉寺(りんせんじ)は、南北朝時代の正平2年(1347年)8月に臨済宗 吉祥山 能満寺(吉田町片岡)2世 松厳禅師大和尚が臨川寺として開創。大井川の洪水で流失したため、現在地に移転し林泉寺と改められました。本尊は
駿河一国百地蔵霊場(百地蔵尊、百地蔵菩薩) 第23番札所 曹洞宗 牛頭山 向善寺 (静岡県藤枝市天王町1-5-30)
静岡県藤枝市天王町(てんのうちょう)の曹洞宗 牛頭山 向善寺(ごずさん こうぜんじ)は、江戸時代前期の寛永年間(1624~1643年)に全宗(ぜんしゅう)和尚が真言宗寺院跡へ開いた小庵が始まりです。本尊は延命地蔵菩薩で、駿河一国百地蔵霊場(百地蔵尊、百地蔵菩薩) 第23番札所
石経千部供養塔,西國三十三所供養塔 戦国時代の天文11年創建 曹洞宗 宝積山 大智寺 (静岡県榛原郡吉田町大幡181-2)
静岡県榛原郡吉田町大幡(おおはた)の曹洞宗 宝積山 大智寺(ほうしゃくざん だいちじ)は、室町時代(戦国時代)の天文11年(1542年)8月に盤石寺(焼津市中島)6世 建国晃立和尚が開創。江戸時代中期の正徳2年(1712年)、大井川の洪水で被害を受けました。本尊は周智郡大日山(現在
年1回御開帳の六角堂 曹洞宗 龍昌山 安興寺 (静岡県菊川市(旧小笠郡小笠町)赤土305-2)
静岡県菊川市(旧小笠郡小笠町)赤土(あかつち)の曹洞宗 龍昌山 安興寺(あんこうじ)は、室町時代後期(戦国時代)の永正11年(1514年)に雪窓鳳積禅師(せっそうほうしゃくぜんし)が創建しました。境内にある六角堂は、江戸時代の寛政10年(1798年)に第16代住職が京都の六角堂を模
例大祭の大名行列 奴道中「道中奴」 吉永八幡宮 (静岡県焼津市(旧志太郡大井川町)利右衛門836)
静岡県焼津市(旧志太郡大井川町)利右衛門(りえもん)の吉永八幡宮(よしながはちまんぐう)は、平安時代初期の大同元年(806年)に大石六郎五郎なる者が創建したと、江戸時代中期の宝永年間(1704~1711年)の文献に記されています。祭神は、武運・農耕守護・疫病除けの神である誉
戦国時代 武田信玄の花沢城攻略戦で焼失 天台宗 高草山 法華寺 (静岡県焼津市花沢3)
静岡県焼津市花沢(はなざわ)の天台宗 高草山 法華寺(こうそうざん ほっけじ)は、奈良時代に行基(ぎょうき)が駿河国国分尼寺(するがのくに こくぶんにじ、天平13年(741年)の聖武天皇(しょうむてんのう)の勅願(ちょくがん)で諸国に創建された尼寺(あまでら))として創建したと
毎月26日が縁日の日限地蔵尊 臨済宗妙心寺派 月江山 大圓寺(大円寺) (静岡県榛原郡吉田町住吉511)
静岡県榛原郡吉田町住吉(すみよし)の臨済宗妙心寺派 月江山 大圓寺(大円寺)は、南北朝時代(室町時代前期)の永和2年5月10日(1376年5月28日)に天徳和尚が能満寺(吉田町片岡)の末寺として開創しました。江戸時代初期の慶長9年(1604年)、徳川家康が寺領高3石を寄進。本尊は薬師
戦国時代末期に開創 海から引き上げられた魚藍観音 浄土宗 光明山 常照寺 (静岡県焼津市城之腰138)
静岡県焼津市城之腰(じょうのこし)の浄土宗 光明山 常照寺(こうみょうざん じょうしょうじ)は、戦国時代末期(安土桃山時代)の天正10年(1582年)に大蓮社照誉上人常元和尚(だいれんしゃしょうよしょうにんじょうげんかしょう)が開創。本尊は、一光九品阿弥陀如来(いっこうく
市指定天然記念物のカヤ 戦国時代に創建 曹洞宗 延命山 常願寺 (静岡県藤枝市岡部町(旧志太郡岡部町)岡部子持坂35)
静岡県藤枝市岡部町(旧志太郡岡部町)岡部子持坂(こもちざか)の曹洞宗 延命山 常願寺(えんめいざん じょうがんじ)は、室町時代末期(戦国時代)の永禄年間(1558~1570年)に万松院(萬松院)2世 来天瑛従(らいてんえいじゅう)大和尚が開創しました。江戸時代後期の嘉永元年(1848
遠州七福神 弁財尊天霊場 曹洞宗 龍冨山 松秀寺 (静岡県袋井市(旧磐田郡浅羽町)富里453)
静岡県袋井市(旧磐田郡浅羽町)富里(とみさと)の曹洞宗 龍冨山 松秀寺(しょうしゅうじ)は、室町時代の文亀元年(1501年)に「大きな松が生えている南西の場所に寺を開くと良い」という占いによって、大易正甫(たいえきしょうほ)がこの地に創建しました。遠州七福神 弁財尊天
六角形の石柱に刻まれた6体の地蔵 市指定文化財 中里六地蔵 (静岡県牧之原市(旧榛原郡榛原町)坂部4467)
静岡県牧之原市(旧榛原郡榛原町)坂部(さかべ)の市指定文化財 中里六地蔵は、曹洞宗 昌嶽山 久翁寺(しょうがくさん きゅうおうじ)の入口へ江戸時代以前に建立されました。一石六地蔵(いっせきろくじぞう)の一種で、六角形の石柱の各面に地蔵が刻まれています。市指定文化財
江戸時代 疫病退散を祈願 町指定文化財 地蔵院の百万遍 浄土宗 永久山 地蔵院 (静岡県榛原郡吉田町神戸1777)
静岡県榛原郡吉田町神戸(かんど)の浄土宗 永久山 地蔵院は、江戸時代中期の享保9年(1724年)に僧瑞泉が浄土宗 光明山 遍照院 浄土寺(吉田町川尻)の末寺として開きました。地蔵院の本尊は、神戸の下(吉田町立図書館の北側)にあった辻堂で祭られていた地蔵菩薩の石像立像で
戦国時代 北条早雲の叔父 隆渓繁紹が開創 曹洞宗 龍音山 正雲寺 (静岡県榛原郡吉田町川尻1602)
静岡県榛原郡吉田町川尻(はいばらぐん よしだちょう かわしり)の曹洞宗 龍音山(竜音山) 正雲寺(しょううんじ)は、室町時代(戦国時代前期)の長享元年(1487年)9月に曹洞宗 梅月山 華厳院(掛川市上土方落合)の末寺として隆渓繁紹(りゅうけい はんじょう)禅師が開きました。隆
例年8月開催 夏季大祭(住吉神社祭典)で奴道中「入奴」を披露 片岡神社(通称 住吉神社) (静岡県榛原郡吉田町住吉2212-1)
静岡県榛原郡吉田町住吉(はいばらぐん よしだちょう すみよし)の片岡神社(通称 住吉神社)は、創建時期が不詳ですが(一説によれば奈良時代の和銅6年(713年)創建)大和国(奈良県)・片岡神社より分霊を勧請。仁徳天皇(にんとくてんのう)の御代(4世紀末~5世紀前半)に、摂津国(
徳川家康に大柿を献上 藤枝七福神 寿老母尊天霊場 曹洞宗 龍池山 洞雲寺 (静岡県藤枝市藤枝5-2-28)
静岡県藤枝市藤枝(ふじえだ)の曹洞宗 龍池山 洞雲寺(りゅうちざん とううんじ)は、徳川家康ゆかりの地です。安土桃山時代の慶長5年9月6日(1600年10月12日)、「関ヶ原の戦い(せきがはらのたたかい)」に向かう家康が洞雲寺で休憩しました。その際、檀家であった駿河国志太郡
県指定文化財 薬師堂,永村茜山の天井画 曹洞宗 金谷山 医王寺 (静岡県島田市金谷古横町159-1)
静岡県島田市(旧榛原郡金谷町)金谷古横町(かなやふるよこちょう)の曹洞宗 金谷山 医王寺(きんこくさん いおうじ)は、平安時代前期の弘仁年間(810~824年)にこの地を訪れた弘法大師(こうぼうだいし)作の薬師如来像(やくしにょらいぞう)を、お堂を建て安置したことが始まりと
遠州七薬師のひとつ 叶薬師瑠璃光如来 曹洞宗 玉鳳山 善福寺 (静岡県菊川市(旧小笠郡菊川町)富田613)
静岡県菊川市(旧小笠郡菊川町)富田(とみた)の曹洞宗 玉鳳山 善福寺(ぜんぷくじ)の薬師堂には、遠州七薬師のひとつに数えられる叶薬師瑠璃光如来(かなやくしるりこうにょらい)が安置されています。明治時代に、火剣山山頂(標高282.6m)にあった末寺の光龍寺から、善福寺境内
戦国時代 文明4年(1472年)に再興 曹洞宗 吉永山 髙岳寺(高岳寺) (静岡県焼津市(旧志太郡大井川町)利右衛門855-1)
静岡県焼津市(旧志太郡大井川町)利右衛門(りえもん)の曹洞宗 吉永山 髙岳寺(きちえいざん こうがくじ)は、創建時期は不詳ですが臨済宗南禅寺派(現在は臨済宗妙心寺派) 能満寺(榛原郡吉田町)の末寺でした。能満寺は、鎌倉時代の弘長2年(1262年)に創建。室町時代(戦国時代)の
江戸時代 慶長10年(1605年)創建 瀬戸川の洪水を避けて遷座 西宮神社 (静岡県焼津市岡当目村中56-3)
静岡県焼津市岡当目(おかとうめ)の西宮神社(にしのみやじんじゃ)は、江戸時代初期の慶長10年(1605年)に瀬戸川河畔の鷺宮(さぎのみや)で創建されました。祭神は、漁業・商業・農業の神の蛭子命(ひるこのみこと)です。境内には、寛永年間(1624~1645年)に建立された庚申供養
市指定史跡 朝日山城跡に鎮座 豊作祈願,商売繁盛の神 朝日稲荷神社 (静岡県藤枝市仮宿字堤ノ坪1番地)
静岡県藤枝市仮宿(かりやど)の朝日稲荷神社(あさひいなりじんじゃ)は、標高約100mの朝日山(牛伏山)山頂付近に鎮座しています。江戸時代前期の宝永5年(1677年)、岡山県津山より祭神 倉稲魂命(うかのみたまのみこと)を勧請。朝日稲荷神社の境内周辺は、戦国時代に駿河今川氏
豊漁祈願,海上安全祈願,海難事故の死者供養 青峰山のお堂,慰霊碑,延命地蔵尊 (静岡県榛原郡吉田町住吉 吉田漁港西側)
静岡県榛原郡吉田町住吉(はいばらぐん よしだちょう すみよし)の吉田漁港西側には、青峰山(あおみねさん)のお堂、海難事故犠牲者の慰霊碑、延命地蔵尊があります。明治時代初期、三重県鳥羽市の真言宗 青峰山 正福寺(あおみねざん しょうふくじ)の観世音菩薩(かんぜおんぼ
大坂城の落城後 豊臣水軍の武将 増田左エ門守が創建 住吉稲荷神社 (静岡県榛原郡吉田町片岡1637)
静岡県榛原郡吉田町片岡(はいばらぐん よしだちょう かたおか)の住吉稲荷神社(すみよしいなりじんじゃ)は、江戸時代初期の慶長20年(1615年)頃に豊臣水軍の武将 増田左エ門守が創建したと考えられています。祭神は倉稲魂命(うかのみたまのみこと)、例祭日は3月初午(変更・中
江戸時代 志太平野を開墾した岩堀兵太夫 宝珠山 地蔵院 (静岡県藤枝市兵太夫)
静岡県藤枝市兵太夫(旧 高柳村地先)は、安土桃山・江戸時代の慶長年間(1596~1615年)・江戸時代の寛永年間(1624~1645年)におきた大井川の洪水で、荒地となっていました。岩堀兵太夫(いわほり ひょうだゆう)は、田中藩主 松平大膳大夫(まつだいら だいぜんだゆう)に荒地の
参拝しない大名が落馬した伝説の毘沙門堂 商売繁盛・家内安全のパワースポット 臨済宗妙心寺派 多聞山 大安寺 (静岡県静岡市葵区南沼上3-18-7)
静岡県静岡市葵区南沼上(みなみぬまがみ)の臨済宗妙心寺派 多聞山 大安寺は、安土桃山時代の文禄2年(1593年)に麻機(浅畑)沼のほとりの毘沙門堂(びしゃもんどう)の横に創建。江戸時代前期の明暦2年(1656年)、現在地に移転しました。毘沙門堂には、平安時代に天台宗の開祖 最
延命地蔵尊と六地蔵尊 岡向きのお地蔵さん (静岡県榛原郡吉田町住吉2162 曹洞宗 塩磯山 呑海寺の東)
静岡県榛原郡吉田町住吉(すみよし)の「岡向きのお地蔵さん」は、曹洞宗 塩磯山 呑海寺の東側に延命地蔵尊(えんめいじぞうそん)と六地蔵尊(ろくじぞうそん)が一緒に祀(まつ)られています。鎌倉時代(13世紀)頃より別々に祀られていましたが、昭和30年(1955年)頃に現在地へ移
平安時代 国司が遷座した遠江国二之宮 鹿苑神社 (静岡県磐田市二之宮1767)
静岡県磐田市二之宮(にのみや)の鹿苑神社(ろくおんじんじゃ)は、地名の由来となった遠江国(静岡県西部)の二之宮です。杉村神戸島(浜松市天竜区春野町)に約500年間鎮座し、当時は境内で鹿が飼われていました。平安時代の元慶3年(881年)、国司が鹿苑神社を現在地に遷座。遠江
江戸,明治時代の浄瑠璃で使用 町指定文化財「三番神社所蔵の人形の首」 三番神社 (静岡県榛原郡吉田町片岡三軒屋上川原989-1)
静岡県榛原郡吉田町片岡(はいばらぐん よしだちょう かたおか)の三番神社(さんばんじんじゃ)には、江戸時代中期以降の浄瑠璃(じょうるり)で使用された、町指定文化財「三番神社所蔵の人形の首」(さんばんじんじゃしょぞうのにんぎょうのかしら)が奉納されています。九左衛
市指定文化財 掛川城主山内一豊書状 曹洞宗 正受山 盤石寺 (静岡県焼津市(旧志太郡大井川町)中島421)
静岡県焼津市(旧志太郡大井川町)中島(なかじま)の曹洞宗 正受山 盤石寺(しょうじゅざん ばんせきじ)は、臨済宗 能満寺の末寺として創建。創建時期は、南北朝時代(1336~1392年)頃ではないかと推測。室町時代の文明12年(1480年)、則心寺(焼津市(旧志太郡大井川町)下小杉)2世
幕末の元治2年(1865年)創建 琴平神社 (静岡県焼津市小川3937 向川原公会堂の西)
静岡県焼津市小川(こがわ)の琴平神社(ことひらじんじゃ)は、江戸時代後期の天保11年(1840年)5月に深津七太夫他13名が琴平講を結成して、年3度の積立(1口 金1朱)を開始したのがはじまりです。江戸時代末期(幕末)の元治2年3月11日(1865年4月6日)、建立した社殿に祭神の金山彦
平安時代に源頼義,源義家が創建 青山八幡宮 (静岡県藤枝市八幡997,974-1)
静岡県藤枝市八幡(やわた)の青山八幡宮(あおやまはちまんぐう)は、平安時代の天喜・康平年間(1053~1064年)に「前九年の役」で奥羽に向かう河内源氏2代目棟梁 源頼義(みなもと の よりよし)と長男 源義家(みなもと の よしいえ)が、東北征伐祈願のため山城国(京都)の石清水
平安時代の武将 駿河三郎義成が金刀比羅堂を創建 金刀比羅神社 (静岡県藤枝市志太3-19-5 金比羅山緑地公園)
静岡県藤枝市志太(しだ)の金刀比羅神社(ことひらじんじゃ)は、金比羅山緑地公園(こんぴらさんりょくちこうえん)として整備された、瀬戸川(せとがわ)右岸の金比羅山(標高67m)山頂に鎮座。平安時代末期の治承年間(1177~1181年)、武将 駿河三郎義成がこの地に金刀比羅大権現
徳川家康が保護 神仏混交の建穂寺がはじまり 建穂神社 (静岡県静岡市葵区建穂271)
静岡県静岡市葵区建穂(たきょう)の建穂神社(たきょうじんじゃ)は、飛鳥時代の白鳳年間(654~669年)に法相宗(ほっそうしゅう)の道昭(どうしょう)法師が開いた瑞祥山 建穂寺(ずいしょうざん たきょうじ)がはじまりだとされています。奈良時代の養老年間(717~723年)、聖武天
南北朝時代 足利尊氏が開基 駿河一国観音霊場 第23番札所 臨済宗妙心寺派 巖腰山 瑞雲寺 (静岡県静岡市清水区興津清見寺町420)
静岡県静岡市清水区(旧清水市)興津清見寺町(おきつせいけんじちょう)の臨済宗妙心寺派 巖腰山 瑞雲寺は、駿河一国観音霊場 第23番札所です。南北朝時代の延文元年(1356年)、足利尊氏(あしかが たかうじ)が武運長久と一族安全を祈願して堂宇を建立。延文2年(1357年)、尊氏は
静岡県牧之原市(旧榛原郡榛原町)坂部(さかべ)の「坂部の庚申塔(こうしんとう)」は、猿田彦大神(さるたひこのおおかみ)と刻まれた大正15年(1926年)4月建立の石碑です。中国から伝来した道教(どうきょう)の庚申信仰では、人間の体内にいる三尸虫(さんしちゅう)が、60日ごとの
静岡県静岡市葵区音羽町(おとわちょう)の真言宗 音羽山 清水寺(おとわさん きよみずでら)は、室町時代後期(戦国時代)の永禄2年(1559年)に8代目駿河今川氏の今川氏輝(いまがわ うじてる)の遺命で、家臣の朝比奈丹波守元長(あさひな たんばのかみ もとなが)が谷津山(やつやま
静岡県静岡市葵区羽鳥(はとり)の曹洞宗 久住山 洞慶院(とうけいいん)は、室町時代の宝徳2年(1450年)に馬鳴大明神(めみょうだいみょうじん)の社僧寺(しゃそうじ)である真言宗 喜慶院(きけいいん)として開創されました。山門代わりに植えられたと伝えられる4本杉は、樹齢約33
静岡県藤枝市本町(ほんまち)の浄土真宗大谷派 熊谷山 蓮生寺(くまがいざん れんしょうじ)は、『平家物語』の敦盛最期(あつもりのさいご)で有名な熊谷次郎直実(くまがい じろう なおざね)ゆかりの地です。境内には、田中藩主 本多氏の墓、童謡「月の沙漠」の作詞者 加藤まさ
静岡県焼津市(旧志太郡大井川町)下小杉(しもこすぎ)の津島神社(つしまじんじゃ)は、江戸時代の天明元年(1781年)に下小杉村字中川田で創建。明治8年(1875年)、現在地へ遷座しました。祭神は、農業の神・疫病祓いの神の素戔嗚尊(すさのおのみこと)。明治20年(1887年)3月、越
静岡県焼津市城之腰(じょうのこし)の浪除八雲地蔵尊(なみよけやくもじぞうそん)は、明治時代の小説家・随筆家 小泉八雲(こいずみ やくも)ゆかりの地蔵です。元は六地蔵として建立されたものだったと考えられています。八雲が焼津を訪れた明治30年代には、首や手の欠けた地
静岡県榛原郡吉田町住吉(すみよし)の曹洞宗 松立山 永龍寺(永竜寺)は、室町時代後期(戦国時代)の天文9年3月28日(1540年5月4日)に曹洞宗 日照山 円成寺(牧之原市細江)5世 天用和尚が建てたお堂がはじまりと伝えられています。本尊は虚空蔵菩薩(こくぞうぼさつ)でしたが、現
静岡県焼津市一色(いっしき)の曹洞宗 久遠山 成道寺(くおんざん じょうどうじ)は、鎌倉時代後期の文保年間(1317~1319年)に勉之肯旃(べんしこうせん)和尚が臨済宗の寺院として創建。室町時代末期(戦国時代後期)の永禄10年(1567年)、月州周隣(げっしゅうしゅうりん)大和尚に
静岡県焼津市(旧志太郡大井川町)藤守(ふじもり)の荒原威光稲荷は、太平洋戦争中の昭和19年(1944年)に海軍航空隊 藤枝基地の建設用地となり、静浜村藤守字樋越から現在地(藤守字法願寺)へ遷座。祭神は、お稲荷さんとして有名な女神で、五穀豊穣・商売繁盛などに御利益がある
静岡県榛原郡吉田町川尻(はいばらぐん よしだちょう かわしり)の八幡津島神社(はちまんつしまじんじゃ)は、約800年前に川尻村の土郷 万年氏が京都・岩清水八幡宮より祭神 誉田別尊(ほんだわけのみこと)の分霊を勧請(かんじょう)して八幡神社を創建したのがはじまりです。江
静岡県焼津市東小川(ひがしこがわ)の浄土宗 常照山 光心寺(じょうしょうざん こうしんじ)は、江戸時代初期の慶長11年(1606年)に明誉月光上人(みょうよがっこうしょうにん)が開創。境内には、明治時代の小説家・随筆家 小泉八雲(こいずみ やくも)ゆかりの八雲地蔵(波除け地
静岡県島田市河原(かわら)の島田市博物館本館で、収蔵品展『川越し大解剖!~大井川に残る江戸からのメッセージ~』を開催。江戸時代の東海道島田宿(しまだしゅく)は、掛川城の城下町(じょうかまち)である掛川宿(かけがわしゅく)よりも人口が多く、大井川の川越(かわごし)
静岡県焼津市大島(おおじま)の曹洞宗 広沢山 長泉寺(こうたくざん ちょうせんじ)は、室町時代の文明3年(1471年)の飢饉(ききん)による多数の餓死者を供養するため、藤原惟保が文明4年(1472年)に建立したお堂が始まりです。境内には、庚申塔(こうしんとう)、子安地蔵(こやす
静岡県焼津市関方(せきがた)の曹洞宗 神龍山 長福寺(しんりゅうざん ちょうふくじ)は、江戸時代前期の慶安年間(1648~1652年)に駿河国益津郡関方村の氏神 関野明神の台所で見つかった大日如来(だいにちにょらい)を祀るため建立した小堂が始まりです。寛文12年(1672年)、林
静岡県焼津市高崎(たかさき)の諏訪八幡神社(すわはちまんじんじゃ)は、室町時代末期(戦国時代)の永禄元年(1558年)12月に創立。今川氏真(いまがわ うじざね)家臣の岩崎主馬右衛門(しゅめえもん)直重が、武運長久のため建立したと伝えられています。祭神は、軍神・農耕神の建
静岡県藤枝市本町(ほんまち)の真言宗智山派 成田山 新護寺(なりたさん しんごじ)は、静岡県内唯一の成田山です。大本山成田山新勝寺(千葉県成田市)の直末寺院で、交通安全・家内安全・商売繁盛・安産祈願・開運厄除・学業成就・合格祈願・ボケ除け(防止)など、さまざまな御
静岡県磐田市二之宮(にのみや)の臨済宗妙心寺派 龍池山 連福寺(れんぷくじ)は、平安時代末期に平清盛(たいら の きよもり)の息子で遠江国守の平重盛(たいら の しげもり)が創建したと伝えられています。連城寺(磐田市新貝)、蓮覚寺(磐田市(旧磐田郡竜洋町)掛塚)とともに、
静岡県御前崎市白羽(おまえざきし しろわ)の白羽神社(しろわじんじゃ)は、平安時代の承和元年(834年)2月に現在の駒形神社の場所に創建されたと伝えられています。承和4年(837年)、現在地へ遷座。律令期(奈良・平安時代)、御前崎台地(増船寺の北側)にあった白羽官牧(国有の
静岡県榛原郡吉田町片岡(かたおか)の神明宮(しんめいぐう)は、創立時期は不明ですが奈良時代の養老元年(717年)には遠江国片岡庄に鎮座していました。平安時代の延長5年(927年)に全国の神社一覧をまとめた『延喜式神名帳』(えんぎしきじんみょうちょう)で、片岡神社とあるの
静岡県藤枝市志太(しだ)の志太天満宮(しだてんまんぐう)は、金比羅山緑地公園(こんぴらさんりょくちこうえん)として整備された、瀬戸川(せとがわ)右岸の金比羅山(標高67m)中腹に鎮座しています。奈良時代後半の延暦元年(782年)、国常立命(くにとこたちのみこと)を奉斎する
静岡県藤枝市旭が丘(あさひがおか)の茶町公園(ちゃまちこうえん)は、蓮華寺池公園の西側に所在。遊具・砂場・ベンチ・水飲み場・トイレ・グラウンドが整備された公園です。茶町公園
静岡県島田市元島田(もとしまだ)の元島田公園(もとしまだこうえん)は、複合遊具が人気の中規模公園です。遊具・グラウンド(広場)・ゲートボール場・水飲み場・ジュース自販機・ベンチ・トイレ・無料駐車場などが整備されています。元島田公園
静岡県焼津市祢宜島(ねぎしま)の寺島公園(てらじまこうえん)は、イオン焼津店の南東にある街区公園(2,000㎡)です。複合遊具、ブランコ、鉄棒、スプリング遊具、広場、あずまや、水飲み場、ベンチが整備されています。寺島公園
静岡県焼津市関方(せきがた)の関方社会体育広場は、山の手会館に隣接する公園です。グラウンドゴルフなどが行われるグラウンド、ブランコ、砂場、石碑「河川改修之碑」、謎の像があります。関方社会体育広場
静岡県掛川市和光(わこう)の不動ヶ谷公園(ふどうがやこうえん)は、遠州三十三観音霊場 第6番札所として知られる曹洞宗 和光山 永江院の南西に所在。住宅地の公園で、複合遊具・スプリング遊具・ベンチ・あずまや・水飲み場などが整備されています。不動ヶ谷公園
静岡県藤枝市岡部町(旧志太郡岡部町)内谷(うつたに)の内谷三輪公園(うつたにみわこうえん)は、平成25年(2013年)に旧三輪公園を拡張して開設された近隣公園です。複合遊具、大すべり台、ブランコ、鉄棒、健康遊具、芝生広場、多目的広場、バスケットゴールのあるプレイコー
静岡県焼津市すみれ台の「すみれ台中央公園」は、すみれ台幼稚園の東側に所在。タコ形滑り台(タコの山遊具)が子供たちに人気の公園です。すみれ台中央公園
静岡県榛原郡吉田町神戸(かんど)の青柳公園(あおやぎこうえん)は、日蓮宗 松柏山 本寿寺の南側に所在。遊具・芝居広場・グランウンドゴルフ場・テニスコート(1面)・水飲み場・バーコラ・トイレ・無料駐車場が整備されています。青柳公園
静岡県焼津市小川(こがわ)の小川公園(こがわこうえん)には、赤いタコ形の滑り台「タコの山遊具」があります。「タコ公園」とも呼ばれ、子供たちに人気です。公園内を流れる小川には、メダカが泳いでいます。 タコの山遊具、滑り台、ジャングルジム、ブランコ、鉄棒、グラ
静岡県袋井市高尾(たかお)の高尾町公園は、袋井図書館のとなりに所在。グラウンドゴルフ場・遊具のある芝生広場・噴水・あずまや・水飲み場・トイレが整備されています。高尾町公園
静岡県焼津市東小川(ひがしこがわ)の小川東公園(こがわひがしこうえん)は、焼津市保健センターの隣りにある1167平方メートルの街区公園です。滑り台とジャングルジムが一体となった複合遊具、シーソー、エビフライ形の黄色いスプリング遊具、藤棚、水飲み場、ベンチ、段差
静岡県菊川市(旧小笠郡菊川町)西方(にしかた)の菊川運動公園(きくがわうんどうこうえん)は、アスレチックのような大型複合遊具が子供たちに人気です。カラフルスライダー(複合遊具)やターザンロープがある「わんぱくフィールド」、大型複合遊具2基がある「冒険の丘」(キャ
静岡県静岡市駿河区下川原南(しもかわはらみなみ)の下川原南公園(しもかわはらみなみこうえん)は、丸子川沿いにある細長い公園です。遊具、ベンチ多数、あずまや、ステージ、揚水風車、ハイブリットソーラー灯、水飲み場、トイレなどが整備されています。約150本のユーカリ
静岡県島田市河原(かわら)の島田市博物館本館で、収蔵品展『日本画 郷土の画人 ―生き物の園』を開催。江戸時代の画家 渡辺崋山(わたなべ かざん)の弟子の平井顕斎(ひらい けんさい)・福田半香(ふくだ はんこう)、島田宿の文人(ぶんじん) 桑原黙斎(くわばら もくさい)・桑
静岡県牧之原市(旧榛原郡榛原町)坂口(さかぐち)の市指定文化財 「山脇の宝篋印塔」(やまわきのほうきょういんとう)は、江戸時代中期の寛政8年(1796年)9月に曹洞宗 松原山 医王寺(島田市船木)墓参の代拝所(だいはいじょ)として、当時の檀家有志が建立しました。方形の基壇
静岡県焼津市には、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)の東征伝説ゆかりの地があります。焼津市焼津6丁目の日本武尊御沓脱之旧跡(やまとたけるのみことおくつぬぎのきゅうせき)は、日本武尊が草庵で沓(くつ)を脱いで、老女から麦飯の接待を受けたという伝説の地です。例年8月1
静岡県焼津市城之腰(じょうのこし)の臨港道路(オーシャンロード)は、平成12年(2000年)に明治時代の石造り防潮堤(ぼうちょうてい)を撤去して建設。臨港道路(オーシャンロード)沿いに、感恩の碑・山口平右衛門翁出生之地の碑・高見三郎先生之碑が移築されています。感恩の碑
静岡県島田市阪本(さかもと)の牧之原東照宮(まきのはらとうしょうぐう)は、明治10年(1877年)に牧之原(牧ノ原)台地で茶園の開墾を行なっていた旧幕臣達が、静岡県令(県知事)の認可を受けて創建しました。祭神は、徳川家康(とくがわ いえやす)です。勧請15周年に勝海舟(かつ
静岡県牧之原市(旧榛原郡相良町)波津(はづ)の小堤山隧道(こづつみやまずいどう)は、昭和45年(1970年)に廃線となった静岡鉄道 駿遠線(すんえんせん)で使われた唯一のトンネルです。静岡鉄道 駿遠線は、日本一長い全長64.6㎞の軽便鉄道(軌間762mm)でした。小堤山隧道は、大正
静岡県静岡市駿河区下川原(しもかわはら)の下川原公園(しもかわはらこうえん)は、東名高速道路 静岡ICの南西に所在。遊具、グラウンド、夏季限定の下川原公園プール、ベンチ、トイレなどが整備されています。下川原公園 恐竜型遊具