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2022/06/26

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  • 北海道脱出、富山への帰郷

    夢の北海道での生活でしたが、実際にはほんの半年ほどの生活で終わりました。たしか11月から3月くらいまでいた記憶があります。寒さの酷くなってくる過酷な時期から始めたのも、私が北海道の生活を早々に終わらすいいきっかけの一部になっていたのかもしれません。富山に戻って来た一番の理由は、私の実家はとある診療所を経営しており、そこの2階が居住部として空いているので住んだらどうか?と長兄から提案があったのが最大...

  • 東京脱出、北海道移住

    先の記事にて東京生活を大満喫していた話をしていましたね。今回の記事はそんな東京の暮らしにほとほと愛想が尽きて、もうけっこうだよ、と住む場所を北の大地に移した話を書きます。私が東京に住んでいた期間は実質的には8年間ほどだったと思います。社会の中での大きな出来事はやはり、311の大地震、あとはポケモンGOくらいですね。2010年〜2018年までは世界は割と平穏無事だったんですね。大きなのは先の大地震とあ...

  • 退院後の東京の生活

    今回はO病院を退院したあとの私の生活について中心に書きます。前にも書いた通り、私は富山生まれ富山育ちのど田舎もんです。上京後は最初に中野に住みました。そして、家賃が高杉晋作であり一年足らずで引っ越しました。1R4.5畳のウサギ小屋で月6.5万です。東京都中野区はそんな世界です。しかも15年前の話ですからね。今はもっと相場が高くなっていると思います。そして、プライバシーは完全に保証されません。クソアパ...

  • O病院での入院生活その2、それから寛解、そして無事退院

    今回はO病院での入院生活について書きたらなかったところの補足、そして私のIgA腎症が寛解したこと無事退院の道筋を描けたことについて書きます。さて富山の腎生検ですでに入院経験のある私は、長い入院生活についてをどのように対処をすればよいか分かった状態で入院に望めます。まず二ヶ月くらいにも及ぶ長い入院生活のため、当然のことながら下着や上着の替えがそれなり必要になります。下着は豊富にあればあるほどよいです。上...

  • ステロイドパルス、それとドクター堀田、それから日本医療の問題点

    私のIgA腎症を寛解に導いたのは仙台の医学者堀田修が開発した扁摘パルス療法。扁桃腺を摘出した時のエピソードは以前の記事に書いたので、今回は治療の後の工程であるステロイドパルス療法に関して書きます。 と、言ってもですが、この治療の内容は扁桃腺を摘出した時ほどの鮮烈な刺激はありません。刃物で人間のからだをきったはったするものではないからです。ただ単に、私の血管内にステロイドを含有した溶液を注入するだけで...

  • 腎生検後の生活(補足編)

    腎生検後の私の生活について以前の記事がもの足らない、というか、どうにも書き足りていない部分があるので、少し前の話に戻って補足を書きます。 前のブログでは腎生検直後はずっと患部が痛く苦しいと書いていました。一週間と少し経てばもう退院も出来たし、実際無事退院もしていたと書きました。ですが。詳細に本当を言うと、退院をしたあとも普通に痛かったです。ことあるごとに刺した背中の患部が、背中の奥・肋骨の下辺りが...

  • 引っ越し完了&ブログ再開

    富山から九州への引越しが無事済み、ようやっと落ち着いてきたのでブログを再開できます。九州へは3月9日にはもう着いていたのですが、ネットの開通で思った以上に時間が取られました。 私はおてがる光というネットプランに契約しました。おそらくはネットの月額料金が業界最安値なんじゃないかと思います。ビッグローブよりも安いです。そのためか、契約を決めてから二週間以上は開通工事に時間を要しました。 しかも、私の住...

  • 引っ越し、記事更新のしばらくお休み

    近々引っ越しで富山から九州に旅立つため、記事の更新はしばらくできません。お引っ越しでバタバタしますので。おそらくは1週間?いや2、3週間くらい書かないと思います。もし、私のブログを読んでくれている人がいたなら、その間は他の腎炎のブログも面白いのがたくさんあるので、読んでみることをおすすめしますよ。...

  • 扁桃腺摘出手術、全身麻酔、そして最強の痛みカテーテル引き抜き

    今さらながらに。。私のブログでちょくちょく出てくる扁摘パルス療法について簡単に説明します。扁摘パルス療法とは扁桃腺という、喉の奥の上部に左右分かれてある器官を摘出して、ステロイドをパルス間隔で点滴を通じて投与する、IgA腎症の治療術です。開発者は、これまた私のブログでたびたび言及する堀田修医師。身体の一部分を切り取り、かつ、ステロイドを投与し続けるとなぜ腎炎の治療に効果があるのかと言うと、扁桃腺にた...

  • O病院での入院生活

    東京女子医大の診察結果にがっかりした私は再びO病院に戻ることになるのですが、あっちがダメだったからとひょいひょいすぐに引き返したわけではありません。私にだって安いプライドが高いだけのものがあって、厚かましくリターンすることはあまりに忍びなく、一度は富山に帰省し休養込みで県立病院に戻ろうと思い立ったのです。 この考えを両親に打ち明けると、父は反対しました。そっちの医療の方が技術的に上なのなら、そっち...

  • 迷走、そして東京女子医大のヤブ医者

    前回記事にも書いた通り、私は歌舞伎町のO病院にて自らの腎臓の病を寛解まで進めることとなるのですが、その以前に私はあるやらかし、というか迷走状態に陥ります。これも当時の自分が20代の何も分かっていないガキで、世間の酷さやズルさについて何も知らなかったが為にそうなったのだと言い訳をしておきます。私がやったやらかしとは、O病院への通院を辞め別の病院を探し始めたことでした。どうしてそんなことをしだしたかとい...

  • 上京、そして311

    私が入院していた歌舞伎町のO病院は今でもかなり鮮明に記憶に残っています。私が最後に入院生活を送った場所であり(是非とも最後の最後であってくれ)私の憎らしい腎炎を寛解に導いてくれもした聖域だからです。 今でも覚えています。その場所は歌舞伎町繁華街から歩いて3分も離れない場所にあり、最寄り駅は西武新宿駅でした。ものすごいローカルな話で、知ってる人だけが知ってる話ですが、その駅から出たところの丁度繁華街...

  • 上京、そして再び入院の道へ

    県立病院からの紹介状を携えた私は、中野の総合病院の門を叩きます。どうして中野かというと、私がずばり中野区に住んでいたからです。初上京初東京の自分のホームが中野。サブカルでイケてるでしょう?私個人の感想ではありませんよ。 実際中野は東京の中でもひときわ人気エリアでそのため家賃相場も相当高く、前記事でも紹介した通りワンルーム6.5畳のプライバシー0うす壁物件が月6.5万円。自転車小屋もなし。こんな舐め...

  • 腎生検を終えてまもなく東京へ

    腎生検の入院治療を終えて、その数か月後ぐらいに私は地元富山を離れて東京に旅立ちます。転勤ではありません。在職中の会社に辞表を提出し、向こうで就業先も決まってもいないのにそうしたわけです。 この思い切った行動の理由は、前の記事にも書いた通り青年期モラトリアムみたいなもんです。私は腎臓よりも、もっとより深刻に大脳という臓器の具合が悪かったみたいです。でも、こうした頭の病気は今でも全国各地で発症の例が見...

  • 腎生検後の入院生活(補足)

    腎生検後の話は前回ので終わらそうと思ってたのですが、重大なこと書き忘れたのを思い出しました。腎生検をやった後なんですが、まる一週間お風呂入れません!いや〜これはしずかちゃん並みの綺麗好きな私には堪えましたね。実際、毎日身体を洗わないなんてことになったのって、この時だけだした。基本、人は(日本人的常識感のある人は)通常毎日体を洗うものなので。ゆえ、一週間後晴れて入浴のチャンスが訪れた時には天にも昇る...

  • 腎生検後の入院生活3

    前回の記事では腎生検後は、食っちゃ寝しているだけと書いてありましたが、それだけだとあまりにもIgA腎症の治療に関する記述として物足りないだけでなく不正確であるので、今回はもう少し詳しい内容について触れます。私が県立病院で受けた治療は薬物療法と食事制限の療法です。IgA腎症は腎臓の糸球体に流れる毛細血管に負担をかけないようにするために、治療においては血液をさらさらにする薬と、血圧を下げる薬を飲みました。血...

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