まいったな参院選挙。支持する党がみつからない。物価高は痛感してるけれど消費税減税とか低所得者にもっと優遇をとか手取りを増やすとかじゃない。日本経済の活性化は重要課題だけれど生活の苦しさをすべて政治のせいにするのもどうかなと。とはいえ自分の生活はまったく楽じゃないんだけれど。
1日歩いても全然撮れない。マキナがまた壊れた。冷蔵庫のフィルムストックも間も無く終わる。プリントを広げて見返せばクソみたいな写真ばかりでもう絶望感しかない。ネガを燃やした中平さんの気持ちがほんの少しだけわかったような気がする。そしてブルデューは言う。感性や芸術センスは自分が育った環境での眼の歴史だと。眼の歴史は社会階層に大きく影響され、さらに学歴(教養)がない労働者階級にはどんなに頑張ってもいい写真は撮れないし理解できないという理由。感性は生まれたときから決まっているのだ。幻想を持たず他者を知ること、幻想を持たず自分を理解すること。自分を規定する構造の正体を見極めること。
ふとMGBの動画がYouTubeから出てきた。米国人がいい音で回してる動画。高騰してしまったヒーレー100/4やカニ目に比べ、1960年代のMK1でも今もムカシも250万円前後で買える狙い目のスポーツカーである。スポーツカーといってもややユルめのBタイプエンジンはAタイプほどビンビン回らない。どっちかというとツーリングカーなのかな。フェアレディが模したようなあのスタイルは若い頃はあまり好きじゃなかったけど、いや、実は今でも好きじゃない。さらにあのスタイルにワイヤーホイールってのが似合わない気がしてどうにも飲み込めないでいる。オーナーさんには大変失礼ながらなんだか薄味に感じてしまう。いや、でもね…
LeicaM6 冷蔵庫のフィルムがいよいよ乏しくなってきたので悩む。ここ10年近くは120はT-MAX400、35はトライXと、ずっと同じフィルムと現像液を使ってきたゆえ今更変えたくない。新しいフィルムはまた現像もプリントもデータ取りで苦戦する。いや、そんなに厳密にデータ取りが必要な写真撮ってるわけじゃないけれども、ただただ面倒くさがりなだけなんだけど。もうさ、デジタルでいいじゃんってなコトも頭を過ぎるけどそれだと写真撮らなくなっちゃいそうなので、もうちょっとだけ足掻いてみようかなと。しかしトライが1本1500円なので大事に撮りましょう、なんて撮り方は今さらできるはずもなく、というわけでいよい…
ヒーレー・スプライトの車庫証明の立会確認を受けつつ同じ車庫に鎮座するヒーレー100/4を久しぶりに動かす。よく回る2.6リッター4発はやっぱり高速が気持ちいい。しかし今日の強風は恐怖の風、高速で帽子なんか被っていられない、頭が寒い。
LeicaM6 珍しく展示に金村さんご本人が居た。久しぶりにお会いしたので話したいことがたくさんあったのだけれども、居るはずないと思っての突然のシーンではなかなか話がまとまらず出てこなかったり。それでも贅沢にも写真をゆっくり説明していただく。エディションはすべて5。買いたいけれども今はとてもそんな状況ではないので申し訳なく、それゆえコマーシャルギャラリーはどこか落ち着かなかったりする。「error CS0246」 Vol.3 − 金村修個展「Lead-palsy Terminal」 目一杯情報を詰め込んだ都市の写真と正反対の廃墟のような人が居ない空港。端正な構図の中にどこか狂気と殺気を感じる。…
Leica M6 トライXがはいつも長巻を使ってるんだけども、某ネットフリマで期限切れで安くなってたトライがあったのでついポチッと。モノクロで期限切れ5年なんて全然オッケーでしょって考えてたけど現像してびっくりカブってやがんの。あちゃー。保管状態で全然違うんだなーというのを学習した。やっぱりフィルムはケチってはいけない、すごすごとB&Hで長巻を1本ポチりましたとさ。やれやれ。
Makina67 珍しくD850とシフトレンズを使う仕事。東名を西へ。冷え込む21時、ハスキー3段の冷たさが痛みに変わってくる。おなか空いたけどメシ屋はどこもやってない。
Makina67 この日のロケは16時にはアップする予定だったので、戻ってからしっかり喰おうと、おにぎり一個だけ腹に入れて挑んだ。案の定終わる頃にはフラフラするくらいお腹が空いていたので急ぐ帰路、しかし夕方になると混み合う都内にイライラ。いつもは45分で帰れるところが1時間、腹ペコの1時間は体感2時間くらいだ。やっとのとこで近くのコンビニに飛び込みイカフライおかか弁当を買った。データを取り込みながら食おうと思った。さて事務所で機材を広げ、小型カムを入れたポーチがないことに気づき青くなる。慌ててロケ先に電話してみるとやっぱりあった。仕方ないまた戻るかと、もう本能的にイカフライおかか弁当を抱えたま…
Summicron50/2 芸術・アートなるものは感覚の直接的快楽ではない。(スザンヌ・ランガー)結局、教養(経験)を持った上での美意識に委ねられる。勿論写真もそうなのであろう。
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まいったな参院選挙。支持する党がみつからない。物価高は痛感してるけれど消費税減税とか低所得者にもっと優遇をとか手取りを増やすとかじゃない。日本経済の活性化は重要課題だけれど生活の苦しさをすべて政治のせいにするのもどうかなと。とはいえ自分の生活はまったく楽じゃないんだけれど。
毎年盛夏とともにやってくる本年2回目のヤマ場がやってきた。9月頭まで気が抜けない。涼しくなったら休暇を取ろう。
日焼けが痛い月イチ定例ミーティング。 ミジェット仲間が新しく買ったというBSAを見せていただいた。痺れるほどかっこよい英国カフェレーサー。なぜかエンジンだけは1947年製というGoldStar500(仕様)。マグネトー点火は大変そうで始動もなかなか苦労していた。もうボクには無理だけれど、このセパハンとバックステップでのライディング姿勢のカッコよさは憧れる。 カニ目とBSAとボクと。ここだけ英国50年代。
東京は夜の七時
絶景東京783 - Shovelog
一昨日の都内の雨は凄かったようだけれど深夜までスタジオに籠もっていたのでまったくわからず。スタジオから出た時は雨は止んでいた。最中は杉並、渋谷は冠水が多発したようで阿佐ヶ谷に住む同僚は駅から自宅まで膝下ジャブジャブだったらしい。それを聞いて半地下にある車庫が心配で翌朝わざわざ見に行ったけれど、カニ目は水に浸かってなかったので安心。しかしシャッターの表面は5センチほど水の跡が残っていた。夏になると当たり前のやうに発生する線状降水帯は恐怖でしかない。夏だけ亜熱帯の日本。
22時、晩飯でナス味噌炒めを作った。次に冷凍にしてあったごはんを温めようとして電子レンジを動かしたところ焦げ臭い匂いがキッチンに立ち込めて電子レンシが御臨終となった。まあよく働いたレンジだから仕方ないかと、ホコリを拭いながら棚から引っ張り出したら横の製造プレートには98年製と書いてあった。曖昧な記憶では15年くらい使ったかと思っていたらなんとお前は26年も働いたのか、いやはやお疲れ様でした。しかし冷凍ごはんはどうしたらいいんだろうかと、深夜に狼狽えるおじさんであった。
書棚を整理してたら日経の懐かしい記事が出てきた。ミニは1983年からタイヤは12インチ化されて当世風にモデファイした外観がかっこ悪くて皆毛嫌っていた。今見ればこのままでもじゅうぶん可愛いんだけれど。1989年のボクといえばミニからMG1100に乗り換えた頃だったと思う。
スピルバーグ「激突!」。小学生の時に観たこの映画が強烈に怖くて、父親が新車を買うときは必ず速い車を買って欲しいと懇願したものである。のちに我が家に銀色のハコスカが来た時は速度計が240km/hまで刻まれていたので安心した覚えがある。これならトラックに追いつかれることはないだろうと。メーターが書いてある通りに速度が出るだろうと思い込んでいた単純な小学生である。さて、大人になってそんなことはすっかり忘れてしまい、気がつけば自分は軽自動車より遅い車ばかり乗っている。時速100キロが一生懸命で、この映画であれば確実にトラックに激突されるであろう。昨年のミュージックビデオのオファー時にこの映画をモチーフ…
冷房をキンキンに効かせてダブルXを3本現像。現像中に液温調整をしないズボラなボクにとって室温調整が肝要。それでもわずか7分の間に液温が1.5℃ほど上がることを見越しての現像時間でちょうどよい。夏場はとかく真っ黒なネガをつくりがちなので慎重に。
ヤスダさんの推薦書、思わずポチる。 爆弾犯の娘 作者:梶原 阿貴 ブックマン社 Amazon
予言の日といわれたこの日は早起きして朝活。横浜日本大通りでカニ目談義のち都筑PAのスタバで朝めし。先週より湿度が高くて夏らしい不快な暑さ。完全に梅雨明けしたような空。日本大通り6:30 都筑PAスタバ 9:00
よく利用していた近所のオリジン弁当が閉店して2ヶ月が経った。入り口はベニヤ板で塞がれて、この雑多な商店街の中にあっては九龍城砦のような様子を醸し出していたけれど、ようやく今日、その薄茶色のベニヤ板に張り紙がしてあった。張り紙は赤と白に囲まれたおじさんの絵で、KFCと書かれたものだった。がっかりした。なんだよ、KFCなら両隣駅にもあるし、そもそも我らおじさんはもう油っこいものは喰わないんだよなとか勝手な都合でブツブツ言ってみた。本当はミスドに出店してもらいたかったけれど、まあ、ちょっと惜しかったか。残念。
絶景新橋774 - Shovelog
どうしようもない救いようのない人たちの物語だけれど妙にあたたかい。
1969新宿
日曜日、気温34℃。6月の真夏日の最高記録更新。この猛暑の中、所用でカニ目で横浜往復。3号線→東名高速→港北→第三京浜→都築→目黒通り→山手通りと、さすがに渋滞中は212°F(100℃)を示すけれど、この日はカニ目の我慢大会として一度も電動ファンを使わずに見事に乗り切った。意外にイケる、カニ太郎。しかし道中クルマより先に人間がへこたれて都築PAで長い休憩を要した。
土曜日、東京34℃。真夏の熱風よりは少しマシだけど1時間も乗ってるとさすがに暑い。カブならではのホンダの日陰休憩、フリードリンクで水分補給、荒川手前。
奈良漬けをたくさん戴いた。奈良からではなく京都の方から。ボクの中では奈良漬はキングオブ漬物。これだけで茶碗一杯いけます。夏は奈良漬を乗せたごはんに緑茶をかけたお茶漬けがよい。奈良漬といえば、その昔、検問で酒気帯びで引っかかった先輩が、奈良漬を大量に食べたんですと泣きついて見逃してもらったという嘘のような昭和裏話を思い出す。
絶景東京768 - Shovelog
同僚たちのほんの些細な助言で一気に編集が進んだ。ひとりで黙々とアイデアを練っていたけれど限界だった。もはやボクもここまでかと相当落ち込んでいたけれど三人寄れば文殊の知恵とはこの事である。なんとか命拾い、入稿締切に間に合った。夜は自転車のチューブ交換。4年ぶり新チューブよろしく、stop the season in the sun.
朝出がけに自転車がパンク、ツイてない日かもしれない。コロナ前に変えたチューブなのでまあ致し方なしか。交換は夜にして急ぎ足で仕事場に向かう。今日も曇りて涼風水の如し。
七月十五日。曇りて冷房を止めるほど肌寒し。短パンで出勤したことを後悔す。先週今季初めて鳴いた蝉達はどこへ行ったのだろうか。夜は代々木公園、渋谷らしいBON DANCE、今年初踊り。盆踊りは見てるより踊った方が断然楽しい。間もなく大暑だけれど涼しくて心地よき夜。こんな夜は十代に戻ってオートバイでどこまでも走りたい。
ボクが二十代の頃、還暦目前だった上司が毎日読んでたのが司馬遼太郎だった。ジジクサイなあなんて思ってたら今やすっかり自分も司馬遼太郎を読む日々。今度は愚息からジジクサイなあと笑われ時代は繰り返している。 当時、子供目線でもジジクサイなあと思ってた910ブルーバードも今見れば皆声を揃えて「懐かしいな」と言った。しかし決して「欲しい」とは言わないところが面白い。これはボクのミジェットも同じ部類だろうかなと思ったり。あえてそれを選ぶのは相当マニアックな御仁である。 絡まりそうなプラグコードは8気筒ではなくツインプラグ。吸気側と排気側で点火時期を調整しなければならないので当時のメカニックは面倒で嫌ったら…
絶景日本899 - Shovelog
絶景東京546 - Shovelog
絶景日本898 - Shovelog
絶景日本897 - Shovelog
いきなりだなと思いつつ、今日明日で撮ってきてくれと近畿地方に出張。ロケ先に許可は取ってあるからと言われたけれど、その後さっぱり連絡がつかないという不安を抱えて大急ぎで機材をまとめる。車で片道600キロ移動になるけれどエアコンが付いているから安心。
世が世なら、もし30年早く生まれていたら、名も無い美大を出て線路沿いの四畳半で貧乏暮らしをしながら、おもちゃ屋の下請けでこんな絵を描いていたかもしれないなと思ったり。この絵のノスタルジー具合にちょっとやられた猛暑日の午後。
7月7日筑波サーキット、暑気甚しからず。気温35℃、路面温度63度。現場はなんとかやり遂げたけれど帰路が一番辛かった。今までクーラーのないミジェットで3シーズンを乗り切ってきたけれど、さすがにこの日は堪えた。15時、坂東から北関東道に乗ったまではよかったけれど東北道に入った頃から窓から入ってくる風が熱風に変わった。さすがに熱い都市埼玉である。走ってさえいればミジェットは気温36℃でも全然平気であり、むしろ100℃近い水温の方がエンジンが一番元気なような気もした。しかし人間の方がオーバーヒート、坂東から首都高に入るまでの僅か50キロの間でアクエリアスを3本飲み干し、さらに石川PAで凍ったアクエリ…
絶景日本896 - Shovelog
7月5日。夕方から急に喉が痛みだした。コロナに罹る前は8年くらい風邪すらひいたことがなかったけれど一体どうしたことか。週末は筑波に出張である。穴は空けられない。まずは早めに帰宅して野菜スープを煮込む。熱々の汗をかきぬ。
暑さきびしくなりぬ。秋はまだだといふのにカブ90のリアから虫がキイキイと鳴き出した。ブレーキ音のはずもなく何者ぞとリアアクスル付近を観察しているとチェーン引きの罫書きが左右ズレているのを発見。ワタシとしたことが痛恨のミス、アクスルナットの締めが甘かったようである。
すごい遅さか、14年後の仕業。バズるべくして。
曇りてむし暑く驟雨来らむとして来らず。夜は大根と豚バラを煮込む。
モノクロ広告の少し残念な最終稿が来た。いくらプロのカメラマンでもデザイナーでもモノクロ写真をよく理解できてない人がフィニッシュすると、写真をただモノクロに変換しただけで、どうも気の抜けたコーラみたいに画がのっぺりと平たくなるのである。せっかくいいカメラで撮ってるのに実に勿体ない、と、たまにはクライアントの愚痴を。
夕方からミジェットの冷却水のエア抜き確認で試走。これくらいの暑さなら快適に乗れる。帰路、腹が減ったので久しぶりに下高井戸のJAZZKEIRINでうどん。この日は残り3玉というところでギリギリ滑り込めた。ちなみに券売機の名前はトシマサである。(吉岡稔真:福岡65期 )ちなみに同店のイラストは伝説のイラストレータ河村要助による。 ちなみにトシマサが引退した頃から頭角を現してきたのが山崎芳仁(福島88期)。大ギアで勝ちまくっていたけれど2014年からギア比規制がかかってしまった。この頃からボク自身もレーサーに乗らなくなって少しだけ競輪から遠のいた。
今年の夏は暑くなるらしい。クーラーのない古い英国車一台だけで過ごすボクは夏前にクルマの熱対策で週末が一日潰れる。昨年は夏の間は熱対策で完全に撤去していたヒーターだけれど、今年は電動ファンを新しくしたので積みっぱなしにすることにした。その代わりヒーターは水路を絶ちメクラ蓋をした。外したヒーターホースはインマニからエンジン本体へ一本で繋いで実にシンプルな水路となった。立ち上がりのバイパスT字管もメクラ栓をすればヒーターバルブは不要となり撤去できる。秋になったらまた戻せばよい。 摘出したお漏らしをしていたヒーターバルブ。心配していた管本体には酷い腐食はなかった。バルブはヒーター復帰までの間にゆっくり…
深夜前、買い物を済ませたスーパーの前でハザードを灯いて路駐していた車はなぜかボンネットが開けられていた。その車を確認した途端、嗅いだことのある匂いが強烈に漂ってきた。沸騰したクーラントが蒸発する匂いだった。決してたまらなく臭いわけではないけれど、オーバーヒート気味の時にしか嗅がない臭気なので嫌な思い出しか浮かんで来ない、ボクにとっては悲しい匂いである。その匂いはスーパーの入り口まで立ちこめており、その噴出量たるや相当なものだったに違いない。夜半とはいえまだ多くの買い物客が出入りするそこで、ボクと同じように感じた人はひょっとしたら居るかも知れないけれど、普通に生活していればクーラントが蒸発する匂…